8歳、9歳から思春期までの子どもの発達課題(=お母さんの宿題)。

バイリンガル環境で育った子供が、帰国して、「9歳のときに英語が喋れなくなる」のはよく聞く話。
これがどういうことかというと、脳が内言を強化する時期。
つまり今までに育ててきた言語能力が、前頭葉を刺激して「自己内対話」を行う時期。
この時期に、子どもは自分で考えて言葉を使って、自分の状況を説明したり、考えたりする。
その言葉を「口に出して」話し、応えてくれるだれかがいて、世界を理解するための、大人の言葉かけを前頭葉のなかに刻み込んでいく。
だから日々日常の中で使わない言葉を脳内に止めるコストよりも、脳は、日々日常にある言葉を使って自己対話能力を大きくしていこうとする。

「8歳、9歳で英語を忘れる」のはそのためだと僕はおもっている。

この時期に「宿題を全部終えてから」と言ってしまえば、好きなことをする前に嫌いなことをやらなきゃダメという価値観をつくるし
発達に合っていない理不尽なできない宿題でも「やらなきゃダメよ」といわれれば、人生そんなもんかとおもってしまう。

怒られてばっかりいたら、「どうせ僕は」という回路をつくるかもしれない。

逆に、感謝の気持ち、人間関係、オシッコやうんこのように怒りや悲しみを排出すること、
羨ましい!が妬みにならず尊敬の念になるような変換装置をつくること。
他人の気持ちについて話す機会をもつこと。
落胆した時、がっかりした時に、自分を励ませるようになること。
自分の使う言葉を、しっかりと噛みしめること。
世の中の仕組みを理解すること(感情はつくられるもの。それをどう使うかは、自由。とか。学校だけにこだわらなくてもいいんだよ。ほら、こういう人もいる。とか。)

そうした「心の言葉」が脳に刻まれるといい。
こうした心を渡せるのは、本当に、一番身近なのは、お母さんだ。
これはもう、そうなのだ。

お母さん!

そういう大切な時期、子供はなんだってできるようになる。
なんだってやらせるのはいいが、会話、対話によってこのような非認知能力、情動知性、社会的情動スキルの黄金期をやり過ごしてしまっていないか。子供は常に、学ぼうとしている。学ぼうとしていることを学ぶことを励ますだけでいい。

今、お母さんたちの不安の声が聞こえましたが。
その不安をマネージメントするのは、お母さんの宿題。
お母さんができない(やりたくない)宿題を子どもに押し付けないように。

例えば、「◯◯したくない」と子どもが言ったとしよう。
どうしたの?何があったの?もう少しお話してくれる?といって、まず感情が整理できるように。

「したくないことでもさせなきゃ忍耐力がつかないのではないか」と考えたら、アウトです。

それは、病気の学校の先生の考え方に近いような、、、

幼年期の刺激で発達しやすいのは、高度な精神的能力や人格というよりむしろ基本的な感覚運動能力である。しかも、そうした能力を培う力は成長するにつれ非常にゆっくりと衰えていく。(『子どもの「遊び」は魔法の授業』p.61)

「そのようなとても早い時期に、概念やいろいろなスキルを教えるのは、まったくの時間の浪費である。たとえ、丸暗記をさせてもそうだ。なぜなら、体験を伴わない理解は、学習にならないからだ。(『子どもの「遊び」は魔法の授業』p.61)

どうして多くの日本人は、しあわせになろうとしないんだろう。
子どもがいつでも教えてくれるのに。

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