【コメントまってます!】8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

はい。

最近知りました。
家にテレビがないおとのねさんです。

事件があったようですね。

現実ですね。
「うちの子は関係ない!」と思っているお父さんお母さんがいるかもしれません。
けどお子さんが暮らしていく世の中だと思ったら、気持ちも変わるでしょうか。
お子さんにお子さんができる時代のために、今、時代を生きる知恵をお父さんお母さん自身がつけておくのもいいのではないかとおもいます。

ーーーー

簡単に言えば、日本で暮らす人たちは概してみんなひきこもっている。と僕はおもっています。
小学校から高校まではもちろん、高校卒業後、高学歴の人でさえひきこもる。
それが孤食という言葉に置き換えることもできる。
よくよく思い起こせば、高齢者が自宅で一人で孤独死するということも、ひきこもりだといえる。(みんなひきこもりたくて引きこもっているのではない)

さて、解釈(物語)をはじめましょう・・・・

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今、50才でひきこもり(人間関係がつくれない)をしている人がいるということは、どういうことだろうか?
今50歳の人が20才の時、どんな時代だったか。30年前。

1990年をバブル崩壊としよう。今、2020年だとしよう。ぴったり30年前だ。
20歳まで、バブル時代に育てた価値観をもつ親の影響を受けて育って来た世代だ。

1945年、終戦した年に生まれた人が今、75才。
1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれた時代、三種の神器と呼ばれる家電製品、テレビ・冷蔵庫・洗濯機を夢見て働いていた時代を経て、ボンボンの子が学生時代に車を親の金で買ってもらい乗り回す時代を経てきた。

バブル時代の価値観を「働け。儲けろ。地位を築け。そうしたら幸福が手に入る。」と安直に考えてもいけない気がするが、それでいいとも思えてしまう。

20歳のとき、20年間をバブル時代の価値観で育った人たちが投げ出された世界は、どんな世界だっただろう。
異世界?「8050」の「50」の人がどんな暮らしをしてきたのかわからないが。想像はできる。

親の価値観から自立ができていないのだ。
自分の価値観で自分の生きている世界を見られない。
親から自立していない。

思い描いていた人生が崩れていった時、自分で立て直すことができなかったのだろうか。
親のつくった道を歩くことしかできなかった(そしてその道は失われた)のだろうか。

バブル崩壊から、いろんな社会現象が起きた。
その中で「発達課題」を超えられなかった人がいるということだろうか。

大学時代か、仕事をしている間か、どこかでなにかがおかしくなった。
うん。それでDVとかも増えるのね。

ーーーーーー

ここからは学歴の話。

学歴社会の始まりを申すと、明治時代に西洋を習って作られた大学から始まる。
大学で育てられた人がいく道は「官僚」もしくは「先生」、「役人」だ。
技術者ももちろんいただろう。いわゆる公務員。

学歴は「国に雇われる」ために必要だった時代。

そしてバブル時代といえば。逆に民間にいた方が儲かった時代。「なんで公務員になるの?」という時代。

それからバブル崩壊。「公務員っていいよね」となる。

で、いつからかわからないが、おそらく、ここが、ごちゃ混ぜになっている。
おそらくマスコミ、教育産業が台頭しはじめてから?

1955年河合塾、1957年代々木ゼミナール設立。
1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれた時代の幕開けと共に、大手予備校は始まった。

おそらく、新しいテクノロジー、メディアに乗っかって「学歴最高だぜ!」という価値観を広げていたのかもしれないとおもって、河合塾の当時のCMを探して見た。7分11秒あたりからみてみてください。(いつのCMかは、わかりませんでした)

どうですか!
輝いてみえますか!

もう部分的には完全に学歴社会終わっているんだけどねー(実際に今も学歴が大切な採用基準であることは別の記事でも書いた。合理的にね。)
幻想はいつまでも抱き続けられる。

現在、高学歴”だからといって”いい会社に入れるわけでもないし、入れたとしても仕事ができない、人間関係ができなくてやめることになるかもしれない。不確定な時代だということしか、確かなことがない。ようこそ、量子力学の世界へ

富山中部高校にいっても、少なくとも3割の生徒は富山南高校と同じレベルの大学へ行く。学歴社会が高校時代から始まっているとしたら、その結果は、すでに大学受験でみえている。学歴社会ではないことが証明されているといってもいい。

一体「学歴社会」って何なの?
はっきりと説明できるひとがどれだけいるだろうか。

ーーーーー

日本はメディアがよく「幻想」を作り出す。8050問題も「幻想」かもしれない。
景気も「幻想」かもしれない。何しろ、不確定な時代だ。

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マスコミの影響を受け「景気がよい・わるい」で一喜一憂している世代と違い、もう今を生きる子供たちは、景気など知らん顔で暮らしているようにおもうし、実際もう(バブル時代がよかったというなら)好転しようがないほど日本はもう、戦後を離れた。経済の仕組みも変わった。

しかし町ぐるみで、いまだにそれを夢見ている人たちがいる。
同じ夢をみれない、みたくない人も「みんな一緒に!」するのはどうかとおもう。

ーーーーー

1975年から出生数は継続して下がっている。
日本をアメリカに売るためのプログラミング教育と小学英語教育じゃないの????

謎なことがたくさんありすぎて、不安定すぎて、もう頭が混乱する。
日本は、基本、不安な国だ。
そして不安に対する対処法が、引きこもりかもしれない。日本人のあるべき姿なのかもしれない。(だからこそアニメや漫画が発達した?)
そう考えれば、ひきこもりなど、8050問題など、新しいビジネスをつくろうとする人たちの目論見の一つなのだろう。
くらいに軽い気持ちでとらえられないだろうか。「お子さんの登下校、専属の警備員が守ります!」とか

そう考えることもできる。

ーーーーーー

そうそう。今日たまたま県議会に行くことがあって、パンフレットの中に謎の表現があることを発見。
「県議会の仕組み」→「常任委員会」→「教育警務委員会」→「教育委員会、公安委員会の書簡に関する事項を調査・審議します」

いやいや、なんでその2つが一緒になってるのよ。
ああそうか。学校のモデルがもともと刑務所と軍隊だからか。軍隊も警察も繋がっているからね。学校ってそういう場所です。歴史的に。

これから通学路に警官が配置される時代になるかもしれないね。
あ、国にはお金がないね。無理だね。やっぱりお金を出して護衛してもらうんですね。
「お子さんの登下校、専属の警備員が守ります!」

歴史、大切。

みんな、歴史を背負っている。
学校の先生は悪くないよ!しょうがないんだよ!

だから助けてくれる別の人が、学校の外にいたらいい。
と、オトノネは考えています。

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共産主義的日本と資本主義的中国

とりあえずタイトルだけメモ。
名前と実態は違うという話。

けれども、こんなことを知って、よりよく生きるために役に立つのだろうか。
知ることの価値を、最近、見出せなくなっている。

大学時代に逆戻りした感じ。

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イオンとコンビニとフランチャイズとオトノネの豊かさ

自営業を始めてから経済について考え始めた。
いやいや、本当に、興味がなかったお金の大切さというか、お金の価値観にだいぶ囚われている自分自身に気がつく

イオンの周りに住む人はイオンに資本を吸収されている。
(イオンでなくとも全国展開しているスーパー)
コンビニを使う人はコンビニに資本を吸収されている。
イオンやコンビニの利益はどこに行くのだろうか?
都市に吸収され、さらにイオンやコンビニが強くなる。

強くなるとはどういうことか。
競争力が強くなるということ。
影響力が強くなるということ。
お金を吸収する力が強くなるということ。

塾業界も同じだ。
家庭教師業や個別指導塾業界。

地元のお店がつぶれる。(オトノネつぶれる?)
それはどうしてか?
なぜフランチャイズ(例えばコンビニ)は増えるのか?

なぜ地元の人々は協力して、コンビニに勝とうとしないのか?
(なぜオトノネはフランチャイズより儲かっていないのか?)

で、それを経済の言葉で語ることもできるけれど。
もっと自分ごととして語るとこうなる↓

ーーー
より多くの人が共感する物語をみせている。
と、言葉にしてしまえば、僕はとてつもない敗北感に襲われる。
オトノネという物語を必要としている人は?
きちんと物語れているんだろうか・・・・
伝えられているんだろうか?

みなさんの目線で、僕がオトノネを見られていないのかもなぁと最近おもっています。
オトノネはどんなふうに、みなさんの目に映っていますか?

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学校の先生は残酷か。

ひとりひとりの生徒の自立心、意欲を管理と干渉、命令で抑圧することが、残酷かどうか。

でもこれは一部のお父さんお母さんも当然のようにやっていることだ。

会社という組織でも同じ。会社には会社のやりかたがある。

子どもは子どもでじゃぁどうやって世界で生き残るか、工夫していく。「この世はもっとしあわせなことがある、幸せを感じるようにしよう」という心をつくる子もいれば、「戦わなくちゃ!頑張らなくちゃ!」という子もいる。「え?ノープロブレムだけど?」という子もいる。うまくやるひとはうまくやる。羨ましいくらいに!生きていくために、仲間をつくる、仲間と出会う、仲間を集める、それもひとつのうまいやり方だ。

教育基本法、児童の権利条約に定められている「個人の尊重」という文言と実際が違うじゃないか、条約違反、法律違反だと言うこともできる。ただ、それを「罰する」人がいない。(実際、だれかが時間とお金を使って裁判を起こすこともできるのだが。実験して見てみたい。行政が機能していなければ、司法のほうからアプローチするのも手ではないのか。子どもの権利条約は、国連に申し出ればいいんだろうか?今度問い合わせをしてみようか。正直、ハッピーにならない気がする。)

学校で自殺する子どもを殺したのは誰?親?学校?友達?責任は不在で、誰も咎められない(責任についてはたくさん記事を書いてきた)。学校を卒業してしまえば、赤の他人、関係ない。そうだ、自立した人間なのだから。不登校、成績不振も咎められることではなく、学校という営みは保たれる。そして学校の外で塾やら、なんやらができてくる。「助けるシステム」をつくっていく。安心できる場所を外に見つける。これが子どもを(大人をも)とりまく「ルール」だ。

世の中の「ルール」を知り、その中でどう立ち回るか。教えてくれるひとは少ない。自分の心は自分で守る。あっぷあっぷな保育所のおとな、学校のおとなをどうして罰することができるだろうか。あっぷあっぷなお父さんお母さんをどうして罰することができるだろうか。とびっきりへんてこな歴史をもった日本という行政単位をどうして罰することができるだろうか。みんな、自分を守ることで精一杯だ。だからこそ、思いやりの心は、とびっきりうつくしくみえてしまうのだろう。

怒りにフォーカスしてしまう心よりも、今の時代、喜びにフォーカスができるように、子どもたちと、大人たちと、関わっていきたいとおもえた。

DV防止法というものがある。正確には「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」だ。見ての通り、暴力を振るった側には「罰」を与えることはできない。ケッキョク、自分の身は自分で守るということなんだ。

人間が暮らしていく過程で、いろんな協力体制を築き上げた。家族は、婚姻は、かつては村の出来事であって、個人の出来事に留まることはなかった。現代における子供と親の関係、子どもとそのまわりの大人の関係も変わってきた。あたらしい「協力体制」が少しでも、利己的な個々人がしあわせな暮らし、リッチな暮らしを実現する助けになればいいとおもう。そんなオトノネになろう。

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歴史から学ぶこと

「前の人が失敗したことを繰り返さない」ことだという人がいる。
そうかもしれない。

正月になると家々を歩いてお祝い事を言い施しをもらっていた人たちがいる。
彼らはもともと能力者であり、芸能以前に儀式に関わっていた人たちであり、時代とともに役割を失っていった人たちでもある。
褒め尽くし、縁起のいいことを言いながら安心と満足とを与えて、小銭をもらう。
塾と同じだなぁと、おもった。

時代は変わる。

「塾」はさかのぼること明治以前、新しい思想、西洋から来た学問を知るための場所であった。
修験者たちが霊性を求めて山に入っていった時代。

次に「塾」は学ぶためではなく、大学に入るために成績を伸ばす場所になった。
修験者たちが寺に入っていろんな祭りをした時代。

これからの「塾」は?
修験者たちが山から追われ、里で人々に娯楽を与える時代。
得体の知れない成績とか勉強と付き合うためのコンサルタント・アドバイザー・カウンセラーみたいなものになっていく。

勉強をちゃんと教えられる先生も少なくなった。
生徒を人間として、大人としてみられる先生も少なくなった。
霊性など必要ない。神秘も必要ない。目の前の人を喜ばせてお金をもらうことに必死だ。

こうした流れを知ることで、

絶対に逆らえない時代の中で、身動きが取れなくなってしまった私の今のこの切迫感を、なんとなく感じられるようになった。

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化学と地理と英語がつながる

生徒と化学の勉強をしていた。

製鉄の話になった。
資料集を開けた。
レアメタルの話があった。
金もスマホに入ってるよねという話をした。
金ってレアメタルなんですか?
そうだよー
銅もレアなんですか?銅銭とかあるのに。
そうだね、ちょっと変だよね。あの楽器(グンデル)も青銅だしね。電線を買って、とかして楽器を作ってるんだよー
インドネシアに活火山あるんですか?
そうそう、えーっと海溝、海溝、(インターネットで調べる)ああ、英語でsubduction zoneっていうんだね、subの意味は?
下です
ductは導くって意味だからね。日本人はそれを海溝って翻訳したんだよー
へー
価電子の「価」とか謎の翻訳もあるからね、英語調べてみると、案外おもしろいよ。で、インドネシアこの間も地震があってね、バリ島の火山はいつも噴火してるんだけど。。
フィリピンプレートとかの上ですか?
さぁてどうかな、見てみようか
インドネシアってどこですか?
いやここらへんだよ。パプアの国境が人為的でね、地元の人悲しんでいるらしいよ。

こういう自然さが、一番、勉強になる。
こういう学びを続けてほしいのだが。
みな学校の課題で、頭を使う時間がない。
情報処理型の学びが行き着く先はどこか。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?

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なぜ学ぶ、なぜ勉強する、なぜ大学に行く、なぜ高校に行く

今日、偏差値が低い(客観的に低いだけで生徒のあたまがわるいわけではない)学校の生徒と話をした。

「期末テストの代わりにセンターの点数が使われるから、赤点とったら卒業できないんです!」

赤点とるかもしれないくらいヤバいの?と聞くと、はい。と。

高校に3年間通って、何を学ぶのか。
高校が終わったらどうなるのか。

日本の高校は多くの場合、社会と繋がっていない。
私自身もそうだった。がむしゃらにただ進んで行くしかなかった。
そして雇われ、余剰を余暇に費やす。
そうして日本の経済システムの中に取り込まれながら、人生を終えて行く。

なんのために働くのか。何のための命なのか。
社会の中に出て自分がこれから何かをする、その何かは、お金以外の何でもないのか。
学校の先生も塾の先生も教えてはくれなかった。

私は、インドネシアに行ったからこの日本の文化に気がつけた。
生きるために仕事をしなくてはならない。何のために?

好きな読書に時間を費やすため。
大好きなねぶたに毎年参加するため(そういってブラック企業に勤め続けている人がいた)
好きな食べ物を食べるため。

大切なものを守るために、学ぶのだろう。
大切なものを守るために、働くのだろう。

大切なものに気がついた時、学びなおせたらいい。
私もいつも学び直している。それでもまだ気がつけていない。
中学生、高校生の時にそれに気がつけた人は、なんて幸せなのだろうかとおもう。
そういう子どもたちの、大人たちの本気の勉強を支えたいなぁとおもう。

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勉強ってなんだろう。

私も誰かに聞きたい。

石川県、富山県の御三家、進学高校が全然進学高校じゃないことをデータで示している最中、「こんなにも、地方と都会は違う。なのになぜ、大学進学をさせようとするのか」わからなくなった。

塾は、親や学校、大人の見栄を生徒に押し付ける場所のように思えて来た。
だから富山で出会った高校生は「みんな勉強嫌いだよ。また塾できるの?(いやそうな顔)」と言っていたんだろう。

東京で学び、大学受験をする雰囲気を経験している私からしたら、石川県も富山県も、受験勉強などしていない。
家畜小屋で太らされているだけだ。

そのなかで泣いている生徒の声も聞こえないほどに、目の前の機械がうるさく餌ばかりを運んでくる。
どうして食べるんだろう。多分中学生の時から食べているからかもしれない。
親が食べさせるのかもしれない。

私は何をしにきたのだろう。
「それは違う」といいにきたのだろうか。

けど高岡は高岡で、金沢は金沢で、富山は富山でやっている。
旅のものが、何をしているのか。

地方の高校生が勉強をする意味があるのか。
学校、親、教育委員会の見栄のために子供が利用されているだけではないのか。

東京のエリートたちは、当たり前のように塾に行き、学び、当たり前のように大学を目指す。
東京は東京で、やっている。

私は無表情で課題をこなす高校生たちを解放しに来たのか。
肝心の本人たちは、べつにそれが当たり前の生活、どうして私がお節介をする必要があるんだろう。
私がotononeという場所をちゃんとみていない気がして、気分が落ち着かなくなった。

HPを作り変えながら、頭を抱えてしまった。

富山県はコメ騒動発祥の地と言われる。

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宇宙一わかりやすい参考書が売れている

「新しく出たイイ参考書」が売れていることを知っている。
「新しく出たイイ参考書」が売れていないことも知っている。

世の中はいいものが出回るわけではない。
社会心理学、経済心理学という分野もあるほどだ。
人はいいわるいだけでは判断しない。

いいもの、の基準が人によって違うし、そもそもいいものが何かわからない。
昔の人はよく「根っこ」を食べようとしたものだと感心してしまう。イイものかどうか、よくよく吟味したのだ。
現代人は、体を使って、感覚を研ぎ澄ませて吟味してイイワルイを判断しているだろうか。新しいものが出て来すぎて、吟味する時間もないのかもしれない。

otononeに生徒が来ません。どうしよう。
イイ先生だけど、塾はワルイというパターンがあるのかと、考え込んでしまう。

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スーパーで学ぶ競争社会

「他店に対抗!」と書いてあって、卵が激安だった。
ああ、競いあわなくちゃ、生き残れないのか、ふりむいてくれなくなるのか、とおもった。私が一番避けて来たことだ。
競い合っていたら、みえなくなる自分がいる。けどついつい競い合ってしまう。大切なことのために競い合う勇気が、なかったなと気がつく。

世の中にはSEO対策というものがある。昨日、SEO対策を、捨てて、
本当にわかることだけを目指してHPを作り直した。

私は本当に、頭がわるいのだ。

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