塾は選んでも無駄で無意味か成績上がらないか【合格実績物語信仰】

自称進学塾オトノネ

塾は選んでも無駄で無意味か成績上がらないか【合格実績物語信仰】

合格実績は赤の他人の物語ー自己イメージを買っても成績は上がらない

 

    みなさんが一番誤解しているとおもわれるものです。。。
  • 合格実績で安心は買えるが安全は買えない(偏差値55以下の子が大手の塾に行くのは危険)
  • 「E判定から逆転合格!」した子とお子さんは別の人間である。(別の人の物語を買って読みふけってはいけません)
合格実績の影に埋もれたお子さんがたくさんいることを忘れないでください。 E判定を受けたのは、偏差値30だったのはいつですか?その模試は、駿台模試ですか?育英模試ですか?東大模試ですか?逆転合格した人の勉強歴は?進学校?基礎力がもともとあった?逆転合格した人の性格は?逆転合格といいながら実は推薦だった?逆転合格に生徒を導いた先生がそこにいるの?もしかしたらその人の一番苦手科目の偏差値で、得意の科目は偏差値が最初から70だったかもしれません。
一つ違うだけでも、その物語はお子さんのものにはなりません。合格実績の数字も「全国あわせて」計算するなど、大きく見せる工夫がこらされています。数字に騙されていませんか?

おとのねさんおすすめの塾

高校選びよりも塾選びの方が大切!いやほんと! スタディハウス(金沢) 至誠塾(金沢) スタディバンク(金沢) 石川県、富山県の市街地の塾の合格実績を調べながら見つけた気になる塾です。HPをみて、きちんとしてるなとおもった塾です。実態は知りません!富山には、おすすめできる塾がありませんでした。。なぜ?富山から金沢に通う価値もあるとおもいますよ。

欲望の受け皿としての塾ー合格実績依存症・自己イメージビジネス

この塾に行ったら、こうなれる! という物語を売っています。 物語を買うのではなく、学びを買うことで成績は伸びるのです。 学びになるか、それはお子さんの心次第です。 心が大事です。「合格おめでとう!」その物語を自分のものとして語らせてくれる、安心サービスが塾です。

あなたの脳は変えられる 「やめられない! 」の神経ループから抜け出す方法

行動工学は、スキナー的な技法を採用できるなら、どんな産業でも利用可能だ。むしろ、そ れをしない理由はない。商品を買ってもらいたければ、購買意欲を生むものを考える必要が ある(消費者の「ペイン・ポイント」と呼ばれる。つまり悩みの種である)。 その例は食品工学にも見られる。2013年にマイケル・モスがニューヨークタイムズ・ マガジン誌に、食品産業の内幕を暴露する「依存性ジャンクフードの異常な科学」という記 事を寄稿した。 モスは、食品の色や匂い、味、食感がどのように完璧に操作されているかを事細かく解説 している。食品は私たちのドーパミン系を活性化させるよう処理される。そうすれば、私た ちはより多く食べるようになる。たとえ空腹でなくてもだ。忘れがちだが、すべての進化の 物語は空腹からはじまっている。私たちはまず、生き延びるために食べなければならない だ。しかし、おいしい食べ物が豊富にある環境では、うれしいとき、悲しいとき、不安なと き、落ち着かないとき、退屈なときにむしゃむしゃと食べることを学習する。  残念なことに、この種の行動工学はつねに過剰な消費を促すために利用されるのが現実で ある。それが食品であれ、ドラッグであれ、ソーシャルメディアであれ、買い物であれ。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.315)

実際に、「やればできる!」励ましはプラスに働くが・・・信仰心だけでは合格しない

成果が出なかったら、良い選択ができなかったら、学習性無気力です。

『幸運を祈って!』という気の利いたタイトルの研究では、おまじない やそれに類する行動(指を交差させて「頑張って(Break a leg)」と言 うなど)、お守りなど、幸運を呼び寄せるとされる迷信は、実際にゴルフのスコアや、運動能力、記憶力、回文ゲームなどの能力を上げることが証明された。だからといって魔術ではない。これらは人びとに自信を与えることによって、そのパフォーマンスを向上させる(だから友人の幸運を祈ろう。効果はてき面だ)。 

こうした楽天主義は、運のいい人にいっそうグリットを与え、新しい ことにより前向きに挑戦させるので、やがて時とともに、いっそう良い 出来事が彼らに起こるようになる。よほど危険な試みでないかぎり、また、時おり起こる悪い出来事を正当化できるかぎり、上昇スパイラルが続く。そしてあるときついに、大成功を呼び込むだろう。

孫正義さんか誰かは、信仰深く、神社にお参りをしていたといいます。

それは自分自身のルーチンを作り、自信を作り、前向きになる自己暗示です。

運任せにしているのではありません。

運を呼び込む、ということは、運と出会うことです。

運と出会っても、内気で声をかけられなかったら・・・

運と出会って声をかけても、自分に魅力がなかったら・・・

運は、去っていきます。

オトノネと出会ったのも運。

それをどう使うかは、あなた次第。

一〇〇〇人以上の被験者を調査したところ、ワイズマンは、運のいい人の性質を発見した。彼らは、新しい経験を積極的に受けいれ、外向的で、あまり神経質でないことが示されたのだ。つまり彼らは直感に従い、何より前向きにものごとを試し、それがさらに直感を研ぎ澄ます。 家に閉じこもっていたら、新しいことやワクワクさせてくれること、素敵なものにどれほどめぐり合えるだろうか? きっとチャンスは少ないだろう。 

塾の選び方

合格実績は役に立ちません。個別指導とか集団とかよりも大切な基準があります。 現在の偏差値と目標の偏差値で、塾を選ぶ基準が変わる、ということです。塾選びに迷ったら、次の質問を塾の先生にしてみましょう(システム型で、先生が大勢いる塾の場合です)。 「うちの子がより多くのことを学べる優秀な先生がこの塾にいるのはどうしてですか?」 入塾の相談をした先生と、教えてくれる先生が一致しない塾は、よくよく吟味してから入塾することをお勧めします。最後は、直感です!

先生のタイプ

おしゃべりをして、仲良くなって、一緒に勉強するタイプの先生がいる。 生徒が精神的に満足するタイプの先生だ。(保健室) 学として構造化された合理的な認知的処理に長けてなおかつ幅広い知識をもった先生がいる。 生徒の実力が上がる先生だ。(勉強部屋)   どちらも持っているか、片方か、両方もっていない先生がいる。 塾選びは先生選び。   塾をホストクラブ(キャバクラ)にする子もいる。 塾を作業所にする子もいる。 塾を「学校」だとおもって嫌々通う子もいる。 毎回、塾で新しいことを学んでドキドキする子もいる。   塾をどう使うか。 誰を選ぶのか。 心が大事です。   成績を上げるだけが塾の役割ではありません(子どもにとって)。   「学校の授業のフォロー」という家庭教師、塾は、子どものことを何もわかっちゃいません!!!(プンプン!!!) そしてほとんどの家庭教師、塾(おろか学校の先生すら、ひどいときは親すら)は子どものことをわかっちゃいません。(プンプン!!!)

雰囲気で選ぶ

  • アットホームな塾
  • ピリッとした塾
お子さんの性格によって合う合わないがあります。 学校でもうへとへとで心を癒したいのであればアットホームな個人塾がいいでしょう。 周りの仲間と競いながらピリリとした雰囲気で「受験をやってほしい」とおもうなら、育英とかがいいでしょう。 「その塾に通っている」ということで本人が根拠のない自信をもって勉強を始めるということがあります。 ただし、雰囲気は動機の一部にしかならず、雰囲気だけで選んだ場合に成績が伸びるとはかぎりません。 あくまで(成績とは関係がなく)勉強をする居心地がいいか悪いか、ということです。 ものすごく散らかっているアパートの一室が教室、という塾もあります。そういう塾でも先生がよいので生徒がわんさかくる、ということもあります。 蛍光灯がばちばち光っていたり、人がたくさんいて「やべぇ、みんな勉強している・・・」という雰囲気だけで選んでも勉強を始める子、もいます。 逆にそういう雰囲気が合わないお子さんも、います。   塾の雰囲気は偏差値に関係なく、やる気を出すために大切な基準になります。 注意!塾に《所属》していることに満足になりやすいのは、この雰囲気が原因です。きちんと塾を《活用》していますか?
 

システムか、先生か。

  • システムで学ぶ暗記型(受験が終わったら役に立たない知識を貯める)
  • 先生と学ぶ思考型(受験が終わってからも役立つ学び方を学ぶ)
偏差値55を目指しているなら勉強法にこだわらなくてもいいでしょう。雰囲気と、一緒にやってくれるやさしい先生さえいれば、偏差値55くらいはいけます。 多くの塾はただ受験のために勉強をします。その先、人生で受験の経験がどのように役立つのかなどは考えていません。 「自学自習の経験が・・・」たしかにそうですが、伸びた人をみたことがありません。 実はこれは、映像授業も同じです。「効率よく結果を出します!」という目的でつくられるシステムに乗っかって効率よく学べるお子さんは「できる子」のみです。 先生から学ぶ思考型の代表例、というか有名なのはビリギャルの坪田先生です。 偏差値55以上を目指す人は「どうやったら自分のチカラをフルに出せるのか」を一緒になって考えてくれる先生を選ぶことをお勧めします。 多くの塾が採用しているシステムは「できる生徒」のためのシステムです。「できない子」はどうしてできないのでしょうか。その理由は、ちゃんとみてくれる先生と出会っていないからです。入塾時点で偏差値55を超えていない生徒がシステム重視の塾にはいって伸びた生徒がいたら教えてください。 偏差値55以上を目指すお子さんは必ず【先生】で塾を選んでください。システムではなく、先生を選ぶ能力(人を見る力)が受験の結果に大きく影響します。  

塾の選び方。

ネット上にはこういう情報もある。 もちろん、都会の話。 SAPIX、日能研…中学受験に必須 4大塾を解剖 塾には個性がある。 何が違うか、知っている人がいる。 選ぶ人がいる。 すごいタイトルの記事だが。 大切なことだとおもう。 子供を潰し300万ドブに捨てる塾の選び方 はい。

人間が考える価値。人間である価値。

受験勉強は暗記だという。 問題を解きまくって解法を覚えまくるのが受験勉強だ。 情報をいかに早く、的確に、処理するか。プログラミングをしていくような作業、それが受験勉強だ。 だから私は受験勉強などして欲しくない。 今日たまたま、藤原和博さんの記事を久しぶりに見た。 そうだよなぁ、塾って、嫌な仕事だよなぁと思い返してしまった。 全てが機械化されて行く。 今の受験勉強は受験生が全員研究者にならないなら全く必要ない知識の塊だ。 受験が終わった後で、数学が必要になる生徒はどれだけいるか? 数学的思考力という言葉があるが、これは別に数学でしか学べないものではない。 みんな一緒にするからいけないのだ。 数学を極める人は数学を極めればいい。 好きなことをしたらいい。 深めて行く中で、どんどん、別の領域にも広がって行くものだ。 そういう自然な成長をせずに、機械的に、工場のように、どんどん組み立てて行く勉強法、受験勉強が、つまらなくないわけがない。 つまらないのだ。 人間でありたい、という子どもたちが、勉強をやめていくのだ。 「いや、それ、無理だから」 能力がないから、というよりも、私は、成績が伸びない子どもたちの身体の、心の反応であるとおもっている。 大切なことを教えない学校も学校だ。 大切なことを教えない親も親だ。 大切なことを教えない塾も塾だ。 そんな世の中で、本当に自分らしく、自分だけの道を、気持ちを大切にして、人と関わって行くこと、生まれ落ちて、死ぬまでに、成長しながら幸せになることを、教えてくれる人に出会った人は、幸せだ。

無題

題名を考えることも疲れて来てしまった・・ こんなアドバイスをもらった。 塾=落第を防ぐ場所=成績向上 だと。 学校の成績がすべての基準であるかのような、そんな世界? だったのか。 塾ってなんなんだろう。 たぶんひとりひとり違うはず。

魔王を殴ってみる

言うことを言ってみた。 殴る、とは? とある魔術の禁書目録【ファンタジーのリアル】敵がみえない世界。敵を殴って倒せない世界。 面と向かっては言えないけどね。 言ってみました。 コメント欄みえますか? 反応返ってくるかな?
ーーー
西野さん流ビジネスの原理によれば、こういった投げかけ、関わり方は、まったく得がないという。 相手の意図は変えられないし、言っても無駄だと。 それこそ、殴れなかったら意味がない。 言論というものが、ビジネスにはないのだ。 (学校は、ビジネスで動いているということ。進路で「誘導」してくる学校は、ビジネスの原理で動いている) ーーー
ーー 研究者はビジネスマンではない(が日本では企業と連携しないと研究すらできないというのでビジネスマンになりつつあるが)。 ビジネスの人たちの言葉は、信じられない。 中立な、人を傷つけようとしない、壊そうとしない、優しい人を、僕は研究者と呼びたい。 Ph.Dという称号がある。 「博士」を修めた人のこと。 Phは哲学という意味。 研究者は哲学者。 ビジネスマンは、ビジネスマン。 言葉の使い方が、違う。

日本が子どもに戦争を続けさせるのは、教育産業で特需景気になるから。

人工知能「東ロボくん」、センター試験模試で「偏差値57.8」 数学と世界史は偏差値60超え こっちは進研模試 HOME> 教育> 教育動向> 教育ニュース ICT 全対象 2016/08/24 人工知能に勝つには「読解力テスト」から!? こういうものを見ると、アニメ『サイコパス』のシビラシステムの世界が、各個人を一人一人テストし、その診断結果で職業を決めるのを思い出す。 それが、合理的な、世界になる。 外国人労働者が入り始めた。 もう教科書が読めなくても、言われたことだけできたらいい人材がいたらいいということでこうなった。 いいんだけどさ。 人間の価値って何?   なんで勉強しなくちゃいけないの? そう、教育産業にお金を流すために、君は勉強をさせられている。 そういって、生きていく人も、たくさんいるだろう。 国の方針は、決まった。 オトノネは、そうするか。 ーーーーーー AI、テクノロジーは人間に問いかける。 「僕を、どう使うんだい?僕をつくって、何に気がついたんだい?」 心次第。

コンビニで学ぶこと。

コンビニはよく「セール」をやる。 この間は、◯◯円以上を買ったら、クジがひけて、何かの商品が当たるというもの。 実は今まで買わない商品を食べたり使ってもらう機会であったりするわけで。 一時的に支出が増えるが、これから商品を買ってもらうために、利益のためにキャンペーンをする。 その時は支出になるがそれは回復する。 回復する見込みがあるからやる。 設けたお金で、コンビニは新商品を開発する。 コンビニ同士の競争に勝たなくてはいけないからだ。 人をドキドキさせて、コンビニに飽きさせないように、マンネリ化しないように。 だからブランド性を高めようとする。 フランチャイズオーナーからほとんど搾取し、それでもオーナーはなかなか稼いでいる(店舗を増やすほど稼げる。そりゃそうだ)のだから本社はべらぼうに稼いでいる。 そのお金が海外進出の資金になったり、新しいコーヒーマシンを開発する資金になる。 けどそれで人がしあわせになっただろうか。 「私を見て!」といっているだけではないか。 コンビニは便利だ。だが、そこまで毎日コンビニの株を上げるわけにはいかないのだなぁとおもう。

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実はこれを勘違いしていて「失敗」する受験生が多いのではないかと、僕はおもっている。 「受験」とは何か、「受験勉強」とは何をすることなのかがわかっていないと、合格実績で判断することになると、僕はおもっている。 なぜ「合格実績」のある塾に入るのか? なぜ「合格実績」の影で泣いている子どもたちのことをみれていないのか? (もはや、泣くこともできないくらい、疲れ切っている子どもたちの姿が眼に浮かぶ) 「合格実績」はお父さんお母さんに、生徒に、物語を与える。 「ここにきて、勉強していたら、合格できるよ!」 「私も!」 「うちの子も!」 その物語が、他人のものであって、その子の物語ではないけれども。 みんな安心したいのだろう。 こんなにも不確実で、不確かな時代を生きるための物語が。 SNSにもよく流れている「◯週間で◯◯!」と同じだ。 ーーーー

ーーーーー オトノネはつくったばかり。 そこでよく耳にする「合格実績がないから信用できない」という言葉。 合格実績があるから、信用がないという声だ。 なんの信用か?合格させてくれるという? 実は合格実績自体が信用できない。

1。合格実績がある。

2。合格実績を作るような優秀な生徒がくる。

3。合格実績がでる。 が実態であって、「合格実績をつくるような優秀な生徒」でなければ合格実績にのるような成果は出せない。

 

1。合格実績がある。

2。うちの子も合格できる。 ではない。

「合格実績をつくるような優秀な生徒」がくるから、「合格実績」がある。 「その塾に行ったら、伸ばしてもらえる」ような伸ばし方をしている塾は、マレだ。 (オトノネの場合、「伸ばす」のではなく「伸びる」ような環境作りに時間をかける。疲れている心、すり減らされている心では、伸びるものも伸びない。レディネスがない状態でする勉強は、非効率的だ。) (最近出会った人が金沢市で「絶対に志望校に合格させる」で有名な塾があると教えてくれました。その塾の先生はいつも生徒を励まし、合格させるために疲弊していて、一方で生徒は心をすり減らしながら、実際に、合格していくそうです。そして、たぶん、高校にいって、、、どうなっているかはわかりませんが。個人経営の小さな塾だそうです) 昔話になる。 泉丘の生徒だった。 課題、課題、課題。志望校合格のために、全教科を「やらされていた」それを「しなくてはならない」と思っていた。 明らかに、無理だった。 浪人は確実だった。 「本当に心からそこを目指しているなら、来年に向けて意味ある勉強を、今から始めよう」と僕は言った。 その子は、僕の話を聞いて、納得した。 そして、勉強する教科を、2つに絞った。 頑張って、頑張って、自分を攻め抜いて、疲れ切っていたその子は、それから、目標を見定めて、彼女の道をちゃんと歩き始めることができた。 フィードバックのない受け身の一斉授業も、 フィードバックが適切に与えられてない自立型学習も、生徒をただ疲れさえているだけの場合が多い。 勉強以前に、心が弱り切っている子が多い。 ーーー

ーーー 大手の塾にいくなど、お金を捨てるようなものだ。 とオトノネさんは考えています。 けど「安心」のために、「物語のなかに子どもを入れる」ために、「ファンタジーの世界に浸る」ために「合格実績」のある塾を選ぶ人が多いのが事実。 何人がその塾に通って、どれだけの人が合格実績に乗らないか、想像がつきませんか? 授業料は生徒を募集するための広告費に使われ、先生たちは安月給で雇い、多くの受講生からお金をとるのが大手の塾です。 合格実績を信じて、合格実績の裏で泣いている生徒たちがたくさんいることを知っていますか? 学校だけでなく、塾も同じです。 もし合格実績が有用な判断材料になるには、合格実績に名を残した人の物語を最初から(もしかしたら生まれた時から、家族の生い立ちから)読まないといけないだろう・・・(ビリギャルの物語はその点、とても説得力があります。ビリギャルはどんな女の子だったか。どんなチカラがあったか。どれだけ努力してきたか。どれだけ、学校から自立していたか。どれだけ、お母さんに支えられてきたか。お父さんにも、助けてもらっていたか。。。) 医学部に入学しました!というが、実はセンター試験だけでいける制度を使っていた、で、たまたまセンターの結果がよかった、とか。 そういうオチがついている合格実績もある。 逆に、どん底の成績だったけど、なんとか、県立高校に入学できた、という「合格実績」の隅に埋もれてしまうような子もいる。 その子なりの目標があり、目指すものがある。 合格実績を「エライ順」に出すとか、僕には考えられない。 ーー

ーーー 「偏差値30から難関大に入りました!」というSNSビジネスのような宣伝の仕方もある(その手に弱い人が多いのだ。その手に弱い人がたくさんいる)。 フランチャイズ時代にも、その謳い文句をみて来てくれた子がいた。その子は、最初に聞いた。 「本当に、偏差値30から合格できるんですか?」 「偏差値30ってなんのもしで偏差値30かわからないよね。逆転合格したその子は、君と全く別の人間だから。君のことはわからないよ」 と僕ははっきりと言った。けどその子は頑張って僕に付いて来てくれた。 私の勤めていたとあるフランチャイズでは全国にあるフランチャイズ、支部の合格実績を集めて「難関大合格者◯◯人!」などと書いていた。 フランチャイズの塾は、特に学生のアルバイトを雇っている場合(ほとんどそうだ)、都市か田舎かによってメソッドが通じないことがある。地方の学生は都会の学生と比べて受験経験が浅い、薄い学生が多いので、仲のいい友達になって授業時間、雑談することがメインで、勉強にはならないケースがほとんどだった(精神的な安定のために塾にいく。勉強はしないケース。受験をサバイバルするために大金を払う価値があるか考えてみてください)。実際に勤めてみてそうだ。(もちろんそれで勉強ができるようになる子もいますよ!ごくまれに!) 「うちの子も偏差値30だから、この塾でいけるはず・・・」 「みんな行っているからうちの子も・・・」 「合格実績があるから、大丈夫。。。」 偏差値30の意味を誤解しているかもしれない。 お子さんと他人の子が別の子だということはごくごく当然なのですが。 受験勉強というものがどういうものか、理解していないのかもしれない。

 

とある全国的な映像授業の予備校を盲目的に信じて疑わない生徒もいた。 「そこの授業はイイから、受けておいて損はない」みたいな考え方をしていた。 頭の裏には「カリスマ講師から教わっている!」という喜びや、全国の合格者を寄せ集めた(ほとんどおそらく都会の高校生の)輝かしい実績で勉強どころではなかったっかもしれない。一流の大学に入るには、一流の学習者になる必要がある。 一流の学習者は、きちんと学びの質、量をフィードバックによって調節していく。 が、合格実績をみて、合格ストーリー(ファンタジー)に入っていき、勉強していくことには意味があるだろう。合格者の声などをみることによる、また誇大広告によるプラセボ効果がある。どれだけファンタジーの中にいたら、狂人か。この境目が大切だとおもう。 別の例では、生徒は全く受験どころではなく家庭や学校での問題(かなり無理をしていた)があったのに親が塾に行かせていることがあった。合格実績、メソッドの新しさ、宣伝文句をみて「30台から合格できるの??」っということでやってくるケース。。。他の塾に行くよりは、僕のところで休んだらいい、とおもい、話はした。フランチャイズ時代に出会った生徒の話だ。 ーー

ーーー 合格実績を誠実に発表している塾は多くない(誇大広告がほとんど)。 合格実績という情報を役立てられるお父さんお母さん、生徒はほとんどいない(情報リテラシー)。 というか、合格実績という情報が役に立たない。 これが僕の実感です。 面白いのが、とある難関国立大学に合格した子。 その塾の合格実績には、もちろんどうどうとその大学名が乗る!すごい!となる。 けど勉強面ではなく、メンタル的に支えられていただけだった。 自習室と、勉強の雰囲気が欲しくてその塾にいただけだった。 できる子がたまたまその塾に行っただけで、その塾の合格実績になる。なんの実績でしょうか? そういうパターンもある。 その子その子で、何が必要かはわからない。 (ちなみにその子が、私が雇われて射たその塾ではじめての難関大合格者だった。その子は合格実績をみてその塾を選んだのではない。雰囲気で選んだのだ) ーーー

ーーーー 合格実績をみるより、先生に質問を一つして、答えてもらって、直接出会って話をして、目を見て、雰囲気を感じて、ちゃんと人を見て判断したらどうですか?そのチカラが、受験の結果にそのまま繋がるとおもうのですが。 一流の学習者なら、きちんと、自分が得られるものがあるか、よく人をみて、自分の状況も分析したうえで、自分に必要な環境の一部として、塾を利用するでしょう。「通わせていたら、大丈夫」などと思っているのは、一流の考え方ではありません。 ーー

ーーー お子さんは、世界でたった一人の人間です。 他人の「成功ストーリー」に乗っかるのはいいですが、そのストーリーを歩くのは、お子さん自身です。 エベレストにいく道はすでに作られています。けど全員が頂上にたどり着けるのではないですね。 都会ではよくある「セミナー」も同じ手法をとります。 誰かの成功ストーリーをみせる。聞かせる。 そして「あなたも、できますよ」という。 実際に、その可能性はある。 信じることで、チカラがでてくることもある。 けどその子は将来、自分のチカラを信じることができなくなるかもしれない。 大きくなっても、他人のストーリーに依存してしまうかもしれない。 お子さんが今、どんな気持ちで、どんな状態か。 「今」お子さんが感じていることは大切なことではないのでしょうか。 お父さんお母さんの焦りが子どもに伝わっていないでしょうか。 いろいろと言葉を尽くしても、心がわからなくなって、ちゃんと感じられない人が多い。 何も感じられないくらい、心が疲れてしまっているのだ。 「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』) 休んでほしい。 いいよ、休んでも。 ーーー

ーーー 塾選びは、先生選び。 先生を見る目が、先生を選ぶ能力が、一番大切な、学ぶチカラです。 ブランド、合格実績に目が眩んでいては、見えないかもしれません。 ぜひ、「この先生はどんな先生か」知るために、入塾の前に、いろいろと質問をしてみてください。 きちんと答えてくれる、きちんとした言葉を使ってくれる先生を選んでみてほしいとおもいます。 (実際に教わる先生と面談で話せない塾をどうして信用できるのか僕には理解できません) オトノネははじめたばかりの、小さな小さな学習塾です。 もし将来的に合格実績を出すなら、学習歴、生徒の合格ストーリーをきちんとお伝えしようとおもいます。 ひとりひとり違った道があって、感性があって、違った言葉が必要で、違ったリズム、速さをもっています。 オトノネは、生徒の違いを大切にしていく、小さな小さな学習塾です。 小さすぎて、笑ってしまいます^^ オトノネは、安心を売っていません。 オトノネは、心を売っています。 安くありませんよ^^ オトノネを応援していただき、ありがとうございます。 数字を使ったトリックは、よくあります。 学校では教えてくれませんよー。

「え?嘘じゃないよ。ほら、説明していないけど。」   よくある「ぐーんと合格実績が伸びました!」という図。矢印が書いてあったりもする。 「え?イメージって書いてあるでしょ?そうそう、体積の方が、大きくなった(実績が大きく増えた)心理的な効果を狙えるのよ。本当はね、この図、適当に大きく見えるように書いただけだからね」

 

 

お金持ちとは?

お金を稼ぐということ、とお金持ちになるということは、言葉の響が違う。 営利型の塾はどんどん店舗を増やす。 先生がいなくても、いても、いい先生でも、悪い先生でも。 日本は人手不足だ。 非営利といっても利益を出してはいけないわけではない。 というか、オトノネは「ちゃんと先生が生徒と向き合って、成長を助ける」仕事を守るためにある。 営利型は「経営者がお金を得るしくみ」を守るために先生と生徒がいる。 オトノネは利益を何に使うか? 先生の学び、生徒の学びのために使う。 なぜ他の塾は教室を増やしていこうとするのか。 経営者には、責任を持って目の届く範囲で広げてほしい。最後に泣くのは生徒なのだから。

歴史から学ぶこと

「前の人が失敗したことを繰り返さない」ことだという人がいる。 そうかもしれない。 正月になると家々を歩いてお祝い事を言い施しをもらっていた人たちがいる。 彼らはもともと能力者であり、芸能以前に儀式に関わっていた人たちであり、時代とともに役割を失っていった人たちでもある。 褒め尽くし、縁起のいいことを言いながら安心と満足とを与えて、小銭をもらう。 塾と同じだなぁと、おもった。 時代は変わる。 「塾」はさかのぼること明治以前、新しい思想、西洋から来た学問を知るための場所であった。 修験者たちが霊性を求めて山に入っていった時代。 次に「塾」は学ぶためではなく、大学に入るために成績を伸ばす場所になった。 修験者たちが寺に入っていろんな祭りをした時代。 これからの「塾」は? 修験者たちが山から追われ、里で人々に娯楽を与える時代。 得体の知れない成績とか勉強と付き合うためのコンサルタント・アドバイザー・カウンセラーみたいなものになっていく。 勉強をちゃんと教えられる先生も少なくなった。 生徒を人間として、大人としてみられる先生も少なくなった。 霊性など必要ない。神秘も必要ない。目の前の人を喜ばせてお金をもらうことに必死だ。 こうした流れを知ることで、 絶対に逆らえない時代の中で、身動きが取れなくなってしまった私の今のこの切迫感を、なんとなく感じられるようになった。

保育所選び・学校選び・塾選び・学び場選び

もう訳がわからなすぎてどこでもいい!と思えてしまうほど、世の中は選ぶことで溢れている。いろんな選択肢がある。まさに自由という病だ。

富山のねいの里でやっている森のようちえんとか見学にいったり、保育士の先生の話を聞きながら、考えたことがある。

ある保育園には机がない。どろだらけになって遊んで、おやつはスルメとかを食べる。他の保育所で働いている保育士さんがこの保育所にお手伝いにくると、ショックを受けるという。前に書いた記事の〈けじめ〉がなっていない、というような話だった。

森のようちえんにも机はない。時計もない。それで小学校にいったら大丈夫だろうか?保育所よりもガチガチに学校教育をする幼稚園の生徒の方が、小学校での〈素行〉はよい、保育所によっては小学校の先生が「やっぱりこの子はこの保育所か」と思ってしまうほど、保育所の文化、子供の育て方が違う。という。(ちなみに、保育園に机がなくても、家には机がある。家庭にも文化がある

「小学校に行った時に、困らないように」という考え方がある。まぁ間違っているわけではないが。けどそのおかげで「小学生でも自宅学習を◯時間しましょう」という御触れがでるというではないか。高校のための中学、中学のための小学、小学のための保育、そうして子供はケッキョック、〈高等学校(初級)〉に入るかのごとく、小学校に入学するのかもしれない。部活動のように習い事をする小学生が近くにいないだろうか。

一体、〈いい保育所〉ってどこ???

神経質な子、繊細な子なら森のようちえんでも、小学校に入ったら自分をまわりに合わせられるだろうし、もしかしたら、やんちゃ坊主も森のようちえんで、あたたかく大人に見守られる段階を経て小学校に行くのがいいのかもしれない(規模が小さいから質が確保されている。保育所になると、担当する先生によって質が変わる)。保育所に入るまでに「しっかり」育った子なら、もう大人。ふつうの保育所でもうまくやっていけるはずだ。

〈いい大人〉はどこにいる???

保育園は、お母さんが子どもを客観的に観察する、子どもを知るための時間なのかもしれない。この子は今、どんなことを感じているんだろう?この子は今、何を感じているんだろう?この子は集団の中で、どんな振る舞いをするんだろう?この子は何が好きなんだろう?この子の性格はなんなんだろう?この子の癖は?(きちんと子どもをみてくれる、話をしてくれる先生にであえた子どもとお母さんはしあわせだ)

学校は社会だ。社会は学校だ。学校は会社だ。途中で変えてもいいし。無理して続けることがいい、わけでもない。「あれ?」とおもいうことがあったら、環境を変える、関わる大人を変えること、新しい場所をみつけること、人と出会うことを、まずやってみたらいいと僕はおもう。(もちろん、お父さんお母さん自身が変わることも含めて!)

 

お母さんが子どもをよく理解して保育所や習い事(関わる大人)を選ぶように、高校選びも、塾選びも、会社選びは子ども自身が自分自身を知っていることが大切だとおもう。自分自身を知るとは、社会の中の自分の姿が見える、社会の中で振る舞う自分、他人から見た自分、環境に置かれた時の自分がわかることだ。

少なくとも思春期がきたら、子どもに「生き方」「暮らし方」の話をしてあげては、どうだろうか。

 

「君たちはどう生きるか」

電車の広告で、250万部突破と宣伝されていた。「よい本」だから売れるのか。「売れている」から「売れる」のかわからない。「みんなみてるんなら私も見よう、じゃないとみんなの会話についていけないわ」と思う人もいるだろう。私は「違和感」を感じるからこんなことも記事にしてしまう。予備校・塾業界には合格実績というものがある。いや問題は、本の読み手が其の本を読む準備ができているか、と同じように、その塾のやり方にその子があっているかどうかだ。「いやこの塾は合格実績がすごいからわたしも」というのは、見当違いになることがある。本当に目的がしっかりしているなら、手段は選ぶこと。ちゃんとみること。宣伝に頼らないで、自分の反応を、其の場にいって、感じたことに正直になることだろう。とおもう。

塾選びのポイント

お母さんがお子さんを思いやる気持ちがある。 お母さんが勉強を教えられたらそれが一番いい。 けどそれができないから先生を探す。 とても簡単に考えたらいい。 合格実績でも、勉強法でもない。 お母さんがお子さんを思いやるように、 お子さんをおもいやってくれる先生を探せばいい。 合格実績で塾を選んで、知名度で塾を選んでも、中身がボロボロの塾がほとんどだ。 進学高校でも、6割の生徒は伸びないのだから。 お子さんの成績は、お母さんの先生選びの成績だと考えてもいい。 お母さんが先生を選ぶチカラが、その子の学ぶチカラそのものだといっていい。 塾で選ばず、先生で選ぶこと。 塾選びは先生選びだ。

定期テスト対策をする塾に入らない方がいいのはどうしてか。

「見にくい」で評判(不評)のオトノネのHPを作り直すのに、他の塾のHPを参考にした。 「あー、この塾いいとこだなー。ちゃんと考えてるなぁ少しオトノネと似ているかな?」 とおもったら・・・・ 映像授業だった! 経費削減、経営優先型だった! 暗記型、解法説明型の勉強しかしてこなかったおかげで、ちゃんと教えられる先生が少なくなったこの世の中。 やさしい先生を集めるしかない、と割り切ったのだろう。 優しい先生がいるから、お子さんも継続して通える。 定期テスト対策するから、短期的な結果がでる。 そして受験で合格できない、ということ。 だってその場しのぎの解法暗記なのだから。 定期テストとは、そういうものだ。 一夜漬けが効く。 そして忘れる。 だから、定期テスト対策をしている塾はほとんど合格実績を出していない。 合格実績をだすことが、売りではないのだ。 定期テストの合格点がアップしても、受験で失敗します。 定期テストの合格点がアップして受験で成功しても、高校で苦労します。 高校に行った時のことを考えずに、短期的な結果しか考えずに、子供や親を満足させている塾が多すぎる。 それで繁盛しているのだから、いいのだろうか。 オトノネは真面目すぎるのか。 もっとみんなを騙した方がいいのか。 「定期テストの成績が上がったね!やったね!」 定期テスト対策をする塾の「売り」は短期的な結果を出すこと、やさしい先生がいることで親と子を満足させること。 塾ってなんなんだろう。 優しい先生がいる。 定期テスト対策をしたらダメだということも、わかっていない。 オトノネを応援していただき、ありがとうございます。 ーーーー

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マニュアル化されていく。効率化されていく。それは学びではない。作業だ。

最近は子育てをするにも、学習塾でも性格相談を使う、ということになってきたらしい。 聞こえはいいが。 会社などでは、入社するときに性格診断を強制的にされ「どうやって扱えばいいか」を判断される。 自分の傾向を知ることは大切だが、機械に任せて統計的に知る自分以外の自分がいる。 統計的に判断されない独特の存在としてのあなた自身がいることを、忘れはしないか。 人を見る目が失われていかないか、心配だ。 これからの時代、「あなたは〇〇テストで何タイプですか?」ということを面接で聞かれるようになるのではないか。 AタイプにはこうするBタイプにはこうする! 人間関係もマニュアル化されていく。 まぁ、それでしあわせになればいいか!

 

「長時間」「みんな一緒」「やらされる」組織からの自立と、組織の選択。

こんな見方ができる。 あくまで、見方。 「させる」世の中。 学校はまだ戦時で、工場に集団就職した子どもたちがいそいそと手を動かし、終わらない宿題・課題、そして矢継ぎ早に繰り返されるテストで休む間もない。そこで「させられる」以外の何かを見つけるとしたら、休憩時間に友達とおしゃべりをすることくらいである。夜、仕事が終わった後に、故郷の「民謡」を歌う女性労働者の物語を、僕は本で読んだことがある。学校帰りに、イヤホンでPOPミュージックを聴いている子どもたちのようだ。 塾業界は満足のために「できる気にさせる」「できている気にさせる」ことで夢を売り、お金をもらう。子どもが「楽しい!」とかお父さんお母さんが「ここにいたら安心!」と思えるような合格実績、その他のデザインを考えている。夢を「見させる」がんばれ!がんばれ!「勉強をさせる」なぜかそういう状況をお父さんお母さんが望んでいる場合がおおい。子どもに、お母さんお父さんも、夢を「みさせ」たいのだろう。数字を見せて「どうですか?この実績!」という姿は、どこかの営業マンのようだ。(実際、ビジネスなのだから仕方があるまい) 「主体性」の場である保育園ですら。お父さんお母さんを喜ばせるための運動会、発表会、保育士の自己満にもならないと僕にはおもえる掲示物(ぐちゃぐちゃに絵の具を塗った紙をカエルの形に切り抜いて、子どもたちになんのプラスがあるだろうか)。「あそばせ」続け、自分で「あそぶ」ことができない子どもたちもいる。(そのうちこの「あそべない」子どもたちの記事を書きます)。子どもの様子をみて、「的確な遊び」を絶え間なく与える保育士が評価される。子どもを楽しませる先生が、いい先生だということになる。らしい。 「させられ」続けながら、心を大事にできる人もたくさんいる一方、心をすり減らしてしまう人がいるのも確か。心と切り離された仕事をしてお金を稼がなくてはいけないお父さん、お母さんがいる(もちろん、心ある仕事をしている人もいる)数をこなすために、1を大切にできない職場もある。心を尽くして人と人が向き合う時間もなくなってきた。これが、発展した時代の、日本の最終形態なのだろうか?働き方改革と呼ばれているものは、どうにも、僕には国が税収入をあげようとしている作戦にしかみえない(余暇を外食産業に!エンターテインメントに!)。 あせらせる、やらせる、不安がらせる。 満足させる、喜ばせる、来させる。 人間が動物であるようだ。 実際、思春期がある動物だけど。 思春期が一つのテーマになっているオトノネさんの気にしていること。 よくよく考えたら、動物の子どもが「思春期」で親に「反抗」したら、一発で死んじゃうよね。 不思議。 ーーー ーーー そんな見方ができる。 あくまで、ものの見方。 ある場所では喜びに欠け。 ある場所では喜びに満ち。 ある場所では真実に欠け。 真実に満ちた場所を僕は歩き回りながら探してきたし、今は、自分で作ろうとしている。 (もちろん、僕にとっての真実) ーーー ーーー 昔々、社会、集団は、イコール、血縁がある組織だった。 血縁のないところに集団が生まれるために、「満足度」は大切であるし、「お金」は大切だろう。 (集団でいることの「満足」を確認するために文化祭とか体育祭といった祭りが利用される場合もあるだろう。青春!) 【高校選び】進学高校の高校生たちのブラックな青春が青になるとき 「祭り」と「お金」だけでは枯れてしまう心があるのも本当のこと。 ーー ーーー ところで、オトノネは、夢を売りません。(オトノネにきたら、夢が叶う!わけがありません) 一体何にお金を払うのでしょうか? 答えを出さずに不満足のままに終わるのがオトノネらしさかもしれません笑 夢を買いたいなら「逆転合格!」とか「偏差値30から!」とか「定期テストで+30点!」「◯◯大学◯人!◯◯高校◯人!」と宣伝している塾を選んだらいいとおもっています。(たまたま、夢が叶う人もいるでしょう。結局、いい先生と出会った人が、自分にとっていい環境を選べた人が、満足のいく受験を経験します) ーーー ーーーー 経済成長を夢見ながら、みんな一緒を続けていく生き方があります。 が、今は、別の生き方を模索しているひとがでてきています。 誰もが、時代から自立して、認められる時代になってきました。 オトノネは、そんな僕の、(僕が生まれ育った)時代からの自立という挑戦だとおもっています。 時代は変わりましたが、組織はあまり変わりません。 自己保存力が働きます。既得利益をなかなか!手放せません。 (それでも、組織を変えようとする人もたくさん出てくる時代です) 組織から自立する人、 時代から自立した組織を選び所属する人が、笑って生きられる世の中になると、僕は思っています。 組織からの自立って何?時代から自立した組織って何? 気になる方は、いろんな本があります。ぜひ、ご一読ください。 「長時間」「みんな一緒」「やらされる」で心が悲鳴をあげている人はもうすでに、この扉の前に立っているように、僕にはおもえます。 こういった新しい価値観を生まれながらに持っている人もいます。 が、育っていく中でつくった価値観をだれもがもっているものです。 もしそれが「なんか変だ」と感じたら、その違和感を大切にしながら、進んでみてほしいとおもいます。 「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』) 堕ちて、堕ちて、堕ち抜いてください。 僕はそれを止めようとはおもいません。(一体、何をしてくれるんだオトノネは!) 堕ち抜くチカラは、あなたの本当のチカラになると、信じているからです。 (そのうち、浮上しているのか、墜落しているのかわからなくなるようになります。言葉って難しいんです笑) ーーー ーーー その点、学校って、やっぱり、時代を作る原動力になるとおもう。 公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない?)

うなぎは絶滅危惧種らしい。

で、「うなぎを買うことでうなぎを絶滅させることに一票投じている」という話を推し進めれば、 「今、日本にいるということは、今の日本に賛成している」ことになるのだろうか。 こんなことを考えていても、いいことは起きないきがする。 正しさなんてこの世にはない。悪は消えないし善も消えない。 ただ好きなことをして、この世界の情動にまみれて、今日は星がきれいだなとふっと息をつける瞬間だけあればいいのだろうか。 定期テスト対策をする塾と同じように、僕は誰かの欲望を掻き立てて、苦しみのスパイラルに落としていないだろうか。 合格実績で欲望を掻き立てる塾のように、欲望に駆り立てられた親子を苦しみのスパイラルに落としていないだろうか。 (僕は本当に、語るべきことを、語っているのだろうか) 清き正しきオトノネという名の無記名票を、世の中に、投じられているだろうか。 選挙の話ではない。生き方、意思表示、自己開示の話だ。 ーーーー うなぎの代わりに ドジョウはいかが?

学校や塾の授業を受けても成績が伸びない理由

経験がないだろうか。 「この人、何を言っているのか、わからない」 だから、何となく想像して、なんとなくコミュニケーションをとる。 こうして何と無く自分の想像力で勉強をする生徒がいる。 先生の言っていることがわからない。 私と一緒に学んでいる富山高校の生徒である。 3年間、今まで耐えに耐え続け、学校からの精神的な攻撃にしのぎ続けた。 劣等生のレッテルを貼られ、腕試しにも何にもならない模試を受けさせられ続けてきた。 もはや恐れるものはない。これ以上のいじめはない! 話を戻しましょう。 先生が何を言っているかわからない。 本当にわからないのか? 実は、言葉が違うのだが、その生徒はちゃんと道筋を辿れていることが、話をしているとわかる。 その説明の言葉は違うけれど、生徒なりの考え方をちゃんと説明してくれる。 その子なりに理解している。ただ、私が喋った「私語」は伝わらない。 私は逆に「生徒語」を使って説明を始める。 まるで、ままごとの役割交代みたいに。とても、面白かった。 「生徒語」でも説明できないこともある。 「それは、だめだよね」 それは、解法暗記だよね。 といって、きちんと調べてもらう。 考える道筋を、私自身が見せる。 その説明も、生徒のわかる言葉で。 最近は自分から調べ始めるようになった。 私が事あるごとに、調べているのを真似ているのだろうか。 そうだ、たくさん、調べて欲しい。 知らないことが、たくさんあるんだから。 いろんな言葉の使い方、説明の仕方がある。 人によって、理解の仕方は違う。だからおもしろいのだ。 え?きみはそう考えたの? と驚くようなプロセスを経る生徒もいる。 「わからない」のは、ただの言葉の使い方が違っているだけのこともある。 生徒の持っている言葉も、私の使う言葉も、それぞれに価値がある。 お互いの言葉の、思考の価値を認め合うことで、お互いが成長できる。 そんな授業を、学校でしてくれたらいいのに。 otonone-オトノネ-を応援していただき、ありがとうございます。

公文式が流行る理由

前にこんな記事を書いたかどうかも忘れてしまった。 公文式は、情報処理能力、解法を暗記して何度も練習して反応速度を上げていくスタイル。 公文式は「楽しい塾」だという情報を得た。 なぜ楽しいのかは決まっていて、どんどん先に進めるからだ。 学校ではみんないっしょでつまらない。わかる子は先に進む。わからない子はとまりっぱなし。 わからない子でも、「問題を解く」訓練をするからそのうち少しずつ進む。 進むことがわかると楽しい。 ゲームと同じ感覚だ。 「快感」を与えるサービスが公文式。 もちろん定期テストの成績は上がるし、富山県の県立高校入試は暗記型だから、通ってしまうだろう。 それで考える力がついていないことに誰も気が付かず、子どもも親も満足する。 その結果が、悲惨な高校の成績だ。 考えないから、仕方がない。 短期的な結果を求めていると、苦しむのは子ども。 長い目で見て、伸びる力をつけてほしい。 自立して学べるような、考える力をつけてほしい。 そういう学び方で指導できる先生はもうほとんどいないから、誰もそのことを知らないから、 公文式が楽しいのだ!   なぜ公文式が流行るのか。 問題を解けて、解いていって、子供のペースでどんどん進められる。 ゲームのようにできたら進められる。 お母さんも「小学生なのに中学生の範囲ができて、すごい!」とかなる。 そして考えることができなくなって高校受験、大学受験で成績が伸びなくなる。 塾にいって、何を学ぶか。 ひとと関わり合いがない公文式で、どうやっても人間性は高まらない。 高岡市の皆さんにはオトノネをお勧めします。 インドネシアでも公文式があります。 日本からやって来た、公文式です。 人件費がかからない、営利目的の、「進む快感」しか得られない習い事です。 はっきりいいましたよ〜 それでも、人それぞれなので、構わないのですが。 オトノネはお子さんの成長を別の視点でみています。

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