ピアノの歴史は、演奏家の歴史です

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日本の音楽家と海外の音楽家の違い

ある日、東京の池袋で音楽祭をやっているという話を聞いて、行ってみました。屋内、屋外、いろんな場所で音楽をしていました。この時、海外の音楽家と日本の音楽家の「音」に大きな違いがありました。

なんだとおもいますか?


海外の音楽家たちは、音をこっちに出してくる、誘ってくる、コミュニケートしてきました。

日本の音楽家たちは、正しく、正確に、練習室でやったベストを再現しようとしていました。

音楽教育の違いが、音楽家の演奏する音に出てきているとおもいました。

また日本のクラシック音楽の演奏家は野外で演奏することに不慣れでした。

練習室でかしこまって、試験や発表会のために練習しているわけですから、野外は不得手です。


日本では「音大に入るためのピアノ」簡単に言えば「正確に弾くピアノ」が評価されます。

どれだけ技巧を身につけて難しい曲を弾けるか。機械的な操作を“まず最初に”求められます。

一方で海外の音楽教育はシュタイナーやコダーイ、バルトークのように音楽を感性に近づけて弾くことを追求した人もいます。

また音楽は西欧の日常、喋ることと変わらない日常さでだれもが音楽で人と関わります。

文化が違います。演奏家が変われば、ピアノも変わります。


ヨーロッパの「クラシックピアノ」の歴史

バッハの時代のように、ピアノは教会で賛美歌を歌うの伴奏として長く使われてきました。

ピアノは独奏楽器です。

それから時代が進んで、有名なベートーベンが生きた時代、楽譜が現れて、貴族の家に「楽譜」があることが一つのステータスになりました。

ピアノが貴族の教養として、多くの音楽家がプライベートレッスンを受けていた時代です。

作曲家、音楽家たちも、どうやったら生徒がたくさんくるか、有名になるかを競い合いました。

共演するとしても、競演です。

ピアノは人と競い合う楽器です。

ピアノは孤独な楽器です。

例えばヨーロッパのケルト民族の音楽にはピアノではなくアコーディオンが使われます。

ピアノは一般の人が使えるほど、安いものではないし、管理も大変なのです。

ピアノは高価な楽器です。

産業革命を通じて、鋼鉄の弦を手に入れ、音が変わりました。

それでもピアノは孤独でした。

オーケストラの中でピアノが使われることもありました。それもピアノを引き立たせるための演出であって、コミュニケーションではありません。

これがヨーロッパで生まれ育ったピアノの歴史です。


民族音楽が「ジャズピアノ」を生み出しました。

場所も時代も変わって、アメリカ。

ジャズです。ここでピアノは生まれ変わりました。

アフリカの音楽のエッセンスを西洋の楽器に込めたのがジャズです。

アフリカの音楽は合奏する、演奏者がコミュニケーションをする音楽です。

こうしてクラシックピアノとは別に、ジャズピアノというピアノの歴史が始まりました!


ピアノが置かれている場所を想像してみてください。

コンサートホールのステージの上で一台だけ置かれているクラシックピアノ

酒場や人通りのある場所でいろんな人や楽器に囲まれているジャズピアノ

同じピアノでも全然ちがいますね。

ガムランはガムランで、一人ではできないコミュニケーション主体の楽器です。

音楽を習って、音楽から学んで、どんな場所で、どんな音楽をしてみたいですか?

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