診断名とは何か。Human Disaster

例えばADHD。
Attention-deficit hyperactivity disorder

「不注意だね。衝動性があるね。多動だね。うん、じゃぁADHDだね」ということになる。
周りの環境があって、その振る舞いがでてくる。

社会的な困難(学校側の不都合)を表す言葉が診断名であって、その子が特別な病気を先天的にもっているわけではない。その子は、「ふつう」だ。
学校が、「その子は学校ではやっていけませんね、だって、◯◯ですから」という意味のわからない論理を使うため、使用される言葉になってしまっている気がする。。
そうではないのだが。

「この子が学校でやっていけないなんておかしい!何がいけないの?」という答えをお父さんお母さんが診断名に求めてしまうことがある。
けどそれもちがう。
その子はその子の「自然」をもって生まれる。
学校という場所で壊されてしまっている「自然」がある、というサインにつけれらた名前が、「診断名」です。

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誰もが持っている衝動性、多動性、不注意がある。
それに診断名をつける意味はなにか。

ADHDは先天的なものだという。(クスリが処方でき、結構効くらしい。もちろん副作用抜群だが)
なるほど。

けど「診断方法」をみると、「育ち」でなんとかなるもののようにも思えるのだが?
「もってうまれている」のか「育ち」なのか、わからないのが、人間らしいところだ。

同じ「ADHD」という診断名でも、程度には、天と地ほどの差がある。

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「あの子はADHDだから」という理由で。
「教室」という場所があまりにも居心地がわるい子がいるのをどうしようかということで生まれてきたのがADHDという言葉だ。と僕は思っている。
日本では学級崩壊が起きた後に、ADHD研究が始まったような気が、気が、僕はするのだがどうだろう。(そのうち調べよう)

ADHD Europe で検索
ADHD Europe | Attention deficit hyperactivity disorder
すごい、このサイトみてたら、ADHDの歴史で、最初に書かれているのが「シェイクスピアのヘンリー8世」!

日本語版で僕が頼りにしているサイト
注意欠如・多動症(ADD,ADHD)

ADHD Japanで検索
ADHD(注意欠陥/多動性障害)を十分に理解し、正しく対処していただける情報をお届けいたします。
ここの「日常生活チェックリスト」をみると。ただただ「発達の課題」に取り組めなかった「ADHD」でない子にもあてはまる気がするのだが。
だからその「治療法」も、ただただ普通のことを丁寧にやって行く、という内容になっていr。

つまりどういうことか。
「ADHD」が先天的なものだからといって学校が「この子は障害をもっているから特別学校にいったらいい」とかお父さんお母さんが「この子は障害を持ってるから私たちの育て方が悪かったわけではない」とかいう言い訳として使われているケースがないかどうか。

社会性集団性のスローラーナーと考えることもできるからだ。
子育て環境が、家庭環境が、その子のもっている《ADHD性》を育てた可能性がある。
環境が違えば、もっと《別の神経》が作られていたかもしれない。

適切な関わりができなかった、学べないうちに育った可能性はないか。僕は、あると思う。
僕らが暮らしている世の中の「自然」のチカラはだいぶ弱まってしまったのだろう。自然に、任せて育てることが不安になる時代かもしれない。
遊ぶと多動でなくなる。
多動?

多動かな?と思ったら、あそびの環境を変えてみてもいい。

人間は不思議だ。
そんな不思議の中で、みんな生きている。

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同じ診断名でも、まったく違うしくみなものに、

心身症というものがある。
例えば起立生障害、チックもそうだったか?過食、不眠。

不眠症は「不眠である」ことで不眠症と診断される。(睡眠障害の一部だっけ?)
それがただの「夜更かし」ではなく、なにか「心的ストレス」が原因となっていることが明らかにされれば、不眠症となる。
それで朝が起きられないと、「起立生障害」と呼ばれる可能性もある。

そうすると。
「思春期の女の子にはよくある症状ですよ」ということになり。
ストレスになっているもの(学校)から目を逸らさせるような言葉が現れてくる。

診断名に、真実が隠されてしまう。
言葉から真実を読み取るのは、人間だ。

そして読み取りが下手くそなのも、人間だ。

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disorder, disability, disease, 病気にもいろいろある。

一番怖いのは、human disasterであろう。

学習障害LDか、スローラーンなだけか。

そうおもうと、いわゆる偏差値の高い高校、進学校に入るということは、卒業するというのは「君は◯◯ではないね?◯◯でもないね?◯◯でもないよね???よし、合格!」と検品されにいくことを意味するのではないか。と思えてしまう。

そんな気がしてしまった自分の心が、たいそう貧相ではないかと思えてしまった。

As a result, places like school and the workplace can require skills that people with ADHD often do not have (e.g., organisation, time-management, and sustaining attention) which may lead to problems in education and employment, such as underachievement and risk of exclusion and dismissal.
結局、仕事や学校でうまく行かない人たちに目を向けるための、合言葉が、最近になって増えたということ。
その言葉をどう使うかは、人間次第。人次第。

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その子に「障害」があるのではなく、学校がその子の「障害」になっているのだ。
「障害」とどう付き合うか。その経験は、大人になっても大切な、その子の本当のチカラになる。

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