英語で学ぶフリースクールSICT-SUSの不登校児童・家庭へのはっきりとした「富山のみなさん」への提案が気持ちいい!

アメリカの世界トップ大学の留学生による、富山県の不登校のためのフリースクール。 現状を変えたい不登校の小学生・中学生・高校生すべて受け入れます。

とある人に教えてもらって、こう言う場所ができたことを知る。

SICT-SUSの教育方針は「不登校は不利な日本式教育システムは見捨てて、英語圏のシステムに乗り換えて、抜け駆けしよう」

ここまでずばり言ってしまうことに僕は躊躇していた。

でも現実だ。

富山を捨てたらいい。

日本を捨てたらいい。

そうして、止まっていた学びのプロセスが動き出すなら。。。。

環境が人間を作る。
もう遺伝子はもらっている。
残りは環境だ。

環境に合わせて、人間は「つくられる」。

環境の中で、環境との関わりで、子どもは学んでいく。
その環境の中で、よりよく「自分が」生き残る方法を学ぶ。

スラム街に生まれた子供は、それなりの生き方を覚える。
富山で生まれた子は富山で暮らすために最適化される。

でも、個性というものもある。
不登校、不適応は、「今の私はこの場所では最適化されません」というメッセージだ。
個性ある個人、尊重されるべき人間の叫びだ。

では、どうするか?

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不登校の原因は、富山という文化、日本という文化だけではない。
その文化で育ち暮らす大人がつくりだす環境がすべて子どもに影響する。

おとのねさんがブログで書きまくっているように、日本という組織は子育てにやさしくない。
正しく言えば、子ども環境は「昔から比べて」別の有様になっている。
引きこもりは、それまで生きて来た子どもが出した「適応」「最適化」の答えだ。

子供が出した答えに、大人がどう応えるか。

不登校は「よく答えをだしたね」といって、褒めてもいいことだ。
と僕は思う。


学びというチカラをつける、その子の進化の道をたどる個別化の道の一つが、フリースクールであり、英語であり、海外留学ということを、SICT-SUSははっきり言明している。

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逃げる。

強くなること。
自分を信じること。
逃げたい心に向き合うこと。
「大丈夫だよ。君は強くなる」と励ませること。

ぐちゃぐちゃになっている頭を、リセットすること。

逃げたっていいんだよ。

もう少し文字を大きくしてみよう。

逃げてもいいんだよ。

逃げたっていいんだよ。

逃げてもいいんだけどねぇ。。。。

それができないのが「学習性無気力」だが。

ちなみにこんな記事もあります。
学校の偏差値教育(相対評価)と家庭教育(絶対評価)でセルフハンディキャップ・無気力・無力感よさよなら

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こういう話もある。
小学校でいじめにあった。
不登校になった。
中学校でもいじめにあった。
不登校になった。
高校でもいじめになった。
不登校になった。

そこで「環境を変えても、人はかわらない」ということは正しいように思える。
本当だろうか?

僕も人は環境で変わらないとおもう。
人が変わるというのは、そうとうのライフイベントだ。
そう簡単に変わらない笑

たとえば「他の子が自分の悪口を言っているようにおもう」という現象がある。
(これが不登校の理由の第一位のようにおもう最近)

なるほど。大人になっても、人の悪口は絶えない。
どこに行っても、環境を変えても?

保育の現場すらこうですから。

そう、環境は、選べないらしい。

結局、「環境を変えても、人はかわらない」ということは正しいように思える。
(人は変わらないが、人間関係のしやすさは変わる。おかげで僕は今、学校と保育園で働けています。ありがたいことです。)

同時に「同じ環境の中にいても、結局変わらない」ということも、正しいように思える。


学校をサバイバルするための力をいつ、どういうきっかけで得るか。

学べることがないなら、学び方がわからないなら、それを学べる環境をつくる、見つけることだ。

選ぶとは、

別に日本にいても「学びのインフラ」があればよい。
「学びの資源」を手に入れられない人は、海外にいってもいい。

「転校しても変わらない」
「県外に行っても変わらない」

本当だろうか?

いじめられていたとしよう。
悪質ないじめだとしよう。
「環境を変えても人は変わらない」だろうか。

環境が変われば、周りの人が変わる。
いじめは無くならないかもしれないが、いじめに立ち向かっていける力をくれる友達と出会えるかもしれない。
学びの資源との出会いが大切。

もう資源が枯渇して、無理!という人は、逃げたらいい。
そこにいたら、死んでしまわないだろうか。

学習性無気力で。

学ぶことは、強くなること。

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ーーーー

不登校の子は?
そう、逃げたのだ。
超重要なスキルを使った。
無気力どころではない。
逃げる気満々だ!

では次は。
どこに向かうか!!!

逃げるために、学ぼう。
開かれた選択肢の中でもがこう。
直感と向き合おう。
よろこびをみつけよう。

逃げながら、管理されたシステムの外に自分を守るシステムをつくりあげよう。
不登校は、体のサインだ。

大丈夫、君にはそれができるから、君は不登校になった。
それは君の意思ではなく、体からの、心からのメッセージだ。

逃げるために、チカラをつけよう。
逃げ切って、たどり着こう。

自分が背負うしかない人生で自分が責任をもって正しい選択をしていくこと。

彷徨い続けてもいい。
さまよう中で、強くなれるなら、と僕は思う。
強くなるために。

僕も逃げて来た。
日本では得られなかった能力、価値観、チカラを、海外を旅することで得ることができた。
(もちろん、きっかけは日本にあったりするが)

そしてチカラをつけた。
そうして生き残った。

選んで来た。

必要最低限、必要なチカラ。
それは自分を個別化し、積極的な責任を自分で負うことであり、自分がリッチになれることをよろこぶことだ。

忍耐?自分が豊かになれない場所で忍耐力を発揮して、どうなるだろう?
それが、価値観だ。
「やらなきゃいけないことはやらなきゃ・・・」その判断は普遍的な事実ではない。
個人的な能力の限界に応じて、つくられる、ただの行動様式だ。

どうして、富山に、ここにある、過去に縛られる必要があるだろう?
不登校は、そのきっかけになる。

人生は、きっかけで溢れている。
新しく開けた窓からどんな風景がみえるだろうか。


窓の外をみて、わくわくして、飛び出したくなった子どもに、お母さんは、どんな眼差しと、声を、かけるだろうか。

ーーーー

今まで作って来た環境、家、学校、地域、すべてを含めて、壊すこと。
思春期の課題に向き合う子どもたちの挑戦を、大人はどうやって応援できるだろうか?
富山人、日本人であることを超えて、お母さんは、子どもとどう向き合えるだろうか?

「いや、家、建てちゃったし。」

子どもが生きるために、家にお金をかけるか。教育にお金をかけるか。まだ家を建てていないのなら考え直した方がいいかもしれない。

というのが僕の考えだが。
それも文化だから。
自称進学校の《課題が多すぎる》伝統から何を学び取るか

大人も子どもも、伝統・歴史・文化を見つめ直して、新しく作り上げていったら、もっとハッピーになれるとおもうんだけど?

もちろん、僕自身の伝統・歴史・文化も、見つめながら。。。(自己批判)

オトノネも、もう少しきちんと明示してみようかとおもった。
「そのためには?」オトノネはもう少し答えをだしたらいいかなとおもった。

商売とは、商品とは、サービスとは、そういうものだとおもった
さて、何を売ろうかな。どんな夢を、見てもらおうかな。

オトノネは、「道」をつくるつもりはなかった。
けど、「道」があるから、歩く勇気を出せる人も、いるんだろうとおもった。

ーーーーー

日本というシステムから。

逃げられなかった人たちが、特にお父さんたちがいる。(富山の長男は大変だ)
お父さんから逃げられなかったお母さんたちが、いる。

(逃げグセがつく、という言葉を聞いたことがある。こうした呪いが日本のブラック経済を支えている。部活で、学校で、勉強で、企業で、保育園で、こういう言葉を使う人がたくさんいる)

その家に生まれた子どもが、いる。

「自分のようにはなってほしくない」
そうおもったら、手放すのも一つの選択肢。

もうその土壌は、その子が育つには、不足しているものが多すぎると。

たんぽぽが、タネを飛ばすのは、どうしてだろう。と考えてみてもいい。

たったそれだけのことなんだから、外にでてみたらいい。
今その子には、そのチカラがあるのだから。

少し休んだら。
旅にいっておいで。

旅にでながら、君の足が、君を支えてくれることに、君の心が、前に向かっていることに、気が付けるから。
君の顔が、まだ笑えることに、君の笑顔が、誰かをしあわせにすることに、気が付けるから。

——

SICT-SUSに「お話しませんか?」と問い合わせをしたところ、「お話しません」という返事が返ってきました。
倫理的に問題ある発言がでてきたので記事にはかけませんが。

泣きそう。

泣かないけど。

いろんな人がいるから。

いいんだよ。

ーーーー

教育環境

その子にとっての最良の環境を目指すことが、どうして不道徳であったり、責められることなのだろう?なぜ「我慢」が美徳なのだろう?パーソナリティ特性の違い(遺伝が半分)が環境に適していないことはよくある。「適応する」能力がないのも個性の一つだ。ではどうやって生きる?

「分をわきまえろ!」という士農工商の時代から、日本は「わきまえる」文化を背負っている。(アニメは、テクノロジーで進化した浄瑠璃のことだ。)それぞれの環境にとって最良の生物がいるとすれば、それぞれの生物にとっても最良の環境がある。

環境が変わる。遷移する。
不登校は不適応であり、環境からの離脱の宣言。
環境を変える。遷移させる。
不登校は適応であり、環境の積極的な選択の宣言。

お母さんにとっては「現代」を学び、子どもを見つめ直す、関わり直すきっかけ。
アフリカ大陸からベーリング海を渡っていった「環境不適応人間」のおかげで、私たち日本人がいるとおもえば、喜ばしいことではないだろうか。

「でも」というお母さんの声が聞こえる。

それは、デモという、批判者の抗議活動のことだ。
その心は大切にして大丈夫です。
行動だけ、変えたらいいんです。
環境だけ、変えたらいいんです。

心は、ふと自然に、突然、気がついたら、変わるものです。
心というものは、変えるものではないと、僕は思っています。
変わっていくものです。

心とは、そういう不思議なものなのです。

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✳︎どうして僕は日本にいるのか。
これはただの解釈だけど。
日本に生まれたものとして、日本のことは知っておきたい。
日本で泣くとはどういうことか。
日本で笑うとはどういうことか。
日本人のことを、知りたいとおもったから。

日本人らしくはなれないかもしれないけど。
僕は変わらないかもしれないけど。
学べることはたくさんある。
その中で、強くもなれるとおもっている。

今までずっと日本に「負けて」きたから、少し強くなったか、試しているのかもしれない。

オトノネひろげるシェアぼたん

悩むコスト

悩んで、選び抜いて、選び抜くだけの時間と労力の対価があるのか。
僕にはわからない。
『自由からの逃走』という書物を書いた哲学者がいる。
「人間は自由の刑に処せられている」とのたまうこの思想家は、ずばり現代人が選択肢の多さに滅入って自由の名の下に抑圧されている様子を書いたのだった。

罰ゲームのように自由に振り回されずに、人生をよる自由に生きるには?
無限の選択肢の中から「わたし」にあったものを選んでいく。
次第に自分がわかってくれば、選択のために悩む必要はなくなる。
次の一歩を踏み出すだけで、風景は少しずつ変わっていくのだ。
今ここにとどまるより、「どれか」を選んで進み出すことの方が、人間的で、自由で、わくわくすることだと僕は思う。

離婚、中退、退社。
将来の不安(無限に広がる不安なまでの自由)が人を臆病にすることがある。
それもまた人のパーソナリティー。
それぞれの生き方にあった、生きる戦略をひとりひとりが身につけて、強く生きよう。

そしてあるとき、人生のとあるライフステージで、大きな選択をしなくなったとき、人の脳みそはしあわせを感じるのかもしれない。ひとりひとりのしあわせは違う。

一体誰が、曲がりくねった道で起きるひとつひとつの出会いを予測できるだろう?
一体誰が、出会った人たちから出てくる一生心にとどまる言葉を予測できるだろう?
一体誰が、ある日、ある夜にふと空を眺めてみつけた月に感動することを予測できるだろう?

悩みっぱなしでもいい。
悩み疲れたら、オトノネにあそびにおいで。

子どもをなんとかしたい一心で、常に悩み、選択しているお母さんは疲れていて、多分子どもの本当の姿が見えていないかもしれない。休むという選択も、とても自然で、大切なことだとおもう。毎日「いいこと」を意識的に繰り返すことで、それが自然になって、「しあわせ」がやってくるかもしれない。

心から、子どものためをおもって、子どものためにならないことをしていることがある。
子どもはそれでもたくましく成長するが。
こらえきれなくてまた富山県の長男(報道はされていないが長男でしょう)が一人、思春期を乗り越えられなかった。
たくましく、健康に育ってほしいとおもう。

思い出し、再現していく能力。
「あのとき、しあわせを感じたのは、なぜなんだろう。どうしたらそういう状況を作り出せるだろう」

面談の際、「この人の助けがあれば、この子は変われるかもしれない」という希望をもててもらえたら、うれしくおもいます。

オトノネひろげるシェアぼたん

オトノネが公的機関でないからいいところ

DVの現場に子どもがいる場合、それは面前DVといい、児童虐待として発見者が児童相談所に通達することになっている。DVされているお母さんがよくても、その子がそれでいいのかどうか。法律の答えは、NOだ。

もし法律がなくても、オトノネはNOという。
DVのような大げさなものでなかったとしても。
それが、子どもにとってどんな影響を与えているのかをしっかりと観察し、感じてもらって、しあわせが育つことを祈り続ける。

機関どうしての「なわばり」など子どもには関係ない。
大人の都合で子どもが困りすぎだ。

公的機関になると、業務が細分化され、「これはうちのいうことじゃないから」といって、かゆいところに手が届かない、大事なことを言えない、気が付いていても、話せないことがたくさんある。

学校の先生は学校の先生の領分で話す。
おかげで、本当にその子にとって大切なことを、言うことができない(先生だって学校の呪縛にかけられた犠牲者かもしれない)。

ただ何者にも縛られずに、その子の成長を祈る一人の大人がいる場所。それがオトノネです。

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「20円」で世界をつなぐ仕事ー想いと頭脳で稼ぐ新しい働き方

「20円」で世界をつなぐ仕事 想いと頭脳で稼ぐ新しい働き方

[完全版]「20円」で世界をつなぐ仕事 想いと頭脳で稼ぐ新しい働き方
小暮 真久

『二十円で世界をつなぐ仕事』メモ

二つの問題を同時に解決する。

相手によって、言い方を変える。

目標に到達するために、j効率的な運営、実践のためのビジネスパートナーをつくる。

社会事業化するためのあらゆる思考実験をする。

ビジネススキル 5P

こっちを選ぶことは、相手のためにもなるし、自分のためにもなる。という言い方

お金を増やして、事業を強くする。
将来のリターンが見込まれるものに投資する。

地球規模の課題を解決したいという想いを発信する。
専門機能をつなげて代表xヒームをするく。
しくみにたかめ、価値を生み出す。

しくみを一般の人に使ってもらい、大きくする。
地球規模の課題解決が進む!

人を巻き込むしくみを考える。

「いいことをするべきだ!」というのではなく、「こうすれば大した無理をしないでいいことができますよ」「あなたの気持ちをこういう形で届けますよ」というしくみをつくってあげる。

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価値ある仕事

とある心ある放課後児童クラブのスタッフの人。

「働いてくれる人が少なくて、いつでも人手不足です。近くのイオンの時給が高いので

生徒が授業中に手遊びをしていてかんしゃくをおこして、机を蹴り飛ばして生徒を身体的に傷つけて、「親にはいうな」と口止めをして、子供が親に報告して問題になって「定年間近だから、教育委員会には言わないでくれ」と懇願した先生たちがいる。

もちろん、その先生は高給取りだ。
この後に及んで退職金、天下り先まで持って行こうとしている。
(そういう事件が起きた学校の管理職の先生にも影響が及ぶから必死だ)

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お金は付いてくる、と誰かが言った。
まだ、僕にはついてこない。

その仕組みを知りたいと、僕はおもった。

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『ヨーガ療法ダルシャナ』メモ

ヨーガ療法ダルシャナ (伝統的ヨーガにもとづくヨーガ療法標準テキスト)
『ヨーガ療法ダルシャナ (伝統的ヨーガにもとづくヨーガ療法標準テキスト)』

だいたいが、僕が今まで学んできた臨床心理の知識で言い換えができる概念。
卓見は、ヨーガには二種類あるということ。

ハタ・ヨーガ 身体的・容姿・健康
ラージャ・ヨーガ 心の修行

フィットネスクラブでやっているのは、ハタ・ヨーガ。
それが基礎になって、心と体のバランスをとるために、ラージャ・ヨーガがある。
いわゆるマインドフルネスは、呼吸法、観察といった静観の姿勢という点で、ハタ・ヨーガに近い気がする。
現代心理学では、マインドフルネスの次の段階として認知行動療法がある。
いわゆるスキーマの修正だ。

悪循環を断つ、神経回路を変えるために、ラージャヨーガがある。
いわゆるマッサージはその場だけの癒し、定期テスト対策。
もちろんそれは心を守るために大切なことかもしれない。
けど、自分で自分をコントロールして「健康な状態」になるためには、心が学ぶといいんだろう。

「こういう効果があるよー」というメソッドではなく、知恵の部分だ。
学びのヨーガ。ラージャ・ヨーガ

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メモ

無知さ、理智の誤り、無常なるものを常なるものと錯覚

意識髄 顕在的に「今ここ」に「わたし」がいるところ。
理智髄 理智の修正 愛着・憎悪・善悪などのこだわり、執着。認知(スキーマ)の歪み(文化的・社会的につくられる)。不安が生み出される場所。

観喜髄 記憶の修正

理智との対話・客観視
未来は憶測・過去の繰り返し。ファンタジーは創造的・わくわく・未知。

①無智
②自我意識
③欲しがる心
④避ける心

問題の共有
ニーズ把握
インフォームドコンセント(目標の一致)
 自分のチカラ・強みを知る。新しい自己像をつくる。ストレスマネージメント。暴走する思考・意識のスローダウン・身体と心のバランス。セルフコントロール力。自立する。個別化する。関係性の修正(家庭・学校・地域)人生の意味づけは自分でする。自分の人生をつくる。(本当の「宿題」)

理智の修正プロセス
 やってみる(結果が出る)→結果の客観的解釈(言語的介入)→自己洞察(自覚)→代替案形成〈シュミレート〉
 本人が扱える課題に微小化する。積み重ねる。
 自分との、他者(学校・家族・地域など)との関係の結び直し。

 知識としての理智のしくみ
  怒りは与えられるのではなく、心の仕組みが作り出すもの。状況に対する反応であり、無意識の解釈。
  「こだわり」が喜びになるか、苦しみになるか。

 知識→体験(知識の修正)→知恵(体験の言語化・知識の身体化)

ハタ・ヨーガ 身体的・容姿・健康
ラージャ・ヨーガ 心の修行

不安を一人でなんとかするのは、きつい。

解決構成モデル
 問題には直接取り組まない。望ましい未来をつくることに、心的エネルギーを注ぐ。そのプロセスで、癒し・発見・洞察がある。流れていく川を遡らず、先に先に進みながら、オールの漕ぎ方をうまくしていく。

ブリーフセラピー
 うまくいったら?・一度でもうまくいった?・うまくいかなかった?

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善性優位7種
制感・凝念・禅那

オトノネひろげるシェアぼたん

『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン

幼児教育の経済学
『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン

ペリー・プロジェクトで有名な人。

知識を得る前の彼らは「理解できない」赤ん坊に語りかけをしようなどとは思って揉まなかった。だが、彼らは、赤ん坊に話しかけたり、絵本を読んでやったり、歌を歌ったりすることが脳の発達を促進するのだと学ぶ。(『幼児教育の経済学』p.97)

貧困層の子供を救うための「秘訣」は、成功している公立学校の周囲にある中流階級のコミュウニティーに目をやれば、全国どこだろうとごく当たり前に見られる光景に隠されている。そうしたコミュニティでは、親が毎晩眠る前に幼い子供に好きな本を読んでやる。黒板の文字が見えなければ、親は子供に眼鏡を買ってやる。今晩は食事にありつけるだろうかとか、学校帰りに銃で打たれないかなどと心配する必要はめったにない。そうした一連の、あたりまえの事実が学校を成功させるのだ。(『幼児教育の経済学』p.99)

ベティ・ハートとトッド・リスレーは1995年に42の家族を対象にした研究で、専門職の艇で育つ子供は平均して1時間に2153語の言葉を耳にするが、労働者の家庭では1251語、生活保護受給世帯では616語だとした。これに対応して、三歳児の語彙は専門職の過程では1100語、労働者の家庭では750語、生活保護受給世帯では500語だった。(『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン p.27)

ペリー就学前プロジェクト:低所得でアフリカ系の子供を対象に、30週間のプログラムを就学前まで午前中に毎日2時間半ずつ集団で。週に一回は家庭教師が90分の指導を個別に。
アベセダリアンプロジェクト:リスク指数の高い家庭の恵まれない子供を対象に4.4ヶ月から8歳までの全日
家庭学習の進め方を教えて、親の子育て能力を向上させると、どうなるか。

ペリー就学前プロジェクトでも、アベセダリアンプロジェクトでも、実験グループの子どもが対象グループの子供と比較して良い結果をエルというのが一貫したパターンだった。ペリー就学前プロジェクトの被験者になった子供は当初はIQが高くなったが
、その効果は次第に薄れて、介入が終了して4年経つとすっかり消えた。IQを高める効果が小さいことについては、他の研究でも認められtら。だが、IQ以外の主要な効果は継続し、非認知能力の向上もその一つだった。IQテストの結果は代わりなかったものの、14歳の時点で学力検査をしたところ、就学前教育を受けた子供は受けなかった子供よりも学校へ行っている率が高く、より多くを学んでいたことから成績が良かった。さまざまな社会行動についても良い影響が見られた。最終的な追跡調査(ペリー就学前プロジェクトでは40歳、アベセダリアンプロジェクトでは30歳)では、就学前教育を受けた子供は、受けなかった子供よりも学力検査の成績が良く、学歴が高く、特別支援教育の対象者が少なく、収入が多く、持ち家率が高く、生活保護受給率や逮捕者率が低かった。(『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン p.32)

幼少期の環境を豊かにするという恩恵を受けられずに思春期に達した恵まれない子供のためには、どんな方針が効果的か?
幼いころに介入を開始すれば一層効果的だが、思春期に達した子供に対して効果的な策略もある、認知的スキルは幼少期に確立
され、重大になってから子供のIQや問題解決能力を高めることははるかに難しいことが、数々の証拠からシエされている。だが、社会的スキルや性格的スキルは別問題だ。これらのスキルは20台のはじめまで発達可能だが、学習を向上させることから、幼少期に形成しておくのが最善策だ。思春期お子供に対する戦略は、メンターによる指導や職場での教育を通じて、意欲や性格的スキルや社会的スキルを強化するべきだ。(『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン p.39)

研究対象となった子供のIQはいずれも70から85のあいだであり、これは当時のミシガン州の分類では「教育可能と精神的欠落とのボーダーライン上にある」とされる値だった。(『幼児教育の経済学』ジェームズ・J・ヘックマン p.69)

いや、これらのプロジェクトは、「対照群」と比べたらいいかもしれないけど、平均からするとやはり「成果は全く、イマイチ」であるし、コストがかかりすぎた。集中的で、小規模で、高費用だった。もっと、効率的なプログラムが必要なのだ。

オトノネひろげるシェアぼたん

おとのねさんの読書計画

お母さんが子どもを理解するための『お母さんと子どもの交換日記』をつくるために、本を読むんです。

学んだことを、人に伝えるために、どうしたらいいのか。

それはまだ、僕には全くわかりません。
お金でコマーシャルする以外の方法を、考えています。

もしくは、お金を得る方法を。

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アセスメントにもとづく学齢期の言語発達支援 LCSAを活用した指導の展開

言語・コミュニケーション発達の理解と支援プログラム」 LCスケールによる評価から支援へ
『3歳から就学前までの子育てアドバイス』 
人を育む愛着と感情の力 AEDPによる感情変容の理論と実践

渡辺 久子
10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか
抱きしめてあげて
新訂増補 母子臨床と世代間伝達
思春期の子のこころがわからなくなったときに読む本
子育て支援と世代間伝達-母子相互作用と心のケア
たっぷり甘えさせて しあわせ脳を育てる! 6歳までの子育て

子どもの脳を傷つける親たち

日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙の開発と研究
言語発達とその支援 (講座・臨床発達心理学)
よくわかる言語発達 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)
新・子どもたちの言語獲得
サイコドラマの技法―基礎・理論・実践
発達が気になる子どものためのポーテージプログラム入門: 0歳から家庭でできる発達支援
発達障害をめぐって (発想の航跡・別巻 神田橋 條治
発達障害は治りますか?神田橋 條治
発達障害支援のコツ
Coaching Parents of Vulnerable Infants: The Attachment and Biobehavioral Catch-Up Approach (English Edition)

アタッチメントと生物学的行動の回復支援
笑いとユーモアの心理学:何が可笑しいの?
ユーモア心理学ハンドブック
自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義
パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる

図解よくわかる発達障害の子どもたち
その子、発達障害ではありません IN―Childの奇跡

これはマスト
赤ちゃん~学童期 発達障害の子どもの心がわかる本

ワーキングメモリを生かす効果的な学習支援
イラスト図解 発達障害の子どもの心と行動がわかる本
発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ
発達障害の女の子のお母さんが、早めに知っておきたい「47のルール」

イラストでわかるABA実践マニュアル 発達障害の子のやる気を引き出す行動療法
はじめての応用行動分析 日本語版
保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック―子どもの行動を「ありのまま観る」ために
自閉症スペクトラムへのABA入門―親と教師のためのガイド
自閉症児のためのTEACCHハンドブック
家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30
8つの視点でうまくいく!発達障害のある子のABAケーススタディ―アセスメントからアプローチへつなぐコツ
発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法
立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方
10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか

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『「学力」の経済学』中室牧子

「学力」の経済学
『「学力」の経済学』中室牧子
全てが、科学的な証拠に基づいた主張である。

メモ

ご褒美はテストの点数ではなく、インプットしたもの、本を読む・宿題をすることに対して与える。
ご褒美が子どもの「勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせてはいけない
お金も、ご褒美として悪いものではない。
学力が高いという原因が自尊心が高いという結果をもたらしているだけで、その逆ではない。
「あなたはやればできるのよ」とむやみやたらに子どもをほめると、実行の伴わないナルシストを育てるかもしれない。
「頭がいいのね」と能力を褒めるのではなく、「よく頑張ったわね」と努力を褒める。
能力を褒めることは、子どものやる気を蝕む。
親だけでなく、塾の先生が勉強のマネージメントをしてもよい。

学力の高い優秀な友人から影響を受けるのは、そのクラスでもともと学力の高かった子どものみ。
スウェーデンの高校生のデータを用いた研究は、学力の高い同級生の存在が、学力の低い生徒の自信を喪失させ、大学への進学意欲を失わせたことを明らかにしました。この意味では、学力の高い友達と一緒に胃さえすれば、自分の子どもにもプラスの影響があるだろうと考えるのは間違っています。むしろ、レベルの高すぎるグループに子どもを無理に入れることは、逆効果になる可能性すらあるのです。(p.66)

問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与える。
ルームメイトから「成績」に対して受ける因果効果はほとんどない一方で、「行動」に対して受ける因果効果は大変大きい。

習熟度別学級は、ぴあ・エフェクトの効果を高め、特定の学力層の子どもたちだけでなく、全体の学力を押し上げるのに有効な政策である。とくに大きな学力上昇が見られたのは、もともと学力が低い子どもたち。

なぜ、習熟度別学級は子供達の学力をあげるのでしょうか。それは、子ども同士も、自分と同程度の学力の子どもたちと一緒になることで、他者と比較して意欲を失うことなく、互いに助け合うことができるためだと考えられます。(p.70)

日本政策金融公庫の調査では、子供がいる家庭は年収の約40%を教育費に使っている。
教育を経済活動として捉えると、将来に向けた「投資」として解釈でき、もっとも収益率が高いのhあ、子供が小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)である。人的資本への投資はとにかく子どもが小さいうちに行うべき。

教育をすると社会全体への好影響がある。(雇用、生活保護、逮捕率などに関係し、行政の支出を省くことがえきる)。ペリー幼稚園プログラムの社会収益率はヘックマンの研究では年率7〜10%、他の研究ではさらに高い13%や17%という数字がでている。社会収益率が7〜10%ということは、4歳の時に投資した100円が、65歳の時に6000円から3万円ほどになって社会に還元されているということです。(p.82)

児童手当は学力を上げるという政策目標について、費用対効果が低いか、効果がない。

1980年代にコロラド大学のグラス教授とスミス教授が、1学級あたりの生徒数と学力の間には負の相関関係があり、とくに1学級あたりの人数は20人以下となるのが望ましいという研究を発表したが、教育政策の費用対効果としては、相対的に低い。つまり学力という点では、もっと別の方法によって、向上させることができる。

クラスの人数が40人を超えるとクラスを2つに分けることを「マイモニデスの法則」という。中世ユダヤ人の哲学者マイモニデスが「クラスあたりの生徒数の上限を40人とするように」と提案したのがもとになっている。

日本の赤字は、月収30万の世帯が毎月53万円を支出し、借金している状態。(この本は2015年6月に出版)
国の文科省への予算は15年前と比べて20%以上現象した。
2020年前にすべての小中学校の生徒一人に一台のタブレット端末を配布するという政策目標が掲げら得ており、手段であるはずのものが政策目的になっている。なんのために配布するのかが示されていない。

四谷大塚全国統一小学生テスト

学力テストの結果だけをみても、政策的に有用な情報はほとんど得られない。

学力は学校だけでは決まらない。
平等に扱うと不公平になる。

学校で平等を重視した教育「手を繋いでゴールしましょう」という方針の運動会などの影響を受けた人は、他人を思いやり、親切にし合おうという気持ちに「欠ける」大人になってしまう。(神戸大学の伊藤准教授らの研究)

全国学力・学習状況調査は統計法で定められた「統計」ではなく、「意見・意識など、事実に該当しない項目を調査する世論調査など」という扱いになっており、研究者がデータを学術研究に用いることができない。多額の税金をかけて行う価値がない。

教員研修は教員の質に影響しない。

貧困アクションラボ

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東工大のいいところ

聞いた話。
東工大は、理系の大学なのに、文系の教授も揃っている。
つまるところ、テクノロジーをどう社会実装したらいいかという思想もバランスよく取り入れようとしているということ。
これは、一流大学のすること。

東工大は一流だということ。
君は一流か。それが問題だ。

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