【理不尽(狂気)への反応】言っても聞かないコドモに言い聞かせようとするオトナ

むたらやったらめったら怒られる人がいる。

怒られ尽くしている子がいる。
怒られるのは、気分のいいものではない。ストレスだ。
「怒られているだけマシだ」とかいう狂った大人がいるからしょうがない。

怒りを聞き流す、何度言っても聞かない、というのは、伝え方、関わり方が不健全なのではないかと僕はおもう。
(勉強も同じ。成果が出ない方法を繰り返えしやらせる大人が多すぎる。勉強しなさいが口癖になっていませんか)

わかるまで言い続ける、ということが「効く」のは、信頼関係がある大人の言葉に対してのみ。

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ある言葉に反応してしまう。
ある感情に反応してしまう。

ある子は「ストレスを減ら」そうとする。当然、狂った大人から心を守るために必要なことだ。
例えば聞き流すとか、その場は「はい」というとか。言い訳ができるように繰り返すとか。(狂った大人に対する正しい反応ともいえる)
けど本当にお互いに成長するのであれば、もっと別の反応の仕方ができるだろう。(学びの信頼関係がないとできない)

別の子は「どうしていいかわからず」にただ感情をもんもんとさせているかもしれない。
ストレスが来たらどう反応するか、、、それこそ、学ばなくてはならないものだ。
例えばおもいっきり遊ぶとか、食べるとか、散歩するとか、寝るとか。もしくは愚痴る、喋る、楽しいことをする。(その中に、ゲームも入っているかもしれない笑)

感情との付き合い方を決める心の働きを、感情知性とか、非認知能力とかいう。

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反応の仕方は時代が違えば変わるもので、今ならネットで全世界の人と、日本中の人とつながることができる。
子どもがそっちの世界で「感情処理」を行う生き方を、大人が認めてもいいのかなとおもう。

そっちの世界を広げてみたら、案外、大人だって楽しめるかもしれない。

そういう対等な関係に、大人と子どもを置いてみたら、子育ては楽しくなるかもしれない。

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頭がいい人は人付き合いもうまい?

生徒がそんな質問を僕に投げかけた。

答えは「ひとそれぞれ」だろう。

「お勉強」ができるからといって人付き合いがうまいわけでもない。
「お勉強」ができても、引きこもりで人嫌いな歴史上の著名人はたくさんいる。

「お勉強」ができないけど、人付き合いがうまい、人もいる。
上手い下手が何を表すかはさておき。

人付き合いが上手い人は、「頭はいい」けどただ「お勉強」をする環境や動機がなかっただけかもしれない。
わからない。

「お勉強」ができるけど人の気持ちがわからないサイコパスのような人(魔王)が集まった場所もある。

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とにかくその生徒が人間づきあいで今、多くのことを学ぼうとしていることがわかった。
勉強も、それなりに笑、進んでいる。

同じ状況でも、人によって感じ方、認知の仕方、処理の仕方、反応の仕方は違う。
ストレスを和らげる、その方略を学ぶことが、感情知性にとっては大切で、感情知性と呼ばれるものがなかったら、学力といった、より高度な(人によっては知的に楽しい)ストレスには耐えられないかもしれない。

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この子は「コミュ力が高いと、他の大人とか先生にもウケがいい」という観察・分析もしている。
実はこの子、芸術家の能力を持っている(パーソナリティー特性ビッグファイブ で開放性が高い)せいか、認知能力が高いようにおもう。
それを「お勉強」にどれだけ注げるか。

「お勉強」のために、どれだけ、「お勉強以外」を頑張るか。

僕はそうおもう。

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環境と遺伝と自己(もしくは意志・人格)

意志(人格)は遺伝子にとっては環境と同じみたいだ。

とふとおもう。

意志(自己)が遺伝子のお世話をする、とおもったら、人は誰でも、自分という子どもを育てているのかもしれない。

遺伝とか、エピジェネティクスとか、人体のしくみを学ぶと、「私」というものは「遺伝子」にとっては他者のようなものだと、おもえた。

遺伝子が僕らの人格(意思決定装置)をつくる反面、私たちも民主的に、遺伝子と関わることができる。

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こういうファンタジー、虚構、物語の世界を書き下したらおもしろいかも。

「生きるための生物」
「生きるための数学」

生きるためシリーズ。

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神経細胞の発火の仕方は遺伝子レベルで決まっているんだろうか。
神経細胞もDNAをもっているのだから、脳のはたらきを遺伝子で説明することだってできるだろう(まだ詳しく分かっていないらしい)。
脳は情報を記憶するのと同様に、環境に応答するやり方も記憶している。

脳に対して、遺伝子と意志は対等だろうか。

人間づきあいを変えるのも大変かもしれないが、遺伝子づきあいを変えていくこと、再構成していくことも、大変だとおもう。

遺伝子にも自分にも「OK!」を出したら、もうすこし生きやすくなるんだろうか。

とふとおもう。

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そんなことを考えたりしないでも生きられるのだろうに。

ねぇ、デオキシリボ核酸くん。

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【今日の面談】不安定な状況の大切さ。生活習慣病・ひきこもりは「自然」か。

最近、春先で頭がぼうっとしていて話題がたまに飛んだりします。
自覚あり。

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今日、飛び入りで面談があった。
言葉のレッスンに興味をもってくれたお母さんが来てくれた。

そこで「子どもがモニターラブ」な状況を話してくれた。
人と関わるよりも、モニターと関わる方が、好き、らしい。

それで「ちょっと心配」というお話だ。

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最近、お金の勉強をしながら、
全米No.1バンカーが教える 世界最新メソッドでお金に強い子どもに育てる方法

家庭教育の重みを感じる。

「自然」に任せていては「やりたいほうだい」になってしまう。
けれどもやりすぎると心が荒んでしまう。

いやいや、簡単なことで、家族のルールを決めたらいいんだろうか。
言葉がけなしに、自然と「できる」ようになることはない。
「いいか」「わるいか」の判断が自分でできるようになるには、試さなくてはいけない。

「それをやったら、どんな悪いことがおきるのか」

子どもはわからない。

何が「いい」のか。
何が「悪い」のか。

それを大人がどこまで伝えたらいいのか。
「大切なこと」はなんなのか。

それを学ぶための適切な「ギャップ」が必要なのだろう。
ギャップとは生態学用語で、生態系が局所的に変異するための環境の変化のこと。

それは時として不慣れで不安定になる状況を作り出すだろう。
けどれそれによって新しい生態系が生まれる。
あたらしい仕組みが生まれる。
あたらしい関係性がうまれる。

新しい技能、新しい価値観、新しい感性が生まれる。

その不安定な「ギャップ」は、「お勉強」の本質だ。
新しい言葉、新しい規則、新しい物語を取り入れるために、記憶を再編成する。

不安定な状況を作り上げる。
これが教育の一つの役割かもしれない。

そして、不安定さの中で、学ぶための命のエネルギーを絶やさずに、どうして教育の価値を謳うことができるだろう。

不安定さに対してどのようにバランスを取るのか。
その方法が、その子のキャラクターになる。

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「子どもがモニターラブ」な状況についていえば、、、
大人を含めた社会全体がモニターラブになっていると思えば、とても「自然」なことだともおもう。
(例えば、食生活を考えてみると、「健康的な」=「自然」とは言えないかもしれない)

人との付き合いが希薄になってきた世の中と思えば、それも「自然」だとおもう。
外で遊ぶのが好きでない、という子は普通にいる。

だからモニターを使ってどんなことができるのかを極めるのもいいかもしれない。
(インドネシアの小学生でyoutubeで英語の動画を見まくって英語が喋れる子がいた。そういう使い方は誰もが「OK」というだろう)

その子は趣味で絵をかくというのだから、タブレットで絵を描いて投稿するのもいいだろう。
お絵かき日記をつけるのもいいかもしれない。

「モニター」からでも多くのことを学べる。

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大人の知らない世界に子どもたちは生きている。(少なからず、別の世界をもっている)

ゲームの世界、ネットの世界、、、、
(もしかしたら、大人であっても、人によって世界は違う)

学校でもなく、ゲームやネットでもない世界があるんだ、わくわくできる場所があるんだ、とおもえたら、
そんな経験をしたら、そんな人と出会ったら、新しい扉ができるだろうか。

新しい扉の価値は、人生を豊かにする価値。
ネットの世界では、無限にコンテンツを享受できる。
扉はいつだって「リンク」の先に開いている。

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「人との付き合い」はネットの世界と現実の世界では違う。
どの世界で暮らすのか、、、、「自然」はモニターの世界へと人を誘うかもしれない。

現実の世界は、魅力がない、、、、のかもしれない。。。。
現実の世界の魅力を、大人は伝えているだろうか?子どもは感じているだろうか?

子どもは、何を「よろこび」と感じているんだろうか。

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気質はかわらないかもしれない。
インドアが好きな子、だっているだろう。

けど、

「本人の気持ち」が一番、というけど、本人の中に眠っている気持ち、というものもある。

かもしれない。

家の窓を開けて空気を入れ替えるように、子どもの心に風を送り込んであげることを、子育てに取り入れるのもいいとおもう。
美術館に行く、お出かけする、公園で遊ぶ、山に行く。。。

年齢によっては、もう「できちゃってる」子もいる。
9歳、がひとつの目安。

自分の能力の限界を知って、その中で、うまく生きようとする。
そんな9歳の生き方を理解してくれる大人と出会った子どもはしあわせだ。

オトノネは、ある意味で子どもの「ギャップ」になるだろう。
学校に適応した子にとっては「自己」が求められるオトノネは脅威だ。

キビシイ笑

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教育とはなんだろうか、ということをちょっと考えてみた。
伝えるべきこと、伝えてはいけないことが何か、僕が教師になった時からもんもんとしていること。

縄文時代であれば、はっきりと「生きる仕事」の手伝い=学びだったろう。
それも大人の真似から始まった。
大人の手伝いから始まった。

教育は、子どもではなく、大人の問題なのかもしれない。

「大切なこと」はなんだろう。
お守り
【自然な子育て】とは何かー学者たちの出した簡単な答えーストレス『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』

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飴玉が目の前にあるという環境で窒息死してしまう人がいる。
足腰が弱って寝たきりになって、寝たきりが加速して死んで行く人がいる。
ストレスで飽食したりアルコール中毒になったりして死んで行く人がいる。

「自然」は恐ろしい?

生まれて死んで行くだけなのに、やたら心配しちゃうなぁ

環境、遺伝、それから意志。

環境は変えられる。
意志は変えられる。
遺伝も変えられる(エピジェネティクスの範囲で)。

生まれて死んで行くだけなのに、やたらやきもきしちゃうなぁ

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魔王を殴ってみる

言うことを言ってみた。

殴る、とは?
とある魔術の禁書目録【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。

面と向かっては言えないけどね。
言ってみました。

コメント欄みえますか?

反応返ってくるかな?


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西野さん流ビジネスの原理によれば、こういった投げかけ、関わり方は、まったく得がないという。
相手の意図は変えられないし、言っても無駄だと。

それこそ、殴れなかったら意味がない。

言論というものが、ビジネスにはないのだ。

(学校は、ビジネスで動いているということ。進路で「誘導」してくる学校は、ビジネスの原理で動いている)

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研究者はビジネスマンではない(が日本では企業と連携しないと研究すらできないというのでビジネスマンになりつつあるが)。

ビジネスの人たちの言葉は、信じられない。
中立な、人を傷つけようとしない、壊そうとしない、優しい人を、僕は研究者と呼びたい。

Ph.Dという称号がある。
「博士」を修めた人のこと。

Phは哲学という意味。

研究者は哲学者。
ビジネスマンは、ビジネスマン。

言葉の使い方が、違う。

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【お金って何?】ニュージーランドの答え

お金シリーズで昔記事を書いた。
【お金って何?】ダイゴの答え。

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ニュージーランドの記事を書いている四角大輔さんは「自分のどまんなか」を大事にするためにニュージーランドに行った。

そこで気づいたことをこうして記事にしてくれているわけだが。

【Are you Abe?】「安倍晋三」というありふれた人間性について
【仕事と家庭】西野亮廣さんと安冨歩さんの共通点と相違点
前澤友作さんという一人の人間から学んだこと。

こうしてみていると、お金の使い方が、その人の生き方と繋がっている気がする。
お金の稼ぎ方、使い方。

ドロップアウトして、「堕落」したのちに逝き方を変えた人もいれば、ただただ同じ生き方ができている人もいる。
「堕落」した後では、お金の使い方が変わっている。

と僕は思う。

「どうして仕事をしているの?
「お金がないと、生きられないでしょ」
「どうして生きるの?」
「生きるって、何なの?」

という問いを向けられたら、大人は何と答えよう。

命を売って、お金を買っていないか。

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ニュージーランドは、歴史のどこかで、「堕落」をきちんと経験したのだろう。きちんと感じたのだろう。

日本はまだ、これからもっと、堕ちて行くのだろう。
日本は、これからもっと、堕ちて行くのだろう。

そんな日本で、笑っている人を僕はうらやましくおもう。

自分が全然はっきりしない。

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さて、ここでニュージーランドのメンタルヘルス事情を調べようとしている僕は、きっとどの国に行っても、相変わらず、なんだろうか。
と、自分に呆れている。

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【知の個別性・主観性】フルーツバスケットより

世界で一番バカな旅人

たった一人になっても。
たった一人でも。

誰かにとっての真実は
誰かにとっての真実ではない。

自分の感じていることは
他の誰かは感じていない。

それを、愛しいと感じるか。
それを、憂いと感じるか。

心が大事。
【言葉を超えたもの】『僕の青春ラブコメはまちがっている』と「欺瞞」

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【インディアンの教え】ドリームタイム

夜、夜更かしをする。
ということが、よく思春期の子にはある。

大人でもよくある。

夜の時間は、ネイティブインディアンの言葉で「ドリームタイム」と呼ばれている。

神聖な時間。

不思議な時間。

神秘の時間。

つながる時間。

この時間に、現実の世界からちょっと離れて、
アニメを見る。

youtubeを見る。

そういう子どもたちは、まさに、「夢の時間」で、本当の気持ちを感じようとしているのかもしれない。

バリ島、夜、この時間まで儀式を続けていた。
夜の時間。

社会的にドリームタイムが、人の心のインフラとして整備されていた。

夜の時間が、何か大切なものを、教えてくれる。

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【魔法の使い方】『ふらいんぐうぃっち』

『ふらいんぐうぃっち』

日常。
暮らし。

魔法は?

魔法使いって、どんなひと?

物語を見ていくうちに、このアニメから伝わってくるものが、はっきり感じられるようになってくる。

魔法が使える人がでてくる物語で、ドンパチやるアニメもある。
魔法が使える人がでてきて、こんなにも、日常を見せてくれると、魔法の部分が、鮮やかに、彩られる。

魔法って、なんだろう。

リッチネス。

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