富山のママスキーハウス訪問

富山市にあるママスキーハウスに行って来た。

広告会社につとながら、子供ができて、生活が変わって、事業として始めたというお話。
お母さんになった時に「子育てママのための情報がわかりにくい!」困っているママたちに情報発信するところからはじまったそうだ。

お母さんは子育てとともに暮らしが変わる。
初めて子どもを育てる時には不安で、心配で・・・
転勤してきて勝手がわからずに情報を集めているお母さんもいる。
子育てをしながら新しい仕事、楽しみ、やりがいをみつけるお母さんもいる。

「これから人が少なくなって、子どもが人に恵まれるような社会にしていきたい」という言葉が強く響いた。
次の時代を見据えたインフラ、つながりを作りたい気持ちが伝わって来た。

世界が変わる。
変わっていく世界で大切にしたいものを守っていく。
そんなかっこいいママスキーでした。

人と繋がって、企業からもオファーを受けて、、、運営の仕方のお話も聞けました。
ママスキーのみなさん、ありがとうございます!

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金沢の保育所訪問

金沢の子ども食堂を見て回る中、途中でたまたま通りかかった保育所があった。
気になっていてこんど行ってみようとおもっていたところで、予約なしで訪問した。

保育園にも地域性があるみたいだ。。
水泳、体操、日舞、陶芸、英会話などいろんな「特別な教育」が盛り込まれている。
補助金では補助されない部分はお母さんたちが支払う。
子供の時の体験は大切だ、という意識があるのだろう。

食堂に行くと、調理室が一段低くなっていて、調理台の上でどんなことが起きているか子どもたちがみえるようになっている。
部屋が広く、その時々の活動・お昼寝の都合に合わせて融通がきくデザイン。
先代が残した、金沢市内にしては広い園庭。(もっといろいろ作りたい、とのこと)

園長先生の話を聞きながら、園長先生もいろいろな勉強をしているとわかった。
業務のように預かって、終わりではない意識をびしびし感じた。
保育士の社会的な役割のこと、小学校にいってからの子どもたちのこと。。

話をすることは意識を重ねることだ。
言葉を通じて大人も子どもも学んでいくんだとおもえた。

保育室には子どもたちの未完成の作品や、ごっこ遊びが発展しながらつくられたお店などがそのままになっている。
子供の時間、子供の空間を守っているんだなぁと感じた。

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好きなことをするお母さん!Hug*smile

好きなことをするといい、本気になれることを
と思っている私自身がなかなかできないのだが。

「好きなことをする」ということがどういうことか、わからない人が多いように思う。
友達とのおしゃべり?と答える人はおしゃべりをする力を磨くといい。
おしゃべりでなく、1人で何か打ち込むタイプの人が、つまり(外向性とともに強い)内向性を持っている子どもには、「好きなこと」をしている大人をみて育ってほしいとおもう。
「仕事に打ち込む」誰かの姿かもしれないし、かっこいいい上級生への憧れからはじまる「真似」なのかもしれない。

昨日のなべまつり でみつけたお店、Hug*smileは手作り、縫い物が大好きな、お母さんのお店。
オトノネがモデルとしたいような、、、好きなこと、ねー

しあわせがつながっていくような活動を、オトノネはできているだろうか。
「友達に子どもができるから、プレゼントにするんです」といって買いに来たお客さんのセリフをききながら、そんなふうにおもった。


たまたま出会った私の友達とお喋りをした。仕事をしながら、いろんな人と出会わないとわからない世の中のことがたくさんある。オタクの話、中国の人の話、忍者の話・・・
勉強勉強で専門書ばっかり読んでる場合じゃない!

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またまたわらべうたする保育園訪問

流山にある保育園。
わらべうたを日本で普及させた羽仁さんが、ハンガリーから日本に戻ってきた後、10年後くらいにつくったという保育園。

1に空間、
2に空間、
3・4がなくて
5に人間

というほど空間というか、環境にこだわっている、そうだ。空間を、どこになにがあるか、そこでコドモがなにをしようとするかを考えて配置するだけでコドモの様子が変わる。もし大きな窓があるならそれを取り入れようとするし、その窓がつくる雰囲気を活かすように棚とかをつくる。基本的に、複数のコドモが自分の遊びをたのしめるニッチ(生態学用語)をつくることだ。そしてみんなでわらべうたをやるときなどは真ん中にある台を動かすだけでいい。ほんとうにちょっとしたことでコドモのココロはかわる。「トイレも各部屋に一つづつある。配管工事屋さんからそれは管理が難しくなるからやめておけとか、トイレの床を板張りにしてくれといったら、水気ですぐ駄目になっちゃうよといわれるんだけど、どれもコドモの暮らしを守ることなのに。廊下があって教室みたいに保育室が並んでいる保育園もあるけど、うちは一つ一つどくりつしている。」国から言われて、少ユニット化する児童福祉施設は多く存在する。それが義務付けられているからだ。自分から保育園の構造をきちんとデザインする人は少ない。空間が人間を殺してしまう例はたくさんある。あの、東京の知的障害者施設では、どれだけ人間ががんばっても、勝ち目がない空間の力を感じた。

いわれないとやらないオトナ、自分で動かないオトナがそのまま同じようなコドモを育ててしまう。

「うちはね、プリントを保護者に配らないんです」といわれてハッとする。プリントもオトナの都合で配られるもので、時間を省くための道具だ。コミュニケーションをふつうに、ただひたすら普通に行おうという「型」の一つとして、プリントを配らないということが行われている。声を使うこと、身体を使うことを避けていく「伝達」は人間を機械的に扱う行為にも思える。発達という言葉、成長、育成ということが生物学的な言葉であるとしたら、教育という言葉はプログラミング、機械、生産ラインというニュアンスを含んでいる。「生徒管理」という言葉がある。これは完全に製品あつかいだ。実際に、学校の後者は刑務所をモデルとして作られている。校庭での体育は軍隊の訓練を想定して作られた歴史がある。この環境の力を弱めるためにも、環境にはこだわったほうがいい。また、人間が育ってきた環境の影響を弱らせるための型として、わらべうたはとても、役に立つ。というのも、わらべうたは人間関係をつくる型、モデルになるからだ。わらべうたが大切なのではない。ただコドモを人間としてみる、人間として関わり合うためのツールなのであって、わらべうたを使う人間にその心がなくてはお遊戯と一緒だ。

「うちの園は運動会をやらないんですって話たらじゃぁ他の保育園に行きますという人がいるんだけど」という言葉。どういうことかというと、運動会も結局、誰がなんのために始めたものか、そしてそれが保育の現場に必要なものか、必然として必要なものかを考えると、運動会は、必要のないものだし、保護者が「おたくの園の運動会はいつですか?」とかいうママ友との会話がなくなるのが嫌で親の都合でつくられたもの、スタンダードということ。

帰り際に「照明、消していましたね」と僕が話した。
「そうなのよ。他の保育所にいくたびに照明消してっていってるのよ」と話してくれた。

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?

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富山県高岡市の家庭教師おとのねさんは登校拒否、不登校、成績不振で困っている小学生・中学生・高校生に向き合います。

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わらべうたをする幼稚園見学

龍ケ崎にあるみどり幼稚園に行ってきた。
わらべうたのことを知りたいと頼んで、先生が来る日に見学させてもらった。

この幼稚園ができたのはもう40年前。
隣りにある公園で青空保育をして始まったのが今に至ると聞いた。

小学生になったら、ここで育った子が他の子とどう違うのか、聞いてみた。
違う、らしい。自分のことを話す、会話ができる、学校の先生がクラスにいてほしい良い生徒になる、そうだ。
わらべうたを歌っているというよりわらべうたで遊んでいる子どもたちをみていておもう。言葉を使う、感情と繋げる、体と呼吸を繋げる、ココロが育っていると思えた。
わらべうたを使って声を出しながら、誰かに何かを渡したり、誰かに触れたり、目を合わせたり、小さな子には気を使って目線を変える子ども。

わらべうたをどうしてするのか?
ひとつには、わらべうたをつかって遊ぶと、子どもの発達の度合いがわかる、のだという。それをみて、オトナがコドモの成長を後押しするヒントにするという。
あそびのなかで子供たちは自分ができることを精一杯する。声に合わせてジャンプができる子、まだジャンプが上手くできない子、リズムに合わせて歩ける子、まだリズムが聞こえていない子。
どんな子でもわらべうた遊びの中で精一杯遊べる。授業とは違い、他の遊びをしている子はわらべうたあそびをしなくてもいい。年長さんには年長さんが挑戦できることがあって、年少さんには年少さんの挑戦がある。
同じ場所、同じ遊びのなかで一緒にできる、声を使って、リズムをつかって。演劇的だった。見学をしながら「こんな遊びにしたらおもしろいんじゃないか」「こういう動きにしたらもっとリズミカルになって楽しいのではないか」などと考えてしまった。まさしく演劇的だ。

自分の声を使う、ということがなかなかできない世の中だ。
声を使う、話す、息をすること、音を「きく」こと。
「きく」ことはとても大切で、インドネシアのAbdiも言っていたことだ。

楽譜に書かれた音にこだわらず、子どもたちが歌いやすい声を基準にする。自分の声を使う、自分の声を知るということ。ソレが一番、自然だし、おもしろい。
小学校に行ったら、西洋式の歌唱法を教わるのだろう。それいぜんに、自分がもっている自分本来の声、気持ちと結びついていることは、子どもたちの自信になるんだろう。

小学校にいっても、本当の自分の姿になれる「あそびのじかん」を大切にしてほしいと思う。

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東京のプレイパーク訪問

池袋からちょっと先、西武線に梅ヶ丘という駅がある。そこの羽根木公園でガムランの演奏会があるので見に行った。
一週間前だが、ちょうど雨で延期になっていたときのこと。私はプレーパークというものを知らなかった。

とにかくコドモが生き生きとしている。
遊んでいる。遊べる場所だった。
この場所ができたきっかけは、地元のお母さんたちが「あそびばをのこしたい」ということで行政ともかけもって、地元の大工さんにも協力してもらって、遊具をつくったり、料理やら工作ができるように、そして何よりも「◯◯禁止」ということがないあそびばを守ってきたという。今はNPO法人として活動している。それでもそこにいるお母さんたちは知り合いで、仲よく喋っているような姿もみられる。鍋がおいてあって、火をタイて焼きそばを作る親子もいる。屋根の上を飛び回っているコドモがいる。屋根の上、大丈夫か?と思えるが、大丈夫なのだ。オトナが心配になるほどコドモはやわではないし、挑戦すること、恐れること、自分の力の限界を知ること、泥まみれになって一生懸命になることを学ぶんだろう。

昔、昔、私は「子ども環境学会」なるものに関わっていたことがある。さまざまな事例紹介のなかにこういった施設はなかった。いつからできたんだろう?学会の中で発表されるもの、本の中だけで得られる知識なんて薄っぺらかったなぁ、暮らしの中から、生きながら、人と関わりながら、つくられていくもの、関係といったものに今まで疎かったと私は思う。友だちと会って、話して、遊んで、喧嘩もして、走り回る。ここも東京だ。東京にも暮らしがあるんだと思えた。今まで知らなかったことで、驚いた。知らないことがたくさんある。暮らしていくうちに、わかってくるものかもしれない。

とても大切な看板があった。
自己責任だ。
もちろん怪我をした後、何かあったらオトナがフォローすることもある。
最近考えている。コドモの喧嘩、オトナがみた時に「ん?それはちがうぞ!教えてやらねば」という態度で仲裁に入ったり、オトナの速度で、オトナのやり方でコドモ同士の関係に割り込むこと。オトナの「伝えるべきこと」は何なのか。プレイパークにインドネシアの人が来ていた。結婚して子どもが3人いるという。「いつも喧嘩してさぁ」「そんなときあなたはどうするの?」「やれやれ〜っていうよ!」僕が韓国でオトナ同士がフル喧嘩したときも、ソンセンニンから「どっちが勝った!?」と冗談半分に聞かれた。んー。

コドモの喧嘩、コドモのモメゴトは放っておく。
そうすると、彼らに何が起きるだろうか?彼らはものすごく考えるだろう。
「これが正しい」とオトナが喋って、納得させる、行動を規制するよりも。
「◯◯ちゃんはこうだったんだよね」とコドモのまだ不十分な言葉を翻訳する必要がある時期もある、と本には書いてあるが。
オトナは黙って、みている。コドモの動きをみて、気持ちをみて、コトバを聞く。

ボクはまだ悩んでいる。僕が見学をしに行った保育所でのできごと。僕はコドモに交ざっていたのだが。
男の子が女の子の読んでいた本を取って目の前で読み始めた。
うーん。「それはいけない!」とはいわなかった。もしかしたら、「絵本読んで!」と女の子たちにせがまれていた僕に嫉妬したのか!?
それで本を奪って邪魔をしたのか!?もしこれで「人の読んでいる本をとったらいけないよ!」といっても、彼らの気持ちを知ったことにはならない。彼らが何かを学び取ることにはならないだろう。もし本当に、例えばの話、嫉妬という感情があったとして(他の子のもっている「そのもの」をほしがるのはよくあることだ)、その気持ちを、どうしたらいいんだろう?たぶんオトナも、コドモも、それを探している。たぶん、見つからない。見つからないのだ!だから笑ったり泣いたり、ご飯を食べたり、散歩をして、嫉妬の気持ちと、嫌な気持ちと、一緒になって笑おうとするんだろう。

本当にオトナが強く「ダメだ」とか「いけない」と伝えることがあるだろうか?
信頼のないところに、感情のないところに、何が生まれるだろうか。

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ある保育園の美術の時間と保育×美術×コーヒー


『あなたが生きづらいのは「自己嫌悪」のせいである。 他人に支配されず、自由に生きる技術』安冨歩

前に紹介した『生きるための経済学 〈選択の自由〉からの脱却』で感銘をうけた安冨先生の著作。
真面目な本だけ書いているわけではない。教養人だ。見習おう。

氏のブログを覗いてみた。
こちらからご覧いただけます。

とても真面目だ。
イイタイコトを言って生きている。キモチイイ。
イイタイコトをイイながら生きていく。自分の声を守りながら生きていく。

東京に来てちょっと仕事を始めたとおもったら、私の体は自動的に「私の声」を殺していたことに私は気がついていた。
身についたこの身体の振る舞いは、とても素直だ。カイシャに行く前に大声で「行きたくない!行きたくない!」といったのは人生ではじめてだ。
今までは何も感じていなかったこの体の声に気がつけた。かつて引きこもりをしていたときも、体は大声で信号を発していたことだろう。私にはそれがわからなかった。

「生き方を変える本」はたくさんあるだろうが、メソッド的でない、ちゃんとした、知的な、社会の構造、歴史にまで話が及んでいる本にお目にかかることはあまりない。しかもそれが、とてつもなくわかりやすい。私も本を書く上で、素直に真似をしたいとおもうほど明確で、明快で、気持ちがいい。

作者は編集者に「この本を書く仕事を引き受けるための条件を出した」という。
それは、この本を書く時に、筆者と編集者と友だちの3人で、乗馬をしながら、3人で愉快に話をしながら書くことだった。
書き手のココロの有り様が、そのまま自然と文字になっていく。人が生きるというのも、これと似ているかもしれない。

自分のお世話をちゃんとしてあげることだ。

今日、東京の保育園に見学に行った。
園の美術の時間の様子がFBで見られます。
この活動をしている。

で、美術の時間をアシスタントとして見学させていただいたのだが、感じたことは、どれだけ「芸術」をやろうとも、保育園が、大人たちが、
子供たちの創造性、育て方をちゃんと美術の時間と生活とで繋げていることにボクは大いに驚いた。美術の時間も、やりたい子だけやる。
美術の展示をするために壁をマグネットにした。展示にも力を入れる。美術の時間の後の気付きをスタッフがシェアする。

活動に一生懸命になって子どもが見えなくなるのが日常の、大人の世界。
大人のココロの有り様が、そのまま子どもに伝わる。

思い出すのはインドネシアに行ったときの、コーヒーショップの店長の話。
「ボクはコーヒーのことを気にしちゃいない。ボクは人間に気をかけているんだ」

泉丘高校、二水高校、錦丘高校の【偏差値・合格実績の影】で泣いている高校生がいることに、気が付いていますか?(リンク1)

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富山県で小さな塾をはじめた東京の先生が高校生の課題の多さに心を痛めている個別指導otonone-オトノネ-(リンク3)

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富山県高岡市の家庭教師おとのねさんは登校拒否、不登校、成績不振で困っている小学生・中学生・高校生に向き合います。(リンク5)

保育士試験に合格するための筆記、実技、過去問の使い方、勉強法を教えます。(リンク6)

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保育園訪問

インターネットでたまたまみつけた保育園。とても骨があってパンチが効いていて、訪ねてみたくなったので訪ねた。

無認可保育園。南町田みつたま保育園。
http://www.3soul100.com/

もうなにかってとてもしっかりしている。
認可保育所で働いていたが、やはり認可には認可の辛さがある。
話していて気持ちがいい人に出会うこともめったにないのでとてもよかった。

10年間、普通の保育所で働き、
独立してから10年目。
地元のお母さんたちの生活を、文字通り支えている。
一軒家に手を加えて子どもが自立して生活できるようにしていた。
HPでみて私も驚いたが、実際に行って実感した。庭と家の連続性。空間が広すぎず、うまく区切られている。
少人数だからこそ、物質的にも金銭的にもいろんな人の助けが必要だが、気持ちをちゃんと伝えてきたという。

「ここはこういう保育をするところです」と胸を張って言えるような人が、子どもに関わるのが一番だろう。
その答え方はなんでもいい。ただ自信を持ってそれを言えるかだ。

ところでこの保育園には「レポート」というものがある。
知的な文章で、説得力があり、聞いたところ園長先生が考えて書くものだという。
保育園のHPをみても、あいまいなぼやっとした情報が多い中で、これだけはっきりと伝えてくれているのがとてもうれしい。

私のHPももっとしっかりしなければ。
私自身が、もっと言葉にして、表現して、伝えて、わかってもらう努力をしようとおもう。

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またまた知的障害施設訪問

福祉施設を教育施設にしよう。

別の知的障害者施設に行く。とにかく広い。広い。とおもったら、その分だけ利用者が多くて、部屋は狭くなっていたが、利用者に落ち着きがある。案内してくれたスタッフの人も落ち着いていた。知的障害者の顔が左右非対称、表情が限られているなどの症状はどこからくるのかなど、少しくわしい質問をしたら、答えてくれた。後天的な事故、脳に酸素が行かなくなったり、もしくは熱で脳にダメージが与えられるケースもあれば、頭蓋骨が発達せず、成長ができなくなった人がいるという。メインの階は2つあって、下は通所施設、上はこの施設に住んでいる人の居住地となっていた。福祉の分野は区ごとに政策、状況が違い、神奈川だとグループハウスといって、地域の中で一軒家に5,6人の利用者の人があるまるような場所もある。という。この施設は、都会のどまんなかにある、巨大な、80人を超える利用者のいる施設だ。どうしてこんなに巨大な、広い施設をつくれたのかと聴くと、この区にはお金があるからだという。お金、お金。お金。

人間の発達を考える上で、芸術を考える上でおもしろい話を聞いた。知的障害の人は、感情を出す。普通の人であれば、無意識に蓋をしてしまうと。その意味でとても健全なのだ。だが感情を出してしまうから、周りの人の気持ちに気づけなかったりして、もしくは調節がきかないで、他の利用者をイライラさせてしまうこともあるという。そして殴られて驚いて、自傷したり。気圧にも敏感だそうだ。季節の変わり目にも落ち着かなくなる。誰もがソウだとしても、それをコントロールしていく仕組みが、この社会では弱い。かつては季節ごとの祭りがその季節をまたぐ人の心身を調節する機能をもっていた。

利用者の人が外に出るとすると、大げさに言ってしまえば、飛び出して車に引かれてしまうという。車というものが何なのかわからない、注意力散漫、感情に押される、という。それでもハサミを使って作業できるし、パンを焼ける人もいる。もし本当に社会にでる訓練をするのであれば、いくらでも外に出て危ないことを教えたらいい。ただそれが、人の手がかかることだから、人の目のかかることだから、実現しないのだろうか。普通の子どもは、自動車のこと、道路のルールを覚えていく。知的障害の人には、学ぶ力、ルール化する力が弱いのだろうか。知的障害の人を、どれだけ私たちは知っているのか。その能力を、成長の可能性を、どれだけ知っているのだろうか。

案内をしてくれたスタッフの人に、どうしてこの仕事につくようになったのか聞いた。幼稚園のときに、ダウン症の友達がいた。一緒に遊んでいて、すごいわらってくれたのを覚えている、もしくはその保護者の人に褒めてもらったのを無意識に覚えているのかもしれないと言っていた。小学校のときには、そういう福祉の仕事につくことをなんとなく考えていたそうだ。同僚には、もともと雑誌編集をシていた人、パンを焼いていた人がいる。ただなにかのキッカケで、この仕事に辿り着く物語ひとつとても、興味深い。

ところでおもったことがある。自分が人の役に立つのではなく、誰かと誰かが関わり合うことで、自分が幸せになるという生き方を考えることは、何なのだろうかと。その二人の関係に、私自身がいない。そうしたつなぎ合わせる力になること。自分が、ではなく。たぶんソレは、アーティストの思考のひとつなのだとおもう。心的なつながり、成長。福祉施設には、少なからずこの広さをもった施設には、人が関わり合う余裕がある。私はそうおもった。福祉施設は教育施設であると。肝心なのは、芸術家たちのもっている「芸術観」だろう。教育と福祉を分けてしまったとしても、それをつなぎとめるものだけは、もっていたいとおもった。天と地を分けてしまったとしても、それをつなぎとめる、何かがあるのだから。

都会という立地、建物の構造、人、あと、足りないものがあるなら、人間の創造力。
大人は、成長しなくなった人間のことだ。どうかみんな、僕もだけれど、子どもの自分を、大切にして、あそぼう。はなそう。一緒に。

近くの公園、おばあちゃんが、小学低学年くらいの女の子をブランコにのせている。昼下がり。女の子はわらっていた。身体を動かして、ブランコをこいでいた。今その子は、鳩を追いかけてスキップしている。

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知的障害者施設訪問

今日、知的障害者施設に行く。インドネシアのノリでカメラを回したかったが、日本は秘め事にすることが徳とされているのはいたしかたない。ちょうど、今日は年末パーティーということで、フラメンコを近くの文化施設に見に行くことになっていた。その前に、施設を少し案内してもらった。色んな人がいる。喋れる人、喋れない人、筋肉がこわばっている人、表情のない人、動き回る人。そのひとりひとりに、案内をしてくれたスタッフの人は声をかけていた。反応が帰ってくることもあれば、返ってこないときもある。階段を降りておせんべいを焼く機械の説明をしてくれた。今までは炭火でやっていたが、機械を導入してから、利用者の人もたくさんこの作業に取り組めるようになったし、炭火よりもカリッとして美味しいのだという。生産方式というものも、いろんな見直しができるというはなしだった。案内してくれた人は、広い目で、業務ではなく、社会全体のなかのこの施設の位置づけを考えられる人だった。僕はそのはなしを聞きながらも、この建物の中の空気に馴染めずにいた。ビリビリする。

フラメンコの会場に行って、フラメンコが始まる。ああ、いいな、とおもえた。靴で音をたてるあの振動が身体に伝わる。手拍子のポリリズムは脳に入ってくる感じ。真っ赤な衣装は日常を離れて、とてもスペシャルだ。刺激的だ。施設の中で繰り返されてきたパターンを、作業を、壊してくれる。布を使った踊りは美しかった。施設の中では制約される、厳しく禁止される振る舞いが、この場所、この時間では許されている。祭りだ。印象的だったのは、盛り上がった後、ダンスが終わる瞬間、その瞬間をとらえて、利用者の人が拍手を、リアクションをしたときだった。ああ、わかるのだ。伝わっているのだ。感情なのだ。肢体不自由で車椅子に座りっぱなしの人もいた。この時間は、この場所では、車椅子から降りたらよかったのに。もっと、音響をしっかりしてギターの音のボリュームを上げたら、何かまたかわったかもしれない。けどあの空気は、なによりも、施設のなかにあった淀んだ、戦場のような空気とは違った。僕は考えた。この世の中にさまよっているアーティストたち、アートの力を知らない人立ち、そうした人たちが出てこられる場所はたくさんある。知的障害者だけではない。社会の中で埋もれている、見捨てられている人たちは他にもいる。私は、私のやることをしようと思えた。ある程度自由に動ける利用者が、舞台に乱入、一緒に躍る。舞台の上で、足踏みをしたりする。この場所が、躍る場所だということをわかっている。スタッフの人はあわてふためいていたが。一緒に踊ればよかったのに!

最後に案内をしてくれたスタッフの人と話をする。あの建物が、どれだけスタッフの、利用者の負担になっているか。すると「よく、気が付きましたね」ということだった。建物を壊して立て直すこともできない、利用者の数を減らすこともできない、そうした制約のなかで、人は生きている。来年のフラメンコの会に向けて、カスタネットを利用者に渡して施設で練習するのはどうかとアドヴァイスをして会場を出た。

公演に行く。目の前で外国の人の家族があるいていた。小さい女の子とお父さんの会話「おとうさんが背負ってるリュックもちたい!」「おもたいよ」「もちたい!」「ほら」といって、おとうさんはゆっくりリュックを娘に背負わせる。女の子は、うれしそうに、お父さんといっしょに、歩いていった。

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