受験物理は実用的か

物理の問題集に「良問の風」というものがある。
本当に良問で、頭がよろこぶ問題集だ。ところで。

ヘリウム入りの風船をつくろうと思ったところ、ふと、「そういえば夏だし膨張したら破けるんじゃないか」とおもって膨張率など調べてみた。どうやら熱伝導率が空気よりも大きいらしい。肝心の膨張率だが、果たして計算できるだろうか。よくわからない。風船売りの人は経験則でヘリウムを入れているだろう。風船にLEDを入れたらさぞおもしろいだろうとおもって調べたら、ボタン電池二つで光るそうだ。LEDが光るのに必要な電圧っていくつ?調べてみた。

電気回路も同じだ。どんなに計算ができても、実際に回路がどう動くかは、「予測できない」が電子回路に携わる人の常識だ。いや、単純なものは予測できるよ。ところで風船。夜になったらLEDで光らせようとおもって、調べると・・・赤色のLEDは必要な電圧が低くつくってあるから、白色LEDと同じ電源・電池は使えないということ。もし赤色を使いたいなら、抵抗をはさむしかない。抵抗の値は?あの有名なオームの法則で計算できる。

家の中にマルチタップがある。マルチタップが耐えられる電流の値があるということを、大学卒業後に知った。つまりタップにコンセントをつないでいろんな電気製品を使うと、マルチタップが耐えられる電流を超えてしまうかもしれない。すると、タップが壊れる。もしくは発火するか。。。。どんなに受験勉強をしていても、日常のなかにある物理現象の輪郭しかつかめない。受験物理は実用的ではない。実践のなかで学んでいくことの方が、たくさんあると、私はおもう。だから、もう簡単にあっさりと受験は終わらせて、はやいところ実用の世界、本当に感動する、おもしろい世界に入っていくといい、と、私はおもう。電気の世界も、分子の世界も、本当に繊細で、一人の人間のような微妙な暮らし方をしている。

ところで「良問の風」は、問題に書かれた現象をみて、何の法則がその現象に働いているかを問われている。いくつかの法則が一つの現象に含まれることもある。現象を見て、法則に気がつく、法則をひとつひとつあつかっていく、現象を、時間を追って、ひとつづつみていく。物理の学習の第二段階だ。

物理がわからない

そんな人が多い。
と聞く。

フシギなのは、わかる人とわからない人がいること、
わからない人は、真面目な人だと私は思っている。
納得できない、そんな説明じゃなんの説明にもなっていないという納得行かない説明しか受けてこなかったのではないか。「そうしたら問題が解けるから」というのは無邪気でいいにしても(最終的には受験のためにみな物理をするから、間違いではない)。ただ、「遠心力という力が存在する」という教師がいたら「いやちょっと、説明してください」と言ったほうがいい。納得できないまま「そんなものか」と思って、頭の中に作り上げていく体系がたまたま

たまたま

間違っていた人が「わからない」というのだとおもっている。
だから「わからない」といって悩んでいい。わからない説明を受けて悩むのは当たり前だ。ただその悩みをどこかで解消しなくてはいけない。生き方に関する漠然とした悩みはこうした解消などというものはムズカシイと思えるが、受験の世界で解消できない悩みはなかなか少ないのではないかとおもう。

「エネルギーって結局何ですか?」という問に答えてくれる先生が近くにいますか?結局納得できる説明はできないかもしれない(科学者もわかっていないこともある)。ただ、疑問におもったことを聞いてくれて、一緒に悩んだり、調べてくれる人がいるといい。(私は理論化学の不合理さを誰にも打ち明けることができなかった。)歩き方を教わる必要はない。歩けるのだから。ただ、どの道を歩くか、それで辿り着く場所が変わってくる。「わかる人」にはわかる人の道が、「わからない人」にはわからない人の進むべき道がある。

当たり前のように書いてある教科書の内容がわからないのは当然だ。
大切なものは書かれていないのだから。そして先生は先生で忙しく、ひとりひとりに気を回せない。だから、みな、悩んでいる。

たったソレだけのことだ。