言いたいことが言えない。

大人のやましい沈黙。子どもの計画的不登校。

小さい頃は、「さかな」が「たかな」になったりする。
言いたいことがあるけど、まだ、「口」がついて行っていない。
もう少し、時間がたったら、食べ物をちゃんと食べて、いろんな音を出してみながら、遊びながら、「さかな」といえるようになる。

言いたいことが言えない。

と、一言いっても。
世の中には「もう、いわなくていいや」ということもたくさんある。
言葉が出るのが遅い子は、そんな気持ちではないのかとおもうこともある。

お母さんが全部守ってくれるし!
遊ばせてくれないし!楽しくないし!
なんかもう無理無理!なんでこんな世の中生きにくいのかな?

場面緘黙という言葉もある。

言葉のチカラを僕自身が、どこかですり減らされていないか。
まずは、僕はご飯をたべよう。
昨日、食べられず、寝てしまったのです。

ほとばしるエネルギー!

別にしゃべらなくても。
エネルギーが溜まっているのを、出すところが大切だと、おとのねさんは考えています。

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別のパターンもある。
「NO!」といえない人がいる。

「私、課題、やりません」と言う必要はないのだが、やらなくてもいいのに、やらなきゃいけない(内言レベルでNO!と言えない)人がいる。
「NO!」という練習、「NO!」という経験が少ないと、大人になって、こうなるのかどうかわからない。

本当に自分にとって大切なことを忘れてしまうほど、「させられてしまう」人がいる。
これもある意味、「さかな」が「たかな」になったりする、
言いたいことがあるけど、まだ、「口」がついて行っていない子どもと同じ。

といってしまえば、少し残酷だろうか。

大人は大人で、お母さんはお母さんで、子育てをしながら、お母さんではなく、人として、学び直すきっかけがでてくるという話を聞く。
本当にそうだとおもう。

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学校では、もしくは場所によっては保育園のときから、子供達は大人から「はたらきかけられる」ことが多くなる。
言葉を喋る価値がなくなる。言葉を喋っても、どうにもならない、受け取ってくれないことが増えてくる。(進学校にいったらさらに、それは激化する)

お母さんにも同じことがいえる。
「よくしよう」「この子のために」言葉を尽くして、子どもの心が沈黙してしまわないか。

子どもからのはたらきかけに答えることが大切。
それが言葉の基本であるし、心の大切な働きであるから。

だれも「応えてくれなくて」この世の中に埋もれている声に、おとのねさんは耳を傾けています。

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