頭がいい人は人付き合いもうまい?

生徒がそんな質問を僕に投げかけた。

答えは「ひとそれぞれ」だろう。

「お勉強」ができるからといって人付き合いがうまいわけでもない。
「お勉強」ができても、引きこもりで人嫌いな歴史上の著名人はたくさんいる。

「お勉強」ができないけど、人付き合いがうまい、人もいる。
上手い下手が何を表すかはさておき。

人付き合いが上手い人は、「頭はいい」けどただ「お勉強」をする環境や動機がなかっただけかもしれない。
わからない。

「お勉強」ができるけど人の気持ちがわからないサイコパスのような人(魔王)が集まった場所もある。

ーーーー

とにかくその生徒が人間づきあいで今、多くのことを学ぼうとしていることがわかった。
勉強も、それなりに笑、進んでいる。

同じ状況でも、人によって感じ方、認知の仕方、処理の仕方、反応の仕方は違う。
ストレスを和らげる、その方略を学ぶことが、感情知性にとっては大切で、感情知性と呼ばれるものがなかったら、学力といった、より高度な(人によっては知的に楽しい)ストレスには耐えられないかもしれない。

ーーーーー

この子は「コミュ力が高いと、他の大人とか先生にもウケがいい」という観察・分析もしている。
実はこの子、芸術家の能力を持っている(パーソナリティー特性ビッグファイブ で開放性が高い)せいか、認知能力が高いようにおもう。
それを「お勉強」にどれだけ注げるか。

「お勉強」のために、どれだけ、「お勉強以外」を頑張るか。

僕はそうおもう。

オトノネひろげるシェアぼたん

魔王を殴ってみる

言うことを言ってみた。

殴る、とは?
とある魔術の禁書目録【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。

面と向かっては言えないけどね。
言ってみました。

コメント欄みえますか?

反応返ってくるかな?


ーーー

西野さん流ビジネスの原理によれば、こういった投げかけ、関わり方は、まったく得がないという。
相手の意図は変えられないし、言っても無駄だと。

それこそ、殴れなかったら意味がない。

言論というものが、ビジネスにはないのだ。

(学校は、ビジネスで動いているということ。進路で「誘導」してくる学校は、ビジネスの原理で動いている)

ーーーーー

研究者はビジネスマンではない(が日本では企業と連携しないと研究すらできないというのでビジネスマンになりつつあるが)。

ビジネスの人たちの言葉は、信じられない。
中立な、人を傷つけようとしない、壊そうとしない、優しい人を、僕は研究者と呼びたい。

Ph.Dという称号がある。
「博士」を修めた人のこと。

Phは哲学という意味。

研究者は哲学者。
ビジネスマンは、ビジネスマン。

言葉の使い方が、違う。

オトノネひろげるシェアぼたん

権力者が共感能力が低くなるのは「自然」らしい

正しくいうと、権力を握ると、共感能力が低くなるというのはとても人間らしい「自然」だということ。

らしい。

自然だらけだなぁ。

これは去年の夏のだいごさんの動画ですが。

でもそれがいいことかって、「自然」だからって許されるのか、いいのか、それがどうなの?
というのは、人間の問題。

人間らしさ。

人の愚かさを、自分自身が気づくことから。
魔王だらけの世界。

で、大人は子どもに対してチカラをもっている、権力者であることを、認識しているのだろうか。
権力者をつくる権力の構造は確固たるものとなり、もう権力者たちは開き直っている。殴ってみよう。(非暴力の方法でもいい。殴ればいい)
【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。

日本わけわからない。
混乱中。

オトノネひろげるシェアぼたん

【Are you Abe?】「安倍晋三」というありふれた人間性について

下の動画は、1分くらいから本題に入ります。流して聞いて見てください。
安倍晋三という人がどういう人か、話が聞けます。

のっけから安倍晋三という人について語る宮台真司さん

宮台真司さんは社会学で面白い研究をやってきた。
僕が高校生の時に出会った人で、感性が好きだ。
その人がいうから、間違いないとおもうし、なるほどと納得することがある。

簡単に言うと、安倍晋三という人は、劣等感の塊だとうこと。

———————–

これを僕が解釈すると、

劣等感を補うために、、、(自己欺瞞を続けるために)
いろんな人に利用されている。
自分を守るために、他の人の言うことを聞く。
自分の感覚がない。

自分がしたことが国民にどう影響するか考えない。
自分の仲間(利用しようとする人しか近づかないが)から見捨てられるのが怖い。
人に流される。
付和雷同する。
自分の意見が言えない(というか意見そのものがない?)

とにかく自分というものがない。
自信がない。
考えを持てない。

こういう人が、総理大臣にされて、利用されている。(みんな悪党だ)
僕らが選んだ総理大臣ではない。魔界はそういうしくみになっている。

自民党公明党にとって都合がいい人物だったからだ。
人が組織を作ったのではなく、組織が人を作った。いやこれは鶏か卵かということになってあまりおもしろくない。

とにかく、どんな施策を行っても、それがどんなに悪かろうと、彼が、自民党が、公明党が政治をやっている限り、「自然」なこと。
ブーブー文句をいって「定期テスト対策」しようとしても、労力の無駄だ。

今起きているのは「当然」のこと。
それに気が付いて、、、、「大人の宿題」に一人一人が向き合わなかったら、また「自然」と魔界は開かれる。
不健康な社会という「自然」の中で健康を保つには。「自然」でいちゃだめ??

ーーーーーー

「安倍晋三」はこの世の中に、日本にたくさんいる。
たまたま、たまたま!爆担がれてその一人が総理大臣になっただけで、学校、家、会社、隣近所のどこかに、どこにでも、「安倍晋三」はいる。
会社の上司も同僚も、学校の先生も、保育所の先生も、もしかしたらお父さんお母さんも、、、、、
少なくとも、多くの人の心の一部に「安倍晋三」はいる。

そういう認識ができなかったら、また繰り返す。

そうしてまた、繰り返すんだろう。
と、悲観諦観してしまうおとのねさんです。

自己疎外、自己嫌悪、劣等感、言い訳、見て見ぬ振り、感情を偽る、抑圧する、偽りの「正常」を飾り立てる、ラッピング、、

コロナよりも、多くの人が、今現在、罹っている呪いだ。

とりあえず一発、自分自身を殴ってみる。
【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。

コロナ騒ぎで頭を回す前に、心を、大事にしてみよう。
感じてみよう。

『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―』安冨 歩みんな大好き欺瞞の言語から心の健康を守るには?

オトノネひろげるシェアぼたん

とある魔術の禁書目録【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。

生徒から教わることがたくさんある。

日本という国の歴史を「未解決事件」を通じてまとめようとしている子がいる。
事件の裏には、「不都合な真実」がある。誰にとって不都合かといえば、「上級国民」と言われている人たち(魔王)。

僕が衝撃を受けたのが、プチエンジェル事件。
「上級国民」に虐げられた少女が口封じのために殺される、犯人もそれを取り巻く魔界の人たちもうやむやにされて未解決になった事件。
もちろん、警察も魔界に属しているため、追求はしない。

アメリカのトランプさんが発信している、といわれている(よくわからない)「Q」情報など、未解決も含め、僕らの手の届かない(ようにみえる)ところで大きなチカラが動いている。

僕は諦観をもつ。
「しょうがない」と。

おもいながら、心のどこかで、、、、

==========

最近、夜なべをしながら見たアニメがある。

「とある魔術の禁書目録」というライトノベルをアニメ化したものであるらしい。
日本のアニメ、漫画の哲学というか、深さを感じるものが多い。こっちの世界が、リアルに近い気がする。

で、

主人公の男の子は「魔術を無効にする」チカラをもっている。
おかげで、幸運すら無効にしてしまい自分は「不幸」なのだが。、、、

自分を不幸にするが、他の人にふりかかる悪い「魔術」を無効化していく物語。

チカラというものは、使い方、関わり方なのだ。。。
そのチカラが自分には不幸に働くかもしれないが、他の人の助けになる。

主人公が、戦っている相手に対して「説教」をする場面をつくってくれている。
それが結構、僕自身にも響くことがある。

アクセラレータとの2回目の戦いが、僕には印象的だった。

ーーーー

と同時に、大切な人がいて、敵がいて、その人のために戦えるということは、どれほど頭がすっきりするのだろうかとおもう。
(勇気を出さずに弱いものいじめをする人もちょくちょくでてくる。大切な「別の誰か」ではなく「自分の欺瞞を守る」ために人を傷つける人たちだ)
(ちなみに主人公の決め台詞の一つに「お前の幻想をぶち壊してやる!」というのがある。彼の右腕のチカラはイマジンブレーカーと呼ばれている。誰もが幻想を持って生きるもので、闇の中のかすかな光の暖かさを求める人と、闇のなかで落ち着く人がいる、どちらも、反対側の人間からすれば幻想と呼ばれてしまうものを求めているとしたら、、、結局、善悪もないし、戦いも終わらない。。???)

大切な人がいる、けど、敵が目の前にいない、というのが、現代を生きる人たちの状況だとおもう。
殴る相手が、目の前にいない???

組織、文化、、得体の知れない敵の「所在」のなさ。
未解決事件にしても、児童虐待にしても、「敵」は空の上にいて、対峙することができない。

とおもうと、諦めてしまう。
そういう気持ちもわかる。
振り上げた腕を、どこにふるえばいいのかわからない。。。。


わからないで鬱積してしまう。

が、

「とある魔術の禁書目録」の主人公は、とにかく目の前の「相手」を殴る。
殴って、魔力を無効化する。

とにかく目の前で泣いている、悲しんでいる、助けを求めている仲間、大切な人のために、戦う。殴る。思いをぶつける。
(この主人公は、思いをぶつけて、ちゃんと向き合って戦う、だから後で仲間になったりするからまた気持ちいい)

=================

アニメの世界、ゲームの世界では「相手」がはっきりしている。
はっきりしていたら、攻撃できる。

「相手」がはっきりしないことに、みんな困る。
だから西洋医学は「相手」を見つけようとして心も体もバラバラにしてしまったし、
「悪口」をSNSで呟きまくる人たちも「相手」をみつけて攻撃する。

ゲームは「敵」がきちんと出てくる。
ちゃんと自分のチカラを使える。
(ただし、誰かがそれで笑顔になるとか、助かるとかいうものがないのだが)

自分のチカラをどう使ったらいいのか、どう試したらいいのか、どう高めたらいいのか。
大人も子供もわからずに、ただただ働いていないか。

働きながら、大切なものの感覚を失っていないか。

オトノネは、誰もが「チカラ」をもっていて、そのチカラを理解する、使い方を知るということを大切にしている気がする。
「成績を上げる」という目標でもいいが、それで「大切な「別の誰か」ではなく「自分の欺瞞を守る」ために人を傷つける人たち」を増やそうとは思わない。

大切にしたい人が少なくなった。
大切にしたい人がいない。
大切にするために魔王と戦うチカラがない。
魔王と戦うチカラの使い方がわからない。

そういう世の中なのだとおもう。

おとのねさんも、オトノネで学んでいる。

僕がオトノネをつくったのは、「選択」ではない。
ただ、大切にしたい心を、大切にしただけだ。

「選択」をしようとしている間は、どうにも、心は落ち着かないものなのだろうとおもう。
ただただ、心を大事にしたらいいのだと、おもう。

自分を、自分を、、、自分を。自分。

そうだ、この主人公に、僕は説教されている感じ。

=============

生徒が「20万人が闇に飲まれている」と言った。
え?どういうこと?と質問した。

「幸せ」ってなんだと思う?それはね、お風呂でおしっこをぶちまけることだよ
とのたまうyoutuberのチャンネルに20万人登録している。というお話。

(こういう会話を夜なべして耳にしている子どもがいるんじゃないかとおもうとさみしくなる)

このyoutuberがおもいっきり「自分」を出すのと同じぐらい、僕も「自分」を出したらいいんだろう。。。。
心を大事に、その最大限の努力の僕自身の限界を、創造性を、僕はオトノネで試しているのだとおもう。

お風呂でおしっこをぶちまけるのもなかなか「しあわせ」だとはおもうが。
僕はもっとべつの「しあわせ」を探している。

painful world と名付けた楽曲があったのを思い出した。

==============

子どもがいじめられていたとしよう。
いじめはとても「自然」なものなのだが。お母さんは「怒」ってもいいとおもう。そうでなければ、「悪いことをしている」「もっといい方法がある」という学びのきっかけをその先生から奪ってしまうかもしれないから。
魔王は学校にはいない。だけど、目の前にいる、魔界の呪文で心を失っている先生を「殴る」ことはできるだろう。

正気に戻れよと。

怒っていい。

僕もこれから、オトノネに狂ったお母さんが来たら、怒る(怒りを伝える)ことにした(怒鳴るわけではない)。
(学校の場合は真剣に受け止めないと後先があるからだけどオトノネ は嫌だったら来なければいいから、ダメかな、、、伝わらないかな。いやいや、感じるはず。心に留めて置いて欲しいから。こんどから怒る徳はちゃんと怒ろうとおもおう。そのやり方は、カウンセリングではない。そもそも僕が怒りを感じる人は「学ぶ」構えがない人間だから、びっくりしてもらって構えを変えてもらうのがいいんだろう。「学ぶ」のが嫌な人がいるが、嫌なら帰ってもらえばいい。もうお人好しになるのは、やめようと思った。)

お母さんは、先生も育てなくてはいけないような。
人間というのは、誰もがそうやって手のかかる、世話を誰かに焼かれないと学べないものなのだろう。

全部お母さん、お母さん、、、お母さん、、、、ねぇ
【学びのプロセス】先生によるいじめとは何か『生きる技法』『経済学の船出』安冨歩

オトノネひろげるシェアぼたん