『トラスト・ファクター』組織文化をオキシトシンでマネジメントする『残酷すぎる成功法則』

  1. 『トラスト・ファクター』組織文化をオキシトシンでマネジメントする
    1. オキシトシンで組織の健全さを計測できる。
    2. 組織の文化の信頼度が組織の生産性を決める
    3. 一人の独立した人間として信頼する
    4. オキシトシンを出す場、祭り
    5. 組織の文化をマネジメントする
    6. オキシトシンを抑制するテストステロン
    7. 信頼できる人間関係でオキシトシン
    8. オキシトシンとトストステロンとストレスホルモンの数値の例
    9. ストレスホルモンで挑戦し、オキシトシンで回復する循環
    10. 科学的に、組織の文化を検証する。
  2. オキシトシンを出す文化ー「目標」をつくり、「期待」する
    1. 「目標」を明確にし、「期待」をかける
    2. 「期待」に応えるために、多様性をみとめる。
    3. 「期待」をフィードバックで支える
  3. オキシトシンを出す文化ー人として信頼し、「委任」する。
    1. 「委任する」とは、試行錯誤を認めること
    2. 「委任」は、信頼の表現
    3. 自分が自分の仕事をコントロールすると、ストレスが減る
    4. 「任せる」文化の具体例ープロジェクト
    5. 「任せてもらいたくない」人は、解雇する。
    6. 「委譲」で積極的自己責任を問う
    7. 管理職は、人を管理するのではない
  4. 組織の開放性でオキシトシンを出すー多種多様な人を「思いやる」
    1. マイノリティーを受け入れる
    2. 人が人を思いやれるしくみをつくる
    3. 思いやりの文化は創造性を育む
    4. もっとも思いやりのない組織は?ー病院
    5. ドラッカーのマネジメントも、おもいやり
    6. 情報をオープンにすることでストレスを減らす
  5. オキシトシンの文化ー「学習機会」への投資
    1. 組織ではなく、人として成長しているか
    2. フレッシュでいるために投資する
    3. 信頼のある組織の評価方法
    4. 今いる組織で、あなたは生活の質を上げているか
    5. 全人的評価を行うー「成長」しているか
  6. オキシトシンを出す文化ー「自然体」
    1. 「助けを求める」リーダー
    2. リーダーは、オキシトシンが足りないのが自然?
    3. ミスを認める。
    4. 他者への敬意を払う
  7. オキシトシンの出る文化ー「喜び」
    1. 「喜び」がない仕事は業務でしかない
    2. 「目標」がなければ「喜び」はない
    3. 「目標」をストーリーテリングする
    4. ストーリーを体験する
    5. 消費者も、「目標」に参加できる
    6. 金よりビジョン、喜び
    7. 目標と信頼が喜びを生む
    8. 「文化にふさわしい人」を選ぶ重要性
    9. よろこびがもっとも低い組織ー政府組織
  8. 世界で一番不幸な国、モルドバ。『残酷すぎる成功法則』
  9. 海賊は民主的・平等社会を実現していた。「海軍に入るより、海賊であれ」の含意?

『トラスト・ファクター』組織文化をオキシトシンでマネジメントする

オキシトシンと真逆の物質はテストステロン。

何がオキシトシンを出すのかは、神秘の領域。命の領域。

命のありかたを科学でみつめ、生かすのは、心。

心が大事。

命は、ただそのようにして、粛然として、そこにある。

 

あとがきに書いてあったことだが、

思いやりと共感は違うということ。

共感は I feel you.

思いやりは I want to help you.

人間関係は、共感から始まるかもしれないが、思いやりまで達しなければ、オキシトシンはでない。

お互いに相互作用しない。

人間にはならない。

 

また信用と信頼の違いも大切だと述べている。

信用は 理性的客観的な判断。

信頼は 感覚的主観的な判断。

合格実績を標榜する塾は信用されているだろうが、信頼はない。

いや、ブランドは、信頼なのだろうか。

ブランドを身につけているとき、オキシトシンはでるのだろうか。

 

こっちの本に書いてあるかなぁ。

 

プロセス心理学の創始者、アーノルド・ミンデルさんは「個人レベルの精神的な健全さの指標はある。組織レベルの、国家レベルの健全さの指標についてはこれからだ」といっていた。

その答えが、この本であるかもしれない。

問い、誰かが答え、また新しい問いがうまれる。

 

それを社会実装するのは、一体、あなたで、わたしでなくて、だれなのだろう。

オキシトシンで組織の健全さを計測できる。

私は2001年に発表した論文で、繁栄する国家とそうでない国家が存在する理由を説 明する最も重要な予測因子こそ、信頼の文化であることを指摘しました。それは経済学史 上、最大級の発見といえるものです。信頼できる人が多い国は、そうでない国と比べ、社会的な交流がより活発で、そのことがさらに活発な経済取引につながり、さらなる富を生 み出します。信頼は、経済的な潤滑剤として機能し、経済活動に内在する摩擦を減らす役 割を果たすのです。私は研究によって、信頼できる人を増やし、経済成長を促すために政 策担当者が操作可能な因子を突き止めました。脳内でそれがどのようにして起きるかを、 オキシトシン の研究で明らかにしたのです。『トラストファクター』ポール J・ザック p.21

 

組織の文化の信頼度が組織の生産性を決める

優れた業績を上げる組織には、従業員同士の信頼と、仕事へのモチベーショ ンが高い文化があることが分かりました。このような文化が優れていることは、客観的な データを見ても明らかです。米調査会社ギャラップによると、仕事に熱心な従業員を抱え る企業は、従業員が終業時間を気にしてばかりいる企業と比べ、収益性が8%高いことが 分かったのです。

グーグルの元人事担当上級副社長ラズロ・ボックは、次のように書いています。「グー グル のあらゆる活動は、文化に支えられている」。「文化」という言葉は、米大手出版社 メ リアム・ウェブ スターが選ぶ2014年の流行語大賞にもなりました。世界最大の経営コ ン サルティング会社アクセン チュアは2015年、組織が取り組むべき主要な課題として 「生産性を重視した組織構造の最適化」を挙げています。言い換えれば、文化を語ること は極めて重要なのです。

一方、文化を語るのはいいとして、現実はどうでしょうか。500社以上、約20万人の 従業員を対象に実施したある調査では、「文化の信頼度が低い」と評価された企業が7% に上ります。

私の研究で明らかになったのは、組織の業績に多大な影響を及ぼす文化とは、他でもな い信頼の文化そのものだということです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.22

一人の独立した人間として信頼する

信頼は、効果的なチームワークと内発的な動機付けの基盤をもたらし、それによって組 織の業績を見違えるほど成長させます。信頼があれば、従業員は最適な方法で個別の目標 を達成でき、同時に組織全体としての目標に向けて全力を尽くせるようになります。信頼 があれば、一緒に仕事をしている従業員を人的資本の一部などではなく、1人の独立した 意思を持つ人間として捉えることができます。その結果、高信頼性組織では、従業員が優 れた職務遂行能力を発揮するだけでなく、プライベートではよき親、よき配偶者、よき市 民として過ごすことができ、人生に対する満足度も高まります。信頼は、生活の質にもか なりの効果を及ぼします。『トラストファクター』ポール J・ザック p.25

オキシトシンを出す場、祭り

マルヶ村の人たちは医者や歯医者に診てもらったことがありません。ましてや、自分の 血が試験管に吸い込まれていくところなど見たこともありませんでした。熱帯雨林に暮ら す人でも、慣れない環境に身を置くのは不安で何かと落ち着かないものです。生まれて初 めての採血のためにやってきたのは、3人ほどのボランティアの男性たち。私は、彼らか ら採取した血液サンプルから、オキシトシンとストレスホルモンそれぞれの基準値を割り 出しました。

それが終わると、今度は男性たちに村の文化を実際に披露してくれるようにお願いしま した。彼らは、伝統的なヤシの葉のコシミノに動物の毛皮をまとい、エネルギッシュな戦 いの踊りを披露してくれました。先祖の霊を呼び寄せて力と勇気をもらうための踊りです。 本書で説明しますが、儀式は信頼を強化するのに有効な方法なのです。3分後、1人ずつ次々に医療テントに連れて行き、2度目の採血に取り掛かりました。私は試験管を遠心分 離器にかけ、ピペットで血漿を抜き取り、2ミリリットルのポリエチレン製小型試験管に 移し替え、それらを丁寧に液体窒素の入った冷凍保存容器にしまいました。

分析結果から、男性の大半が、村の儀式の間にオキシトシンを分泌していたことが分か りました。しかも、これまでオキシトシンの分泌を促すための実験に参加した多数の被験 者と同様、儀式を終えた村の男たちは、共同体のために身を捧げたいという思いがより強 くなり、また、周囲の人に対する親近感が一層高まったと答えたのです。これは、マルケ 村のような無階級社会ではとても大切なことです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.32

組織の文化をマネジメントする

ある村人から通訳を介して話を聞いたところ、彼はこう 言っていました。「マルケには仕事というものはありません」。マルヶ村の住民は、他人に 指示されたり、干渉されたりすることなく、自分がやりたいことを選択するのです。 | エドワードは、村人に強制して何かをやらせることはありません。彼らはみな、村の行 事に自発的に参加します。農作業ができない人は、自分たちが食べていけるように、親戚 や友人に土地の一画を耕してもらっています。そのことに文句を言う人は誰もいません。 年中行事では、季節の節目や豊作を祝います。

現代のビジネスも似ています。私たちは自発的に出勤し、自分の時間や創造的なエネル ギーを仕事に投じ、会社のために睡眠を削ってまでして、解決が必要な問題について思い めぐらせるのですから。確かに、投じた労力に対する報酬は受けているとはいえ、つまる ところ、従業員は皆、ボランティアなのです。本来なら、どこか別の場所で働くことも、 放浪生活を送ることも、あるいは学生に戻ることも自由です。お金には人をやる気にさせ る力がありますが、文化が及ぼす力には到底及びません。それは、数々の調査や私の実験 からも明らかです。ピーター・ドラッカーは次のように記しています。「マネジメントは 文化と無縁たりえない。それは社会的な機能である。したがって、文化に根づき、社会に おいて責任を果たすものでなければならない」『トラストファクター』ポール J・ザック p.34

 

オキシトシンを抑制するテストステロン

さて、ここからが科学の出番です。高いレベルのストレスは、オキシトシンの分泌を抑 制します。既にご存じでしょうが、ストレスを感じているとき、あなたは最高のコンディ ション とは言えません。こういった一時的な不調があることはほとんど誰もが理解してい ることですし、それを言い訳にすることは簡単です。私たち人間は6歳か7歳ごろまでに、 社会的に「してもいいこと」「してはいけないこと」の区別がつくようになります。自分 のとった行動が適切かどうか、周りの人たちがさりげなく伝えてくれることもあれば、あ からさまに返されることもあります。オキシトシンとそれによって活性化する脳の回路は、 道徳的なコンパスとして機能し、その社会的集団が考える善と悪について教えてくれるの です。それぞれの集団はさまざまな社会規範を集め、それらを文化として確立します。私 たちはそれらを物語にするなどしてグループのメンバーに明示的に伝達したり、あるいは 表情や具体的な行動によって相手にフィードバックを返したりするのです。

オキシ ト シンを抑制する因子は他にもあります。脳の活動をがらりと変える化学物質、 テストステロンです。私がグループを対象に行った実験では、合成テストステロンを投与 された男性は利己的になるだけでなく、権利意識も強くなることが分かっています。つま り、テストステロンの量が多い男性は、他者と分け合う可能性が低く、一方、他者に分け 前を要求する確率は高まったのです。これこそが、テストステロンの作用に他なりません。

もうお分かりですね。この世でいちばん共感力が低いのは若い男性というわけです。男 性は、女性よりテストステロンの分泌量が5~10倍多いわけですが(そのぶん喧嘩っ早く、 向こう見ずで、犯罪をおこす確率が高くなることもあります)、競争やステータスがテストステ ロンの増加に影響するのは男女共通です。昇進?テストステロンの量が増えます。新し い恋人ができた? もちろん増えます。今年、200万ドルのボーナスを手にした人は、 思慮深く振る舞わないと、とんでもない愚か者に成り下がってしまうかもしれません。テストステロンは私たちの脳に、「ソーシャルなくじに当たったよ」とささやき、まるで神 の化身にでもなったかのように傍若無人な振る舞いをさせるのですから。テストステロン はまた、性的衝動を高める分子でもあります。世のCEOや大統領、それに映画スターた ちの浮気話がニュースになるのも今に始まったことではないのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.45

信頼できる人間関係でオキシトシン

私はこれまで、寝室から重役会議室、果てはビバークの現場と、いろい ろな場所でオキシトシンの分泌の有無を検証してきました。オキシトシンはどこにいても 分泌されるもの。私はこれまでの実験で、オキシトシンの分泌を促す方法をいくつも特定 してきました。その数は十数種類になります。条件としては、ストレスやテストステロン が強すぎない、ポジティブな社会的交流があればいいのです。言ってみれば、オキシトシ ンは、私たちを人間らしくする分子なのかもしれません。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.49

オキシトシンとトストステロンとストレスホルモンの数値の例

たった10分程度の説明を受け、私はアンディという名前のインストラクターの身体に密 着するようにストラップで固定されていました。1960年式のプロペラ機が旋回しなが ら高度を上げていきます。プロペラ機の内部はがらんとしていて、私は腕に巻き付けた高 度計を見つめています。1万2500フィート(約3800メートル)に達し、緑のライト が点灯し、ジャンプマスター [スカイタイ務の3] が サイドドアを開けました。突風に押さ れながらインストラクターと私は奈落の底に向かうためにヨチヨチ歩きで進みます。飛行 機から飛び降りる直前、同行した大学院生が、私に一連の認知テストを出しましたが、正 解できたのは半分程度。私は、安全なフリーフォールの姿勢をとるためにやらなければな らないことで頭がいっぱいでした。「1、2、3、ゴー!」。私たちは最初の7500フィー ト(約2300メートル)を0秒で一気に急降下。高度5000フィート(約1500メート ル)でパラシュートが開き、地上に向けてゆっくりと降下します。その姿は、まるでナィ ロン製のゆりかごに固定された赤ん坊のよう。

その間に私の脳内ではどのような反応が起きていたのでしょうか? 当然のことながら、 私のストレスホルモンは400%以上増加しました。極限状態に置かれた結果、テストス テロンは10%上昇。意外なことに、オキシトシンも7%増加しました。正直に言うと、私 はインストラクターに強い愛着を感じていました。彼は、私が困難な状況をうまく切り抜 れるように導いてくれただけではありません。私自身の能力に対する見方をも変えて くれたのです。 それ以来、私は何度かスカイダイビングに挑戦してきました。今では、飛行機から早く 飛び降りたくてうずうずします。毎回、ダイブの間は、身の安全と正しいテクニックを駆 使することだけに意識を集中させています。同時に、スカイダイビングそのものをかなり 楽しめるようになってきました。実は最近、このちょっとした実験を日本のテレビ番組の ために再現する機会がありました。4回目のスカイダイビングです。ダイブの前後に自分 の血液を採血。今度は、ストレス ホルモンの上昇は0%にとどまり、一方オキシトシン の 上昇は200%を超えました。私はこの困難な課題を克服し、楽しめるようになったので す。これが「期待」の威力です。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.91

ストレスホルモンで挑戦し、オキシトシンで回復する循環

挑戦的ストレスを受けている間、脳は即効性のストレスホルモン、エピネフリンと副腎 皮質刺激ホルモン(ACTH)を分泌するように体に指示を送ります。これらのホルモン は、極めて高い集中力をもたらし、私たちを時間の概念から切り離します。慢性的で絶え 間ないストレスによって誘発される神経化学物質とは異なり、挑戦的ストレスの生理学的 効果はチャレンジが終了したとたん、急速に低下するもの。私が初めてスカイダイビング した直後、自分の血液を採血したとき、両手はしっかりと動きました。地上に降り立つこ ろには神経系が落ち着きを取り戻し、体からぎこちなさが消えていたのです。 「期待」を満足させた後に「オベーション」を行うことも重要です。目標を達成したら、 チームで勝利を祝い、結果報告の一環として、どうやってそれを達成したのか、本人から 皆の前で説明してもらいましょう。マネージャーが「期待」を設計するときは、小さな勝 利を達成したら、それらを祝福できるようにすべきです。そうすることで、次の勝利に向 けた強い願望を生み出す回路が脳内に形成されます。目標を達成したら、チームでお祝い し、目標をリセットしてもらいます。脳は極めて高い集中力を発揮した後、不応期(組織や細胞が 興奮した直後、次の刺激を受けるまでに興奮が起きないようにすること )を必要とします。

第2章で説明したように、チームの仲間たちをアミューズ メ ン トパークや冒険に連れて 行き、成功を収めたチームの一員であることを心から楽しんでもらいます。そして、チー ムが次のプロジェクトに取り掛かる前に、数日間はいつもより軽めの仕事を任せます。同 僚にはしっかり睡眠をとり、家族との時間、息抜きを確保してもらいましょう。「期待」 という構成要素をひとことで説明すると、「チャレンジと回復」です。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.94

科学的に、組織の文化を検証する。

私の研究グループでは、米国のある消費者サービス企業の従業員112人を対 象に、神経生理学的データと、Ofactor データを収集しました。ザッポスの調査のように、 従業員に組織の「目標」について話し合ってもらうといった、文化を意識させるやり方を 取らず、無線センサーを使って仕事中の従業員から生理学的データを収集しました。さら に、ザッポスの実験と同様、血液サンプルも採取しました。このアプローチは、部門間の ばらつきに起因する組織文化の潜在効果を把握し、それらのデータをエンゲージメント の 測定値と関連付けるのが目的です。

その結果、この会社における信頼度の総合得点は低く、64.17 でした。それでもザッポ スと同様、職場への信頼を高く評価した従業員ほど、「喜び」が統計的有意な高さを示し ました。彼らは組織の「目標」との整合性や、仕事に対するやる気も高く、以前より生産 性が向上したと回答しました。信頼はまた、従業員同士の親密さを高め、慢性ストレスを 大幅に軽減しました。この会社では、組織の信頼度が上位4分の1の従業員は、下位4分 の1の従業員より、生産性が1%上回りました。

これらの結果は、私たちが収集した生理学データからも説明がつきます。全体として、 4人グループでの作業を終えた従業員はオキシトシンが9%上昇し、反対にストレス ホル モンは3%低下しました。この会社では、信頼が上位4分の1のグループと下位 4分の1 のグループに統計的な有意差が認められます。信頼度が上位4分の1の従業員は下位4分 の1の従業員と比べ、オキシトシンの上昇が228%上回りました。また、上位4分の1 の従業員は、下位4分の1の従業員と比べて仕事によるストレスからの回復もずっと早い ことも分かりました。仕事を終えた後の心拍数は155%高く、ストレ スマーカーACTHの血中濃度も221%早く低下したのです。この結果から、文化は私たちの生理機能に 影響を及ぼし、そこからさらに社会的行動や生産性にまで影響しているのが分かります。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.344

オキシトシンを出す文化ー「目標」をつくり、「期待」する

「目標」を明確にし、「期待」をかける

2007年のこと。当時、ワシントン D.C.の教育関係者は何十年もの間、教師として 最高の評価を受けてきました。たとえ、教え子たちに読み書きできない子どもが多くても、 実態とはかけ離れた評価が行われていたのです。その年、同地区の8年生 (日本の中学2年生に相当)で、 数学の学力テストの合格者は8%にすぎませんでした。生徒1人あたりの支出額が米国内 で3番目に高かったにもかかわらず、生徒の成績は低迷していました。当時のワシントン D.C. 市長のエイドリアン・フェンティーは、このような状況をなんとか改善しようと、 それまで市の教育委員会が握っていた教育行政の権限を吸収する形で「教育監」というポ ストを新設したのです。こうして2007年、フェンティーが初代教育監に任命したのが、 ミシェル・リーでした。リーは、「IMPACT」と呼ばれる新しい教員評価制度を開発しま した。

まず着手したのは、教師に対して「明確な業績への期待」を示すことでした。そのため、 具体的な目標を設定し、それらの達成度を評価する手法を規定しました。教師たちは初め て自分の仕事ぶりに対するフィードバックを得られるようになったのです。それらは、 ぐに行動に移せる具体的なものでした。これで、各学校の校長は業績目標に届かない教師 に対して、指導員を含むアシスタントを付けることが可能になりました。教員組合も、雇 用の保証が低下するのと引き換えに、0%の給与引き上げとともに、業績に応じた2万~ 3万ドルの特別手当を支給する新たな契約に合意したのです。その結果、業績目標に達し なかった教師計241人が解雇されました。わずか3年間で、コロンビア特別区の総合評 価は、リーディングが1%、数学が7%とそれぞれアップしたのです。

リーは、こうした「期待」の明確化の他に、成績不振の学校の閉鎖、早期教育やギフ テッドクラス「ギフテッド」とは同世代の子どもと比べ、知的能力がずば抜けて高い人を指す) の拡充、芸術や音楽の授業数を増やすなど、 数々の改革を行いました。児童の標準テストの得点が向上したことに、データの改ざんを 疑う向きもありました。しかし、組織の業績目標の達成に向け、実現可能で具体的な「期 待」の設定が不可欠なのは明白です。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.95

「期待」に応えるために、多様性をみとめる。

メンバー全員が仕事のやり方について意見交換ができる場合は、チームの業績も最大に なります。入社後まもない従業員にも、ぜひアイデアを出してもらいましょう。また、意 見を交換するときは、可能なら男女を同数にします。心理学、および経営学の研究結果 では、職場での意思決定の質や創造性の高い問題解決策は、男女混成のグループやさまざ まなタイプの人が集まったグループの方が優れていることが分かっています。内向的な人 や外向的な人、訥々と話す人やよどみなく話す人など、さまざまなタイプの人に参加して もらいましょう。多様性のあるチームにすることで、チームとしての知能指数 (IQ)は、 そのメンバーの平均を上回るという報告もあります。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.97

「期待」をフィードバックで支える

私の11歳の娘を生まれて初めてのスキーに連れて行ったときのこと。彼女に中級コース をチャレンジさせてみたものの、派手に転んで凍った雪面で手の甲を擦りむいてしまいま した。娘は泣いてスキーを続けるのはいやだと訴えます。私は聞き入れずに リフトに戻る ように言いました。娘はもう1度チャレンジしなければなりません。2回目は転ばずに滑 り切りました。ゴールに着いてニコニコしています。難しいコースをマスターしたことで 最高の気分を味わっているのでしょう。もちろん、もう1度やると言い出しました。脳の 報酬回路は、困難な課題を克服したときに活性化されます。こうして、チャレンジしたい という欲望が生まれ、達成感という報酬を得ることが繰り返されるのです。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のテレサ・アマビールは、さまざまな業種の従業 員によって記録されていた1万2000件に及ぶ日誌の内容を分析しました。そして、目 標に向かって進展があることが仕事で最も重要な動機付けになることを突き止めたのです。 仕事が特に順調なのは「期待」を達成したときだった人が8%に上りました。仕事が順調 だったのは、チームのメンバーが協力しあったときだった人は3%でした。また、偶然に も、チームが目標に向かって進展したとき、メンバーの気分が良くなったことも突き止め ました。それは、「期待」に関する神経科学の実験から得られたこと―困難な課題を克 服するのは楽しいことだという結論と重なります。同僚やチームが「期待」を達成する と、気分(ムード)は伝搬しますから、他の人たちも同じく高揚感を感じるのです。つま り、「期待」を達成することで、職場に喜びが生まれるのです。

具体的な「期待」を設定したら、上司による週に1度のフィードバックが必要です。 「期待」の設定を1週間単位に分割することで、リーダーは、目標達成に必要なリソース や人員、またはトレーニングを投入するタイミングを把握できます。週単位のミーティン グは、コーチングの観点からもぜひ取り入れたいものです(詳しくは第4章で説明します)。

私はミーティングのときに、よくこんな聞き方をします。「あなたの目標達成のために、 私に何か協力できることはありますか?」。すると、「私は大丈夫」とか「この仕事は自分 には無理」、「チームの作業効率がよくない」などと答えが返ってきます。意表を突いた答えが返ってくることもよくあります。問題が起きたら、とにかく行動することが大切。そうやって、ボトルネックを解消し、引き続きプロジェクトを進展させましょう。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.102

オキシトシンを出す文化ー人として信頼し、「委任」する。

2005年、ウィスコン シン州のある企業の製造工場が倒産の危機に瀕していました。 工業オートメーション装置を手がけるこの会社は、ニッチ市場で確固たる顧客基盤を確立 していたにもかかわらず、収益性が不安定なことから経営難に陥ったのです。結局、その 年、バリー=ウェーミラーに買収 されました。バリー=ウェーミラーの事例については 2章で触れています。バリー ウェーミラーが同工場を買収したのは、同社の企業ポート フォリオを補完するためでした。しかし、残念ながらこの工場の経営は行き詰まっていた のです。

買収後、工場は閉鎖され、経営陣は刷新されました。新たに就任した幹部らが最初に 行ったのは、全社ミーティングを開催することでした。そのミーティングで、新体制の顔 ぶれを紹介するとともに、新たな基本方針が明らかにされました。元いた従業員はその まま雇用すること、社名は変更しないこと、そして小さな地方都市にある事業所をそのま ま残すこと。親会社のバリー=ウェーミラーが望んだのは、この工場の古い文化を一掃し、 安定した収益性を確保することでした。新たな管理者たちは、従業員からみた同社の強み と弱みを一人ずつ順番に話してもらうことにし、その内容を書き留めていきました。そし て、機械工のジョーさん(仮名)の番になりました。彼は、そこで9年間勤務し続けてき た0代半ばのベテラン従業員でした。当然、自分の仕事のことは熟知しています。ジョー さんは、こうすれば製造効率を上げられるだろうと、自らのアイデアを次々に挙げていき ました。ところが辛かった出来事を思い出したのか、途中から涙声になってしまったので す。

ジョーさんが落ち着きを取り戻す間、部屋の中は静まり返っていました。彼いわく、実 は今話したアィデアのいくつかは、入社して1年が経ったあるとき、現場監督に提案した ことがあるとのこと。あるとき彼は、一部の製品の製造工程から無駄な工程を省けること に気付いたのです。「ぼくが今、話したとおりに工程を変えてみるのはどうでしょう?」。 ジョーさんは、当時の現場主任にそう提案しました。ところが、返ってきた言葉はつれな いものでした。「こっちはあんたの頭の中のアイデアにお金を払ってるんじゃない。とに かく手を動かせばいい。さっさと持ち場に戻ってくれ」。それ以来、ジョーさんは自分か ら提案することを一切やめました。それから5年が経ち、現場の工程を知り尽くしている ジョーさんの意見に、工場側はようやく耳を傾けたのでした。

2014年にシティグループが行ったある調査で、「委任」、すなわち意思決定の自由度 を上げてもらえるなら、0%の昇給を諦めてもいいと答えた従業員が半数近くに上ること が分かりました。現実に「委任」を求める人々は多いのです。あなたは、こうした声にど のように対処していますか? 『トラストファクター』ポール J・ザック p.122

「委任する」とは、試行錯誤を認めること

人類史上最も優れた科学者である、レオナルド・ダ・ヴィン チの話をしましょう。ダ・ ヴィンチは新しいことを試しては成果を評価することで、多くの領域で革新的なことを成 し遂げました。「委任」を使えば、組織の誰もがダ・ヴィンチになれます。ダ・ヴィンチ は技術革新を体系化するため、発見の7原則(「ダ・ヴィンチの法則」)を考案したのです。そのひとつ が「試行錯誤すること」。彼はこれを「dimostrazione」と呼びました。経験を通じて知 識をテストするとともに、失敗から学ぶことを重視する姿勢のことです。これだけでダ・ ヴィンチのようになれるのなら……もうお分かりですね。「委任」を使えば、リスクを抑 えつつ絶え間なくプロセスを改良することができます。ただし、新しいやり方を採用して も効果が出ない場合は、無理せず元の状態に戻しましょう。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.136

「委任」は、信頼の表現

「他の仕事がしたいとは思いません」。彼女はそう 言いました。「委任」の高い会社で、人のために役立つ仕事をすることにやりがいを感じ ていた彼女は、そのことにずっと満足してきたのです。 ・ ザッポスは、仕事の「委任」度が高い企業です。同社のコールセンター担当者は、困っ ている顧客のために何時間でも相談に応じることで有名です。ザッポスの窓口担当者は、 同社のショッピングで良い体験や不愉快な体験をした顧客に配慮して、花やチョコレート といったギフトを贈ることもあります。こうした心遣いは、上司の許可を受けずに、あく まで現場の担当者の判断で行われています。ザッポスの顧客ロイヤルティー担当は、必要 だと思えば、顧客との電話のやりとりに何時間でも対応します。そのサービス精神たるや、 すさまじいものです。最近も、電話対応に10時間超を費やした従業員がいたとか。ここま でレベルの高いサービスを提供するには、「委任」なしでは不可能です。 上からの指示待ち組織を、従業員が「委任」される組織にするにはどうすればいいので しょう? ポイントは、小さく始めること。たとえば、まずは1つの部署から導入してみ ましょう。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.141

自分が自分の仕事をコントロールすると、ストレスが減る

私たちが自分の仕事をコントロールできるようにすることで、ストレス ホルモンのコル チゾールの分泌を抑えることができます。 コルチゾールは、人体が慢性ストレスにさらさ れたときに放出される主要な化学物質で、長時間にわたって分泌されると、心臓発作の原 因となる動脈硬化や、血流にグルコースを大量に送り込んで糖尿病を引き起こします。ま た、コルチゾールは海馬を委縮させます。海馬は、経験したことを記憶に定着させるため の脳の重要な器官です。このように、慢性的にコルチゾールが高い状態が続くのは文字通 り「致命的」な影響を及ぼすのです。

同時に、自律的に仕事を進めることができない人は、自分は価値が低いと感じ、憂鬱な 気分になります。米国心理学会は心理学的に健康な状態をなす4つの構成要素の1つに自 律性を挙げています(他の要素は関係性、能力、自尊心)。十分な自律性は、心と身体の健 康だけでなく、仕事に対する愛着心にも不可欠なのです。 自律性の追求は、欧米での潮流とは限りません。途上国および先進国あわせての地域、 5000人あまりの管理者を対象に調査を実施したところ、「委譲」によって、個人の仕 事に対する満足度やモチベーションが高まることが確認されています。日々の作業時間の 融通がきき、最大の成果を上げるために仕事の優先順位を自分で決められることが理由で 「委譲」するということは、孤立して仕事をするという意味ではありません。むしろ、 「委譲」によって自己裁量が認められた人は、チームを自分でつくるか、既にあるチーム に加わり、そのチームにもたらす価値を明確に表明することが求められます。同時に、自 立した従業員は複数のチームの仕事をすばやく切り替えなければならないため、ソーシャ ルな連携も生まれます。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.157

 

「任せる」文化の具体例ープロジェクト

バルブ・コーポレーション は「委譲」の本領を最大限に発揮している組織です。バルブ は、「カウンターストラィク」「ハーフライフ」などのオンラインゲームの開発を手掛け ている会社です。バルブの従業員には、作業グループが割り当てられることはありません。 代わりに、キャスター付きのデスクが与えられます。彼らは、他の同僚たちがやっている プロジェクトを見て回り、自分が「興味」や「やりがい」を感じるプロジェクトに加わる のです。

同社の従業員マニュアルにはこんなタイトルの章があります。「もしも、やらかしてし まったら」。そこには、次のようなことが書かれています。「失敗する自由を与えることは、 (バルブの)重要な魅力です――もし、ミスをした従業員に罰を与えるようにしたら、一人 ひとりの従業員に多くを期待できなくなってしまうでしょう。たとえそれがやり直しの費 用が発生する失敗や、周りの人に知れ渡るような恥ずかしい失敗だったとしても、純粋に 学びのチャンスととらえましょう」

このようなフラットな組織では、従業員に上から仕事が割り当てられることは一切あ りません。上司は存在しないので、プロジェクトのリーダーは当番制です。『トラストファクター』ポール J・ザック p.158

「任せてもらいたくない」人は、解雇する。

「委譲」度の高い職場をつくるときは、適した人材を採用することが重要です。なぜな ら、従業員同士が協力し、互いに説明責任を負うための方法を検討する必要があるからで す。中には自己管理はやりたくない、あるいは関心がないという人もいるでしょう。 モーニング・スターで私が話しかけたある従業員も、自己管理は「考えることが多すぎ て」苦手だと言っていました。ザッポスでは 2015年に全社を挙げて「委譲」プログラ ムを導入しました。自己管理方式になじめないと表明した従業員には、いったん雇用契 約を解消し、3カ月ごとの契約更新を勧めました。実際に、14%がその通りにしました。 「期待」を明確に設定することで、「委譲」の文化になじまない従業員を特定し、彼らにト レーニングの機会を与えたり、あるいは早期退職金の支給を申し出たりすることもできます。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.159

「委譲」で積極的自己責任を問う

ブラジルの製造企業セムコのCEO、リカルド・セムラーは、「委譲」することを「従 業員を大人として扱うこと」だと表現しています。セムコは組織全体で徹底した民主主 義を貫いています。たとえば、意思決定は1人1票制で行われますが、セムラー自身も例 外ではありません。従業員は自分の時間をやりくりしながら、チーム メ ン バーと協力し てプロジェクトを完了させる責任があります。セムコでは、すべての会議が任意参加です。 「期待」は明確に設定されており、従業員はそこで勤務し続けるには、組織のために自分 が生み出せる価値を行動で示さなければなりません。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.161

管理職は、人を管理するのではない

PCメーカーの草分けであるKaypro の創設者アンドルー・ケィは、「委譲」 を導入する素晴らしい方法を開発しました。「われわれは、マネジメントについて、基本 的に命令や管理で人を動かすことではなく、教育や訓練を施すことだと考えている。コン トロールすべきはプロセスであり、社員ではない」 『トラストファクター』ポール J・ザック p.176

組織の開放性でオキシトシンを出すー多種多様な人を「思いやる」

マイノリティーを受け入れる

ダイバーシティとインクルージョン(多様性の受容と活用)は「オープン化」の強力な手 段になります。さまざまな意見を多数受け入れることは優れた意思決定につながるだけで なく、新たな洞察をもたらします。1960年から2008年までの米国における経済成 長の15~20%は女性とマイノリティが貢献したものとする試算もあります。つまり、女性 やマイノリティの意見は重要だということ。「オープン化」の文化を生み出すには、あら ゆる人の意見を受け入れる必要があります。あらゆる人々の意見に耳を傾け、情報を共有 することで、公正かつ民主的な職場を生み出すことができます。そうでない限り、誰もが 平等に仕事に従事できる職場だとは到底言えません。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.185

人が人を思いやれるしくみをつくる

社会的な生き物である私たちが人間関係を形成するのは自然なこと。ところがどういう わけか、職場に人間関係は持ち込むべきではないと教え込まれているのです。ギャラップ の調査によると、職場に良き友人がいると答えた人は、そうでない人と比べ、仕事に対す る愛着が強いことが分かっています。私がさまざまな分野の企業で実施したフィールド調 査でも似たような効果が確認できました。「思いやり」のある環境で仕事をしていると回 答した人は、生産性が高く、イノベーション能力も優れているのです。従業員同士が交流 し、互いに思いやる職場では、従業員のエンゲージメントや生産性が高まり、仕事に対す る喜びも増すのです。職場を1つのコミュニティと見なすなら、コミュニティをうまく機 能させるのが「思いやり」というわけです。

チームワークは、「期待」という挑戦的ストレスを伴うことで、オキシ ト シンの分泌を 促し、従業員同士の共感を高めます。「思いやり」を促す組織は、こうした強い反応を抑 制するのではなく、むしろ人間としての基本的な特性として活用しているのです。オキシ ト シンの分泌によって起こる共感は、倫理的な行動の基盤になるとともに、第5章で述ベ たとおり、従業員のとるべき行動を定めた長たらしい規則を減らす働きもあります。

職場で従業員同士の交流を禁ずるのではなく、他の従業員と知り合える時間を設けるこ とで職場における信頼が高まるというのは、MITメディアラボの調査でも判明していま す。たとえば、就業中にスナックや軽食を提供すると、集まった人々がリラックスできる 上に、オキシトシン の分泌も促されるため、ソーシャルな絆を生み出す可能性が高くなり ます。私たちが食事をしながらミーティングすることが多いのは、そんな理由があるので す。従業員同士の交流を促すには、卓球台を持ち込んだり、喫茶スペースを設けたりす るのも一案。人間には、お互いのことを分かり合いたいという欲望があります。ですから、 それを禁止するより、むしろサポートしましょう。心配はいりません。そのせいで、挑戦 的ストレスを伴う「期待」の達成がなおざりになることはないからです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.208

思いやりの文化は創造性を育む

グーグルは優秀な社員を引き留めるために、食事やレクリエーションといったサービス を無料で提供しています。

実は、それよりはるか以前の1930年代のこと、ウォルト・ディズニーがカリフォル ニア州にアニメーション スタジオを立ち上げたとき、既に同じことをやっていたのはご存 じでしょうか? ディズニーは 方4時になると、職場にビールを持ち込んで仲間と親睦 を深め、従業員のためにバレーボールのコートやソフトボール場を造ったり、オフィスに 卓球台を置いたりして自分も一緒になってスポーツを楽しみました。こうして、彼は、従 業員のことを心から気にかけていることを行動で示したのです(詳細は第1章を参照)。 ス タジオでは週に3日まで有給の病気休暇も認められていましたが、従業員に休暇の理由 を尋ねることはありませんでした。休暇は自由に取ることができて、高い給料が支払わ れ、すべての従業員を対象にした株式賞与制度もありました。ディズニーは寛容で「思い やり」のある文化をつくりたいと考え、一方、従業員もそれに応えて優れたパフォーマン スを発揮することができたのです。その成功は誰もが認める事実です。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.218

もっとも思いやりのない組織は?ー病院

最も思いやりの文化を構築しにくい組織として挙げられるのが病院です。もしも 3年前にさかのぼり、「患者の治療と思いやりは切り離すべからず」と宣告されたとしたら、医師の多くは困惑することでしょう。しかし、今日の管理医療(決められた予算の範囲で効率的に 「医療のサービスを提供する制度 )に特徴的な投薬中心の治療においては、人間性よりもテクノロジーを重視する 傾向が強まるばかりです。その結果、多くの患者がこうした治療内容に不満を持ち、また、 思いやりのないケアのせいで治療の効果も下がる(反対に医療過誤訴訟のリスクは上がる)と いう悪循環が起きています。

こうした問題に対処するため、マサチューセッツ総合病院の精神科医であるヘレン・ リースは、医者が共感することを学ぶためのプログラムをつくりました。このプログラム に従ってトレーニングを受けた医師は、患者による評価を受け、患者の不安をかなり深く 理解できるようになったことが分かりました。同時に、患者の症状が改善したことで医師 にとっても満足できる効果が得られました。同じような結果は、他の大学の医学部でも認 められました。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.222

ドラッカーのマネジメントも、おもいやり

ピーター・ドラッカーは、2002年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』に寄稿し た論文「アウトソーシングの陥穽」の中で、有能な人材は企業が競争に勝つために必要な 存在であり、大切にしなければならないと主張しました。そして次のように結んでいます。 「人生と仕事に成功をもたらす実践能力の中で最も重要なものは、共感力である」

つまるところ、分け隔てなく人を思いやることが重要なのです。アリゾナ州立大学サン ダーバード国際経営大学院の研究によると、意図的に「思いやり」のない扱い方をされた 従業員の2人に1人は、仕事に対する意欲が下がり、3人に1人は仕事の質が落ちること が分かりました。私たちは社会的な生き物であるがゆえに、「思いやり」のあるコミュニ ティに身を置くことがとても重要なのです。不躾で意地悪でガミガミ怒鳴り散らすような 配慮に欠ける行為は、相手の心や行動に長期間影響を及ぼすとも言われています。イライ ラすることは誰にでもあります。だからといってそのイライラを相手にぶつけるのではな く、何より一緒に働く人の人間性を認めるべく努めなければなりません。その姿勢を後押 しするのが「思いやり」 の文化なのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.

 

情報をオープンにすることでストレスを減らす

ある調査によると、会社の目標や戦略、手法について十分な情報が得られていると答え た従業員は3%にとどまっています。ところが、組織の意思決定の理由が分かっていると き、従業員のモチベーションや生産性が上がることが、数多くのデータから判明している のです。組織が目指す方向性を知らなければ、従業員が自律的に振る舞うことは期待でき ません。パイロットが離陸前にフライトプラン(飛行計画)を提出するのと同じようなこ とです。組織のフライトプランを従業員と共有している幹部は、旅の不安を軽減できます。 「委任」が、現場の従業員から上司に向けて情報の流れをつくることだとすると、「オープ ン化」は、上司から部下へと情報を広く共有しようと呼びかけること。この双方向の伝達 経路によって信頼が構築されるのです。

慢性腎臓病患者のための透析サービスを提供するダヴィータでは、「オープン化」を実 践するために、日々のホームルームミーティングの他、月に1度のタウン ホールミーティ ングを通じて、チームのメンバー同士のオープンなコミュニケーションを推奨しています。 ダヴィータのCEO、ケント・ティリも、定期的に社内電話会議を開催しており、「チー ムメート」(同社では従業員のことをこう呼びます)からの質問にその場で回答する様子は全 社で視聴できます。 「ダヴィータで「オープン化」がうまく機能している理由は、同社がすみずみまで行き届 いた情報共有の文化を構築しているからです。ダヴィータでは、それぞれの役割が決まっ ている各治療センターが「村」となり、他の村とのオープンなコミュニケーションを提供 しています。各村は独立した事業として運営され(「委譲」)、意思決定ではすべてのチーム メートが発言権を持っています。情報を広く共有することで、官僚主義が最小限に抑えら れているのです。これにより、地域の市場にスピーディーに対応(「委任」)でき、現場の 声を取り入れる環境も強化されます。チームメートは、センターごとに決められた成功評 価基準に基づき、定期的な利益配当を受けています。このようなオープンな文化が功を奏 し、ダヴィータの年間売上高は3億ドルに達しています。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.181

 

何が起こるか分からない不安定な職場にいることで生じる慢性的なストレスは、脳の特 定の部位に影響を及ぼし、モチベーションや認知力の低下を招く要因となります。不確実 性は、私たちに脅威が起こる可能性を過剰に意識させる原因になります。どこで何が起き てもおかしくないような状況下では、あらゆることに注意を払わなければなりません。そ のために他の脳のリソースが奪われると、集中力や生産性が低下するのです。未来の事象 を正しく判断したり、複数の情報の流れを統合したりする能力も失われます。不確実性は、 脳や身体を厳戒態勢に置きます。職場で言えば、解雇通知書を受けたときのような場合で しょうか。神経科学的な意味で言えば、不確実性に直面した時、私たちの脳は思考してい ないに等しいのです。当然ですが、チームのメンバーとしてまともに活動できる状態では ありません。

「オープン化」は、私たちに方向感覚を与えることで不確実性によるストレスを減らしま す。私たちの脳はパターン探しを好む器官です。パターンがないと、自分の周りの世界を 理解することができず、私たちはストレスに支配されてしまいます。組織がどこに向か おうとしているのかを把握するのは、とても重要なことなのです。同時に、その理由が分 かっていれば、従業員はこれから起こり得ることをモデル化することができます。これで、 認知的負担が軽減し、より効果的に作業を実行することができます。たとえバラ色の未来 でなくても、少なくともこれから何が起こるのかが分かれば、心の準備を整えることがで きます。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.194

オキシトシンの文化ー「学習機会」への投資

組織ではなく、人として成長しているか

人生を謳歌するには、社会の幸福のために行動することが必要なように、私たちが仕事 に没頭するには、仕事以外のスキルを身に付けることが必要です。このことは、さまざま な研究によって証明されています。もしあなたが、従業員に対して、業務のために身も心 も捧げて欲しいと願うなら、彼らの専門性、個性、精神面の成長にどのような相互作用が あるのか――私はそれを「全人的成長」と呼んでいます―を考慮する必要があります。

これは、哲学者や心理学者も認めていることです。アリストテレスは、人間の成長は実 用的な知恵を身に付けることでもたらされ、それが人類の繁栄の基盤となっていると唱え ました。また、カール・ユングからアブラハム・マズロー、マーティン・セリグマンに至 る心理学者らは、人間が生き残るには成長が不可欠だという通説を裏付ける証拠を示して きました。さらに、最新の神経科学実験の結果、私たちは、人生を豊かにする経験が重要 である理由について、さらに理解を深めるとともに、脳は絶えず変わり続けているという 事実を知るようになりました。

神経科学の分野で、ここ10年間で最も驚くべきニュースは、加齢による神経細胞の死は 避けられないとする従来の定説が覆されたことでしょう。確かに、一部の神経細胞は加齢 に伴って失われます。しかし、ソーク研究所のフレッド・ゲージらの研究グループが、成 人の脳で新しい神経細胞が生成されることを証明したのです。ゲージらは、非常に優れた 学際的なアプローチを使って、私たち人間が、たとえ白髪の高齢者であっても、脳内で新 しい神経細胞を生成することを突き止めました。このプロセスは、激しい運動や、頭をフ ル回転させることでも加速化される可能性があります。新しい神経細胞は、脳内のあらゆ る部位で生じるわけではなく、主に学習や記憶、情動に関連する領域で生成されます。『トラストファクター』ポール J・ザック p.242

フレッシュでいるために投資する

 「神経新生」と呼ばれる新しい脳細胞の生産は、健康な大人ならそれなりの頻度で発生し ます。ところが、脳細胞の生産が阻害される場合もあります。退屈さや、座ったままのデ スクワーク、慢性的なストレス、それに睡眠不足は、脳の働きを低下させる原因です。困 難でもやりがいのある仕事が脳に良い理由は、まさにこの点にあります。神経新生のメカ ニズムから見ても、高い「期待」を設定した後は、回復のための休憩やしっかり睡眠をと るなどの「オベーション」の時間を与えることが重要です。仕事は、私たちにとっていち ばん能力が試される課題であり、チームメートの力を借りて克服することもよくあります。 しかし、これだけでは「投資」を導く方程式の半分に過ぎません。もう半分は、家族の絆 を維持しつつ、自分がどこに向かい、何に取り組んでいるのか、じっくり考える余力を持 つことなのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.244

信頼のある組織の評価方法

グーグルは採用前の候補者に厳しい選考プロセスを課しています。それだけに、1度見つけた「ユニコーン」はなかなか手 放しません。同社では、期待通りの成果が出せなかった従業員を解雇する代わりに、社内 の業績ランキングで下位10%の従業員にスキルアップしてもらうための「投資」を行って います。それだけではなく、どの従業員にも、実にさまざまな研修機会を提供しています。 グーグルで社内教育プログラムを活用する従業員は、年間10万人超に上ります。さらに、 第3章で述べたように、グーグルでは、マネージャーの専門性の育成に関する議論と報酬 に関する議論は切り離されています。技能の獲得に報酬を結び付けることは学習の妨げに なるというのが、グーグルの元人事担当上級副社長であるラズロ・ボックの考え方です。

もしもマネージャーが「期待」を設定するとともに、目標を達成した従業員に「オベー ション」を実施しているのなら、従来の年次レビューは必要ありません。マネージャーが 従業員に「委任」と「委譲」で権限を与えている場合も、同じように年次レビューは不要 です。さらに、マネージャーが周囲の人に「思いやり」をもって接しているなら、給与に 的を絞った年次レビューも不要。これらに代わって登場するのが「全人的評価」なのです。 「全人的評価」では、今後の見通しをチェックし、目標到達度や必要とされる手順に着目 します。仕事の目標に加え、従業員の個人的、精神的な目標も評価します。私が言う精 神性とは仕事や家族以外のことすべてを指します。『トラストファクター』ポール J・ザック p.246

今いる組織で、あなたは生活の質を上げているか

信頼の高い組織は従業員のために奉仕する組織です。従業員はそのお返しに、組織 の目標達成に進んで協力します。あなたが勤務する会社が、あなた自身の生活の質を落 としているのなら、別の職場を探した方がいいでしょう。優れた文化を持つ組織が人への 「投資」に積極的な理由はここにあります。こうした組織は、従業員を1人の人間として 扱うことを約束しているのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.248

 

全人的評価を行うー「成長」しているか

「全人的評価」は、次の3つの質問をベースにします。

1 職業的に成長していますか? 

2 個人的に成長していますか?

3 精神的に成長していますか? 

このうちのどれか1つでも行き詰まると、従業員はフラストレーションを抱え、生産 力が落ちることは科学的にも証明されています。状況が行き詰まると、モチベーションは 下がり、パフォーマンスも落ちます。「全人的評価」の質問は自由形式にし、必ずプライ ベートな形で実施します。

マネージャーがこれらの3つの質問をするとき、ピーター・ドラッカーの次の言葉を念 頭に置きましょう。「今日の人事考課制度に忠実に従って、部下の弱みに焦点を合わせた りすれば、上司と部下との関係は破壊されてしまう」。代わりに、ドラッカーは1966 年の古典的名著『経営者の条件』で、従業員に対する内部規定にとらわれない、将来の可 能性を見据えた評価を提唱したのです。

将来を見据えた職業的成長を評価するには、私ならこう質問します。「私は、あなたの 次の仕事につながる手助けをしていますか?」。このような質問をとっかかりに、従業員 の専門的スキルの向上に組織が十分「投資」してきたかどうかを話し合うことができます。 その人の次の仕事は、今いる組織の仕事かもしれないし、別の組織の仕事かもしれません。 従業員がボランティアの形で、同僚のために別の就職先を見つける手助けをするのは、組 織にとって好都合なこともあります。新しい会社に移った元同僚と、同じプロジェクトで 共同作業する、あるいは数年後、別の職場で豊富な経験を積んだかつての同僚を再び元の会社に呼び戻す、といったこともあるでしょう。『トラストファクター』ポール J・ザック p.248

オキシトシンを出す文化ー「自然体」

「助けを求める」リーダー

 オープンソースソフトウェアの開発・販売を手がけるRed Hat のCEO、ジェームス・ イトハーストは、かつて次のように語っています。「自分が知らないことを正直に打 ち明けることは、実は思っていたのとは正反対の効果があることに気付きました。私自 身に対する信頼を構築する上で役立ったのです」。グーグルのチームマネージャー、マッ ト・サカグチも、チームの軋轢について話し合うために集まったあるオフサイトの会合 で、これと同じことを経験しました。マットは、数年前からステージ4の癌と闘っていま したが、体調が一向に良くならないと打ち明けたのです。彼のこの告白に促されるように、 チームメートもそれぞれが直面している困難を語り始めました。会合が終わるまでに、それまでの軋轢は解消し、マットは有能なリーダーとしてチームメートたちに温かく受け入 れられたのです。

他人に助けを乞うなど愚にもつかない話、ましてや相手の説明を求めるどころか、自 分から分からないことを聞くなんて、自分の弱みをさらけ出すようなもの――多くのリー ダーはそんな風に考えているようです。私の研究室の実験では、「自然体」の人を見ると オキシトシンが分泌され、組織の目標のためにより一生懸命取り組もうという気持ちに なることが分かっています。「自然体」のリーダーになるには、従業員の助けを求めるこ とを日々の習慣にすべきです。互いに協力するという、太古の昔から人類に備わっている 衝動を活用しない手はありません。「委任」と「委譲」を実施したときは、実際に部下に 助けを求めることが不可欠です。上から尊大な態度で結果を要求するのは恐怖による誘導 であり、明確な「期待」を設定しつつ支援を要請するのは、信頼による誘導です。半導体 メーカー、クアルコムのCEOスティーブ・モレンコフが、リーダーシップの資質として 特に大切にしているのは「(自分には)答えが分からない」と素直に認めることだと話して います。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.272

 

リーダーは、オキシトシンが足りないのが自然?

「自然体」の科学は魅力的です。男女ともにリーダーなど社会的地位の高い人は、慢性的 にテストステロンが高い傾向があります。第7章で述べたように、テストステロンは、身 勝手さを増し、共感力を弱めます。この2つの欠点は信頼を台無しにします。高いテスト ステロンの影響は行動だけではなく、心理面にも表れます。

背が高く筋肉質の人の脳は、若いころからテスト ステロンを吸収してきました。私は 「フォーチュン」に名を連ねる金融サービス企業の上級幹部を前にプレゼンテーション を行ったとき、彼らが男女ともに大柄だったことが強く印象に残っています。「ここは、 アルファ・メイルとアルファ・フィメイルたちの職場だ」――思い起こすとそんなことを 考えていました。アルファたちは組織の重役室に行けばどこにでもいます。米国では、男 性の14.5%が身長6フィート(約183センチメートル)超の人々で占められています。し かも、「フォーチュン500」企業の中で身長が6フィート超の男性CEOが占める割合 はなんと8%。組織のトップに立つと、「自然体」のリーダーとしての能力が落ちるのは、 ある意味やむを得ないことです。

このような生物学的な特徴を克服し、「自然体」リーダーを目指すにはどうすればいい のでしょうか? それにはまず、問題点を自覚することから始めます。自己認識は、反射的な行動を観察し修正する能力をもたらします。それには自分のことに夢中になる衝動を 自制する必要がありますが、そうすることは可能です。脳はエネルギー集約的な器官であ るため、脳の回路は変化を受け入れないモードに初期設定することでカロリーを節約して います。これが私たちの行動習慣を支える神経科学的な根拠です。習慣を変えることは簡 単ではありませんが、意識的な努力と、それに対するまわりからのフィードバックがあれ ば達成できます。あるいはマイケル・デルのように、古い習慣を新しい習慣に置き換える ために、エグゼクティブコーチをつけるという手もあります。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.274

 

ミスを認める。

ミスを認めることは信頼できる人かどうかの証になります。大統領時代のビル・クリ ン トンが、モニカ・ルィンスキーとの関係を記した宣誓供述について大陪審で問われた 際、苦し紛れにこう証言しました。「それは is という言葉がどういう意味かによる」。ま た、リチャード・ニクソンは、ウォーターゲート事件の責任を問われると、他人事のよう に「過ちが犯された」という表現を使っていました。対照的に、スティーブ・ジョブズは、 「革新的なことをしていると、たまに過ちを犯す。いちばん良いのは、すぐその過ちを認 めて、次の革新を急ぐことだ」と発言しました。安心感があるのはどちらのリーダーで しょうか。信頼や自信を呼び起こすのはどちらのリーダーでしょうか。ピーター・ドラッ カーは次のように述べています。「地位は特権や権力を与えるものではない。それは責任 を課すものだ」

ひとつ重要な注意点があります。それは、欠点を隠さないリーダーが信頼を生むのは、 その人物が有能だと見なされている場合に限られるということ。無能なリーダーが部下に 助けを求めても、信頼感を損ねるだけです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.276

他者への敬意を払う

『ハーバード・ビジネス・レビュー』が行った世界的な調査では、リーダーが他者に敬意 を払うことは、組織の目標に対するコミットメントに影響を及ぼす、最も重要なリーダー シップ行動であることが明らかになりました。 「自然体」のリーダーは、相手に不快感を与えることなく、高い「期待」を設定します。 ネットフリックス のCEO、リード・ヘイスティングスは、同社には「頭のいいろくで なし」は要らないと宣言しています。誰も一緒に働きたがらないような人がいると、結 局「効果的なチームワークにするためのコストが高くつく」という理屈です。ヒューレッ ト・パッカードの元CEO、カーリー・フィオリーナも「人の神経を逆撫でする人は成功 しない」と語っています。 トミーティングを定時に開始・終了させるのも、リーダーが従業員に敬意を示す1つの方 法です。私も数年前から実行するようにしました。すると、他のことまでスケジュールど おりこなそうと心がけるようになったのです。既にあなたが部下に権限を「委譲」してい るなら、ミーティングは極力短くし、さらには参加をオプションにすることでも従業員に 敬意を示すことができます。『トラストファクター』ポール J・ザック p.285

オキシトシンの出る文化ー「喜び」

「喜び」がない仕事は業務でしかない

神経科学では、信頼の高い組織かどうか予測するとき、信頼と「目標」を組み合わせる と、仕事の「喜び」になる――という、一見何のことやら分からない説明を使います。私 の研究室をはじめ、さまざまな機関による実験結果から、信頼性の高い文化の中で仕事を すると、喜びが緩やかに増加する仕組みが明らかにされています。信頼は、オキシトシン とドーパミン の相互作用によって「喜び」になり(第2章を参照)、信頼されたチームのメ ンバーがそばにいるだけでも気分が良くなるのです。他者から信頼されることは、慢性的 なストレス レベルを下げ、「喜び」の障害を取り除くことにもなります。さらに、社会の ために組織が生み出す価値を理解するのも、オキシトシンの分泌を促すもう1つの要因で す。他者を助けることは――それが遠くにいる相手であっても――強力なオキシトシン ブースターの役割を果たします。 「科学は、これまで多くの組織が見落としてきた重要な点を浮き彫りにしてくれま す。組織は、従業員を無理に幸せにしようとしなくてもいいのです。「喜び」は、「目 標」に向かって、信頼できる従業員とともに力を合わせた結果、得られる成果なのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.300

「目標」がなければ「喜び」はない

デロイト/ ハリス世論調査の調べによると、企業の「目標」が世界的なピンチに陥っています。従業員の68%、経営幹部の66%が、組織があまりに無策で「目標」のある文化が 生み出せていないと回答したのです。

興味深い結果も出ています。「目標」の高い組織で働く従業員に質問したところ、「会社 が過去に好業績を上げたことがある」と答えた人は91%、「会社の顧客サービスが非常に 優れている」と答えた人は94%、「自分の仕事に満足している」と答えた人は79%に上ったのです。

一方、「目標」の低い組織の場合はどうでしょう? 「過去に好業績を上げたこ とがある」は66%、「顧客サービスが非常に優れている」は63%、そして「自分の仕事に 満足している」が19%という結果です。「組織の『目標』について知っている」と答えた 人に至っては、回答者の2人に1人だけでした。 「目標」のパワーを活用するには2つの行動を実践しなければなりません。まずは組織の 「目標」を特定し、それを簡潔に表現すること。次に、従業員がその「目標」を確実に体 験できるようにすることです。多くの企業は「目標」、すなわち企業理念を箇条書きにし ています。これについては後ほど述べるとして、「目標」は、要点を短い語句でまとめる よりも、ストーリー仕立てにするほうが、より効果的な場合もあります。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.302

「目標」をストーリーテリングする

これまでの研究で明らかになったことですが、そうした物語に刺激されて脳がオキシト シンを生成すると、私たちには主人公に共感し、登場人物のようになりたいという願望を 抱き、態度や考え方、それに行動を真似ようとする性質があるのです。言ってみれば、物 語はそうやって私たちの脳を「ハック」することで、人間には新たな高みに到達する能力 があることを教えてくれるというわけなのです。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.306

ストーリーを体験する

ウォルト・ディズニーが生み出したテーマパークの「目標」は、訪れる人々に幸福を与 えることでした。この「目標」は、オリエンテーションの初日にキャスト間で共有され、 その後も映像やニュースレターを通じて繰り返されます。リーダーもそのストーリーを共 有しています。キャストたちは本来の役割にかかわらず、ごみを拾い、バースデーピンを 付けたゲストを見かけたらお祝いし、ゲストからの質問に答えます。なぜなら、その一つ ひとつの仕事に、「地球上で一番ハッピーな場所」で働くことの意味が込められているから。ディズニー・パークスの従業員は、なんと園内を歩き回るだけで「目標」を体感できるというわけです 『トラストファクター』ポール J・ザック p.309

消費者も、「目標」に参加できる

「目標」ストーリーを使ってビジネス目標を明確に描き出すことを、「ストーリードゥー イング (storydoing)」と呼ぶ動きもあります。

トムス シューズが展開する「One for One」 モデルは、ストーリードゥーイングの好例 です。同社では、顧客が靴を1足購入するごとに貧しい地域の子どもたちに1足寄付して います。つまり、顧客はトムス シューズの靴を購入して同社の「目標」ストーリーに参 加しているのです。そのストーリーは、子どもたちや貧困、善意に関するもので、トム ス シューズのエコシステム全体に通じるテーマとなっています。同社は最近、アイウェ ア(眼鏡)分野に参入し、「One for One」型のアプローチを使って、子どもたちの視力 改善にも取り組んでいます。トムス シューズ はいまやスニーカー会社から、「ストーリー ドゥーイング」企業へと転身を遂げています。『トラストファクター』ポール J・ザック p.313

金よりビジョン、喜び

ピーター・ドラッカーは晩年、営利企業は非営利企業から学ぶべきと主張しました。非 営利組織は「目標」の文化の上に成り立っているからです。ボランティアは「目標」の正 しさを信じるがゆえに、非営利組織の仕事に関わろうとします。それならば、営利目的の 企業も同様に、自発的な従業員に参加してもらえるようにすべきでしょう。ドラッカーの 言葉を借りると、「必要なものは金よりもビジョンである。機会、活力、目的意識である」。 株価が上がって嬉しくない人はいません。しかし、長期的なモチベーションを得るには 「目標」が必要です。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.321

目標と信頼が喜びを生む

3つ目の方法は、信頼と「目標」の関係性を評価するため、米国内の就労者1095 人を対象に収集したデータを分析したものです(この調査については、第1章で詳しく述べま す)。調査では、8つの OXY TOCIN 因子の他、チームメートへの信頼、さらに組織 が「目標」をどの程度設定しているかを評価し、それらの結果をもとに、「信頼×目標」 と「喜び」の相関係数を求めました。「喜び」 の度合いは、「普段の日は、仕事をどのくら い楽しんでいますか」と質問し、5段階評価で測定しました。その結果、「信頼×目標」 と「喜び」の間に0.77 という高い正の相関関係が示されたのです。

これらの3つの調査は、それぞれ異なる方法論を用いたものですが、「目標」と信頼が 「喜び」を生むことが裏付けられました。それとともに、高い「目標」を掲げる組織は業 績も向上したことを示す証拠も得られました。『トラストファクター』ポール J・ザック p.322

「文化にふさわしい人」を選ぶ重要性

最後に、ザッポスの実験の話に戻りましょう。私たちは従業員を2つのチームに分け ました。そして片方のチームをさらに4人ずつのグループに分け、彼らにザッポスの「目 標」について話し合ってもらいました(チームA)。もう片方のチームもやはり4人ずつの グループに分け、同社が拠点を置く地元ラスベガスの小売売上高について、新聞記事を もとに議論してもらいました(チームB)。私たちは議論の前後に採血をし、被験者にアン ケートを実施。さらに、議論の開始から終了までと、仕事関連のタスクをこなしてもらっ ている間にも神経科学的データを複数回にわたって収集しました。

分析の結果、チームAは肯定的な感情が基準値を10%上回り、反対にチームBは肯定的 な感情が基準値を3%下回りました。また、チームAは、同僚に対する親近感が16%向上 したのに対し、チームBは7%低下しました。特に注目すべき点は、ディスカッション の 間、チームAの心拍数は基準値を超えたものの、チームBを44%下回ったのです。つまり、 ザッポスの「目標」を議論している間、チームAの面々はいたって平静だったというわけ です。それだけではありません。被験者が周りの従業員に親近感を感じているとき、生産 性が15%高くなることも分かりました。

それでは、文化との親和性についてはどうでしょうか。神経科学的データに加えて、私 たちは各被験者の愛想の良さや温かさといった性格特性に関する情報も収集しました。こ れらのデータを用いて、測定された生産性をもたらした要因として、「(性格的に)ふさわ しい人を採用した」からなのか、ザッポスの「目標」を議論したからなのか、それぞれの 割合を突き止めることができたのです。その結果、生産性の55%が友好的で社交的な人物 の採用によるもので、45%は「目標」によるものと判明しました。

この実験から分かったのは、少なくともザッポスでは、組織文化が従業員をやる気にさ せ、生産性を高める有効な手段になっているという事実です。つまり、誰を採用するかだ けでなく、文化も同じく重要だということ。したがって、採用の際は、候補者自身の目的 意識と組織が掲げる「目標」の相性を評価すべきでしょう。2つの相性が合えば、その候 補者は、エンゲージメントの高い従業員として、同じ組織に長期間勤務する可能性が高く なります。さらに、そのような候補者なら、提示される給与が他と比べて低くても、「目 標」の高い職場で働く喜びを選ぼうとします。実際、ある実験で、複数の組織に被験者 をランダムに割り当て、双方の「目標」がうまくマッチする場合とそうでない場合で、被 験者の生産性にどのような違いが出るかを調べました。すると、前者の生産性は後者を72%上回ることが分かりました。要するに、ふさわしい人材を信頼性の高い文化に受け入 れ、その文化に「目標」を組み込むことで、最高のパフォーマンスが生まれるのです。

ス ティーブ・ジョブズはかつてこう語りました。「素晴らしい仕事をする方法はただひとつ。 その仕事を好きになることだ」 『トラストファクター』ポール J・ザック p.325

よろこびがもっとも低い組織ー政府組織

Ofactor を使った全国的なサンプル調査の結果には、地方や州、連邦政府の機関に勤務 する回答者105人から得たデータも含まれています。サンプルの規模が小さいため、研 究結果が完全に信頼できるものだと言い切れない部分はありますが、それでも、おおむね 想定の範囲内と言えるでしょう。

信頼は、営利企業より非営利組織のほうが高いものの、政府機関の職員に対する組織の 信頼はおおむね低く、67.43 という結果でした。各 OXY TOCIN 因子の平均値も、政 府機関は民間企業と比べて軒並み低く、下から、「オベーション」が63.14、「思いやり」 が67.29、「投資」が67.43 という順番でした。唯一好ましい結果は、「目標」が営利企業 を上回る76.29だったこと。それでも、非営利組織の「目標」の高さには届きません。結 局、この3つのセクターのうち、政府機関における「喜び」の平均値は最低の75.43 でした。

「政府機関の回答者から得たデータは、貧弱な組織文化を反映するもので、成果指標の測 定値は営利企業の測定値を全面的に下回りました。これらの差は、政府職員のサンプル数 が少ないことによる統計的差異ではなく、実態を示しています。つまり、政府機関の組織 文化には、固有の問題が内在しているのです。このように解析すると、文化が刷新されれ ば、政府機関の業績も改善されると予測できます。 『トラストファクター』ポール J・ザック p.341

世界で一番不幸な国、モルドバ。『残酷すぎる成功法則』

残酷すぎる成功法則

あなたはこれまでに、自分は今世界で最も惨めなところにいる、と 思ったことがあるはずだ。それは小学生のころかもしれないし、嫌な仕 事をしていたとき、またはツキに見放された日のことだったかもしれな いが、これ以上の不幸はないという状況に置かれていると感じた瞬間が あっただろう。だが、あなたがモルドバ共和国にいたのでないかぎり、 それは科学的に正しくない。

〝幸福学研究のゴッドファーザー〟として知られるオランダの社会学 者、ルート・フェーンホーヴェンは「世界幸福データベース」を主宰し ている。同氏が幸福度の見地からすべての国を精査したところ、最も幸せからほど遠い国になったのがモルドバだった。

元ソ連に属していたほとんど無名の国が、この疑わしくも不名誉な地 位を得た根拠は何か?

モルドバ人はたがいをまったく信用しないということだ。モルドバ人 の生活のほぼすべての面で信頼が欠如している。作家のエリック・ワイ ナーによると、あまりに多くの学生が教師に賄賂を渡して試験に合格す るので、国民は、三五歳以下の医者にはかかろうとしない。医師免許も 金で買っていると考えられるからだ。

ワイナーは、モルドバ人の意識を一言で表した──「私の知ったことで はない」。 

この国で、集団の利益のために人びとを一致団結させることはとうて い不可能だ。誰も、他者の利益になるようなことをしようとしない。信頼感、協調心の欠如は、この国を利己主義のブラックホールに変えてしまったのだ。

「みんながそれをしたらいったいどうなるの?」と母親に言われた子は ふつう、「だって、みんながするはずないもの」と答える。しかし本当 にそうだろうか? 職員が利己主義なために業績を落とした会社や部署はざらにあって、調査もそれを裏づけている。人びとの不品行は感染性 だ。瞬く間に蔓延し、じきに誰もが悪だくみをするようになる。

ベストセラー作家としても知られるデューク大学教授ダン・アリエ リーの研究によると、誰かがズルをして逃げおおせるのを見ると、やが て皆がいんちきをするようになる。ズルは社会通念として容認されたと 考えるようになるからだ。これは、私たちにも通じる話だろう。たとえ

ば、あなたは運転するとき、速度制限を四六時中守っているだろう か? 守らないときがあるとしたら、それはなぜか? その答えは、道 徳にまつわる古い冗談のようなものだ。つまり、行いには「良いこと」 「悪いこと」「皆がやっていること」の三つがあるからだ。誰かがズル をしても咎められないのを見れば、大丈夫なんだと思う。自分だけが規 則を守ってばかを見たくないのだ。

周りの者が信頼できないという考えは、自己達成的予言になるとの研 究結果がある。あなたは皆がいんちきをすると仮定し、人を信じるのを やめる。その後は努力をしなくなり、ひたすら下方スパイラルに入る。 仕事のチームに悪い従業員がたった一人いるだけで、チーム全体の業績 が三〇~四〇%低下するという。 

たしかに個人的なごまかしは利益をもたらすかもしれない。しかし、 ほかの人もごまかすようになるのは時間の問題だ。そして誰もが泣きを 見ることになる。詰まるところモルドバのような利己主義な文化が構築 され、公共の利益に貢献する人びとからもたらされるはずの価値が微塵 もない状況になる。モルドバの調査を行ったフェーンホーヴェンは言う。

「社会の中であなたが置かれている場所より、社会の質のほうが重要 だ」

その理由を、ミシガン大学政治学教授のロバート・アクセルロッドが いみじくも説明している。 「利己的な人は、初めは成功しそうに見える。しかし長い目でみれば、 彼らが成功するために必要とする環境そのものを破壊しかねないのだ」 要するに、マキャベリ的に策略に長けて利己的になり始めれば、いず れは他者もそれに気づく。あなたが権力の座に就く前に彼らに報復されれば、形なしだ。またたとえ成功しても、問題を抱えることになる。あ なたは、成功への道はルールを破ることだと示してしまったので、周囲も同じことをする。そうして、自分と同じような捕食者、他人を利用する者をつくり出すことになる。

一方で、善良な人びとはあなたの下から去っていく。波及効果が広が り、職場はあっという間に働きたくない場所になってしまう。そう、 ちょうどモルドバのように。ひとたび信頼が失われると、何もかもが失 われる。ある調査で、職場、運動チーム、家族等、さまざまな関係で周 囲の人に最も望む特性は何かと尋ねたところ、答えは一貫して「信頼 性」だった。

長い目で見ると組織内で利己主義はうまくいかないのだ。努力を極め て成功を成し遂げることは、じつは利己主義を超越し、周囲と信頼し合 い、協力関係を築くことを意味する。皮肉な話、たとえ犯罪者が悪事で 成功するにも、このことは鉄則だ。

海賊は民主的・平等社会を実現していた。「海軍に入るより、海賊であれ」の含意?

これは決して新しい現象ではない。何百年も前に、メンバーがたがい を気遣う犯罪集団が繁栄していた。犯罪組織内の協力を示す最高の歴史 的事例は何だろう? それは肩にオウムを止まらせた海の盗賊だ。

海賊はなぜ長きにわたって成功したのだろうか。それは手下を丁重に扱ったからだ。彼らは民主的で、たがいに信頼し合っていた。しかも経 済的に健全で、その状態を維持できるシステムを築きあげていた。

知恵に長けた公海上のビジネスマンは、皆が皆、眼帯をしたサイコパ スだったわけではない。それどころか、スコットランドの作家で黒髭に 詳しいアンガス・コンスタムによると、かの伝説の海賊は、生涯を通じ て一人も殺していないという。また、捕虜が船体から突きだした板の上 を歩かされたという記録もただの一つもない。

ではなぜ、海賊は極悪非道な野蛮人だというイメージがあるのか。そ れはいわゆる「マーケティング」だ。いちいち交戦するより、人びとを 震えあがらせて即降参させるほうが手っ取り早く、経費もかからず、安 全にことを運べる。そこで彼らは聡明にも、野蛮で残忍なイメージをつ くり出したというわけだ。

とはいえ、海賊が皆心やさしかったはずはなく、黒髭もロビン・フッ ドだったわけではない。たがいに協力し合ったのも利他主義からではな く、そのほうが稼業の理にかなっていたからだ。成功するにはルールと信頼が必要だと心得ており、イギリス王室海軍や、最大利益をあげるた めに船員を搾取する商業船での暮らしより魅力的でより公平なシステム を築くにいたった。ピーター・リーソンが著書『海賊の経済学』(NT T出版)で述べているように、「世間一般の見方と異なり、海賊の生活は規律正しく、真面目」だった。

じつはあなた自身も、心情的には海賊に近いかもしれない。威張りち らす上司に疲れ、いっそ独立したいと思ったことはないだろうか? 誰 だって会社の運営に口を出す権利があると思ったことは? 会社には従 業員の面倒をみる義務があると思ったことは? あるいは、人種差別は ビジネスに無用だと思ったことは? おめでとう! あなたは海賊だ。

刑務所ギャングと同様に、海賊も元々悪事を働くために結成されたわ けではない。むしろ悪に対処するために作られたと言ってもいい。当時 の商業船のオーナーは独裁者で、船長は日常的に職権を乱用していた。 船員から戦利品の分け前を奪い、逆らえば処刑した。こうした略奪への 対応と、上層部に痛めつけられずに航海したいという船員たちの思いか ら海賊は誕生したのだ。 

海賊船はすこぶる民主的なところだった。すべての規則は全員一致で 承認されなければならない。船長は、何か理由があればその地位から下 ろされるので、暴君からしもべのような存在に近づいた。唯一、船長が 全権を掌握できたのは、生死に関わる即断を強いられる交戦中のみだった。

要するに海賊は、人びとが喜んで働きたくなるような〝会社〟を形成 するまでになっていた。船長が受け取る金額がほかの船員より著しく多 いということもなく、ピーター・リーソンが述べているように、「最高 賃金と最低賃金の差は、せいぜい一人分の賃金ほどだった」。また、船 長に途方もない役得があるわけでもなく、寝床の大きさも、食事の量も、ほかの船員と変わらなかった。

しかも〝海賊社〟は、船員に数々の利点を与えた。勇敢に戦ったり、 標的船を最初に見つけたりすると報奨金がもらえた。戦闘中に怪我した者は、被害届を出せば、補償制度によって一定額の手当てがもらえた。 こうした人事制度は非常に好評で、史料によると、海賊は人材の補充に まったく苦労しなかったようだ。片や、英国海軍は兵士を確保するため に強制的な徴兵に踏み切らざるを得なかった。

〝海賊社〟が近代的だったのはそれだけではない。なんと人種的多様性 まで推進していた。社会的に認められ、法で定められるより何百年も前 のことだ。海賊に道徳的な見識があったわけではない。人びとを平等に 扱ったほうが商売がうまくいく、ただそれだけの理由だった。

だがこの進歩的な取り組みは、人材を発掘し、また優秀な人材を維持 するうえで大きな強みとなった。平均的な海賊船で、船員の二五%が黒 人だったと推定されている。さらに、人種に関係なくすべての船員が船 のさまざまな問題に関して投票権を持ち、賃金も均等に分配されてい

た。まだ一八世紀の初頭で、アメリカが奴隷制を廃止するじつに一五〇 年も前のことである。

経済学者たちは、海賊のビジネス手腕に舌を巻く。ピーター・リーソ ンは論文『海賊組織の法と経済』のなかで、「海賊の統治法は、船員に 十分な秩序と協力関係を行き渡らせ、それにより海賊は、史上最も洗練 され、成功した犯罪組織になった」と述べている。 というわけで、周囲の人びとを大事にするほうが、利己主義よりはる かにうまくいく──たとえ悪事が目的である場合でさえ。

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