【花火大会】お餅を食べて、学んだこと。学ぶよろこび。食べるよろこび。

もちを初めて、食べた。
今度オトノネで餅つきをするというので実験をすることになって、作って食べた。

もち米を入れたら、機会が最後まで作ってくれる笑

で、最後に、、食べる、、、、

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なんだこれは!?

丸い塊になった餅を人差し指と親指の間でひねってとる。
なんだこの感触は。
柔らかさ、温かさ、そしてこれまでに体験しない餅と重力との対話。
それから口に持って行く前に、きな粉をつける。
なんだこの感触は。(硬い餅にきな粉をかけて食べたことしかない。)
口に入れるまでの経路は例えばおにぎりをたべるときとは違う。
なんだこの感覚は。
それから歯を噛み合わせる。
なんだこの感触は。
なんだこのあたたかさは。
やわらかさは。
そしてこの味は。

これはもう、神経細胞の花火大会だ。

「もちとはなんぞや」と問いかけるわけでもない。
ただ「もち」を経験するところに喜びを感じる。
喜びを学習する。

よろこびを、学ぶ。

オトノネで、学ぶ。

オトノネは、人間の価値を、大切にしたいとおもっています。

——

新しい言葉、あたらしい世界観、新しい「知」、新しい体験の価値はなんだろうか。
テストで点数をとることであろうか。
まさか。

ただ、この「価値」の問いの答えによって、その人の心がわかるように、僕は思う。

毎日世界がキラキラ輝いて見えていたときのことを、僕たちは思い出せるだろうか。

かつて僕らは歩くことそれ自体に喜びを感じていた。
地面から「やわらかさ」や「あたたかさ」「かたさ」や「つめたさ」を感じて花火大会をしていた。
地面から受けるその感触を受けて、対話をしていた。

それがいつのまにか、対話をやめて、ただただ、地面を歩くための場所、モノ、目的のための手段にしてしまった。
地面の気持ちなど、「今日の地面」などどうでもよくなってしまった。
地面との楽しいおしゃべりをやめてしまった、

のだろうか。

心次第では、歩くだけでも、人はしあわせになれるのかもしれない。
ただただ明けて暮らすだけでも、人はしあわせになれるのかもしれない。

たぶん、そうなんだろう。

と、できたてのおもちを食べておもった。

硬くなって、焼くだけのインスタントなお餅しか食べられない子どもは、今日も穴埋め問題プリントをやったり、ノートの穴を埋めたりしているんだろう。
本当のお餅、生きているお餅、重力と対話するお餅笑の喜びを知らずに。本当の学びの、喜びをしらずに。

なんてまぁ、貧しい国なんだろう。

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グーグル社が作り上げたマインドフルネスは「ストレス社会」で「ストレス」を少なくするために開発されたスキルだ。

「ストレス社会」の中で、マインドフルネスをメタスキルとして使えば、心のあり方として使うならば、「ストレス社会」自体が、消えてなくなるのかもしれない。

「ストレス社会」は実在しない。
ただ心のあり方が、「ストレス社会」を作り出しているとおもえば、本当に、、、心が大事なのだとおもう。

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それにしても、餅コメを入れたらつくところまでやってくれる機械をつくるのは、日本人らしいというのか。
機械をつくって、機会を使う時間を失ったのも、日本人らしいというか。

機械を使おう!
機会をつくろう!

というわけで、月一回はモチフェスをしたいなとおもっています^^

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