目標達成に向かって集中力を上げる科学的勉強法:マインドフルネスとフロー

自称進学塾オトノネ

目標達成に向かって集中力を上げるために知っておきたい科学『あなたの脳は変えられる』

あなたの脳は変えられる 「やめられない! 」の神経ループから抜け出す方法

「興味」や「関心」があるから「集中」できる。

本当の集中には「興味」や「探求心」が欠かせない

パーリ語仏典の初期の経典の中に、呼吸のマインドフルネスについて書かれた『アーナパ ーナサティ・スッタ(入出息念経)』がある。この経典は、呼吸への気づきへの指導から始まる。

「つねにマインドフルに(意識しながら)息を吸い、マインドフルに(意識しながら)息を吐 く」

次に「長く息を吸いながら、『私は長く息を吸っている』と知り、あるいは長く息を吐きな がら、『私は長く息を吐いている』と知る」と続く。これが、全身や、喜びや、心など、さま ざまなものについて意識しながらの呼吸へと進んでいく。

多くの指導者は、呼吸のところで指導をやめてしまうように思える。たしかに私自身が教 えられたことも呼吸だったし、呼吸と共にとどまる努力に何年も専念した。

しかし『アーナパーナサティ・スッタ』には、これに続いて「悟りに至るための7つの要素」が書かれている。マインドフルネス(パーリ語でsati)、興味/探究 (dhamma vicaya)、勇 敢な活力(viriya)、歓喜 (piti)、落ち着き/緩和(passaddhi)、集中 (samadhi)、平静 (upekkha) である。

これは重要なリストだが、おそらく、その順番も大切である。ブッダは、再び因果のモデ ルを持ち出す。そして、苦を離れ現在の体験にマインドフルになろうと努力するとき、因果 を理解するための興味が自然に生じてくると論じた。ストレスを軽減し、終わらせるには、た だ、注意を自分の体験に向ければいい。そうすれば結果として、その瞬間に自分がストレス をためているのか減らしているのかを知ろうとする興味が自然に湧いてくる。そこに目を向 けること以外、何もする必要はない。

このプロセスは、良い本を読むのに似ている。読みたければ読みはじめる。良い本なら、読 み進める気になる。マインドフルネスの実践も同じだ。必要なのは苦しみを止めたいと心か ら望むことだけである。それを望んでいなければ、実際にそこから何を得ているかを理解す るまで慎重に自分の行為を見つめたりはしないだろう。本に没入しはじめれば、読み進める 力は自然に湧いてくる。

マインドフルネスの実践もやはり同じで、自分がしていることをもっとよく探ろうと思え ばますます興味が深まり、こう自問できる。 「このことから何を得ているのか。これは苦しみに近づいているのか遠ざかっているのか」

本当に良い本であれば、夢中になって読み続け、気がつけば夜中の3時になっている。い ったん夢中になれば、黙って何時間でも読み続けられるものなのだ。 ここまでくれば、本当に集中しはじめる。これまでの要素を押さえれば、集中は自然に起こってくる。無理に集中する必要はなく、空想や気を散らすものから何かへと集中を戻す必 要もない。これは、かつて私が学んだ集中のしかたとは違うものだった。

注意を払う。心がさまよいだしたら、もとに戻す。それを繰り返す。これについて経典は、 因果を用いることをとくに強調する。Xの条件を作り出せば、Xは自然に生じてくるという わけだ。 「マインドフルネス」と「興味」という2つの木切れを擦り合わせれば火が付き、そこから 7つの要素を5つ進めば自然に「集中」が生まれる。集中を無理強いするのは、誰もが知っ ているように非常に難しい。それは、試験勉強のときでも、フェイスブックのフィードより も面白いと思えない連れ合いの話に耳を傾けようとするときでも同じである。

落ち着けないときに集中するのがどれほど難しいか、私たちはみな知りすぎるほど知って いる。だが、ひとたび集中する方法を学べば、平静な心を生む条件は自然に整う。平静な心 を持っていれば、地下鉄の中で良書を読むことに何の問題もない。どれほど騒音があろうと も動じることはないのだ。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.234)

集中状態を起こす一つの方法ー好奇心

興奮から喜びへの切り替えを始めるには、引き金(ストレス)に注意を向け、行動をして (オープンな好奇心を抱く気づきの状態になる)、報酬(喜び、落ち着き、平静さ)に注意を向ける ことだ。そして、私たち自身が持っている報酬学習のプロセスを使えば、ステップを進める ごとに、より深く集中し、より幸せ(興奮ではないあり方の)になるパターンを習慣づけやす くなっていく。実際、自分の邪魔をするのをやめるなど、適切な条件さえ整えれば、この、 「ある」(状態)というモードにいつでも入れるのがわかってくるだろう。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.237)

興味深いのは、別の熟練者に「呼吸に集中し、とくにマインドフルな呼吸に伴う興味や驚 きや喜びの気持ちに注意を向けてください」と指示したときのことだ。

この被験者のPCCの相対的活動は非常に大きく低下した。そしてその低下は、体験した 「興味や喜びの気持ち」に対応していたのである。たとえ「手足に感じる空気の流れに興味を 抱いた」ときでさえ、それはグラフに表れた(同図のC)。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.239)

「努力」や「意思力」でやめようとするのは間違い 

ここで「努力」などという概念を持ち出したのには理由がある。認知行動療法などの治療法では、行動をコントロールするために認知を用いる。しかし残念なことに、脳の中で意識 的に行動を規制する能力が最も高い前頭前皮質は、ストレスがかかると真っ先に機能を停止 する。前頭前皮質の機能が止まると、私たちは馴染みの習慣的行動に逆戻りする。だからこ そ、私の患者たちが経験したように「呪縛から解かれる」ことが重要なのだ。習慣的行動か ら本当のところ何を得ているのか――それに目を向けることで、私たちはその何かを深いレ ベルで理解し、体得できる。それができれば、タバコに手を伸ばさないよう自分をコントロ ールしたり、無理に努力をしたりする必要はない。

この気づきの状態こそ、マインドフルネスの中心だ。行動にとらわれているとき、何が起 こっているかを明確に見る。すると腹の底から呪縛が解けてくる。そうしているうちに、行 動の結果がより明確に見えるようになり、古い習慣を捨て、新しい習慣を形成できる。

しかし、ここには逆説的な面がある。この変化の中でマインドフルネスが関係するのは、単 に自分の身体や心に起きていることに興味を向け、近づき、関わり合う側面だけにすぎない。 マインドフルネスとは、実は、自分の体験に向き合おうとするこの意思なのである。決して 自分の不快な渇望をできるかぎり早く捨て去ろうと努力する意思のことではない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.76)

昔ながらの「自制心」には個人差があるー頑張れ、では無理

子どものサッカーの練習を見ているときにスマホを取り出してメールをチェックしたいと いう衝動に駆られたとしよう。そのとき頭の中では、例の敬虔な天使の声が響く。 「おわかりでしょう?お子さんを見ていなければいけませんよ」

運転中に着信音が鳴って、誰からのメッセージか気になってしかたがないとき、その声は 「ラジオで聞いた話を覚えていますか。運転中のスマホ操作は飲酒運転より危険だと言ってま したよね」と語りかけてくる。私たちは良い天使に、子どもと仲良くしていられることに、あ るいは高速道路で事故を起こさずにすんだことに感謝する。

天使の言葉に耳を傾けているとき私たちが何をしているか、おわかりだろう。昔ながらの セルフコントロールである。科学者はこれを「認知的制御」と呼ぶ。認知を使って行動を制 御しているわけだ。認知行動療法などの治療法は、この種の制御をうつや依存症などさまざ まな疾患に適用する。

私の親友のエミリーのように、認知的制御のお手本のような人間もいる。エミリーは最初 の子どもの出産後、妊娠前より4キロも太ったという。そこで、5カ月で元の体重に戻すた めには1日の摂取量を何カロリーにしなければならないかを計算し、毎日ただ単純に(エク ササイズ分を調整して)その日に食べる量を限度内に収めていった。するとどうだろう。予定 どおりに元の体重に戻したのだ。2人目の子どものときも同じようにして、今度は2カ月で 7キロ戻した。 「そんなの不公平!」 「私もやったけどダメだった」 こんな叫び声が聞こえてきそうだ。そんな私たちから見れば、エミリーは(ほかの数々の美 点以外にも)セルフコントロールという面で『スタートレック』のミスター・スポックのような心を持っている。つまり、極めて論理的な精神を持ち、物事をきちんと考え抜き、「そんなの無理、できっこない」といった私たちの心にしばしばあふれる感情的な声に惑わされず に実行するのだ。 

ミスター・スポックはカーク船長が何かで感情的になったときに落ち着かせる役割で知られている。カーク船長がエンタープライズ号の舵を危険と思われる方向に切ろうとすると、ミスター・スポックは冷静な表情で船長を見つめ、こう言うのだ。 「船長、それは極めて非論理的です」 エミリーもまた、「でも、お腹が空いてるんだもん」という心の叫びをあっさりと落ち着かせ、次の割当量が許される翌日まで待てるのだろう。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.159)

困難は小分けするー適切な目標を立てる

修養会がはじまって2日もすると、私は消耗しきってどうにもならなくなっていた。モーガンの肩にすがって泣きながら、「とてもできない」「難しすぎる」と言葉を絞りだした。こ うしたことに慣れているグナラタナ師は私と個人面談をして、「まずは呼吸を7まで数えると ころから始めなさい」と教えてくれた。そうすれば心の平静を保つ助けになるからと。(『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.223)

マインドフルネスな集中状態『マインドフルネスストレス低減法』

忍耐は知恵

マインドフルネスストレス低減法

忍耐というのは知恵の一つです。私たちは、自然の時の経過を理解し、受け入れなければならない場合もあります。よく子供は、早く蝶になるようにと思って、さなぎをこじ開けようとします。しかし、無理にこじ開けても、早く蝶になるわけではありません。大人は、蝶が必要な一定の時間を経たときに、初めてさなぎから出てくることを知っています。そのプロセスは、人の手ではやめることはできないのです。

これと同じように、注意集中力を養う場合も、自分の心や体に対する忍耐力が必要なのです。心 の中でいつも評価をくだしている自分に気づいたからといって、あるいは自分が緊張したり、動揺5 したり、恐れをいだいているからといって、あせらないようにしてください。ひたすらトレーニン グを続けているのになんの効果も現れないからといって、やきもきしてはいけません。そういうときは、自分に、そういう体験をする余裕を与えてあげてください。 

それはなんのためでしょう? それは、いくらあせったところで、そういう思いは避けて通れな いからです。緊張しているという思いがわきあがってきたら、それも現実なのです。そういう思い も、その瞬間に存在しているあなたの一部なのです。ですから、蝶のさなぎを扱うのと同じように、自分を扱ってください。すこしはましになっているかもしれないと思って、次の瞬間、その次の瞬間とあせったところで、どの瞬間もあなたの人生であることに変わりはないのです。 

今の自分に意識を向けてみると、自分の心がいつのまにか勝手に動き回っていることに気がつく はずです。1章でもふれたように、私たちの心は過去や未来をあれこれと思いめぐらすのが好きなのです。

忍耐は、とりわけ心が揺れ動いているときに威力を発揮します。忍耐は、心とは勝手にさ迷い歩くものということを受け入れる必要はあるものの、その動きにいちいちつきあう必要はない、と いうことを教えてくれます。忍耐を養うトレーニングは、何か行動したり、考えたりしても、瞬間がより豊かなものになるわけではない”ということを教えてくれます。それどころか、まったく 逆だということがわかります。

忍耐づよいということは、一つひとつの瞬間に対して完全に開かれている。ということです。 それは、さなぎから出てくる蝶と同じように、ものごとにはそれなりの時間の経過が必要だという ことをよく理解し、すべてを受け入れる、ということなのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.58)

自分を信じる。自分の感じ方を大事にする。

自分自身や自分の感じ方を信じるという姿勢は、瞑想にとって、とても大切なことです。ことごとく自分以外のものに指針を求めたりするより、自分の直感や判断を信じるほうがはるかにましです。何かに対して正しくないと感じたときは、その自分の感じを尊重してください。専門家やほか の人たちの意見とは違うからといって、自分のほうがまちがっていると決めつけることはありません。瞑想では、あらゆる点で自分の基本的な判断を信じる姿勢が大切になってきます。ヨーガを行う場合は特にそれが必要です。ヨーガのある種のストレッチをしていると、体が「ここでやめたほうがいい」とか、「もう一度戻したほうがいい」などと教えてくれます。この感じを尊重するのです。もし、これを無視すると、体に無理がかかって、体を壊すことになってしまいます。 

瞑想にとり組む人の中には、先生の考え方を頭から信じこみ、自分の直感や感じを無視する人がいます。彼らは、先生を自分よりずっと経験を積んだ人間だと信じ、先生を最高のモデルとして尊敬しているため、先生のやり方をまねて、逆らわずに言われたとおりにやろうとします。こういう態度は、実は、瞑想の心構えとはまったく相反しているものなのです。瞑想を行ううえでは、あなたがほかの誰でもない、あなた自身であること、そして、それがどういう意味をもっているのかを理解する、ということが必要なのです。まねをしている限り、誰を師としてもまちがった方向に進んでしまうことになります。 

あなたは、誰かのようになることはできません。人は、より自分らしくなる、ことしかできないのです。そして、瞑想というのは、より自分に近づくために行うものなのです。先生や本は、道 案内や道しるべの役目しかはたせません。自分以外のものから学びとろうとする姿勢は大事ですが、最終的に、あなたの人生の瞬間瞬間を生きるのは、あなた自身なのです。注意集中力を養うトレーニングをとおして、自分自身であることに責任をもち、自分の中の声に耳を傾け、自分という存在を信じる、ということを学んでいかなければなりません。そして、自分が信じられるようになればなるほど、ほかの人への信頼感も生まれ、ほかの人の良さも見えてくるようになるのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.60)

むやみに努力しないこと:焦らない。

こういう努力しようとする態度は、注意集中力を養ううえでは妨げになります。「マインドフル ネス瞑想法」というのは、何が起きていようと、起きていることすべてに注意を集中するというこ とです。緊張しているのなら、緊張していることに注意を向け、痛みがあるのなら、痛みと共に存 在しようとすることです。自分をああだこうだと評価しているとしたら、評価している心の動きを 観察してください。ただ、観察するのです。瞬間瞬間の体験は、それがどんなものであっても、受 け入れようとしなければなりません。どんな内容のものであっても、感じたり考えたりした以上、 その考えは、そのときすでにそこに存在しているからです。

主治医の判断でこのストレス・クリニックに送られてくる患者たちは、必ずなんらかの問題をか かえています。私たちは、まず彼らに、このプログラムを行うことで達成したいと思っているゴ ルを三つあげるように言います。そして次に、これから八週間のあいだに各自があげた三つのゴー ルを達成しようと努力しないように、と言い聞かせます。そう言うと、びっくりする人もたくさん います。そこで、私たちは特に、血圧を下げるとか、痛みや不安をとり除くというゴールをあげた 人には、血圧を下げようとか、痛みをなくそうとはせずに、瞑想法の指示に従い、ひたすら今の状 態を受け入れるように、と指導するのです。

やってみればおわかりになることですが、瞑想の場合、ゴールに到達するための一番良い方法 は、結果を急いでむやみに努力しようとしたりしないで、瞬間瞬間の事柄に注意を集中し、受けいれる、ということなのです。忍耐づよく規則正しくとり組んでさえいれば、ゴールはおのずと近づ いてきます。そして、おのずと近づいていく力は、あなたの中から生まれてくるのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.62)

成果を期待しないと、成長する。

瞑想でなんらかの成果をあげたいと思うなら、何かを得ようと期待 するのではなく、瞑想すること自体を目的として励むのが最良の方法なのです。ストレス・クリ ニックの患者たちは、みんな、なんらかの助けを必要とするような深刻な問題をかかえています。 しかし、私たちは、彼らに「瞑想に何かの成果を期待するなら、期待感や目標やここへきた理由などは忘れて、毎日、ただひたすら、練習に没頭することです」と言い聞かせています。 

ここで、瞑想の効果とはどのようなものなのかを逆説的に考えてみましょう。

患者たちは、何か良いことが起こるのではないかと期待してやって来ます。ところが、ここでは 「何かに到達したいというような目的意識は捨てて、トレーニングを行うように」と言われます。 その代わりに、「自分が今いる瞬間を受け入れ、精いっぱい生きるように」と励まされます。また、 自分がやっていることについて、八週間のプログラムのあいだは評価をくださないように」、そして、「終了したときに評価をくだすのに意味があると思うならかまわない」と、アドバイスを受けます。

そこで、それぞれの目標や期待をもってやって来た患者たちは、~強制しない、~ありのままの自分を受け入れる」というトレーニングを始めることになります。そして、ひたすらそうすることで成功とか失敗といった世俗的な基準や、こう感じるはずだという期待感などを捨てることになります。そして、ゼロから出発することで、新しい見方や感じ方を開拓することができるようになるのです。瞑想の場合は、何かの目標をめざして励んでも、”今”という瞬間の現実を十分に意識し理解しようとしない限り、変化や成長や治癒力の育成は望めないのです。 

「今とは違う何かが欲しい」という気持ちは、ただの希望でしかありません。希望だけでは本当の意味での変化をもたらすことはできません。そのあげく、自分の望む何かが手に入らなかったときや、「こんなはずではなかった」と思ったときには、「失敗だった」という思いが浮かんでくるのです。そして、すっかり落ちこみ、なんの希望もなくなって、原因を自分以外のせいにして、あきらめてしまうことになります。つまり、本当の変化は決してやってこないということになるのです。

瞑想とはこういうものではありません。どんなに痛みがあっても、どんなにこわくても、どんなにつらい状況でも、ひたすらその現実を受け入れることによって、変化や成長や癒しがもたらされるのです。第川部でお話するように、新しい可能性というものは、現在という瞬間の現実の中に含まれているのです。新しい可能性を引きだすためには、現在を精いっぱい生きるしかないのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.135)

「集中」している状態としてのフロー(新しいスキルを身につけるのではない)『あなたの脳は変えられる』

フローには、いくつかの要素が挙げられる。

・現在の瞬間に焦点化し、現在の瞬間に基礎付けられた集中

・活動と意識の融合

・内省的な自意識(自己評価など)の消失

・「練習」が身体化された知識となっているため、その状況で何が起ころうとも対処できる という感覚

・時間の主観的体験が変容し、「現在」が次々と展開していく

活動が本質的に報酬的なものとして経験される。

(『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.267)

「集中できる課題」でなければ、「集中」できない

フローの状態に入り、それを維持するために必要な条件が何かについては、何十年も前か ら研究者の間で議論が続いている。しかし、統制された環境下で確実にこの状態を再現する

方法について、一致した見解は得られていない。脳のどの領域の活性化(あるいは非活性化) が関わっているか、どの神経伝達物質が関係しているかについても意見は分かれたままであ る。研究室の実験で、命を危険にさらすような条件を作るわけにもいかない。

では、フローを導く(あまり危険ではない)条件について、手がかりはないのだろうか。チ クセントミハイは、課題の難しさと人間のスキルとのバランスが必要だと強調している。い ったいどういう意味だろう。マウンテンバイクで走るようになってからこのバランスの問題 を考えたとき、彼が言っていたことがわかりはじめた。 「平原を楽々と走っているとき、心はおしゃべりをはじめやすい。翻って自分の技量を上回 るコースに挑んでいるときは、ころんだり、頻繁に立ち止まったりする(そして自分にいら立 つ)。しかし、退屈しない程度に難しく、それでいて難しすぎない原野を走っているときは申 し分のない条件が整い、フローに入り込みやすい

脳の観点から見ると、バランスというこの考え方は自己関連づけネットワークについての 私たちの知見と合致する。DMNは課題に集中しているときには鎮まり、退屈しそうな状況 では活動する。また、自己評価など、自分に関わることを考えるときもやはり活性化する。言 うまでもなく、瞑想中のDMNの動きはとても穏やかである。DMNの沈静化はチクセント ミハイが言うところの「内省的自意識の消失」に対応していると思われる。

これに関連して言うと、フローのほかの多くの要素も、瞑想の諸側面と驚くほど似ている。 現在の瞬間に焦点化し、そこに基礎付いていること、「現在」が次々と展開していく主観的体験、本質的に報酬的であることなどである。

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本書を通じて探究してきたように、これらの説明は瞑想にも当てはまる。正式な瞑想でも、 単に日々の生活をマインドフルに過ごすことでも同じである。自分の邪魔をするのをやめ、暮 らしの中で一時的にフローに入るのは、とても気持ちのいいものだ。チクセントミハイがフ ローに入る訓練の1つとして瞑想に言及しているのも驚くにあたらない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.)

フローは、全身全霊で味わう体験(その課題は味わえるものか・おいしいか)

パーリ語仏典では、瞑想中の集中に必要な条件として喜びを挙げている。第7章で紹介し たように、悟りに至るための要素の4番目が歓喜だった。それが集中を導く条件であり、最終的に平静に至る。

好奇心と同様、喜びも縮こまった性質のものではなく、開放的なものである。第8章で触 れた例の「怒り」の修養会で、私は一点に集中する条件を整えようと練習していた。この種 の瞑想の「レシピ」として私が学んだものの中に5つの「原材料」があった。そのレシピで は、次の材料を混ぜ合わせると集中力が高まるとされる。

・心を対象に向ける(喚起、適用)

・心をその対象にとどめる(維持、延伸)

・その対象に面白みを見出し、感じる(喜び)

・その対象に満足する(幸福)

・心と対象を一体化する(固定)

私は修養会の間にこれらの条件を繰り返し混ぜ合わせ、一点への集中を続ける時間を延ば していった。すると集中力は高まっていった。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.273)

「集中しよう」と思っても、集中できない理由(「自分語り」の回路が働く)

チクセントミハイは著書『フロー体験入門』(邦訳 大森弘訳、世界思想社刊)の中で「原理 的に、人が自力でマスターできるスキルや訓練は何であれ(フローの)役に立つ。心からそ の気になれば、瞑想や祈りでもいい」と書いている。しかし、フローの条件を整える部分に ついては、その活動への意欲や姿勢を強調する。 「しかし、重要なのはその訓練に向かう態度である。神聖な気持ちになるために祈ったり、胸 筋をつけるためにエクササイズをしたり、知識を得るために学んだりした場合、恩恵の大部 分は失われてしまう。大切なのは、活動そのものを楽しむことだ。結果は問題ではなく、自 分の注意に対するコントロールを身につけることが肝心だとわきまえておくことが重要である。

チクセントミハイはこのように、活動への態度に目を向けた。これがどういうことかを解釈する1つの方法として、態度がフローの要素にどう影響するかを見てみよう。

たとえば、何か素晴らしい状態になるために、あるいは「神聖な気持ちになる」ために瞑想をするとしよう。この場合、暗黙のうちに「自己関連づけ」(自己へのとらわれ)が目的に 入っている。自己が力んで縮こまり、経験にしがみついているとき、「私」は「私の経験」か ら離れている。その時点で両者は一体化しない。つまり、「私」が「私の自転車」に乗ってい る状態になってしまうのだ。

現在の中で展開していくある種の自己超越的体験は、自己がそこに存在しないがゆえに、説 明ができない。別の言い方をするなら、フローに至るべく努力すればするほど、興奮の力み が私たちをフローから引き戻し、私たちの中の「私」が邪魔をするのである。

活動への態度と、それがフローにどう影響するかを確認するには、心配や自信のなさに目 を向けてみるのも1つの方法である。マウンテンバイクで山下りをしているとき、転倒の心 配をするとよけい転倒しやすい。 『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の中で、ヨーダがルークにジェダイの訓練を施す場面で は、まさにこの点が指摘されている。ルークのXウイングが墜落し、沼に沈んでいる。ルー クは訓練の一環として、この機体を「フォース」で持ち上げようとする。彼は懸命にがんば るが、なかなかうまくいかない。そこでルークがヨーダにできないと訴えると、ヨーダはし ゃにむにがんばるのとは違うやり方を示唆するのだ。

ヨーダ「学んだことを忘れるんじゃ」

ルーク「わかった。やってみるよ」

ヨーダ「違う! やってみる、ではいかん! やるか、やらんかじゃ。試しなどない」

ヨーダは、心配や疑いといった自滅的な態度が邪魔をすると指摘している。そうした態度 は結局のところ、やはり「自己へのとらわれ」にほかならない。自分のスキルでできる範囲 にある課題ならば、できるかできないかを疑ったり心配したりしなければ、できるのである。 自意識はおまけにすぎない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.275)

フローは熟達したスキルを楽しんで使っている時にやってくる

ワシントン大学の医学部へと進んでも、私はチクセントミハイが言う「楽しめる行為をしているときの名状しがたい体験」の喜びを手放す気にならず、セミプロのカルテットで演奏 を続けた。「フォルツァ・カルテット」(フォルツァはイタリア語で「がんばれ」)と名付けたそ のグループのメンバーは全員、音楽に頼って生計を立てていたわけではなかった。私たちは ただ、音楽の練習と演奏それ自体を愛していた。 

フローを生じさせるためには、スキルを身につけること、この例で言えば、音楽の演奏に 熟達することが欠かせない。さらに楽曲をマスターしなければならず、その際、どう練習す るかが決定的に重要になる。たとえば、バイオリンで音階だけをだらだらと、ときに音をい くつか外しながら練習するようなら、まったく練習しないほうがましだ。なぜなら、それは音を外すように練習していることになるからだ。 

瞑想でもケーキ作りでも、正しい材料を混ぜ合わせなければいけない。それと同じで、音 楽も練習の質が演奏時にフローに入れるかどうかに大きく影響する。上質な練習をすれば、良い結果が得られる可能性はぐっと高まる。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.280)

 

朝の時間を大事にする(睡眠時間はもちろん、必要ですよ)

残酷すぎる成功法則

朝の時間が重要なことには、もう一つ理由がある。朝は、あなたが最 も生産的な時間帯だからだ。本書に何度か登場しているダン・アリエ リーと話したとき、彼は次のように語ってくれた。

「大半の人は、午前中最初の二時間が生産的だと調査でわかった。起きた直後ではなく、あなたが七時に起きたとすると、だいたい八時から一 〇時半ごろまでが最も生産的な時間になる」

疲れていたり、不機嫌に過ごしたりして、この黄金の時間帯を台なし にしないように。

また、こうも考えられる。睡眠不足な状態での三時間と、活力がみな ぎり、楽観的で、没頭できる一時間なら、仕事がはかどるのはどっちだ ろう? 疲れ切っていて、不機嫌で、注意散漫な状態での一〇時間は、〝完全に集中してノッている状態〟での三時間より、生産性がはるかに 劣るかもしれない。というわけで、仕事の時間数より、あなたがベストな状態で取り組めることに重点をおくのはどうだろう?

(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

昼寝もよい

地球では一日に一度、太陽が上る。それと同じ二四時間に、宇宙飛行士は日の出を一二回も経験する。そこで、NASAは睡眠に関して、膨大な実験をしなければならなかった。もし彼らが疲れて職務を正しく遂行できないと、命にかかわるからだ。NASAは、「疲労対策プログラム」を開発した。それは、莫大な予算規模の政府機関が「昼寝」と呼ぶものだった。

NASAの研究により、昼寝が飛行士の活力をよみがえらせることがわかったのだ。

「研究結果は、フライト中に計画的に設けられた四〇分の仮眠が、長期任務における宇宙飛行士たちの仕事ぶりと生理的覚醒を顕著に改善することを証明した」 

睡眠不足の状態では、不機嫌になりやすいことはすでに述べた。とこ ろがありがたいことに、九〇分の仮眠を取ると、その状態をリセットできる。昼寝は、脳の嫌なことに対する過剰反応を鎮めるだけでなく、善いことに対する反応を高めてくれる。

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