野性のチカラと企業戦士の矛の先と戦闘ゲームと虫取りとあそび

最近、保育園で子どもが「虫取り」をするのを見た。

というか、園内に昆虫が増えた笑

で、この虫取り、、、、、
すごい。

何が凄いかって。

まず目が鍛えられる。
「獲物を見つける」視野。

で、神経も鍛えられる
「獲物を捕まえる」俊敏さ。

で、指先も鍛えられる。
「殺さず、生かす」やわらかさ。

で、頭も鍛えられる。
「逃げられた!次はどうしたらいいか?」

捕まえた虫を観察したり。
飼ってみようとするなら、もっといろんなことを学ぶだろう。

あれだけ生き生きとしていた虫が、死ぬかもしれない。
そんなかんだで、心も鍛えられる。

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サッカーなどは、ゲルマン民族の「戦闘」能力をスポーツ化したものだという記憶が僕にはある。
テニスは「貴族の暇つぶし」。野球の起源はなんだったか。(ネットで調べて見たけど、不明らしい。あんな複雑な、バットを使ってボールをうんたらなんていうものがどうやってできたのか。場外に出す動作、打つ動作。走るどうさ。取る動作。うーん、想像できない。。。)

とにかく、体を使って奪いあったり、捕まえたり、物を放り投げたりする能力は、なかなか爽快だ。
的(獲物)に当たったら、めちゃくちゃ嬉しい笑笑

それこそ自分で「修行」をしたくなる。
そうして、強くなる。

宮本武蔵になれる笑

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スポーツも、ある程度のレベルまでいくと、相手との「心理戦」になる。
どれだけ相手の呼吸を狂わせるか。。。。

そこには野性味があるが、やはり対話がない。
いや、ある意味、対話だ笑

剣を通じて、拳を通じて、語り合う人がいるらしい。
北斗の拳とか??

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現代、この狩猟感覚はゲームの中で体験されている場合がおおい。
オトノネさん、実は生徒に教わって「戦闘ゲーム」を、最近、やってみた。
戦場に降りて、武器を見つけて、相手を狙って撃つ。
相手の足音、打たれた方角、現在地、向かっている先は全て画面に表示される。
けど肝心な情報は、「目視」するしかない。
20分くらい、逃げて、狙って、隠れて、戦い続けた。(結局3位になったが、銃は一回も使わなかった笑ビビりなのね)
オンラインで、世界中の人がやってくる。
時間が来ると、居場所が狭まっていき、敵との遭遇率も高くなる。


身体感覚が伴わない、神経だけが高ぶる感覚、終わった後に、どっと疲れた。

身体感覚が伴っていたら、大変なことになっていただろうが・・・
おとのねさんには、違和感、違和感・・・

ある意味、ゲームは、麻薬物質を出すトリガーだ。
この強度の快感に、爽快さに、はまってしまうのも、無理はない。

脳は野性を、ある意味で求めているかもしれない。「男の子」はなおさらそうかもしれない。

それで高度経済成長期に、「男の子」は、企業戦士になって、戦ってきた。
今、その矛を置いて、さて、どうしたものか。
矛を下ろす先が、わからないのかもしれない。

矛を持ったままでもいいから、その矛で、子どもとあそんだらいいのに。
たったそれだけで、世界はたぶん、変わるから。
(それで少年野球に精を出すお父さんがいるという話もある。スポーツじゃなくて、「させる」んじゃなくて、あそんでほしいんだけどな)

そもそも、狩りは、昔の子どもにとって、純粋に遊びであり、本物の狩りの練習だった。
そうおもうと、昔の「狩り」は今の「宿題・課題・お勉強」なのかもしれない。あそぶように、当たり前のように、「学習習慣」を身につける世の中。


身体感覚が伴わない、神経だけが高ぶる感覚、終わった後に、どっと疲れている子どもが、どれだけいるだろうか

そこには野性味があるが、やはり対話がない。
いや、ある意味、対話だ笑

「テスト、どうだった?」
「赤点じゃなかった!」

テストの答案用紙を通じて、模試の結果を通じて、語り合う人がいるらしい。

ある意味、ゲームは、麻薬物質を出すトリガーだ。
この強度の快感に、爽快さに、はまってしまうのも、無理はない。
「やった!今回も、平均以上だ!」次も頑張ろう!とか。

心が大事。

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ちなみに、オトノネでこの野性の要素を出せる環境は限られています。
走り回るスペースは、ありません笑

けど
お手玉とか、折り紙の手裏剣ごっことか、(山田さんの)吹き矢とか。
あ、この前、庭にトカゲが歩いてたな。。。

あれ?そうおもうと、あそびって、結構野性味があるな・・・

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