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カラダと心

眠りたい。
食べたい。
何もしたくない。
行きたくない。
スマホをいじりたい。
夜更かししてしまう。

心が疲れているとき
ワルイ感情に押しつぶされているとき
カラダがメッセージを送ってくれる。
カラダは心とつながっている。
心のメッセージをカラダが伝えてくれる。

「助けて」

カラダは心に反応する。
ごくごく自然に。
うれしいときに、笑顔になるように。
こわいときに、こわばってしまうように。

「行進」している人々から離れたくないという恐れが
カラダのメッセージから私を遠ざけていないだろうか。
他の誰かの基準ではなく、自分自身の声に耳を傾けているだろうか。
誰かと比較をして生きていないだろうか。
耳元で囁く誰かの声ではなく、心の中のか細い声に、気がついているだろうか。

気持ちがいいとき。
世界が輝いてみえる。
輝いている世界をゆっくりと感じて、よろこんでいる子どもを見つめてもっと気持ちよさを感じよう。
「今、この子は、嬉しいんだ」

不安なとき。
世界がどんよりしてみえる。
どんよりした世界にいる子どもに眼差しを向けて、震えている肩、うつむいて隠れている顔をよくみよう。
「今、この子は、怖いんだ」

誰かの心は見えない。
振る舞いと言葉に、心があらわれてくる。

もしかしたら、誰かの心に自分の心を乗っ取られているかもしれない。
気合や根性、忍耐といった言葉は無理やり「行進」をさせる呪いの言葉にもなる。
カラダからのメッセージを、なかったことにしていないだろうか。

自分の心は見えない。
ただ、感じることがでできる。
気がつくことができる。

「ああ、今、この子は、つまらなさに押しつぶされているのだ」
「ああ、今、この子は、痛くて痛くてたまらないのだ」
「ああ、今、この子は、ほっと安心しているんだ」
「ああ、今、この子は、ゆっくりじっとして、癒えるのをまっているのだ」

知ることができれば、やさしくなれる。

不思議だ。

メッセージを受け取って、自分の心と、誰かの心と出会う時間を大事にできるだろうか。
自分が「いなくなって」しまわないように。
うれしいときに、一緒に笑いながら、よろこびを感じられるように。
不安なときに、不安に気が付いて、不安が離れていくまでじっと待てるように。

心を大事にできるように。
自分を、誰かを、助けられるように。

よくよくみると、「行進」しているのは亡霊だったのだと、後になって気がつくかもしれない。
自分と離れないように。
自分を、誰かを、助けられるように。