「メデタシメデタシ」の物語には要注意!?『絵本と童話のユング心理学』より学ぶ

子どもが死についてよくよく考えていることは前にどこかの記事で述べた。
で、最近本を読んで感動したので書き残しておきます。子どもすげー!!!!!

子どもは、大人の都合、不自然さ、不条理、違和感を敏感に感じるのでしょうね。

絵本と童話のユング心理学

『かさじぞう』に関して、私が大変驚いた出来事をひとつ話そう。たしか小学6年生になる女の子であった。この『かさじぞう』を読んで、こんなことをつぶやいていたのである。「おわりの方が気に入らないな、なんだかうそだって気がするもん。私だったら、こんな終わり方にしたいな」

1、2年前でしたか、文部省がこの作品は非常に暗い、日本にはこんな貧乏人がたくさにるのかと、アメリカやソ連に思われたは困る、だからこれを削除せよ、と先生方に指示しました。それが話題になり、新聞記事になったことがあります。

娘の小学校の先生も、やはり賛成はできないが、子供たちの反応を見ようと思って話され、あとでどう思うかと聞かれた。その時、うちの娘が「こんな話はうそだ」と言ったそうです。私はその話をたまたま小耳にはさんだので、娘に、お前だったらどうする、と聞いてみたのです。娘はすでに作文に書いてはっょうしていたのですが、先生はそれに✖️をつけていた。それで娘は、大変怒っていましたが、それにはこう書いてありました。「おおみそかの晩、外はすごいふぶきなのに、じいさまとばあさまは食べるものがないので、つけなかんで、お湯飲んで、寝ました。(つけなってなんだと聞くと、「知らへんの、つけもののことや」)。正月になって、とうとう何もなくなり、二人は静かに息を引きとりました」ええ!とびっくり、これでは先生が✖️をつけてあたりまえだと言うと、娘は黙って聞けと言う。
「さて、次の年のおおみそかのことです。一人のしょうにん(この「しょうにん」というのを、私は親鸞上人とか法然上人の上人と解釈して、えらい話になるなと思ったのですが、これは商人のことでした)がふぶきの中を歩いておりました。すると向こうに、かさをかぶったおじぞうさんが立っています。かさからは、つららがさがっておりました。かぞえると、かさをかぶったおじぞうさんは、全部で8つでした。おかしいな、去年はたしか6つだったはうだが。何回もかぞえなおしましたが、やはり8つにまちがいありません。8つとは珍しいことだわい、と承認はそっと手を合わせましたが、ああ、道くさくっとると日が暮れるわい、早く帰って正月のもちつきのよういさするかと、ふぶきの中に消えて行きましたとさ」

こういう文章です。私はびっくりしました。この八地蔵の話は誰が教えたわけではなく、彼女が自分なりに作ったものです。(『絵本と童話のユング心理学』p.238 山中康裕)

「めでたしめでたし」の物語は、編集されている可能性がある、ということです。
学校の進路指導も同じですね。

オトノネひろげるシェアぼたん

(自称)進学高校在校生必見!「課題」が生徒および親に及ぼす影響の考察。

記事をこちらに移動しました!
(自称)進学高校在校生必見!「課題」が生徒および親に及ぼす影響の考察。入学前にみてほしい。
この情報は肝心のコンテンツを有料にしました。(noteという仕組みを利用しています)。
オトノネを応援してくれる方、どうぞよろしくお願いいたします。

オトノネひろげるシェアぼたん

定時制高校をススメルケース

「勉強する環境」へのお母さんの思い

お母さんの話だ。
中学生時代に体育の先生にちょっと反抗しただけで満点だったものが半分になった。それだけで学力にふさわしくない高校を「ススメられ」入学するが、周りは勉強する雰囲気ではない。何も勉強しなくてもいつもトップ。で、理系を目指していたが英語も学びたいとおもい3年次に文系にする。すると、理系大学に推薦してくれない。文系大学に行きたかったのに、理系大学にいかされたという。学年主任がそのお母さんのお母さんに電話をして、褒める、讃える、おだてるでお母さんのお母さんをその気にさせて、学校と家庭で板挟みをうけた。センターの結果がよかったから地方(理系)国立大学まで「受けろ」と誘導されるがそれはさすがに断った。自分の嫌いな学部を受けさせられ、入学し、あまりにも嫌いすぎて退学した。その後、大学を辞めたことを(お母さんにいわれて?)高校に報告しにいったら、「嫌いな大学」をススメてきて(生徒ではなく)親を説得した教師は「やっぱりやめたか。ははは」といって笑っていたという。

あまりにも自然に、ふつうに、当たり前のように「学校の成績」を上げようとして生徒の未来に手を出していく学校のやりかたは、高岡高校、富山高校、富山中部高校の様子を聞いても昔と変わらない気がする。

お母さんは今、子どもがいて、高校選びを慎重にしている。その子は全く、勉強ができない。できない、というか、僕はその子が学校という場所を学びの場所にできなかっただけの子だとおもっているから問題のだが。内申点がほとんど望めない状態で、お母さんの希望としては「勉強する(遊び呆けない、将来、しっかりした暮らしができる?)」環境の高校に入って欲しいという。

定時制高校をおすすめした。

全日制私立高校を進めない理由。
特進クラスも勉強する雰囲気ではない場合が多い(ほとんど)。
特進クラスでなければ基本、さわがしい。
ほとんどが推薦で大学にいくので学びに覇気がない。
勉強ができない子に対して倫理的にどうかという先生が一定数いる。
お金がかかる。

富山県立(進学)高校をススメない理由
この子の場合、内申点が悪すぎていくら直前で伸びても入学できる可能性がほとんどない。

富山県立(進学校以外の)高校をススメない理由
私立に同じ。

定時制高校をススメル理由。
学力はあまり関係ない。
いろんな事情がある生徒が集まるので先生が寛容である可能性が高い。
無駄な勉強をしなくていい(課題が少ない。卒業に必要な単位数だけ取れる)。
全日制高校と同様、3年で卒業できる。

大検という選択肢
大検対策のための塾に通うと、私立くらいお金がかかる。(果たしてその価値が大検にあるか)

富山県の定時制高校もいいが、石川県の定時制高校もおすすめしておいた。

選択肢を広げ続ける人生でもいいが、自分の歩く道を見つけて、腹を据えるのもいいだろう。
高校を卒業するころに、「この仕事がしたい」とおもえてもいい。「こんな人とこんな場所で出会いたい」と思えるなら、そこに行ってみるといい。

オトノネひろげるシェアぼたん

上場企業の保護者に聞いた。旧帝大でなかったら、東京の私立へ行った方がいい話。

上場企業(いわゆるいい会社)に勤めている保護者の方と話す機会があり、大学の名前が社会に出てから何に影響するのか聞いてみた。

結論は「入社してから大学の名前は関係ないが、入社する時に大学の名前は大いに関係する」ということ。そこに働いているのは「合理性」だ。

つまるところ、いい会社はいい人材を求める。いい人材を探そうとしたら、、、ランクの高い大学から探すのと、ランクの低い大学から探すのと、どちらが合理的、効率的か。人事の人の数も、時間も限られている。だから、「給料の高い会社」はランクの高い大学にだけ求人情報を出す。(今、ネット社会で誰でも応募できるようになっているかもしれないが、選考の段階でランクの高い大学から人を選ぶようにしているのだろう)

なるほど合理的だ。

で、「ランクの高い大学」とは何か。という話だ。地方国立は含まれるのか?私立ならどこからが許容範囲なのか?

旧帝大、東大京大はいいとしよう。慶應早稲田もいいとしよう。その保護者の方の話では「法政・明治あたりまで」だという。では、地方国立はどうか?

記事をこちらに移動しました!
上場企業の保護者に聞いた。旧帝大でなかったら、私立へ行った方がいい話。

この情報は肝心のコンテンツを有料にしました。(noteという仕組みを利用しています)。
オトノネを応援してくれる方、どうぞよろしくお願いいたします。

蛇足だが、東大が多様な人材を求めているという記事。
東大の入試で理系の数学が昔に比べて劇的に易化した理由
東大が入試に全力を注ぐのにはワケがある

オトノネひろげるシェアぼたん

富山県の高校はギリギリの偏差値で選ぶと危ない件

現在、高岡高校でサバイバル中の子。

この間、性格診断をして、「楽天家・芸術家」タイプと出た。

「全然、高岡高校じゃないですね!」と二人で爆笑した。

数値で何が表されているのか。

会社を選ぶ基準に「社会福祉がしっかりしている」というものがあるらしい。組織にはいろんなステータスがある。高校だったら大学進学実績とか、会社だったら、売り上げとか、社員数とか、名声、だとか。

で。自分が育てたい自分がそこで育つかどうか、を考えて、自分の育つ場所を自分で決めるというのが、自然なのではないかとおもう。偏差値で決めるのではない。(といっても、もう高岡南高校も福岡高校も進学高校を目指して大量の課題を出しているという事実がある。もう逃げられない。いつでも逃げれるけど)

高岡高校の話を聞くと、いわゆるガリ勉の人(朝起きて勉強してご飯を食べて勉強して学校に行って勉強をしているらしい)のためのテスト、テスト、テスト、課題、課題、課題、課題!であって、ガリ勉でないその他の8割の生徒のためにはなっていない。(もちろん、いい先生は、いる、というお話です。もちろん!)

富山高校に入った子も、自分で言っていた。「大学はきちんと自分で選びたい」と。

思春期は遅くとも中学生のときにやってくる。高校を選ぶというのは、そのグラグラの、移り変わりやすい、敏感に成長しようとしている状態の心を育てる場所だ。高校で参って再起不能になってしまう人もいれば、高校で壊れた後に、回復しながら、強くなる人もいる。(残酷な世の中でしあわせをみつけるチカラ、しあわせを守るチカラは大切だ)どの高校を選んでも、結局は、心のあり方次第であり、心を助けてくれる人との出会いであり、成長しようとする命のチカラを大切にすることで、高校という試練を学びの糧にできるのだとおもう。

最新の情報では、富山高校のこのあいだの始業式の日(?)、課題をやって来なかった生徒が、人クラス40人中35人。廊下に立たされて(並ばされて)「指導」を受けたという。40人中35人。8割を超えている子が、課題を拒否している(先生に置いてきぼりにされたまま放置されている)。進学高校、御三家というタテマエを貫かなくてはいけない学校の先生も大変だ。

絶賛、サバイバル中!君はすてきな人なんだよ。笑って生きているんだもの。

追伸:ある組織をみれば、2割は上位で6割は中間で2割は下位、だという法則があるという。そんな法則を知らなくとも、わかりきっている。ギリギリその学校に入れるか!?で入った子は、下位になる(勉強についていけなくなる)とおもったらいい。課題に心がやられはしないか心配だ。進学高校は、上位の生徒を伸ばすためのプログラムを採用しているからだ。論理的に導かれた合格基準(上位に入れる基準)は下のリンクからどうぞ。この基準を満たせていない子は、入学前から「課題(学校の支配・管理・干渉、学校用語でいえば教科指導・生活指導)とどう付き合うか?」を考えておいたほうがいいかもしれない。それでも進学校にいきたいの?それも、経験のうち。


石川県立高校合格ラインを論理的に計算!泉丘高校は?二水は?金大附属は?小松は??私は桜丘をおしますが
富山県立高校入試合格点・ボーダーの目安を論理的に計算。
富山中部高校の情報
富山高校がサバイバルな件
高岡高校がサバイバルな件

オトノネひろげるシェアぼたん

言葉が受け入れられるということ。

それは言葉が伝達される以前に、子どもの感情や身体、心が受け入れられている時だ。「かけがえのない場」にあって育つ言葉がある。言葉を信じる、言葉を、心の中に取り入れるしくみである。

おとなの指し示しを真(信)として受け入れること、誤解を恐れずに言えば、他社の言明を己の言明として需要するそうした態度決定(広義にいえば、反応態性)を示すこと、それがおとなの眼から見た、つまり、日常的常識的な意味での言葉を理解することに他ならない。さらにいえば、他者の変名を“真=信”として受け入れるこつした反応態勢は、身体がすでにそうした反応態勢を取るべき場に置かれていることによって、原初的には成立可能になっている。先に見たように、子どもは生まれ落ちた時点から「応答し得る者」としての存在の場を与えられている。子どもを「応答し得る者」として在立させる場は、同時に、自らの生命の維持さえも保証する場であるからこそー言い換えると「あなた(赤ん坊)と私(母親)にとってかけがえのない場」であるからこそー子どもがおとなの言葉を“真=信”として受け入れざるを得ない態勢がいち早く形成されていると言わねばならない。(『こどばが誕生するとき』p.153)

学校の先生は上手にこれを使っている。学級担任になった人は、ゴールデンウィーク前に、生徒に自分の言葉を信じてもらえるように「しつける(とある先生が使っていた言葉だ)」、ゴールデンウィークまでが勝負なのだ。ゴールデンウィーク後に学校に来ない生徒がいるのだろう。

大人は少なからず大人の価値観、学校の価値観、社会の価値観に応じて言葉(価値観)を信じてもらうようにする。言葉を信じてもらえるような振る舞いをする。これは宗教団体でも同じだ。言葉を信じてもらえる出来事(きっかけ)、環境を作り出すことが、子どもの言葉をそだてることになる。

韓国の劇団員の一人がこう言っていた。「舞台に上がってから、俳優は自分の言葉が観客に信じてもらえるように、受け入れてもらえるように、一生懸命になる。“自分の発する言葉”が信じてもらえるように努力をする。そんな俳優の姿をみて、観客は、少しずつ俳優の言葉に力を感じ、受け止めるようになる」のだと。言葉を学ぶことの大前提は、関係性をつくるということ。

受験生なら、どうしても進路に反対する親がいたとする。お父さんお母さんに言葉が伝わるにはどうしたらいいだろうか?言葉を信じてもらえるような振る舞いを、努力をするといいのかもしれない。(大人も人間だ。いろんな大人がいる)

言葉の持つチカラは言葉に内在しているわけではない。言葉をとりまく振る舞いや表情、使われる場が言葉にチカラを与える。

オトノネひろげるシェアぼたん

大学の選び方・一流とは?

とある高校生。

進学校に行ったけど、芸術に興味がある。芸術をやる仲間に出会いたい!というので芸大を目指すか、理系の情報系、技術系の大学に行くかでちょっとだけ悩んでいた。

実際、好きなのは芸術であって、理系の大学は自分自身がゲームが大好きで、大学を選ぶときにふーっと惹かれた、のだろう、と私は憶測している(こんど聞いてみよう)。

芸術家が芸大を目指すのはまぁ当たり前だし、それで多くの芸術家たちが(東京藝術大学の学生たちが)この世から姿を消して行く(消息不明になるらしい)。純粋に芸術で生きていくわけにはいかない時代になったということだ。

これは藤原さんが言っていることでもある。「誰もしたことのない組み合わせで、レアな人材になれ!」という言葉がある。映像や情報と芸術の二つの立ち位置で新しい世界を創造するほうが、おもしろいじゃないか!というお話。

現在、これから、子供たちが生きて行く時代、農業にもITが入って行く時代。教育にもITが入って行く時代。いままで分離されてきた領域が繋がって行く時代。「ひとつのことだけをやる」価値が見直されなくてはいけないかもしれない。

学校に行って学ばなくても、好きなことがそのまま、人に受け入れてもらえれば、必要とされる時代、仕事を作っていける時代、例えば「ギター+森」でこんな活動をしている人がいる。自由に生きている人、自分らしく生きている人、はめを外してやりたいことをやっている人に、僕もなりたいと思っている(みんなどうやって食べているんだろう?)。

山田証さんのfacebook

嫌いじゃないなら、興味があるなら、自分の本命とは別の分野を学ぶのも、社会の中で人と関わりあう、自信を持つ、とびっきりのあなたになるための、戦略の一つだ。

一流の企業、という言葉もある。一流の企業に行く意味はなんだろうか?一流の人に出会える可能性が高くなるだろう。その様子は、最近話題?の前田裕二さんの『人生の勝算』に書いてあったりする。一流の人に出会うと、一流の学びができる。もちろん、あなたが一流の学習者であれば、なのだが。


人生の勝算

オトノネひろげるシェアぼたん

夢がない、やりたいことがない人へ

大切なことを感じられるような、リッチな暮らしを目指してください。

「リッチネス」という言葉のこと、私も記事にしてきたのでみてみてください(検索できます)。

いろんな人の声を聞いてください。やりたいことがないぶん、他の人を手伝うチカラ、他の人が手伝ってほしいとおもうことを感じるチカラをあなたはもっています。

たくさんのことを感じられるように、あくせくせずに安心して暮らしてみてください(がつがつ稼いでみるのもいいですが)

共感能力、間主観性、人の視点に立てるなら、きっとあなたを必要としている人に、出会っていきます。どんどん進んでいってください。大切なものを、感じられるようになりますよ。

仲間と出会ってください。きっと、誰かが、あなたには見えない、大切なあなたを見つけてくれます。仲間と出会うために、一歩を踏み出してみましょう。

オトノネひろげるシェアぼたん

子供が学校に行く意味

小学生、中学生、高校生が学校に行くことにあまりいい思いを抱いていなかった。
学校で学べることは社会性でなく集団性であると言ってきた。

そこに肯定的な意味をみつけられたのでメモしておく。

学校は子どもたちが人生観を作る場所だ。人生観を問い、多くのことを疑問に思い、「なんで勉強しなくちゃいけないの?」「なんで先生はあんなことをいうの?」とか、友達との付き合い方も。

だから学校という職場で起こった出来事をイベントと考えて、大人として、その子が「社会」とどう付き合って言ったらよいかおやから学ぶこと。
それが学校に行く意味だ。
学校以外に生きる場所を失った子どもたちの宿命に、お父さんお母さんはどう関わりますか?

学校に行くことでお父さん、お母さんが子どもに知恵や価値観を与えたり、育てたてることができる。
この点からも、お父さんお母さんが学校と一緒になって成績のことを言うことがいいことだとは思えない。

子どもが学校で学ぶ以上に、お父さんお母さんが現代という時代、学校という場所について価値観をもっていなくてはいけないのではないだろうか。
(子どもはなんだかんだいって親の背中を見て育つ、お父さんお母さんが輝いていたら、子どもも輝く、かもしれない???)

逆に考えてもいい。
新しい時代が始まっている。社会は変わっている。
子育てを通じて、お父さんお母さんが「現代」を学ぶいい機会でもある。

お互いに学べる親子関係、なんて素敵なんだろう!

オトノネひろげるシェアぼたん