日本人。日本人の生き方。

8:10秒からの内容

封建的なコミュニティー
流動的なコミュニティー

東洋は「われわれ」が基本。
だから「仲間」をつくって、「仲間」単位で歌舞伎者、アウトローになればいい。

村を作らないと、孤立する。

というお話です。

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こちらはオトノネの宣伝です!
富山市の民間学童保育

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オトノネひろげるシェアぼたん

マシュマロ実験の別の解釈。家庭の言語環境。

眠れなくなってyoutubeを徘徊していて、こんな動画を見つけた。
タイトルはものすごく刺々しいけれど。。。

見てみると。

僕が前にも記事にした「マシュマロ実験」と「ファンタジーの力」とは別の解釈というか、データを出してくれていたのでした。
ごっこあそびのチカラ!『残酷すぎる成功法則』再読。
(上の動画のマッシュルームの話が終わった後の話は、聞くに耐えないので聞くことをお勧めしません)

前の記事では「マシュマロを食べなかった子の忍耐力とは、ファンタジーによって時間を引き延ばすチカラをもっている子」だと紹介した。
この動画では「マシュマロを食べた子は貧乏な家庭で親からいつも嘘をつかれている環境で育った子。もしくは食べ物にいつも困っている子」だと喋っている。

この話が本当かどうか、わからない。
けど、本当な気もする。
言語は、使用される環境、文化の意識を心に移植し、機能させるから。

人の話が聞ける子と、そうでない子。
それは、人の言葉の力であり、信用であり、人への期待である。

未来に対して何も、期待ができない、未来の「しあわせ」が描けない。
目の前の欲求(「辺縁系」)が、ファンタジー(「新皮質」)を凌駕する。

目の前の定期テストが、その子の持つ創造性を凌駕する。

もし、「将来が思い描けなくて不安」なお母さんがいるとしたら、その不安は子どもに移る。
言葉が、感情を媒介する。


もし、「将来を思い描く」お母さんがいたら、その子も将来を思い描くようになるだろう。
お母さんがお母さんの将来を思い描くなら、子どもは、子ども自身の将来を思い描くだろう。
お母さんが子どもの将来を思い描くなら、子どもは、心を喰われてしまうかもしれない。

子どもの魂を食らうお母さんの話と学校の課題の話。


未来にレールを引く育て方は、近代、古い時代のやり方。
レールのない道を、人と関わりながら、どう歩いていくか。それが、新しい時代の子どもの育て方。

ニュートン力学ではない。
量子力学の世界観。

オトノネは家庭教育の大切さを感じている。
【マシュマロ実験】で「忍耐が大事!」の「忍耐」って何?

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富山市の民間学童保育

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実はオトノネさんもそうだが、学校という場所の影響をたくさん受けた。
大人の嘘、都合、言い訳、「筋」というなの、理不尽。
対話ができないこと。言葉に、創造的な機能がないこと。
背中に銃を突きつけながら、笑いかけること。


言語環境、という一点においていえば、学校は、最悪の場所だ。

と、おとのねさんは、おもっています。
もちろん、素晴らしい先生も、いますよ!ほんの、一握り。
いい先生でも、組織の中に入ると埋もれるのはなぜか。

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ヒノキとアカシアの家《放課後の学校》なう

何もない床でも、子どもたちはあそんでいました。

廊下の床、スーパーサラリーマン、山田さんの心で完成しました!
集成材ですが、無垢のヒノキです!長く使うためにも、(天然素材で)塗装をしようか、悩んでいます。

山田さんがトントンしているのをみて、子どもたちも木材の破片を使って、トントンしていました。
ただトントンするだけなのですが、何が起きるか、じっくりとみながら、トントンしているようでした。
もちろん、そのうち飽きますが笑

大人を真似て、やってみる。
これはすごいことだなとおもいました。

真似てもらえる大人になろう。。。

3部屋あるうちの、一番広い場所に無垢のアカシア。
男の子が寝そべっていますね笑

実はこの後、すごい遊びがこの床の上で展開されるのですが・・・
(ルールをつくって、その場にある物を使って、たのしく遊ぶ。)
決められているのは、資源であって、ルールではない。
決められている資源、そこにあるものをどうつかうか。
その資源を使うルールを決めていく。
それで子どもは遊ぶし、大人なら、生業をする。
オトノネではルールに従うのではなく、ルールをつくっていける関係性に価値があります。

あそびを通じて子育てをしている山田さん。
「あそばせる」ではなく、自分で「あそぶ」子どもたち。

素敵です。

おもちゃに囲まれて、おもちゃにあそばされる子も、いますね。
「おもちゃ」がないと、あそべない子。
「宿題」がないと、勉強しない子。

自立心、主体性。

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体育館だったら、できない。
公園の芝生でもできない。
そういう遊びを、子どもたちは、「あるもの」をつかって、考える。
狭い学童なら狭いなりに子どもたちは、遊びを考える。

けどやっぱり狭いから「知育あそび」的なものをしたり。
限定されてくる。

多様な場所を、家の中だけでつくるのはしんどい。
《放課後の学校》をどんな場所にしていこう?

10人とか20人とか考えないで、とりあえず初めてみよう。

とりあえずつくってみて、あそんでみよう。
やってみよう!

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保育所にある「あそび」道具

子どもの発達とあそびを本格的に体系化したいなぁとおおもって保育園に実習をお願いしたら、受け入れてくれる場所がありました。
とってもうれしかったです。

ありがとうございます!

で、

こんなおもちゃがありました。

こちらは、1歳児の部屋にあったもの。

この時期は、物を掴んで、入れることを繰り返したり、出したりする時期だそうだ。
いろんな感触を覚えるいい時期。スポンジとか。固いもの、薄いもの。。。
白いトレーがあるのもミソで、子どもたちはまず、この容器の中に中身を「入れる」ところから始めていた。
それだけで、あそべる(学べる)笑

昔なら、どうやって子どもは遊んでいたんだろう。

東京におもちゃ美術館というものがあるらしい。
東京おもちゃ美術館

昔は、自然の中にあって、誰かが作って与えたりしていたものを、お金をかけて買う時代になった。
オトノネでは、基本、おもちゃがほしけりゃ、自分でつくったら?

と、言おうとおもっています笑

おもちゃが作れないような、手先がおぼつかない学童期の子どもが多くなって来たように、僕は思うのですが。
気のせいでしょうか?笑

保育所にある「あそび」道具
砂場での出来事(拡散的あそび)
収束的あそびと拡散的あそび。

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実際に、数を数える

算数で困っている子。

頭の中でなくて、実際に数える経験がないから無理やりつくる。
本当は、大人の仕事の手伝いをしながら、数を覚えるのが、自然なのだろうけれど。。。

「大人」になるまで仕事ができない世の中。
生活の中でどんどん、数と関わるような家庭教育が大切。

だけどお母さんが、お父さんが、仕事で目一杯になっていたら、しんどい。。。。

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おはじきを使って、数を数えながら。この子は勝手にあそびで「みっきー!」をつくった。
あ、これ、割り算だな。

とおもって、話をそっちにもっていくことに。

こういう偶然がどんどんでてきたらいい。
子どもは、実際、遊びながら、こういう経験を積む。
こういう経験が、「数の操作」として抽象化される段階になって、スローラーンであったり、不得手な部分を持った子が、置いてきぼりになる。
じっくりと、その子のペースで、学ぶだけでいいのに。

当たり前のことを、当たり前にやるおとのねです。


クラゲ、だそうです。
すごい感性!

宿題、宿題で終わらせないで、その子の心が向かっている先を、歩けるような、ちょっとしたお手伝いをしたい。
絵の具だけじゃなくて、パステル、切り絵なんか、この子には向いてるんじゃないかな。。。

とか。


別の日には、お花になりました。

ファンタジーは、生きるチカラです。

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オトノネにあるおもちゃ

なにかこう、よくわからないものが、人を惹きつけることがある。

子どもたちが置いて言ったよくわからないプラスチック性の小さなフィギアに興味をもつ子もいる。

小さな竹の楽器に興味を持つ子もいる。

スマイル君と相性が良かった子もいる。

あそび、もそうだけど、その時その時、人が何かに惹かれる。
その時の感情で、選ぶものが変わる。

不思議な、わくわくすることを、手にとって、あそんでみれる、そういう場所が、おとのねであってもいい。
「あたらしいもの」で目をクラクラさせる新商品づくしのコンビニとは、違うのだが・・・

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ただ何もなしに、あそぶ、あそべる、没頭する時間がある。
それがテレビゲームの人もいるし、音楽を聴くことだったりする。

頭でっかちに「新皮質」でなく、純粋に「辺縁系」で感じる時間も、大切にしたい。
いや、二つは繋がっているんだけどね笑

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ドジョウを買うために必要なメタスキル

メタスキル 、それは、学ぶチカラ。
メタスキル 、それは、知識や技能を使うチカラ。
メタスキル 、それは、学校では教わらないチカラ。

昔々、おとのねさんは、スーパーでドジョウ をみつけましたとさ。おいしそうだったので、買って行きましたとさ。「なんて、チカラに溢れているんだ!」とさ。

そうして、飼うことになりました。

実は、この間にいろんなドラマがありました。

まず、大半のドジョウは、オトノネさんのために、命を燃やされてしまいました。

たまたま別の使命をもったドジョウが、別の容器に「避難」していたのです。
水槽を買うまで、そこで頑張ってね・・・

で、まさか、、、、と思ったことが。

ドジョウが、飛び出して、二匹、呼吸困難に陥っていたのです。
埃まみれになって。
救いはしたものの、一匹はその後、息を引き取りました。

残りの一匹は体が曲がってしまいながらも生き延びましたが、後で、死んでしまいました。

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大切にしようとおもっていたのに、大切にする方法がわからなくて、殺してしまうこと、傷つけてしまうことがある。
これは経験するしかない。

経験をしないで「あらかじめ与えられた手順を踏む」ことでこれは回避できる。
だが。

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さて、その後、水槽がやって来た!

無事に五匹は水槽で泳ぐことができました。

だが。ドジョウなのに、土が入っていないその水槽。
ドジョウが安心して暮らせるようにと、土を探しに。。。田んぼへ。

そして、持って来た土を入れたら。。。。。
もちろんもくもくーと土埃が立って、水槽が汚れました。

ん???

ドジョウ君たちが、しきりに上に上がって来ます。

ん???

表情はないけど、苦しそう、何か、メッセージがありそう、。、

あ、コロイドだ。
田んぼの土の粘土質の細かいやつらが、ドジョウたちの呼吸を困難にしているようだった。
(墨汁に入れられている状態と、予想されます)

えー!!!!!!!!!

というわけで、また「避難」するドジョウたち。

水槽の水をかき混ぜて、上澄みを捨て、重たい粒子だけ残るように。。。
軽い粒子を流す。

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無事になんとか呼吸ができるようになった水槽。
息がしやすいようにと、なんとエアポンプを購入。
これでもう、大丈夫だべ!

水草でもいれるかー!

と思って浮き草も買った。

うんうん、ドジョウたちも浮き草の根っこで遊んだりしているし。。
いいのかな?

と思っていたら、浮き草が日に日に元気が無くなって行く。
また粒子のせいか?

理由が不明なまま、浮き草を撤去。
何かが、違っていたのか。その間、もう一匹が、死んでしまった。

残り、二匹。

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生き物を飼いながら、いろんなことを学ぶ。
好きだから、本気だから、一生懸命だから、得られるのが、メタスキル だ。

やらされていたのでは、全く、身につかない。
やらされていて身につくメタスキル は忍耐とか、従順心とか、そういうものだけだと、おもっている。

オトノネひろげるシェアぼたん

オトノネさんがインスタをやっている件

SNSの使い方をまだまだわかっていないオトノネさん。

インスタでオトノネさんの食生活が見られます笑
https://www.instagram.com/otonone/

食事は大事。
イイものを食べたら、イイよ笑

豪華なものじゃなくて、贅沢なもの、豊かなもの、リッチなものを食べよう。

ある日、「本気で食べないとヤバイ」とおもったオトノネさん。
まだまだ食生活が乱れていますが。。。

この食材、どう使うんでしょうか?

こうなりました。

材料の味をどう生かすか。
素材の味をどう生かすか。

安い納豆を、安い納豆についている「タレ」をつけないで食べたら、めちゃくちゃまずかった。
世の中に出回っている「凄」そうなもの
安い!すごい!

安いものに手を出す人が増えたら、そのうち、おいしい納豆、ふつうの納豆が、なくなりはしないかと、おもう。
ファンが、支えてくれるんだろう。

オトノネひろげるシェアぼたん

放課後の学校-ヒノキとアカシアの家-でまた財政難。

ふと思い出した。
最近、忘れてた笑

オトノネを訪ねてくる人は結構、少ない。(なんでだろう)
で、お金がオトノネには集まらない。

で、おとのねさんは副業をする。

で、よくわからなくなる。
(おとぎの森に行く時間も、おとぎの森にもっていく風船のヘリウムを買うお金もない)

今、何してるんだろう笑
ブログを書きながら、再確認しようかな。

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今、富山のヒノキとアカシアの家を作りながら、8月、貯金がおそらく、0になることが確定。

今は、それでいいのか。

もうずっと、その先もそうなるのか。

オトノネさんはお金に困りながらも、何か心があって、なんとかやっている。

クラウドファンディング をやろうかとおもって、調べていたら。

人がいる。

助け合っている。

なんか、羨ましい・・・
僕には、何が足りないんだろう。
いやいや、余計なものを、まだ手放せていないんだろう笑

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富山県でも、石川県でも、「みんなで」やっている新しい場所が、たくさんある。

僕は、人との距離感がわからないのかもしれない。

僕は、ひとりで、よく潰れる笑
今回がそのパターンにならないように・・・

お金を度外視して、まずは、人と出会おう。
お金は、「旧制度」の世界から、調達しよう(オトノネさんは副業をするのです)。
だから放課後の学校の料金は、他の学童と同じでいいか。
いや、ちょっとだけ、高くさせて笑

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アカシアとは、木の名前だ。
東南アジアからよくやってくる木。

インドネシアか、ベトナムからくることがおおい。
で、オトノネのアカシアは、ベトナムから来たらしい(インドネシアじゃなかった!)。

アカシアはネットで見つけて、やっぱり高くなるけど、これはイイ!
と思って買った。

で、あまりにも良すぎたので!!!!
廊下に使おうとおもっていたのを、一番広い部屋に敷くことに。

で、廊下に敷く床をどうするか考えて、、、

近くのホームセンター、コメリで「しょーがない、安く済ませるために合板でなんとかするか」とおもっていたところ、たまたま見つけた無垢のヒノキの板である。
やっぱりちょっと高いけど、子どもたちが裸足で気持ちよくいられるようにと思って、買った。

なによりもこの家は、風が通る。
素敵な風が通ってくれる。
この風を、満喫する、風を演出するために、この床は、大切なのだ。

僕はそんな「関係性」のディテールを、演劇で学んだ。

「そんなもの」と思えるかもしれない。
ぎゅうぎゅうの教室で宿題をさせるだけでほとんど無料の学童が人気だ。
それが現実。

子どもはたくましいから、どんな場所でも生きられる。
どんな場所でも笑顔でいられる。

けど。
僕は、僕が気持ちいいと感じるものを、やっぱり子どもに伝えたい。

それに共感してくれる人が、来てくれたら、いいのかな。

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インドネシアの孤児院は子供でいっぱいだ。
けどそれが「自然」なのは、子供どうしがきちんとコミュニケーションをとるし、世話を焼くお兄ちゃんお姉ちゃんがいるからだし、信頼できる大人がいるからだ。
つまりその世界では、人間関係がちゃんとつくれている。

どこぞの「発展途上国」の子は、学校に行くことを喜びとしている。
どんなに粗末な校舎であっても、新しい世界との出会いに、目を輝かせる。

この二つが、日本の学校にはない。(大胆に行ってしまえば、ない。)
オトノネはこの二つを、試してみたい。

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昔、高岡でオトノネを始めた時、いろいろとお世話を焼いてくれた保護者のお母さんからこう言われたことがある。
「先生、なんで高岡で始めたの?富山、せめて、石川じゃないと。難しいよ!」
実際、富山は変な場所だ。

北陸、ある意味日本のいちばん奥にあって、孤立した場所にあるけど、平均所得が全国で屈指。
都会と変わらない。

で、ついでに子供一人あたりの教育にかける税金が全国でも低い方。
これも、都会型の傾向だ。

それなのに、街に(都会のような)元気がない。
(それが、富山のよさですよ。と、ある人は言っていた。)

人口が減り続けている。
(都会とは違う、ものすごいスピードで)

で、学校レベルで塾業界と癒着していたり。。。。
コネがないと学校の先生になれなかったり。。。。

東京から来たぼくには、変だ、と思えることが満載の富山。

電車の中で見かける高校生たちの表情が、小学生・中学生っぽいのも気になる。

けど、まぁ、僕もいろいろあって今、《放課後の学校》をはじめるきっかけを、この場所でつかんだ。
感謝しなくちゃだ。やってみよう。

「学童、子供、誰かの役に立つように、この家を使ってくれる人を探していた」という、大家さんと出会えた。
それだけでも、感謝なのだ。

よし!

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僕は本気で《放課後の学校ーヒノキとアカシアの家ー》をはじめよう。
本気でやってみて、やったあとで、やりながら、たくさんのことを学んでいこう。

僕が僕の姿のままで、僕らしい振る舞いで、人と出会える場所、誰かに心を尽くせる場所、それが僕にとってのオトノネです。
僕も、ただただ、進んでいるだけなのです。

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