【2歳】ウハウハ期にウハウハできないから思春期を迎えられない?という仮説。

を勝手に立てた。

今、ナルシシズムの本を読みながら、幼児期に適切に心の仕組みをつくれなかった子が、大きくなって、ナルシシストになって人を不幸にしていく話を読んだ。

保育園を見学しまくっていた時期に、2歳児クラスがどうも2歳児っぽくない印象を受けたのを今でも覚えている。
そして1歳児のクラスを見た時、あまりにも窮屈で過酷な保育環境に、大人の叫び声で子どもの声が聞こえない保育室の雰囲気を、今でも覚えている。

あれをしたらあれをする、これをしたら、次はこれ。
そういう流れ作業が目について、情緒的な関わりはほとんどない。いや、一切なかった。

(誇らしげにある保育士が「おしめを替える競争をしていたよ!」と冗談半分で言っていたが、狂っている。)

児童福祉施設、乳児院でも同様のケースをみてきた。(いやいや、ちゃんと子どもと関われているところは、関われている。組織のあり方で、がらっと変わってしまう)
この背景には、大人の組織が言語レベルではなく行為レベルでしか成り立っていない、コミュニケーションではなく、ただの支持・命令・規則でしか動けないという文化が影響している。
言葉を「問う」か、行為を「乞う」か。

「やることやってから喋れ!」というアレである。
いやいや、それをやるかやらないかが問題なんだけど。が、通じない。

「まずは3年黙って働け!」というアレである。
いやいや、3年間、新しい時代の人たちの思考力・感性を無力化してどうするの。

発達は生まれた瞬間から始まる関わり合いの積み重ねだ。
0歳、1歳のとき、、、、

ーーーーーーーー

2歳になる前に、子供は保育士から暴力を受けるとしよう。(暴力が当たり前の文化になってしまった組織ではごくごく当たり前に子供は暴力にさらされている)
学校のネグレクトに気がつく【児童虐待に気付きにくい理由】
そうすると、2歳になってウハウハすること、自分を出すこと、ほとばしる感情、自立心、もしくは挑戦する心、探究心を出すことができない。
1歳のときにすでに、心がすり減らされているからだ。とおもえてしまった。
「怒られる」「怒鳴られる」
小さい子も立派に学んでいる。
小さいなりに、無力なりに、生き残ろうとする心のしくみがはたらく。

その子が大人になって、自立して、しあわせを感じて生きていけるだろうか。
それが問題だ。多くの本の答えは「NO」である。

もちろん「NO!」

ーーーーーーーー

お母さんは家で子どもと情緒的な関わりができているだろうか。
人間的に関われているだろうか。
くたくたで会社から帰ってきて、子どもと情緒的に関わることができているのか。

思春期を迎えられない子どもが多い。
探究心、自立心、2歳のウハウハで学ぶことが学べていないのだから、そうなってもしょうがない。
思春期を支える大人、励ましてくれる大人と出会えない子どもが多い。
(それでもちゃんと頑張って思春期を彼らなりにやっている高校生を僕は知っているから、命は本当に神秘的だと思う)

たとえ励ましてくれる大人がいても、もはや「命」がクタクタになっていて、思春期を迎えられない子がいるのではないか。

子どもたちから、子ども時代を搾取する大人が、保育士という資格の下、社会福祉法人という名の下に、公然と、笑顔で、子どもを迎えにきたお母さんを出迎える。
もちろん、本人はそれが普通だから、気がつかない。

小学生になっていじめが起きたり、人間関係がうまく行かなくなるのも、当たり前だ。
発達は、積み重なって行くものだから。

と、おとのねさんはおもいましたとさ。
8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

オトノネひろげるシェアぼたん
READ  大人にとっても大切な「ファンタジー」と思春期。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。