ひきこもるとは。不登校の機能。

おとのねさんひきこもる宣言をした、「明日」がやってきました。
結局ブログを書いています笑

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ひきこもりの代表は、シャーマン。
シャーマンになる前に、幻覚をみたり、瞑想状態になったり、夢をみるために、この世から断絶します。
日常の世界から離れることで、飲み物、食べ物、習慣、人との関わりを「みそぐ」ことで、生まれ変わる儀式です。

学校に行かない、学校から「ひき」別の世界に「こもる」ことも、ある意味で、次のステップへの大切な一歩だと僕はおもっています。

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ひきこもるためには、誰かに守られている必要があります。
もしくは、自分で自分の身を守る「時間」を作ることが必要です。
日々、日常のなかに「瞑想」を取り入れるなどはそのパターン。

プチ☆ひきこもり

心を大事にする、大切な振る舞いだと、僕はおもっています。

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富山市の民間学童保育

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大学に行く意味。大学受験の意味とスーパーサラリーマン山田さん

「なんで大学に行くんだろう?」

はて。

なぜでしょう。

「なんで高校に行くんだろう?」

ては。

なぜでそう。

「なんで会社で働くんだろう」

どうしてでしょうね。

などなど。

どれも同じ問いのように、僕には聞こえる。

思春期が来る前は、特に何も感じず当たり前に言っていた学校だが、思春期をすぎると「選択肢」としてでてくる様々なライフイベント。

「なぜ◯◯するのか」

その答え方、その問いへの、振る舞いによる返答が、その人自身を表している。

こうした問いを頭の中に思い描いてしまうのは、それがまだ価値観として、意味として、心でつかめていないからだと僕は思う。

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「なんで大学に行くの?」
という問いは、「どうして大学生になるの?」という言葉に言い換えられるだろう。

で?

おとのねさんのブログのタイトルは
富山・高岡・金沢で暮らしている保育士・高校英語教諭・塾長・ジャーナリスト・カウンセラー/芸術家のブログ。

だ。
(この記事を書くにあたり、書き換えました)

保育士・高校英語教諭・塾長・ジャーナリスト・カウンセラー

芸術家

である。

/より上は職業名、と言っていいかもしれない。
/より下は?

これは僕自身。

自分は何者か?に対する今の所のぼくの答え。

芸術家、という分母(おかあさん)から生まれた子ども(分子)が、保育士・高校英語教諭・塾長・ジャーナリスト・カウンセラーだと表現してもいい。

ある人にとっては、分子が「女性」であったり、「お母さん」であったり。
ある人にとっては、分子が「男性」であったり、「お父さん」であったり。

つまるところ社会的に便利な「名前」だ。
「名詞」の抽象性

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大学に行こうとする人にとっては、こういう問いになる。

「大学生」である私の意味はなんだろう?
「大学生」になることは、私の分母にとって、どんな意味があるだろう?

大学に行かずに働こうとする人にとっては、

「会社員」である私の意味はなんだろう?
「会社員」になることは、私の分母にとって、どんな意味があるのだろう?

「生きる意味」はなんなんだろう?
という問いと同じくらい、曖昧で、漠然としていて、わからないときは、わからない問いのように、僕には聞こえる。

実際に、「大学生」「会社員」になってから、後から意味付けされる場合がほとんどだ。

人間にとっての意味とは、そんな不思議なものだ。

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「お母さん」である以前に、あなた。
「お父さん」である以前に、あなた。
「高校生」である以前に、あなた。

もしそんな「あなた」が自分の生き方を名詞で表せるようになったら、それほど、心強いことはないかもしれない。
誰かから与えられた意味ではなく、自分でつくりだした意味を、心の頼りにすることができるのだから。

そんな「あなた」もどんどん変わって行く。
サルトルの実存主義はまさに「未来に向かって、自分を投げ続けることでしか、人間は実存できない(意味を見出せない)」というような言葉で、それを表した。

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こうした問いを立てるというとてつもない「課題」に立たされるのが、思春期かもしれない。
とっても、とっても、大切な時期だし、一人で乗り越えるには、大変なことだとおもう。

お父さん、お母さん自身が「どうして子どもを大学に行かせたいんだろう?」と悩んでいるかもしれない。
なぜか、心は自然と「大学に行く子ども」を想像してしまうかもしれない。。。

それは、社会的な圧力であって、共同幻想というやつで、社会現象であって、「ああ、世の中では、大学に行くのが、ブームなのね」と思うだけで、少しは心が軽くならないだろうか。

お父さん、お母さんが、子どもが大学に行く意味を見つけようとして、目の前の子どもの心を見失っては、元も子もない!笑

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山田さんの分母は、「スーパーサラリーマン」だそうだ。
昔なら企業戦士、働き続ける会社員を「スーパーサラリーマン」と呼んでいたようだが、山田さんはこういう。

「会社だけで役割を果たしているだけでは、”会社人”であって、”社会人”とはいえない。会社が終わった後で、社会の中で活動する会社員が増えたら、社会はもっとおもしろくなる。そういう人を、スーパーサラリーマン(サラリーマンを超えているサラリーマン)と僕は言っているんです」みたいな。

そうして、山田さんはあるときには「保育園のお手伝いさん」あるときは「お父さん」あるときは「遊び道具製作家」あるときは「おとのねさんとおもしろおかしくやってくれる人」だったりする。

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ちなみに、芸術家という言葉は、インドネシア語でsenimanスニマンという。
インドネシアでは、いろんな人が、芸術家だ。学校の先生も芸術をするし、創造的な仕事をしている全ての人をsenimanと呼ぶ。もちろん、音楽家や絵描き、物書きも。アーティストという日本の言葉は、どこか「キザ」な響きがする。高級感がでている気がする。僕はそうではない。

僕はsenimanとしての意味を、作り続けている。

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あなたが大学に行く意味はなんですか?

あ、ちなみに僕は「空が青かったっから」大学に行きました。

それは僕にとって、とても大きな意味が、そのとき、あったのです。

大学に向かう情動・感情もいろいろ。
その情動・感情が、その人自身を表している。

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あなたが大学に行く意味はなんですか?

行っても行かなくてもいいから、大学受験勉強するなら、ぜひ、楽しんでみてください。
数学であそぶ

僕は、「大学受験」は、日本の高校生にとっては、儀式だとおもっています。
受験勉強ってなんだろう。思春期との関係。塾の先生の役割。バリ島の儀式。
その儀式を形式的に終わらせるか、実質をもって実らせるか(成長するか)。

ただ、それだけかもしれません。
別に、どっちもでいいけど笑

あなたが大学に行く意味はなんですか?

大学に行くか行かないか、どこに行くかよりも、今、感じている、あなたのもどかしさ、心の「もやもや」があるなら、それに向き合う大切な時間にしてみても、いいんじゃないかな。

その向き合い方が、「今の」あなた自身を表しています。

答えなんてありません。
答えを教えてもらって安心しようとしてもダメです笑
それは宗教です笑

答えに頼らず、あなたの心のまにまに、進んで行ってほしいとおもいます。
答えられなくてもどかしくても、うまくいかなくても、はっきりしなくても、そのままの自分を抱きかかえて、先に、先に、一歩だけでも、先に進んで行く経験は、きっと君のチカラになる。

もちろん、休んでもいい。
休むことも、ひきこもることも、うずくまる時間も、大切にしてほしい。

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この時代に、子どもが大学に行く意味が何か、悩んでいるお父さん、お母さんへ

他人にとっての「価値」を別の人が考えたり、作ろうとすると、徒労に終わらないだろうか。
だって、「価値」はその人、当の本人にとってしか、意味がないように、僕にはおもえるから。

この時代、この場所で生きている子どもたちに伝えられることはなんだろう。

「伝えるべきこと」と「伝えてはいけないこと」の区別を、僕は、よくよく注意しなくちゃなぁと、感じている。

そもそも、大学は歴史的に・・・・とウンチクを並べることも、もちろん、できますが笑
伝えるべきこと「ではない」と僕はおもっています。

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