何でも

国語・現代文・作文・小論文

ドラゴンフルーツは野菜か果物か。

木の全体の写真を私も初めて見た。

ドラゴンフルーツの美味しさは現地で感動済みだ。

ああ、木なんだ!とおもう。

こういう話から、輸出と輸入の話をしてもいいし、どれだけインドネシアの野菜がフルーツなのかを話してもいい。
どれだけ健康的な食生活をしていて、それでいて医療の面では・・・という話をしてもいい。
日本の食の話をしてもいい。そこから消費社会の話をしてもいい。流通の話をしてもいい。

話が繋がっていくのはたのしいことだとおもう。
意外性はドラマであり、物語になる。
ドラゴンフルーツ物語。

ーーーーーー

こちらは

富山市の個別×子別指導学習塾オトノネ堀川教室

の宣伝です!クリックするとHPがでてきます( ˶˙ᵕ˙˶ )

富山市の個別指導塾オトノネ堀川教室

ーーーーーー

疑問に思ったらとにかく調べる。
そうすると、面白い発見がある。
話がはずむ。

学ぶ場所は話ができる場所であるはずだし、
話すためのルール、相手の話したい気持ちや自分の話したい気持ちを受け取り、伝え合う作法を学んでいく場所だとおもう。

今度は生徒に、もっと喋ってもらおうとおもう。
え?なになに、もっと聞かせてよ!

私の知らないことを、生徒はたくさん知っているのだ。

なぜ、炒めるは火に少ないなのか

調理の方法を具体的に

という問題で、炒めるという答えが出た。
なぜ火に少ないなのだろう・・・

調べようと思えば、白川静さんの力を借りることもできるかもしれない。
けど自力で考えてみることにした。。

中国人はなぜ炒めるに少ないをつかったのか・・・
あんなに鍋が大きいのに・・・

おそらく、調味料を入れたり、火の通りが良いように少量の食材を入れていくからではないかと、おもいついた。
実際に中華鍋で料理をしているインドネシアの中国系のおかあさんの後ろ姿をみていた私は、そうおもった。

考えるためには経験が必要で、経験が使えるためには、観察をしていなくてはならない。
観察は好奇心、興味、心の遊び、ゆとりから生まれる。

課題ばかり宿題ばかりやっていたのではこの力が育たない。

とオトノネは考えている。

国語の成績が上がらないのはどうして?

小論文のページはこちらです。

 

国語学び方

新しいセンター試験では「要約」の問題が出ます。

「作者は何を言っているんだろう」

「作者はどの言葉を大切にしているんだろう」

国語のチカラは文章を観察して、言葉を読み取るチカラです

また読み取った言葉を、今度は自分から相手に伝わるように、書き換えること(要約)です。

otononeでは次の2つのチカラを育てます。

  • 読み取るチカラ(語彙力)
  • 書き取るチカラ(要約力)

ではどうやって語彙力、要約力を身につけられるでしょうか。

小さな子どもが言葉を覚えるときと同じ

実はこの点、英語と全く同じです。

「使いながら」覚えていきます。

語彙を覚えるのではなく、語彙を使っていくことで成績が伸びます。

「覚えてきた」かどうかを紙に書いてチェックする、漢字がかけるかテストするだけでは、言葉は使えるようになりません。

漢字の読み方と書き方は知っているのに、意味を知らない、ということがないように。

あかちゃんと同じやり方で、一つ一つの言葉をしっかり身につけながら、「文章の書き方」も学んでいきましょう

「こうやって読むんだよ」と先生から教わっても、文章の書き方は作者によってまちまちです。

作者が意識して書いた読み手が違えば、書き方も当然、変わります。

ですが、一人一人違う書き方をしているけど、実は同じです。

otononeでは、いろんな人が書いた文章を読み取り、書き取れる指導をしていきます。

最初は、読みたい文章を生徒が探して来ることをしてもかまいません。いろいろな、指導法があります。

「伸びる」レッスン?????

問題解説をするなどしていかに「円滑に食べさせるか」ではなく「自分からアゴを使って食べる」ことを目指します。言葉の力は思考力、受験勉強の基礎です。成績が伸びない理由は、言葉が育っていないからです。勉強に意欲がでない理由は、学校や塾の勉強法が暗記勉強であり、頭を使っていなくて脳が喜んでいないからです。テキストは大抵、最初に次の一冊をやります。このテキスト、2ページ進むのに3時間かけられるテキストです。

オトノネのスタイルは「スローリーディング」と呼ばれているもので、灘中学校や開成中学校で取り入れられている(いた?)勉強法です。詳しくはこちらの外部リンクへどうぞ次から次へ文章を読んでいくのではなく、時間をかけて、じっくり味わうこと。文章の魅力を先生が伝えること。オトノネ流でいえば、文章を、自分との関係で読むことを大切にしています。国語は「鑑賞」「傍観者」的な態度で読むのが一般的ですが、オトノネは「当事者」として読むようにしてほしいとおもっています。

基礎を作った後で、「伸びる」準備ができた後で、家庭やオトノネで育てた意欲・自立心・言葉のチカラを使って、入試問題を解いていきます。中学生は最終的には全国の県立入試の問題を解けるようになります。無理やり「伸ばそう」とすると伸びません。

言葉のレッスンの読書

基礎が終わった後で星の王子様の英語バージョンと、灘中学でも使われた『銀の匙』をじっくり読んでいきます。点数だけ短期的にあげたい方は、受験勉強をしましょう。選んでもらってかまいません。

星の王子様・銀の匙

「言葉のチカラ」の大切さがわかる記事(外部リンク:東洋経済ONLINE)

otononeのレッスンの様子1

小学3年生。教科書を持ってきてくれたらよかったのだが、ないので手元にあったちょっと難しい文章を、使ってみた。「読書は大切、とよく言われる。読書をすれば今まで知らなかった事実や今まで聞いたこともないような新しい発想に出合うことができる」という文章を読んで。

「読書って何すること?」「本を読むこと!」「君はどんな本を読む?」「・・・いろいろあってわからない!」「じゃぁ一つだけ具体的に教えて」「・・・わかんない!」「じゃぁ今度その本を持ってきてね。大切って意味わかる?」「・・・」「大切って難しい言葉(抽象語)だよね」「親友!」「そうだね、親友は大切だよね。じゃぁ君の大切なものは他にある?」「ゲーム!」「笑」「人形!」「人形?どんな人形?」「○○!」「それは何?(本当にわからないで聞く)」「・・・マリオ」「マリオ?マリオの友達?」「マリオに出てくる・・・」「キャラクターの名前か。そうか。人形が君の大切なものなんだね。今度もってきてよ笑(関心があるものから言葉が生まれるから)。読書は大切って意味は、君がゲームや○○が大切だと感じるのと同じくらい、本を読むことも大切だって意味だよ」「・・・」「じゃぁ次、読書が大切とよく言われるって書いてあるけど、誰がそういってるの?」「・・・作者の名前が書いてないからわからない!」「書いていないね笑。けどこれはね、誰かわからないけど読書が大切だっていう人が多いって意味なんだよ」「・・・(難しいなぁという顔)」「事実って言葉は知ってる?」「・・・(抽象語は難しい)」「この漢字(実)は知ってる?」「果実って漢字みたことある?くだもののことだよ。例えば冬休みになってから、君が食べたくだものは?」「・・・オレンジ!」「ミカンじゃないんだ笑(ミカンとオレンジの違いは?と聞こうとしたが、その段階ではないとおもい聞かないことにする)それが果物、果実だよね。実っていうなのは、美味しい部分、チカラがある部分のこと。本当の部分。真実って言葉もあるよね?実際の実も同じ漢字を使うんだよ」

otononeのレッスンの様子2

「にんじん、レタス、ナス、つまり(    )。」(穴埋め問題)

「(  )の中には何が入るかな」「野菜!」「そうだね。にんじんもレタスもナスも野菜だね。もしここにミカンが入ってたら?」「・・・ミカンって野菜じゃないよね」「よく知っているね笑野菜と果物の違いは?」「果物は木になる!」「そうだね。果物といえば、インドネシアでドラゴンフルーツっていうすごく美味しい食べ物があるんだけど、果物か野菜かわからないんだよね、調べてみようか(インターネットで画像をさがす)」・・・「なんだこれ!ヘンテコな木!」「果物なんだね。じゃぁにんじん、レタス、ナス、ドラゴンフルーツって書いてあったら、(  )の中には何が入る?」「食べ物!」「そうだね。(ジャスチャー付きで)このグループが野菜で、このグループが果物だとしたら、まとめると、食べ物、だよね。この問い、にんじん、レタス、ナスで野菜以外の答えを出してくれた子がいるんだけど、君たちは思いつくかな?」「・・・」「難しいよね・・・」「・・・」「カレーの材料って言った子がいるんだ笑」「ほんとだ!にんじんカレー、ナスカレー、れ、レタス!?」「その子の中ではカレーの隣にあるサラダもカレーの一部だったってことだね笑似たようなこと考えてみようか。犬、猫、人間。さぁ、この3つ合わせて、なんて呼ぶ?」「生き物!」「そうだね。でも今ここには魚も虫も入っていないからね。もうすこし、範囲を狭めてみようか。犬、猫、人間のグループにどんな名前がつけられる?」「哺乳類!」「そうだね、君は?」「家族!」「いいね笑」

自学自習のための教材

小学生・中学生

高校生

国語力を伸ばすために必要なこと

言語能力はほとんど幼少期の経験で決まってしまいますが、中学生からでも周りの環境次第で「学んで」いくものです。

一番の国語の勉強は「知的な人と話す」ことです。

本、でもいいでしょう。

(僕は小学校のどこかで大人が読むハードカバーのシートン動物記を読んでいました。動物が好きだったからです。)

振り返る力、自問自答する力がそのまま国語力だとおもってください。

9歳までの対話の質が重要です。

 

親子でホームスクールはいかがですか?

こちらのページで紹介しています。

 

国語が「フィーリング」といわれるのは、中学生になるまでに、言語能力はすでに獲得されていて、学んだ記憶がないからです。

中学生になってから国語の成績を上げるにはどうしたらいいでしょうか。

塾にいる時間は限られています。

学校で習うことは大したことがありません。

 

一番は、「教養のある人」と仲良くすることです。

そして、「作文」をすることです。

書いて書いて、書きまくります。

 

下手やうまいはありません。書きまくります。

 

もしくは、国語は諦める、という作戦もいいでしょう。

数学や英語は結果がすぐに見えますが、国語はすぐには結果がでません。

 

また、他者への興味関心、出来事、世界への興味関心がなければ、難しいでしょう。

小学生の間に目線を広く、深くもった経験が、国語力です。

本を読むことで言葉のチカラを育てます。

お父さん、お母さん、お子さんは本を読んでいますか?

本を読まなくても、大切なことをお話していますか?

成績が上がらないのは、言葉のチカラが育っていないからかもしれません。

  • 興味がある本を探す。
  • 興味がある本を読む。
  • 内容を誰かに説明する。
  • 質問される。
  • 質問に答えるために、また読む。

こういった繰り返し、「どうしてだろう?」「伝わらない!?」の繰り返しが言葉を育てます。

読んで、感想文を書いて、という作業では夏休みの課題と変わりません。

小学校までは、お子さんはいろいろなことを疑問に思っていたはずです。

その不思議におもう気持ちを潰してしまうのが学校であり、授業であり、成績です。

成績が上がらないことを心配するよりも、興味があることに打ち込めなくなったことを心配してください。

小学校時代にファーブル昆虫記を読みましたか?シートン動物記を読みましたか?

お子さんのもっているチカラを、どうか、大切にしてあげてください。

お父さん、お母さんにもできます。

勉強をさせる代わりに、週に一度、図書館に連れて行ってあげてください。

図書館出なくても構いません。博物館、美術館、動物園。

不思議に思う経験をさせてあげてください。

例えば、スポーツ観戦をしたとしましょう。

「どうだった?」「あの選手は他の選手とどう違った?」

「そしたらあなたはどんな練習をしようとおもった?」

そういう問いかけをしてあげるだけで、お子さんは考えます。

ひとつひとつステップを踏んで、問いにたどり着いて、また新しい課題を見つけるでしょう。

おとのねさんでなくても、誰にでもできることです。

お父さん、お母さんが、家庭教師として、一番の先生になってほしいとおもいます。

国語は対話する力、聞き取る力。

国語の教材はありふれています。
いろんな人たちの話を聞いて、「何を話していたか」「何を感じたか」「どうおもったか」を聞きましょう。
まず大人が聞いて、子供に話題をふりましょう。
「こんなこと喋っている人が居たんだけど、どうおもう?」
「似たような経験、ある?」でもいいし、高校生であれば実際に動画を見てもらって「どんなこと喋ってた?説明してくれない?」と頼んでもいいでしょう。ツイッターやフェイスブックといった情報源が使えます。
色々な人が居ます。

気になる人を探してみてください^^

お子さんと話をしながら「事実」と「気持ち」「意見」を分ける習慣をつけるのも大切なことです。

 

【宮台真司】

 

【安冨歩】

【内海聡】

【ダイゴ】

【ホリエモン】

【西野亮廣】

言葉を豊かにしよう。言葉を生かそう。あなた自身を殺してはいけない。

書きたい内容があるから、これだけの文章が書ける。言いたい内容があるから言葉が出てく る。そういう関係をよく出していると思います。

―三原というのはこういう人だったのか、というのが、短い文章の中でよくわかりますね。 丸谷逆に、内容がないから言葉が出てこないという例があります。それが国語の教科書。 たとえば、小学校一年の国語の教科書で最初に出てくる文章に、こんなものがあります。

「はるの はな/あおい あおい/はるの そら/うたえ うたえ/はるのうた」(教育出 版『国語一 上』) 「みんな/あつまれ/もりの なか」「あおいうみ/みつけた/なみのおと/きこえた/ みんな/はしれ」(光村図書 『国語一 上』) この二つは採択率の一位と二位なんですよ(笑)。

谷川俊太郎さんが、『こんな教科書あり?』(岩波書店)という本の中で、こういった教科書 の文章を痛烈に批判しています。「作者がぜんぜん見えてこない」、「無味乾燥といえばいいか、 なんの表現にもなっていない」、「学校に入って子どもが最初に出会う日本語がこんなチープな 言葉でいいものか」と、憤慨している。

僕の言葉で言えば、言うべきことが何もない人たちが、言うべきことが何もなくて書いた文 章がこれなんです。だから「チープな」日本語になるのは当り前なんです。

ところで谷川さんは、以前、安野光雅さん、大岡信さんたちと一緒になって、自分で小学一 年生の国語の教科書をつくったことがある。その『にほんご』最初の文章。

 

ないたり、ほえたり さえずったり、

こえをだす いきものは、

たくさんいるね。

けれど ことばを はなすことのできるのは、

ひとだけだ。

 

これが文章というものなんですね。言いたいことがあって、それを技術や学識、教養を身に 備えた人が書いてる。しかし一番大事なのは、言いたいことがあるということです。小学校の 一年生が、最初に教科書を開く。その幼い読者に向って、筆者は何を伝えたいか。人間と言葉 との関係について書きたい、言いたい、そういう思いがあるから、これだけの美しい言葉が出 てくるわけです。

だから、言うべきことをわれわれは持たなければならない。言うべきことを持てば、言葉が 湧き、文章が生れる。工夫と習練によっては、それが名文になるかもしれません。でも、名文 にはならなくたっていい。とにかく内容のあることを書きましょう。 そのためには、考えること。そう思うんですよ。(『思考のレッスン』丸谷才一 p.280)

小学生の国語の教科書を見て愕然とする。

今日たまたま小学校の国語の教科書をみる機会があった。

そして驚いたことに。

「会話」がない。
ほとんどが「地」の文、つまり状況説明の文章。

会話に慣れ親しんで小学生になって、初めて読むのが、説明文?????

ーーーー

昔は民話や伝説を囲炉裏のそばでおばあちゃんやお母さんから何度もなんども聴きながら過ごした時代があった。
そういった「話す文化・聞く文化」がなくなった今、子どもがまず「じっとして話を聞く」ことが困難だ。

小学校に入る以前にこの状態になっていないと、辛い。
子どもが辛いのではないかとおもう。

「話し方・聴き方」のモデルになるお母さんや友達とのコミュニケーションができているのだろうか。
テレビのナレーションのような「地」の文章をいきなり読まなくてはいけない。。。

はながさいた。
きれいなはなが。

みたいな。

外国語は会話から入るのに、国語は会話から入らない、というのは謎だ。
国語力がないないと問題になっているようだが、教科書を変えるだけでだいぶ良くなるのではないか。

会話の中にこそ、感情があり、人間らしさがある。と私はおもっている。

あー!びっくりした!

ムズカシイ文章とは

現代文ができないという人がいる。
いや、日本語なのになぜ?

ひとつには「大学生として読んでもらわなくちゃこまる」文章の話題、語彙についていけない場合。専門用語ばかり使って、専門家しかわからないようにかかれている場合。
もうひとつは、作者が読者にわかりにくい文章を書いている場合がある。具体例やら論理展開がわかりにくい、誰が読んでもわかりにくい文章になっている場合。

現代文は大学によっても傾向が違う。出題のされ方、問題の出し方でも違う。
記述式も選択式も同じ能力がいるのだが、記述式の方が実力がモロにでる。

おもしろい話がある。
私がどうしても理解できない文章があった。言葉の定義、説明、具体例なしに、次々と話が展開していく文章だ。生徒に「これ、何言ってるかわかる?」ときいたら、答えてくれた。それでも私は何が書かれているのかよくわからない。こういう文章がでてきたら…それこそ「わけのわからないことをいう人とコミュニケーションをとってとにかく問題を解く」という寛大なココロが必要なようだ。現代文は実は、問の良し悪しで「それが解答なの?」という問題もある。とても深い。一筋縄ではいかない。だからこそ自信を持って「大丈夫」だと思えるような現代文の勉強をしてほしい。

世の中には、フィーリング読み(なぜそれが答えかと聞かれても答えられない読み方)でちょう高速で文章を読み、答える生徒がいる。
私などは、本当にじっくり、読みふけってしまう。受験生としては、フィーリング、天性の能力があればありがたいのだが。反面、フィーリングで読めない御蔭で私はわかろうわかろうと努力して生徒たちに現代文の読み方を教えることができると思っている。色んな人がいて、おもしろい。

句読点が書けない?お母さん、心配しすぎ!

本屋で参考書を探しているお母さんに出会ったら声をかけるようにしている。

「点が使えないんです」
というお母さん。(句読点のこと)

学年を聞いたら、小2、だという。
ちなみに私が句読点を意識したのは中学生。

うーん、句読点の付けかたを学べる参考書、みたことないな・・
と思いながら、小学1年生の国語の本をみたら、句読点が書かれていない。

そもそも句読点というのは、多くてもいけないし少なすぎてもいけない。
基準は、読み手の読みやすさ。

小2で句読点が使えなくても当たり前。
それよりもちゃんと気持ちを書く、型にはめないで自由に言葉を使うようになることが大切な時期。

発達には段階がある。
今は何が大切か、今、お子さんのなかで伸びようとしているチカラは何か。
ちゃんとみてあげてください。

勉強のプロに任せた方がいいのではないかとおもう。
そんな時はおとのねへ!

オトノネを応援していただき、ありがとうございます。

現代文で要約の練習をする。

すると、回路図のような図が現れる。
書き方もいろいろあって、物理で回路図をやったことを思い出して笑う。
「センター試験に回路図の問題でました!先生とやったの思い出して解けました!」
という報告を今更うける。

うれしいものだ。

現代文で回路図をつかう。

さておき。

小論文の試験では要約をして考えを書くような二段構えになっていることが多い。
要約をするには、全体像を知ることが必要だ。
作者一人ひとり違う癖を見抜いて、何が大切か、骨子をつかむこと。

文章によっては、教養、文章以前に作者が想定している読者のレベルの基礎知識をもっていないと厳しいことがある。
文章の中には書かれていない、それは知っているという前提で表現されたものがあると、読めなくなって困る。

そういうときは、その文章はなかったことにする、とか、、、
作者も伝えようとしていろいろな比喩をだすわけだが、その比喩を読み取れないと辛い。

幸い、現代文の練習ではないから小論文を読むための要約の練習として文章を一緒に読んでいった。
鈴木大拙の文章。

読めば読むほど、文章というのは、不思議な織物なのだとおもう。

今日発見したこと。
小論文で、もしくは現代文で出される文章には二つのタイプがあって、「物の見方考え方・観点・認識」を与える文章と、「主張・提案」を述べるタイプの文章。
「主張・提案」タイプの文章でも、主張・提案に行き着くまでにいろんな考えや事実、根拠を出すだろう。

作者もどちらかのタイプを好んで書くような気がする。
ある作者は新しい視点でものを考える仕方を書いたり。
ある作者は、現代のいろんな現象を分析して提案してみたり。

けど2つはやっぱり繋がっていて、結局は読者がその文章を読んで何を学ぶか、何を考えるかが大切なのだろう。
それを主体的、主観的に書き留めるのが小論文だ。

「作者の話題にしていることがわかった。その話題について作者がどう考えているか、視点もわかった。私の視点はこうだ。」
というのが、小論文だ。

国語が、できない!?子のお母さんからの相談。

「国語が伸びないんです」

というお母さんからの相談。

「すぐに上がりますよー」と言う塾もあるらしいが・・・

国語をちゃんと教えてくれる先生はほとんどいない。のが現状だ。と僕はおもっている。
すぐに上がるよというところはまず怪しい。

問題を解くために国語を学ぶような場所では、「国語力」は伸びない。
学校で学んでも国語力は伸びない。

「国語は全教科の基礎!」といいながら、国語だけできて他の教科ができない子もたくさんいる。
論理を超えたところに、国語はある。言葉はある。

だからポリシーをもって学べばいい。
めぼしい塾にいっていろいろ質問して、「国語力がありそうな回答」をしてくれた先生に教わるのがいいだろう。
ただ、「フィーリングで国語が得意」な先生もいる。
そういう先生に自分はあっている生徒なのか?
自分と先生の相性を判断しないといけない。


国語を教える先生が、フィーリングタイプか、論理ぜめをするかは、大切な先生選びのポイントだ。

ーーーーー

言葉を使うチカラは、自分自身の「考える仕組み」を変えていくこと、育てていくことだとオトノネさんは考えています。
解き方のパターンを教わってできるようになる子もいるだろう。
とにかく人それぞれ。
誰かを信じて、先生を信じて、学んでいくしかない。

オトノネではこうしてますーという話もした。

とにかくいろいろ話して、国語の話までするのは、しんどいだろうとおもってまた困ったら相談してくださいと伝えた。

ーーーーー

県立高校受験は、5教科満遍なく点数をとらなくてはいけない。
苦手が一つでもあったらダメだ。(ダメなの?)
(その子は数学の点数が良いらしいのだが、それ以上成績が伸びないくらい頭打ち。問題は、国語であるらしい)

いや、受験だから、結果がでないとわからない・・・
何が起こるかわからない・・・・定員割れしたりして!

《受験って何だろう》
なんとなく高校を選ぶだけのイベント、ではないと私はおもう。
受験の意味について私なりに考えた記事があるので参考にどうぞ。

とにかく今本気になっているお子さんを応援してあげて欲しい、という私の気持ちは伝えた。
私の気持ち、です。

「もっと早く調べてオトノネに相談しておけばよかったです・・」
そういってもらえてうれしいです。

私もどんどん情報を発信していきたいので、いろんな人から相談を受けたいとおもっています。
困っていたら、なんでも聞いてください^^

オトノネを応援していただき、ありがとうございます。
ーー

小説と論説の違い。悪文とは何か。

小説と論説の違いは何か。

小説は、物語だ。
論説は、意見だ。

小説は具象を顕し、抽象を隠す。
論説は抽象を顕し、具象を隠す。
(荒々しく表現すると、そうなるとおもう)

小説を読むには、具象の中に抽象を見ること、
論説を読むには、抽象の中に具象をみることが大切だ。

ーーーーーー

物語は論理を隠すことがある。
論理、というものも抽象の一部だろう。
物語は心情を隠すことがある。
心情、といううのも抽象の一部だろう。

文章には書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していく。
言葉を自分のなかに生み出していく。

意見は論理を隠さない。
一方で、その論理を生み出した数々の血肉が伝わらないことがある。
論説は、抽象語で書かれている。どれだけその言葉に血肉を与えられるのか。

文章には書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していく。
言葉を自分のなかに生み出していく。

ーーーーー

これは人間の社会でも同じこと。
ある人がいう言葉、ある人が起こす行動、そういうもの一つ一つには書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していくことで、人を理解する。

ーーーーー

悪文、というものがある。
物語にしても、悪文があり、論説にしても、悪文があるのだろうけれど、とくに論説で悪文が多い。

今でも記憶に残っているのは、大学受験の現代文でみた文章。
「悪文がでてきたら、君はどうするのか」と問われているかのような、わけのわからない文章だった。

読み手がわかるかわからないか、その限界を狙うかのような、「ご意見」。。。。
抽象語の嵐。「何言っているのか」意味がわからない。

ーーーーー

これは人間の社会でも同じこと。
わけのわからない現象や出来事、人間がいる。
そんな文章と出会ったら、どうするのか?

これはお父さんやお母さんにもいえること。
「悪文」を「悪文」とおもえない状況が、この日本ではまかりとおっているのだが。
文章を批判できる人が少ない。
(おかげさまで、合格実績とか雰囲気とかブランドとかいろんなイメージだけで売れる教育業界である)

経済対策?
無償化?
外国人労働者?
消費税?

言葉自体が抽象の海をただよって、目の前で起こっている現象を具象としてみることができない。

これは、とてつもなく、「悪文」だ。
だれか、本当のことを、僕らにもわかるように、「説明」してくれないのだろうか?
いやいや、自分で「学べ」ということらしい。

今、日本はどうなっているの?
僕はまだその情報にアクセスできていない。
論理立てて、「経済」と「歴史」を語れない。
高度経済成長は、どのように引き起こされたのか?
この国の体質は、どのように生まれたのか?
ただただ、貧しい暮らしの中で、楽しみを見つけるだけ・・・が日本人に残された唯一の救いなのか。

パンとサーカス。

安冨さんの本読まなきゃかな・・

「お金」という抽象語の実態を、まだ僕はお金の気持ちで理解できていない。
「名詞」の抽象性
「蛇」は抽象語か
抽象の効果

うーん。

お金について、学ぶ時期かな。
日本という場所を知る時が、来たのか・・・
(多くのお母さんたちはこの貧しい国の現状を直感で察知して、子供を戦争に送り出して勲章をもらおうとしたり、それこそ東大話法というやつか)

逆にこの戦争から遠ざかって生きるように、子どもを励ますお母さんもいる。
それは「勉強できないから」ではなく、それが新しい時代に適応する最適解だと直感しているからだろう。

日本が子どもに戦争を続けさせるのは、教育産業で特需景気になるから。
対話ができない政治家。令和時代の戦争とピクニック。
戦争をさせられる子どもたち(学校という経験・受験という経験)
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

ーーーーー

僕の書く文章も「わかりにくい」だろうか。
わかりやすく伝えるための修行が、僕にも必要なのかもしれない。

多くの人は、もしかしたら僕の文章を理解できないかもしれない。
その場合は、ブログではなくHPの印象だけで電話してくれてもいい。
話した方がいい。

読むのが苦手なら、話をしたらいい。

得手不得手は誰にでもある。

言葉では語られていない言葉を、紡ぎ出していく。
自分のなかに言葉を生み出していく。
その言葉を、出してみる。

そのプロセスが、お父さんやお母さんにも必要なのかもしれない。

 

漢字ができない・・・・???

 

となえて かく 漢字練習ノート
『となえて かく 漢字練習ノート』

学校の漢字練習ではなく、小学1年生の時からこの練習帳を使ってみてほしい。学校の漢字の宿題はこれが終わって「もっとやりたい」と言ったらやってもいい。かもしれない。この練習帳にはロマンがある。白川静という偉大な人の研究成果が使われている。

この本を読んで漢字に興味が持てたら、「やらせ」なくても勝手に覚える。
というか、漢字が頭に入らない子がいるとしたら、まだ「文字の構造」(漢字にはしくみがある)とか「文字の対称性」(漢字は図形でもある)が認識できていないこともあるし、手先の発達が遅れて(たくさんあそんでいないとこうなることもある)文字が描きにくくて漢字を覚えるどころではない!ということもあるだろう。

漢字は、大人たちが喋ることを文字に起こしたもの。
子どもは、漢字ができるようになると、大人たちの暗号を解読したみたいでうれしいものなのだが。

漢字嫌いの子もいるだろう。

ちなみに僕は小学生か中学生のときにシートン動物記の大人版(子ども版もありますが、装丁がしっかりした大人版)を読んでいた。
あれ?クレヨン王国だったっけ?とにかく、本を読んでいた。

ファンタジーの力、あそぶチカラがあれば、物語も「気になって」読みたくなってしまうものだ。
図書館に行ってみよう。
どれか、子どもの心に響く本があるはずだ。
アニメばかりみていないで!笑

文字を認識することが難しい子もいる。
そういう子もいる、ということが、とても、大変な問題を生んでいる気がするのだが。

ーーーーーーー

徹底反復 一年生の漢字

これは飛び道具的に。
こっちはまぁ使い勝手のいい、頭を使う練習帳(ロマンはない)。
「この学年から、抜けている」ということが判明したら、やってみるのもいい。

ーーーーーーー
本物の読解力をつけることばパズル
『本物の読解力をつけることばパズル』
国語のベーシックは実は、日常の中にある。
この本を「定期的に」進めながら、もしくは、やりたいだけ「あそばせ」ながら、子どもが「?」になったところがあれば、それを家庭生活で教えてあげればいい。経験させてあげたらいい。
家庭でも、お父さんお母さんでも子どもに言葉かけをするヒントが、この本には書かれている。

ーーーーーーーー

ふくしま式「本当の国語力」が身につく問題集〔小学生版〕
いろいろなバージョンがある本だが、これ一つでいい。

これを、小学3年生になったらやってみる。
「1日見開き1ページ」を定期的にやってみたらいい。

で、もし、子どもが「?」になったら、お父さんお母さんが「ああ、こういう会話を日常でしていったらいいのだな」ということだ。
お父さんお母さんの関わり方が「言葉の経験」として子どもの学力につながる。とおもう。
どんな言葉の使い方を、日々日常でしていったらいいか、本が教えてくれる。

ーーーーーーー

小学生1・2年は思いっきり遊んだらいい。
(この時期の「やらせ」はかなり危険だと僕はおもっている)
で、小学校3年生以降で「わからなくなる」「できなくなる」ことがあるとしたら、スローラーンか、凹凸だとおもってほしい。
(他の記事では何度も書いているけれど、学校は少数のエリートを選抜するために「できる子」に速度を合わせています。お子さんを守れるのは、お父さんお母さんです)

発達の段階から行って、小学2年生までの間は、日常生活からたくさんのことを学ぶ。
家庭での言葉がけからたくさんの「考え方」を学ぶ。
新しく学ぶことに「わくわく」して取り組む素地ができる。

「意味不明、わからん」と思ったが最後、すぐに(小学3年生になっていなくてもいい)その授業を受けることをやめてほしい。
宿題などなおさらやらないでほしい。


二重の意味で(つまり、致命的に)育つものが、育たなくなる可能性が大きいのです。

二重の意味、がどういう意味か、僕が説明する前にわかった人は天才です笑(あえて説明しません)

学校教育の「宿題(労働)・定期テスト(評価)・一斉授業(集団性)」より家庭教育の「自立心・個別化・社会性」を大切にしても大丈夫な法的根拠
おとのねさんがお手伝いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました