小学生(?)とそのお母さんの言葉

今日、出会った子とお母さんの言葉。「なんであんな楽しくないところにみんないくのかなぁっておもう」と子ども。お母さん「あなたがそうしたいから学校に行っていないだけで、他の人は関係ないんだよ」という、ような、話(正確には別の言葉だったとおもう)。その子は小学校に行っていない。

自分がそうしたいから、そうする。学校というのはそういう場所で、自分で選んでいるだけで、学校が悪いとかそんな雰囲気はこれっぽっちもださない、これっぽっちも学校が悪いとか、感じさせない自然さに目が開けるおもいがした。その子もとても立派で、オトナの立ち振る舞いをして、大人のような言葉、考えをもっている子だった。

はっ、とした。自分の世界を生きればいいのかな。僕は学校を攻撃しようとしていないか。もっと自分の世界をつくることに言葉を尽くしたほうがいいんだな、そっちのほうがハッピーだし、キレイだな、とおもえた。僕には、どこか、学校という場所から子どもを救い出したいという意識がある。傷を負ってやってくる子どもたちが安心して「これでもいいんだ」とおもえるようになったらいいなとおもっている。

が、その子の雰囲気を感じて、困っている人を助けるという意識が、傲慢、何かの勘違いにおもえた。もっと暮らしの一部として、人がハッピーになるような関わり合いができるオトノネになりたいと、その子の立ち振る舞いと、お母さんの言葉を感じて、思えた。きた人が、しあわせを感じられるようなオトノネになりたい。うん。そう思うだろ。

オトノネは、オトノネの心に向き合います。

いつも子どもからたくさんのことを気付かされています。

オトノネひろげるシェアぼたん

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