物語の世界がそだてる心

ふと思い出す物語がある。

赤ちゃんを身ごもっている時に、何かをお母さんがして、それでモノノケが赤ちゃんに入り込むという話。

何かの拍子で、物の怪に取り憑かれる話。

そういう話が、昔、たくさんあった。

物の怪の世界があった。

今の世の中、物の怪の物語が語られることは少ない。

ヒーローものの物語は「強くなっていく」「強い心をみせる」「仲間と出会っていく」ような流れ、「こんなんに立ち向かい、克服する」「執念を曲げない」みたいなこと。

いろいろな漫画が溢れている。

アニメは、SFのような、特別な能力をもった登場人物たちがどんちゃかやるかんじ。もしくは、青春のドラマを甘酸っぱくみせるかんじ。

憧れを抱いたり、「すげー」とかおもうような内容。

そんなアニメの中で多くのことを学べる。僕も「殺せんせー」から学ぶことがたくさんあった。日常生活では出会えない言葉たちとの出会いがアニメの中にはある。

哲学的なアニメもたくさんある。「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「PSYCHO-PASS」とか。世界とは何か。法とは何か。正義とはなにか。漫画でも「思考・認識」を意識させるものがたくさんある。「バカボンド」とか。誰かに感情移入しながら、俯瞰的に眺められる、耳を傾けられる物語は、心の成長のために大切なことだとおもう。

一番肝心なのは、自分自身が今、置かれている、演じている物語だ。自分劇場。自分の心をみつめ、言葉を発する劇場。

話がそれた。物の怪の話。

世の中には物の怪が集まっている。物の怪には力がある。物の怪の世界がある。物の怪の世界はすぐ近くにあるが、たいてい、みんな蛍光灯の下で働きすぎで気がつけずに取り憑かれてそのままになる。みんなが物の怪に気がつかない方が、得をする人たちがいるのだ。気がついても、どうしたらいいかわからないことがしばしば。

世の中にはお化けが、物の怪が、怨霊が、妖怪が、モンスターが、たくさんいると思っておくだけで、気が楽になれないだろうか。その人は、取り憑かれているだけなのだ。

親から子どもへと、受け継がれる類の怨霊も、いる。

よし!絵本!

オトノネひろげるシェアぼたん

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。