義務教育学校の本当の意味とエリート社会と堕落と、子育ての2つの考え方。残酷な考え方。

僕自身、大切な考え方が出てきた記事なので、最後まで見てもらえるとうれしいです。

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こんな記事を見つけた。

知ったかぶりでは許されない「学校のリアル」

気持ちがいいくらいはっきり書いてくれているなぁ。

公立学校は壊れている。
もう壊れている。
と認めてから、新しいことをはじめる時期にすでに入っているのではないか。

上のリンクからウェブサイトを見てくれましたか?
学校は、そういう場所です。
そういう大人たちがいる場所です。(悪口ではないですよ。事実です。もちろん、全ての学校がそうであるわけではありませんが)

学校は、基本、困難な場所です。
子どもがサバイバルする場所です。
僕にはそう見えます。(もちろん、そうでない学校もありますが!もちろん!)

気になったところにコメントを。

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「3割のエリート」と「7割の非正規」を育てる、それが日本の教育の実態

富山県、石川県の進学校の進学実績とかぶっていて笑えてしまった。
この3割に入ることを目標にしている「学歴社会から抜け出せない親たち」がいる。

「学校で英語が始まったから英語の塾に通わせる」というお父さん、お母さんがいるとしたら、少し考えてみてほしい。
(習い事をさせることでワルイことが起きる可能性も、オトノネのブログを見てくれているなら、ご存知ですね?)

そうでなければ「「子どものため」のようで、経済界に影響されているだけの日本の教育」にふりまわされるだろう。
子どもが困らないように‥という親心を、マスコミ(経済界の一番槍)は刺激する。
子どもをマスコミの情報から守るのが、お父さんお母さん、学校の役目だと僕にはおもうのだが。

お父さんお母さんが振り回されていたのでは、もちろん、子どもも振り回されてしまうだろう。

子どもは可能性に満ち溢れている。
だから経済界はそれを狙う。「うちの子は、エリートに…できる子に…」
そのうち何人が、これから8050問題を作り上げていくことになるか。誰にもわからない。

ただ僕はそれを自分自身に課し、やりすぎて、心が壊れた人間だ。

それから「7割の非正規」の人たちと出会って行き、「うちの子は、エリートに…できる子に…困らない子に…普通の子に‥(普通って何?)」の連鎖から離れてしあわせを育てる人の暮らしを知った。(例えば期間限定で猛烈にアルバイトして、貯まったお金で物価の安い国に行き、暮らすことを続けている人。そしていろんな「いいもの」をネットで発信している人がいる。ある意味3割のエリートよりも、たくさんの人を幸せにしている気がする)もちろん、「3割のエリート」組の知り合いもいる。

「7割の非正規」の道を歩んでいた人が、「3割のエリート」コースに移ることもあった。
不確定だ。不確定の、不確実の、摩訶不思議な時代。
雇用されるという発想に縛られるだけでも、子どもの可能性を狭めてしまう、殺してしまうかもしれない時代。

「うちの子は、エリートになるかもしれないし、非正規になるかもしれないけど、どっちでもいいけどしあわせになってほしい」


というお父さんお母さんが増えてくれたら、僕がおじいちゃんになったときの世の中は今よりもおもしろくなるとおもいう。

あ、これですね。大切な考え方ですね。
自画自賛。

「うちの子は、エリートになるかもしれないし、非正規になるかもしれないけど、どっちでもいいけどしあわせになってほしい」

という考え方。(いつもお金に困っているオトノネだけど、困っているからこそいろんな人に巡り会えている気がする。それはそれで、よし!よし!と言い聞かせよう笑エリートでなくてもお金を持っている人もいるし笑)

大切なのは、幸せになることだから。
大切なことと巡り会うことだから。

だからこそオトノネはメタスキルとか、自立とか、心が大事と言っている。

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ところで小学校と中学校をひとつにする義務教育学校が富山県でも増えてくるようだが。
お金と人がいないからまとめるという消極的な意味でとらえるしかなさそうだ。
だって、子どもがすくない地域でしか義務教育学校がつくられる予定がないからだ。

もう教育に、国はお金をかけてはくれない。
無償化という言葉も、ただのアピールだ。(富山県、石川県、地方ではお金持ちが公立に行く。肝心の支援が必要な私立は無償化されていない)

育ちの場として、小中がひとつになることはいいことではあるとおもう。
けどそれが実りのある、人と人が関わり合える場所になるには、やはり大人が意図を持って、意思を持って作り出すしかない。

どうなるかなぁ。

「ああ、もうむり。やっぱり人だ」と動き出している地域もある。
課題先進地から未来の教育の当たり前をつくる雲南市高校魅力化プロジェクト

そのほか、原発で一度壊れた太平洋の北側の地域でも、再生を通じて新しい学校が生まれている。
“ 災害の悲しみを強さへ ”

堕ちることでしか、浮き上がってこれない。
堕ちているのに、守られることで、ちゃんと堕ちることができなくなるほど、不幸なことはない。
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない。(坂口安吾の『堕落論』)

今は昔、人々の成人の儀式、通過儀礼と呼ばれているものは、精神的にも、肉体的にも、人間として堕ちる経験だったのかもしれない。
そう考えると、高校受験、課題で潰される経験は、悩ましい高校時代は、非人道的な扱いを受けること(進学校の生徒からでた言葉)は、高校生にとって、世界を作り直すきっかけになる大切なイベントだということができる。

それを助ける大人の存在が、大切なのだ。
そんなおとのねです。

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青森県で漁師をしながらアイヌ民族の研究と三味線の練習に明け暮れていたころ。
親方がこういった(津軽弁忘れた!)。「俺は学校で化学式なんかみた途端に眠くなってしょうがなかったけどな!鯛なんか釣っていろんな人に配って笑ってもらうのが好きなんだな!」もちろん、「漁業組合」という仕組みの中でだいぶ搾取される立場だったのだが。大切なものを守ろうとして、一生懸命に海に出ていた。「3割のエリート」とは何だろうか。「搾取する側」になるということだろうか。

「うちの子は、エリートに…できる子に…困らない子に…普通の子に‥(普通って何?)」

「搾取する側」か「搾取される側」かどちらですか?
「普通」なら、「搾取される側」ですよ。
「困らない子」はIQではなくEQが高い子です。勉強は関係ありません。(エリートの中には困っていない人がいないということでしょうか?)
「エリート」なら、「搾取する側」です。
お子さんはすでに、「できる子」ですよ。

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蛇足!

「3割のエリート」と「7割の非正規」を育てる、それが日本の教育の実態

という言葉を聞いて。

「7割の非正規」になる子が大部分だとしたら、
非正規として生きる子どもたちの物語を、大人たちは嫌がらずに、もっと真面目に作ってみるのもいいのかもしれない。
「勉強ができなかったら、この子はこの時代、どうなるのだろう‥」そんな不安が、お父さんお母さんを不安にさせているのかもしれないから。

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あー、おやすみなさい爆

オトノネひろげるシェアぼたん

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