お母さん、大丈夫ですよ

世の中は不安を巻いて育てている。
私の言う地獄の一場面だ。

世の中を不安にした方が、いろいろと買ってくれるからだ。
習い事、勉強もそうだ。
本当に必要なのか、わからないけど他の人が使っているから・・・みんなやっているから・・・
とか、有名な人が使っているから・・・とかいうケースもある。

みんないっしょでないと不安になるのも地獄現象だ。

毎日、子供を風呂に入れないと、入れないと!いけないというのもお風呂関係の商品を売るために「〜せねば」と思われる宣伝をうっているだけだ。

お風呂に赤ちゃん、毎日入れるものなの?

だから大丈夫、子どもは大丈夫、世の中が見せてくる、縛ってくる不安なんか気にしなくていいよ。
子どもはしあわせになる力をもって生まれるんだから。

お母さんが不安になってたら、子どもはちゃんとそれを感じて、世界を不安で満たしてしまうかもしれませんよ。
それだけお母さんは、お子さんの、大事な先生です。

笑ってください。しあわせになってください。
もうそれだけでいいのではないですか。

受け入れる2

世の中を、天国だと受け止めてみよう。

一瞬一瞬が、人が成長する瞬間であり、よりよい自分に向かっていく、笑いあえる瞬間になる。
何を憂うことがあるだろう?

食べていける、生きていける、今、生きている。
それだけでもう全部、笑ってもいい。

命はしあわせになるようにできている。
取り越し苦労なんて、しなくていいのだ。

受け入れること

この世は地獄だ。

と受け入れてみよう。

もう変えられない、地獄。
(一部の人は地獄の中に別のシステムをつくろうとしているが)

そうしたら、笑って暮らすだけでもいいんじゃないかと思えてくる。

心配することも、悲しむことも、怒ることもない。
誰かに支配されているなど考えていても、しょうがない。

将来の心配もせず、
笑って暮らすために、子育てをしてもいいのかもしれない。

何があっても笑顔でいる子どもは、幸せだろう。

笑いながら、信念が芽生えた時に、生まれてくる世界がある。
地獄の中に生まれる、心が作り出す大切な世界をもっている人は、しあわせだ。

もちろん、信念などなくとも、しあわせになれるのだだろうけれど

学校の責任と義務(責任について・・・いくつめ?)

沖縄の那覇から船で1時間半の渡名喜幼小中学校の「校長先生」の挨拶を転載する。
これだけ時代を直視し、時代を感じさせ、使命感ある言葉を学校の先生が使っているのをみて、私は驚いたとともに、うれしくなった。

私の感じたことが、伝わるかどうかはわからない。
無理に伝えようとしなくてもいいのだろう。

読んでみてほしい。
あなたが通う高校の「校長先生の挨拶」と比べてみたらどうか。
比べる必要はないのかもしれない。
ただ、私はこの渡名喜幼小中学校の校長の言葉に、チカラを感じたのだった。

「責任」という言葉が上っ面のたわごとでわなく、使命として感じられたのは、私だけだろうか。

はじめに
 小学校は明治23年創立で今年度127周年、中学校は昭和24年創立で今年度67周年を迎える島唯一の学校である。更に、併設されている幼稚園は3年保育であり、ここ渡名喜の子ども達は、12カ年この幼小中学校で過ごしている。その子どもたちは中学を卒業すると、親元を離れ自活をする ケースがある。高校・島外という新しい環境や人間関係の中で、正しく適応・対応しつつ、自己 を発揮し、切磋琢磨しながら自ら成長しなければならない。そのため、卒業生や島外へ出る子ど もたちに「どんな状況にあっても夢や希望を持ち続け、強く生きてほしい」という保護者や島の 人の願いがある。その現状と期待を受け、我々は、子ども達に「試練を乗り越える力」、つまり 「生きる力」を幼小中学校12年間で身に付けさせるという責任と義務がある。
 渡名喜村は、狭隘な土地を忍耐強く耕し山頂近くまで広げた段々畑があった。勇気を持って荒 海を乗り越え、優秀な船乗りを多く輩出した。厳しい自然環境の中で力を合わせて生きてきた。苦しい時代を頑張った先人や地域の絆に大きな誇りを持っている。
 現在、過疎化により人口が減少している。しかし、島の村並みと自然景観が平成12年に国の重要伝統的建造物群に選定され、人々に渡名喜島の自信と誇りを再確認させてくれた。また、今年で98回目を迎える「水上運動会」や大正時代から続けている「朝おき会」に代用されるように、他校にはない独特の伝統行事が現在も続いている。
 幼児児童生徒がいきいきと活動し、島への愛着と誇りを高め、自分自身の頑張りを自信として抱き、将来に夢や希望を持って生きていく児童生徒の育成を目指し、「普遍性」「地域性」「時代性」の観点で教育計画を作成し、「積小為大」の精神で学校経営を進めているところである。

渡名喜幼小中学校のHP

くやしいという気持ち。ごめんよバリの生地たちよ。


バリで買ってきた生地の四辺をミシンで縫う作業。

うまくいかない!
何が悪いの?

バリから持ってきた大切な生地、失敗したくない。
インターネットで調べた。どうやら上糸の強さを変えたらいいようだ(人生初、上糸調整)
それでもうまくいかない!

なんでだ?
悔しかった。生地を素敵なスリングにできなくて悔しかった。
ミシンのことについて学びたいとおもった。
何がいけないのか。。。どうしたら、綺麗な、スリングができるか。。。
ごめんよバリの生地・・・

結局、糸が細くて調子がどうしても外れる、ということがわかった。
手持ちの糸では、だめなのだ。

こうやって学んでいく。
悔しくて、もっとよくしようとする。
私はそうやって学んできた気がする。

悔しいとか感じなくて、学べる人もいるだろう。
試行錯誤をしないで、正解にたどり着く人もいるかもしれない。

その人はきっと、昔、おもいっきり試行錯誤をして、いきなりうまくやる方法にたどり着く術を学んだのだとおもう。
挑戦して、失敗してもいい。一生懸命やればいい。受験とはそういうものだとおもう。
悔いのないように、というけれど、悔いが残ることはたくさんある。
悔いが残ったら、やりなおしてもいい。
新しい挑戦をしてもいい。

本気でやれること、大切なことに取り組めないことほど、不幸せなものはないと、私は思っている。
大切なことを見つけられた人は、幸せだとおもっている。

そういえば、「悔しい」という英単語、あったっけ?とおもって調べた。
ない。

あるといえばあるが、日常的ではない。
不思議なものだ。
感情の処理のしかた、処理のされ方が違うのだろうか。
悔しいとき、向こうの人は、感嘆語ではなすのかもしれない。
わからない。今度、外国の人に会ったら聞いてみよう。

うまく縫えなかったけど、バリの生地だし、まぁいいか!
動画はバリではなくインドネシアのスラウェシ島のお母さん。

勉強ってなんだろう。

私も誰かに聞きたい。

石川県、富山県の御三家、進学高校が全然進学高校じゃないことをデータで示している最中、「こんなにも、地方と都会は違う。なのになぜ、大学進学をさせようとするのか」わからなくなった。

塾は、親や学校、大人の見栄を生徒に押し付ける場所のように思えて来た。
だから富山で出会った高校生は「みんな勉強嫌いだよ。また塾できるの?(いやそうな顔)」と言っていたんだろう。

東京で学び、大学受験をする雰囲気を経験している私からしたら、石川県も富山県も、受験勉強などしていない。
家畜小屋で太らされているだけだ。

そのなかで泣いている生徒の声も聞こえないほどに、目の前の機械がうるさく餌ばかりを運んでくる。
どうして食べるんだろう。多分中学生の時から食べているからかもしれない。
親が食べさせるのかもしれない。

私は何をしにきたのだろう。
「それは違う」といいにきたのだろうか。

けど高岡は高岡で、金沢は金沢で、富山は富山でやっている。
旅のものが、何をしているのか。

地方の高校生が勉強をする意味があるのか。
学校、親、教育委員会の見栄のために子供が利用されているだけではないのか。

東京のエリートたちは、当たり前のように塾に行き、学び、当たり前のように大学を目指す。
東京は東京で、やっている。

私は無表情で課題をこなす高校生たちを解放しに来たのか。
肝心の本人たちは、べつにそれが当たり前の生活、どうして私がお節介をする必要があるんだろう。
私がotononeという場所をちゃんとみていない気がして、気分が落ち着かなくなった。

HPを作り変えながら、頭を抱えてしまった。

富山県はコメ騒動発祥の地と言われる。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?

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言葉のチカラ

私は言葉に力があると信じている。
だから文字の形とか、言い方とか、言葉が置かれる場所とかをよくよく整えようとはしている。
それで言葉が力を持つと思っているからだ。

この間、高校生から、「あの言葉、家で何度も読んでいます。励まされています」という話を聞いた。
うれしかった。

いつも出しっ放しの言葉、帰ってこない音、声にこだまする別の音が聞こえる、心地が、いい。
音楽を一人でやり続けてきた私がグンデルに出会って、誰かと一緒に演奏することをしっかりとわかった。

言葉も、こうしてブログのように一方的になってしまわないように、もっと生徒と、コドモたちと出会って、言葉を、交わしていきたい。

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リッチネス2

昔、リッチネスという言葉について書いた。

公園でグンデルをしながら、風成に興味を持って来てくれる子がいる。実はバリ島で風船おじさんがいるのを、僕は「イイ!」とおもって真似をしたのだ。
風船と、日本のリッチネスについて考えた。

バリ島では風船おじさんは商売をする。お父さんお母さんは風船を買う。日本でも服を買ったりおもちゃを買うだろう。けど本当に子供が欲しい「風船」(もう本当に人気だ!グンデルより人気!)にお金を払わなくちゃいけないとおもっているお母さんはいない。タダでもらうことに、慣れてしまったのか。もちろん僕もタダであげようと思ってきている。ただ、それがタダなのを、みんなどうおもっているのか。誰も聞いてくれない。きいてよ!

まず風船が公園にあること自体日本ではおかしなはなしなんだろう。
「怪しい商売」と思われてもしかたないか。

ここからがリッチネスの話。

子供が本当に欲しいもの。それだけの価値があるものがオトナにとっては大したことではないらしい。お金を払うに値しないことが、コドモにとって大切で、おもしろくて、わくわくする。
だから子供はお金がなくても遊ぶのだし、お金とは関係なく楽しむ。オトナは将来のためにお金をつかう。目の前にある「風船」にお金をかけるバリ島のリッチネスと、どこにもない「将来」にお金をかけるリッチネス。

文化によって、リッチという言葉は違う。
私は子どもたちと一緒にいたほうが、自分がリッチになるとおもっている。
そのリッチネスを分けてもらうために、私は風船をもっていっている。

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ユーモア

humor

を日本語でいうとユーモア。
もともとhumanity人間性と繋がっている言葉だということがわからなくなる。

日本人のhumorは何かとおもう。ユーモアと書けば「あのひとはユーモアがあるよね!」と、人の笑いを取るとかいう意味になってしまう。
humorというのは、もっといろいろな感情を含めている。笑うこと、泣くこと、悲しいこと、怒ること。そういったものをバランスよく出したり引いたりするのがhumorだし、人間性humanityなんだろう。

日本人のhumorは、どこか暗くてどろどろしたイメージを持つのは、僕だけだろうか。
恐らくそれが、日本人の「語り」の文化なのだろう。

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日本の文化と言葉

今、音楽教室専用のHPを作ろうとしている。

音楽の習い事で思い出せる言葉はいろいろある。
リトミック、ソルフェージュ、わらべうた、体幹、情操、微細運動、いろいろな言葉が溢れている。
結局、いろいろな人が音楽教室をやっているけれど、いくら言葉を尽くしても、結局違いは「一緒に音楽をやる人が違う」ということだ。
ギター教室、音楽教室、リトミック、うーん、全部のキーワードを入れたい。どうしたものか。

インドネシアのバリ島の事情。

「ああ、あそこにはこんな先生がいてね、こんなのを教えているよ」
全て会話の中で伝えられる。人間が、情報を持っている。人間が情報を喋る。必要なことは質問できる。
今私はHPを作ろうとしているのだけれど、インターネット、スマホ、パソコン経由以外でもみんなに音楽教室のことを知ってもらいたいと私が思うのは、言葉はいくら尽くしても、結局、人間の声、面と向かって話すことでやり取りされることの方が、感覚的であり、直感的であり、信じられるからだ。うまい広告は世の中にたくさんある。その中から、私の音楽教室を選んで、誰か会いに来てくれるだろうか。話にきてくれるだろうか。わからない。

だから私は道に出る。

ところで本題、日本の文化と言葉。日本で新しい言葉が生まれる時、大抵、外国語からやってくる。もしくは、コマーシャルからやってくる。新しい言葉を私たちが目にするのは、広告の中がほとんどだろう。それらはほとんど、文化にはならない。インドネシアなら「サンガール」という文化がある。日本では「お稽古事」だろうか。寺子屋、読み書きそろばんが町人の、商人のたしなみであり、おかげで高い技術力を維持してきた日本の文化。今その文化は、学校教育のなかに閉じ込められ、新しい文化を生み出す力は、学校にはない。受験勉強という高度経済成長に支えられて来た文化は、風習は、これからどうなるのだろうか。もうすでに、たくさんのコドモたちがあきれてオトナをみていることに、オトナはいつ気がつくんだろう。私はそんな冷たいコドモの視線に合うと、背筋が凍る。

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