価値ある仕事

とある心ある放課後児童クラブのスタッフの人。

「働いてくれる人が少なくて、いつでも人手不足です。近くのイオンの時給が高いので

生徒が授業中に手遊びをしていてかんしゃくをおこして、机を蹴り飛ばして生徒を身体的に傷つけて、「親にはいうな」と口止めをして、子供が親に報告して問題になって「定年間近だから、教育委員会には言わないでくれ」と懇願した先生たちがいる。

もちろん、その先生は高給取りだ。
この後に及んで退職金、天下り先まで持って行こうとしている。
(そういう事件が起きた学校の管理職の先生にも影響が及ぶから必死だ)

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お金は付いてくる、と誰かが言った。
まだ、僕にはついてこない。

その仕組みを知りたいと、僕はおもった。

オトノネひろげるシェアぼたん

日本が子どもに戦争を続けさせるのは、教育産業で特需景気になるから。

人工知能「東ロボくん」、センター試験模試で「偏差値57.8」 数学と世界史は偏差値60超え

こっちは進研模試
HOME> 教育> 教育動向> 教育ニュース ICT 全対象 2016/08/24 人工知能に勝つには「読解力テスト」から!?

こういうものを見ると、アニメ『サイコパス』のシビラシステムの世界が、各個人を一人一人テストし、その診断結果で職業を決めるのを思い出す。
それが、合理的な、世界になる。

外国人労働者が入り始めた。
もう教科書が読めなくても、言われたことだけできたらいい人材がいたらいいということでこうなった。

いいんだけどさ。

人間の価値って何?

なんで勉強しなくちゃいけないの?

そう、教育産業にお金を流すために、君は勉強をさせられている。

そういって、生きていく人も、たくさんいるだろう。

国の方針は、決まった。

オトノネは、そうするか。

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AI、テクノロジーは人間に問いかける。
「僕を、どう使うんだい?僕をつくって、何に気がついたんだい?」

心次第。

オトノネひろげるシェアぼたん

「長時間」「みんな一緒」「やらされる」組織からの自立と、組織の選択。

こんな見方ができる。
あくまで、見方。

「させる」世の中。

学校はまだ戦時で、工場に集団就職した子どもたちがいそいそと手を動かし、終わらない宿題・課題、そして矢継ぎ早に繰り返されるテストで休む間もない。そこで「させられる」以外の何かを見つけるとしたら、休憩時間に友達とおしゃべりをすることくらいである。夜、仕事が終わった後に、故郷の「民謡」を歌う女性労働者の物語を、僕は本で読んだことがある。学校帰りに、イヤホンでPOPミュージックを聴いている子どもたちのようだ。

塾業界は満足のために「できる気にさせる」「できている気にさせる」ことで夢を売り、お金をもらう。子どもが「楽しい!」とかお父さんお母さんが「ここにいたら安心!」と思えるような合格実績、その他のデザインを考えている。夢を「見させる」がんばれ!がんばれ!「勉強をさせる」なぜかそういう状況をお父さんお母さんが望んでいる場合がおおい。子どもに、お母さんお父さんも、夢を「みさせ」たいのだろう。数字を見せて「どうですか?この実績!」という姿は、どこかの営業マンのようだ。(実際、ビジネスなのだから仕方があるまい)

「主体性」の場である保育園ですら。お父さんお母さんを喜ばせるための運動会、発表会、保育士の自己満にもならないと僕にはおもえる掲示物(ぐちゃぐちゃに絵の具を塗った紙をカエルの形に切り抜いて、子どもたちになんのプラスがあるだろうか)。「あそばせ」続け、自分で「あそぶ」ことができない子どもたちもいる。(そのうちこの「あそべない」子どもたちの記事を書きます)。子どもの様子をみて、「的確な遊び」を絶え間なく与える保育士が評価される。子どもを楽しませる先生が、いい先生だということになる。らしい。

「させられ」続けながら、心を大事にできる人もたくさんいる一方、心をすり減らしてしまう人がいるのも確か。心と切り離された仕事をしてお金を稼がなくてはいけないお父さん、お母さんがいる(もちろん、心ある仕事をしている人もいる)数をこなすために、1を大切にできない職場もある。心を尽くして人と人が向き合う時間もなくなってきた。これが、発展した時代の、日本の最終形態なのだろうか?働き方改革と呼ばれているものは、どうにも、僕には国が税収入をあげようとしている作戦にしかみえない(余暇を外食産業に!エンターテインメントに!)。

あせらせる、やらせる、不安がらせる。
満足させる、喜ばせる、来させる。

人間が動物であるようだ。
実際、思春期がある動物だけど。
思春期が一つのテーマになっているオトノネさんの気にしていること。

よくよく考えたら、動物の子どもが「思春期」で親に「反抗」したら、一発で死んじゃうよね。
不思議。

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こちらはオトノネの宣伝です!

富山市の民間学童保育

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そんな見方ができる。
あくまで、ものの見方。

ある場所では喜びに欠け。
ある場所では喜びに満ち。
ある場所では真実に欠け。
真実に満ちた場所を僕は歩き回りながら探してきたし、今は、自分で作ろうとしている。
(もちろん、僕にとっての真実)

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昔々、社会、集団は、イコール、血縁がある組織だった。

血縁のないところに集団が生まれるために、「満足度」は大切であるし、「お金」は大切だろう。
(集団でいることの「満足」を確認するために文化祭とか体育祭といった祭りが利用される場合もあるだろう。青春!)
【高校選び】進学高校の高校生たちのブラックな青春が青になるとき

「祭り」と「お金」だけでは枯れてしまう心があるのも本当のこと。

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ところで、オトノネは、夢を売りません。(オトノネにきたら、夢が叶う!わけがありません)
一体何にお金を払うのでしょうか?

答えを出さずに不満足のままに終わるのがオトノネらしさかもしれません笑
夢を買いたいなら「逆転合格!」とか「偏差値30から!」とか「定期テストで+30点!」「◯◯大学◯人!◯◯高校◯人!」と宣伝している塾を選んだらいいとおもっています。(たまたま、夢が叶う人もいるでしょう。結局、いい先生と出会った人が、自分にとっていい環境を選べた人が、満足のいく受験を経験します)

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経済成長を夢見ながら、みんな一緒を続けていく生き方があります。
が、今は、別の生き方を模索しているひとがでてきています。
誰もが、時代から自立して、認められる時代になってきました。

オトノネは、そんな僕の、(僕が生まれ育った)時代からの自立という挑戦だとおもっています。

時代は変わりましたが、組織はあまり変わりません。
自己保存力が働きます。既得利益をなかなか!手放せません。
(それでも、組織を変えようとする人もたくさん出てくる時代です)

組織から自立する人、
時代から自立した組織を選び所属する人が、笑って生きられる世の中になると、僕は思っています。

組織からの自立って何?時代から自立した組織って何?
気になる方は、いろんな本があります。ぜひ、ご一読ください。
「長時間」「みんな一緒」「やらされる」で心が悲鳴をあげている人はもうすでに、この扉の前に立っているように、僕にはおもえます。

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

たった一度の人生を変える勉強をしよう
学校の「当たり前」をやめた。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話

子どもの「遊び」は魔法の授業

残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する
売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放
ハッタリの流儀 ソーシャル時代の新貨幣である「影響力」と「信用」を集める方法

こういった新しい価値観を生まれながらに持っている人もいます。
が、育っていく中でつくった価値観をだれもがもっているものです。
もしそれが「なんか変だ」と感じたら、その違和感を大切にしながら、進んでみてほしいとおもいます。
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

堕ちて、堕ちて、堕ち抜いてください。
僕はそれを止めようとはおもいません。(一体、何をしてくれるんだオトノネは!)

堕ち抜くチカラは、あなたの本当のチカラになると、信じているからです。
(そのうち、浮上しているのか、墜落しているのかわからなくなるようになります。言葉って難しいんです笑)

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その点、学校って、やっぱり、時代を作る原動力になるとおもう。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない?)

オトノネひろげるシェアぼたん

欅坂(けやきざか)46の「アンビバレント」を聴きながら(子どもの「時間」)

いつも思う。

というか思い出した。

何年か前に「それいけ!アンパンマン!」をテレビでみるという幸運に巡り合った。
そして驚いた。

セリフを喋るスピード、場面転換までの速度が「速い」。
速いなんてもんじゃない。
「ない?」

こういう慌ただしい世界になってきた。
慌ただしい世界が、子どもの世界に入ってきた。
SNSに既読をつけたらすぐに返さなきゃいけないという謎のルールがある世界になってきた。
毎日毎日課題宿題に追われることが「ふつう」の世界になってきた。
時間の隙間に子供達が「あわてて」ゲームをする世界になってきた。
(ひまだなぁ、ゲームでもするかぁ、でなく、ゲームに追われているくらい、ゲームするかんじ笑)

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ちなみに俳優、歌手、芸能人、軽い声しか出せない人が増えている。(ストレスでそうなったかどうかは知らない)
本当の声を使える人を見つける、育てるよりも、もっと「お金」になる方法に、経営者たちは気が付いたのだ。
人間のチカラではなく、技術の力、テクノロジーの力。
そうした軽い声に触れていると、それを子どもも真似するだろう。
それが普通になってしまう。

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そして最近、生徒に教わった曲が、欅坂(けやきざか)46の曲、その子が好きな曲のひとつに「アンビバレント」というものがあるというのでその場で聞いてみた。

まず僕には歌詞が聞き取れない。
映像が変わりすぎて見えない。

僕はやったことがないが、これは、薬物をやって幻覚をみている感じなのかなぁ、と思えるほど、イメージが曖昧で、しかも、曖昧すぎる強烈さがある。曲を最後まで聞いていたが、僕にとっては、まるで、「夢」のように、ただ強烈な「ああ、なんか、みた」というイメージしか、残さなかった。これが、子どもたちに響くというのだから、この時代はなかなか、不思議だとおもう。

いやまぁ、「ボカロ」ではその傾向があるのは知っていたが、「POP」でも同じ現象が起きているとは…
けどこれが子どもたちの世界だ。

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ツイッターでこんなことを書いたのだが、実際、そうらしい。

がんじがらめになってしまい、吹いてくる、肌にやさしく触れるような「風」が感じられなくなっているかもしれない。
そのくらい、感覚が、どこか、今の大人が暮らしてきた子ども時代とは、全く違う世界に今の子どもたちは暮らしている。
つなぎかえようとしても、できない。新しいものが、入ってこない。みえない。こんがらがっている。

頭が、混乱している状態で生きる作戦を、子供達は採用して、子どもたちは生きていくだろう。
上手く生きられなかった子どもが、8050問題を起こしたり、DVをやったり、生活保護の対象になって、日本は教育費にお金をまた出せなくなる。はい。そんな感じ。
8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

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子どもとはなんだろうか。

子どもたちが生きているこの時代は、どんな時代なんだろうか。

欅坂のこの歌をプロデュースする人は、それを知っている。
そしてそれを売ることで、時代から認められ、時代を加速させる。
商売とは、芸能とは、そういうものだ。大衆文化とは、そういうものだ。
そして少なからず、その時代を生きる人たちのチカラになる。
けどそれで時代が動くわけではない。(ナウシカも、ハルヒも、世界を変えられなかった)

(ちなみにこうやって組織的なアイドル、交代可能でそれを卒業というイベントにすらしてしまう超ビジネスマインド、見上げたものだが…これも学校と同じスタイルだと僕は思う。花を咲かせる人がいる。が、選ばれなかった人は、地下アイドルとして、一体どうやって暮らしているんだろう?)

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答えのない時代で、一人一人が助けを求める音楽が違う。
寄り添ってほしい音楽が違う。
それがこの時代の動く速さを象徴していたとしても。
今、その音楽に守られなかったら、壊れてしまう心がある。
今、その音楽を強く求める心がある。

今その人が必要としている音楽に助けてもらいながら、守られながら、次の一歩を踏み出してみてほしい。
ゆっくりと。力強く。

そのうち、音楽の趣味も変わるかもしれない笑

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ちなみにオトノネさんのブログの記事はどう考えても長いですね。
わかりにくいかもしれませんが。

このブログを最後まで読めるような時間を感じてくれる、時間の深さを感じてくれる人が、オトノネにきてくれたらいいかなとおもっています。
でなければ、せっかく来てくれても、「この塾、何もしてくれない!」と言われて終わってしまう気がする笑

何もしていない、、、、かも笑
正解は「何も《させない》」ですが。
いやいや、してくださいよ、勉強、やりたいだけ。
《したい》気持ちを、本気で、マックスで、応援します。

集中力という言葉がある。
それは、内的な動機付けがないとでてこない。
本気でないと出てこない。

集中力さえあれば、なんでもできる(ちょっと大げさだけど)、そのくらい、オトノネは本気を大切にしています。

「あれやって、次これやって…」
速すぎる速すぎる…

そんな「時間」を少しだけ操作するのがオトノネさんです。

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AKBあたりのヒット曲を時代を追って見ていくと、おもしろいかも。
歌詞とかね。

ねぇ、何をしたいの?
どこに行きたいの?

私だったら何もしたくない。

だそうです。

休んだら?
え?課題?宿題?やらなくてもいいから笑
いやもう、後ろで絡まったり積まれたりしているけやき坂の一人が、君なんだよね。

うまいなぁ。

積まれてないで、でておいでよ笑
もう、絡まりすぎてるのかもだけどね。

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けやきざか

バリ島でも、この時間感覚が変わってきている。

いわゆる、古老達のガムラン音楽は、時間を、創造している。
いわゆる若者たちのガムラン演奏は、時間を、機械的に、埋めようとしている。

どれだけテクニックを使っているか。
どれだけ速く演奏できるか。

新しい伝統が生み出されていくチカラ、若い人たちのチカラがバリ島には溢れている。

それは、ただ、変わって来ているものとして、受け入れるしかないのだろう。

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朝食をつくるに4時間、待つ大人の記事です。
ハプニングを受け入れる

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「時間」が課題・宿題というバケモノになったら(おとのねさんは、やれ!やれ!と言う人だった)
「名詞」の抽象性
言葉が育てるもの。言葉が傷つけるもの。

オトノネひろげるシェアぼたん

8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

はい。

最近知りました。
家にテレビがないおとのねさんです。

事件があったようですね。

現実ですね。
「うちの子は関係ない!」と思っているお父さんお母さんがいるかもしれません。
けどお子さんが暮らしていく世の中だと思ったら、気持ちも変わるでしょうか。
お子さんに、お子さんが生きていく時代のために、今、時代を生きる知恵をお父さんお母さん自身がつけておくのもいいのではないかとおもいます。

ちなみに今は8050問題と言っていますが、昔はこれが「オウム真理教」だったり「サカキバラ」だったり、名前が変わっているだけで、実態は変わりません。またそのうち忘れられるとおもいますが、あれから何も変わってないなぁとおもうおとのねさんでした。

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簡単に言えば、日本で暮らす人たちは概してみんなひきこもっている。と僕はおもっています。
小学校から高校まではもちろん、高校卒業後、高学歴の人でさえひきこもる(オウム真理教の幹部は超高学歴でしたね)。
それが孤食という言葉に置き換えることもできる。
よくよく思い起こせば、高齢者が自宅で一人で孤独死するということも、ひきこもりだといえる。(みんなひきこもりたくて引きこもっているのではない)

さて、解釈(物語)をはじめましょう・・・・

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今、50才でひきこもり(人間関係がつくれない)をしている人がいるということは、どういうことだろうか?
今50歳の人が20才の時、どんな時代だったか。30年前。

1990年をバブル崩壊としよう。今、2020年だとしよう。ぴったり30年前だ。
20歳まで、バブル時代に育てた価値観をもつ親の影響を受けて育って来た世代だ。

1945年、終戦した年に生まれた人が今、75才。
1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれた時代、三種の神器と呼ばれる家電製品、テレビ・冷蔵庫・洗濯機を夢見て働いていた時代を経て、ボンボンの子が学生時代に車を親の金で買ってもらい乗り回す時代を経てきた。

バブル時代の価値観を「働け。儲けろ。地位を築け。そうしたら幸福が手に入る。」と安直に考えてもいけない気がするが、それでいいとも思えてしまう。

20歳のとき、20年間をバブル時代の価値観で育った人たちが投げ出された世界は、どんな世界だっただろう。
異世界?「8050」の「50」の人がどんな暮らしをしてきたのかわからないが。想像はできる。

親の価値観から自立ができていないのだ。
自分の価値観で自分の生きている世界を見られない。
親から自立していない。

思い描いていた人生が崩れていった時、自分で立て直すことができなかったのだろうか。
親のつくった道を歩くことしかできなかった(そしてその道は失われた)のだろうか。

バブル崩壊から、いろんな社会現象が起きた。
その中で「発達課題」を超えられなかった人がいるということだろうか。

大学時代か、仕事をしている間か、どこかでなにかがおかしくなった。
うん。それでDVとかも増えるのね。

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ここからは学歴の話。

学歴社会の始まりを申すと、明治時代に西洋を習って作られた大学から始まる。
大学で育てられた人がいく道は「官僚」もしくは「先生」、「役人」だ。
技術者ももちろんいただろう。いわゆる公務員。

学歴は「国に雇われる」ために必要だった時代。

そしてバブル時代といえば。逆に民間にいた方が儲かった時代。「なんで公務員になるの?」という時代。

それからバブル崩壊。「公務員っていいよね」となる。

で、いつからかわからないが、おそらく、ここが、ごちゃ混ぜになっている。
おそらくマスコミ、教育産業が台頭しはじめてから?

1955年河合塾、1957年代々木ゼミナール設立。
1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれた時代の幕開けと共に、大手予備校は始まった。

おそらく、新しいテクノロジー、メディアに乗っかって「学歴最高だぜ!」という価値観を広げていたのかもしれないとおもって、河合塾の当時のCMを探して見た。7分11秒あたりからみてみてください。(いつのCMかは、わかりませんでした)

どうですか!
輝いてみえますか!

もう部分的には完全に学歴社会終わっているんだけどねー(実際に今も学歴が大切な採用基準であることは別の記事でも書いた。合理的にね。)
幻想はいつまでも抱き続けられる。

現在、高学歴”だからといって”いい会社に入れるわけでもないし、入れたとしても仕事ができない、人間関係ができなくてやめることになるかもしれない。不確定な時代だということしか、確かなことがない。ようこそ、量子力学の世界へ

富山中部高校にいっても、少なくとも3割の生徒は富山南高校と同じレベルの大学へ行く。学歴社会が高校時代から始まっているとしたら、その結果は、すでに大学受験でみえている。学歴社会ではないことが証明されているといってもいい。

一体「学歴社会」って何なの?
はっきりと説明できるひとがどれだけいるだろうか。

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日本はメディアがよく「幻想」を作り出す。8050問題も「幻想」かもしれない。
景気も「幻想」かもしれない。何しろ、不確定な時代だ。

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マスコミの影響を受け「景気がよい・わるい」で一喜一憂している世代と違い、もう今を生きる子供たちは、景気など知らん顔で暮らしているようにおもうし、実際もう(バブル時代がよかったというなら)好転しようがないほど日本はもう、戦後を離れた。経済の仕組みも変わった。

しかし町ぐるみで、いまだにそれを夢見ている人たちがいる。
同じ夢をみれない、みたくない人も「みんな一緒に!」するのはどうかとおもう。

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1975年から出生数は継続して下がっている。
日本をアメリカに売るためのプログラミング教育と小学英語教育じゃないの????

謎なことがたくさんありすぎて、不安定すぎて、もう頭が混乱する。
日本は、基本、不安な国だ。
そして不安に対する対処法が、引きこもりかもしれない。日本人のあるべき姿なのかもしれない。(だからこそアニメや漫画が発達した?)
そう考えれば、ひきこもりなど、8050問題など、新しいビジネスをつくろうとする人たちの目論見の一つなのだろう。
くらいに軽い気持ちでとらえられないだろうか。「お子さんの登下校、専属の警備員が守ります!」とか

そう考えることもできる。

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そうそう。今日たまたま県議会に行くことがあって、パンフレットの中に謎の表現があることを発見。
「県議会の仕組み」→「常任委員会」→「教育警務委員会」→「教育委員会、公安委員会の書簡に関する事項を調査・審議します」

いやいや、なんでその2つが一緒になってるのよ。
ああそうか。学校のモデルがもともと刑務所と軍隊だからか。軍隊も警察も繋がっているからね。学校ってそういう場所です。歴史的に。

これから通学路に警官が配置される時代になるかもしれないね。
あ、国にはお金がないね。無理だね。やっぱりお金を出して護衛してもらうんですね。
「お子さんの登下校、専属の警備員が守ります!」

歴史、大切。

みんな、歴史を背負っている。
学校の先生は悪くないよ!しょうがないんだよ!

だから助けてくれる別の人が、学校の外にいたらいい。
と、オトノネは考えています。

オトノネひろげるシェアぼたん

共産主義的日本と資本主義的中国

とりあえずタイトルだけメモ。
名前と実態は違うという話。

けれども、こんなことを知って、よりよく生きるために役に立つのだろうか。
知ることの価値を、最近、見出せなくなっている。

大学時代に逆戻りした感じ。

オトノネひろげるシェアぼたん

イオンとコンビニとフランチャイズとオトノネの豊かさ

自営業を始めてから経済について考え始めた。
いやいや、本当に、興味がなかったお金の大切さというか、お金の価値観にだいぶ囚われている自分自身に気がつく

イオンの周りに住む人はイオンに資本を吸収されている。
(イオンでなくとも全国展開しているスーパー)
コンビニを使う人はコンビニに資本を吸収されている。
イオンやコンビニの利益はどこに行くのだろうか?
都市に吸収され、さらにイオンやコンビニが強くなる。

強くなるとはどういうことか。
競争力が強くなるということ。
影響力が強くなるということ。
お金を吸収する力が強くなるということ。

塾業界も同じだ。
家庭教師業や個別指導塾業界。

地元のお店がつぶれる。(オトノネつぶれる?)
それはどうしてか?
なぜフランチャイズ(例えばコンビニ)は増えるのか?

なぜ地元の人々は協力して、コンビニに勝とうとしないのか?
(なぜオトノネはフランチャイズより儲かっていないのか?)

で、それを経済の言葉で語ることもできるけれど。
もっと自分ごととして語るとこうなる↓

ーーー
より多くの人が共感する物語をみせている。
と、言葉にしてしまえば、僕はとてつもない敗北感に襲われる。
オトノネという物語を必要としている人は?
きちんと物語れているんだろうか・・・・
伝えられているんだろうか?

みなさんの目線で、僕がオトノネを見られていないのかもなぁと最近おもっています。
オトノネはどんなふうに、みなさんの目に映っていますか?

オトノネひろげるシェアぼたん

学校の先生は残酷か。

ひとりひとりの生徒の自立心、意欲を管理と干渉、命令で抑圧することが、残酷かどうか。

でもこれは一部のお父さんお母さんも当然のようにやっていることだ。

会社という組織でも同じ。会社には会社のやりかたがある。

子どもは子どもでじゃぁどうやって世界で生き残るか、工夫していく。「この世はもっとしあわせなことがある、幸せを感じるようにしよう」という心をつくる子もいれば、「戦わなくちゃ!頑張らなくちゃ!」という子もいる。「え?ノープロブレムだけど?」という子もいる。うまくやるひとはうまくやる。羨ましいくらいに!生きていくために、仲間をつくる、仲間と出会う、仲間を集める、それもひとつのうまいやり方だ。

教育基本法、児童の権利条約に定められている「個人の尊重」という文言と実際が違うじゃないか、条約違反、法律違反だと言うこともできる。ただ、それを「罰する」人がいない。(実際、だれかが時間とお金を使って裁判を起こすこともできるのだが。実験して見てみたい。行政が機能していなければ、司法のほうからアプローチするのも手ではないのか。子どもの権利条約は、国連に申し出ればいいんだろうか?今度問い合わせをしてみようか。正直、ハッピーにならない気がする。)

学校で自殺する子どもを殺したのは誰?親?学校?友達?責任は不在で、誰も咎められない(責任についてはたくさん記事を書いてきた)。学校を卒業してしまえば、赤の他人、関係ない。そうだ、自立した人間なのだから。不登校、成績不振も咎められることではなく、学校という営みは保たれる。そして学校の外で塾やら、なんやらができてくる。「助けるシステム」をつくっていく。安心できる場所を外に見つける。これが子どもを(大人をも)とりまく「ルール」だ。

世の中の「ルール」を知り、その中でどう立ち回るか。教えてくれるひとは少ない。自分の心は自分で守る。あっぷあっぷな保育所のおとな、学校のおとなをどうして罰することができるだろうか。あっぷあっぷなお父さんお母さんをどうして罰することができるだろうか。とびっきりへんてこな歴史をもった日本という行政単位をどうして罰することができるだろうか。みんな、自分を守ることで精一杯だ。だからこそ、思いやりの心は、とびっきりうつくしくみえてしまうのだろう。

怒りにフォーカスしてしまう心よりも、今の時代、喜びにフォーカスができるように、子どもたちと、大人たちと、関わっていきたいとおもえた。

DV防止法というものがある。正確には「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」だ。見ての通り、暴力を振るった側には「罰」を与えることはできない。ケッキョク、自分の身は自分で守るということなんだ。

人間が暮らしていく過程で、いろんな協力体制を築き上げた。家族は、婚姻は、かつては村の出来事であって、個人の出来事に留まることはなかった。現代における子供と親の関係、子どもとそのまわりの大人の関係も変わってきた。あたらしい「協力体制」が少しでも、利己的な個々人がしあわせな暮らし、リッチな暮らしを実現する助けになればいいとおもう。そんなオトノネになろう。

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歴史から学ぶこと

「前の人が失敗したことを繰り返さない」ことだという人がいる。
そうかもしれない。

正月になると家々を歩いてお祝い事を言い施しをもらっていた人たちがいる。
彼らはもともと能力者であり、芸能以前に儀式に関わっていた人たちであり、時代とともに役割を失っていった人たちでもある。
褒め尽くし、縁起のいいことを言いながら安心と満足とを与えて、小銭をもらう。
塾と同じだなぁと、おもった。

時代は変わる。

「塾」はさかのぼること明治以前、新しい思想、西洋から来た学問を知るための場所であった。
修験者たちが霊性を求めて山に入っていった時代。

次に「塾」は学ぶためではなく、大学に入るために成績を伸ばす場所になった。
修験者たちが寺に入っていろんな祭りをした時代。

これからの「塾」は?
修験者たちが山から追われ、里で人々に娯楽を与える時代。
得体の知れない成績とか勉強と付き合うためのコンサルタント・アドバイザー・カウンセラーみたいなものになっていく。

勉強をちゃんと教えられる先生も少なくなった。
生徒を人間として、大人としてみられる先生も少なくなった。
霊性など必要ない。神秘も必要ない。目の前の人を喜ばせてお金をもらうことに必死だ。

こうした流れを知ることで、

絶対に逆らえない時代の中で、身動きが取れなくなってしまった私の今のこの切迫感を、なんとなく感じられるようになった。

オトノネひろげるシェアぼたん

化学と地理と英語がつながる

生徒と化学の勉強をしていた。

製鉄の話になった。
資料集を開けた。
レアメタルの話があった。
金もスマホに入ってるよねという話をした。
金ってレアメタルなんですか?
そうだよー
銅もレアなんですか?銅銭とかあるのに。
そうだね、ちょっと変だよね。あの楽器(グンデル)も青銅だしね。電線を買って、とかして楽器を作ってるんだよー
インドネシアに活火山あるんですか?
そうそう、えーっと海溝、海溝、(インターネットで調べる)ああ、英語でsubduction zoneっていうんだね、subの意味は?
下です
ductは導くって意味だからね。日本人はそれを海溝って翻訳したんだよー
へー
価電子の「価」とか謎の翻訳もあるからね、英語調べてみると、案外おもしろいよ。で、インドネシアこの間も地震があってね、バリ島の火山はいつも噴火してるんだけど。。
フィリピンプレートとかの上ですか?
さぁてどうかな、見てみようか
インドネシアってどこですか?
いやここらへんだよ。パプアの国境が人為的でね、地元の人悲しんでいるらしいよ。

こういう自然さが、一番、勉強になる。
こういう学びを続けてほしいのだが。
みな学校の課題で、頭を使う時間がない。
情報処理型の学びが行き着く先はどこか。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?

高岡高校、富山中部高校、富山高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?

富山県で小さな塾をはじめた東京の先生が高校生の課題の多さに心を痛めている個別指導塾otonone-オトノネ-

暗記をせずに難関大学に合格したい人のための個別指導学習塾otonone-オトノネ-

富山県高岡市の家庭教師おとのねさんは登校拒否、不登校、成績不振で困っている小学生・中学生・高校生に向き合います。

保育士試験に合格するための筆記、実技、過去問の使い方、勉強法を教えます。

富山県高岡市の音楽教室otononeでピアノとギターとグンデルを習いませんか?

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