「名詞」の抽象性

一番抽象的なのは、「固有名詞」だろう。
君の名前はなんですか?

それはつまり「私って何者」ということですが。
それを「私は何歳で、どこどこ生まれで、どこどこ高校出身(?????)で」という言葉で済ませてしまうかどうか。

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かつて、障害者ということばは英語で disabled personsだったという。
それが今は障害を持った人という意味でpersons with disabilityになったという。
person firstという運動が、どこかの国で起きたらしい。

(日本では障害者を「障がい者」と書き表したり、健常児を「定型発達児」というようになってきたらしい。「障がい者」は音が変わっていないから、おとのねさんとしてはいただけない)

名詞は、形容詞や動詞を含んだ文とちがい簡素で心に残りやすい文、抽象化され、わけがわからなくなるから、使用には注意が必要だ。
「全国学力テストでいつも上位である」とか「教育県だから」という言葉を聞いたら、こいつは怪しいとおもってもいい。

全国学力テストが何なのか、ほとんどの人はわかっていない。
富山県は《教育県》か?(その1)全国学力テストの見方(情報リテラシーを身につけよう)
メディアも、メディアの都合があって、その本質を記事にしない(メディアにはメディアの都合がある)

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多くの文字が名詞にされる世の中である。
それが指し示していることがわからなくなっている世の中だ。

それで人の心がすり減っていることがよくある。
「あなたは◯◯だから」「それは◯◯でしょう」

対話に時間をかける心もなく、ゆとりなく、せわしなく日々「あれやれこれやれ」で過ごすのが、学校でも、会社でも普通になっている。
(そうでない会社を探してみてほしい)

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「学校って何?」「高校生って、こんなものなの?」「命ってなんだっけ?」
命は大切だ、という。では、本当に大切にできていますか?

あなたは、あなたの命を大切にできていますか?
あなたの心と、頭(言葉)が、遠く離れていませんか?
体が、トラウマが、癖が、今までに過ごしてきた過去が、あなたをそうさせているだけかもしれません。

呪いのように「名詞」がついてまわります。
「お母さん」として正しく生きようとしている人。
「高校生」として正しく生きようとしている人。
「会社員」として正しく生きようとしている人。

いろんな人がいる。
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

いろんなきっかけがある。

とにかく、名詞は、大切。

算数ができないのはLDかスローラーンなだけか、それとも経験不足か。

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