【放課後ディサービス・自立支援センター】ひこうき雲・はなれ雲訪問

衝撃的すぎて書くのが難しい。

自立支援センター:はなれ雲
高校生以上?対象

放課後ディサービス:ひこうき雲
一般の学童ではのびのびと暮らせない児童対象

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はぐれ雲

自立支援センターは、社会に出られない、ひきこもりの人が共同生活をしながら、生活する能力、社会に出て仕事をする能力を大きくしていく場所。どういう人がいるかというと、名だたる「難関有名大学」を卒業した人。医者・教員の子供。僕がいう、心をすり減らして無理していた子。思春期を迎えられなかった子。長い人は、30年くらい、この自立支援センターで暮らしている。

人によっては「私小学校の先生になる!」といって、この施設で勉強をして(小さな、静かな、図書室がある)、小学校の先生になった人もいる。
ここに来た時は、自分の服を自分で選択できない子もいる。
暮らしながら、他の人の行動を見ながら(社会の中で学びながら)、自分を取り戻していく。

その施設での生活を支える大人たちは、ひとりひとりの様子を見ながら、「おっ、変わったな」「何か感じたんだな」と思ったときに、言葉がけを変えたり、新しいことに誘ったりしてみる。そうして、レベルアップすると、「大部屋」から「小部屋」に昇格できる笑

この施設には「ツケ」というシステムがある。
いわゆる「これをやったら、ツケが溜まって、やらんなんことができる」というもの。
「悪い」ことというより、「ルール」だ。
やってもいいけど、やった分だけ、肩身が狭くなるみたいな。
(ツケを払いたくない、という人がいたらどうするのか、今度聞いてみよう)

共同生活をしながら、暮らしながら、社会体験を実践しながら、社会性をつける。自立する。

イベントとか、本を読んだだけでは得られない「経験」が、人を変える。
富山県富山市万願寺にある青少年自立援助センター

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ひこうき雲

僕の知っている放課後ディサービスは、6畳の部屋に20人くらいが集まってもう大変な・・・叫び声が絶えない場所だった。
そういう事業所だった。

けどひこうき雲は、クールダウンできる部屋もあれば、筋トレができる部屋もある。
なによりも、子供たちが落ち着いていた。

この場所をつくった齊藤さんは、もともとはぐれ雲の職員で、「放課後ディやりたい!」ということで、同じ組織内で始めた、そうだ。
組織の作り方、経営の仕方が、美しかった。
同じ放課後ディサービスでも、ブラックで労働者は生活保護レベル(13万)の賃金しか払われていないところが多い中で、基準以上のスタッフの数、空間を準備している。お金でない価値を生み出しているようにおもう。それが、子どもたちの様子にあらわれていた。

豊かな大人の世界が、豊かな子どもの環境になる。

福祉が貧困をつくりだすしくみへの、ひとつの答えがここにあった。
(つまり、事業所がお金を、雇用者の福祉well-beingに使うということ)

しかしどうして、税金をもらって運営している事業所の雇用者に生活保護レベルの給与しか払わず、経営者は外国車にのるような事業所ができるしくみが、日本にはあるのだろう?

ひこうき雲 | 児童発達支援・放課後等デイサービス

オトノネひろげるシェアぼたん

佐藤学の《学びの共同体》をオトノネに導入しよう。「学校」つくったら!

先日、富山大学附属特別支援学校でたまたま佐藤学という有名な先生の話を聞く機会に恵まれた。
いるんだね!こういう人!というか、友達になりたいとおもった。
「学びの共同体」という言葉で、理想の教育の姿を説明してくれた。

むかーしっから、やっているようです。
学びの共同体研究会

石川県金沢市立紫錦台中学校も参加しているらしい。
こちらが金沢市立紫錦台中学校のHPです!
富山県で「学びの共同体」を実施している場所は、みつからなかった…

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メモにとったもの。

学ぶことは、しあわせなことだ。
一人で学ぶことはできない。学びは、社会的なものであって、孤立していたらできない。
人間の大脳新皮質は他者との協同により発達する。

ペア、グループ、コの字型で向かい合うのが基本。

小学3年生にならないと、内言ができない。考えることができない。(経験的な法則)
だから小学1、2年生はペア。それ以降は、3人、4人にする。

学びは既知の世界から未知の世界への旅であり、新しい世界、新しい他者、新しい自己との出会いと対話である。
学びは個人的活動ではなく社会的活動であり、自然的過程(能力や技術の形式)ではなく、文化的過程(意味と関係の構築)である。

人間の学びはコピー(模倣)ではなく、再創造
人間の学びはコミュニケーションによる意味の再構成(社会的文化的実践)

学びを対象世界(テキスト)との対話、他者との対話、自己との対話の三つの対話的実践。
学びは認知的実践(世界づくり)であり、対人的実践(仲間づくり)であり、実存的実践(自分づくり)である。

人間の学びは、ほとんど短期記憶にしかならない。
人間は学び続けないといけない。
動物は生まれてからすぐ、立ち上がる。模倣のプロ。
人間は、模倣する力が動物より弱い。短期記憶にしかならない。

一歳になるまでに、一度シナプスが削ぎ落とされる。軸索を残して、消える。
1歳になったら、シナプスがズバーと出てくる。そうすると、言語が生まれる。

シナプスのつながり、すなわち関係の構築。

1”5”20
意味を、共同で見つける時、それが長期的な記憶、知恵になる。

東京オリンピックのときには、空港が無人化する。
35%が人工知能で賄われるらしいよ。

創造・探究・共同
今のところできないこと。。

もう、今までの教育は役に立たない。
理解中心から探究中心へ

「わからないこと」を恥じるのでなく、「探そうという気がないこと」を恥じ得る時代。

140年前に成立した一斉授業

世界からは30年前に消えている一斉授業
安い単純労働者をつくるシステム。単純労働をする?

エリートはコの字のテーブルで育つ。ハーバード大学の講義室(黒板に全ての机が向かっている教室)は一つだけ。

コピーで済むような授業はいらない。

経済が発達している国はアクティブラーニングをやっている。30年前に

30年前、TOP30のうち21社が日本
今、TOP30のうちで、ゼロ。

この30年間で変わった。

学ぶということが、即幸福である。

人間は7つの領域に分かれている。
Howard Gardner
あらゆる能力を持った人はいない。
なんの能力ももたない人もいない。
孤立して生きてはいけない。
一人で生きようとしてはいけない。

人との関係の中で、多元的に見なくてはいけない。
抜群の能力がある。

デザインはビジョンによって
プランは目標によって生まれるもの。

建築家はビジョンを見る。
デザインは生かそうとする。

目標思考の仕事workと労働labor
創造的な時間。activityはビジョン、デザインの世界。
文化的な意味と、社会的な関係を想像する。

学ぶ権利の実現。

「待つこと」「見守ること」(谷川俊太郎、すきすき、きゅっ、好き好き、ちゅっ)子どもを受け入れられるか。
「させること」ではない。ここもおとのねだ。
おkどもへの信頼、子どもを尊敬する。これもオトノネだ。オトノネはこれを「自立している」と表現している。
学びの共同体は、リスペクトの共同体だ。そして、ケアの共同体

特別支援学校っで主流になっている「行動療法」は研究者が論文を書きやすいから。
「させる」ことで条件付けをする。それは「発達(心)」ではない。
行動レベルの導きだ。

思考、学習、内言。
外言が先。だから内言ができない子がたくさんいる。
対話の相手がいることで、モデルを得ることで、内言できる。
経験的に小学3年生。4人組で(人の話がきける?)
小学1、2年生は「考えることができない」まだ内言が使えない。無理無理!ペア。

「待てない」手を出す口を出す。がダメだ。
教師の仕事〈聴く・(子どもと子どもを)つなぐ・もどす(もう一回)〉
「だれだれくんの言ったこと、どうおもう?」

子どもが、学びの主人公だというのが基本。
いい教師は〈目と耳〉で仕事をする。
子どものテンポはゆっくり。教師が先に行かないで、待つこと。

ある意味で、戦国時代、三国志時代の武将のようである。

共有の学び:ほぼ全ての子どもたちが達成できるレベル
挑戦的な学び:三分の一の子どもたちの達成を期待する、つまり三分の2の生徒が「できない」課題を与える。
難しい問題だからこそ、子どもたちは大好き。飛びついてくる。
基礎を丁寧、丁寧に、積み上げるというやり方ではない。積み上げずに、引き上げる。
(そんなん無理無理!というものを出してみると、一生懸命に挑戦する子がいる)

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オトノネではメタスキルと呼ぶ「コミュニケーション能力」
創造的な仕事。
多様な人間が、それぞれの持分を出すことでしあわせがうまれる。
オトノネが求めている「先生像」

まことに同感できる、こういうことをきちんと言ってくれる人がいる。

昔の昔から、活動していて、少しずつ、広がっている。
こうした時代の流れの中に、オトノネはいる。
富山県に、オトノネは、いる笑

オトノネは「学校」をつくるにしたら、どうしたらいいかなと思っていたところで、いいモデルを見つけられた。
少しずつ。少しずつ。時に、大胆に。

オトノネひろげるシェアぼたん

「時間」が課題・宿題というバケモノになったら(おとのねさんは、やれ!やれ!と言う人だった)

「ああすればこうなる」という世界に生きていた。
心がなんなのか、ぼんやりとも、わかっていなかった。

「こうなりたいんでしょ?じゃぁこうしよう」といって、無理をさせていた。
「この子の学力をあげよう。そうしたらこの課題をこうやってやらせて…」ハードルを下げるアプローチは今でも間違っていないとおもうが、やっぱり「やらせる」ことをしていた。

そして、「この方法は、正しいのに、できないのは、生徒がいけないんだ!努力が足りない!」とおもっていた。
同時に「もっといい方法はないのか!?」と「やらせる」ことを研究したり。

行為レベルで言葉を使っていた。
行為レベルで人と関わっていた。
自分に対しても、行為レベルで関わっていた。

いろんな出来事があった。
繰り返してきた。
何度も、人の心を壊してきただろう。
「堕落」を繰り返した。

その度に、浮き上がるたびに、新しい旅を始めた。
「自然」という旅だったり。
「演劇」という旅だったり。
「子ども」という旅だったり。

その中で、「物語」「民謡」「踊り」「芸術家」「カウンセリング」「心理学」「ヨガ」「ストレッチ」「歴史」いろんなことを学んだ。

旅をしながら、周り周り、巡りながら(何度も失敗をしながら)今も、繰り返しながら、ようやく、心を大事にすることを、学び始めている。

人の成長とは、発達とは、すぐにどうこうなるものでもない。
「ああして、こうして、こうする」ということを考えていたらみられなくなる、大切な「今」がある。
そしてその「今」に気がつくためには、いつも誰かの言葉があったし、出来事があったし、何よりもそれらを感じる「時間」があった。

「時間」は、大切にしたい。
焦っても、どうにもならないことがある。

こう言う場合、焦ってもダメだ!もがいたら沈んでいくだけだ!ということを、まずは学んでもいい。
(それを学ぶのが、大学の合格発表の日だったりする。それが模試の結果だったりする。突然やってくる。DVをうけてボロボロになって、何度も試みて、やっぱりダメで、「違う生き方をしよう」という日が、やってくる)

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「あー、これからどうなるんだろう…」とおもって友達に話すと
「どうすんのお前笑」とかいう適当な返事や
「おもしろそうだからそのまま行けば?」という何か逆に誇らしくなる返事や(いやもっと役に立つ返事くれよと当時はおもっていた笑)
「小説家になったら?」というちょっと気になる返事がでてきたり。

いくらもがいても、足掻いても、焦っても、わからないときはわからない。
わからないなりに、「違和感」を感じたまま、抱えたまま、明日を迎え続けて来た。

高校中退をした時から、不登校になった時から、いまだに僕は同じ「違和感」を抱えている。
それでもまだわからない。

そのくらい長い、ゆっくりした時間を感じられるようになったのも、「ある出来事」を境目にしてだった。
そういう日がくるらしい。

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突然やってくる日を、大切にしたい。
それはいつやってくるかわからない。

オトノネは出来事を起こそうとは思わない。
外ででてきた出来事を心できちんと感じ、フィードバックして、いつやってくるかわからない出来事に備える感じ。
(狙ってその出来事を起こす「導く」ことをまずはやってみるケースももちろんある)

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「仕組まない」ことで生まれる不思議があり、「仕組まない」ことで出会える心がある。
(芸術家は、生まれたもの感じたものを身体化、具現化する仕事であり、生まれたものを大切にしながら育てることをする)

僕はそれを大切にしたい。
(だからオトノネに来た人は困るらしい。「何をしてくれる場所なのかわからない」と)

人には誰しも、発達の段階、人生の曲がりくねった道の上にあり、僕が関われるのはほんのその一部だ。
到底、最後まで道案内することなどできないし、案内できるほど多くの道を知らない。
「導く」「任せる」「誘い」。ご招待。

だからもし、おとのねさんに会ってみて、話をしてみて、感じてもらって、僕ができる小さなことが、少しでもその人のチカラになると感じてくれたら、お付き合いをしたいとおもう。

例えば。

「◯◯ができない」
「私は◯◯」

という言葉を生み出す心を、僕は感じようとしている。
縛られているものから、少しでも抜け出して、心を自由にして、今置かれている状況の中で、精一杯、チカラを使って先に進んでほしい。
神経は、記憶している。だけど、心は、成長したいとおもっている。
僕自身が、今、そのプロセスの中にいる。

なにしろ、時間がかかるものだ。
定期テスト対策なんて、なんともまぁ、この悠々とした時間に比べたら、小さなことのように僕はおもう。
その小さなことの繰り返しが、人の心をつくるのだろうけれど。(高校生になっても定期テストでピリピリしている。定期テストという呪いだ。)

頭ではわかっていても、やっぱり定期テスト勉強に勤しんでしまわないと心が落ち着かない子もいる。
それでもいい。なにしろ、定期テストは、小さなことだから。

けどそれで大切な「時間」が減ってしまうとしたら、困ってしまうかもしれない。

時間は減るものではないのかもしれない。
ただ悠々として流れているものかもしれない。

もしその「時間」が課題・宿題というバケモノの姿をして牙をむいて、台風のように、終わりのない嵐のように君に襲いかかっているとしたら?
君は呪文を唱えて、「時間」を元の姿に戻してあげるのもいいかもしれない。

本当に大切なことは、本当に大切なものは、内側から、やってくる。
外から与えられるものではない。

もしかしたら、今君の中に生まれた、気持ちが、「大切なこと」を知っているかもしれない。
聞いてみてもいい。その子はきっと悠々とした「時間」の中にいる。

その子の「時間」に入っていけば、きっと、話ができるはずだ。

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Do it! Doit!と英語で書いてみる。
綴りが、Idiot(馬鹿者)と似ているなぁとおもった。

オトノネひろげるシェアぼたん

福岡の駄菓子屋「丸五商店」訪問

高岡市福岡に駄菓子屋があります。
最近できました。
いやなんで駄菓子屋?

地域に住むお父さんが「つくろうか」といってつくったんです。
子どもが集まる場所、学校の外の子どもの暮らし方を考えている僕は、ああ、すごいドキドキした。
仕事をしているお父さんたちが、「あそび」で始めた駄菓子屋。

大人が力を抜いて、遊ぶ、自然な姿で暮らすことで子どもの暮らす場所が増えて行くのかとおもう。

オトノネは力が入りすぎかなぁ、と気がついた。

オトノネひろげるシェアぼたん

森のシンガーソングライター山田証さんと出会う。

どうしてか忘れてしまったけれどたまたまFBで知り合って「今度日曜日どこにいますか?」「あ、近くですね」「じゃぁ」ということでお会いしてきました。もう一ヶ月くらい前のこと、思い倦ねて投稿できずにいましたが。

山田証さんのFacebookはこちら

最初にメッセージを送った時に「音楽家として副業せずに、暮らしているのか」と聞いてみた。
話を聞くと、音楽家、というより、表現者として、ギターを選んだ、ということ。

いろんな話を聞きながら、証さんは小さい時から自分に素直に、素直に、生きて来たんだなぁとおもう。
つきつめて、つきつめて、ただ自分らしい自分を応援して、考えて、勉強して、学んで、気づいて、行動して。

その繰り返しで、全国で「森のうた」の輪が広がっている。

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劇場の中で自分の仕事をすればよかった韓国時代と比べて、日本ではプロデュースから自分でやらないといけない。人にどう見せるか。「それは、自分がお金を払ってもみたいとおもえる、行きたいと思える舞台か」をよくよく吟味する。

そして自分が求めている報酬をはっきり明示する。旗を立ててみて、その結果をみて、また修正していく。
とにかく今、フラグを立てよう。というお話でした。

「コレ」というものをもっている人は、やっている人は、どこか不思議な魅力をもっている。
おとのねさん、そろそろ始めないと、そのうち、死んじゃうからね!

オトノネひろげるシェアぼたん

子どもとお花見に行ってきたらドラマがあった。

いろいろあったー。

うさちゃんとお花畑

オトノネはなにをするところかよくわからない。間違いない表現をするなら、「おとのねさんがいるところ」がおとのねだ。で、川べりにいって、前回僕が話した「ヒメオドリコソウ」の話題を発展させてくれて「教科書に書いてあった!」といいながら、「オオイヌノフグリもかわいいよ!」といって見つけて、教えてくれた。かわいいやんか。白い謎の花が近くにあったから、「これ知ってる?」と聞くと知らないというので、教科書でみたら教えてねーと言った。で、ご飯を食べて、今日買った絵の具で絵描く?と聞くと描くというから書いてみる。最初は人を書いていたのが、お母さんに「せっかくだから桜かいたら?」といわれて桜をかいてみるその素直さが子どもらしく、のびのびとなんでもやってみようという気持ちを感じた。

この絵を描く前、この子の弟くんがやってきて、「僕もやる!」といった(そのとき僕は桜を描いていた)。で、僕が目を話した隙に・・・僕の絵に黒い絵の具でぶっとい線をぶっとく描いた!「だー!あー!」と僕は転げて泣き叫んだ!(その子は前にも壊したら人が悲しむものを壊した子だ)僕がめそめそしていると、体操座りになって反省会をはじめた(僕の悲しみを感じているんじゃないか。すごい)それをみて、僕も絵一枚で大人気ない、もっと子どもらしく執着しないでなんとか・・・と思ったその矢先、お姉さんが「枝にしたらいいじゃん」と。

天才じゃないか。それでその子に「この絵、僕が描いたんだけど、この線を枝にしたらおもしろそうだから、続き、描いてよ」と言った。気を取り直した彼は、書き始めた。うん、おもしろい絵になった。こういうこともあるんだなぁ。

ひとつの絵を描きながらドラマが起きる。(もっとたくさんのドラマがあったが割愛)それが個性であったり、発達の段階であったり、心の憂鬱として気持ちだったり、よろこびであったり。絵が上手くなることが大切なのではない。絵を描きながら、人間が人間と一緒にいる時間が大切なのだとおもえる。心から。そんな、昼下がりでした。

ちなみに、弟くんが気を取り直して絵を描き始めて、パレットの絵の具を使おうとしたとき、「これ、使っていい?」とちゃんと聞いてくれました。「僕はこの色しか使わないから、他の色は大丈夫だよ」と答えた。聞いてくれたね。お気遣いありがとう。お心遣い、ありがとう。「世界はいろんな意図で、意味で、計り知れない他人の心であふれている」ということを、体験して、学んでくれたのかもしれない。僕も、お姉ちゃんの一言から「創造的になること」を学びました。弟くんからも、人の成長する姿を、学びました。

ありがとう。楽しかったね!

オトノネひろげるシェアぼたん

高岡市のコミュニティハウス、ひとのま訪問

ひとのま、という場所に行ってきた。
高岡市で誰でも行ける、そのままいける、という場所。
その場にいる小さい子から大人までの雰囲気を感じて、ああ、こういう場所が、街の中にもあるんだなぁとおもった。

こういう場所がどうしてできるんだろう。
どうやって・・・

オーナー(?)の宮田さんの話を聞くと、「誰かを助けるとか、誰かのためとか、そういう目線ではなくて、目の前にいる人をみていたらこういう場所をつくろうかとおもった」といった話。

大手の教育企業に勤めながら「目の前で悩んでいる、勉強じゃないもので困っている子をみながら、業務として子供達と接するのと、どっちがやりたいのかなっとおおって会社を辞めて塾を始めた。誰でもきていいよというスタンスでやっているからいろんな人が来た」それが大きくなって「ひとのま」ができたという。

原子も同じような気がする。
何事もなく、とにかくそのままの姿で存在しているだけで、場ができて、いろんなひとと反応していく。
「いや、俺は塩素と結合するから」といっていると生まれるものも生まれない。

やわらかく、確率の森の中で、不確定の中で委ねていくことで、生まれるときは生まれ、なくなるときはなくなる。
「今年になって、人に助けてもらうようにお願いしはじめたんです。そしたら、みんな助けてくれることがわかった。きちんと話して、思いを伝えて・・・」それでひとのまは続いている。無理をしてひとのまを支えようとも思わない、もしそれでなくなれば、それはそれ。こういう場所を守る人、という意識もなく、管理するとかも考えずに、ごくごく今はそれがあたりまえのようにひとのまは存在している。

この日は、晩ごはんをみんなで食べる日だった。ひとのまに来ている人の誰かが「仕入れた」とんかつをあたためて、キャベツを切って食べた。いろんなことが起きる。昔、私が無人島キャンプで感じていたような感覚。決められたことよりも、その日突然起きる出来事の新鮮さ。何かが起きるときにそれをちゃんと感じられるゆるさ、余裕、あそびがある。

オトノネはどこか、気を張って「子どもを守る」と言って来たきらいがある。
塾で苦しむ生徒をたくさんみてきたから。けど・・・
実は、高校生のアンケート結果をみながら、みんなしっかりしてるじゃないか。オトノネができることってなんなんだろう。。。
と思っていたところで、ああ、なんだか力が抜けた。

力が抜けたところで、ひとのまに行って、宮田さんと話して、また力が抜けた。

ゆらり。

だらり。

オトノネひろげるシェアぼたん

金沢の子ども食堂、あしがるの家訪問

金沢にある子ども食堂、永井善隣館を訪ねる。
永井善隣館の隣の「あしがるの家」で月に一度、校下の子どもたちが集まってみんなでご飯を食べて、遊ぶ。
子どもが来てから帰るまで1時間くらいだろうか。

これだけいろんなことが1時間の間に起きるのか・・・
と久しぶりに目を丸くしてしまった。

ここのこども食堂はなんとお父さんたちの「ダベリング」の会が運営しているという。
あつまっておしゃべりをする仲間の一人が「東京ではこども食堂っていうのがあるよ。うちでもやってみようか」ということで始まったという。
東京の場合は経済的に食事が食べれない子が対象、という雰囲気があるが、金沢の場合そんな貧困家庭はない、そういう子を見つけるのは難しい、ということで、孤食にならないように、楽しくご飯をみんなで食べるというコンセプトで運営している。

こども食堂に来てくれる子供のお母さんからは「仕事の後に、子供のいない時間にいろんなことを考えられて助かっている」という話も聞くという。
家庭でも学校でもない、社会の中に子どもの居場所があることが、とても素敵だと感じだ。

ところで、金沢には「善隣館」がたくさんある。
戦後の福祉施設の名前なのだが、、こういうところに歴史を感じる。

地域の人が、新しいことを始められる雰囲気、意識を足軽の家でびしびしと感じた。
カレー美味しかったです!ありがとうございました。

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富山のママスキーハウス訪問

富山市にあるママスキーハウスに行って来た。

広告会社につとながら、子供ができて、生活が変わって、事業として始めたというお話。
お母さんになった時に「子育てママのための情報がわかりにくい!」困っているママたちに情報発信するところからはじまったそうだ。

お母さんは子育てとともに暮らしが変わる。
初めて子どもを育てる時には不安で、心配で・・・
転勤してきて勝手がわからずに情報を集めているお母さんもいる。
子育てをしながら新しい仕事、楽しみ、やりがいをみつけるお母さんもいる。

「これから人が少なくなって、子どもが人に恵まれるような社会にしていきたい」という言葉が強く響いた。
次の時代を見据えたインフラ、つながりを作りたい気持ちが伝わって来た。

世界が変わる。
変わっていく世界で大切にしたいものを守っていく。
そんなかっこいいママスキーでした。

人と繋がって、企業からもオファーを受けて、、、運営の仕方のお話も聞けました。
ママスキーのみなさん、ありがとうございます!

オトノネひろげるシェアぼたん

金沢の保育所訪問

金沢の子ども食堂を見て回る中、途中でたまたま通りかかった保育所があった。
気になっていてこんど行ってみようとおもっていたところで、予約なしで訪問した。

保育園にも地域性があるみたいだ。。
水泳、体操、日舞、陶芸、英会話などいろんな「特別な教育」が盛り込まれている。
補助金では補助されない部分はお母さんたちが支払う。
子供の時の体験は大切だ、という意識があるのだろう。

食堂に行くと、調理室が一段低くなっていて、調理台の上でどんなことが起きているか子どもたちがみえるようになっている。
部屋が広く、その時々の活動・お昼寝の都合に合わせて融通がきくデザイン。
先代が残した、金沢市内にしては広い園庭。(もっといろいろ作りたい、とのこと)

園長先生の話を聞きながら、園長先生もいろいろな勉強をしているとわかった。
業務のように預かって、終わりではない意識をびしびし感じた。
保育士の社会的な役割のこと、小学校にいってからの子どもたちのこと。。

話をすることは意識を重ねることだ。
言葉を通じて大人も子どもも学んでいくんだとおもえた。

保育室には子どもたちの未完成の作品や、ごっこ遊びが発展しながらつくられたお店などがそのままになっている。
子供の時間、子供の空間を守っているんだなぁと感じた。

オトノネひろげるシェアぼたん