女性のメタ認知と【思春期】とライフステージ

生理が早く来た女性は自分の女性性を受け入れるのが難しい。

という研究結果があると教えてくれた人がいる。

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メタ認知とはいわゆる内言が発達しながら自分のことをどんどん客体化していく認知の仕方。
外の世界ではなくて自分自身の認知だから「メタ」がつく。

内言というのは「よーしっ!虫捕まえてこよ!」みたいな思ったことをそのまま口に出す外言から、おもったことを頭の中でつぶやく言語処理の仕方をいう。内言は内省的で、外言は会話的。「よーしっ!虫捕まえてこよ!」はその中間くらい。(僕などもたまに「よーしっ!虫捕まえてこよ!」みたいなことをいう。それはそれで一つの言語形式であっていいのだが)

で、女性には生長期と第二次性徴とがある。
思春期の期間が長いというべきか、つぎつぎと変化が訪れるというべきか、今は違いをはっきりと説明できないが。

女性には女性の生き方があった。

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女性の性が秘め事になったり、男性の原理の後ろに隠されてしまったり、していないか。
女性には女性の時間がある。発達の過程がある。(勉強の面でおいては女性の方が言語的には優位でありまた第二次性徴までは女性の方が背が高かったりする。ADHDという現象がでてくるのはたいてい男性)

学校は競争原理で動く。男性。ビジネスの原理。
女性は放課後の帰り道、女子会を開きながら女性を花開かせる。

ビジネスの原理で女性が弱まっていないか。
男性は女性の、子育ての原理が弱すぎて残酷になっていないか。

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男女平等とかいいながら女性も男性もとにかく仕事をしてもらいたい政策の下で、女性が女性らしくライフステージを、発達の段階を迎えられるようなしくみが日本は弱い。子育て前、子育て中、子育て後。これだけでも男性はずーっと同じだが女性は変わってしまう。

子育て中のお母さんを手助けする社会的な装置が弱い。
会社はビジネスの原理。子育てか、キャリアかという謎の選択肢は、つまり女性をどうとらえるかというアイデンティティーの問題だ。

平和というものは、バランスの上に成り立つ。
どちらかにかたよっていないか。子どもに聞いたら教えてくれる。

帰って来たら、ぎゅっとだきしめて、「ただいま」というだけで、お母さんの女性も、子どものしあわせも、よろこぶんじゃないかなとおもう。

しあわせほころぶ。
しあわせよろこぶ。

そんな子育てを、オトノネは応援します。

オトノネひろげるシェアぼたん

8歳、9歳から思春期までの子どもの発達課題(=お母さんの宿題)。

バイリンガル環境で育った子供が、帰国して、「9歳のときに英語が喋れなくなる」のはよく聞く話。
これがどういうことかというと、脳が内言を強化する時期。
つまり今までに育ててきた言語能力が、前頭葉を刺激して「自己内対話」を行う時期。
この時期に、子どもは自分で考えて言葉を使って、自分の状況を説明したり、考えたりする。
その言葉を「口に出して」話し、応えてくれるだれかがいて、世界を理解するための、大人の言葉かけを前頭葉のなかに刻み込んでいく。
だから日々日常の中で使わない言葉を脳内に止めるコストよりも、脳は、日々日常にある言葉を使って自己対話能力を大きくしていこうとする。

「8歳、9歳で英語を忘れる」のはそのためだと僕はおもっている。

この時期に「宿題を全部終えてから」と言ってしまえば、好きなことをする前に嫌いなことをやらなきゃダメという価値観をつくるし
発達に合っていない理不尽なできない宿題でも「やらなきゃダメよ」といわれれば、人生そんなもんかとおもってしまう。

怒られてばっかりいたら、「どうせ僕は」という回路をつくるかもしれない。

逆に、感謝の気持ち、人間関係、オシッコやうんこのように怒りや悲しみを排出すること、
羨ましい!が妬みにならず尊敬の念になるような変換装置をつくること。
他人の気持ちについて話す機会をもつこと。
落胆した時、がっかりした時に、自分を励ませるようになること。
自分の使う言葉を、しっかりと噛みしめること。
世の中の仕組みを理解すること(感情はつくられるもの。それをどう使うかは、自由。とか。学校だけにこだわらなくてもいいんだよ。ほら、こういう人もいる。とか。)

そうした「心の言葉」が脳に刻まれるといい。
こうした心を渡せるのは、本当に、一番身近なのは、お母さんだ。
これはもう、そうなのだ。

お母さん!

そういう大切な時期、子供はなんだってできるようになる。
なんだってやらせるのはいいが、会話、対話によってこのような非認知能力、情動知性、社会的情動スキルの黄金期をやり過ごしてしまっていないか。子供は常に、学ぼうとしている。学ぼうとしていることを学ぶことを励ますだけでいい。

今、お母さんたちの不安の声が聞こえましたが。
その不安をマネージメントするのは、お母さんの宿題。
お母さんができない(やりたくない)宿題を子どもに押し付けないように。

例えば、「◯◯したくない」と子どもが言ったとしよう。
どうしたの?何があったの?もう少しお話してくれる?といって、まず感情が整理できるように。

「したくないことでもさせなきゃ忍耐力がつかないのではないか」と考えたら、アウトです。

それは、病気の学校の先生の考え方に近いような、、、

幼年期の刺激で発達しやすいのは、高度な精神的能力や人格というよりむしろ基本的な感覚運動能力である。しかも、そうした能力を培う力は成長するにつれ非常にゆっくりと衰えていく。(『子どもの「遊び」は魔法の授業』p.61)

「そのようなとても早い時期に、概念やいろいろなスキルを教えるのは、まったくの時間の浪費である。たとえ、丸暗記をさせてもそうだ。なぜなら、体験を伴わない理解は、学習にならないからだ。(『子どもの「遊び」は魔法の授業』p.61)

どうして多くの日本人は、しあわせになろうとしないんだろう。
子どもがいつでも教えてくれるのに。

オトノネひろげるシェアぼたん

【中学生】思春期前か、思春期中か。とにかく最後の子ども時代。何をして過ごすか。

中学生時代は、思春期前の、最後の黄金期。
思春期でいろいろなイベントが発生するまえ、
こういう大切な時期でもある。

『オプティミストはなぜ成功するのか』を読んでデイヴィッド・レヴィンが最初に目を惹かれたのは、効果的な時期についてのセリグマンの主張だった。悲観主義の子供を楽観主義者に変えるのに最適な時期は「思春期よりまえ、しかしメタ認知ができる(思考についての思考ができる)程度には成長したころ」であるという。いいかえれば、ちょうど子供たちがKIPPのミドル・スクールにやってくるころだ。性格について話すこと、性格について考えること、性格を評価すること。これらは全てメタ認知のプロセスである。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.148)

思春期と言っていいのか、どうか。
中学生。
思春期と被っている場合が多い気がする。
僕は思春期らしい思春期がなんなのかよくわからない。

ただ、2歳か3才の第一次ウハウハ期がすぎてから、15歳くらいの第二次ウハウハ期(思春期)までに、子供がどれだけ成長するか。
1歳、2歳、4歳、8歳、という規則的な数字の増加が次に目指す数は16だ。
これを目安にしていいかもしれない。(僕は16才のときにイベントが発生した)

2歳をすぎてから4才ころまでに他者の状況を理解できるまで認知能力が育つ。
4歳から8歳にかけては、内言(思考)のためにたくさんの時間をかける。
8歳からはルールとか複雑なことがわかるようになったり、もうプロの人間。

で、思春期を迎えるまでに、自己認識、メタ認知、自分を見つめる自分、自己対話の能力が育っていること。
これが、16歳までに終わらせておく課題だ。

自己対話能力を使って、思春期を乗り越える。

自己対話能力がない子どもが、まだベビーカーにいれられて運ばれ続ける子どもが、高校生になってもたくさんいる。

高校受験をする時期、もしくは中学生活とは、自己対話能力、自己認識能力を高める時期であるといえる。
受験ばかりを目にかけてこっちに目をかけてやれているか。

まぁ、子供は勝手に育つのだけれど。

メタ認知、自己意識の強化の時代。中学生。

大人になってからの収入の差を生む変数は十代のころの身長の高さであった。16歳という形成期の年齢において比較的背が高かった少年は、社交的で運動の得意な若者になり、これが恒久的に彼らをやり手になるように調整したようである。この時点を過ぎると、たとえ後期の急成長気ごろまでに背が高くなっても、何の違いもうまなかった。(『パーソナリティーを科学する』ダニエル・ネトル p.244)

中学校時代はこちこちマインドセットの子供にとっては、ターニングポイントだ。ドゥエックは、小学校ではこひこちのマインドセットの子供としなやかマインドセットの子どもにそれほど能力差はないものの、中学校に入るとこちこちマインドセットの子供の成績がすぐに落ちはじめ、それから数年で下がり続けることを発見した。ドゥエックの研究対象になった子供たちは、「僕はバカだから」とか「私は数学がダメだから」というように、成績の低下についてこちこちマインドセット特有の言い訳をすることが多かった。注目すべきは、子どもたちが自分の能力を普遍の性質のように語っている点だ。まるで、「私の目は茶色い」と言っているようなものだ(他にも、「先生の教え方がへたくそだから」とか「数学の教師はデブでいやなやつ」など、人のせいにする子どももいた)。(略)しなやかなマインドセットを教えた生徒には、脳は筋肉と同じで練習すれば鍛えられると伝えた。(略)なかには劇的な変化を遂げた生徒もいた。『「やればできる!」の研究』のなかで、ドゥエックはこう述べている。「ある日、研究に参加してくれる生徒たちにしなやかマインドセットについて説明していると、突如、ジミーという、どうにも無気力で投げやりな生徒が目に涙を浮かべてこう言ったのだ。”ぼくはバカだと決まったわけじゃないんだね”。その日を境にしてジミーはがらりと変わった。夜遅くまで宿題と格闘するなんて、生まれて初めてのことだった。そうやってきちんと早めに宿題を提出するようになったので、返されてから間違いを見直すこともできるようになり、ジミーはめざましい進歩を遂げていった。(『スイッチ!ー「変われない」を変える方法』p.224)

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中学生は、子ども時代の最後の時期。

やり残したことはないだろうか?

これまでに関わってきた人にはどんな人がいるだろうか?
これまでどんな言葉をかけてもらいながら大きくなっただろうか?
どれだけ人の心、自分の心を感じられるようになっただろうか?

高校入試で大変な時期かもしれない。
が、中学3年生の夏、一度家族みんなで旅にでたり、ゆっくり今を感じてみたり、そうやって中3の夏という時期を大切にしてみたらどうなるだろうか。
高校入試が終わって、高校にいってから、その日のことを思い出して、元気になれたりしないだろうか。

自分は、大丈夫だと。

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6ヶ月、1歳、2才、4才、8歳、16歳、どの時期にも終わりはある。
この時期が来るまでに、心置きなく、心ゆくまで、その時に大切な関わり合いがある、と僕は思っている。

自然さが失われていくこの時代、子育てのあるがままの姿、「自然」を求めることが大変な時代になってしまった。

なぁ。

オトノネひろげるシェアぼたん

【何のために子どもを育てるか】第二次思春期に社会化しないまま会社人になった人が孤独のスパイラルを生む可能性について。

挑戦が、第一次の時は生活レベルのイベントでよかった。雑巾掛けをしたり、食器を拭いたり、洗ったり。それで満たされていた。が、第二次は、日常生活ではみつけにくい。放蕩。野宿、見知らぬコミュ二ティーへの参加など新しい挑戦がより適切な刺激となりそうだ。(おかげでSNSを使ってスマホで世界と友達をつくる子などもいたりする。日本ではなく・・・それも選択だ。日本の人から逃げるな!日本人とコミュニケーションしろというのはおかしいだろう。人は論理で生きてはいない。人は感情で生きている)。社会化するにはちょうどいいい、メタ認知(私を私がみること)のスキルがつまり前頭葉の発達がさらに進むこの時期が、子どもの思春期のちょっと前に訪れる。この思春期を乗り越えるために、思春期前の発達課題に取り組むといいかもしれない。

それは、社会人と出会うことだ。
(学校の先生は学校にいるかぎり、学校人であって、社会人ではありません。学校の外で出会ってください。)

会社人ではなく。

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思春期の課題に、学校は取り組んでいない。
「勝手にやってくれ」だ。

受験生の課題には取り組ませる。
「やらなきゃ罰する」だ。

会社は子どもが思春期だろうがなんだろうが容赦なく仕事をふってくる。
子育て中のお母さんではなく、会社人としてみる。残業。薄給。

そんなものだ。
日本はそういう国だ。

お母さんは、学校の都合、会社の都合でふりまわされる。

振り回されている。

子育ては学校の都合でするのではない。
子育ては会社の都合でするのではない。

何のための子育てだろう。
誰のための子育てだろう。

かつては村が生きるために、年寄りが知恵を、成人したものが肉体労働を、そういうサイクルを回すために子どもは役割を担っていた。子どもがいなければ、若者がいなければ、「食べていけなかった」。自分が年寄りになった時に、村を守るのは若者であり、子どもだった。子どもは、命の緒だ。子育てにはかつて、ミッションがあった。

現代、
子どもは何のために生まれるんだろう?
子どもがいなくても会社に働いていればお金で生きていける。

現代、
親が生きるために、子どもは必要ない。

では?

しあわせ以外のなんのために、子どもは生まれてくるんだろう?
(「うちの子が優秀だということを世間に知らしめるため」に子育てをお母さんに「させている」DVパパは置いておこう)

「お母さん、笑ってよ」

最後に子どもと笑ったのは、いつですか。

学校から、会社から、世の中から離れて、魂の姿で、親子で心から笑いあったのは、いつですか。

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今日も生徒と話していて、小学生とか小さい時は、イベントに生きたいからと行って、お母さんも外にでていたが、子どもが大きくなって、お母さんは外にいくこともなくなった、という。

子どもは、お母さんを助けようとしている。

それに気がつかずに、子どもを助けようとしているお母さんがいる。
お母さん!

オトノネひろげるシェアぼたん

(自称)進学校の子どもが危ないというデータ?

【放課後ディサービス・自立支援センター】ひこうき雲・はなれ雲訪問

にも書いたけれど。
学歴が幸福で満足な人生を約束するのではない。
間違った「学歴対策」をすることで、大切な関わり合いができないことで、失われる人間らしさがある。

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アメリカのリバーデールという富裕層が通う学校で教師から「ヘリコプター・ペアレンツ」という親がいる。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.135)

つねに上空をうろつき、何かあれば助け出す準備は万全ーしかし、だからといって気持ちの上で子どもの結びつきを築こうとか、一緒に時間を過ごそうとしているわけではない。

そういう親が、裕福な家には多いという。

—-

この後に書かれているデータには、富裕層の子どもたちは、貧困層の子どもたちにも劣らぬほど、不健全、不健康な精神状態に陥っていることが書かれていた。

子どもたちの悩みは「成果をあげることへの過大なプレッシャーと、精神、感情の両面における孤立」だった。

という。

ーーーーー

この記述を見れば見るほど、自称進学高校の現状そのものじゃないか?
このデータはアメリカのものだ。
アメリカの富裕層の親が与える子供へのストレスだ。

で、

親を教師に読み替えると。。。

同じデータが、日本では、富裕層ではなく、(自称含む)進学校の生徒にも言えるのではないか。
日本の場合は、
学校の先生が与える子供へのストレスだ。
親も学校と同じポジションにいたら、子供は・・大丈夫かな。

この困難を、なんなく乗り越えて、先に進もうぜ!
そのプロセスで、強くなれる。
【自然な子育て】とは何かー学者たちの出した簡単な答えー

オトノネひろげるシェアぼたん

【思春期】は2歳のウハウハ期(イヤイヤ期)と似ている気がする。

2歳のウハウハ期(イヤイヤ期)は高次認知的情動がぶわっと現れて「いやもう、ほんと、困ってるんだぜ!いろんなこと感じてるんだぜ!あれもこれもやりたいんだぜ!」という時期だった。
子どものゴールデンタイム2歳のイヤイヤ期(ウハウハ期)の心の状態は高校生が溺れている「課題の海」と似ているような気がした。

2歳のウハウハ期は第一次反抗期と呼ばれる。

で、思春期は、第二次反抗期と呼ばれる。
第二回、ウハウハ期!

どちらも、「大きく成長する時期」だ!!!

キャッキャ(*´∀`) (´∀`*)ウフフ
ヤンチャしゃうんじゃない???w大草原wwwwww卍

思春期の脳を科学すると次のようになる。

テンプル大学の心理学者ローレンス・スタインバーグの分析によると、思春期の頃の生活に強い影響を与える神経系はふたつあるのだが、このふたつの発達がきちんと連動していないところに問題がある。一方は刺激処理システムと呼ばれるもので、これによって人はより興奮を求め、感情的に反応し、周囲の情報に敏感になる(ティーンエイジャーだったことのある人なら見に覚えがあるはずだ)。もう一方は認知制御システムと呼ばれるもので、あらゆる衝動を規制する。十代が危険な時期であると言われてきたのは、刺激処理システムが思春期の早い段階で最大まで発達するのに対し、認知制御システムの方が二十代になるまで成熟しきらないためだ、とスタインバーグはいう。このため数年の間は行動を抑えてくれる制御システムが不備なままで狂ったように刺激を処理していくしかない。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.55)

この状態を、第二の「ウハウハ期」(世にいうイヤイヤ期)と言ってもいいだろう。
思春期のは性ホルモンが盛大に出てくる。性ホルモンはいわば心を体ごと変化させる「感情の嵐」とおもったらいい。
攻撃的になったり、ビクビクしたり、もちろん、性に目覚めたり。
その子の気質、それまでの情動調整能力が試される時期、新しく生まれ変わる時期といえる。

一方で、

実行機能が他の認知的スキルよりもはるかに柔軟であり、「前頭前皮質は脳の他の部位よりも外からの刺激に敏感で、思春期や成人早期になっても柔軟性を保っている。だからもし環境を改善して実行機能を高めることができれば、その子どもの将来は劇的に改善される可能性がある」(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.55)

前頭前皮質が柔軟性をもっているというのは、まだ脳の回路を成熟させていない、という意味で、行ってしまえば「まだまだ試行錯誤していいよー」という状態だ。

ーーーー

実行機能とは?
この不安な時代を臨機応変に、しなやかに生きやすくする機能のことらしい。

実行機能のうち最も重要なのは、認知における柔軟性と自制の二つだ。認知の柔軟性は、ある問題に対しこれまでとはべつの解決をみつける能力、既存の枠組みにとらわれずに考える能力、なじみのない状況に対処する能力である認知の自制は本能あるいは習慣による反応を抑制し、代わりにもっと効果の高い行動をとる能力である。スピゲールが生徒にさせているのは、このふたつのスキルを高める訓練だ。(略)もう一つスピゲールは目先の利益を追いたい誘惑に抗うことも教える。なぜならそうした指し手は往往にして後のトラブルにつながるからだ。「チェスを教えるのは、施行に伴う習慣を身につけさせるのとおなじことよ」。ある朝私が教室に行くと、スピーゲルはそう説明した。「自分の間違いをどうr買いするか、思考の過程をもっとよく自覚するにはどうしたらいか。それを教えるってこと」(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.177)

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前頭葉は、情動のラスボスである扁桃体を制御する場所。
性ホルモンでウハウハの扁桃体。
やる気バッチリ、もしくは興奮状態。
いろんな刺激に反応しちゃうぜ!敏感に感じちゃうぜ!
<丶`∀´>ウェーハッハッハ
これがひきこもるなどの陰の感情を働かせることもあれば、怒りのような陽の感情を出すこともある。

この時、前頭葉は、、、「え?あ、ちょっとまって。え?扁桃体が最近ウハウハなんだって?」って感じ。

ウハウハ期(イヤイヤ期)と同様に、新しい自我が生まれるこの時は、大変な時期です。
本人も大変です。こうした状況を『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』では「こうした若者は恐るべきシステムに捕らえられており、堪え難い事態の中でさまざまな決断を強いられている(p.63)」とか「強烈な神経システムの働きに打ちのめされている(p.63)」と表現されている箇所がある。

かつて、共同体がこの困難を乗り越える仕組みを共有していた。
受験勉強ってなんだろう。思春期との関係。塾の先生の役割。バリ島の儀式。
それが今は、ない。というか、弱い。

高校生活で多くの子供が、ウハウハを抑圧され、イヤイヤだけが残るような感じ、ではないか。
(多くの高校では、部活や体育祭・文化祭でウハウハを解放してあげているようだ、が)
子どもが「堪え難い事態」にあることを理解して、受け止めてあげることは、2歳の時と変わりがない。

とおもうのは、僕だけだろうか。
(だから、思春期になると睡眠時間が増えるんだね!そういえば二歳児でウハウハ期のあの子も、なんだかんだすぐ寝るようになったのは気のせいだろうか)

2歳の時は、今まで甘えていたお母さんから大きく自立する時期だった。
思春期のこれは、小さなコミュニティーの価値観を抜け出して、別の世界に飛び出す、さらに大きな自立の時期になる。

2歳、そして思春期のキーワードは「挑戦」。

挑戦。

挑戦!
(大人になると「え?ちょっとそれ、大丈夫?」と不安要素を計算したがる前頭葉が弱腰になこの時期だからこそ!大風呂敷ひろげようぜ!)

こんなキラキラした、輝ける時期にいる若者時代に、僕は輝けていただろうか。
きっと、この時代に輝いた人は、大人になってもちゃんと輝けるんだろうな。
僕はまだ、思春期!笑

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で、この時期が、今、危険らしい。
どういうことかというと、、、スマホでのコミュニケーションが「染み付いてしまう」みたいな。
まだ研究中らしいけどね!

人間関係に苦しむ時期、ここで大人は、スマホというテクノロジーと、子どもをどう関わらせるか。
そんなケースの子を見たことがある(いわゆるスマホにどっぷり浸かっている子)。

スマホと発達するか、人間と発達していくのを選ぶか、という感じだろうか。

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子どもの気質を変わるポイントは、思春期が始まる前、メタ認知ができてからだというお話。

中学生の大切さ

『オプティミストはなぜ成功するのか』を読んでデイヴィッド・レヴィンが最初に目を惹かれたのは、効果的な時期についてのセリグマンの主張だった。悲観主義の子供を楽観主義者に変えるのに最適な時期は「思春期よりまえ、しかしメタ認知ができる(思考についての思考ができる)程度には成長したころ」であるという。いいかえれば、ちょうど子供たちがKIPPのミドル・スクールにやってくるころだ。性格について話すこと、性格について考えること、性格を評価すること。これらは全てメタ認知のプロセスである。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.148)

思春期になってから、自分を語り直すこともある、
だけど思春期は思春期で、子ども(の脳)は忙しいからね笑

気質(性格の強み)を大きく分けて次の7つにまとめた人がいる。

  1. やりぬく力(グリッド)
  2. 自制心
  3. 意欲
  4. 社会的知性
  5. 感謝の気持ち 
  6. オプティミズム
  7. 好奇心

これはもちろん幼少期から育っていく気質だけど、メタ認知ができてきた中学生(女の子なら小学校高学年あたりから?)なら、メタ認知を使ったアプローチができる。発達段階が変われば、違ったコミュニケーション方法ができる。

ルールを決める

ケスラーによれば、ルールをつくると前頭前皮質を味方につけることができる。つまり、本能に突き動かされて反射的に働く脳の部位に対抗できる。ルールは意志力と同じものではない、とケスラーは指摘する。ルールはメタ認知を利用した意志力の代用品である。ルールを作ることによって、揚げ物を食べたいという欲求とその欲求に抵抗する堅い決意とのあいだに起こる厄介な葛藤を回避できる。ケスラーの説明によれば、ルールとは「構造であり、魅力的な刺激との対決に向けた準備となるもの、わたしたちの関心をほかへ逸らすものである」。ルールはやがて欲求と同じくらい反射的に働くようになる。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.151)

認知行動療法
ネガティブだったり自滅的だったりする思考や解釈を自覚して、あえてよりよい見方を口に出す。
自分で自分に認知行動療法を適用する。

「この年齢の子供たちはみんな、毎日のように小さな爆発を起こしています。ミドル・スクールの年ごろっていうのは人生で最悪の時期です。それを乗り切れるのは、自分に向かってこういえる子供たちなんですよ。”こんなちいさなことは乗り越えられる。私は大丈夫。あしたは新しい1日なのだから”」(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.148)

メタ認知、自己意識の強化の時代。中学生。

大人になってからの収入の差を生む変数は十代のころの身長の高さであった。16歳という形成期の年齢において比較的背が高かった少年は、社交的で運動の得意な若者になり、これが恒久的に彼らをやり手になるように調整したようである。この時点を過ぎると、たとえ後期の急成長気ごろまでに背が高くなっても、何の違いもうまなかった。(『パーソナリティーを科学する』ダニエル・ネトル p.244)

思春期は、社会に出て自分を作り始めるデフォルトをつくる。
この時代にどれだけの人と出会い、どのような言葉を聞き、どのような学びをしてきたか。
どのように自分と関わったかが、大切であるようだ。

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思春期のあなたへ
いろんな人との出会いが、素敵な出会いが、自分をもっと大きく成長させてくれる出会いが、これから君を待っている。

オトノネひろげるシェアぼたん

思春期とは何か

思春期とは何か。

「学校の先生や親の機嫌をとるのが嫌になってやめる」時期である。

「借り物の〈わたし〉を脱ぎ捨てながら、本当の〈わたし〉を探しにいく」時期である。

思春期は、第二次性徴と連動してやってくることが多い。

思春期がいつやってくるかわからない。
死ぬまで、思春期を迎えられない人もいる。

生き方は、いろいろだ。
よくわからないことが多い。

現代の、日本の思春期がどういうものか、研究費を大学にわたせないほど、日本はお金がない。
オトノネも、お金がない。

さぁ、どうする!?

オトノネひろげるシェアぼたん

【思春期】の課題は【幼少期】とは違うというお話。

何を学ぶか。

お母さんの役割と先生の役割をわけるなら、こういうことだろう。

「ふつうはチェスの問題といったら本を読むの。楽しいし、知的なおもしろさもあるから。でもそれはスキルに直結しない。ほんとうにうまくなりたいなら、自分の試合をみてどこが悪いのか考えなければ」心理療法と少し似ている、とスピーゲルはいう。自分がした間違い、しつづけているまちがい、を見直し、その根本にある理由を探る。そして最良のセラピストのように、スピーゲルも生徒がせまく困難な道をなんとか通り抜けるのを助けようとする。まちがいに対する責任を自覚させ、気に病んだり打ちのめされたりすることなくまちがいから学べるように仕向ける。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.179)

これは、いわゆる「最貧困地域」の学校の生徒たちを「最富裕層」の学校の生徒たちを打ち負かすほどのチャスのプレーヤーに育てたアメリカの先生、スピーゲルさんの言葉。

メンターであり、具体的に牙を鍛える方法を教えてくれる人であり、一緒にやってくれる人である。
もう一人の自分として、向き合ってくれる人。

オトノネが求めているのは、「自己対話」の経験を、子供との対話に応用できる先生だ。

そしてそのレベルが、辺縁系レベルではなく、認知が深く関わる前頭葉、新皮質の働きとつながっている先生だ。
(新皮質だけの先生もいる。辺縁系だけの先生もいる。両方備えている先生が子供にはありがたい)

ーーーーーー

思春期までで大切なことと、思春期以降で、中学生以降で大切なことは少し違ってくる。

思春期に到達するこのころの子どもたちに有効な動機付けは毛づくろいに似たスタイルのケアではなく、全く別の気遣いである。おそらくミドル・スクールの年頃の生徒をスピーゲルのチェスチームの選手と同じくらい熱狂的に集中させ、練習させるには、誰かが意外なほど自分のことを真剣に受け止めてくれるというー自分の能力を信じてくれて、もっと改善できるからして見なさいと持ちかけてくれるというー体験が必要なのだ。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.186)

部活の先生が、この役割を担えるか。
担任の先生が、この役割を担えるか。

人的資源に困っているなら、オトノネにきてくれてもいい。

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「できないんだね、大丈夫!」というのが、お母さんで、
「できないんだね、どこが悪かった?」と聞くのがお父さんとすっぱり分けてしまったら不都合だが。

使っている脳のバランスはとても大事。
それを二人で分担してもいい。

教えることに真剣に取り組み、生徒たちを心から気遣っているのは明らかだが、例えば生徒が試合に負けて落ち込んでいても、そばに寄っていって慰めたりはしない。それはジョン・カルヴィンの役割だ。がる便はIS318の副校長で、やはり監督としてよくトーナメントに同行するのだが、スピーゲルにいわせると彼のほうが「心の知能指数」が高いから、そういうことに向いているらしい。「暖かい関係を築いた子供だってたくさんいるんだから」。あるトーナメントのとき、スピーゲルは私に言った。「だけど教師としてのわたしの仕事は、鏡になることだと思う。盤上での行動について話し合い、考える手助けをすること。子どもにとっては大事なことなの。大変な力を注いで何かをしようとするとき、大人が上からでなく、一緒になって真剣に見つめる。そういう機会は決して多くないけれど、私の経験からすうrと、子供たちはほんとうにそれを必要としている。でもそれは愛しているとか、母親のように育てるのとは違う。わたしはそういうタイプの人間ではないから」(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.185)

お母さんにはお母さんの、オトノネにはオトノネの役割がある。

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思春期以降、中学生、高校生がプロと出会うことは大切だとおもう。
その道の、進んでいく道の、プロのことだ。

「こんな先生になりたい」「こんな大人になりたい」「この人はすごい」と思える大人と出会うことが思春期には大切なようにおもえる。

「イヤ、俺が一番すごいぜ!」という人もいるだろうけど笑

子どもたちは、モデルを探している。
(実のところ、彼ら自身が自分の人生で実験するしかないのだが)
自分の可能性を極限まで高めてくれる人を求めている。

言葉ひとつひとつにチカラがやどっている「大人」が必要だ。

対数関数がわかるよりも大きな感動を生み出す言葉を生み出せるような。
そんな「大人」がどこにいるだろう?

奴隷のように働く大人が、子どもに何を教えられるだろうか?
学ぶべき人がいない、学ぶべき人に出会うことが難しくなった世の中。
スーパーサラリーマンが、たくさんいてくれていい。

夢や希望、ヴィジョンが見られるような仕組みが、教育の中にない、と僕は感じる。
対話、伝え合い、本音の付き合いが、子どもと大人の間で、どれだけ交わされているだろうか。


語り合いのない一方的な言語環境で育つ子どもの心が心配だ。

「テストの点数」に動機付けされた子どもと、
「自分がこれから関わる、つくっていく、社会のイメージ」に動機付けされた子どもがいたら、
どっちの子がより魅力的に、輝いて見えるだろう。

今目の前で、高岡高校の生徒がタピオカを飲みながらインスタをいじりながら、青春している。
笑顔が一番、高岡高校!
ストレスマネージメントに明け暮れる毎日なんだろうか(ただ青春しているだけだろうけど)。

何を学ぶか。

今、何に投資をするべきか。

人は皆、投資家であり、株主であり、資本家だ。

学歴のために投資する?
それも、人生。

心さえあれば、大丈夫。

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仕事の種類が増えた。
選択肢がたくさんある。
自分の心に従って、いろんな大人に出会ってみてほしい。

大人と出会って、その時に動いた自分の心を感じてほしい。ちゃんと。

心を大事に。

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この不安な暗い世の中を進むための、ともし火を分けてあげられるようなオトナを、オトノネは求めています。

心をもった大人をオトノネは求めています。

ハードワーク「させられている」大人はではなく
ハートワーク「している」大人を求めています。

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この記事長いなーと思った人、すみません。もう少し書きます。
思春期には思春期(つまり抽象概念の理解、メタ認知「自己対話」が十分にできるようになった時期)の課題があって、それ以前に幼少期の課題を終わらせていくのが大切だということ。

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アメリカでチェスの「チャンピョン」になったジェームズという中学生が「じゃぁ、その非認知能力をつかってお勉強したら、お勉強の成績もよくなるんじゃない?」ということで、半年後のテストに向けて猛勉強を始めた話。

やり抜く力はある。だって、富裕層の「お勉強超できる」子どもを抜いてチャンピョンになるくらいだから。
「半年もあるんだから、彼がのめりこんで勉強するならなんだって教えられる、でしょ?」と、スピーゲルは言った。が

地図上でアフリカはアジアがどこにあるかわからない。ヨーロッパの国名をひとつも挙げることができない。読解のドリルをやっていると、「幼児」や「公共の」や「有益な」といった単語を見たこともないという。九月になることには放課後や週末を使って一度に何時間も勉強したが、スピーゲルは望みを失いかけていた。しかし自分の気持ちは沈む一方でも、ジェームズのやる気が削がないように努めた。ジェームズが落胆して掃除や三角法は自分には無理だというと、それだってチェスみたいなものよ、とスピーゲルは明るく答えた。(略)SHSATは、詰め込みの勉強では対処できないように作られている。SATとおなじように、受験者が何年もかけて積み重ねてきた知識やスキルが反映される。そのうちの多くは子ども時代を通じて家族や周囲の文化から気づかぬうちに吸収されたものだ。だが、もしジェームズが7年生ではなく3年生のころから試験勉強を始めていたらどうだっただろう?数学や読解や一般的な知識を取得するのに、チェスに費やしてきたのと同じだけのエネルギーを注ぎ、おなじだけの助けを得られていたら?全ての強化を、スピーゲルやプリレルテンスキーとおなじくらい創意と熱意にあふれる教師に教わっていたら?ジェームズはまちがいなくSHSATを制しただろう。全国中学選手権を制したのと同じように。もちろん、ジェームズについて過去形で語るのは間違っている。だいたい、彼はまだたったの12歳なのだ。結局、スタイヴェサント高校には入らなかったが、これから4年間の高校生活が待っている。6ヶ月でスピーゲルが望んだような優等生に変わるのは無理だったかもしれない。だが、4年あればどうだろう?ジェームズのように並外れた才能のある生徒ならなんだってできるのではないかー学業での成功を、盤上での成功とおなじくらい魅力あるものに見せてくれる教師さえいれば。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.224)

富裕層の中でも乳児期、幼少期の課題(例えば自己コントロール)を抑圧や依存によってとりあえず保留した人もいる。
どのように進化していくか。ひとりひとり違うから、おもしろい。

塾選びは先生選び。
学校選びは、環境選び。

お互いにないものを補うために、社会がある。
オトノネはみなさんの一部になれるでしょうか?

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【第一思春期】子どものゴールデンタイム2歳のイヤイヤ期(ウハウハ期)の心の状態は高校生が溺れている「課題の海」と似ているような気がした。【性格の強み】

いやー、保育士すごい。

休日だけ働いている保育所、二人の兄弟がいる。
一人は2才、一人は4才、あ、もう5歳か。

で、春から一緒にいるのだけれど、、2歳の子が、なんと、お盆に入ってからイヤイヤ期に入ったらいい。
実際、「イヤ」とか「ジブンデ」というレパートリーを使う。

この時期は高次認知的情動、くやしとか、悲しいとか、嫉妬とか、見栄とか、複雑な感情と付き合い始めるとき。
新皮質と辺縁系が合わさって社会的に有効な感情と、その調整法学んでいく時期。
【学ぶチカラ】情動・感情が現状打破するチカラになる話。また、情動・感情で他人に騙される話。高次認知的情動とは?

今までと違った行動パタンになりお母さんは「!?」となるらしいが。
保育中に僕がみた姿は、まさに、意欲の塊だった。

けど今までのすなおーな感じとは違っているところで、戸惑う僕。
そんな僕の目の前で、保育士さんはふつーに、自然に関わり合いをもっている。

関わり合う中で、「いや、これはやってほしい」ということをちゃんと伝えてそれを受け取ってもらえるのは、信頼関係というか、保育士がその子の心を尊重しているからだと。
子どもとうまくいかない!とおもったら?

伝えることは伝えるという凛とした態度は変わることがない。
ただ、その子が「いろいろと頭の中があっぷあっぷ状態!」であることを理解して、一つずつ、気落ちを抱きしめている。

という感じ。

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「ジブンデ」といって、今までやったことのなかった「ぞうきんがけ」をやった!
(モンテッソーリ教育の本で「お手伝いをしてもらう」というのがあったが、これはまさに、2歳の意欲を日常生活で発揮してもらうということだろう。よくできているなぁ)
笑顔で、どこで覚えたか、ちゃんと足を踏ん張って、ぞうきんをかけていく。くねりながら!

こんな意欲あるイヤイヤ期!
イヤイヤ期じゃなくて、ウハウハ期だぜ!
「おれっちったらあれもできるぜ!これもできるぜ!こんなに、感じてるんだぜ!」

ウハウハヾ(*´∀`*)ノ

思えば、はいはいができるようになったり、両手が自由になった時も、ウハウハしながらいろんな挑戦をした。
この時期はこの時期なりの身体能力、言語能力を駆使して、意欲的に、学んでいくんだろう。
(今まで貯めて来た、日常生活の所作を大人に混じってやることが、よいのかも?しれない。ある意味で、ままごとは、最強の拡散的あそびのようにおもう)
収束的あそびと拡散的あそび。

「イヤ」というとき、何か他のものに心が奪われているような。
「イヤ」という言葉は、「今頭の中それどころじゃないんだけどどうしたらいい?」みたいな響きに、僕は感じた。

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自称進学高校で課題に潰されている子がいる。それを、とある子が「課題の海で溺れている」と表現してくれた。
毎日毎日押し寄せる、頭がいっぱいになって身動きがとれなくなる「課題の海」で溺れている高校生は「イヤ」ともいえず、「今それどころじゃないんだけどどうしたらいい?」という気持ちでいるかもしれない。

その心を理解して、一つ一つ、気持ちを抱きしめてあげるだけでも、その子は落ち着いて、持ち前の意欲を発揮できるようになるかもしれない。

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寝起きが悪い、2歳児。お昼寝の後に、おやつを食べることになっている(食べることになっている)。

だがしかし、
布団から出ても座り込んで、ぼけーっとしている。
どうしたものかな。。。と思っていると、保育士さんが「お散歩する?」と聞く。

その子は、頷いた!

大人になっても、いろんな気持ちがあるけど、体が付いていかないこともある。
そういう時に、どうしたらいいか、この子は今、学んでいるのかもしれない。

最後に。
ウハウハ期は、1年くらいしたら終わるそうだ。
高次認知的情動との付き合いができるようになり、次は、抽象語を学ぶ、内言を鍛えると同時に他者の心に近づいていく怒涛の時期に入る。
ウハウハ期に入ってから、彼の言葉の使い方がはっきり変わった。
どしどし、言葉を使ってくる。

けど「ドウシテ」
とか「ナニ」とは聞かない。

今は、それどころではないのだ!

それは、3歳以降、次の段階の課題であるようです。

あせらず、たゆまず、心ゆくまで。
自分にあった発達段階、自分にあった発達の道を、ひとりひとりが鼻歌を歌いながら進んでいってほしいとおもいます。

そんなおとのねさんでした。

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追記:『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.127に書かれていた、人生をより幸せなものにする7つの気質

「性格の強み」ともいわれているもの。

やりぬく力
自制心
意欲
社会的知性
感謝の気持ち
オプティミズム
好奇心

こうした一つ一つの心を、幼児期に、ちゃんとみてあげたいと思う。
そして思春期まで!ずっと!笑

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ちなみにその子は全然おやつを食べなかった。今日、朝マックをしてきたというから、全然、お腹が空いていないのだ。
散漫なあそび、散漫な食事

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ツイッターで、2歳のウハウハ期のツイートをみつけて、この記事を共有させてもらいました。
(おとのねさんがコメントにリンクを貼ったのを、みていただきました)
返事をいただけて、なんだか、とてもうれしくなりました。

SNSの使い方、研究中です!

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