ダウン症の子

グンデルの体験会をしていると、いろいろな子がくる。いろいろな親がくる。この間、ダウン症の子がきた。本人は体験が嫌だそうで、結局お母さんがせかしていたのだが。。。障害児教育、障害者福祉というものが日本は世界でもかなり遅れている、といっても、何を基準に遅れているかはわからないが。この子はどうやって生きていくのかな、とおもう。児童発達支援の仕事をしていたとき、知的障害をもったお母さんと一緒に働いたことがある。いろんな人がいる。

自分の身は自分で守らなくちゃいけない。

世の中は、誰かに守ってもらうためには、何をしたらいいか、どうなったらいいかを暗黙のうちに教えているように思うのは私の狭い了見のせいだろうか。会社に入れば、会社が守ってくれる。公務員になれば、国が守ってくれる。そのためには、いい大学にいかなくちゃいけない、たくさん勉強しなくちゃいけない、試験に合格しなくちゃいけない、とか。社会の流れがある。学歴社会が終わっているはずの日本で、高度経済成長が終わった日本で、相変わらず忙しくあくせく働いている。動かされていないか。大切な自分自身を守れているか。能力がない、協調性がない、試験に合格しない、といわれてつまはじきにされる人がいる。逆の人もいる。

子供の頃にもっていた感性も、大人になると失われる、というより、忘れられる。というか、自分の感性を使い、気がつき、喜ぶような場所が限られてくるだろう。子供の時は、毎日が輝いていたに違いない。そういう子どもの自分も、守ってやりたい。そうしたらきっと、毎日がもっとたのしくなるだろうから。もちろん、泣くこともあるだろうけれど。

これはたぶん、積極的な、良い意味で、自分の、自分に対する責任を取る、ということなのだろう。では自分の身が守れない人は、あの、少し重度に思えたダウン症の子は?社会は守ってくれない。親が死んだら、守ってくれる人がいなくなる。

誰か他の人が守ってくれないんだろうか。
全ては教育次第。大人の関わり方次第。日本の障害児教育を始めた人たちの歴史をみてみるといい。困難があっても、一人一人、自分を大切にしている。自分を守ることが誰かを守ることにもなる、。誰を守るか、それが人それぞれであることを、個性と呼んでも良いだろう。制度ではなく、人をつくること。コドモの中で生まれて育っている何かに、まだ地面の中にある命に気が付けるオトナでいたい。

池田・ロバートソン会談

日本の教育は2%のエリートをつくることをアメリカと約束しているらしいということを耳にした。今更聞いて驚かないが、残りの98%は不良品ということだろうか?

「君たちはどう生きるか」

電車の広告で、250万部突破と宣伝されていた。「よい本」だから売れるのか。「売れている」から「売れる」のかわからない。「みんなみてるんなら私も見よう、じゃないとみんなの会話についていけないわ」と思う人もいるだろう。私は「違和感」を感じるからこんなことも記事にしてしまう。予備校・塾業界には合格実績というものがある。いや問題は、本の読み手が其の本を読む準備ができているか、と同じように、その塾のやり方にその子があっているかどうかだ。「いやこの塾は合格実績がすごいからわたしも」というのは、見当違いになることがある。本当に目的がしっかりしているなら、手段は選ぶこと。ちゃんとみること。宣伝に頼らないで、自分の反応を、其の場にいって、感じたことに正直になることだろう。とおもう。

コドモはもっとオトナに怒ってもいい。

HPをつくりながら、いろいろな塾の「文句」を見た。

どこそこ高校合格!
何日で学校の成績がアップ!
苦手だった英語が得意科目に!

世間体、親の心に訴える文句かもしれないが、その文句に引っかかる心は虚栄心に近い。
親のプライドに近い。そしてコドモがそれを感じているとしたら、その子は変なプライドをもって育てられてきた子だ。
それがワルイわけではないが、そのプライドのせいで、他の人との関係性をつくれなくなる、調節ができなくなるコドモやオトナがいる。

言葉は時として人に呪いをかける。
オトナは塾に来てほしいから「文句」にしているだけなのだが、成績が上がることはいいことだというメッセージをコドモは受け取ってしまうかもしれない。
そしてどの塾もそうなのだから、成績がワルイコトはワルイコトなのだと思ってしまう。

大切なことはそんなことじゃないでしょう。
学校の先生もコドモを焦らせる。「最近成績が悪くて」などという学校の先生がいたら、気をつけたほうがいい。成績というものは相対評価で、必ず誰かは成績がワルイのだ。そしてその評価方法を作っているのは学校だ。だから正確には「私たちはあなたは学業不振であるというレッテルをつけました」という意味になる。

こういった当たり前のことに気がついて、違和感を感じている人は、私はフツウだとおもう。
コドモはもっとオトナに怒ってもいい。どうして、ホントウのことを言ってくれないのかと。
コドモはオトナに、呆れているのではないだろうかと、私はひそかにおもっている。

学校の教員

とある、学校の先生が集まって話す会があった。
学校にいい印象はないのだが、行ってみた。改めて、学校関係の人と話しをしてみたかった。

学校というのはフシギな場所だ。
いい学校は少ないが、いい先生はそこそこいる。
そして学校になんでいくのかはわからない。「学校が来てくれないから」か?

イイセンセイはいる。それが私の学んだことだ。
だが学校の「しくみ」はサンサンたるものだ。
教育相談、不登校の生徒のための施設の職員が「校長」になるためだけに施設長になる。2年経ったらまた人が変わる。
教育委員会のイジメというべき「異動」でせっかくよくなった学校の雰囲気もまたガラリと変わる。

一体、生徒とは何なんだろう。
私も教員時代、いろいろな先生に会ってきた。先生はいい人が多いとイイタイ。
けど学校として、教員として、私にはムズムズしてしまうことが多かった。
学校を卒業させればいい。学校のために進学率をあげるために生徒を使う。
そういう学校が多いのではないか。荒れている学校なら荒れないように、アメとムチ。
「生徒が昼間に街の中を歩いていたら、何をするかわからないでしょ?だから学校に閉じ込めておくんだよ」という先生もいた。
職員室では生徒の悪口をする先生。学校が卒業ゲームに見えてしまう。

イイセンセイもいる。特殊学級でガムランをやっていた先生。
耳が聞こえない子でも、肌で音を感じれる。耳が聞こえなくても、目で見て音をだすタイミングをあわせられる。
いろんな楽しいことをしている先生もいる。逆に、ストレスで潰れている先生もいる。

オトナの世界も、コドモの世界も、似たようなものにみえてしまう。
学校の利益のために、会社の利益のために?
そんなこと気にしないで振る舞える人もいる。
その重圧を背負ってしまう人もいる。

それでもみんな生きているから、フシギだ。
私たちはどのようにして、生き方を学ぶんだろう。

プレイパーク

池袋からちょっと先、西武線に梅ヶ丘という駅がある。そこの羽根木公園でガムランの演奏会があるので見に行った。
一週間前だが、ちょうど雨で延期になっていたときのこと。私はプレーパークというものを知らなかった。

とにかくコドモが生き生きとしている。
遊んでいる。遊べる場所だった。
この場所ができたきっかけは、地元のお母さんたちが「あそびばをのこしたい」ということで行政ともかけもって、地元の大工さんにも協力してもらって、遊具をつくったり、料理やら工作ができるように、そして何よりも「◯◯禁止」ということがないあそびばを守ってきたという。今はNPO法人として活動している。それでもそこにいるお母さんたちは知り合いで、仲よく喋っているような姿もみられる。鍋がおいてあって、火をタイて焼きそばを作る親子もいる。屋根の上を飛び回っているコドモがいる。屋根の上、大丈夫か?と思えるが、大丈夫なのだ。オトナが心配になるほどコドモはやわではないし、挑戦すること、恐れること、自分の力の限界を知ること、泥まみれになって一生懸命になることを学ぶんだろう。

昔、昔、私は「子ども環境学会」なるものに関わっていたことがある。さまざまな事例紹介のなかにこういった施設はなかった。いつからできたんだろう?学会の中で発表されるもの、本の中だけで得られる知識なんて薄っぺらかったなぁ、暮らしの中から、生きながら、人と関わりながら、つくられていくもの、関係といったものに今まで疎かったと私は思う。友だちと会って、話して、遊んで、喧嘩もして、走り回る。ここも東京だ。東京にも暮らしがあるんだと思えた。今まで知らなかったことで、驚いた。知らないことがたくさんある。暮らしていくうちに、わかってくるものかもしれない。

とても大切な看板があった。
自己責任だ。
もちろん怪我をした後、何かあったらオトナがフォローすることもある。
最近考えている。コドモの喧嘩、オトナがみた時に「ん?それはちがうぞ!教えてやらねば」という態度で仲裁に入ったり、オトナの速度で、オトナのやり方でコドモ同士の関係に割り込むこと。オトナの「伝えるべきこと」は何なのか。プレイパークにインドネシアの人が来ていた。結婚して子どもが3人いるという。「いつも喧嘩してさぁ」「そんなときあなたはどうするの?」「やれやれ〜っていうよ!」僕が韓国でオトナ同士がフル喧嘩したときも、ソンセンニンから「どっちが勝った!?」と冗談半分に聞かれた。んー。

コドモの喧嘩、コドモのモメゴトは放っておく。
そうすると、彼らに何が起きるだろうか?彼らはものすごく考えるだろう。
「これが正しい」とオトナが喋って、納得させる、行動を規制するよりも。
「◯◯ちゃんはこうだったんだよね」とコドモのまだ不十分な言葉を翻訳する必要がある時期もある、と本には書いてあるが。
オトナは黙って、みている。コドモの動きをみて、気持ちをみて、コトバを聞く。

ボクはまだ悩んでいる。僕が見学をしに行った保育所でのできごと。僕はコドモに交ざっていたのだが。
男の子が女の子の読んでいた本を取って目の前で読み始めた。
うーん。「それはいけない!」とはいわなかった。もしかしたら、「絵本読んで!」と女の子たちにせがまれていた僕に嫉妬したのか!?
それで本を奪って邪魔をしたのか!?もしこれで「人の読んでいる本をとったらいけないよ!」といっても、彼らの気持ちを知ったことにはならない。彼らが何かを学び取ることにはならないだろう。もし本当に、例えばの話、嫉妬という感情があったとして(他の子のもっている「そのもの」をほしがるのはよくあることだ)、その気持ちを、どうしたらいいんだろう?たぶんオトナも、コドモも、それを探している。たぶん、見つからない。見つからないのだ!だから笑ったり泣いたり、ご飯を食べたり、散歩をして、嫉妬の気持ちと、嫌な気持ちと、一緒になって笑おうとするんだろう。

本当にオトナが強く「ダメだ」とか「いけない」と伝えることがあるだろうか?
信頼のないところに、感情のないところに、何が生まれるだろうか。

保育×美術×コーヒー


『あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。 他人に支配されず、自由に生きる技術』安冨歩

前に紹介した『生きるための経済学 〈選択の自由〉からの脱却』で感銘をうけた安冨先生の著作。
真面目な本だけ書いているわけではない。教養人だ。見習おう。

氏のブログを覗いてみた。
http://anmintei.blog.fc2.com/

とても真面目だ。
イイタイコトを言って生きている。キモチイイ。
イイタイコトをイイながら生きていく。自分の声を守りながら生きていく。

東京に来てちょっと仕事を始めたとおもったら、私の体は自動的に「私の声」を殺していたことに私は気がついていた。
身についたこの身体の振る舞いは、とても素直だ。カイシャに行く前に大声で「行きたくない!行きたくない!」といったのは人生ではじめてだ。
今までは何も感じていなかったこの体の声に気がつけた。かつて引きこもりをしていたときも、体は大声で信号を発していたことだろう。私にはそれがわからなかった。

「生き方を変える本」はたくさんあるだろうが、メソッド的でない、ちゃんとした、知的な、社会の構造、歴史にまで話が及んでいる本にお目にかかることはあまりない。しかもそれが、とてつもなくわかりやすい。私も本を書く上で、素直に真似をしたいとおもうほど明確で、明快で、気持ちがいい。

作者は編集者に「この本を書く仕事を引き受けるための条件を出した」という。
それは、この本を書く時に、筆者と編集者と友だちの3人で、乗馬をしながら、3人で愉快に話をしながら書くことだった。
書き手のココロの有り様が、そのまま自然と文字になっていく。人が生きるというのも、これと似ているかもしれない。

自分のお世話をちゃんとしてあげることだ。

今日、東京の保育園に見学に行った。
https://www.facebook.com/hyougenshatachi/
この活動をしている。

で、美術の時間をアシスタントとして見学させていただいたのだが、感じたことは、どれだけ「芸術」をやろうとも、保育園が、大人たちが、
子供たちの創造性、育て方をちゃんと美術の時間と生活とで繋げていることにボクは大いに驚いた。美術の時間も、やりたい子だけやる。
美術の展示をするために壁をマグネットにした。展示にも力を入れる。美術の時間の後の気付きをスタッフがシェアする。

活動に一生懸命になって子どもが見えなくなるのが日常の、大人の世界。
大人のココロの有り様が、そのまま子どもに伝わる。

思い出すのはインドネシアに行ったときの、コーヒーショップの店長の話。
「ボクはコーヒーのことを気にしちゃいない。ボクは人間に気をかけているんだ」

保育園訪問

インターネットでたまたまみつけた保育園。とても骨があってパンチが効いていて、訪ねてみたくなったので訪ねた。

無認可保育園。南町田みつたま保育園。
http://www.3soul100.com/

もうなにかってとてもしっかりしている。
認可保育所で働いていたが、やはり認可には認可の辛さがある。
話していて気持ちがいい人に出会うこともめったにないのでとてもよかった。

10年間、普通の保育所で働き、
独立してから10年目。
地元のお母さんたちの生活を、文字通り支えている。
一軒家に手を加えて子どもが自立して生活できるようにしていた。
HPでみて私も驚いたが、実際に行って実感した。庭と家の連続性。空間が広すぎず、うまく区切られている。
少人数だからこそ、物質的にも金銭的にもいろんな人の助けが必要だが、気持ちをちゃんと伝えてきたという。

「ここはこういう保育をするところです」と胸を張って言えるような人が、子どもに関わるのが一番だろう。
その答え方はなんでもいい。ただ自信を持ってそれを言えるかだ。

ところでこの保育園には「レポート」というものがある。
知的な文章で、説得力があり、聞いたところ園長先生が考えて書くものだという。
保育園のHPをみても、あいまいなぼやっとした情報が多い中で、これだけはっきりと伝えてくれているのがとてもうれしい。

私のHPももっとしっかりしなければ。
私自身が、もっと言葉にして、表現して、伝えて、わかってもらう努力をしようとおもう。

しつけ

知育だとか食育だとか脳育だとかいろいろあるがどれも育てるということの一部を拡大してみせるだけで、全体のバランスを見失ってしまわないように気をつけなくてはいけない。

社会のなかで、ひとりひとりは別々の道のりで発達する。
親、幼稚園、保育所、学校、塾、友だち。。。

オトナの願いが呪いになってはいないか。
オトナの無知さが子どもを苦しめてはいないか。

この間、火垂るの墓を見た。「お国のために働いているんだから、あなたもぐうたらしてないで」というセリフを
「社会に出たら困るんだから、なまけれないで」とセリフを置きかえても、口調そのままに現代でも通じるものがあるとおもっておかしかった。基準に合わせようとする。その基準は社会の基準だ。しかたない。

仕方ないだろうか。どれだけ真面目に、オトナはその子の生涯を考えているだろうか。一日一日、変わっていく子ども。なにをしても、成長していくようにも思える子ども。オトナができることがあるとしたら、一日一日を後悔しないように、オトナとして関わること。手をつくして、コトバをつくして子どもに関わるオトナもいれば、落ち着いてその日その日を暮らせたらいいと思うオトナもいる。

基準に合せるためのプログラムに乗っからない子ども。
プログラムが間違っているのだ。
フレーベルの精神無き恩具。心なきモンテッソーリ教具。同じことをしていて、僕はどうもつまらないなと思う。

基準に合せるためのプログラムに乗っからない子ども。
基準が間違っているのだ。
どうして平均に合わせようとするのかって、それはオトナの傲慢かもしれない。
オトナがオトナとして責任をとるというのは、オトナが子どもに対して責任をとるというのは、コドモを基準に合わせることではない。
「私たちオトナは、アナタを標準的にしようと試みましたが、ムリでした。」
といえるだろうか?
「私たちオトナは、アナタを標準的にしました。おめでとう。」
コドモはソレを聞いて喜ぶだろうか。

標準にならなければその子は生きていけないのだろうか。
標準にならなければその子は死んでしまうのか。
標準にならなければその子はよりよく生きられないのか。
標準にならなければその子は孤立してしまうのか。

こうしてオトナは、コドモに呪いをかけていく。
それでもコドモにはオトナが必要だ。
それでもコドモは成長していく。
いびつになりながらも。その子が大きくなって、オトナにどんな眼差しを向けるだろうか。
どんな思いで目の前に現れるだろうか。呪いをものともせず、輝いているだろうか。

祝福のコトバを使おう。

コトバが生まれる瞬間を感じたことがあるだろうか。
人とココロが通う瞬間を感じたことがあるだろうか。
育たないコドモはいない。
オトナとは、成長を止めたコドモだ。

「教育」も「保育」も文部科学省と厚生労働省の住み分け、権力争いで生まれてきたようなコトバだ。
大人たちのコトバが乱れている時代に、コマーシャリズムに乗っからないようにしたい。
学級経営が困難になったから生まれてきた「療育」というコトバは、生まれつき、素行がわるい。
「療育」というコトバは、歴史的に、学校教育の標準を守るためにあるとしたら、発達支援とはなんだろう。
学校教育の枠を守るための努力だ。学校教育の制度を守ろうとするオトナのための努力だ。
学校教育をすんなり通ったオトナたちには、彼らの気持ちはわからない。オトナが、彼らに学ぶべきではないのか。

教育も療育も保育もいらない。ただ目の前の人間とちゃんと向き合うことだ。

自分自身に、ちゃんと、向き合うことだ。

ムリゲー

何ヶ月か前にクレーンゲームをしたことを思い出した。
ゲームと名のつくものには「ムリゲー」という物がある。
クリアできない、攻略でいない、進めない、倒せないゲームだ。

クレーンの景品はBluetoothヘッドホンだった。
どんなものだろうと思って、やってみた。
クレーンの腕、アームの動ける範囲がコンピューターで決められており、
またアームが商品の急所に届かないように、仕切りがつくられている。想像できるだろうか。
「ムリゲー」なのだ。

それでも「次は落ちるかな」「次こそはこうすれば取れるはず」と期待して、コインをいれる。
「今にも落ちそうだし、次、きっととれるよ!やってみようよ!」
何度かやってみた。何度もダメだった。「ああ、コレもダメだ」という動きでヘッドホンを掴んだ3秒後に商品は落ちた。

投げればそのうち当たるものだ。
緻密な計算も、合理も、「取りたい」という気持ちも、コンピューターのプログラムとプラスチックの板で役に立たちそうにない。
定められた運命に身を委ねる、お金を委ねているようで少し嫌な気持ちがした。

教育も同じだろう。
やろうとしても、やろうとしても、いや、その状況ではムリ、ということがある。
その決められたルールのなかでゲームをしなくてはいけない。
そういう生き方もある。たいていは、なにかしらのルールに従わざるをえないから。

だからこういうこともできる。自分はどのルールの中で行きていくか。それを決断できる人は、勇敢だ。
家のルール、学校のルール、会社のルール、日本のルール、人間のルール。
結局は、誰と一緒に生きたいかなのだろう。大抵の人はルールのなかで生きることを教えられる。
ルールを決めることを教えたほうが、もっと面白いと思うのだが。
自分のルールを、まず、決めれるだろうか。私自身の中に居るたくさんの私が、それぞれにちゃんと生きられる心。

教育・保育の現場で「流れ作業」をしている人がいる。教育実習に行った時に、中学校の校長先生が「教育は工場と一緒だ」と言っていたのはおそらくベルランカスター法の歴史をいっているのだとおもうが、私は事実、大人たちがどれほど業務としてコドモと関わっているのだろうかとおもう。多くの大人たちが、宿題をこなすことを、より印象的に教わっているのだから。教育が変わらなければ、オトナが変わらなければ、何も変わらない。私自身の中にもオトナとコドモがいる。自分の中のコドモをオトナがちゃんと大切にできなければ、日々毎日を「いつも通りの流れ作業」にしていたら、コドモは成長できないのだ。社会を変えることはない。自分自身を変えること。

教育者とは、常に自分の教育をしている者のことだ。
自分の中のコドモへの関わり合いがそのまま、コドモへの関わり合いとなる。
だから先生という仕事は、本当に、イヤニナッチャウのだ。
自分のつくったルールを壊たりつくったりし続けるのだから。