『マインドセット』と『残酷すぎる成功法則』は失敗から学ぶことを促す。

自称進学塾オトノネ
  1. 『残酷すぎる成功法則』ー失敗して、失敗から学ぶ。夢から覚める。現実を見る。
    1. 間違った木に向かって吠えていないかーあなたの成功法則は間違っていないか
    2. 著者の疑問:いかなる努力から多くの実りを得られるか
    3. なぜ高校の首席は億万長者になれないのか:ルールに従う生き方は成功を生まない。
    4. 努力は報われないという研究結果:うわべだけで生きた方が高収入?
  2. グリッドはしなやかマインドセット!「やり抜く力」は本当に必要?『残酷すぎる成功法則』
    1. グリッドとは?しなやかマインドセットじゃん!?
    2. 失敗から学ばない努力(グリッド)は、カチコチマインドセット
    3. グリッドは、諦める力。
    4. 諦めるまでのプロセスは、宝物。
  3. 小さな実験を繰り返す。小さな失敗を繰り返す。よりよくする。
    1. 六歳児に負けたCEO
    2. 「量」の多さが「質」の高さに繋がる。正しい。「量」をこなしても価値(「質」)を生み出さないことは諦める。
  4. 「引き寄せの法則」は占い・雨乞・励まし。
    1. 物語によってしまう「自分語り」の報酬回路
  5. 誤解されてる?「マインドセット」はポジティブマインドではない。
    1. 「ビネー式知能検査」発案者ビネーの信念:努力すれば頭は良くなるは本当か
    2. しなやかマインドセットが発揮できる能力、できない能力
    3. しなやかマインドセットは「信じる」ことではない
  6. しなやかマインドセットをもっていると、どうなるか。
    1. しなやかマインドセットは「ポジティブマインド」ではない
    2. しなやかマインドセットは「学習の回路が開かれている状態」をいう
    3. しなやかマインドセット=コミュニケーション・成長・学習
    4. しなやかマインドセットは「安全地帯にとどまらない」
    5. しなやかマインドセットは、難しいことに喜びを感じ、創造的に挑戦する
    6. しなやかマインドセットは、「我が道をゆく」力
    7. 工夫をし続けるしなやかマインドセット
    8. しなやかマインドセットは、失敗を認める。自己イメージに執着しない。

『残酷すぎる成功法則』ー失敗して、失敗から学ぶ。夢から覚める。現実を見る。

残酷すぎる成功法則

間違った木に向かって吠えていないかーあなたの成功法則は間違っていないか

日本にも「幸福になれる」とか「人生うまくいく」とかの本はたくさ んあるが、そのほとんどは二つのパターンに分類できる。

①著者の個人的な経験から、「わたしはこうやって成功した(お金持ちに なった)のだから、同じようにやればいい」と説く本

②歴史や哲学、あるいは宗教などを根拠に、「お釈迦さま(イエスでも アッラーでもいい)はこういっている」とか、「こんなとき織田信長 (豊臣秀吉でも徳川家康でもいい)はこう決断した」とか説く本

じつはこれらの本には、ひとつの共通点がある。それは証拠(エビデ ンス)がないことだ。

ジャンボ宝くじで三億円当たったひとが、「宝くじを買えばあなたも 億万長者になれる」という本を書いたとしたら、「バカじゃないの」と思うだろう。なぜなら、この「成功法則」には普遍性がないから。 ちょっと計算すればわかることだが、宝くじで1等が当たる確率は、交 通事故で死ぬ確率よりずっと低い。

ところが世の中には、不思議なことに、「1等がたくさん出た売り場 に行けば当たりやすい」と行列をつくるひとが(ものすごく)たくさん いる。これを経済学者は「宝くじは愚か者に課せられた税金」と呼ぶ が、著者のエリック・バーカーは「間違った木に向かって吠えている (Barking up the wrong tree)」という。──ちなみにこれが本書の原題 だ。 

「間違った木」というのは、役に立たない成功法則のことだ。会社で出 世したり、幸福な人生を手に入れるためには、「正しい木」をちゃんと 選ばなければならない。でも、どうやって?

それが、エビデンスだ。

じつは、エラいひとの自慢話や哲学者・歴史家のうんちく、お坊さん のありがたい講話がすべて間違っているわけではない。困るのは、その なかのどれが正しくて、どれが間違っているかを知る方法がないこと だ。それに対してエビデンスのある主張は、科学論文と同じかたちで書 かれているから、どんなときにどのくらい効果があるのかを反証可能な かたちで説明できる。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

著者の疑問:いかなる努力から多くの実りを得られるか

何をもって成功と定義するかはあなた次第だ。それはすなわち、あな たが仕事や家庭で幸せになるために個人的に必要とするものだ。だから といって、成功の法則はまったくの気まぐれで決まるものでもない。あ なたはすでに、成功するための戦略として最も効果がありそうなもの (着実な努力)と、まったく効果がなさそうなもの(毎日昼まで寝ている)を知っている。しかし、問題はこの二つのあいだに位置する膨大な選択肢だ。 

すでにあなたは、これまでの実体験や知り合いの話、書籍、ウェブ記事で、成功を目指すうえで役に立つ資質や戦術について多くを学んでき たかもしれない。ところが、真に確証が得られたものは一つもない。逆 に、役立たないとして除外すべきものはたくさんある。私が本書で探究したいのはまさにそのあたりだ。

過去八年にわたり、私は自分のブログ Barking Up The Wrong Tree で、人生で成功する秘訣に関するさまざまな調査や研究結果を分析し、 専門家へのインタビューを重ねてきた。そして数々の答えを見いだして きた。その多くは驚くべきもので、なかには世間の常識を真っ向から覆 すものもあった。だがそのすべてが、仕事や個人的目標で抜きんでるためにすべきことについて、貴重な洞察を与えてくれた。

目標達成のために不可欠な要素として世間一般で広く信じられてきた ことの多くは、手堅くて正論だが、今や完全に間違っている。 この本ではそうした定説の誤りをあばき、大成功する人と一般の人を分けている科学的背景を探り、私たちがもっと成功者に近づくためにで きることは何かを、最新のエビデンスから探る。場合によっては、成功 者を真似しないほうが賢明であると学ぶことになるだろう。

なぜ高校の首席は億万長者になれないのか:ルールに従う生き方は成功を生まない。

ボストン・カレッジの研究者であるカレン・アーノルドは、一九八〇 年代、九〇年代にイリノイ州の高校を首席で卒業した八一人のその後を 追跡調査した。彼らの九五%が大学に進学し、学部での成績平均はGP A三・六で(三・五以上は非常に優秀とされ、二・五が平均、二以下は 標準以下)、さらに六〇%が一九九四年までに大学院の学位を取得。高 校で学業優秀だった者が大学でも成績良好なことは想像に難くない。そ の九〇%が専門的キャリアを積み、四〇%が弁護士、医師、エンジニア など、社会的評価の高い専門職に就いた。彼らは堅実で信頼され、社会への順応性も高く、多くの者が総じて恵まれた暮らしをしていた。

しかし彼らのなかに、世界を変革したり、動かしたり、あるいは世界 中の人びとに感銘を与えるまでになる者が何人いただろう? 答えはゼ ロのようだ。アーノルドの見解は次の通り。

「首席たちの多くは仕事で順調に業績を重ねるが、彼らの圧倒的多数 は、それぞれの職能分野を第一線で率いるほうではない」 「優等生たちは、先見の明をもってシステムを変革するというより、むしろシステム内におさまるタイプだ」 

この八一人がたまたま第一線に立たなかったわけではない。調査によれば、学校で優秀な成績をおさめる資質そのものが、一般社会でホームランヒッターになる資質と相反するのだという。

では、高校でのナンバーワンがめったに実社会でのナンバーワンにな らないのはなぜか? 理由は二つある。

第一に、学校とは、言われたことをきちんとする能力に報いる場所だ からだ。学力と知的能力の相関関係は必ずしも高くない(IQの測定には、全国的な統一テストのほうが向いている)。学校での成績は、むし ろ自己規律、真面目さ、従順さを示すのに最適な指標である。 アーノルドはインタビューで、「学校は基本的に、規則に従い、シス テムに順応していこうとする者に報奨を与える」と語った。八一人の首 席たちの多くも、自分はクラスで一番勤勉だっただけで、一番賢い子は ほかにいたと認めている。また、良い成績を取るには、深く理解するこ とより、教師が求める答えを出すことのほうが大事だと言う者もいた。 首席だった被験者の大半は、学ぶことではなく、良い点を取ることを自分の仕事と考える「出世第一主義者」に分類される。

第二の理由は、すべての科目で良い点を取るゼネラリストに報いる学 校のカリキュラムにある。学生の情熱や専門的知識はあまり評価しな い。ところが、実社会ではその逆だ。高校で首席を務めた被験者たちについてアーノルドはこう語る。

「彼らは仕事でも私生活でも万事そつなくこなすが、一つの領域に全身全霊で打ち込むほうではないので、特定分野で抜きんでることは難しい」

どんなに数学が好きでも、優等生になりたければ、歴史でもAを取る ために数学の勉強を切りあげなければならない。専門知識を磨くには残 念な仕組みだ。だがひと度社会に出れば、大多数の者は、特定分野での スキルが高く評価され、ほかの分野での能力はあまり問われないという仕事に就くのだ。

皮肉なことに、アーノルドは、純粋に学ぶことが好きな学生は学校で 苦労するという事実を見いだした。情熱を注ぎたい対象があり、その分 野に精通することに関心がある彼らにとって、学校というシステムは息 が詰まる。その点、首席たちは徹底的に実用本位だ。彼らはただ規則に従い、専門的知識や深い理解よりひたすらAを取ることを重んじる。 学校には明確なルールがあるが、人生となるとそうでもない。だから 定められた道筋がない社会に出ると、優等生たちはしばしば勢いを失 う。ハーバード大学のショーン・エイカーの研究でも、大学での成績と その後の人生での成功は関係がないことが裏づけられた。七〇〇人以上 のアメリカの富豪の大学時代のGPAはなんと「中の上」程度の二・九 だった。

ルールに従う生き方は、成功を生まない。

努力は報われないという研究結果:うわべだけで生きた方が高収入?

短期的には、嫌なヤツのほうがうまくいくことが多い。 「懸命に働け、堂々と勝負しろ、そうすれば成功できる」と人は言う。 残念ながら、それが間違っていることを示す証拠がたくさんある。人び とを対象に成功をもたらす要素は何かと尋ねれば、「努力」という回答 が一位になる。ところが研究によると、それは大外れだという。 実のところ職場では、実力より見かけがものを言うようだ。スタン フォード大学ビジネススクールのジェフリー・フェファーによると、ボ スの自分に対する評価を管理するほうが、仕事での頑張りよりはるかに 重要だという。上司に好印象を与えた者は、より懸命に働いたが、上司 への印象を気にかけなかった者より高い勤務評価を得ることが調査で明された。 

多くの場合、これは昔から聞き覚えのある「ゴマすり」を意味する。 上司への機嫌取りは効果的なのだろうか? お世辞は強力で、「たとえ 見え透いていても」効果を発揮するとの調査結果もある。カリフォルニ ア大学バークレー校のジェニファー・チャットマン教授は、調査でお世 辞が逆効果になる限界点を探ろうとしたが、なんと限界点は見つからな かった。

フェファーは、この世界がフェアだという考えは捨てるべきだとし、 次のように言い切る。

「仕事を順調に維持している者、仕事を失った者の双方を調査した結果、次の教訓が得られた。上司を機嫌よくさせておければ、実際の仕事ぶりはあまり重要ではない。また逆に上司の機嫌を損ねたら、どんなに 仕事で業績をあげても事態は好転しない」

フェアプレーの精神で長時間頑張って働けば報われると思っている人 には、胃に障るような結果ではないか。しかも、出世するのはゴマすり だけではない──いわゆる嫌なヤツもだ。

(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

グリッドはしなやかマインドセット!「やり抜く力」は本当に必要?『残酷すぎる成功法則』

グリッドとは?しなやかマインドセットじゃん!?

私たちの文化では、「グリット」──何かに懸命に打ち込み、決して諦 めずに最後までやり通す力──こそが成功への伴だと叩き込まれている。 多くの場合、それは正しい。グリットは、知能や才能がほぼ等しい人びとの業績が異なる理由の一つだ

第1章で述べた平均GPAが二・九の億万長者のことを覚えているだ ろうか。興味深いのは、成績はパッとしなかったにもかかわらず、教師 から「一番頼りになる」と褒められた、とインタビューで答える者が多 かったことだ。彼らにはグリットがあったことになる。

では、アーティストと呼ばれる、型破りで有名なあの人種はどうなの か。ハーバード大学の心理学教授、ハワード・ガードナーは、最も成功 した人びとを研究して発見したことを著書『心をつくる』(未邦訳、原 題Creating Minds)のなかで述べている。

創造的な人びとは、骨組みを組むように経験を積みあげていく。この種の人びとは非常に野心的で、つねに成功をおさめるわけではない。しかし失敗したときに、彼らは嘆いたり、責めたり、極端な場合、断念したりして時間を無駄にするようなことはしない。そのかわり、失敗を一 つの学習経験と捉え、そこから学んだ教訓を将来の試みに活かしていこ うとする。 

これもまた、グリットを指しているようだ。

金銭的成功ばかりではない。グリット理論を提唱するアンジェラ・ ダックワースがペンシルバニア大学で行った研究によると、グリットが ある児童は、幸福感が強く、体が健康で、クラスで人気があるという。 また、二〇〇〇名の成人を対象とした別の調査では、「度重なる失敗に めげずやり続けられる能力は、楽観的な人生観(被験者の三一%)や、 人生への満足度が高いこと(被験者の四二%)と関係している」ことが 明らかになった。 

たしかに納得がいく。グリットを持てば成功するはずだ。だが素朴な疑問が浮かぶ。では、なぜその通りにいかないのか。

理由は二つある。第一に、私たちはグリットが何によってもたらされ るか知っていると思っているが、本章で明らかになるように、それは間違いだ。第二に、グリットは成功を生む可能性があるが、成功への道に は、親や教師が子どもに教えない別の面もある。すなわち、「ときには、見切りをつけることこそ最善の選択」なのだ。正しく諦めることにも、あなたを大成功に導いてくれる可能性がある。 (『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

失敗から学ばない努力(グリッド)は、カチコチマインドセット

ジョー・シンプソンは不可能を可能に変えた。山で遭難し、想像を絶 する苦難に遭い、サイモンと再会できたときには、体重が三分の二に なっていた。六回の手術が必要だったが、その後登山を再開した。これぞグリットのなせる業だ。

楽天主義であれ、何らかの意味であれ、単純なゲームであれ、あなた の頭の中で語られる自分へのストーリーこそが、不屈の忍耐力の伴なのだ。だが、グリットの話はまだ終わりではない。もう一つの面に目を向ける必要がある。

アメリカの伝説的コメディアン、W・C・フィールズはかつてこう言った。「一度やってみてうまくいかなかったら、何度かやってみよう。それでもだめなら諦めろ。時間を無駄にするだけだ」。 私たちはこれまでグリットがもたらす恩恵について見てきた。ここからは、見切りをつけることのプラス面を見ていこう。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

 

グリッドは、諦める力。

誰もがスーパーモデルやプロのバスケットボール選手になれるわけで はない。私たちが描く夢の多くは、単純に達成不可能なのだ。達成困難 な目標を断念したとき、人びとはより幸福で、ストレスから解放され、 より健康になるという調査報告もある。では、最もストレスで参ってし まうのは誰か? それは、うまくいかないことを断念しようとしない人 びとだ。

グリットは諦めることなしには成り立たない。スペンサーが、そのマイナス面を教えてくれた。

グリットに足を引っ張られている人を山ほど知っています。それは彼ら自身や周りの人を惨めにするだけで、長期的な良い目標につながらない事柄に執着させるからです。かわりに選択すべきなのは、自分が最もやりたいこと、自分、あるいは周囲の人にも、最も喜びをもたらすこ と、そして最も生産的なことなのです。 

私たちはつねに、より多くのものが必要だと考える。もっと助けを。

もっと意欲を。もっとエネルギーを……。しかし、今日の世界では、む しろその逆が正解だったりする。すなわち、より少なく求める 、 、 、 、 、 、 、 、ことだ。 気を散らすものをもっと少なく。目標をもっと少なく。責務をもっと少なく……。優先事項に最大限のものを振り向けるためだが、問題は何を より少なくするかだ。最も重要なことに時間を回せるように、あなたは 何を諦め、何を断ち切ればいいだろうか?

想像してみよう。もし自分が、病状が最も深刻だったころのスペン サーだったら?

体調が悪く、一日に一つのことしかできなかったら、あなたは何をす るだろうか?

おめでとう。あなたは今、自分にとって何が最も重要かわかったこと だろう。何に最も多くの時間を費やすべきか。何を真っ先に行うべき か。どこでグリットを発揮すべきか、そして何を諦めるべきか明らかに なったのではないか。ことわざにもあるように、「すべてをしようとす ることをやめれば、何でもできる」。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

諦めるまでのプロセスは、宝物。

カンサス州トピーカで育ったマット・ポリーは子ども時代、やせっぽ ちの弱虫だった。いじめられっ子のご多分に漏れず、世界で最強の男に なることを夢見て、スーパーヒーローや腕っぷしの強い無頼漢に憧れて いた。大半の子どもは、この手の夢を夢で終わらせる。しかしマットは 違った。

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一九歳のとき、彼は奇想天外なことをやってのける。プリンストン大学を中退し、少林寺拳法とカンフーの師を求めて中国へ渡ったのだ。 両親は激怒した。マットはチャック・ノリスのような武術家ではな く、メディカルスクールに進学して医師になるはずだったからだ。正気の沙汰じゃない……。しかし、彼はいずれ復学できることを知っていた。両親もしまいには許してくれるとわかっていた。まだ妻子もなく、 借金もなくて身軽だ。このばかげた考えに挑戦し、どうなるのか試して みたかった。

(略)

修行者は毎日五時間、カンフーの訓練を受けるが、彼は七 時間特訓を受けた。毎晩疲れ切って眠りにつき、朝目覚めると体じゅう が痛んだ。ほかの者では考えられない場所に打撲傷を負っていた。休み はなしだった。しかし、やがてマットの頑張りはほかの修行者の目にも 留まるところとなり、彼のカンフーは飛躍的に上達した。

そしてある日、ついに師匠に呼ばれた。世界じゅうの武術家が腕を競 う「鄭州国際少林武術フェスティバル」が近く開催されるので、少林寺 の代表として出場するようにという話だった。かつてのいじめられっ子 で、コカ・コーラを手放せなかった変わり者の〝労外〟が? 一年以上 修行してきたとはいえ、一〇年近くも修練を重ねてきたトップクラスの戦士が相手では、一ラウンドも持ちこたえられないだろうと彼は思った。

それから八か月が瞬く間に過ぎ、試合の日を迎えた。マットは緊張し ながら、一万人の観衆が見守るスタジアムに入っていった。最初の試合 はわけなく勝った。観衆の喜ぶヘッドキックをみごと成功させ、韓国ら来た戦士を打ち負かした。

しかしそれは初戦に過ぎず、試合はトーナメント式で、同じ日にまだ 何試合も控えていた。しかも次の対戦相手は前大会のチャンピオンで、 マットは友人とその初戦を観に行っていた。その初戦でチャンピオンは ロシアの戦士の鼻を膝蹴りしてKO勝ちし、ロシア人はストレッチャー に乗せられ、運ばれていった。

マットは蒼ざめた。昔校庭で味わった恐怖がよみがえった。震えなが らトイレへ駆け込む。何でこんなことになったんだ? 間違ってもあん な怪物を倒せるはずがない。〝世界最強の男〟になるなんて土台無理 だ。

だがそれでもオーケーだ。元々ばかげた実験なんだ。チャンピオンを 相手に最終ラウンドまで闘い抜けたらそれで十分だ。とにかく死なない ことが肝心だった──もっともそれも簡単ではなさそうだが。彼が入場し ていくと群衆が口々に叫んだ。「外国人に死を!」。

数秒後、マットは耐えがたい痛みにさらされていた。一方的に殴られ 続けていたが、棄権しようとはしなかった。ここに来たのは自分の勇気 を見つけるためで、彼の目標はロッキーのように、最終ラウンドまで闘 い抜くことだった──できれば、ストレッチャーの世話にならずに。

マットは全ラウンドで負けて、チャンピオンに完敗した。しかし、試 合が終わったとき、彼はしっかと立っていた。彼の笑顔は、チャンピオ ンの笑顔の二倍輝いていた。

その後マットは、プリンストンを去ったときのように、カンフーに見切りをつけた。 マットは大試合で負けたが、自分との闘いに勝った。自分は決して 〝世界最強の男〟になれないことを悟った。自分より強い戦士が必ずいる。しかし彼は素晴らしい挑戦をして、自分の勇気を見いだし、みごと 目標を達成したのだ。家へ帰るときがきた。予想していた通り、両親は彼を許してくれた。ほどなく、復学してプリンストン大学を卒業した彼 は、ローズ奨学生としてオックスフォード大学院へ進んだ。

この大それた遠回りは、ただ若者らしい狂気だろうか? それは違う。この回り道は、彼の人生を変えるにいたった。 

数年後、マットの著書、『アメリカン少林』(未邦訳、原題 American Shaolin)は批評家から激賞を浴び、彼はアメリカの非営利ラジオネット ワーク、ナショナル・パブリック・ラジオに出演した。映画会社が同作 品の権利を取得し、ジャッキー・チェンが興味を示したという。マット の実験は最終的に、作家としてのキャリアにつながったのだ。

学びの殿堂であるプリンストンやオックスフォードは彼の未来を開かなかった。それを可能にしてくれたのは、一九歳のころの常軌を逸した旅だった。ということは結局、それほどばかげたものではなかったのかもしれない。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

 

小さな実験を繰り返す。小さな失敗を繰り返す。よりよくする。

六歳児に負けたCEO

そんなわけで、つねに新しいことにチャレンジしよう。そうすれば運 に恵まれる。いつも同じことばかりしていると、これまでと同じものし か手に入らない。もし成功への明確な道筋がなく、あなたが達成したい ことに関する手本も存在しない場合には、途方もないことをやってみる のが唯一の打開策かもしれない。

そのことを示す話をしよう。「マシュマロ・チャレンジ」(またマ シュマロだが……ウォルター・ミシェルのマシュマロテストとはまった く別だ)と呼ばれる簡単なゲームがある。次の材料を使って、四人の チームで一八分以内に、マシュマロを頂点とした自立したタワーをつく り、その高さを競う。

・スパゲティ 二〇本

・マスキングテープ 一メートル

・紐 九〇センチ

・マシュマロ 一個

これはピーター・スキルマン(マイクロソフト社スマートシングス、 ゼネラルマネージャーという仰々しい役職に就いている)が、創造性を 鍛える課題として考案したものだ。スキルマンはこのゲームを、五年以上にわたってエンジニア、CEO、MBAの学生など七〇〇人以上の人びとを対象に実施してきた。

一番成績が良かったのは誰だろう? なんと、幼稚園に通う六歳児が勝利した(一番成績が奮わなかったのはMBAの学生たちだった)。園児たちは計画性に優れていたのだろうか? いや、違う。彼らはスパゲ ティの特性やマシュマロの硬さについて特別な知識を持っていたのだろ うか? それも違う。では、園児たちが成功した秘訣は何だったのか? ただがむしゃらに飛びついたのだ。ワイズマンの言う運がいい人のように、たくさんのことを次々と試した。彼らは何度試してもたちま ち失敗したが、そのたびに、めきめき習得していった。

つまり、見本をつくっては試す、つくっては試す、つくっては試す… と時間切れになるまでひたすらこれをくり返すのが、園児たちのシステ ムだった。定められた道筋がない場合には、このシステムが勝利をおさ める。シリコンバレーでも昔から「早く失敗して、損害を小さくしよう」と言われてきた。小さな実験をたくさん試して一番良いものを見きわめるというこのやり方が、身長一二〇センチ以上の人びと、つまり私たちにも有効なことは、研究によって証明されている。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

「量」の多さが「質」の高さに繋がる。正しい。「量」をこなしても価値(「質」)を生み出さないことは諦める。

ピーター・シムズは言う。「最も成功する企業は、最初から卓越したアイデアに賭けているわけではない。彼らは、それを発見する。自分たちがすべきことを発見するために、たくさんの小さな賭けをするのだ」。

コメディアンや幼稚園児のやり方が正しいことは、研究結果でも示されている。発明者で作家のスティーブン・ジョンソンは、特許記録の歴史を研究した結果、「単純に量の多さが質の高さにつながる」と指摘する。ひたすら多くのことを試そう。しくじったものは棄て、脈アリなものにはグリットを発揮すべきだ。 

というわけで、これらすべてを締めくくるとつまり、戦略的に諦めることと、あなた独自の試行錯誤をあわせて行うことが重要だ。

(略)

おそらくあなたは、「さっきは機会費用について話し、重要なことに 集中する時間を生みだすためにいらないものに見切りをつけろと言いな がら、今度は多くのことを試せとはどういうことだ?」と納得がいかな いだろう? その答えは単純明快だ。

自分がやり遂げるべき目標がまだわからなければ、答えを見つけるために、たくさんのことを試してみればいい(そのほとんどをいずれ棄てるとわかっていても)。そして何か興味の焦点が見つかったら、学び続け、成長し続けるために、自分の時間の五~一〇%を小さな試みに当てよう。

こうすることが、試すこと、諦めること双方の利点を最も生かせる方法だ。試すことと、諦めることを戦略的に用いて、本当に諦めずに続ける価値があることを見つけだそう。あなたは変人などではなく、ただ戦略的に事前調査をしているだけなのだ。

ペンサー式に機会費用の観点から諦めるべきなのは、毎週、あるいは毎日やっていながら何の価値も生みださないものだ。しかしここで話しているのは期間限定の実験で、試しにちょっとやってみること。たと えばヨガの体験教室に参加はしても、一年間の会員契約はまだ登録せずに様子をみる。もしかしたら新たな機会につながり、幸運が訪れるかもしれない。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

「引き寄せの法則」は占い・雨乞・励まし。

物語によってしまう「自分語り」の報酬回路

ニューヨーク大学心理学教授のガブリエル・エッティンゲンは、欲しいものを夢に思い描くだけで、実現の可能性が高まるといった類の説に猜疑的だった。

そこで、同氏は研究を重ね、自分の考えが正しいことを証明した。実 際、彼女は十二分に正しかった。夢見ることは、あなたの望みを実現し ないばかりか、欲しいものを手に入れるチャンスをも遠ざけてしまう。 いやいや、「ザ・シークレット」(欲しいものについて考え続ければ手 に入れられるとする「引き寄せの法則」の知識と実践を意味する言葉) は効かないのだ。

人間の脳は、幻想と現実を見分けるのが得意でないことが、明らかにされている(だから映画はスリリングなのだ)。何かを夢見ると、脳の 灰白質はすでに望みのものを手に入れたと勘違いしてしまうので、自分 を奮い立たせ、目標を成し遂げるのに必要な資源を集結させなくなって しまう。そのかわりにリラックスしてしまうのだ。 するとあなたはやるべきことを減らし、達成すべきことも減らし、結局夢は夢で終わってしまう。残酷な話だがポジティブシンキングそれ自体は、効果を発揮しないのだ。 

あなたは、ダイエット後のほっそりした水着姿を思い描いたりするだ ろうか? ある実験で、そんな風にポジティブに思い描いた女性たち は、ネガティブなイメージを浮かべた女性たちに比べて、体重の減少分 が一〇キロほど少なかったという。完璧に理想通りの仕事に就くことを夢見ているなら、出願書類を出す数が自然と減り、その結果、内定をも らえる数も減ることになる。成績でたくさんAをもらうことをイメージしている者は、勉強時間が減り、成績が落ちることになる。

しかし、夢見ることがマイナスの影響を及ぼすのなら、なぜ人びとはそれをするのか? お酒に酔うのと同じ効果が、精神的に得られるからだ。飲んでいるときは気分が良いが、醒めた後が問題だ。エッティンゲンの調査でも同じことが裏づけられている。ポジティブに夢見ていると きは良い気分でいられる。しかし夢から醒めた後は、抑うつ的になる。 

つまり、夢に描くことは、目標の達成前にご褒美としてもらってしまうので、肝心な目標達成に必要な活力を弱らせる。ただ夢見るばかりで は、その実現が阻害されることになる。

ポジティブな自分への語りかけと楽観主義は、たしかに諦めずに目標を追求できるように助けてくれるが、それ自体が目標達成を保証してく れるわけではない。もちろん、夢見ることが本質的に悪いわけではな い。が、第一歩に過ぎないのだ。その次に、せっかくの夢に水を差す怖 ろしい現実と、どこまでもつきまとう障害に立ち向かわなければならない。

だから、目標を夢見た後にこう考えよう。

「夢を実現する道のりに立ちはだかるものは何か? それを克服するにはどうすればいい?」

この過程は、洒落た心理学用語で言うと「実行意図」であり、平たく 言えば「計画」である。

ニューヨーク大学の心理学者、ピーター・ゴルヴィツァーとヴェロニ カ・ブランドスタッターの研究によれば、たとえば、目標を達成するた めの行動をいつ、どこで、どのように取るかなど、ざっくりと計画して いるだけで、学生たちが目標を実現できる確率が四〇%上がったという。(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

誤解されてる?「マインドセット」はポジティブマインドではない。

マインドセット

いくらでも努力はするだろう。

「頑張れ」「できるさ」「やってみよう」

マインドセットは、ポジティブマインドと誤解されていないか。

学習の回路が開いているか、それとも同じところはぐるぐる回っている負のスパイラルに陥っているかでマインドセットという言葉は呪いにも祈りにもなる。

『マインドセット』では、努力して「報われた」人だけを扱っている。この点、この本は「努力すれば!」という誤解を招くようにおもうので注意。(もちろん、正しく導く、ということは書いてあるが)

努力して「報われない」例は『残酷すぎる成功法則』を読んでみてください。

 

『マインドセット』では、努力して報われた例しか書かれていません。

努力して報われない人間もいることを、『残酷すぎる成功法則』で知っておいてください。

なぜ努力が報われないのか?

わかりますね???

「ビネー式知能検査」発案者ビネーの信念:努力すれば頭は良くなるは本当か

20世紀初頭のパリで教育に携わっていたフランス人、ビネーがこの検査を考案したのは、公立学校の勉強についていけない児童を見つけ出して、特別な教育をほどこし、もとの軌道に乗 せてやるためだった。子どもの知的能力に個人差があることは認めながらも、教育や訓練しだ いで知能は根本的に改善できるとビネーは信じていた。学習に困難をきたす大勢の子どもたち についての研究をまとめた主著、『新しい児童観』(絶版)の中で彼は次のように述べている。

最近の学者の中には、個人の知的能力は一定であって、向上させることは不可能だと主張 する者がいる。このような残酷な悲観論には断固として抵抗しなければならない。……訓練を積み、練習を重ね、そして何より正しい方法を習得すれば、注意力、記憶力、判断 を高めて本当に頭を良くすることができるのである。

どちらの主張が正しいのだろうか。そのいずれでもないというのが、今日の大多数の専門家 の見解である。生まれか育ちか、遺伝子か環境かではなく、受胎後、その両方がたえず影響を 及ぼしあいながら人間は成長していく。それどころか、著名な神経科学者、ギルベルト・ゴッ トリープによると、遺伝子は環境と作用しあうだけにとどまらず、自らがうまく機能するよう に環境からの働きかけを求めさえするという。 (『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.10)

しなやかマインドセットが発揮できる能力、できない能力

Q 両方のマインドセットが半々という人もいるのでしょうか。私の中には両方が混在しているような気がするのですが?

ほとんどの人が両方のマインドセットを併せ持っている。単純に2つに分けて説明している のは、話をわかりやすくするためにすぎない。 同じ人でも分野ごとにマインドセットが異なる場合もある。私自身はどうも、芸術的才能に 対してはこちこち、知能についてはしなやかな考え方をするようだ。また、性格は変えようが ないけれども、創造力は伸ばせると思っているふしがある。能力は伸ばせると信じている分野 の能力は、実際に伸びていくことが、私たちの研究からわかっている(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.65)

しなやかマインドセットは「信じる」ことではない

何年か前には、世界レベルの競泳選手から次のような手紙をいただいた。

ドゥエック先生 私はずっと、自信が持てなくて悩んできました。コーチにはいつも「100パーセント自 分を信じろ。疑念の入りこむ隙を与えるな。自分が人より優れている点だけを考えろ」と 言われました。でもどうしても、自分の欠点や、試合で必ずやらかす失敗のことが頭に浮 かんでしまう。自分は完璧だと思おうとすればするほど、ますますダメ。そんなとき、先 生の本を読んで気づいたのです。失敗から学んで前進することだけに専念すればよいのだ と。それ以来、私はすっかり変わりました。欠点があるなら治せばよい。ミスを犯すのを 恐れることはない。そう思えるようになりました。それを教えてくださった先生にお礼を 言いたくてお手紙を差し上げました。どうもありがとうございました。

メアリー・ウィリアムズ

注目すべきことに、マインドセットがしなやかならば、必ずしも自信など必要としないこと が、私の研究から明らかになった。

つまり、得意だとは思っていないことにでも、果敢に飛びこんでいってやり抜いてしまえる のだ。得意ではないからこそ、あえて挑戦しようとすることさえある。これはしなやかなマイ ンドセットの素晴らしい特徴のひとつと言えるだろう。うまくできる自信がなくても、尻込み せずに、楽な気持ちでトライできるのだ(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.73)

しなやかマインドセットをもっていると、どうなるか。

しなやかマインドセットは「ポジティブマインド」ではない

マインドセットと「ポジティブ」は違うことは書かれている。

いやなことがあれば、だれでもみな落ちこむ。それはマインドセットとは関係ない。悪い成 績を取ったり、友人や恋人からすげなくされたりすれば、だれだってガックリくる。けれども そんなときでも、マインドセットがしなやかな人は、自分をダメと決めつけてさじを投げたり しない。苦境に追い込まれても、失敗をおそれずに試練に立ち向かい、こつこつと努力を積み重ねていく。 (『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.18)

しなやかマインドセットは「学習の回路が開かれている状態」をいう

自分の業績や能力に見当違いな評価を下すのは、硬直マインドセットの人たちであって、しなやかマインドセ ットの人たちは驚くほど正確な判断を下すことが明らかになった。 考えてみれば、これは理にかなったことと言えるだろう。しなやかマインドセットの人のよ うに、能力は伸ばすことができると信じていれば、現時点での能力についての情報を、たとえ不本意であってもありのままに受け入れることができる。さらに、学ぶことに重点を置くとな ると、効果的な学習をするためには、現時点の能力についての正確な情報が必要になる。 ところが、硬直マインドセットの人のように、もう伸ばしようのない能力が値踏みされてい ると思うと、どうしても受けとめ方がゆがんでしまう。都合の良い結果ばかりに目を向け、都合の悪いことは理由をつけて無視し、いつの間にか本当の自分を見失ってしまうのだ(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.19)

しなやかマインドセット=コミュニケーション・成長・学習

初めに配られた手札だけでプレイしなくてはいけないと思えば、本当は10のワンペアしかな くても、ロイヤルフラッシュがあるかのごとく自分にも他人にも思いこませたくなる。けれど も、それを元にして、これからどんどん手札を強くしていけばよいと考えてみたらどうだろ う。それこそが、しなやかな心の持ち方、「しなやかマインドセット = growth mindsetである。その根底にあるのは、人間の基本的資質は努力しだいで伸ばすことができるという信念だ。

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持って生まれた才能、適性、興味、気質は1人ひとり異なるが、努力と経験を重ねることで、 だれでもみな大きく伸びていけるという信念である。

じつは、ダーウィンもトルストイも、幼少時には周囲から凡庸な子だと思われていた。歴史に名だたるゴルファー、ベン・ホーガンも、子どもの頃は運動神経が鈍くてまるでさまになら なかった。20世紀を代表するアーティストといわれる写真家、シンディ・シャーマンは、初め て受けた写真の授業で単位を落としている。往年の大女優、ジェラルディン・ペイジも、君に は才能がないから女優の道はあきらめなさいと諭された経験がある。(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.13)

しなやかマインドセットは「安全地帯にとどまらない」

パトリシア・ミランダは、レスリングの選手らしからぬポッチャリ型の高校生だった。みっ ともない負け方をして「お笑いね」とからかわれ、初めて涙を流した。「あれで本当に決意が 固まったの……ここでやめるわけにはいかない。努力と集中力と信念とトレーニングで本物のレスラーになれるかどうか試してやるって」

彼女のこの不屈の精神はどこで芽生えたのだろう。 ミランダはチャレンジなどとは無縁の幼年期を過ごした。ところが10歳のとき、0歳の母親 が動脈瘤で他界。 ミランダの心にある信条が刻みつけられる。「死ぬ前に『自分は可能性の限 りを尽くした』と言って死んでいきたい――母を亡くしたとき、そういう張りつめた思いに駆 られたの。楽なことだけして人生を終えたのでは申し訳が立たないと思う」。だから、レスリ ングが試練を課してきたとき、ミランダにはそれを受けて立つ覚悟ができていたのである。

24歳にして、ついに努力が報われる。米国チームの8キロ級代表としてアテネ五輪に出場 し、銅メダルを携えて帰国した。そのあとどうしたか。なんと彼女はイエール大学ロースクー ル(法科大学院)に入学したのである。そのままトップの座にとどまればよいのにと惜しまれつ つ、もう一度ゼロから出発して自分の可能性を試してみる道を選んだのだった。 (『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.32)

しなやかマインドセットは、難しいことに喜びを感じ、創造的に挑戦する

先ごろ、ロシアの偉大な舞踊家・指導者であるマリーナ・セミョーノヴァにかんする記事を 読んでいて、たいへん興味をそそられた。彼女は、独自に編みだした選考方法で、志願者のマ インドセットをテストしていたのだ。元生徒の話によると「志願者にはまず仮入学期間が与えられます。その期間に、先生は、志願者がはめられたときや欠点を指摘されたときにどのよう に反応するかを観察し、指摘された点をしっかりと直す者を選ぶのです」

つまり、セミョーノヴァは、楽なこと――すでに習得していることを好む生徒と、難しい課題に挑戦することに喜びを感じる生徒とを選別しているのだ(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.35)

しなやかマインドセットは、「我が道をゆく」力

入手できる限りの資料を精査した伝記作家のポール・イスラエルによると、エジソンはあの 時代のあの地域に暮らす、まあ普通の少年だったらしい。幼い頃の彼は実験や機械が(たぶん 並みはずれて)好きな子ではあったが、メカいじりなら当時の中西部の少年がだれでもやってい たことだ。

彼を最終的に、その他大勢から引き離したもの――それは並みはずれたマインドセットと意欲だった。機械をいじくりながら次々と新しいことに挑戦する少年の好奇心をいつまでも失わ なかったのだ。

同世代の若者たちがみな就職してしまった後もずっと、列車に乗って町から町へと移動しな がら、電信についてとことん学んでいった。独学と工夫を重ねるうちに電信係に引きたてられ るが、それから後も彼の向上心と発明への情熱は尽きることがなかった。

輝かしい能力や業績は神話化されやすい。並みはずれた才能の持ち主が、単独で、突然、驚くべきものを作りだしたように語られる傾向がある。

けれども実際にはそうではない。ダーウィンは名著『種の起源』を書き上げるまでに、チー ムを組んで何年間もフィールド調査を実施し、同僚や指導者たちと何百回となく議論を交わし、 草稿をいくたびか書き直しているのであって、そうした努力がようやく実を結ぶまでに半生を捧げている。

モーツァルトは、10年以上の苦しみの末にようやく、今日たたえられているような音楽を生 みだすにいたった。それ以前の作品には、あのような独創性も魅力もなく、他の作曲家のフレ ーズを借りてきて継ぎはぎしたような曲ばかりだった。 (『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.77)

工夫をし続けるしなやかマインドセット

しなやかマインドセットの人はスポーツにおいても(医学生と同じく)、 成功を勝ち取り、それを維持する方法を責任を持って工夫していた。

マイケル・ジョーダンの技に、歳をとっても衰えが見られなかったのはなぜだろう。スタミ ナや敏捷性は年齢とともに低下したが、それを補うために、以前にも増してコンディション作 りに気を配り、ターンアラウンドジャンプ ショットや後退しながらのジャンプショットなど、 ディフェンスをかわす動きに工夫を重ねたからである。スラムダンカーとしてリーグに登場し た彼は、試合に精彩を与えるNBA屈指のプレーヤーとしてリーグを去った。

(略)

マイケル・ジョーダンと同じく、ウッズもモチベーションの管理を重視した。それにはまず 練習を楽しくすることだ。「打ち出す方向と強さを変えながら、いろいろなショットを試して、

安定したショットが自由に操れるようになるのを楽むようにしている」。ウッズは、今どこか にいる、将来の自分のライバルのことを想像するとがぜんやる気が湧いてくるという。(『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.141)

しなやかマインドセットは、失敗を認める。自己イメージに執着しない。

グラッドウェルは論説の結びでこう述べている。生まれつきの才能を重んじる環境にいる人間は、有能な人物という自己イメージが脅かされたとたんに危機的状況に陥る。「自分の非を認めて行動の改善をはかろうとはしない。襟を正して投資者や大衆と向きあい、自分の誤りを認めようとはせずに、嘘をついてごまかす方に走ってしまう」 自己修正能力を失った企業の末路は目に見えている。 (『マインドセット』キャロル・S・ドゥエック p.156)

 

 

 

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