中村天風の実践哲学における「笑い」で食卓を見直す

今、感情の本をいろいろと読みながら、「しあわせな出来事は、しあわせな気分の時により思い出すことができる」と書いてあった。逆に「悲しい気分の時は、悲しい出来事しか思い出せない」ということになるのだが。。。

かつて、中村天風の本を読んでいた時、「ご飯を食べる前に、思いっきり、笑うこと」が書かれていた。
これは科学的に、すぐれている。

感情があって表情が作られるだけでなく、表情が、感情をつくるという経路は存在する。
笑うことで、いいことを考えて、ポジティブに、しあわせになることを考えるような習慣が身につくという。

実際、僕はアホみたいに「いっただっきまーす!!!」と笑顔をつくって、一声、叫んでから食べるようにしている。
儀式みたいなものだが、まぁそれなりに効果をあげているのではないかとおもってます。

食卓で、テレビをみんなで見て呆然としていませんか。
お母さんがつくった、美味しい料理で幸せな気持ちになっている時に、楽しい話も、一緒にしてみると、「しあわせ」の種が育てられるのかもしれません。

僕が育てられなかったものです苦笑

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ポジティブな人に人は惹かれる。
笑っている人に、人は惹かれる。

ニコニコわらっている人が、どこか仏めいて見えるのも、そのせいだろう。
ニコニコ笑っている人は、ストレスフリーに見える。

笑っている人をみると、こっちも笑いたくなってくる。

子どもは、しあわせの源を知っている。
こっそり、教えてもらおう。

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学校で先生たちの言葉からストレスを受けながら、友達とのおしゃべりや部活動でしあわせを見つけようとしている子どもたちがいる。それはそれで、すばらしい「しあわせ」をみつけるスキルだとおもう。それはそれで、学びがいがある。

笑っている子どもたちをみていると、本当に、僕は心から尊敬してしまう。

だがしかし、「ストレス耐性」をつけることが学校の本意であっていいのだろうか。
これは「教育とは何か」という哲学の話であって、心の話であって、伝わらない人には、伝わらないのだけれど。。

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最近、おとのねさんは疲れてきていて、悪い考えが浮かぶことが多かったり、笑えていない気がしている。
そんな時には、休むのが一番だ。と、おとのねさんはおもっています。

こうした感情・心との付き合い方も、この年齢になって、少しは上手くなってきたきがする。

眠れおとのねさん!

中村天風が気になる方は、スタイルに応じてこの3冊の中から選んでみてはいかがでしょうか。

「まえがき」だけでも、みる価値があります。内容は濃いですが、その分、じっくり読める一冊。
運命を拓く

エッセンスだけ、かいつまんで、読めます。
中村天風 怒らない 恐れない 悲しまない

「格言」っぽい感じで言葉が選ばれています。
ほんとうの心の力

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ちなみにですが。

人は、音楽を聞く時も、その時の気分moodで選曲を変えますね。
気分を高めるときの曲があったり、悲しいときに聞く曲があったり。

けどその経験が、誰かと共有されることほど、人間らしいことはないと、僕はおもっています。
それが、ライブコンサート(祭り)だったりするのですが。

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蛇足ですが。幸福な気分にさせて(いい話をして)、人を思考停止させる(気分moodで人を動かす)ことは、日常茶飯事に行われています。「うちの学校からは優秀な生徒が」とか「うちの塾からはこんな合格者が」とか。もしくは、TVショッピングでも。イイコトだらけの世の中で、情報リテラシーをメタスキルとして学ぶことは、イコール、心を守ることだと、僕はおもっています。

情動に流されず。
だが、
情動を観察して、情動に委ね、情動に導かれることも大切。
情動・感情のチカラとEQ

うん、人間っぽい!

幸福な気分になって、思考を停止して、自己暗示的に「自信」をもった状態、また、「自己肯定感」というmoodを持った状態を作り出すことで、人はもっている能力を発揮できる、というのも事実だ。この「情動」の操作も、うまく利用すれば、人はしあわせになれるし、悪用されればされたで、騙されてしまう。新興宗教でもよく「奇跡」「自分に秘められたチカラ」を体験させるようなしかけが施されている。進研模試には、要注意である。

オトノネひろげるシェアぼたん

欅坂(けやきざか)46の「アンビバレント」を聴きながら(子どもの「時間」)

いつも思う。

というか思い出した。

何年か前に「それいけ!アンパンマン!」をテレビでみるという幸運に巡り合った。
そして驚いた。

セリフを喋るスピード、場面転換までの速度が「速い」。
速いなんてもんじゃない。
「ない?」

こういう慌ただしい世界になってきた。
慌ただしい世界が、子どもの世界に入ってきた。
SNSに既読をつけたらすぐに返さなきゃいけないという謎のルールがある世界になってきた。
毎日毎日課題宿題に追われることが「ふつう」の世界になってきた。
時間の隙間に子供達が「あわてて」ゲームをする世界になってきた。
(ひまだなぁ、ゲームでもするかぁ、でなく、ゲームに追われているくらい、ゲームするかんじ笑)

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ちなみに俳優、歌手、芸能人、軽い声しか出せない人が増えている。(ストレスでそうなったかどうかは知らない)
本当の声を使える人を見つける、育てるよりも、もっと「お金」になる方法に、経営者たちは気が付いたのだ。
人間のチカラではなく、技術の力、テクノロジーの力。
そうした軽い声に触れていると、それを子どもも真似するだろう。
それが普通になってしまう。

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そして最近、生徒に教わった曲が、欅坂(けやきざか)46の曲、その子が好きな曲のひとつに「アンビバレント」というものがあるというのでその場で聞いてみた。

まず僕には歌詞が聞き取れない。
映像が変わりすぎて見えない。

僕はやったことがないが、これは、薬物をやって幻覚をみている感じなのかなぁ、と思えるほど、イメージが曖昧で、しかも、曖昧すぎる強烈さがある。曲を最後まで聞いていたが、僕にとっては、まるで、「夢」のように、ただ強烈な「ああ、なんか、みた」というイメージしか、残さなかった。これが、子どもたちに響くというのだから、この時代はなかなか、不思議だとおもう。

いやまぁ、「ボカロ」ではその傾向があるのは知っていたが、「POP」でも同じ現象が起きているとは…
けどこれが子どもたちの世界だ。

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ツイッターでこんなことを書いたのだが、実際、そうらしい。

がんじがらめになってしまい、吹いてくる、肌にやさしく触れるような「風」が感じられなくなっているかもしれない。
そのくらい、感覚が、どこか、今の大人が暮らしてきた子ども時代とは、全く違う世界に今の子どもたちは暮らしている。
つなぎかえようとしても、できない。新しいものが、入ってこない。みえない。こんがらがっている。

頭が、混乱している状態で生きる作戦を、子供達は採用して、子どもたちは生きていくだろう。
上手く生きられなかった子どもが、8050問題を起こしたり、DVをやったり、生活保護の対象になって、日本は教育費にお金をまた出せなくなる。はい。そんな感じ。
8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

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子どもとはなんだろうか。

子どもたちが生きているこの時代は、どんな時代なんだろうか。

欅坂のこの歌をプロデュースする人は、それを知っている。
そしてそれを売ることで、時代から認められ、時代を加速させる。
商売とは、芸能とは、そういうものだ。大衆文化とは、そういうものだ。
そして少なからず、その時代を生きる人たちのチカラになる。
けどそれで時代が動くわけではない。(ナウシカも、ハルヒも、世界を変えられなかった)

(ちなみにこうやって組織的なアイドル、交代可能でそれを卒業というイベントにすらしてしまう超ビジネスマインド、見上げたものだが…これも学校と同じスタイルだと僕は思う。花を咲かせる人がいる。が、選ばれなかった人は、地下アイドルとして、一体どうやって暮らしているんだろう?)

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答えのない時代で、一人一人が助けを求める音楽が違う。
寄り添ってほしい音楽が違う。
それがこの時代の動く速さを象徴していたとしても。
今、その音楽に守られなかったら、壊れてしまう心がある。
今、その音楽を強く求める心がある。

今その人が必要としている音楽に助けてもらいながら、守られながら、次の一歩を踏み出してみてほしい。
ゆっくりと。力強く。

そのうち、音楽の趣味も変わるかもしれない笑

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ちなみにオトノネさんのブログの記事はどう考えても長いですね。
わかりにくいかもしれませんが。

このブログを最後まで読めるような時間を感じてくれる、時間の深さを感じてくれる人が、オトノネにきてくれたらいいかなとおもっています。
でなければ、せっかく来てくれても、「この塾、何もしてくれない!」と言われて終わってしまう気がする笑

何もしていない、、、、かも笑
正解は「何も《させない》」ですが。
いやいや、してくださいよ、勉強、やりたいだけ。
《したい》気持ちを、本気で、マックスで、応援します。

集中力という言葉がある。
それは、内的な動機付けがないとでてこない。
本気でないと出てこない。

集中力さえあれば、なんでもできる(ちょっと大げさだけど)、そのくらい、オトノネは本気を大切にしています。

「あれやって、次これやって…」
速すぎる速すぎる…

そんな「時間」を少しだけ操作するのがオトノネさんです。

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AKBあたりのヒット曲を時代を追って見ていくと、おもしろいかも。
歌詞とかね。

ねぇ、何をしたいの?
どこに行きたいの?

私だったら何もしたくない。

だそうです。

休んだら?
え?課題?宿題?やらなくてもいいから笑
いやもう、後ろで絡まったり積まれたりしているけやき坂の一人が、君なんだよね。

うまいなぁ。

積まれてないで、でておいでよ笑
もう、絡まりすぎてるのかもだけどね。

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けやきざか

バリ島でも、この時間感覚が変わってきている。

いわゆる、古老達のガムラン音楽は、時間を、創造している。
いわゆる若者たちのガムラン演奏は、時間を、機械的に、埋めようとしている。

どれだけテクニックを使っているか。
どれだけ速く演奏できるか。

新しい伝統が生み出されていくチカラ、若い人たちのチカラがバリ島には溢れている。

それは、ただ、変わって来ているものとして、受け入れるしかないのだろう。

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朝食をつくるに4時間、待つ大人の記事です。
ハプニングを受け入れる

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「時間」が課題・宿題というバケモノになったら(おとのねさんは、やれ!やれ!と言う人だった)
「名詞」の抽象性
言葉が育てるもの。言葉が傷つけるもの。

オトノネひろげるシェアぼたん

芸術で救われ、芸術で救う【富山ダルク】の海岸組

NPO法人 富山ダルクリカバリークルーズ

薬物依存症の大人が回復する取り組み。
で和太鼓のグループの名前は海岸組。

海岸組は、和太鼓グループだ。
薬物のない生活を目指している人たちが、太鼓を叩きながらいろんな人と出会う、介護施設や地域の納涼祭に出向き、太鼓を叩く。

自分自身を芸術との関わりで癒し、芸術の力で人と関わり、関わりながら、芸術の力をつかって人を元気にする。

感動した。

芸術は自分を救う。と同時に、誰かのチカラにもなる。
オトノネとして、心に留めておきたいとおもえた。

オトノネひろげるシェアぼたん

言葉が遅れている?遅れか、障害か。そこでグンデルを使ってみる。

3歳になるが、言葉がでてこない。

ということでHPをみて相談に来てくれた。

児童発達支援の事業所を回りながらいろいろな話を聞いているとのこと。

その子と、お母さんと、お父さんと3人で来てもらった。

様子をみていると。。。
確かに、遅れている。

でもお母さんの話では、お兄ちゃんも同じように言葉が遅かったが、保育園に通い始めてから言葉がでてきたということ。
ではこの子は?保育園に最近行き始めたばかり。療育センターに通うことにもなっているが、利用できるのはまだ先で、今からでも始められるところはないかということだった。

ただの遅れなのか、それとも障害(生まれ持ったもの)なのか。
それをお父さんお母さんは気にしているところでもあった。
養護学校ではなく、普通の学校に入れるのか。。。。

ーーーー

普通の学校に入るために、普通になるためにその子に何かをするのではなく、その子の発達のために何ができるのかを僕は考える。
クシュラの物語を思い出した。(お父さんお母さん、必読です!

個別化とは何か『クシュラの奇跡ー140冊の絵本との日々』

クシュラの場合は絵本だった。
その子の場合は、何だろうか?
それを探そうとして、いくつかあそびをやった。

あれも、これも、うーん。すぐに興味が消える。
あそびが続かない。集中して何かに取り組まない。
初めてのオトノネで混乱しているからだろうか。。。。

そこでグンデルに登場してもらった。
パングルを使って音をだした。
その子も出した。
いろんな音をだす。
その子もその子なりに音をだす。

結構な時間、続いた!
お母さんに背を向けて、お母さんを離れて集中してグンデルを挟んで僕と向き合っていた。

これかも。。。

おしまいには、その子は自分でパングルを置いて、意思表示をした。
(嫌なことは嫌と首を振って言える子だ)

「これをすれば必ず」というものは教育の世界にも療育の世界にもない。(保育の世界は少し例外らしいのだが。。)
オトノネはその子の世界を開く扉を探していく方法をとる。
その扉を叩き続ける。
一人で集中してできることは何か。
しかもそこに人とのコミュニケーションが存在することはなにか。

もし障害だとしても、ただの遅れだとしても、人と非言語であってもコミュニケーションをとる経験はこれからその子の役に立つ。

何がきっかけになるかはわからない。
もってうまれた気質もある。

それを「直そう」として心が歪むこともあるだろう。

あそびに没頭できない。
言葉が出てこない。

人間の不思議を解明しようとしていろんな研究者が研究をしているところで、現場はその研究の成果をなかなか取り入れられていないのではないかと思える今日この頃。まずはワーキングメモリの研究成果を調べてみよう。

自閉症・AD/HD、精神薄弱、いろんな言い方がされてしまうがその診断も、あいまいな乳幼児に対してできることは、祈るように、その子の世界の扉を叩き続けることなのではないかと、今の所僕はおもっている。

勉強を続けたい。

ーーーー

話の流れで、その子はスマホを手にするとホーム画面からyoutubeを自分で開いて、曲を選んで再生することができるという。
実際にやってもらった。

できている。。。
しかも取り上げられるまでずっと飽きずに見ているという。
ある意味でスマホにはその子の世界が開けている。

スマホの世界には開けている。

それにしても3歳児って、スマホ使えるんだ。。。。
ゲームならわかるけど。。。

youtube がどこにあって、どうしたら何が起きてという記号の意味を知っている。
どうやって学んだのか今度聞いてみよう。(出生児体重を聞くのも忘れた)

スマホがその子の世界を開くきっかけになるか。
うまくスマホの世界を使って、現実の世界で生きるチカラを育てられるだろうか。

これはかなり先進的な研究になるのではないかとおもうが、誰かやってくれるでしょうか?
ぜひやってください。

ーーーーー

保育園に行って、今までずっと一緒だったお母さんから離れることで、「やべぇ、喋んないと」とおもって言葉をだすかもしれない。
何がきっかけになるのかはわからない。
人間の神秘的な部分を大切に、僕ができることをしていこうとおもう。

オトノネひろげるシェアぼたん

子どもも大人も月月火水木金金

生徒が教えてくれるいろんなこと。

ーーーー

ついったーをやっていたら、
気付剤であるレッドブルー、モンスターであふれかえったゴミ箱が写っている写真のコメント欄に「自称進学校の闇」と書いてあったのをみた。
そんな今日この頃。

その話を生徒にしてみたら。
「そうですよー休みがないんですよー。月月火水木金金なんですー」と。

え!!????

何それ。。。

話を聞くとそんな歌があるのだという。

さっそくyoutubeさんに聞いてみよう!

とりあえずオトノネさんは笑いながら歌う。最後の
げっつげっつかーすいもくきんきーん!!!

でおとのねさん再び大爆笑。

いやー。笑った。
なんだこれは。
そう。当時は、当時の歌は、言葉に社会を映し出す力があった。
(今は、そういう言葉たちはボカロの世界に移住した)

ーーーー

さて、そこから真面目なお話。

wikipediaの説明
土日がなく、月曜と金曜が二回ある、土日を返上して働く、訓練するという意味なのだが。。。

ふと思った。
「自虐」は日本の精神文化なのだろうか?
どうしようもない現状、どうしようもない自分をアイデンティティーとして受け入れようとする。
その心の表れが自虐なのだろうか。。。

戦時の歌が、進学校の高校生たちに歌い継がれている。

そこでふとおもった。

「一年と経たないうちに、今の若者は会社を辞める」という言葉を聞いたことがある。
今の高校生たちは、中学生のときから、勉強勉強でかれこれ6年間も過酷な労働に晒されていた。
だから仕事は好きなことをしたい。
好きなように仕事をしたい。
楽しみたい。

そう思えても仕方ないのかもしれない。
「一年と経たないうちに、今の若者は会社を辞める」という言葉を使う人たちが経験したことのない高校時代を、学生時代を過ごしている。
働いても働いても給料がでるわけでもないし、三種の神器があるわけでもない。
しあわせのカタチがひとりひとり違う時代。

そんな今、この時代を生きている子どもたちのために、社会は開かれているのだろうか。

新しい歌を、言葉を、人々は語っているだろうか。

自虐の文化は「笑いながら、この現状を笑い飛ばしながら生きようとする」文化なのかもしれない。
江戸時代の「ええじゃないか」の唄のように。

歌が支える心がある。
歌が表す心がある。
歌が、人々の力になる。

ーーー

モンスター飲みすぎるとカフェイン中毒で早死にするってよ!バルザックみたいに!?(当時にしたらまぁ普通?)

「混み合い」理論とあそびと月月火水木金金。まだ誰かが「非国民!」と叫ぶ声がコダマする日本。

海軍のポスターで取り上げられた「月月火水木金金」
海軍のポスターで取り上げられた「月月火水木金金」

「稽古」と「習い事」

賢いお母さんの「習い事」作戦。

習い事を「させられ続けた」子どもの心

オトノネひろげるシェアぼたん

森のシンガーソングライター山田証さんと出会う。

どうしてか忘れてしまったけれどたまたまFBで知り合って「今度日曜日どこにいますか?」「あ、近くですね」「じゃぁ」ということでお会いしてきました。もう一ヶ月くらい前のこと、思い倦ねて投稿できずにいましたが。

山田証さんのFacebookはこちら

最初にメッセージを送った時に「音楽家として副業せずに、暮らしているのか」と聞いてみた。
話を聞くと、音楽家、というより、表現者として、ギターを選んだ、ということ。

いろんな話を聞きながら、証さんは小さい時から自分に素直に、素直に、生きて来たんだなぁとおもう。
つきつめて、つきつめて、ただ自分らしい自分を応援して、考えて、勉強して、学んで、気づいて、行動して。

その繰り返しで、全国で「森のうた」の輪が広がっている。

ーーー

劇場の中で自分の仕事をすればよかった韓国時代と比べて、日本ではプロデュースから自分でやらないといけない。人にどう見せるか。「それは、自分がお金を払ってもみたいとおもえる、行きたいと思える舞台か」をよくよく吟味する。

そして自分が求めている報酬をはっきり明示する。旗を立ててみて、その結果をみて、また修正していく。
とにかく今、フラグを立てよう。というお話でした。

「コレ」というものをもっている人は、やっている人は、どこか不思議な魅力をもっている。
おとのねさん、そろそろ始めないと、そのうち、死んじゃうからね!

オトノネひろげるシェアぼたん

物語の世界がそだてる心

ふと思い出す物語がある。

赤ちゃんを身ごもっている時に、何かをお母さんがして、それでモノノケが赤ちゃんに入り込むという話。

何かの拍子で、物の怪に取り憑かれる話。

そういう話が、昔、たくさんあった。

物の怪の世界があった。

今の世の中、物の怪の物語が語られることは少ない。

ヒーローものの物語は「強くなっていく」「強い心をみせる」「仲間と出会っていく」ような流れ、「こんなんに立ち向かい、克服する」「執念を曲げない」みたいなこと。

いろいろな漫画が溢れている。

アニメは、SFのような、特別な能力をもった登場人物たちがどんちゃかやるかんじ。もしくは、青春のドラマを甘酸っぱくみせるかんじ。

憧れを抱いたり、「すげー」とかおもうような内容。

そんなアニメの中で多くのことを学べる。僕も「殺せんせー」から学ぶことがたくさんあった。日常生活では出会えない言葉たちとの出会いがアニメの中にはある。

哲学的なアニメもたくさんある。「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「PSYCHO-PASS」とか。世界とは何か。法とは何か。正義とはなにか。漫画でも「思考・認識」を意識させるものがたくさんある。「バカボンド」とか。誰かに感情移入しながら、俯瞰的に眺められる、耳を傾けられる物語は、心の成長のために大切なことだとおもう。

一番肝心なのは、自分自身が今、置かれている、演じている物語だ。自分劇場。自分の心をみつめ、言葉を発する劇場。

話がそれた。物の怪の話。

世の中には物の怪が集まっている。物の怪には力がある。物の怪の世界がある。物の怪の世界はすぐ近くにあるが、たいてい、みんな蛍光灯の下で働きすぎで気がつけずに取り憑かれてそのままになる。みんなが物の怪に気がつかない方が、得をする人たちがいるのだ。気がついても、どうしたらいいかわからないことがしばしば。

世の中にはお化けが、物の怪が、怨霊が、妖怪が、モンスターが、たくさんいると思っておくだけで、気が楽になれないだろうか。その人は、取り憑かれているだけなのだ。

親から子どもへと、受け継がれる類の怨霊も、いる。

よし!絵本!

オトノネひろげるシェアぼたん

オトノネさんは写実が苦手

おとのねさんは絵が下手です。

最近高校生たちと読んだ「星の王子さま」のサンテクジュペリも絵が下手で・・・といいながらあの挿絵を描いたわけだが。

思えば、絵を描くことも、文字を覚えると同様に、もし社会的にみんながやって当然のこと、コミュニケーションスキルとして必要とされたらどうなるか。

もし音楽をひとりひとりなにかしら奏でることでひととひとがハッピーになれるような社会の仕組みがあったらどうだろう。

人であれば、絵を描ける。人であれば、音楽を奏でられる。

そういう社会があったら???(イスラムの人たちは、声という楽器で誰もが歌う(向こうの人は歌うとはいわずに、話すのだという))言語を使った人間関係に限界がきていると僕は感じる。言葉がもう大事にされなくなってきてしまった。他のものは?それは絵とか、音楽じゃないか。もっと他のものもあるけれど(もう単純な、思いやり)。

とにかく疲れ切った言葉たちを休ませ、心を元気にするのに絵を描いたり、音楽をしたりできるような「場所」がどこにあるだろうか。(オトノネさんはどうしていつもお金にこまっているんだろう?)もしくは、気をかけてくれる、一緒にいてくれるだれかが、そばにいてくれるだろうか。

疲れた言葉たちを休ませることは、心を休ませることだ。

オトノネがもしかしたら一番オトノネらしくなれるのは、お勉強じゃなくて、やっぱり音楽なのかな、とおもったりする(バイトしなきゃね)。

オトノネひろげるシェアぼたん

本当は怖い中古ピアノ

実はこの間、物流センターみたいな場所にピアノがあったよ!と知り合いの人が教えてくれて、行ってきました。

結局、「このピアノはどこを騙しているのか」と疑って音を出したり、見たりした。
音を出した時に気がつかなかったことが悔しいのだが、中身を開けて、「ああ、なるほど」と納得した。

高音部のキーを叩いて、その後に指を離しても、音がなり続けていたのだ。
中を見ると、ハンマーが、なかった!

高音部以外の、ハンマーも、なぜか木製でなく、プラスチック製で、接着も雑であった。
20年以上前のピアノだと、プラスチックの加工技術がまだまだで時間が経つと色がアイボリーになってくる。
外見も綺麗で古いような気はしない。なぜKAWAIのピアノがこんな姿になったのか。。。

ヤフーオークションで流れているピアノも事情は変わらないかもしれない。
どんな人がどんなふうに使って、売っているのかわからない。
ピアノを中古で買うなら、ちゃんとしたところがいい、と、私は思った。

それにしても、グランドピアノの音が、よかったなぁと、思い出してしまう。
音がいいと、好きになってしまう。

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中古ピアノを見てきた。

金沢にあるピアノ屋さんに中古ピアノを見に行った。
値段は何でかわるのか?どんな種類のピアノがあるのか?
いろんなことを聞きながら、

弾き比べをはじめてやってみた。

音が全然ちがうんだとおもった。
簡単にいうと、ひとつひとつのピアノは音が違っていて、大きく分けて2種類の音がある。

軽くて飛び跳ねるような音がでるピアノ
ちょっとジメッとして、重たく、落ち着きがある音をだすピアノ

子どもに弾いて欲しいのは、重たい感じの、落ち着いた音がでるピアノだ。
世の中には、神経を騒がせる音がたくさんある。
どうして音楽を習うのか。僕は子どもに音の美しさ、内向性を感じて欲しいとおもっている。
外へ!外へ!向かうような世の中で、立ち止まって自分の出す音に耳を傾けられるような音。
飛び跳ねて外にすぐでていってしまう音よりも、僕はそっちの音のほうが、子どもたちに弾いて欲しいとおもった。

グランドピアノとアップライトも弾き比べてきた。
アップライトだと、高い音がどうしてもキーンとしてしまう。
ピアノの中に余裕がなくて、弦が短いし、ハンマーを打つ場所も制限されているからだ。
グランドは、高い音でも、のびのびとして聞こえる。

電子ピアノもあったから弾いてみた。
やっぱり、子どもには生の楽器の音を聞かせたいとおもった。

使わないピアノがあったら、教えてください!

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