収束的あそびと拡散的あそび。

アマラはとてもかわいい3歳半の子だが、年齢以上にしっかりして見える。マイケルはたくましい小さな男の子で、何にでも熱中するタイプである。友だちといっしょのグループに入っているアマラは、収束的な思考を要する遊び道具(たとえばパズルのような正しいやりかたが一つしかないおもちゃ)をたくさんあたえられる。一方、マイケルのグループは拡散的な遊び道具(ブロックのようなもの)を与えられる。どちらの子どももそれぞれのグループで仲間と楽しく遊んでいる。やがて、実験が始まり、両者のグループにいくつかの拡散的問題が出される。たとえば、45個のブロックを使って村を作るという課題である。研究者たちはおsれぞれのグループを詳しく観察し、子どもたちがどうするかをみている。そして、それぞれに組み立てた構造物の数と、それらの構造物を名付ける時に用いられる、独創的な名前の数を集計する。マイケルのぐる0ぷは拡散的な遊び道具で遊んでいたせいか、よりたくさんの構造物と独特の名称を思いついた。彼らは作業に集中し、行き詰っても諦めることはなく、試行錯誤を何度も繰り返した。アマラのグループは全く違っていた。一つの生活を持つ収束的なおもちゃで遊んでいたせいか、行き詰まると、そこで立ち止まり、何度も同じことを繰り返した。マイケルのグループよりあきらめるのも早かった。独創性は明らかにマイケルのグループの方にあふれていた。では、今、市場に出回っている高価な知育玩具はどうだろう?そのほとんどは収束的な性質を持っている。それらが主眼としているのはいろいろなスキルを教え込むことなので、一つの問題に対して一つの答えを探させようとするのが普通なのだ。しかし、ここで述べたばかりの研究は、マイケルのグループが問題解決において創造的であるだけでなく、忍耐力や熱意においても優っていることを示している。(『子どもの遊びは魔法の授業』p.358)

どちらの遊びも大切だろう。だが考えてみてほしい。学校では収束的な、答えが一つしかない問題で溢れている。一体いつ、拡散的な、答えのない、創造的なあそびを子どもたちはできるんだろうか?偏りすぎる富、貧困はお金の問題だけではない。心を使うあそびのバランスの悪さ、学校と学校の外の世界のバランスの悪さが、心のバランスの悪さを生み出す。

保育所にある「あそび」道具
砂場での出来事(拡散的あそび)
収束的あそびと拡散的あそび。

オトノネひろげるシェアぼたん

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