富山市にできる《放課後の学校》オトノネの適正価格を考える。

超、長文です。
ゆっくりと、ご覧いただければとおもいます。

内容、濃いです笑

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お金でいつも困っているオトノネさん。
なぜ困っているかって・・・結局、どこかで困るのはお金(まだオトノネさんは悟りを開けていません)。

僕一人なら生きられるが、誰かと一緒に生きるとしたら、お金が必要になる。
雇う、ということを考えると、自立、ということを考えると、
「いかに雇用者に搾取されずに、小さく、のびやかに、心を尽くして仕事をするか」を考えると、暮らしのことを考えると、お金が大切になってくる。(学童で雇われる人の給料をご存知ですか?37歳「学童指導員」、年収300万円生活の現実)日本は、子どもにやさしくないのです。現実です。


なので僕は、オトノネの価格設定で、オトノネの価値を世の中に問いたいとおもいます。

では、考察開始!!!!

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放課後児童クラブといえば、補助金をもらって誰かがスタッフを雇って運営する。
富山県の補助金額は、一人当たり、月額1万7千円。これに利用者からのお金が上限金額1万4千円で合わせて3万1千円。

わちゃわちゃの学校にしたくないオトノネは10人を定員としたいとおもっている(スタッフの数を増やせば別だが)。
そうすると、補助金を使った場合、事業所(オトノネ)には30万円しかはいらない。
人を雇えない笑
搾取してまで人を雇いたいとは思えない。(アルバイトでもいい、という人がいたらうれしいが)


20人にすると、倍になるから60万。これなら人が雇える。

けど20人は多すぎる、とおもう。活動のスペースも確保できない。(実際やってみて、様子をみたい)
「よゆう」がない空間に、人口(マウス)密度の高い場所で暮らすマウスがストレスで病気になったりする話は有名。
場所が広ければいい、というのでもない。子どもが落ち着ける環境にこだわりたい。
だからやっぱり10人定員にしたい。(実際やってみて、様子をみたい)

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子どもたちが安全に放課後を過ごせなくなった世の中。
学童という存在自体が、何か、おかしい、ような気もする。
あそぶ場所が、子供があつまる場所が、ないのだろうか。

《放課後の学校》の近くに、いい公園がある。
時間を決めて、曜日を決めて、遊びに行ってもいい。
ただただ、大人が見守って放課後をのびのびと過ごす価値を、おとのねはつくりたい。
ただそれだけのために(いやいや、英語もするけど)、お金を出さなければいけない世の中になった。
なんか変だな。

大人が自由にならないと、
こどもも自由になれない。

オトノネでハートワークをはじめませんか?
実はそれが、オトノネの目指す「放課後の学校」です。
大人が「子ども」のために心を尽くす仕事を、オトノネは作りたいのです。
オトノネさんがいなくなっても、別の地域でも誰かが真似してやってくれるといいな。

という気持ちがあります。

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そもそも!
現状でスタッフがオトノネさんしかいない。
だから補助金が使えない、、、、

ハードワークでなくハートワークをしたい人、お問い合わせください。

そもそも!
学童の登録は年に一度だけ。

補助金をもらうにはいろんな制約があるのです。

オトノネで仕事をしてくれる人がでてきたら、補助金を使って利用者の負担を軽くすることもできる。
まずは初めて、いろんな人との出会いを待とうと思っています。
歩きながら、考えていこうとおもいます。

お母さん、オトノネで働いてみませんか?
審査は、厳しいですよ笑

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というわけで!
とりあえず定員を10人にして、15時30分から18時30分までの3時間(延長は応相談)、一人当たりの月額で6万1千円。
ひとりひとりの空間の保証、時間の保証、ちょっとこだわりすぎでしょうか。

高い!とおもうでしょう。
高いでしょう。(こだわってすみません)

(ちなみに、10人という数は、学校の正規職員全員が現場に出た場合の、教員一人あたりの人数になります)
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと3(富山・石川は教育県ではない)

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けど、

おとのねには付加価値がたくさんついています。

学校でのストレス発散する、またはストレスに耐える学童ではなく、落ち着いて、子どもたちが心を深めていけることを願うおとのねさんがいます。人数が少ない分、お父さんお母さんの話も聞けるでしょう。家庭教育が大切だとおもっているオトノネさん。学校で困っていること、何かと心配になっているお父さんお母さんのサポートをしていくつもりです。日本を脱出(笑)するためのツール、英語もあそびながら学んでいけるようなしくみをつくっていきます。(オトノネさんがあそびを研究するための時間をください)

そうですね、何よりも気になるのは「英語」だとおもいます。

インターネットで調べると、英会話教室、1時間、週一回で8000円ですね。
オトノネさんは発音、ネイティブに褒められるのでネイティブとして考えていいでしょう。(いいですか?)
バイリンガルとは、英語を学ぶあそび環境のこと。

それが毎日、、、、これは、格安?笑

(気の合う仲間と出会う可能性は減りますが、どうしたものでしょう・・・人数を増やすには・・・・大人が、人のチカラが必要です。そうすると、お金が必要です)

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僕自身もいろいろと実験しているところです。
そんなオトノネのオトノネに共感してくれる人と出会いたいとおもっています。


結論、月額で6万円。です。(面倒なので千円引きます)

英語はオプションではなく、この値段に含まれています。(《放課後の学校》ですから)
(補助金がとれるようになったら1万7千円引き)

週一回だけ希望、という方、割り算をしてください。
20日でわると、1日あたり、3千円です。
週一回3時間で、月額1万2千円です。

これが、オトノネさんが、子どもに心をつくす値段です。

高いですか?
公文とかプールとかそろばんとかは全て「一斉」だから安いのです。
一人当たりが安い分、人数を増やして、利益をあげます。(人数が多いのに高いところもあります)
オトノネとは考え方が違います。

公文について深くかんがえている人がいました↓
公文の月謝は高いのか?7つの教材を徹底比較(小学生の部)

放課後、がっつり勉強ができる場所が富山市にあるのをみつけました(学童保育という名の学習塾)。
学校でも勉強、放課後も勉強・・・・そういう子どもを育てたいお父さんお母さんは、コチラを選んだらいいとおもいます。
まなびねっと
(ここの「夏休み」の過ごし方はおもしろいですね。オトノネもサマースクールで真似するかもしれません笑ホントです)

オトノネさんは「させる」ことに違和感を感じているので、このような「やらせる」ことはしない方針です。
「英語」すら、あそびであって、気分が乗らないならやらなくていい、くらいにおもっています。
(特にこれから新しい時代を生きる)年長、小学生にとって大切なのは、対話する時間、自分の興味をつきつめる時間だとおもっているからです。

大切なことは、子ども自身が「選ぶ」習慣をつけることだとおもいます。
「導く」「任せる」「誘い」。ご招待。
「選ぶ」ために、会話をしたり、話し合ったりするわけです。
「あれ(遊び道具)、ないの?」「え、ないよ?どうする?」から初めてもいいのです。
これが「学びのメタスキル」です。

そんな、レアなオトノネを応援してくれる方を、お待ちしております^^


「正解のある問題を解く習慣」よりも「正解のない問題に創造的に取り組む習慣」を育てたいなら、オトノネでしょう。

オトノネは、「創造的になるための隙間」をたくさん準備しています笑

こう表現してもいいでしょう。
「タブレット、問題用紙に向き合う時間」よりも「他者、自分自身、そして創造的に関われるモノに向き合う時間」を大事にしたい、
頭よりも心を大事にしたい、という方に、オトノネを選んでほしいとおもっています。

「長時間」「みんな一緒」「やらされる」組織からの自立と、組織の選択。

これからの時代を生きていく子どもたちのために。

例えば、オトノネの校舎を貸してくれる「心ある」大家さんとの話。
オトノネさん「最近僕、ドジョウ飼い始めたんです」
大家さん「うち、今、メダカが大繁殖してますよ」
「いいですね!是非、此処でも飼いたいです!」
「いいですよ!」
「ネットで販売しますか?このご時世、売れるみたいですよ」
「本当ですか?」
「子どもたちに、ビジネス体験してもらいますか笑」
とか。
そこから、算数の計算をしてもらって、「売上を計算」してみてもいい笑
メダカを売るためのHPを作ってみてもいい笑

その時々、生きた人間の会話の中から生まれてくる「プロセス」を大事にする。対話、自由さ、隙間。
これが、「創造的な思考」「創造的な対話」の例です。

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内言については要検討ですが、小学三年生になったら、立派に思考ができるようになっているという意味です。
この時期に「対話」「創造的思考」を育てられないと、発達課題の「先延ばし」になるとおとのねさんは考えています。
自立心と感情のコントロールと思春期と8才からの内言
内言を支えるための「心」を小学3年生までに強くしておくこと(つまり誰かと対話する、ともに学ぶ経験をしていないと)が、自立して、創造的に「思考」するために大切なことだということです。

この「発達課題未遂」の現象の端はここに発していると、思えます。
8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

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話が逸れましたが。
高い!と思われる方、いますね。。。

まずは実験期間、ということで、12月までは半額でやりたいと思います。
年長さんから、入れます。どうぞどうぞ^^
試しに、入ってみたい。。。という方、どうぞどうぞ^^安いうちに笑

結論、月額で3万。
週一回なら、6000円です。

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8月12日から30日までのサマースクールは8時から18時30分までの長時間。平日だけ。
本当に《学校》ですね笑
サマースクールの期間は「学校基本調査」の結果を参考にして、4万円にします。(富山県は全国的にみて、教育にお金をかけない県です)
1日だけの利用なら、15日で割って。。。割り切れなかったので、3千円にします。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない)

最終的には「ちゃんと学べる」学校をつくりたいとおもっているオトノネです。
人と対話する、対話しながら、学び合う、学びあいながら、協力して(自立して)生きるチカラをつける学校です。
佐藤学の《学びの共同体》をオトノネに導入しよう。「学校」つくったら!

オトノネはそれを「学びのメタスキル」と呼んでいます。

自分一人のテストの点数、自分一人の能力を上げるための学校、評価され品定めされるだけの学校ではなく、本当に人間らしく、言葉を使って人格を高められるようなチカラを、これからの時代をつくる子どもたちにはつけていってほしいとおもっています。

やらされることをやる癖がついた子どもは、もう立派な「労働者」。
オトノネは、創造的な仕事で世の中を面白くしてくれるような心を、子どもに育てていってほしいとおもっています。
「稽古」と「習い事」の違いと「労働」

おとのねさんってどんな人か気になった人は、ぜひぜひ訪ねにきてください^^

一緒に《新しい時代を生きる》子どもの環境をつくっていきたいお母さん、お父さんと出会えることを楽しみにしています。

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やっぱりどこかで、人数を増やす、ことは大切になってくるとおもう。
いろんな人がいて、いろんなことがおきるから。
一人の力では、おもしろいこともおもしろくならない。
できることもできない。

「しくみ」を作りながら、おとのねを少しづつでも、社会化していきたいとおもう。

そんなおとのねさんです。

この記事書くのに、3時間!

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さて、これから消費税が10%に上がるとかなんとか。
教育は無償化とかなんとかいいながら、学校では「宿題と課題」を出し、結局古い時代の焼きまし。
対話ができない政治家。令和時代の戦争とピクニック。
《新しい時代》を生きる子どもたちのための時間は、学校の外にあります。

《放課後の学校》otonone-オトノネ-への入学をご検討ください^^

オトノネひろげるシェアぼたん

対話ができない政治家。令和時代の戦争とピクニック。

政治家と話をする機会があった。
いわゆる県議員と呼ばれる人たちと話をした。

まずもって、対話ができない。
僕の質問の意味がわからないらしい。

コミュニケーション的には、相手のレベルに合わせて喋れない僕が悪いのかもしれない。
政治のレベルは、そのレベルだとわかった。
というかそのまえに威圧的な権威的なその声の響やめてほしい。
おとのねさん、そういう声、嫌いなの。体が、本当に、無理っていうの。
宗教とかセミナーとかで聞く声ですよそれ。
あなたがしているのはなにですか。
目の前に学生がいるのに、学生の声を聞かないのですか。
あなたはなんのために、だれのために政治家をしているのですか。

言葉が、その人を表す。
喋ることが、その人を表す。

授業として、「政治とはなにか」を講義してくれるはずだったのだが。
演説を聞いただけだった。

それでも世界は回っている。
それで世界は回っている。

それで、子どもたちは、狂って踊っている。
小中学校に冷房入れた?それPTAのお金でしょ?中等教育学校?お金を教育に回したくないだけでしょ?
それが、何かの、意義ある政策かどうか。

それこそ、声を聞いたらいいのに。

富山県、石川県は、全国的に、教育にお金をかけていない県です。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない)

それで、子どもたちは、狂って踊っている、ようだ。

日本は他の国から遅れて、30年前に教育を変えられなかった。
日本は100年前の教育を今でも続けている。
もう、遅れてしまった。
どうして子どもたちは狂わずにいられるのだろう?
戦地に弁当をもってピクニックをする毎日。
頭の上を砲弾がかすめる。
笑いながら、お友達とお喋り。

ある意味この状況がシュールすぎて僕としては感動するのだが。
これが多くの小中高校生の日常だと、僕は、僕は、少なからず僕は、思っている。

‹‹\(´ω` )/›› ‹‹\(  ´)/›› ‹‹\( ´ω`)/››
オモッテルー

令和時代にもう戦争は終わりにしよう。
だか、悲しいかな、子どもたちは、選ぶことを、教わらなかった。
選ぶことを、学ばなかった。

と思える。
もしくは、「忍耐」を学んだ。

自分の命にたいする責任を自ら負うこと、学ばなかった。
自分が自分でいることの価値を学べなかった。
自分の命に対する「責任」を学ぶことのできる大人がいないのだから、しようがない。
創造的に対話をしてくれる大人に学校で(ほとんど)出会えないのだから、しょうがない。

政治家のみなさん、子どもたちは、あなたの生き様を見て、なにを学びますか?
「世の中、コネと金だよ」ということを教えていませんか。ある意味事実ですが!

教えるべきことはなにですか。

子どもは何を「教わるべき」?

ある意味で、学校に行っていない子どもの方が、新しい時代の価値観をもって、新しい時代でしあわせになるチカラをもっているようにもおもえる。

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子どもの未来をつくる「学校」を新しい時代に向けて変えていこうとしない政治家は、今の日本には、必要ない。

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踊り疲れたら、おとのねにおいで。

戦争をさせられる子どもたち(学校という経験・受験という経験)

オトノネひろげるシェアぼたん

「長時間」「みんな一緒」「やらされる」組織からの自立と、組織の選択。

こんな見方ができる。
あくまで、見方。

「させる」世の中。

学校はまだ戦時で、工場に集団就職した子どもたちがいそいそと手を動かし、終わらない宿題・課題、そして矢継ぎ早に繰り返されるテストで休む間もない。そこで「させられる」以外の何かを見つけるとしたら、休憩時間に友達とおしゃべりをすることくらいである。夜、仕事が終わった後に、故郷の「民謡」を歌う女性労働者の物語を、僕は本で読んだことがある。学校帰りに、イヤホンでPOPミュージックを聴いている子どもたちのようだ。

塾業界は満足のために「できる気にさせる」「できている気にさせる」ことで夢を売り、お金をもらう。子どもが「楽しい!」とかお父さんお母さんが「ここにいたら安心!」と思えるような合格実績、その他のデザインを考えている。夢を「見させる」がんばれ!がんばれ!「勉強をさせる」なぜかそういう状況をお父さんお母さんが望んでいる場合がおおい。子どもに、お母さんお父さんも、夢を「みさせ」たいのだろう。数字を見せて「どうですか?この実績!」という姿は、どこかの営業マンのようだ。(実際、ビジネスなのだから仕方があるまい)

「主体性」の場である保育園ですら。お父さんお母さんを喜ばせるための運動会、発表会、保育士の自己満にもならないと僕にはおもえる掲示物(ぐちゃぐちゃに絵の具を塗った紙をカエルの形に切り抜いて、子どもたちになんのプラスがあるだろうか)。「あそばせ」続け、自分で「あそぶ」ことができない子どもたちもいる。(そのうちこの「あそべない」子どもたちの記事を書きます)。子どもの様子をみて、「的確な遊び」を絶え間なく与える保育士が評価される。子どもを楽しませる先生が、いい先生だということになる。らしい。

「させられ」続けながら、心を大事にできる人もたくさんいる一方、心をすり減らしてしまう人がいるのも確か。心と切り離された仕事をしてお金を稼がなくてはいけないお父さん、お母さんがいる(もちろん、心ある仕事をしている人もいる)数をこなすために、1を大切にできない職場もある。心を尽くして人と人が向き合う時間もなくなってきた。これが、発展した時代の、日本の最終形態なのだろうか?働き方改革と呼ばれているものは、どうにも、僕には国が税収入をあげようとしている作戦にしかみえない(余暇を外食産業に!エンターテインメントに!)。

あせらせる、やらせる、不安がらせる。
満足させる、喜ばせる、来させる。

人間が動物であるようだ。
実際、思春期がある動物だけど。
思春期が一つのテーマになっているオトノネさんの気にしていること。

よくよく考えたら、動物の子どもが「思春期」で親に「反抗」したら、一発で死んじゃうよね。
不思議。

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そんな見方ができる。
あくまで、ものの見方。

ある場所では喜びに欠け。
ある場所では喜びに満ち。
ある場所では真実に欠け。
真実に満ちた場所を僕は歩き回りながら探してきたし、今は、自分で作ろうとしている。
(もちろん、僕にとっての真実)

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昔々、社会、集団は、イコール、血縁がある組織だった。

血縁のないところに集団が生まれるために、「満足度」は大切であるし、「お金」は大切だろう。
(集団でいることの「満足」を確認するために文化祭とか体育祭といった祭りが利用される場合もあるだろう。青春!)
【高校選び】進学高校の高校生たちのブラックな青春が青になるとき

「祭り」と「お金」だけでは枯れてしまう心があるのも本当のこと。

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ところで、オトノネは、夢を売りません。(オトノネにきたら、夢が叶う!わけがありません)
一体何にお金を払うのでしょうか?

答えを出さずに不満足のままに終わるのがオトノネらしさかもしれません笑
夢を買いたいなら「逆転合格!」とか「偏差値30から!」とか「定期テストで+30点!」「◯◯大学◯人!◯◯高校◯人!」と宣伝している塾を選んだらいいとおもっています。(たまたま、夢が叶う人もいるでしょう。結局、いい先生と出会った人が、自分にとっていい環境を選べた人が、満足のいく受験を経験します)

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経済成長を夢見ながら、みんな一緒を続けていく生き方があります。
が、今は、別の生き方を模索しているひとがでてきています。
誰もが、時代から自立して、認められる時代になってきました。

オトノネは、そんな僕の、(僕が生まれ育った)時代からの自立という挑戦だとおもっています。

時代は変わりましたが、組織はあまり変わりません。
自己保存力が働きます。既得利益をなかなか!手放せません。
(それでも、組織を変えようとする人もたくさん出てくる時代です)

組織から自立する人、
時代から自立した組織を選び所属する人が、笑って生きられる世の中になると、僕は思っています。

組織からの自立って何?時代から自立した組織って何?
気になる方は、いろんな本があります。ぜひ、ご一読ください。
「長時間」「みんな一緒」「やらされる」で心が悲鳴をあげている人はもうすでに、この扉の前に立っているように、僕にはおもえます。

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

たった一度の人生を変える勉強をしよう
学校の「当たり前」をやめた。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話

子どもの「遊び」は魔法の授業

残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する
売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放
ハッタリの流儀 ソーシャル時代の新貨幣である「影響力」と「信用」を集める方法

こういった新しい価値観を生まれながらに持っている人もいます。
が、育っていく中でつくった価値観をだれもがもっているものです。
もしそれが「なんか変だ」と感じたら、その違和感を大切にしながら、進んでみてほしいとおもいます。
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

堕ちて、堕ちて、堕ち抜いてください。
僕はそれを止めようとはおもいません。(一体、何をしてくれるんだオトノネは!)

堕ち抜くチカラは、あなたの本当のチカラになると、信じているからです。
(そのうち、浮上しているのか、墜落しているのかわからなくなるようになります。言葉って難しいんです笑)

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その点、学校って、やっぱり、時代を作る原動力になるとおもう。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない?)

オトノネひろげるシェアぼたん

戦争をさせられる子どもたち(学校という経験・受験という経験)

第二次世界大戦、というか太平洋戦争が終わるためにはたった一人の人間の声が必要だった。
アメリカは日本に核爆弾を二回落とした。「もうやめようぜ」と??

それでも日本は戦い続けた。
戦争は終わるのだ、と、気がついていた人がいたかもしれない。
けれど、最終的に、戦争が終わるには、たった一人の人間の声が必要だった。

もしその声がなかったら、今でも戦争を続けていたかもしれない。

一体、子どもたちの戦争は、いつ終わるんだろう。
課題・宿題という名の訓練。定期テストという名の実践訓練(三日三晩くらい、眠らない場合もあるだろう)。
精神的な暴力を振るう教師(体罰は禁止されているが呼び出しと指導という名の叱責は禁止されていない)。
そして、受験という名の、戦争。

僕が声を出していってみよう。
「もう、戦争はおわったよ」

えーっと、今度、ラジオ局にお金払って、流してもらおうかな笑

大学受験は、戦争ではない。
けど、「生きて帰ってくればよし」と言ってもいいほど、本当に「戦争だ」と思えてしまうほど、子供にとっては、過酷で残酷な経験になりうる。心を、殺してしまうかもしれないのだから。

心を閉ざして「戦争トラウマ」に陥る子どもも、たくさんいるだろう。

そんな戦場にいて、笑いながら暮らしている子どもたちがいる。
5年後に、10年後に、この子たちが聞く「時代のヒット曲」はどうなっているんだろう。
欅坂(けやきざか)46の「アンビバレント」を聴きながら(子どもの「時間」)

学校を、こうして、戦争に喩えてしまえるほど、泣いている子どもたちに、泣けずに、笑っている子どもたちに僕は出会って来た。

なんでだろうね??

素敵な「学校」もたくさんあるとおもうよ。
戦争のない国へ、行ってもいいんです。
日本では、現在、住む場所も、仕事も、学校も、選べる時代です。

「やーめっぴ!」

といって、やめれば、それで終わるのですが。
やっぱり、「みんなと一緒」じゃないと怖いですか?

怖い、かもしれません。
だから、戦争は終わらないのかも、わかりません。

———————-

ジョンレノンのWar Is Overが頭の中に、流れて来たのは僕だけですか?

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日本はかつて、戦争による特需で潤った。それが高度経済成長期という現象を生み出すチカラとなり、8050問題の80の人が生まれた。
その後、景気は後退し、今、再び「小学英語」「プログラミング」「センター試験に変わる英語の検定試験」「ダンス・武道(あれ?結局入ったっけ?結構昔の話だよね)」によって特需を得ようとしているのかもしれない。僕の、読みが、深いだけか。もはや妄想の領域だ!頭おかしくなってきたから寝ます。子ども同士を争わせる戦いに、子どもを送り込むのは、誰でしょうか?

いやまぁ、そんなの屁でもないぜ!っていう子も、もちろんいるとおもうんですが。
早く戦争を終わらせるために、必死でペンを握る子もいます。

そんな大変な、受験とい経験を、学校という試練を乗り越えながら、通り過ぎていきながら、学べることを、学んで行って欲しいと思います。

オトノネひろげるシェアぼたん

「時間」が課題・宿題というバケモノになったら(おとのねさんは、やれ!やれ!と言う人だった)

「ああすればこうなる」という世界に生きていた。
心がなんなのか、ぼんやりとも、わかっていなかった。

「こうなりたいんでしょ?じゃぁこうしよう」といって、無理をさせていた。
「この子の学力をあげよう。そうしたらこの課題をこうやってやらせて…」ハードルを下げるアプローチは今でも間違っていないとおもうが、やっぱり「やらせる」ことをしていた。

そして、「この方法は、正しいのに、できないのは、生徒がいけないんだ!努力が足りない!」とおもっていた。
同時に「もっといい方法はないのか!?」と「やらせる」ことを研究したり。

行為レベルで言葉を使っていた。
行為レベルで人と関わっていた。
自分に対しても、行為レベルで関わっていた。

いろんな出来事があった。
繰り返してきた。
何度も、人の心を壊してきただろう。
「堕落」を繰り返した。

その度に、浮き上がるたびに、新しい旅を始めた。
「自然」という旅だったり。
「演劇」という旅だったり。
「子ども」という旅だったり。

その中で、「物語」「民謡」「踊り」「芸術家」「カウンセリング」「心理学」「ヨガ」「ストレッチ」「歴史」いろんなことを学んだ。

旅をしながら、周り周り、巡りながら(何度も失敗をしながら)今も、繰り返しながら、ようやく、心を大事にすることを、学び始めている。

人の成長とは、発達とは、すぐにどうこうなるものでもない。
「ああして、こうして、こうする」ということを考えていたらみられなくなる、大切な「今」がある。
そしてその「今」に気がつくためには、いつも誰かの言葉があったし、出来事があったし、何よりもそれらを感じる「時間」があった。

「時間」は、大切にしたい。
焦っても、どうにもならないことがある。

こう言う場合、焦ってもダメだ!もがいたら沈んでいくだけだ!ということを、まずは学んでもいい。
(それを学ぶのが、大学の合格発表の日だったりする。それが模試の結果だったりする。突然やってくる。DVをうけてボロボロになって、何度も試みて、やっぱりダメで、「違う生き方をしよう」という日が、やってくる)

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「あー、これからどうなるんだろう…」とおもって友達に話すと
「どうすんのお前笑」とかいう適当な返事や
「おもしろそうだからそのまま行けば?」という何か逆に誇らしくなる返事や(いやもっと役に立つ返事くれよと当時はおもっていた笑)
「小説家になったら?」というちょっと気になる返事がでてきたり。

いくらもがいても、足掻いても、焦っても、わからないときはわからない。
わからないなりに、「違和感」を感じたまま、抱えたまま、明日を迎え続けて来た。

高校中退をした時から、不登校になった時から、いまだに僕は同じ「違和感」を抱えている。
それでもまだわからない。

そのくらい長い、ゆっくりした時間を感じられるようになったのも、「ある出来事」を境目にしてだった。
そういう日がくるらしい。

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突然やってくる日を、大切にしたい。
それはいつやってくるかわからない。

オトノネは出来事を起こそうとは思わない。
外ででてきた出来事を心できちんと感じ、フィードバックして、いつやってくるかわからない出来事に備える感じ。
(狙ってその出来事を起こす「導く」ことをまずはやってみるケースももちろんある)

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「仕組まない」ことで生まれる不思議があり、「仕組まない」ことで出会える心がある。
(芸術家は、生まれたもの感じたものを身体化、具現化する仕事であり、生まれたものを大切にしながら育てることをする)

僕はそれを大切にしたい。
(だからオトノネに来た人は困るらしい。「何をしてくれる場所なのかわからない」と)

人には誰しも、発達の段階、人生の曲がりくねった道の上にあり、僕が関われるのはほんのその一部だ。
到底、最後まで道案内することなどできないし、案内できるほど多くの道を知らない。
「導く」「任せる」「誘い」。ご招待。

だからもし、おとのねさんに会ってみて、話をしてみて、感じてもらって、僕ができる小さなことが、少しでもその人のチカラになると感じてくれたら、お付き合いをしたいとおもう。

例えば。

「◯◯ができない」
「私は◯◯」

という言葉を生み出す心を、僕は感じようとしている。
縛られているものから、少しでも抜け出して、心を自由にして、今置かれている状況の中で、精一杯、チカラを使って先に進んでほしい。
神経は、記憶している。だけど、心は、成長したいとおもっている。
僕自身が、今、そのプロセスの中にいる。

なにしろ、時間がかかるものだ。
定期テスト対策なんて、なんともまぁ、この悠々とした時間に比べたら、小さなことのように僕はおもう。
その小さなことの繰り返しが、人の心をつくるのだろうけれど。(高校生になっても定期テストでピリピリしている。定期テストという呪いだ。)

頭ではわかっていても、やっぱり定期テスト勉強に勤しんでしまわないと心が落ち着かない子もいる。
それでもいい。なにしろ、定期テストは、小さなことだから。

けどそれで大切な「時間」が減ってしまうとしたら、困ってしまうかもしれない。

時間は減るものではないのかもしれない。
ただ悠々として流れているものかもしれない。

もしその「時間」が課題・宿題というバケモノの姿をして牙をむいて、台風のように、終わりのない嵐のように君に襲いかかっているとしたら?
君は呪文を唱えて、「時間」を元の姿に戻してあげるのもいいかもしれない。

本当に大切なことは、本当に大切なものは、内側から、やってくる。
外から与えられるものではない。

もしかしたら、今君の中に生まれた、気持ちが、「大切なこと」を知っているかもしれない。
聞いてみてもいい。その子はきっと悠々とした「時間」の中にいる。

その子の「時間」に入っていけば、きっと、話ができるはずだ。

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Do it! Doit!と英語で書いてみる。
綴りが、Idiot(馬鹿者)と似ているなぁとおもった。

オトノネひろげるシェアぼたん

「導く」「任せる」「誘い」。ご招待。

おとのねさんの頭は混乱しています。

僕はいくつかの保育園で仕事(勉強)をしているが。

僕は僕なりに勉強をしていた。
(それが実はアンガーマネジメントとよばれるものだったりするのだが)

小さな子どもと関わり、慣れてきた最近。
とある保育士の先生からいろいろと言葉をもらった。

「ぼうっとしてるよ」
「何かしてあげないの?」
「導いてあげないのね」

公園に行ったらタンポポをふーっとしてみせていた。
それからその子は自分でもふーっとやるようになった。
園に帰ってシャボン玉をふーっとしてみせていた。
それから今日、その子は生まれて初めて、自分でシャボン玉を吹いた!
(もちろん、シャボン液につけるところは先生がやった)

1歳8ヶ月の子。

言葉がけや振る舞いのひとつひとつの意味の深さ、繋がりをしる。
できなかったことができるようになったその子は、とても、満足そうだった。

言葉にも、笑顔にもでていないが、真剣な顔、表情、その子が出す雰囲気をみたら、どんなに今彼が自分に驚いて、楽しくて、誇らしく思っているのか、感じることができた。

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僕は「ぼうっと」しながら、子どもをみていた。
その場で何が起きるのか。子どもは何を見つけ、どのように関わろうとするのか。
僕が気になっていたのはそこだったから。

けどその先生は、何かを起こそうとして、環境を作っていた。関わり合いをし続けていた。
公園にいくときには「公園で何ができるか」考えていっていた。
公園を、その子たちが使い尽くせるような関わり合いをしているという。

日が強い日は日陰が多い公園を選ぶ、とかそういうレベルではない。

なるほど。

シャボン玉を膨らませるなど、教わらなければできないことだ。
そして目の前で、1歳8ヶ月の子がシャボン玉を吹いて満足している。
シャボン玉をこの歳に吹けるように「導く」先生の関わりがあったからだ。

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教育界で最近、話題の坪田信貴さんの指導法も、僕にとっては「導く」ものだ。
定めた目標に向かって、「進ませる」言葉がけ、関わり合いをする。
「導く」という言葉では生ぬるい、「引きずっていく」くらいがちょうどいいかもしれない。
引きずられて、心が擦り切れている子がたくさんいる。

「コレができるように」という目標設定がある。

僕にはそれはできないと思っている。
(まだ、僕にはできない)

(いやいや、目標が決まれば、それに本気で関われる状態になった人に対しては、「道案内」をすることができるし、それが学習塾オトノネの売りだぜ!導くって言葉が、僕にはどこか、合わない)

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「導く」か「任せる」か
それが問題だ。

「導かれる」ことで幸せになる人がいるかもしれない。
(実際、坪田さんの著書のあちこちに、「導かれて」人生が変わった人たちの記事が載ってる)

「導かれる」ことで多くの高校生たちが、大量の課題と学校の先生の呪いの言葉に埋もれて窒息しそうな暗い顔をしているのも現実。

「導く」ことの責任が、僕にはこわいのかもしれない。
(というか僕は五行でいうと「水」らしく、僕自身が「委ねる」感じの人間なのかもしれない。けど逆に解釈すると、悠々と誰かを「導く」チカラももっているかもしれない。言葉って難しい)

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例えばネイチャーゲームとか、学校の授業もそうか。
「自然に触れる密度を高める」ための「導き」がある。
「自然にまかせていたら、得られない学び」をえるための「導き」がある。

そうおもったら、僕が不得手な「導く」という言葉も悪くない。
「任せる」ことができる環境に「誘う」と言い換えてもいいかもしれない。

喜び合えることが一つでも増えていけるように、という愛情だけではどうにもならない。
愛情にはカタチがない。
「導く」という愛もあっていい。

学校に行きたくないんだけど学校に行かなきゃと思っている子に、
「休んでもいいよ」という言葉は、「誘い」であり、「導き」であり、「任せる」ことの全てを含んでいるようにおもう。

保育士のプロは、愛をもって、知恵をもって、子どもと関わる。
その知恵が、保育園という場所で継承されているという。

僕はその知恵を、どうにかして体系化したいとおもっている。
オトノネをお母さんたちの仕事場にするために。(どうやら僕はここが気になっているらしい)

勉強する時間つくるか。
うーん。フルで働くか。保育園で。

あは

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「導いてもらいたい」という気持ちでお父さんお母さんは塾に子どもを通わせるだろう。
そこでオトノネは「いやここは任せるところですよ」というわけだから、度肝を抜くお父さんお母さんもいるだろう。

「導かれて」しあわせになるとはどういうことか、僕にはよくわかっていなかった。
ただ、目の前でシャボン玉を吹けるようになった(真面目な顔で、なんどもなんども吹いている!)その子の顔をみて、

僕は研究を始めようとおもった。

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オトノネの本棚には、ずらりと高校入試、大学入試の「参考書」が並んでいる。
おとのねさんは、その子の発達段階、学習段階に応じて、そして志望校に応じてカリキュラムを組み立てられる。
そのために、どんなスケジュールで進めて行ったらいいかもいえる。(行為レベルの話ができる)
おとのねさんの話し方

今度は、別の棚に、「おもちゃ」を並べて、同じようなことをしようというのが、オトノネさんの計画だ。

その点、「勉強」も「遊び」も変わらないのかもね。

おもちゃも、学校の宿題も、同じ。

「導く」も「任せる」も、どちらでもいい。
どっちもあっていい。

どっちも必要だろう。

モンテッソーリ教具がその極みかもしれない。
「任せる」と同時に「導く」。

けど僕はもう少し、ぼくなりに、もっと素朴に、おもしろく、「あそびの体系化」をしていきたいなぁとおもった。
例えば、「ひも」というものでどんなあそびが発展していくのか。

乳児期の「ひも」との関わり合い
幼児期の「ひも」との関わり合い
学童期の「ひも」との関わり合い

この流れを体系化していけば、「あそび」がいわゆる「お勉強」にとって大切であると胸を張って言えるようになるかもしれない。

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保育所でフルに働くかー
どうしよかー
ああーーーーー
残業とかまじで僕無理っすよ?
嫌なんだよなぁ‥保護者を喜ばせるための運動会とか、出し物を「やらせる」とか。(年長になったらやってもいいとおもうが)

その考え方も、改めないといけないかもしれないけど。
(イベント行事を一切(年に一回だけ)やめている保育所を知っている。日々、日常の保育のなかに全てを注ぐというスタンスの園だ。僕としてはそっちの方が好きなんだが。だって、保育士の先生の負担の代わりに得られるものが、小さすぎる(子どものアルバムの写真が増えるだけだ)と、僕はおもうから。子どもはそんな年に一回のイベントがきっかけを学びの時間にするチカラがあるだろうか?年長くらいになったら、できるのかな)

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有名な倉橋惣三という保育実践者がいる。
この人が掲げた「誘導保育」という考え方は、これなんだろうと、しみじみ、実感した。
「誘う」を英語にすると何か、グーグル先生に聞いてみた。

invite

と出た。

素敵だなぁとおもう。

くるかこないかはわからない。
けど、お誘いしますよ。という姿勢。
その距離感がいい。

この「誘い」を悪用すると、悪徳商法、マインドコントロールになってしまうところが人間臭い。

心が大事。

混乱していた頭が、少し整理できた。

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あーでも保育園って、やっぱり文化があるから、いろんな保育園で「観察」した方がいいかなー
そうすると、アルバイトができなくなり、金欠になるなぁ困った!

とりあえず笑っとこう!

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オトノネひろげるシェアぼたん

思春期が一つのテーマになっているオトノネさんの気にしていること。

動物にも思春期ってあるんだろうか…

発情期はあるよね。

「物思いにふける犬」とかシュールだな。
いいね。絵になる。

人の思春期っていつまで?

死ぬまで思春期!
ドキドキ!

おとのねさんも思春期なんでしょうか。
すったもんだしたり、いろんな人に出会ったり、なんだかんだやったり。挑戦したり。
いつまでも思春期でありたいとおもっています。

だけど、早く大人になりたいともおもっています。

最近、ブログ書きまくっているせいか、問い合わせが増えています。
思春期の先輩として、いろんな子どもたちに出会えたらとおもいます。

オトノネひろげるシェアぼたん

公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費を概算して気が付いたこと1

最近情報が大量に入ってきて処理しきれていないおとのねさん。

夜更かしして記事を書く。。。もう掘っても掘ってもこんなことしか出てこないからもう情報発信しなくていいかなとおもってしまうくらい、でるわでるわ。おとのねさん、堕落中。

校基本調査 平成28年度 初等中等教育機関・専修学校・各種学校《報告書掲載集計》 学校調査・学校通信教育調査(高等学校) 総括

ちょっと古い2016年のデータです。

何をしたいかというと、公立高校が高校生ひとりにかけている税金の概算をしました。

「そういえば、おとのねは授業料で悩んでいるけど、学校はどれくらい取っているのかな?」というのが、疑問でした。

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設備費は含めず、人件費だけで計算。だから、少なめに見積もっている。
正規雇用の教員のボーナスも含め、新卒者を30万とした。とっている人(年も、給料も)は50万。
だから「少なめに見積もって」平均を40万とした(明らかに、若い人が少ないので平均はもっと高いはずだが)
兼務者というのは非常勤講師で月収は少ない。職員(事務室にいる先生)も少なめに計算した。
最近増えているALTの給料がこのデータには入っていない可能性もあるからかなり低めに見積もられる。

教員と職員の違いがわからなかったけど許してください。

あと、文科省がエリートをつくるための予算でHSGとかなんとかよくわからないものをくっつけているので実際は当然もっと高くなります。

で、結果がコレです。
(全国を母集団にしています)

生徒が学校に通う10ヶ月間で月額を計算。
一人当たり。。。
高校生は4万4千円。
中学生は4万円。
小学生は3万5千円。

え???
高校生の方が小学生よりも手厚いの???????
びっくりしました。

人件費以外もだいぶ減ってきているようですね。この記事は2008年で古いものですが。今はもっと減っているのか。「実費」といって、保護者からお金を取るようにしているのか。どうなっているんでしょう。予算が足りなくて家庭からお金を出してもらわないといけないのでしょう。無償化されたのは公立高校の授業料だけなんですね。(どこかの塾みたいに教材費とか設備費とかとるのかな…)
教育委員会から学校に任されるお金=学校配分予算は、小学校の場合、児童一人当たりの金額の水準はこの8年間に25%もカットされてしまい、一人当たり年間8500円となりました。

それにしても。。。

え???
高校生の方が小学生よりも手厚いの???????

小学校の方を、大切にしてほしいのだが(そうおもうのは僕だけでしょうか)。

オトノネひろげるシェアぼたん

おとのねのレッスン料を決めるのが難しすぎる件

おとのねさんはいつも考えています。

お金がほしい!
本買いたい!
研究したい!
知りたいこと、やりたいことがたくさんある!
お金はチカラだ!

けどお金がない今だからこそいろんな人に出会えているのも、素敵なこと。

記事を全部書き終わって、大事なことを先に述べると
「人の価値は、お金ではない。お金に換算できない価値が人にはある。オトノネは、オトナもコドモももっている人としてのチカラを出してもらいたいとおもっている。だが、お金は必要だ。。。」です。

眠っているチカラ、使っていないチカラで人をしあわせにできませんか?

ーーーー

お金の強さを使っている大手の塾の姿を見ると、「生徒って何なんだろう?」と思える部分がある。
僕にとって生徒は「しあわせをひろげてくれる仲間」であるし、僕が僕らしくいられる、学びあえる大切な「人」である。
金づるではない。

けどお金がほしい。。。
小学1年生から英語で遊べるための調べ物したい(海外の本が必要)、発達障害という名の現代症を理解したい(海外の本が必要)
グランドピアノほしい(子どもたちには本当にいい音と関わってほしいから!)、新しい本を書く気持ちもある(オリジナルな実践がなかったら売れないから出版ムズかしいと言われてお蔵入りしたことがあるけど新しいアイデアが出て来た。実践、まずは実践だけど。。)

ーーーー

子どもたちが子どもらしく、命を燃やすこと、学ぶことは自然なことだ。
そこにお金のやりとりがあっていいのだろうか?とおもうこともある。
だって、空気は無料でしょ?
けれども。

食べることが自然だが、それにもお金が必要なこの時代。
「あなたはあっちで魚釣り。私はこっちで米作り」していた時代もあった。
けどれども。

それが「お金」というルールで動いている今の時代。

お金との付き合い方を僕は今学んでいる。

ーーーーー

無償という考え方がある。
人が、それぞれに持っているものを出し合う。
お互いにない何かを学び合う。
お金でないもので繋がる。
それは素敵なことだと感じる。

(世の中にある多くの「無料」は後でお金をとる布石である。オトノネの無料体験も、無料相談もそうだけど。。)

ーーーーー

オトノネさんのやっていることは他ではほとんどやっていない。
というかオトノネさんという人間を出し切っていることがレアだ。
僕が僕らしく全力で本気で人と関わるためのオトノネだ。
それが僕だけでなく、おとのねに関わる人たちにとってもそうなるようなオトノネになっていってほしい。

もしオトノネいいなとおもってくれたら、、、、
おとのねさんに会いに来てみてくっださい。

ーーーーー

人は皆、全員が、誰もが資本家で、投資家であり、株主だ。
コンビニでモノを買えば、コンビニは儲かる(フランャイズの代名詞のコンビニは「本部」が利益の半分をもっていく超ブラックだ)。
みんながブラック企業を支えている。

みんなのちょっとした行動を積み重ねていくと、社会ができる。

人は皆、全員が、誰もが資本家で、投資家であり、株主だ。
お金を渡された人が、チカラを得る。お金を出した人は、その見返りをもらう(チカラを与えた分、チカラをもらっていなかったら損だ)

例えば、海外旅行に行くとしよう。
儲かるのは旅行会社、航空会社、それから現地の人たち。
関わった人たちはお金というチカラをもらう。
旅行に行った人は、旅行に行ったことで何かしらのチカラをもらう。癒しとか、気分転換とか。

そういうしくみが「お金」にはある。

ーーーーー

高度経済成長時代に蓄えられた「お金」がある。(お金は貯められる!)
僕はそのお金を使いたい。
設備投資、見栄えの良さ、宣伝広告ではない、大切なものに使いたい。

一生懸命働いて稼いだお金、自由に使える!
その自由な気持ちで、オトノネにチカラをくれませんか?

年収の高い仕事をしている人がいる(「お金」の仕組みをしっていて稼いでいる組織のこと。見方を変えれば、誰かからお金をたくさん吸い上げている組織で働いている人。)そう、お金はゲームみたいに増やせる!
僕はお金を稼いでいる人たち(年間所得偏差値100を超えるとんでもない人たち)からもチカラをわけてほしい。

かつて、芸術が謳歌していた時代、芸術家たちにはスポンサーがいた。
教会や王宮のために宗教画を書いたり、曲をつくったり、自画像を描いたり。
世阿弥などは日本で有名だ。

おとのねに関わってくれるひとは、オトノネのスポンサーだ。

ーーーーー

でも「お金」以外が大切だということ、お金でないからこそ素敵な出来事が起きることも知っている。
僕は両方大切にしたい。

だからおとのねさんはいつも困っているのです。
絵本も買いたいね!お金が貯まったらね!

オトノネさんのチカラを使ってみたい人、オトノネさんを育てたい人、オトノネさんに元気になってほしい人、オトノネさんと一緒になにかやりたい人に、出会っていけたらなぁとおもっています。

ーーーー

最近、とあるビジネスマンから「ビジネスは必要性をつくるところからはじめる」というような言葉を聞いた。

「必要とされていないけど必要とされるようなしくみをつくる」
「潜在的に必要とされていることを顕在化させる」という2つの言葉で、

試しに説明してみましょう・・(どちらも同じことを言っているかもしれない)

宗教という言葉は日本では誤解されがちであまり使いたくないが。。。
宗教はまず「潜在的に必要とされていることを顕在化させる」。
人が持つ「ん?どうしたものか」といった心の不安を解決するための方法を提供する。
宗教に出会って心が晴れる人がたくさんいる(仲間が欲しいだけの人もいる)

ダイエット商品も、まず「痩せているモデル」をみせるところからはじまり「痩せたい」とおもっている人たちにこうしたら痩せるよと言葉をかけることで潜在的な欲望を顕在化させる。

「今は必要とされていないけど必要とされるようなしくみをつくる」とは、
例えば文科省が小学英語を導入したことで英語産業が盛り上がる(ビジネスが始まる)ケース。
潜在意識(不安や欲望)をつくり、ビジネスをつくる。
文科省はビジネスマンだ。(政治というもの自体、ビジネスだと考えることもできる)リクルートがネット社会をいち早く雇用社会に取り入れて大学から「求人票」をなくしてしまったというやり方もある。お金が入ってくる「しくみ」をつくるタイプ。
フランチャイズの代表格、コンビニもうまく仕組みをつくりましたね。

ーーーー

ビジネスのまとめ

1。潜在的な必要性を作る段階
塾業界であれば、まず「難関大学に合格していい会社に入ってお金をかせいで。。。」という価値観が、根底にある(潜在的)。社会全体の雰囲気だ(保育園のときから英語やらなきゃ!とか)。なければ作る。(経済の雑誌で「難関大ベスト10!」とか特集すればいい。)

2。必要性を顕在化させる段階
それから「うちに入ったら、合格できますよ!」という言葉で「あ、そうか、難関大に合格させるために塾にいれなくちゃ!」ということになる。

3。あわよくばそれを「しくみ」化してゆるぎない地位を築く段階(そしてその地位を守るために、1に戻る。)
塾の雰囲気を出すためにお金を使ったり、宣伝に金を使ったり。。。肝心のことには使わない?(技術系の企業であれば新しいテクノロジーをつくるための研究費にしたり。競争に勝つために。コンビニも新商品を出し続ける。あたらしい便利さ、エンターテインメントを考える)

不安を募らせるか、欲望を刺激するのが、ビジネスの基本だ。

おとのねは??

「不安にさせられている」心(1の状態)
「必要性に迫られて逼迫している」心(2の状態)
「仕組み化されてがんじがらめになっている」心(3の状態)

に大きく深呼吸をしたもらう場所だ。
刺激で疲れた心が回復する場所だ。
不安に押しつぶされそうな心を大切にする場所だ。

メタビジネス!

そう、メタビジネス!!!!!!
おとのねはお金でない価値をつくろうとしている。
人がもっているチカラが、「お金以外」にもあることを知っているから。
人が人を幸せにするのが「お金」だけではないことを知っているから。

おとのねでは、僕が大切だとおもえることを大切にしたい。

ーーーーーー

オトノネは、ビジネスの世界との距離を学んでいるところです。
レッスン料決めないとなぁ。。。

計算式

レッスン料=h(レッスン時間,f(所得),g(お金以外の価値))
こんな感じだろうか。
年間所得の偏差値が40の人もいれば、50の人もいる。100の人もいる・・・

あなたはお金以外の価値を、もっていますか?
お金以外の価値を、オトノネで育てていきませんか?
あなたがお金以外に、人に与えられるものはなんですか?

きっとたくさん、もっているはずです。
お金以外の関わり合いだからこそ大切にできる何かを、僕は大切にしたいとおもっています。
けどお金ください!!(笑)

ーーーーー

行政の補助金について

補助金をもらえば利用者の負担は安くなる。
たしかにそうかもしれません。
が。

オトノネは現在、補助金をもらえるためのお金すらありません。
審査が、厳しい。。。。
条件が、厳しい。。。。

それに、補助金からも自立できるような(行政にたよらない)状況を、オトノネは目指しています。
そんなオトノネでありたいと思っています(補助がでて「安い」というだけでお金だけの価値でくる人もいるから)。

なので、補助金なしでやっていく方針です。いまのところ!いまのところ!

オトノネひろげるシェアぼたん

オトノネのレッスン料

そろそろ決めないとなぁとおもい、統計を調べて居た。

学習塾・予備校費用
こんなものがあった。
富山県は平均以下。石川県は平均以上。
この実感はたしかにある。

親がやっきになって塾に通わせて(心が大事にされなくて)成績が伸びないケースは石川県にありがちかもしれない。
僕が働いて居たフランチャイズの塾ではそういう子がたくさん居た(半数くらい)

「どれだけ教育費に使うか」

北陸にはとある有名な大手の塾があって、ブランド化し、ブランド目当てで子供をその塾に生かせるお父さんお母さんがいるらしい。
教育の価値は先生の価値であり、先生には安月給しかあたらないとおもうと悲しい。先生もアルバイトなのだ。

そういう利益優先の塾で嫌になってオトノネを始めたのもそうだが、僕にもチカラがほしい。
お金はチカラだ。何しろ、本が買えるのだから!

そうして一人で本だけ読んで過ごして居た時もある。
それで、そのチカラを誰かに還元したくなって今がある。
タダでやってみる?

そういうことも考えた。
考えている。

タダですよって言ったら、どんな人と出会えるだろう。
どんなオトノネになるだろう。

だから正直オトノネはお互いにお互いをある程度「どんな人間か」見極めた上で、相談して値段を決めたいとおもっている。
ぶっちゃけ年間所得とか普通に聞く。家のローンとか。子どもの数とか。
証明書まで出してもらう?真面目に。富山県の平均世帯所得は500万〜600万。共働きのパターンもあれば、一人でこれだけ稼ぐ人もいるだろう。僕には信じられない金額だ。働かないで、勉強をして、スキルを高めてきたからだ。

僕が働かずに育てた特殊なスキルを使うのだから(働きながらスキルを上げるにしては、僕のスキルは特殊すぎる)、
お父さんお母さんがスキルを育てずに(特殊すぎる)働いた分だけお金で還元してもらう。

そういうスタンスだ。

旅行会社、テーマパーク、宿泊産業といった娯楽にお金をつぎ込んで、教育にお金をかけないなら、オトノネにチカラ(お金)をくれないなら、オトノネは悲しい。

そんなわけで、いつもレッスン料で悩んでいるオトノネでした。

蛇足ですが、
年間所得が2000万円以上を超えるひとが富山県には1,000人以上いて、
その世帯の年間所得の偏差値を計算すると98.3でした。
100万以下の人は2200人以上いて、偏差値は34.1でした。

稼ぐのに、上限はないんだね。

オトノネひろげるシェアぼたん