受験って何だろう。

富山東高校の高校生にも聞かれて、それからしばらく考えていたこと。
一人ひとり受験の意味合いは違うことは本当だ。

ある人にとっては、親から離れたくて遠くに行くための受験。
ある人にとっては、資格を取るために是非とも進まなくてはいけない受験。
ある人にとっては、流されるままに勉強して時間がきたから入試を受けるような受験。

受験生にとって、受験とは、ものすごく特別な経験だとおもう。
受験が終わった後、就職、大学、いろいろある。
資格試験でテストを受ける、就職試験でテストを受けることもあるかもしれない。

これからもみんなテストを受けて行く。
けど高校生の時の受験は少し違う。

学校の先生、親、塾の先生、いろんな人と関わりながら
「あっちの人はこういう。こっちの人はこういう」のなかで「じゃぁ自分はどうしようか」という選択の連続を経験する。
その中で、合格するために、自分の将来を決めるために「私はこうだ」と言わなくてはいけないかもしれない。

いろんな人との関係の中で、自分がどうしたいのか、はっきりさせながら周りの人と関わりあう。
そして自分の出した結果に責任を持って、進んで行く。

受験という経験はそういうものだとおもう。
塾の先生はとにかく受験が終わるまで授業料を払ってくれるように「お客さん扱い」するところが多い。
そこでお客さんになるか、ちゃんと自分で判断して勉強できるか。

自立するということだ。

正しいことがわからない。
正しいことを誰も教えてくれない。
自分の目標と今の自分の差がありすぎる。

そんな時どうしたらいいか。
悩みながら、いい先生に出会う。
私はそれが受験という経験の醍醐味だとおもう。

今までは学校が全部やってくれた。みんなといっしょのことをしていればよかった。
高校卒業したら、ひとりひとり違う道をいく。受験という経験は、自立していく練習をすることかもしれない。
自立を助けてくれる先生を選ぼう。

いい先生がいないから、みんな困っているんだが。

富山県立高校入試の内申点が異常に高い件

どうして富山県の御三家、富山高校、高岡高校、富山中部高校が定員割れするのか。
定員割れ、してますよね?

これは学校の先生が受験の結果をかなり支配しているので、「いや、きみはそこは難しい」というのが、内申点でほとんど決まっているため「各中学校で内申点がこのくらいならこの学校どまり」という目安があるということだと私はおもっている。それはまさに「うちの中学校からはだいたい何人どこどこの高校に行く」ということが決められているようだ。シビラシステムのようです。

そこまで、富山県の県立高校入試の配点は、内申点が、とてつもなく、異常に大きい。

富山県立高校入試で「70問」出るとしたら、そのうち「30問」は筆記テストが始まる前にすでに採点が終わっている計算になります。
つまり学校の先生が「あなたがそこにいくのは難しい」といったら、相当難しいのです。
テストはおまけといってもいい。

だから、学校の成績にみんなこだわるんだ、と、私は納得した。
そして、高校に行って、みんな困るんだと、私は納得した。

高校入試というシステムが、大学入試を困難にしている。
それでいいのか?

内申点が高くて高校に入って、勉強について行けない生徒のことを、考えたことがありますか。
中学時代に内申点のために期末テストの勉強を一生懸命して、大学受験がうまくいかなくなる生徒のことを、考えたことがありますか。

目標がない?じゃぁ、東大か京大にしよう。

いろんな生徒がいる。

「運動がしたいんですよね。別に部活じゃなくてもいいんです」
「進路は考えてるの?」
「いやぁ、それがまだ」
「それならこれこれこういう大学があるよ・・・・」

将来と今が繋がらない生徒が多い。
今、「高校で生活する」ことで1日を終えている。

「高校は、進路に向かって勉強する場所だよ。学校は部活をやらせて君たちの青春エネルギーを悪いことに使わせたくないだけだ。君はそのエネルギーを、進路のためにつかったらいい」
と私は学校の仕組みを言う。

高校を卒業したら、高校はもうお世話をしてくれない。
高校は、卒業後に、追い出される場所だ。
それから先は生徒一人の道。

スポーツをやり続ける人が大学に行って、そのままスポーツを続けて、将来がわからなくなった人に会ったこともある。
彼は宗教に入っていた。
スポーツと、社会の中の自分をつなげられなかった人だ。
日本の宗教は自分と社会とを結べなかった人のためにあると思っていい。

ーーー

高校時代に暗記型の受験勉強だけして大学に入る生徒がたくさんいる。
苦手を克服できず、どう立ち向かっていいかわからない。
そういう生徒が、人生に悩んだ時、立ち向かえるか。
べつに受験勉強でなくてもいい。
学習塾として、otononeは受験勉強を通じて、生徒にたくさんのことを学んでほしいと思っている。

生徒の苦手にちゃんと付き合って、向き合って教えてくれる先生に出会い。学ぶこと、そして結果を喜ぶこと。
それが受験の意味だと思う。

ブラックはラーメンだけでいい。学校はホワイトであってほしい。

富山ブラックはどうやら学校の課題まで黒くしてしまったようだ。

高岡高校の生徒から「もう、ブラック企業」と揶揄された学校が出す大量の課題。
富山高校の生徒に「自分たちのことを、しばしば学畜と呼びます」と言わしめた学校が出す大量の課題。

私は笑ってしまうが、笑い事でもなさそうだ。
伝統の話は前に書いた。

やれといわれて全部やるのが当たり前か。
仕事ではないのだ。
なんのために学校にいるのだ。
学校は君を卒業させてくれる。
変なことをしない限り、卒業させないとお上から怒られるからだ。

それでも課題をしたい気持ちがあるなら、してもいい。
ただそれは積極的責任を、自分で負っていることを、感じてくれさえすれば。
君の伸びる力が、学ぶ力が、課題や小テストの嵐で根こそぎやられてはいないか。
私はそれが心配だ。

もっと君たちのいいところを伸ばしたい。
キラキラしておしゃべりできることを、大切にしたい。
宇宙の話をしてもいい。
建築の話をしてもいい。
君の体験は?経験は?
きっとそこには、受験勉強で眠っている本当の気持ちが、あるはずだから。

金沢泉丘高校は「課題が少ない」らしいが、ある生徒は「もうめちゃくちゃです」という。
ひとりひとり違う。
もう課題をしたくない生徒がいるなら、なぜその生徒にとって課題を「やらせる」ことがいいのか。
君たちは課題を「させられる」ことに違和感を感じたら、口に出して、先生に聞いてみるといい。

疑問を持ち続けさえすれば、いつか気づける。
それも、心の、大切なメタスキル だ。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?(リンク1)

高岡高校、富山中部高校、富山高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?(リンク2)

富山県で小さな塾をはじめた東京の先生が高校生の課題の多さに心を痛めている個別指導otonone-オトノネ-(リンク3)

自称進学校の伝統的《課題提出》義務から何を学び取るか

伝統とは何か。

日本で伝統という言葉が使われ始めたのはおそらく明治以降だろう。
それまでは「正統」とか「本家」とか「由緒ある」でまとめられていたに違いない。

岡本太郎が「伝統との対決」という本を書いてある通り、伝統は人にとっては敵のようなものだ。

伝統はとても便利だ。全てを準備してくれている。
「ああいうときはこうする」「こういうときはああする」
何も考える必要がなくなる。

伝統が役に立たないとき、伝統に違和感を感じた時、それは、あなたが創造的になれる瞬間だ。

あなたが伝統の一部になるのではなく、
伝統をあなたの一部にしてほしい。
大切なあなたの気持ちを、大切にするために。

あなたがあなたらしく、創造的に、チカラを使って行くために、である。
今あるもの、他の人が大切にしていること、決められていること、それら全てに「NO」と言ったらエネルギーが持たないだろう。
世界が、全て伝統・歴史でできているということもできるのだから。

学校の課題は全てやることになっている。誰がやれと言ったのか?
学校の先生は何年ごとにか移動させられる。
誰も課題をやらないといけないなどと指示をだしているわけではない。

伝統が、あなたに指示をしているのだ。
あなたはその伝統に、どう向かい合う?

「この伝統を信じるといい」と学校の先生はいうかもしれない。
そうでなければ学校の秩序が崩壊してしまうから。

君が今いる学校も大切かもしれない。
ただそれで、君の本当の気持ちが隠れてしまうのであれば、今、君は伝統を君の一部にするきっかけをつかんでいると、私はおもう。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?(リンク1)

高岡高校、富山中部高校、富山高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?(リンク2)

富山県で小さな塾をはじめた東京の先生が高校生の課題の多さに心を痛めている個別指導otonone-オトノネ-(リンク3)

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進路は二転三転す

万物は流転する。

受験生にもいろいろなタイプがある。
とにかく偏差値の高い学校に行きたい!という人もいれば、

もう偏差値の高い学校に行くのはこりごりだという人もいる。

勉強をしながら、自分の気持ちも整理していったらいい。

その大学に行ったら、どんな人と会えるか。
という基準は、大切だとおもう。
本当にアカデミズムを極めようとおもうなら、施設の整った、論文指導もしっかりしてくれる大学がいいだろう。
地域に根ざした、地元の人との関わりを深めるなら、地方の大学の方がいいだろう。

バリバリアカデミズムの世界に行くなら、そういう学校もある。
もっと実技、フィールドワークがしないなら、そういう学校もある。

感覚的なセンスが強い子は、芸大系の学校にいったらいい。
理系も文系も好きだという子は、いろんな学部がある総合大学、大学に入ってから文理を選べるような大学に行ったらいい。

難関大にはいる必要はまったくない。
大学に行くことすら、べつにしなくてもいい。
大学に行かずに社長になっている人もいるし、資格をもって仕事をして、それでいろんな人とであって暮らしているひともたくさんいる。

今otononeに来ている子は、進学校に行ってしまったが、自分はもっと違う種類の人間と会いたいと、自分から申し出た。
志望校が二転三転しながら、やはりどれも芸術系にこだわっている。そうやって、自分にとっての大学受験の意味が見出せることはすごいことだとおもう。

あくせく勉強して偏差値の高い大学に行ってからつきあたる課題に、今からもう取り組んでいるのだから。
本当に、ひとりひとり、違うのだ。

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合格実績と偏差値の裏で泣いている高校生たち

泣きながら「あっちいけ!」といわれた話は前に書いた。

いろんな子がいる。

学校を信じて課題をやり続ける子
他の生徒がいうことと同じ言葉を言う子(おそらく集団心理にかかっている)
本当に不満そうに課題をこなし続いける子

私にはどこか情報を制限された北朝鮮かどこかと同じではないかとおもってしまう。
学校も「課題をやっていれば大丈夫だ」と生徒にいう。
そうでなければ、暴動が起きるからだ。

東京では考えられない。
富山県・石川県の進学校はなぜ「学校で」進研模試を受けさせるのか。
自信をつけさせるため。
ひどいでしょ。「君たちはすごいんだ!」と学校の先生はあなたを励まして、勉強させたいのではないか、とotononeは考えています。フランチャイズ、個人経営塾、大手予備校とわずによくあるモチベーションを持たせる方法です。
いや、そんなことないよ、と思いますか?
学校の先生に聞いてみてください。
なんて答えてくれたか、教えてください。
僕もその答えが知りたいです。
その二日間、ちゃんと勉強させてあげてよ。
と思うのですが。

合格実績、進学校というパンを与えて、「大丈夫」「大丈夫!」という。
本当に大丈夫な生徒は4割だという計算が出た。
6割は中堅大学か、それ以外のどこかにいく。

いいところにしか光が当たらないと、暗いところが、後で病になる。
病は、高校卒業とともに、3年後に自動的になくなる。
だから高校が成り立つ。

仕方がない。文科省からもう予算が下りないのだから。
高校生は自分で自分の身を守るしかない。

[泉丘高校 合格]で検索すると【偏差値・合格実績の裏】で泣いている高校生、というタイトルででてくるので検索してほしい。
[高岡高校 合格]でもでます。

進学校と呼ばれる高校がなぜ課題を出すのか、生徒を管理しようとするのか。
底辺校と呼ばれる高校がなぜ部活にいそしませるのか。

全ては学校の秩序のためだとおもっている。
若さというエネルギーが創造的に使われることを恐れているのではないか。
学校という場所が、日本の縮図のように思えてしまう。

日本は芸術家の形見が狭い。
それも、日本という国の秩序を守るための、国の政策のようにおもえてしまう。

私はどうするか。
高校生のことを考えながら、他人事には思えない。

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駅前で高校生を泣かせてしまいました。

2年半学校で勉強してきたのは、なんだったのか。
「大丈夫だよ」といわれて信じて課題をやり続けて、今、「ちがっていた」ことに気がついたのだろうか。
今までただ単に勉強してなかっただけなのか。。わからない。けど、こんなことがあった。

高岡駅の休憩所で勉強をしている子がいたので、声をかけてみた。

どうやらセンター試験の勉強をしているらしい。
高校を卒業した友達か先輩に解き方を聞いているようだった。

僕はちょっと気になっていろいろ話してみることにした。
話を続けようとしたら
「何をしたら帰ってくれるんですか!?(あなたはいなくなってくれるんですか!?)」
と泣きそうな表情で、声で、僕に訴えた。

2年半、勉強を続けて、課題をこなしてきて、それでもまだ目の前に受験が見えていない。
自分が受けるのではなく、「デキるはずだった」未来の自分と、今の自分のギャップに挟まっていると私は感じた。

僕は驚いてすぐに謝って、とにかくそこを離れた。
不安で不安で仕方がないのだ。
心が、締め付けられながら勉強をしているその子の姿をみて、悲しい気持ちになった。

学校の先生はひとりひとりをみていない。

初めての受験、何がなんだかわからない。
そんな道中を、もし歩いて行くなら、やっぱり誰かと一緒に歩いていってほしい。

高校3年生に、今の状況を何度か聞いたことがある。

海で溺れている。
出口がない。
私は今日、遭難しているという言葉で、受験生の気持ちを代弁したい。
不安で、怖くて、勉強どころではない高校生たちがいる。

つまずいて、転んで、泣いて、その時に
誰かが近くにいてくれる人は、幸せだ。

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金沢からもきてくれるか

今日なぜかふと、金沢からも生徒が来てくれるかともった。
金沢の塾で先生をしていたころ、あまりにも、勉強法を間違っていて頭がこんがらがっている生徒をたくさんみてきたから。
ほとんど、もう、勉強なんてできていない。

君はそもそも勉強をしているだろうか。
私は君が勉強なんかこれっぽっちもしてこなかったかもしれないとおもっている。

辛いなら、それは勉強じゃない。
不安なら、それは勉強じゃない。
今すぐやめたほうがいい。君の本当の気持ちがわからなくなってしまう前に。

otononeでちゃんと勉強をはじめませんか。

そういうことを、金沢で苦しんでいる子たちにも伝えたい。

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どこまで勉強したらいいの?

進学校の生徒、まさにセンター試験前の心境を聞いた。
学校の先生はひとりひとりの目標、能力をみない。
生徒も自分のことをわからない。
もうぐちゃぐちゃだ。
「どこまで何をしたらいいのかわからなくて不安なんです」とその子はいっていた。
その子にとっては初めての受験。
学校の先生は無慈悲だ。どうして毎日顔をあわせる生徒にこれだけ無情でいられるのか。
話を聞く時間も心もなければ、答える技術も専門性もない。それが学校の先生だと私はおもっている。

生徒の気持ちを感じられないほどに、学校は疲れている。なぜか。それでいいのか。
不思議すぎて、よくわからない。

電話で相談だけでも聞けたらいいとおもうのだが。
彼から電話もかかってこない。
よくわからない。

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