定期テスト対策をしないと言い張って来たが。

オトノネは定期テスト対策をしたくないとおもっていた。
だって実力とは関係ないもの。
短期対策の癖がついて、高校生になってから苦労するのは子どもたちだ。

だけど定期テスト対策をして点数をとることが内申点につながる。

富山県の人たちの視点で教育を考えなかったら、私は一体何をやっているのだろう?観客のいない一人芝居のように感じてしまう。

定期テスト対策で子どもをあくせくさせたくないという私の気持ちは、おせっかいなのだろうか。
高校生になっても使える学力をつけてもらいという気持ちは、独りよがりだろうか。

高校生になってから勉強で困る子どもをたくさん見てきた。
理由ははっきりしているのではないだろうか。
異常なまでの中学校の定期テスト対策だ。

学校は子どもの人生になんの責任もとらない。
お父さん、お母さんが良識をもって子どもを守ってほしい。
学校を信じず、子どものもっているチカラを信じてほしい。

という私の気持ちは独りよがりなのだろうか。
要望に応えて、定期テスト対策で点数を上げようか。
それで高岡のお母さんたちを安心させるための塾をやろうか。

私の信念はなんだったか、問い直している。

お母さん、大丈夫ですよ

世の中は不安を巻いて育てている。
私の言う地獄の一場面だ。

世の中を不安にした方が、いろいろと買ってくれるからだ。
習い事、勉強もそうだ。
本当に必要なのか、わからないけど他の人が使っているから・・・みんなやっているから・・・
とか、有名な人が使っているから・・・とかいうケースもある。

みんないっしょでないと不安になるのも地獄現象だ。

毎日、子供を風呂に入れないと、入れないと!いけないというのもお風呂関係の商品を売るために「〜せねば」と思われる宣伝をうっているだけだ。

お風呂に赤ちゃん、毎日入れるものなの?

だから大丈夫、子どもは大丈夫、世の中が見せてくる、縛ってくる不安なんか気にしなくていいよ。
子どもはしあわせになる力をもって生まれるんだから。

お母さんが不安になってたら、子どもはちゃんとそれを感じて、世界を不安で満たしてしまうかもしれませんよ。
それだけお母さんは、お子さんの、大事な先生です。

笑ってください。しあわせになってください。
もうそれだけでいいのではないですか。

受け入れる2

世の中を、天国だと受け止めてみよう。

一瞬一瞬が、人が成長する瞬間であり、よりよい自分に向かっていく、笑いあえる瞬間になる。
何を憂うことがあるだろう?

食べていける、生きていける、今、生きている。
それだけでもう全部、笑ってもいい。

命はしあわせになるようにできている。
取り越し苦労なんて、しなくていいのだ。

オトノネどうしよう

オトノネさんは生徒が来なくて困って居ます。

高校生にアンケートをとっているのですが、
金沢の桜丘高校のみんなの反応がよすぎる。

このページです
https://otonone.com/html/new/questionnaire.html

富山県の高校生からは「どうしたら効率的になりますか?」といった質問が多い。
うーん、勉強のことしか頭にないのかな・・・大丈夫?

富山、高岡のみなさん、オトノネはみなさんのお役に立てませんか?

受け入れること

この世は地獄だ。

と受け入れてみよう。

もう変えられない、地獄。
(一部の人は地獄の中に別のシステムをつくろうとしているが)

そうしたら、笑って暮らすだけでもいいんじゃないかと思えてくる。

心配することも、悲しむことも、怒ることもない。
誰かに支配されているなど考えていても、しょうがない。

将来の心配もせず、
笑って暮らすために、子育てをしてもいいのかもしれない。

何があっても笑顔でいる子どもは、幸せだろう。

笑いながら、信念が芽生えた時に、生まれてくる世界がある。
地獄の中に生まれる、心が作り出す大切な世界をもっている人は、しあわせだ。

もちろん、信念などなくとも、しあわせになれるのだだろうけれど

今日の面談

今日じゃないけど。。

「あのページ」をみて来てくれたお父さんとお母さん。
このページ
https://otonone.com/toyama/index.html

「勉強しなさい」がくちぐせになって、けどそれ子どもが勉強をするわけでもない。
「勉強しなさい」と言ったとたんに表情が変わる。。。

親と子、の関わり合いだけではこのまま何も変わらないとおもって、相談に来た、という話だった。

その子はスポーツに夢中だという。

学校という閉じた世界で楽しめるものは少ない。部活か、お喋りだ。
勉強を楽しめる人はめったにいない。

学校は卒業したらそれで終わり。なんの責任もない。
そんなシステムだからこそ、家庭で世の中のこと、生き方のこと、価値観を伝えなくちゃならない。

お父さん、お母さんが、生き方でそれらを示さなくてはいけない。
とおもっている。

と同時に、時代が変わって、子供は時代に敏感に反応するけれど、大人は昔の世界、限られた情報の中で子どもに「べんきょうしなさい」と言葉をかけるしかないという社会がある。だからこそ専門家、価値観をもって子どもと関われる人に、子どもを教育してもらう、関わってもらう、学んでもらうことが大切だとおもっている。

家庭は、ストレス社会に生きる子どもが安心できる場所であってほしいとおもう。
子どもが大人にたくさんのことを教えてくれる。
大人は子どもからいろんなことを教わっていったらいいとおもう。

私もいつも、子どもからたくさん教わっている。

なぜ勉強しなくちゃいけないか

勉強する必要はありませんが、。

勉強して、大学に行くことは、一人暮らしをする口実になります。

大学に行かなくてもいい人生は歩めます。
いつでも大学に入り直しても構わないでしょう。
高校は予備校です。
高校は中学校第二部です。

大学は、人生を変えたい人のためにあるとおもっています。
親から離れて、一人暮らしをしなければわからない、地域を超えて人と出会わなければわからない世界があります。
もちろん、それは別に大学でなくてもいいものですよ。

念のため。。。。

人によっては、大学に行くことで何かいいことがあるとおもっているでしょう。
「私はあそこの有名大学でた」と喋ったら、どんなやつだろうと興味をもたれるかもしれません。
人に会った時にね。

けど結局、名前と人の魅力は関係ないです。
大学名を先に出さないと関係が作れない人になりたいですか?

自信をつけるために進学高校に行く、有名大学にいくのはいいでしょう。
ではその自信を、何につかうか。

こうした問いをもてない人が、東大医学部を出て自殺をしてしまう現実がある。

ネームバリューがものいう世界があります。
今オトノネをしていますが、多くの人から「学歴も信用のうち」といわれて困って居ます。
そういうお母さんが。子供に学歴を求めるケースが多々あるからです。

もうオトノネは塾をやめようとおもいます。オトノネ始めます。

児童養護施設見学

金沢にある児童養護施設を訪ねた。

オトノネ人が来ないので子育ての現場で働こうとおもったので。
保育所は学校と同じでシステム化されている、という考えがあったので。

男女を混ぜていて、大舎生(一つの建物に部屋がある)ではなく、一つの建物が子供たちの住む場所になっていた。
そして地域の人の子育てとつながるような仕組みをつくっていた。

男女を混ぜるというのは、そうとうな信念がないと、そして安定したマネージメントができていないとできないことだろうから(そして全国的にも少数派だ)、関心した。
地域によって、施設によって、運営の仕方が全然違うのは、いいことだとおもう。
学校のように均一化せず、地域性やスタッフに応じてやり方が変わるのは、いいことだとおもう。

話をしながら、「児童福祉施設で働くことよりも、あなたのオモイを現実に近づけるためには、施設の外、もっと一般の、施設に来る前のお父さんお母さんとコミュニケーションがとれる場所で働いたらどうか」という言葉をもらった。0歳から18歳までの子育て、職場、学び場構想のことだ。

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金沢の街を歩くだけで、こういった施設を巡ることができる。
都市のデザイン、都市で人々が作り出した産物が、そのまま人の意識を作り出す。

金沢にはこういう文化があるんだなと感じた。
高岡の公民館で「子育て」の話をして断られてやる気を失っていた私は、少し元気を出せた。
「学童はもう児童クラブがやっている」「子育て支援は市役所がやっている」という一言で済ませてしまう人が子育てに携わっているのが、現実だ。

実は歩いていると「マザーズハローワーク」なるものも見つけたので入って見た。「子育てを理解してくれる会社」が検索できるとのこと。
「いやでもお母さんとお子さんが近い距離に居られるような職場を、つくろうかと、モデルになる会社があるかなとおもいまして」
と話をしていると、いろいろなアドバイスをくれた。「子どもが成長したら、お母さんもその職場をやめなくちゃいけないんですかね。仕事を外注するとしたら、誰かが継続して働かないといけないし。子どもといっしょにおかあさんの生活スタイルも変わってしまうのが、いいのかどうか。どうしたらいいのか。。。保育所に預けて仕事をしたくて、ここにくるお母さんがほとんどですが、一緒にいられる仕事を希望している方もいます。素敵なアイデアだとおもいますよ」といってくれた。うれしいうれしい^^

高岡のマザーズハローワーク、男だからって入るの断られないよな。。まさか!
今度行ってみます。

話が飛び飛びになり申し訳ない。

金沢では社会福祉法人が「集会所」を運営している場所があって、そこでは学研や公文式の教室も開いていいとのことだった。
管理人のお父さん(60か、70歳だといっていた)が親切に話をしてくれた。「これももっていきなよ!」といってこども食堂の冊子もくれた。
感謝です。

来週、高岡の社会福祉法人協議会に聞いてみようと思う。
子育ての場所について、話をきこう。

新しく始めるには、私はまだまだ力不足のようだから、まずはどこかで働きながら、〈子育て、職場、学び場〉構想のための、キャリアをつんでいこう。
高岡では無理なのだろうか?私は高岡にこだわっているのだろうか?

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時間がかかる。

子供が学校に行く意味

小学生、中学生、高校生が学校に行くことにあまりいい思いを抱いていなかった。
学校で学べることは社会性でなく集団性であると言ってきた。

そこに肯定的な意味をみつけられたのでメモしておく。

学校は子どもたちが人生観を作る場所だ。人生観を問い、多くのことを疑問に思い、「なんで勉強しなくちゃいけないの?」「なんで先生はあんなことをいうの?」とか、友達との付き合い方も。

だから学校という職場で起こった出来事をイベントと考えて、大人として、その子が「社会」とどう付き合って言ったらよいかおやから学ぶこと。
それが学校に行く意味だ。
学校以外に生きる場所を失った子どもたちの宿命に、お父さんお母さんはどう関わりますか?

学校に行くことでお父さん、お母さんが子どもに知恵や価値観を与えたり、育てたてることができる。
この点からも、お父さんお母さんが学校と一緒になって成績のことを言うことがいいことだとは思えない。

子どもが学校で学ぶ以上に、お父さんお母さんが現代という時代、学校という場所について価値観をもっていなくてはいけないのではないだろうか。
(子どもはなんだかんだいって親の背中を見て育つ、お父さんお母さんが輝いていたら、子どもも輝く、かもしれない???)

逆に考えてもいい。
新しい時代が始まっている。社会は変わっている。
子育てを通じて、お父さんお母さんが「現代」を学ぶいい機会でもある。

お互いに学べる親子関係、なんて素敵なんだろう!

なんで勉強しなくちゃいけないの?2

〈勉強〉はよりよい人間にたるためにする。

よりよい人間とは?

「いい学校」「いい会社」を目指すのではなく、「いい人間」を目指すのが〈勉強〉だ。
「いい人間」になるために「いい学校」「いい会社」に行くこともできるし、
「いい学校」「いい会社」に行かなくても「いい人間」にはなれる。

よりよい人間とは?

幸せになる人間である。

どんな人が幸せな人間だろうか?

世界観、人生観を問わなくてはいけない。
これまでの社会は与えられた作業をこなし、与えられる賃金をもらい、与えられたサービスを消費することが幸せの定義であった。
競争に勝ち、より多くの給料、より高い地位・名声を得ることが幸せの定義であった。
現代では「ふつう」になることが幸せになること、だといわれているかもしれない。

では「ふつう」とは?

「ふつう」という概念は社会的に決められている。「ふつう」という幻想を与えられている。
〈ふつう〉という生き方のタイプは目指すものではなく、後になって得られるものである。

世の中にはいろいろな〈ふつう〉がある。
いろいろな幸せのカタチがあるといってもいい。

自分はどんなチカラを発揮して、どんな場所で、どんな人と関わることが〈ふつう〉なことなのか。
そういった世界観、人生観を作り上げていくことが〈勉強〉であると私はおもう。