習い事を「させられ続けた」子どもの心

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今日、面白い話をきいた。

自分がピアノを習っていたというお母さん。

子供にもピアノをならわせたいということで、習わせていた。そして、習い続けた(高校まで)。習い事を辞めてから、一回もピアノを弾いたことがない、という話だ。社会人になって、今更ながらその子がこういったという。

「お母さんがピアノを楽しく弾いていたら、好きになってたかもしれない」

衝撃だ。子育てが始まったらお母さんは忙しくてピアノを弾いたことがなかった。というか、お母さん自身がピアノが好きだった、というわけでもない。それでも女の子だからということで習わせていた。ピアノのレッスンは、なんだったのだろう・・・

さらに衝撃の話が続く。

そのお母さんには息子もいて、ピアノを習っていなかったのだが。大人になってから「実は俺、ピアノならいたかったんだよね」と喋ってくれたという。お母さん曰く、たしかに、ちょろっと弾いた時、筋がよかった、という。

そういうわけで、習い事は遅くとも中学生になったら一度全部やめさせて、やりたいものだけ「やりたい」と意思表示してもらうのがいいんだろう。と、僕は思っている。小学生でも、お母さんにいわれたからという理由で習い事を続ける子もいる。子どもと対話を続けてほしい。

水泳教室、子供をまっている時間、お母さんたちが他のお母さんとおしゃべりに花を咲かせるために、子供を教室に通わせているようなパターンもある。放課後、居場所がないからといって習わせることもある。「させること」と「やらせてみること」の違いをはっきりさせて、習い事を見極めて、お金も時間も大切にするのはどうだろう。

オトノネひろげるシェアぼたん
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