【中学生】思春期前か、思春期中か。とにかく最後の子ども時代。何をして過ごすか。

中学生時代は、思春期前の、最後の黄金期。
思春期でいろいろなイベントが発生するまえ、
こういう大切な時期でもある。

『オプティミストはなぜ成功するのか』を読んでデイヴィッド・レヴィンが最初に目を惹かれたのは、効果的な時期についてのセリグマンの主張だった。悲観主義の子供を楽観主義者に変えるのに最適な時期は「思春期よりまえ、しかしメタ認知ができる(思考についての思考ができる)程度には成長したころ」であるという。いいかえれば、ちょうど子供たちがKIPPのミドル・スクールにやってくるころだ。性格について話すこと、性格について考えること、性格を評価すること。これらは全てメタ認知のプロセスである。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.148)

思春期と言っていいのか、どうか。
中学生。
思春期と被っている場合が多い気がする。
僕は思春期らしい思春期がなんなのかよくわからない。

ただ、2歳か3才の第一次ウハウハ期がすぎてから、15歳くらいの第二次ウハウハ期(思春期)までに、子供がどれだけ成長するか。
1歳、2歳、4歳、8歳、という規則的な数字の増加が次に目指す数は16だ。
これを目安にしていいかもしれない。(僕は16才のときにイベントが発生した)

2歳をすぎてから4才ころまでに他者の状況を理解できるまで認知能力が育つ。
4歳から8歳にかけては、内言(思考)のためにたくさんの時間をかける。
8歳からはルールとか複雑なことがわかるようになったり、もうプロの人間。

で、思春期を迎えるまでに、自己認識、メタ認知、自分を見つめる自分、自己対話の能力が育っていること。
これが、16歳までに終わらせておく課題だ。

自己対話能力を使って、思春期を乗り越える。

自己対話能力がない子どもが、まだベビーカーにいれられて運ばれ続ける子どもが、高校生になってもたくさんいる。

高校受験をする時期、もしくは中学生活とは、自己対話能力、自己認識能力を高める時期であるといえる。
受験ばかりを目にかけてこっちに目をかけてやれているか。

まぁ、子供は勝手に育つのだけれど。

メタ認知、自己意識の強化の時代。中学生。

大人になってからの収入の差を生む変数は十代のころの身長の高さであった。16歳という形成期の年齢において比較的背が高かった少年は、社交的で運動の得意な若者になり、これが恒久的に彼らをやり手になるように調整したようである。この時点を過ぎると、たとえ後期の急成長気ごろまでに背が高くなっても、何の違いもうまなかった。(『パーソナリティーを科学する』ダニエル・ネトル p.244)

中学校時代はこちこちマインドセットの子供にとっては、ターニングポイントだ。ドゥエックは、小学校ではこひこちのマインドセットの子供としなやかマインドセットの子どもにそれほど能力差はないものの、中学校に入るとこちこちマインドセットの子供の成績がすぐに落ちはじめ、それから数年で下がり続けることを発見した。ドゥエックの研究対象になった子供たちは、「僕はバカだから」とか「私は数学がダメだから」というように、成績の低下についてこちこちマインドセット特有の言い訳をすることが多かった。注目すべきは、子どもたちが自分の能力を普遍の性質のように語っている点だ。まるで、「私の目は茶色い」と言っているようなものだ(他にも、「先生の教え方がへたくそだから」とか「数学の教師はデブでいやなやつ」など、人のせいにする子どももいた)。(略)しなやかなマインドセットを教えた生徒には、脳は筋肉と同じで練習すれば鍛えられると伝えた。(略)なかには劇的な変化を遂げた生徒もいた。『「やればできる!」の研究』のなかで、ドゥエックはこう述べている。「ある日、研究に参加してくれる生徒たちにしなやかマインドセットについて説明していると、突如、ジミーという、どうにも無気力で投げやりな生徒が目に涙を浮かべてこう言ったのだ。”ぼくはバカだと決まったわけじゃないんだね”。その日を境にしてジミーはがらりと変わった。夜遅くまで宿題と格闘するなんて、生まれて初めてのことだった。そうやってきちんと早めに宿題を提出するようになったので、返されてから間違いを見直すこともできるようになり、ジミーはめざましい進歩を遂げていった。(『スイッチ!ー「変われない」を変える方法』p.224)

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中学生は、子ども時代の最後の時期。

やり残したことはないだろうか?

これまでに関わってきた人にはどんな人がいるだろうか?
これまでどんな言葉をかけてもらいながら大きくなっただろうか?
どれだけ人の心、自分の心を感じられるようになっただろうか?

高校入試で大変な時期かもしれない。
が、中学3年生の夏、一度家族みんなで旅にでたり、ゆっくり今を感じてみたり、そうやって中3の夏という時期を大切にしてみたらどうなるだろうか。
高校入試が終わって、高校にいってから、その日のことを思い出して、元気になれたりしないだろうか。

自分は、大丈夫だと。

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6ヶ月、1歳、2才、4才、8歳、16歳、どの時期にも終わりはある。
この時期が来るまでに、心置きなく、心ゆくまで、その時に大切な関わり合いがある、と僕は思っている。

自然さが失われていくこの時代、子育てのあるがままの姿、「自然」を求めることが大変な時代になってしまった。

なぁ。

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