発達心理学と音楽ができる塾

音楽はotononeの原点です

音楽をやっていなかったら、校舎を移動させられるたびにその校舎の生徒数が激減するような先生に、私はなれなかったことでしょう。私は本気で音楽をやっているので、人の心をたくさん学ぶことができました。otononeで一緒にはじめてみませんか?

ピアノを譲ってくれる方、いませんか!?

ピアノのない音楽教室

ピアノも教えられますが、otononeには今、ピアノがありません。コドモには電子ピアノでなく本物のピアノを弾いて欲しいのですが、ありません。お母さんたちから「ピアノは教えないんですか?」とよく聞かれます。ピアノがやってきたら、お知らせします。

これまでに私からでてきた音楽です。どうぞ聴いてみてください。

インドネシアで芸術家たちと出会いながら、芸術が学校の中に取り入れられている様子、日本とは違った学校の様子を撮影してきました。

こんな学校を作れたらいいな、勉強ばかりの高校じゃ、つまんないなと、otonone-オトノネ-は考えています。

私の音楽歴

ピアノやギターで自分の感情を出していただけだった

最初に音楽を教えてくれたのは中学校の友達でした。

学校にあるピアノを弾いていた友達に感動して「教えて!」といいました。

その曲がベートーヴェンの月光です。

それから音楽となぜか付き合いが多く、高校生の時ひきこもっていた折、路上でギターをひいたり、

大学生ではバンドをしていました。

ギターボーカルをしていましたが、音を合わせる、音を聞くことが苦手で、自分の表現だけになっていたと、今振り返っても思います。

ストレス発散のために、演奏をしていたようなものです。

他の人の感情を感じて音楽を作る

大学卒業後、縁があって韓国で作曲をすることになりました。

演劇の台本を読んで、人物や舞台の心を俳優や観客に伝えるための音楽です。

セリフしかない台本から多くの言葉の裏にある気持ちの動き、舞台全体が変わろうとしている旋律を音楽にする仕事です。

台本の人物の心を言葉にする俳優の心を支える音楽をつくってきました。

ト書きにあるちょっとした動作からどんな音楽が出てくるか。

何気ない一言がどれだけ重たい気持ち、心を表しているか。

台本を見ながら感じ取って音楽を作る仕事です。

孤独であることに気がついた

大学生の時から、音楽を誰かと一緒につくる経験をしてきませんでした。

他の楽器の音が、自分の楽器の音のためのBGMのように聞こえていました。

どうやら私は音楽を誰かと一緒にできない人間のようでした。

音楽って、本当にそれでいいのかな?

ずっと私の中で「違和感」でした。

グンデルに出会って、音楽が変わった

たまたま日本で出会ったインドネシア人の友達の家を訪ねた帰り、たまたまバリ島に行きました。

バリ島の音楽はどんなんだろうとおもって、たまたま大学の先生に会いました。

その先生が、グンデルを私に聞かせてくれました。

というか、演奏したこともないグンデルを、その先生と一緒に演奏しました。


「ああ、ここにあったんだ」とおもいました。


グンデルという楽器は一台では、演奏者が一人では不完全な音しか出しません。

相手の音を聞いて、自分の音も合わせて、織り込んでいきます。

先生と一緒に演奏した時の驚き、感動、「誰かと一緒に音楽をしている」時間を、バリ島で初めて経験しました。

そうしてバリ島でグンデルを習って、現在、コドモたちと音コミュニケーションをしています。

音楽教室otononeは、音コミュニケーション教室です。

バリ島で習って来た曲のリストです。

曲名: pakang raras(パンジー物語にでてくるララスさん)

曲名: cecak megelut

曲名: cerucuk punyah

曲名: sekar sungsang(さかさまの花)

曲名: bima kroda (ビマ神の怒り)

曲名: sekar taman(花の庭)

グンデルとは?

インドネシアの楽器。青銅でできている。パングル(叩く棒)を1人で2つ使うのは青銅楽器のなかでも珍しく、現地の人にとってもグンデルは難しいという。彫刻されているのは獅子。二人で一つの音をつくる。バリ島では小学生から高校生まで、グンデルを放課後に習いに行く人がたくさんいる。先生もたくさんいる。グンデルの音が必要な場所が社会の中にたくさんあり、コドモたちもオトナと一緒に地域を作っている感じがします。