【何のために子どもを育てるか】第二次思春期に社会化しないまま会社人になった人が孤独のスパイラルを生む可能性について。

挑戦が、第一次の時は生活レベルのイベントでよかった。雑巾掛けをしたり、食器を拭いたり、洗ったり。それで満たされていた。が、第二次は、日常生活ではみつけにくい。放蕩。野宿、見知らぬコミュ二ティーへの参加など新しい挑戦がより適切な刺激となりそうだ。(おかげでSNSを使ってスマホで世界と友達をつくる子などもいたりする。日本ではなく・・・それも選択だ。日本の人から逃げるな!日本人とコミュニケーションしろというのはおかしいだろう。人は論理で生きてはいない。人は感情で生きている)。社会化するにはちょうどいいい、メタ認知(私を私がみること)のスキルがつまり前頭葉の発達がさらに進むこの時期が、子どもの思春期のちょっと前に訪れる。この思春期を乗り越えるために、思春期前の発達課題に取り組むといいかもしれない。

それは、社会人と出会うことだ。
(学校の先生は学校にいるかぎり、学校人であって、社会人ではありません。学校の外で出会ってください。)

会社人ではなく。

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思春期の課題に、学校は取り組んでいない。
「勝手にやってくれ」だ。

受験生の課題には取り組ませる。
「やらなきゃ罰する」だ。

会社は子どもが思春期だろうがなんだろうが容赦なく仕事をふってくる。
子育て中のお母さんではなく、会社人としてみる。残業。薄給。

そんなものだ。
日本はそういう国だ。

お母さんは、学校の都合、会社の都合でふりまわされる。

振り回されている。

子育ては学校の都合でするのではない。
子育ては会社の都合でするのではない。

何のための子育てだろう。
誰のための子育てだろう。

かつては村が生きるために、年寄りが知恵を、成人したものが肉体労働を、そういうサイクルを回すために子どもは役割を担っていた。子どもがいなければ、若者がいなければ、「食べていけなかった」。自分が年寄りになった時に、村を守るのは若者であり、子どもだった。子どもは、命の緒だ。子育てにはかつて、ミッションがあった。

現代、
子どもは何のために生まれるんだろう?
子どもがいなくても会社に働いていればお金で生きていける。

現代、
親が生きるために、子どもは必要ない。

では?

しあわせ以外のなんのために、子どもは生まれてくるんだろう?
(「うちの子が優秀だということを世間に知らしめるため」に子育てをお母さんに「させている」DVパパは置いておこう)

「お母さん、笑ってよ」

最後に子どもと笑ったのは、いつですか。

学校から、会社から、世の中から離れて、魂の姿で、親子で心から笑いあったのは、いつですか。

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今日も生徒と話していて、小学生とか小さい時は、イベントに生きたいからと行って、お母さんも外にでていたが、子どもが大きくなって、お母さんは外にいくこともなくなった、という。

子どもは、お母さんを助けようとしている。

それに気がつかずに、子どもを助けようとしているお母さんがいる。
お母さん!

オトノネひろげるシェアぼたん

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