小説と論説の違い。悪文とは何か。

小説と論説の違いは何か。

小説は、物語だ。
論説は、意見だ。

小説は具象を顕し、抽象を隠す。
論説は抽象を顕し、具象を隠す。
(荒々しく表現すると、そうなるとおもう)

小説を読むには、具象の中に抽象を見ること、
論説を読むには、抽象の中に具象をみることが大切だ。

ーーーーーー

物語は論理を隠すことがある。
論理、というものも抽象の一部だろう。
物語は心情を隠すことがある。
心情、といううのも抽象の一部だろう。

文章には書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していく。
言葉を自分のなかに生み出していく。

意見は論理を隠さない。
一方で、その論理を生み出した数々の血肉が伝わらないことがある。
論説は、抽象語で書かれている。どれだけその言葉に血肉を与えられるのか。

文章には書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していく。
言葉を自分のなかに生み出していく。

ーーーーー

これは人間の社会でも同じこと。
ある人がいう言葉、ある人が起こす行動、そういうもの一つ一つには書かれていない言葉を、文章から紡ぎ出していくことで、人を理解する。

ーーーーー

悪文、というものがある。
物語にしても、悪文があり、論説にしても、悪文があるのだろうけれど、とくに論説で悪文が多い。

今でも記憶に残っているのは、大学受験の現代文でみた文章。
「悪文がでてきたら、君はどうするのか」と問われているかのような、わけのわからない文章だった。

読み手がわかるかわからないか、その限界を狙うかのような、「ご意見」。。。。
抽象語の嵐。「何言っているのか」意味がわからない。

ーーーーー

これは人間の社会でも同じこと。
わけのわからない現象や出来事、人間がいる。
そんな文章と出会ったら、どうするのか?

これはお父さんやお母さんにもいえること。
「悪文」を「悪文」とおもえない状況が、この日本ではまかりとおっているのだが。
文章を批判できる人が少ない。
(おかげさまで、合格実績とか雰囲気とかブランドとかいろんなイメージだけで売れる教育業界である)

経済対策?
無償化?
外国人労働者?
消費税?

言葉自体が抽象の海をただよって、目の前で起こっている現象を具象としてみることができない。

これは、とてつもなく、「悪文」だ。
だれか、本当のことを、僕らにもわかるように、「説明」してくれないのだろうか?
いやいや、自分で「学べ」ということらしい。

今、日本はどうなっているの?
僕はまだその情報にアクセスできていない。
論理立てて、「経済」と「歴史」を語れない。
高度経済成長は、どのように引き起こされたのか?
この国の体質は、どのように生まれたのか?
ただただ、貧しい暮らしの中で、楽しみを見つけるだけ・・・が日本人に残された唯一の救いなのか。

パンとサーカス。

安冨さんの本読まなきゃかな・・

「お金」という抽象語の実態を、まだ僕はお金の気持ちで理解できていない。
「名詞」の抽象性
「蛇」は抽象語か
抽象の効果

うーん。

お金について、学ぶ時期かな。
日本という場所を知る時が、来たのか・・・
(多くのお母さんたちはこの貧しい国の現状を直感で察知して、子供を戦争に送り出して勲章をもらおうとしたり、それこそ東大話法というやつか)

逆にこの戦争から遠ざかって生きるように、子どもを励ますお母さんもいる。
それは「勉強できないから」ではなく、それが新しい時代に適応する最適解だと直感しているからだろう。

日本が子どもに戦争を続けさせるのは、教育産業で特需景気になるから。
対話ができない政治家。令和時代の戦争とピクニック。
戦争をさせられる子どもたち(学校という経験・受験という経験)
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

ーーーーー

僕の書く文章も「わかりにくい」だろうか。
わかりやすく伝えるための修行が、僕にも必要なのかもしれない。

多くの人は、もしかしたら僕の文章を理解できないかもしれない。
その場合は、ブログではなくHPの印象だけで電話してくれてもいい。
話した方がいい。

読むのが苦手なら、話をしたらいい。

得手不得手は誰にでもある。

言葉では語られていない言葉を、紡ぎ出していく。
自分のなかに言葉を生み出していく。
その言葉を、出してみる。

そのプロセスが、お父さんやお母さんにも必要なのかもしれない。

オトノネひろげるシェアぼたん

「自己内対話」のメタスキルを伝える

メタスキル をもっている人は、どうやって勉強しているんだろう?
「できる」人と「できない」人の違いはなんなんだろう?

オトノネは、メタスキルを伸ばすために考えます。

例えば、「今の自分が取り組める量は、このくらいだ」というメタ認知をする能力。
この能力がないと、ただただ量に圧倒されて「できない」で終わる。

一斉授業であれば、ただ受けるだけで終わり、このメタ認知は育たない。
どんどん先に進むのにただついていくだけだからだ。

個別指導だと・・・分量を少なくするとか、やる範囲を狭めるとか、工夫はしてもらえるだろう。
もしくは丁寧に一問一問解説をしていくだけで終わるだろう。
それはそれでその子の役に立つかもしれない。
(ただしそれでメタスキルを育てずに先生に依存してしまう子もいる。)

オトノネは?

もしかしたら、「問う」メタスキルが使えていないのでは・・・・とおもう。
「問う」メタスキル は、実は、小さい頃に誰でも通ってきた遊びから学べることだ。

当てっこゲームというものがある。
誰か1人が、答えを決める。例えば、ライオン。
それから最初にヒントを出す。「毛が生えています」
それから、当てる側の人間は質問していく。「かわいいですか?」
YESかNOで答えられることもあれば、そうでないこともある。
「どこに住んでいますか?」

ライオンというもののありとあらゆる情報を、頭の中でつなげていく。
クイズが面白くなるように、答え方も考える。質問の仕方も考える。

ーーーーー

答えを「温暖前線」にしてみよう。
ここにたどり着くために、いろんな質問をしてみよう。
「どの単元ですか?」・・・地学ですね。
「宇宙と関係ありますか?」・・・ありませんね。
「寒い暑いに関係ありますか?」・・・・ありますね。(この時点で地質の範囲ではないとわかる)
「動きますか?」動きます。
「雨と関係ありますか?」ありますね。
「前線って言葉は入っていますか?」入っていますね。
「積乱雲ができますか、乱層雲ができますか?」。。。乱層雲です。
わかった!温暖前線だ!

というように。

こうした「問う」「答える」の繰り返しを、誰かとやるとゲームになる。
これを、1人でできるか?(「温暖前線」が答えになるような問いを自分で作れるか)

1人で問いを立て、答えるというメタスキルだ。

このスキルは人間の精神活動そのものだと僕はおもう。

ーーーーー

こういった学び方は、日常生活の中で出会ういろんな違和感、不思議に「問う」ことから自然と身につくもの。
大人が「それ、何?どんなの?教えて」という問いかけをすることで、子どものなかにできる言葉のチカラ。
大人の助けを借りて、内言が開花する9歳以降、子供は自分自身で内省をするようになる。

一つの言葉をいろんな言葉で説明していく。
つながっていく。
理解していく。

そうしたつながりを、問いを立てずにただただ「暗記」していく「定期テスト対策」でメタスキル は育たない。

もちろん、「問題」を解きまくることで「問い」をもらい続けることもできる。
与えられた「問い」に答えながら、「答える」ことができる。

けどそればかりでは「問う」スキルは得られない。

中学生くらいになったら、ほとんど成績の順位がかわらない(?)というのは、その時点ですでにこのメタスキルが「できる」子と「できない」子がいるからではないか。自問自答のメタスキル、抽象化、仮説をつくり始める年齢は9歳だ。小学校卒業までには「問い」を深めることができるようになる。

中学校になると、その範囲が広がる。
「問う」スキルが前提となって、宿題やら何やらがでてくる。

「問う」ことができずに、「教えてもらう」ことしかできない子が多いのは、そのせいかもしれない。

ーーーーー

自ら「問う」ことを励まさず、「行為」を要求するだけの大人が多すぎないか。
言葉を「問う」か、行為を「乞う」か。

他者から与えられる「問い」も大切だ。
だがそれに答えるためにもっと多くの「問い」を発するのが「自己内対話」である。

他者から与えられる「問い」も大切だ。
自己内対話だけでやってしまうと鬱になることもある。
他者は必要だ。
そのバランスをとることが、大切だとおもう。

「話す」こともメタスキルだ。

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自己内対話のメタスキル、実は多くのスポーツ選手や芸術家がもっている。
「どうしたら、こうなるのか。よくなるのか。早く走れるのか。早く投げられるのか。強く蹴れるのか」
「どうしたらいい音がでるのか。どんな色が欲しいのか。どうやって書いたらいいのか。何を書くか。何を奏でるか」
その答えを探す道そのものが対話。

練習。
この場合は、肉体との対話になるわけだが。。。

スポーツができるのに、「勉強」はできない、、、という人もいる。
それがその子の特性だと認めなくてはならないかもしれない。

だとしたら、その天の才を自覚しながら、伸ばしながら、せめて「勉強」ではなく、自分自身の人生を「問う」、流されずに進んでいくメタスキルを伸ばしてほしいとおもう。

「問う」メタスキル は、きっとチカラになると、僕は信じている。
「問う」ことの限界も、その中で見えてくるはずだ。

その時その時、人生で「問い」、本気で「応える」積み重ねをしていくと、深みのある人間になると僕は思っている。

ーーーー

メタスキル はメタスキル を育てる。
「問う」メタスキル によって、「聞く」メタスキル も育つ。
他者理解、他者との対話メタスキル も、育つ。

メタスキル とは、そういうものなのです。

オトノネひろげるシェアぼたん

フィンランドの精神福祉(メンタルヘルス)の施策と日本の「定期テスト対策」の差が自殺率に現れる。

社会人もオトノネで学んでいる。

精神保健福祉士の資格をとるために一緒に勉強している人とテキストをみながら、フィンランドの自殺率は実は日本より高かった(過去形)ことを知った。
フィンランドの自殺率

元の記事はこちらから
https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-034-08-09-g267

ではどういう試みをしたか?
というと。。

1972年、各自治体に保健医療センターの設置が義務付けられた。
1984年、日本で宇都宮事件の時、フィンランドはすでに入院医療から地域ケアへと施策を変えていた。
それから最速と言われる速さで入院医療が減る。それを支えたのは、保健医療センターとプライマリ医と他職種によるケアであったと。

フィンランドでは全国で200の保険医療センターがあり、その5つのセンターが集まったところに専門医のいる医療機関がある。さらに重篤なケースは全国に5箇所ある大学病院で対応する、というシステムだ。

精神保健、メンタルヘルスは病院の中だけでどうにかできることではない、地域、家族、学校、職場、あらゆる場所で鬱になる人が出て来て、自殺に至る。アルコール依存症のケースもある。それは病院の中だけで、定期テスト対策のように「対策」しても無駄だ。フィンランドはプライマリケアに尽くした。そもそも「定期テスト対策」にならないような生活、暮らしを作り出すようにした。そのための人材が、ソーシャルワーカーだ。

日本が15に対してフィンランドは150。
(そもそもソーシャルワーカーとは何か?ということを日本人は知っているだろうか)
読んだことがないけれど、ソーシャルワークとはなにかを理解するのに、これが一番だろうという本を紹介しておきます。
ソーシャルワーク

「定期テスト対策」ではない、暮らしレベルの福祉のために、フィンランドという国は施策を重ねて来た。
その結果が、この自殺率の減少。(再喝)
フィンランドの自殺率

日本でどれだけのメンタルヘルス、精神保健、心の健全さが保たれる社会的なしくみがあるだろうか?
フィンランドにある保健医療センターに該当する施設は、日本では精神保健福祉センターであり、県にひとつ。
いやいやそれ以外にも、サポートする場所はあるだろう。。。例えば、保育所はお母さんのメンタルヘルスの相談設けることになっている。
「タテマエ」は。

実際は、そうなっていない。
結果が、伴っていない。

子供の精神福祉のことだけを考えても。
児童相談所はてんてこまい。
スタッフは忙しすぎて、忙殺され、やめていく。
児童養護施設ははち切れる。
児童虐待が止まらない(子供は減っているが)。

成人の精神保健の現場も、日本はなんら変わっていない。

精神科のベットの数はなかなか減らない。塾や学校に縛り付けるのと同じように、多くの人が精神科のベットに縛り付けられている。

在院日数も日本はダントツだ。

入院にはお金がかかる。(しかしそれでお医者さんはお金儲けをしているのだからどうしようもない)
多額の税金が、「定期テスト対策」に使われる。
もっと多くの人にとって有益になる方法は?

クリエイティブに考えられないだろうか。
考えられていない、のが現状だ。それが日本の精神文化だとしたら??
それを国レベルで変えるのは教育しかない。大人がしくみをつくるしかない(が、自民公明党は作る気がない)。

これは精神保健だけの話ではない。

学校も、職場も、家庭も、地域も同様だ。

ーーーー

最後に一つ。
日本の人口は1億2千万くらい。
フィンランドの人口は600万人くらい。

それに対して先ほどの精神科スタッフの数をみてほしい。
この数字をどうみるか。
一体、日本人は、「なんのために働いているのか」
一体、日本政府は、「なんのために働かせているのか」
自民公明党はまだ昭和の夢をみているような気がするのは、僕だけか。

日本のシステムが壊れていることを数字で理解できないなら、教育がなんのために行われているのか、わからない。

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とりあえずお母さんが定期テスト対策をやめさせるところから始めたらいいと思います。

寒い国は自殺者が多いといいます。
鬱々しているからだと。では、どうやって北の国の人はメンタルヘルスを保ってきたのでしょうか?
それが富山県の精神文化なのだとおもいます。
本当に不思議な【富山ブラック】富山県高岡市という子育ての条件。幸福度と自殺者。

さて、富山県の、日本の精神文化とは、なんなのでしょうか?

—–

ちなみに、フィンランドが発祥らしい、「オープンダイアローグ」なるものも有名だ。
対話、対話、フィンランドはオトノネの友達だ。

オープンダイアローグ

「怪獣」は、悪か。善か。子どもの「問題行動」とは?
富山のメンタルヘルスと怪獣。
フィンランドの精神福祉(メンタルヘルス)の施策と日本の「定期テスト対策」の差が自殺率に現れる。
本当に不思議な【富山ブラック】富山県という子育ての条件。幸福度と自殺者。
高岡高校の自殺は、政治が根本的な原因?

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【メタスキル】歴史の勉強

生徒がバルカン同盟とは何かを調べている。
教科書の内容があまりにも貧相であるため、参考書、資料集、問題集まで駆使する。

定期テスト対策であれば、与えられたプリントを丸暗記する、このキーワードが出たらこれを答える!ということだけ考えたら点数がとれる。

一流の学習者は、
1何かの出来事を中心に
2なぜそれがおきたか
3その後どうなったか

を筋道を立てて説明できるようにする。
しかも、誰にでもわかりやすい言葉で。

「そこまで試験にでないよ」という子がいたら、なんて答えてあげたらいいだろう?
「そういう勉強法を、暗記って言って、すぐに忘れるんだよ」と言ってあげよう。

まぁ世界史なぞ、細かい用語などを覚えていても時が経てば忘れるもの。
大事なのは?

それがメタスキル というものだと僕は思う。

小さな国のいざこざを利用して大きな国が覇権を握ろうとするのはいつの時代も同じ。
米ソの冷戦の構造とも似ている。

今の時代、日本はまだ「近代」にいる。
アメリカの僕として働いている。

欧州でもイギリスがEUから離脱したのかなんだか。どうなったの?
日本は日本でまだ富国強兵、帝国主義政策をしている。

そんなことも、歴史を学びながら勉強できる。

今への視点をなくしてしまう歴史の授業ほど、意味のない、おもしろくないものはない。

歴史を読み替える。
例えば僕が「国Aがびびって、仲間を増やして多勢に無勢で国Bをいじめようとしたんだよ。国Aがびびりなんだな」とか言って歴史を解体してくれる先生がいたら、歴史が好きになっていたかもしれない。
僕のこの能力は大人になってから出てきた。

僕のこの能力は、自分の好きな「日本と外国の芸能史」を調べながら手に入れたもの。
メタスキルを育てる条件。それは、学校で学ばないことである笑

ーーーーーーーー

ところで、歴史を学んで思うこと。
小さな革命が大国に潰されて行く歴史。
大国同士が潰し合う歴史。
そこで生まれた秩序のなかの混沌の中に、いま私たちが暮らしていること。

ゲルニカのメッセージは、届かなかったこと。
岡本太郎の太陽の塔の光は、届かなかったこと。

ーーーー

生徒と勉強をしていて思いついた話。第一次世界大戦中、ドイツくんが空き地で無敵潜水艦ごっこをして、ボールが隣のアメリカさんの食料庫の窓を壊してしまいました。
怒ったアメリカさんはこう行って対戦に参戦しました。「どこのどいつだ!」

ーーーーー

独立・自立しようとする人々。
それを利用したり、拒んだりする人々。

ドイツって、二つの対戦両方で負けてるんだね。
自信をもって対戦初めてるんだろうけどね。
なんでだろうね。

ドイツの人は真面目、だという。
日本も真面目、だという。

敗戦でうまれた何かが歴史の中に根を張っているのだろうか。

ーーーーー

ユダヤ人迫害。
大人数が少数をいじめたら迫害。
少数が大人数をいじめたら?独裁。

日本人は自民公明党に迫害されていることに気がついていない。
歴史をいくら学んでも、心がなければ、気がつかない。

もちろんこの考え方も、ただの私のファンタジーだが。
ファンタジーがない勉強法を、暗記という。
ファンタジー力は、メタスキル です。

誰でももっているものを、もう一度、大切に引き出してみませんか?

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オトノネひろげるシェアぼたん

英語の応用の勉強って何?

オトノネyoutubeチャンネルでこんなコメントが届いた。

問い
英語の応用の参考書のおすすめとかあるでしょうか?

答え
受験英語にもいろんな英語があります。どんな英語を求められているのかによっても違うし、英語の好き嫌いもあるとおもいます。僕は国語の教科書にある文章を英作して先生にみてもらっていました。そういう勉強法もあるとおもいます。『英文解釈考』は有名ですね。僕は中原さんの『新英文読解法』も読んでいました。が、今の時代、生の英語からたくさん吸収するといいかもしれません。興味ある分野があれば、英語圏でその分野がある大学の「大学案内」をみたり、英語の記事をみたり。英語圏の人のツイッターをみたり。情報の入口がつかめるとおもいます。今の時代、そういった「応用」も簡単にできます。答えになっているでしょうか。美しい言葉と出会えるといいですね^^

オトノネひろげるシェアぼたん

難しいを簡単にするチカラ

複雑を単純にするチカラ。
ほとんどの教科で必須スキル。

世界史の教科書に難しい言葉が書いていた。
三国同盟って何?と聞く。
わからないという。
教科書に書いてあるよという、
それが、意味不明だという。

で、僕は翻訳した。
「ドイツがロシアにビビってイタリアとオーストリアと仲良くした」

三国協商を翻訳するとこうなる。
「イギリスはドイツといつも喧嘩していて、これを機にロシアとフランスを仲間にした」

世界史で、人間関係を学べる。

言葉を変えるだけで、理解ができる。
頭に残る。

だったら、その翻訳機をつくろうぜ!

ーーーー

日常生活にあるいろんな複雑そうにみえる問題も、こうして「大人が翻訳」していくことで、どう対処していいか、どう理解していいかを子供は学んでいく。

情動知性、感情知性、社会的非認知スキルというものも、こうした大人の世界観、大人の暮らしから、子供は学んでいくものだとおもう。

「今日学校でこういうことがあってへこんでるんです。お母さんならどうしますか」とおとのねさんはあるお母さんに聞いた。
「忙しすぎて、凹んでられないですね。次の仕事します笑」と、“笑って”答えてくれた。

言葉よりも、この笑いとその響きから、多くを学んだ。

しっかりして!おとのねさん!

オトノネひろげるシェアぼたん

価値ある仕事

とある心ある放課後児童クラブのスタッフの人。

「働いてくれる人が少なくて、いつでも人手不足です。近くのイオンの時給が高いので

生徒が授業中に手遊びをしていてかんしゃくをおこして、机を蹴り飛ばして生徒を身体的に傷つけて、「親にはいうな」と口止めをして、子供が親に報告して問題になって「定年間近だから、教育委員会には言わないでくれ」と懇願した先生たちがいる。

もちろん、その先生は高給取りだ。
この後に及んで退職金、天下り先まで持って行こうとしている。
(そういう事件が起きた学校の管理職の先生にも影響が及ぶから必死だ)

ーーーーー

お金は付いてくる、と誰かが言った。
まだ、僕にはついてこない。

その仕組みを知りたいと、僕はおもった。

オトノネひろげるシェアぼたん

踊る小学英語

水泳、そろばん、塾、英語教室、公文。毎日分刻みで習い事に勤しむ小学生。
いつもは元気な先生とワイワイやっている小学英語の授業だが、今日は僕がピンチヒッター。
静かぁに話をしていると、白目を向いて気絶したかのように、眠った。
疲れてるんだね!気を張っているんだね!睡眠学習がいいとおもう!

小学英語が導入されて、子どもの心がよけい擦り切れていませんか?

オトノネひろげるシェアぼたん

日本が子どもに戦争を続けさせるのは、教育産業で特需景気になるから。

人工知能「東ロボくん」、センター試験模試で「偏差値57.8」 数学と世界史は偏差値60超え

こっちは進研模試
HOME> 教育> 教育動向> 教育ニュース ICT 全対象 2016/08/24 人工知能に勝つには「読解力テスト」から!?

こういうものを見ると、アニメ『サイコパス』のシビラシステムの世界が、各個人を一人一人テストし、その診断結果で職業を決めるのを思い出す。
それが、合理的な、世界になる。

外国人労働者が入り始めた。
もう教科書が読めなくても、言われたことだけできたらいい人材がいたらいいということでこうなった。

いいんだけどさ。

人間の価値って何?

なんで勉強しなくちゃいけないの?

そう、教育産業にお金を流すために、君は勉強をさせられている。

そういって、生きていく人も、たくさんいるだろう。

国の方針は、決まった。

オトノネは、そうするか。

ーーーーーー

AI、テクノロジーは人間に問いかける。
「僕を、どう使うんだい?僕をつくって、何に気がついたんだい?」

心次第。

オトノネひろげるシェアぼたん

個別化・自立のための小学生の「お勉強」法(小学3年生からの家庭教育)

IQ,認知能力、知能、いわゆる「お勉強」のお話です。
そうではない「しあわせ」や感情知性、メタスキルの話ではないのでご理解ください。

この後、「お勉強」の本を紹介しますが、どれも「学校の授業」や「学校の宿題」をやらない代わりに自主的に・自立して・個別的に取り組む前提で話しています。学校の「お勉強」に上乗せしないでくださいね笑

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オトノネには小学生も通っている。

けど学校が嫌になって、今は通っていない。
そこでオトノネに来た。

算数と国語が、苦手だという。
だからオトノネでは
「数の経験」をしてもらって、「式」と「数」を使うあそびをしている。
実際に、数を数える
数学であそぶ

お迎えがきて、お母さんが一言「家でもできることはありますか」と。
なるほど。

家でおとのねさんがやっていることは再現できないだろう。
その場その場で起きることを受け止めながら、あそびを発展させていくやりかたは、お母さんには厳しいかもしれない。(いや、やってみてほしいのだけれど…)

それで本屋に行っていろいろとオトノネ流を再現できそうな本がないか調べてみた。

ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー

眺めながら。
中学生になった時にはっきり現れる「学力差」というものがある。
それが小学生の時にはっきりでてくるような気がした。

中学生になって塾に通うなら、小学生のときに「ちゃんと」見てあげること。
学校で「ちゃんと」見てもらえない分、家で「ちゃんと」見てあげること。

小学生の時が、大切だとおもった。
子供の学習費調査の「5 世帯の年間収入段階別,項目別経費の金額段階別構成比」

子供の学習費調査は、全国の公立並びに私立の幼稚園、小学校、中学校、高等学校(全日制)に通う幼児児童生徒を対象にした統計調査で、2年ごとに実施されます。保護者が1年間に支出した子供一人当たりの経費を、学校教育費・学校給食費・学校外活動費に分け、世帯の年間収入の実態とともに調査しています。

別に、勉強ができなくてもいい、と思っているが。
勉強嫌いにはなってほしくない。
ちょっとした葛藤を感じながら、本屋にある本を見ていった。

(ちなみにおとのねさんは小学生のとき学校の勉強以外したことがない。熱心に生き物を育てたり、鳥の観察にいったりしていた。習い事は、いろいろやらされたが、ことごとく欠席を繰り返したが、お絵かき教室だけは通っていた)

ーーーーーーーーーー

結論、小学3年生以降(8歳!)「学校の勉強ができていない」「授業においていかれた」とお父さんお母さんが判断したら、すぐさまその授業から離脱してほしいとおもった。算数なら算数、国語なら国語の授業だけでもいい。その時間、自習をさせてくださいと頼んで、この問題集をやっていたらいい。

授業を「無為」に過ごす時間を、少しでも学びの時間に変えよう。
大丈夫です。
法律で、守られています。

学校教育の「宿題(労働)・定期テスト(評価)・一斉授業(集団性)」より家庭教育の「自立心・個別化・社会性」を大切にしても大丈夫な法的根拠

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グレードアップ問題集小学1年算数 計算・図形
『Z会 グレードアップ問題集』

この問題集は、「計算問題集」ではありません。
グレードアップ、と書いてありますが、とてもよい、「メタ」に近いことが「できるか」がわかります。
小学3年生または4年生から、この本の小学1年生をやる。(小学1・2年生の時は、あそびを通じて心やメタスキルを育ててほしい)
それも「1日、見開き1ページ」くらいでいい。(本人がやりたいといったらやってもいい)

肝心なことは「どこからわからなくなったか」「どのチカラ(メタ)が弱いのか」をお父さんお母さんが家で「ちゃんと」判断すること。
凹凸か、スローラーンか、それとも・・・・「経験」がないのか。
算数ができないのはLDかスローラーンなだけか、それとも経験不足か。

学習障害LDか、スローラーンなだけか。

この本はうまくできていて、家庭でも、日常生活の中でお父さんお母さんが子どもに「問いかけられる」ヒントが詰まっている。

「ああ、こういう経験が足りないんだな」とおもったら、積極的に、一緒に、何かをしてほしい。
家庭で、学びの時間をつくってほしい(それでもよくわからなくなったらオトノネにきたらいい)

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算数と国語を同時に伸ばすパズル
こういう本もあった。おもしろい。
『算数と国語を同時に伸ばすパズル』

「試行錯誤」しながら、情報を整理して、論理をつかんで、問いに答える。
一冊、買っておいて、小学3年生くらいから「やってみる?」と言って「あそび道具」としてあげたらいい。

これだけ、計算手順ではなく、脳内で「試行錯誤」を要求する本は滅多にない。
(こういう「試行錯誤」するゲームがおもしろいと思えるような子どもには、あっているだろう)

飛び道具的に使ったらいいとおもう。

この本の内容にも通じる「あは!」があるパズルです。
仮説を立てたり、いろんな場合を考えたり、情報をうまく使うあそびです。
教科書では学べない数学的思考: 「ウーン!」と「アハ!」から学ぶ

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 (分野別学習ノート算数)
『分野別学習ノート算数』

すでに紹介している、『Z会 グレードアップ問題集』でわからなかったところを、重点的に「繰り返す」問題集として使ってもいい。
(1歳のとき、子どもが同じことを繰り返してよく飽きないなーとおもったことはないでしょうか。あれを、この歳になってやるわけです)

もしくは、学校の宿題をやめて、小学3年生以降、こっちだけやったほうが健全です。
学校の宿題は大抵の場合、理不尽か意味不明で、単発的すぎて「わかる人の復習用」としか思えないので、こちらをメインでやってもらってもいいでしょう。

宿題、やらなくてもいいんですよ。やる義務はありません。もちろん。家庭では家庭教育をしてください。

強く言っておきます。

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となえて かく 漢字練習ノート
『となえて かく 漢字練習ノート』

学校の漢字練習ではなく、小学1年生の時からこの練習帳を使ってみてほしい。学校の漢字の宿題はこれが終わって「もっとやりたい」と言ったらやってもいい。かもしれない。この練習帳にはロマンがある。白川静という偉大な人の研究成果が使われている。

この本を読んで漢字に興味が持てたら、「やらせ」なくても勝手に覚える。
というか、漢字が頭に入らない子がいるとしたら、まだ「文字の構造」(漢字にはしくみがある)とか「文字の対称性」(漢字は図形でもある)が認識できていないこともあるし、手先の発達が遅れて(たくさんあそんでいないとこうなることもある)文字が描きにくくて漢字を覚えるどころではない!ということもあるだろう。

漢字は、大人たちが喋ることを文字に起こしたもの。
子どもは、漢字ができるようになると、大人たちの暗号を解読したみたいでうれしいものなのだが。

漢字嫌いの子もいるだろう。

ちなみに僕は小学生か中学生のときにシートン動物記の大人版(子ども版もありますが、装丁がしっかりした大人版)を読んでいた。
あれ?クレヨン王国だったっけ?とにかく、本を読んでいた。

ファンタジーの力、あそぶチカラがあれば、物語も「気になって」読みたくなってしまうものだ。
図書館に行ってみよう。
どれか、子どもの心に響く本があるはずだ。
アニメばかりみていないで!笑

文字を認識することが難しい子もいる。
そういう子もいる、ということが、とても、大変な問題を生んでいる気がするのだが。

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徹底反復 一年生の漢字

これは飛び道具的に。
こっちはまぁ使い勝手のいい、頭を使う練習帳(ロマンはない)。
「この学年から、抜けている」ということが判明したら、やってみるのもいい。

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本物の読解力をつけることばパズル
『本物の読解力をつけることばパズル』
国語のベーシックは実は、日常の中にある。
この本を「定期的に」進めながら、もしくは、やりたいだけ「あそばせ」ながら、子どもが「?」になったところがあれば、それを家庭生活で教えてあげればいい。経験させてあげたらいい。
家庭でも、お父さんお母さんでも子どもに言葉かけをするヒントが、この本には書かれている。

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ふくしま式「本当の国語力」が身につく問題集〔小学生版〕
いろいろなバージョンがある本だが、これ一つでいい。

これを、小学3年生になったらやってみる。
「1日見開き1ページ」を定期的にやってみたらいい。

で、もし、子どもが「?」になったら、お父さんお母さんが「ああ、こういう会話を日常でしていったらいいのだな」ということだ。
お父さんお母さんの関わり方が「言葉の経験」として子どもの学力につながる。とおもう。
どんな言葉の使い方を、日々日常でしていったらいいか、本が教えてくれる。

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小学生1・2年は思いっきり遊んだらいい。
(この時期の「やらせ」はかなり危険だと僕はおもっている)
で、小学校3年生以降で「わからなくなる」「できなくなる」ことがあるとしたら、スローラーンか、凹凸だとおもってほしい。
(他の記事では何度も書いているけれど、学校は少数のエリートを選抜するために「できる子」に速度を合わせています。お子さんを守れるのは、お父さんお母さんです)

発達の段階から行って、小学2年生までの間は、日常生活からたくさんのことを学ぶ。
家庭での言葉がけからたくさんの「考え方」を学ぶ。
新しく学ぶことに「わくわく」して取り組む素地ができる。

「意味不明、わからん」と思ったが最後、すぐに(小学3年生になっていなくてもいい)その授業を受けることをやめてほしい。
宿題などなおさらやらないでほしい。


二重の意味で(つまり、致命的に)育つものが、育たなくなる可能性が大きいのです。

二重の意味、がどういう意味か、僕が説明する前にわかった人は天才です笑(あえて説明しません)

学校教育の「宿題(労働)・定期テスト(評価)・一斉授業(集団性)」より家庭教育の「自立心・個別化・社会性」を大切にしても大丈夫な法的根拠
おとのねさんがお手伝いします。

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正直、小学生なら理科とか社会は「好き」でいられる子がおおい。
別に「お勉強」することもない。

ただ、算数や国語は、「数の経験」「言葉の経験」そして「不思議を理解する経験」があそびを通じてたまっていなかったり、非定型発達だったりすると、たちまち、「あれれ???」となる。

その子の学びの環境を守るためには、家庭教育しかないのです。
塾に任せますか?

お父さん、お母さん、自分でできますよ。
大抵の人は、無駄なお金を払って、塾に「任せ」たり、「変わらない!」といって塾をやめたり。。。。
お父さん、お母さん、自分でできますよ。

困ったら、おとのねさんに会いに来てくださいね。

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お母さんの一言で、オトノネのコンテンツがひとつ、増えました。
こういう学び合いが成立するためには、やはり、心が大事だとおもう。

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決して、学校に「ついていかせよう」としては、いけませんよ!(*´∀`*)ダメダメ
小学生でついていけなくなったのが、どうしてか、もしスローラーンなら、中学生になっても同じことが起こります。
凹凸ならなおさらです。高校生になったとき、どうしますか?
だから僕は「いけません!」と厳しく言っておきたいのです。

同じことが、繰り返されます。

「ふつう」を夢見ていませんか?
「ふつう」って何ですか?

大切なものは、なんでしょうか。
僕も、いつも、忘れがちですが笑

「好き」に全てをかけるためのライフラインを整えるという方法も、もちろん、ありますよ。
On the way to happiness, you will discover all that you want to be or do, or have.

最近、まさに、そういう人に出会ってきたところです。

子どももいろいろ。
人生もいろいろ。

ちゃんと、お子さんを、まるごと、みてあげること。
家庭教育の本質は、そこにあるとおもっています。
(宿題を「させる」のは、学校教育の越権行為です。お父さん、お母さん、お子さんの心をみてあげていますか?「先生」になってしまっていませんか?)

学校から、お父さんお母さんが自立することが、子どもが学校から自立する、個別していくためには大切だと、僕は思っています。
学校の手先になっては「いけません!」
なぜなら、この時期、お子さんを守れるのは、結局、最後はお父さんお母さんだからです。

中学生になったら、思春期が来たら、もう大人なので、放っておいていいんですが笑
(中学生になったときに、もう大人であるように、小学生の時から関わってあげてほしいと、僕はおもっています)

発達には、段階があるのです。

学校教育の「宿題(労働)・定期テスト(評価)・一斉授業(集団性)」より家庭教育の「自立心・個別化・社会性」を大切にしても大丈夫な法的根拠

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