集中と没入・没頭の違いとは?味わいある世界のための脳科学

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集中と没入・没頭の違いとは?味わいある世界のための脳科学

  1. 集中と没入・没頭の違いとは?味わいある世界のための脳科学
    1. Illusions of Competence「理解したぞ!」という思い込み
    2. 眠らないだけで頭が悪くなる。集中力がなくなる。
    3. 資源の使い方を工夫する。
  2. 脳科学的な事実 brick and mortar そして chunking
    1. モルタルが乾く時間が存在する。
    2. 繰り返すこで脳が「これは大事だな」と思ってくれる。Practice Makes Permanent
    3. mini test も使いましょう。
    4. 長期記憶に関わるTips
    5. chunkingチャンキングは意味を作る。transferする(芋づる式)
  3. 効率的に脳を使うなら、休憩しましょう。Focused and Diffuse
    1. テストは、休み時間?
    2. 計画的に、2つのmodeを取り入れる。
    3. 集中力を高めるノートの取り方、集中力がなくなるノートの取り方
    4. 肉体を使う活動をすることで、精神的活動領域を休ませる。
  4. 「テスト」の点数は80%遺伝で決まるという謎に迫る。
  5. 「工夫する」遺伝子を使おう。
    1. 視覚付きで、慣れ親しんだものとつなげる。 metaphor, analogy and visualization
    2. 大局を見つめるTop down learning
    3. 別の糸を織り込むInterleaving
    4. 他者と対話する、discussion
  6. 注意散漫procrastinationとモチベーション
    1. 習慣を見つめる。注意散漫になるcueを発見する。pomodoroメソッドの真意
    2. cueのない環境を作る
    3. productは放っておいて、processに集中する。再びpomadoro
    4. あれ?効率落ちたな。脳が疲れたな。と思ったら。別のタスクをする。
    5. その目標はリアルでわくわくできるものか。
    6. そのプロジェクトはワクワクするか。同じものを学んでも、学び方が違うとは。
    7. 能力を下げてしまう信念Imposter Syndrome
    8. 「学び」に息を吹き込むのは、interest, curiosity
  7. テストを受ける前に、しておくべきことリストtest checklist
    1. test checklist これをしていないなら、結果は望むべくもない!?
  8. まとめ:集中力を高めるためには、自己分析する。実験する。
  9. 目標達成に向かって集中力を上げるために知っておきたい科学『あなたの脳は変えられる』
    1. 「興味」や「関心」があるから「集中」できる。
    2. 集中状態を起こす一つの方法ー好奇心
    3. 「努力」や「意思力」でやめようとするのは間違い 
    4. 昔ながらの「自制心」には個人差があるー頑張れ、では無理
    5. 困難は小分けするー適切な目標を立てる
  10. マインドフルネスな集中状態『マインドフルネスストレス低減法』
    1. 忍耐は知恵
    2. 自分を信じる。自分の感じ方を大事にする。
    3. むやみに努力しないこと:焦らない。
    4. 成果を期待しないと、成長する。
  11. 「集中」している状態としてのフロー(新しいスキルを身につけるのではない)『あなたの脳は変えられる』
    1. 「集中できる課題」でなければ、「集中」できない
    2. フローは、全身全霊で味わう体験(その課題は味わえるものか・おいしいか)
    3. 「集中しよう」と思っても、集中できない理由(「自分語り」の回路が働く)
    4. フローは熟達したスキルを楽しんで使っている時にやってくる
  12. 朝の時間を大事にする(睡眠時間はもちろん、必要ですよ)
    1. 昼寝もよい
  13. メタスキルとは?|大学受験、高校受験、勉強法で困っている人へ
    1. メタスキルは脳細胞が喜ぶ。だから身につく。
    2. 課題に追われていたら、このメタスキルは伸びない?
    3. メタスキルを学ぶには?
    4. メタスキルとは「道」をゆくチカラのこと
    5. 受験勉強はあなたにとって「道」ですか?

集中と没入・没頭の違いとは?味わいある世界のための脳科学

この記事は「ハウツー」を教えてくださいという人向きではありません。

自分で考えてもいいよ、という方は読み進めてみてください。

 

「何をやってもダメだ」「私は頭が悪い」という信念を持っている人がいる。

だから、知ることで自分に優しくなってほしい。

「ああ、そうなんだ。集中力という言葉を勘違いしていたわ」

「ああ、これが人間の脳なのか」

知ることから始まる新しい世界があるような気がする。

 

だから、知ることで自分に優しくなってほしい。

他の人にもやさしくなってほしい。

と、年寄りは思う。

 

言葉はお守りにもなるし、毒にもなる。

集中力とは何か?説明してみてほしい。

 

そうでなければ集中力を上げるという言葉が意味をなさない。集中力を高めることよりも、集中力とは何かを知ることの方が大切だと年寄りは思う。GDPだとか経済成長だとか色々なバイアスがかかった言葉と同じように、集中力という言葉も切り売りされてその内実を失ってはいないか。

 

集中力とは何か?その理解を得るためにこの記事を活用してほしいと年寄りは願う。

一般的に、集中力がない、という言葉は、年寄りが若者を貶めたり、年寄りが若者に劣等感を抱かせるために使われてきた呪いであると私は思う。もっと役に立つ言葉を伝えたらいいのに、とも思う。人間はいつだって不完全なのだろう。「言葉を正す」ことを説いたのは孔子だという。いざ、言葉を正す努力を続けよう。それを年寄りは学習と呼びたい。

集中力とは、頑張る力ではない。根性のことでもない。苦行でもない。

知らない人が知らない言葉で喋っているとしよう。いくら「聞き取ろう」と意識を集中しても、聞き取れないから意識はすぐに諦めて、飽きてしまう。意識が向けられている対象が理解と関心の枠組みを超えていると、意識は集中できないようだ。お勉強の世界でいえば、わからないこと、自分にとって理解し得ないものに意識を向けていても、集中状態は続かない。関心がないことにも、集中力が向かうわけがない。どうしても終わらせなきゃいけないからやっているなら、関心がそれても仕方がない、と思えるだろうか。一日中壁のシミを見つめられる人もいれば、そうでない人もいる。そして、意識を向けているものが、意識を向け続けるに値するかどうか、判断するのは脳である。そこにあなたの意思が介在する余地がどれだけあるだろうか。集中する価値を脳が学習していなければ、脳は集中しようとしないかもしれない。

アニメを見ているとしよう。

集中してアニメを見ている状態とは何か。集中するとは、例えば、何かに気が付く、つまり意識的にも無意識的にも何かに注意を払っている状態を指すと考えてはどうだろう。歌を聴いているなら、「このフレーズは誰が歌っているのかな」とか「このフレーズを歌う前の呼吸の速度や深さははどれくらいか」といった視点を持っているなら、歌を聞くという行為に意図が伴っていることになる。アニメなら、例えば目をどのように書いているのか、人物によっていかに表現が異なるか、といった点に注目したり、このカットの意味はなんだろう、といった注意を払うことは、集中状態を指しているだろう。意味を作り出そう、発見しようとする努力を、私たちは集中力と呼ぶのかもしれない。そしてその意味というものは、いつだって個人的である。

逆に何の焦点もなくアニメを見ている、音楽を聴いている、という状態は、集中しているとは言えないかもしれない。身いる、聴きいるという状態が集中状態であるとは限らない。集中状態は、世界を知覚するモードを表しているかもしれない。やってみてほしい。「歩くことに集中する」「呼吸をすることに集中する」それがどのような状態なのか。それは歩くことに没入していること、呼吸をすることに没入していることとは違うだろう。没入と没我が違うように、没入と集中は違うと年寄りは思う。

 

視点の動きを追うカメラがある。何かを注視する時、視点は中止するものの全体をくまなくなぞるように撫で回すように動く。見ようとするものに注意を向けている時、視点が視野のその部分をなぞる確率は増す。限られたエネルギー、情報処理能力をどこに注ぐかを脳は選択する。例えば目の前にある「あ」という文字を注視してみよう。注視するという行為は集中状態を表すだろうか。

目の前に流れてくる段ボールにラベルを貼ることを想像しよう。真っ直ぐに綺麗に黄金比を意識して貼る人と、なんの意図もなくとりあえず言われたところに貼ればいいという人がいるとする。前者はそのうち無意識にラベルを意図した場所に貼れるようになるかもしれない。無意識となった時点で、集中状態とは言えなくなるだろうか。いろんな思考実験をしてみるといい。もしかしたら、「退屈」であると感じる状態は、「集中」状態とは言えないと思えるかもしれない。言葉を発見してほしい。

別の言葉でも語りうる。

集中力を欠くという現象は、学校で習う概念、言葉を理解できない、使えない、問題が解けない、「意味がわからない」ことを表していると思う。つまるところ、集中力を高めるにはどうしたら良いかという問いは、いかにして概念、言葉を理解するのか、記憶するのか、使えるようにするのかという問いに言い換えた方がいい。集中力を高めるという抽象的な言葉にとどまっていたら、役に立つ答えが出てこないと、最近思うようになった。理解を促すには?世界に意味を持たせるには?

集中力を高めるとか鍛えるという言葉は、いかに効率的に、無駄なく、脳みそを「意味作り」に向かって使えるか、と言い換えたらいい。以下に限られた資源を使って、意味を作り出せるか。これが問題だ。

 

脳を使役する状態の一つを、集中状態と呼ぶとしよう。その語りかけ方、指示の出し方、脳とあなたの関係性がより望ましい状態となるようなヒントを、この記事から汲み取ってもらえたら、年寄りはうれしく思う。多分、集中力とは、人生が「退屈」でなくなるヒントになる。味わうことに集中することもできる。限られた資源を何に使うのか。いかに使うのか。この記事を読んで何かのヒントを得られるだろうか。

「集中して食べる」ことは、食べ物を味わうこと。

「集中して歩く」ことは、歩くことを味わうこと。

「集中して勉強する」ことは、勉強を味わうこと。

 

経験を味わうことの大切さを、年寄りは感じている。

味わえないなら、味わいたくないなら、集中ではなく没入を目指すのもいい。それは心が定まらぬ状態であるかもしれないが、悪いことでは全くない。そのヒントも以下に書かれている。

 

勉強に集中できない、仕事に集中できないのは、勉強や仕事が美味しくないからだと言えるだろうか。脳がそれらを美味しいと思えるような果実を探すのでもいい。味覚も人それぞれ。酸っぱいトマトしか食べたことがない人は、家の前で手塩をかけて育てられたトマトのもぎたての味を知らない。味わいのある世界は、きっと豊かな世界だと、年寄りは信じている。食べる素材を選んだり、好みに合うような調理法を考えてみてほしい。味わいのある世界を広げて行けたら、幸せだ。なぜおにぎりに漬物がついてくるのか。なぜ寿司にはお茶がつきものなのか。食の世界は味わうための工夫にあふれている。アートの世界もきっと同じだ。

 

食べることが味わうことにはならない。

味わうという行為のための作法がこの記事の中に見つかるといい。

出される料理がまずいなら、食べなくては行けないなら、調味料を入れて食べたらいい。自分で素材を集めて、調理してもいい。

 

CourseraのLearning How to Learnを受講した人の感想。

 

この記事はCourseraの講座 “Learning How to Learn”を下敷きにして作りました。

こちらの記事もどうぞ。

https://otonone.com/wp/hingaku-jyuku/focusoandflow/

 

Illusions of Competence「理解したぞ!」という思い込み

本を読むだけ、眺めるだけ、ノートをとるだけ、肉体的に行動したことは理解したことにならない。

「学んだ気になっている」「理解したつもりになっている」状態をillusions of competence という。

もちろんrecall、思い出しは理解、記憶の役に立つ。recall は mental retrievalともいうらしい。

赤線highlightingを引いたり、教科書を読み耽るrereadingよりも、学んだことをrecall呼び寄せる、思いだす、ソランジルことが大事。工夫とは、このように、「効果のないこと」よりも「効果のあること」を選ぶということ。recallの他に、testという方法もある。testは問題を出されるという点でrecallとは異なる。recallは歩いている時もできる。電柱に注意!

 

しかしながら・・・どれだけ役に立つだろうか?

実験して、試してみて欲しい。

食べたとしても、消化して、さらに吸収されて、エネルギーや体の構成要素として使用されるに至っているのかどうか。

この後で説明する、チャンクを作っているか、という話。

読んだだけで終わり。線を引っ張っただけで終わり。ということは、読書についても言えること。

 

意味付ける時に使われる、脳と新しい情報をつなげる「手」は4つある。意味の深さ、意味の広さをどれだけ与えられているのか。「わかったつもり」になっていないか。

ワーキングメモリーがフル回転している、前頭葉が働いている状態では、最大4つの物事をまとめて扱える?らしい。私はいくつ使っているだろう?

このワーキングメモリのスロットは、「意識の触手」のようなもので、頭の中に何かが引っかかっていると、使われてしまう。だから何か忘れてはいけないこと、例えばその日にやらなくちゃいけないことなどがあるなら、書き出しておいて、綺麗さっぱりそのことが気にならなくなるようにしたほうが効率がいい。

 

Clear

例えばweek4のoptional videoに、「書き方」をテーマにしたインタビューがありました。

このビデオの文脈では「書きたいことがない」人は、大抵、抽象的に考え、抽象的な言葉を使っているとのこと。言葉にリアリティーがないということです。リアリティーのない言葉を使っている限り、書き手はその言葉をリアルに「理解していない」ことになります。だから、読みても理解できない。

例えば現代文で「抽象的な言葉」が出てきます。社会では「ただの名前」とか「ただの戦争名」とかが出てきます。それらの言葉をどれだけリアルに語れるでしょうか。

教科書に書かれていることを「書き写す」だけだったり、「機械的にまとめる」だけではリアルになりません。リアリティーがない言葉を理解する工夫をした方が、脳細胞は喜びます。

 

抽象化のレベルには色々とあり、より具体的な記述、より抽象的な記述が可能です。「抽象度のレベル」を下げていくと、理解ができていないことが明らかになるかもしれません。

例えば「学ぶ」とは何でしょうか。「神経細胞が新しいネットワークを作る」と表現すればよりクリアです。別の表現をして「既に知っていることと新しいことをつなげる」でもいいでしょう。

「学ぶ力」とか「生きる力」とか平等とか公正といった抽象的な言葉に満足している人がいますが、どれだけ理解しているのか疑わしく思います。

抽象語を散りばめて何か重要なことを言っているかのような表現をするのではなく、シンプルでクリアな言葉で表現してみましょう。というアドバイスもありました。

他の人に説明できますか?

それで他の人は理解できますか?

「人間」とは何でしょうか。「分数」とは何でしょうか。

知らなくても「人間」はできるし、「分数」も計算できるものですが。

理解にも、レベルがあるということです。

フランス革命を起こしたのは誰ですか?市民?市民とは?などなど。

シンプルな質問に、シンプルに答えることを何度もしていくと、その過程で、理解という現象が生じます。

こう考えると、急いで学ぶ、という選択肢は見えてきません。

 

notice

自分ではなかなか「リアルになっているのか」わからないものです。

例えば、本を読みながら、読むだけでなく何かを学ぶ、意味のあるものを読み取るとはどのような状態なのか、別の言葉にできますか。

例えばこの人は「notice」という言葉を使っています。この言葉は日常的に使われていて、身体的にも理解できる言葉です。何かに気がついたら、気がついたことがあったら、それを手がかりにすると、より意味のある世界を作れる。ただ読んだだけで終わらず、記憶に残る。

「気づく」ことは例えばパターン、つまり類似性や相違、もしくは因果関係など色々な「繋がり」を指すことが多いでしょう。prior knowledgeを使っていることには間違いありません。

 

いい言葉です!

「書かれていないこと」に気が付くことがあったら、それはきっと大事なことです。時間をかけて、神経細胞を育ててほしいと思います。

 

「学んだつもり」になってしまいがちな学習法には、他にも、後で言及するoverlearning, concept mappingがあります。

眠らないだけで頭が悪くなる。集中力がなくなる。

眠りを大事にすることで、自分に優しくできる。

眠らなくても頭が悪くならないショートスリーパーの遺伝子を持った人がいる。

あなたはどうだろう。

寝ている間に、脳細胞、縮むらしいです。

呼吸をすることも、脳を健康にする秘訣。

酸素を十分に取り入れていなかったら、脳が酸欠になる。

「息が詰まる」ように何かをしていないか。息をするのを忘れていないか。

ご飯を食べているか。体を暖かくしているか。

そうした体への気遣いが、脳への気遣いになる。

 

脳は、他の体の部位と比べて、重量あたり10倍のエネルギーを消費するらしいよ。

シナプスの直径って・・・意外と、太い?

Focused and Diffuse: Two Modes of Thinking

Learning How to Learn

neural pattern

make unique connections in your brain

例えば、これはいうまでもなく、prior knowledgeがなかったら構造化されない。

資源の使い方を工夫する。

 

昔こんな質問をされたことがある。

「どうやったら集中できますか?」

この質問に対しては、ありきたりな返事しかできないのが事実。

人間という動物がどんな時に集中するのかを調べてみよう。

自分を観察して確かめてみよう。

嫌いだから集中できないのは当たり前。

だったら、決められた時間でやってしまおうとか、「空いた時間に」やってしまうというルールを作るとか。自分がどれだけ集中できるか、タイマーで測ってみるとか。もう25分刻みで休むでもいい。25分間だけ頑張るという「Pomodoroルール」を作るのでもいい。そういう小さな工夫を積み重ねるしかない。そもそも勉強が嫌なのにやらなくちゃいけないなんて、拷問のように聞こえる。もうそれは思春期が来たら終わりにしたらいいのにと年寄りは思う。

pomadoroルールを工夫するだけでも自分の遺伝子、習慣とうまく付き合うことができるかもしれない。例えば、最初はpomadoroを5分にセットする。次に10分にセットする。次に20分にセットする。というように。間には3分の休憩を挟む。

集中力とは効率であり、もしこの方法が結果的にうまくいくなら、成功と言える。

集中力は断続的に働かせてもいい。継続的でなくともいい。

 

ちなみに年寄りは集中力が切れるのは決まってお腹が空いている時である。いざとなったらチョコレートを食べる。

また、噛み続けていると集中できるきらいがあるので、集中していないなぁと思うときは煎餅をガリガリ食べるようにしている。煮干し、ピーナッツ、いろんな歯応えのある食べ物が効く。

年寄りには、それが効くようだ。

脳科学的な事実 brick and mortar そして chunking

集中力、というか記憶力に関して述べておきたいのは、一度に全部やっても、忘れたら意味がない。

モルタルが乾く時間が存在する。

brick and mortar という言葉がある。

レンガとモルタルだ。家を作る時には、レンガを重ねるときに、モルタルをぬる。そしてモルタルが乾いたら、次のレンガを重ねていく。脳も同じで、情報を構造化して次の情報を構造化する役に立つためには、時間が必要だ。この時間を無視してなんでも「記憶」しようとしても、無駄であるようだ。モルタルが乾く速度が遺伝子の影響を受けるかどうか私は知らないが、構造化を助ける、つまり建物を効率よく作り上げる仕組みは誰もが工夫できるものだから、そちらを気にしたらどうだろうか。

決められた時間だけ頑張るという「Pomodoroルール」は、モルタルを乾かす時間としても使えるかもしれない。例えば決まった時間が来た後に、リラックスすることが、次の時間に役立つ。

脳みそが疲れていてはいけない。

集中力が途切れるという現象は、脳が疲れたから休みにしようぜと言っているサインだと受け取ることもできる。集中力が切れるという現象が、ただの怠慢、散漫だとは思えない。

 

情報を受容してから「さぁどうするよ?」という作業をするワーキングメモリーは前頭葉にある。

ストレスや感情に凌駕されやすい場所だ。

集中力がない、というのは、感情やストレスのマネジメントができていないからかもしれない。

 

 

ちなみに長期記憶は特に部位が決まっていない。Prior knowledgeと言われているものだ。

どれだけの時間が必要か、次に塗ってもいいのか。

お勉強の話でいえば、基礎ができているのか。応用をやってもいいのか。

みたいな話。

それを確かめるには?

繰り返すこで脳が「これは大事だな」と思ってくれる。Practice Makes Permanent

神経は1日にして成らず。

神経の栄養は、practice。

spaced repetitionという言葉が指し示しているものは、時間をおいて繰り返すことで神経細胞が「お、それ重要じゃん」と判断してくれるというもの。長期記憶になる。

courseでは、長期記憶になる前に記憶が消しとばしてしまうものを、吸血鬼に例えていた。

ニューロンが出てくる様子。成長するんだ!すごい!

「頭の回転がはやい」遺伝子を持つ人は、何もしていないのに記憶してしまうように思える。

けれども、頭の中で色々いじっていると年寄りは思う。

同じホモサピエンスなのだから。魔法は使っていない。魔法のように見えるかもしれないが。

計算機と同じで、効率が良すぎると、魔法に見えるのだ。

 

 

何をするにも、記憶を定着させるにはまとまりが必要。

物語を作るのもその一つ。最初に聞いたときに、数珠繋ぎにしたり、構造のどの位置に入れたら具合がいいのかを考えているに違いない。

practiceには、復習、振り返りも含まれているだろう。

寝ている間にも、脳は「ん?これ今日インプット入ってチャンクもたくさんあるから重要っぽくない?」と言って、リハーサルして強めてくれているらしい。に印象にない部分は消えていく。感情と繋がる記憶が残りやすいのはこのせいだ。

 

 

脳の細胞は死ぬ。

死ぬというよりも、新しい細胞になっていく。

原子レベルで、脳細胞は入れ替わっている。

 

そう考えると、どんどん付け足していったり、思い出したり、何度も出会うこと、新しい状況で同じものに出会うことは、記憶に繋がる。practiceとは、このようなものだ。

 

mini test も使いましょう。

自分なりの「テスト」をするのもいい。単語を覚えるときによくあることだ。

 

なんと、1時間勉強を続けるのと、1時間のテストをするのとでは、「得るもの」がテストをしたときの方が大きいらしい。もちろんインプットしておかなくてはテストしてもしょうがないけれど。

テストによって、不確実なこと、曖昧なこと、理解していないことを明らかにする。

いろんな問題を解くのでもいいだろう。新しい問題を解くたびに「テスト」ができる。

 

忘れぬうちに、まとめて。

モルタルが乾く時間を含めて、どの順序で、どの程度一度にレンガを積み上げれば効率良く建物ができるのかを事前に考えておくことは、「頭の回転が速い」遺伝子がなくともできる工夫だろう。

そういったことを考える遺伝子も存在しているのだろうが。

 

長期記憶に関わるTips

ちなみに長期記憶も変化します。再編成されます。

 

記憶を司ると言われている脳の部位に海馬hippocampus がある。海馬でも毎日神経細胞が成長しているらしい。
海馬がないと、新しい情報を記憶できない(海馬を損傷した人の例がある)。が、記憶自体は脳のあらゆるところに蓄積されている。
海馬って実際に何やっているのかな?記憶の重要度とか?記憶の司令塔のようなものでしょう。
注意。一度マスターした、理解したものに繰り返し取り組むことをoverlearningと言います。これは、例えば運動なら有用かもしれませんが、認知的な課題の場合、時間を無駄にしてしまう可能性があります。「もうこれはやる必要がない」「もうわかっている」ことかどうかを判断できるといいですね。

chunkingチャンキングは意味を作る。transferする(芋づる式)

ある情報が別の情報と結び付けて大きなチャンクにしたら、リアルになるし、意味を持つよね!

という話。

頭の中で「孤立」している情報、意味付けられていない情報ほど、消えていく。

意味のない世界は、頭の中で作られる。

 

 

いい比喩を見つけた。

 

チャンクによって意味を持ったものというのは、例えると、サインカーブが一つだけの純音ではなく、いくつかのサインカーブが組み合わさった、色々な情報を含んだ音、経験される音、リアルな音だということ。

それがさらに組み合わさると、また意味が変わってくる。

豊かになってくる。

リアルさを増していく。

そんなイメージ。

 

マインドマップ、と言えばわかりやすいだろうか。

記憶するとは、あなたが脳みそという記憶装置のエディターの1人になることだ。

 

ちなみに、上の図見ても分かるように、チャンクはtransferする。チャンクの枝が集まっている場所が他のチャンクとチャンクすると、一つのチャンクでたくさんのチャンクと繋がることができる。

芋づる式、というやつです。

例えばdis-という接頭辞の下位チャンクにはdisconfort, disconnect、などがある。このチャンクとcon-,com-という接頭辞をつなげれば、connect, competition, communicateという単語と接頭辞という節(チャンク)を介して対比的な意味の体系が造られるということ。

ゴロで英単語を覚えるのも悪くはないけれど、効率的にはどうだろう。人によってはゴロのほうがモチベ上がるのかもしれません。

言葉にリアリティーを持たせることで、脳はそれを記憶しようとする。

例えば「amosdkfgma」と書かれたものそれ自体、記憶の対象にはなりにくいだろう。記憶を支えるのは、意味だ。

 

ワーキングメモリーが解放されていないケースがある。その場合、脳の使い方を解放されている人と脳の使い方を変えるという戦略があるというお話。

 

チャンキングを視覚化したものが

Concept mapping。まさにマインドマップ。

だが、しかし。マインドマップを書いただけでは、illusion of competenceに陥ってしまう。

頭の中できちんとrecallしましょう。

効率的に脳を使うなら、休憩しましょう。Focused and Diffuse

Focused and Diffuse: Two Modes of Thinking

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Focused and Diffuse: Two Modes of Thinking - Farnam Street
Our brains employ two modes of thinking to tackle any large task: focused and diffuse. Both are equally valuable but serve very different purposes. To do your b...

例えば、同じ時間を使うにしても、ずっと単語帳を眺めていたり、スペルを練習したりする人がいる。一方で、単語帳にあった単語を辞書で引き直して自分が関心を持った表現をメモる人もいる。そして、同じ時間を使うにしても、単語帳を開いていない時間を作っている人がいる。

どういうことか。

いわゆるdiffuse modeとは、空想する、耽る、漂う時間だ。

あれこれ分析したり関連付けたり前頭葉をフル回転させるfocused modeとは裏腹に、リラックスした状態、「あわよくば何か降りてこい」といった状況をdiffuse modeという。アイデアを出す時には必ず必要な大事な時間だ。アルキメデスが風呂に入った逸話の状況だと思ったらいい。

例えばバスの待ち時間に「そういえばなんの単語勉強したっけ」と言って、ふらふらと記憶をたどることもdiffused modeに入れて良いと思う。

常に単語帳と睨めっこ、フラッシュカードと睨めっこ、では得られない体験を、脳は求めている。

Let one’s mind run free.

これは、単にリラックスする時間だと思ってもいい。

というか、リラックスする時間のことだ。意図的に、前頭葉を負荷から開放する時間。

 

前頭葉中心のfocus modeではなく、前頭葉におやすみしてもらって脳全体の長期記憶領域が働く「余地」を作るのが、diffuse mode。ぼんやりと、思い出すrecallするだけでも良い。

 

情報をインプットするのではなく、今入ってきた情報を頭の中でrecallする。

脳にとっては、ちょっとした休憩だし、整理整頓の時間になる。

情報を取り入れ続けているよりも、ずっと効率的であることに気がつくだろう。

 

 

テストは、休み時間?

recallには、いわゆる「テスト」も入るかもしれない。

世の中のひどい学校では、外部模試の過去問を解かせて対策しているという話だが、テスト事態が教材になっているのは悪烈だ。テストの点数を取ることが目的になるのは、本番だけがいい。

害のない、recall思い出すための、自分にとって大事なテストを作るといい。

それは一冊の「演習」問題集であるかもしれない。

それは外部模試であるかもしれない。

それはただ「復習」することかもしれない。

 

遊びのように、思い出しながら、テストしたらいい(実際、試験当日は、真剣に遊ぶ気持ちで挑むといいかもしれない)。余談ではあるが、フローという状態は、既に知っていること、すでに意味付けられているもの、関連付けられているもの、得られているものが最大限に発揮されている状態だという。

ちょっぴり困難なことがあっても、チャンクを辿って全て効率的に、脳みそが躍動する状態。

これを集中している状態というのであれば、集中できないという現象は、脳みそがへたばっているという状態を指し示しているだけなのかもしれない。

 

「もう勘弁してや!」

 

計画的に、2つのmodeを取り入れる。

この図はdiffused modeと focus modeがそれぞれ役割を持っていることを表しています。

 

「もう勘弁してや!」という前に、時間を区切るというpomadoroメソッドの拡大バージョン

 

そう考えると、学校の授業で力を使い果たして家に帰ってから宿題、というのは、荷が重い!?

頭の状態を、一日中、観察してみよう。

計画だ!

 

寝る前には何をしよう?

もしかしたら、寝ている間に脳がrecallしてくれるかも!

 

とある概念を学ぶために10時間を使うなら、場合によっては1日に10時間を使うよりも、10日で1時間ずつ使って理解した方が良いということもある。

ということ。

脳が休む時間を、計画に入れよう。

集中力を高めるノートの取り方、集中力がなくなるノートの取り方

recallを助けるためにメモを取るのもいいだろう。

diffuse modeとfocus modeの二つのノートがあってもいい。

 

ペンで教科書にマーカーを塗っていたら、いつの間にかマーカーだらけになっている、本を読むにしても線ばかりになっている場合、それは役に立っているのだろうか?マーカーをつけることが脳みその役に立っているのか、それとも、ただの気休め、やったつもりになるための儀式だろうか。

逆に情報過多になる原因、脳が疲れる、集中できない、理解できない原因を作っているかもしれない。マーカーを塗った後で、さらに鉛筆でぐりぐりと絵を描くように印をつけるとか、そういう工夫をしたらいいだろう。

 

ノートを取ることに全力になっている人がいる。

理解しながら書いているのかどうか。

ノートを書くだけに脳みそを使っているなら、非効率だろう。

これは遺伝子の影響がかなり出てくるように思う。

聴きながら、理解しながら、手を動かし、書く。

人によってはノートを見ないで、教師の挙動を見ながら、理解しながら、板書をノートに写すことができる。

もし自分には全部を一度にやる遺伝的才能がないと思ったなら、ノートは遺伝的才能がある人に任せて、後で写させてもらうのでもいいだろう。要するに、戦略だ。日本の教育現場では、板書の内容は大抵、教科書や参考書に書かれているし、自分の限られた脳みそのエネルギー、能力をどこに振り分けるかを決めた方が効率的だ。教師の言うことは意味わからないし、ノートも取る意味がないと思ったら、自習をしたっていい。教師の喋る速度、テンポが遅すぎて逆に頭が疲れたりストレスを感じる人もいる。これは遺伝子の影響が大きいように思う。

 

focus modeは時として健康に良くない。

いくらフォーカスしてもどうにもならないこともあるからだ。

悩みに殺されないように、という動画。

「お勉強」も同じで、一度にどれだけやっても、1日やり続けてもどうにもならないこともあることは知っておいた方がいい。

 

時間、大事。

肉体を使う活動をすることで、精神的活動領域を休ませる。

ご飯を食べているときにいい考えが思い浮かぶという話。

get stuck したら、休む。

 

悩んだら寝るのも手!

休む時間を、積極的に計画的に取り入れる!

 

Optional Interview with Keith Devlin from Stanford, the NPR “Math Guy”

Optional Interview with Keith Devlin from Stanford, the NPR "Math Guy" - Procrastination and Memory | Coursera
Video created by Deep Teaching Solutions for the course "Learning How to Learn: Powerful mental tools to help you master tough subjects". In this module, we tal...

 

学問の世界の発見も、個人的な人生に関わる発見も、長い時間それと関わることで、脳が「見つける」ことであって、あなたが「見つける」わけではない、と考えたらどうだろう。

focus modeであなたが「見つけようとする」ことは大事だけれど、それと同じくらい、脳のスピードで、脳のやり方で「見つける」ことを助けるような、自分の脳に優しくする作法の一つに、「時間をかける」ことがあるのだろう。

 

 

部活をした後で、ぶっ倒れて寝る前に、部活では使わなかった部分を使う余力が残っているだろうか。体育の授業の後に気持ちよさそうに授業を受けている生徒と、寝ている生徒がいるのは、負荷がちょうどよかったのか、重すぎたのかの違いだろう。昨日の部活の疲れを癒す時間として授業を睡眠に充てている生徒もいるけれど。。。

「テスト」の点数は80%遺伝で決まるという謎に迫る。

そんなご時世に。

遺伝子で80%決まるとは?

結論としては、「工夫する」遺伝子、「頭の回転が速い」遺伝子、があるようだ、というお話です。

できるやつほど、「効率的に」「試行錯誤」しているという話です。

 

ここに書き留めたいのは、テストの点数、学校の中での成績に影響する脳の機能とは何かということ。

 

例えば。「頭の回転が速い」遺伝子。

学校の中で教わる「言葉」はたくさんある。

これを一つづつ頭の中の構造に入れていき、入れながら新しい構造をつくることができれば良いわけだが。この構造を作るためには「ワーキングメモリー」が使われる。ワーキングメモリーの機能の個人差は凄まじい。特にまだ発達段階にある児童期、小学校3年生以降思春期に入る前には大きな差がある。大人になると差は縮まるが、依然として差は存在する。

この能力は黒板の大きさに例えられる。

いろんな情報を一度に書き出したり取り扱う機能が高いほど、そりゃ結果は変わる。

 

よくある話が、「小学校の時は成績が良かったが、中学校に入ってから悪くなった」もしくは「中学校までは良かったが、高校になったら悪くなった」という話。学校の母集団が変わるから当然そうなるのは高校。特に進学校に入ったら、愕然とする人がいる。

気になるのは小学校から中学校に行った時に、悪くなる人と、続けて良くなる人がいること。

「頭の回転が速い」遺伝子にも強い弱いがあるのだろう。

 

「頭の回転が速い」遺伝子は、「勉強」しなくても構造化がその場でできて記憶される。授業を聞いている時間の中で処理してしまう。といった形質を生み出す。「頭の回転が速い」遺伝子が弱いと、たくさん「勉強」しないと構造化できない。構造化に独自の時間が必要。モルタルが乾く時間がよりたくさん必要といった形質を生み出すと考えたらいいだろうか。

 

シナプスの気持ちになってみたらどうだろうか。一度に覚えても、消える。何度も、間接的にでも、チャンクの一部として思い出されたり、使われたり、知覚されることで、リアルなものとして記憶され、prior knowledgeになる。この消失の時間、生成の時間が「頭の回転が速い」遺伝子と関わりがあるのではないかと、年寄りは思う。

 

「工夫する」遺伝子には恵まれたが、「脳の回転が速い」遺伝子には恵まれなかった人もいる。

 

例えばこういうこともありうる。

とある100個の英単語を暗記しようとする。期間は一週間だ。

ある人は100個覚えたが、次の週には忘れてしまった。

ある人は50個だけ覚えたが、自由英作文でもその単語を使っていた。すなわち長期間忘れることがなかった。

どこまで「繋げたら」使えるのか、使えるレベルにたどり着くようにレンガを積み重ねる。

 

英単語の例えで言うなら、単語帳のつづりと意味だけ覚えて、音や用法に注意を払わない「お勉強」はほとんど役に立たないことを知るといい。目の前にある小テストを除いて。

こういった「工夫する遺伝子」を駆使して「頭の回転が速い」遺伝子の弱さをカバーする人のことを、秀才と呼ぶのかもしれない。

 

あ、もう一つ遺伝子を見つけました。

「挑戦する」遺伝子です。モチベーションのことでしょうか。

deliberate practiceと呼ばれていました。

つまるところ「理解したぜ」と思っている範囲から、comfort zoneから抜け出して、「え?わからないのだけど?どうしよう?」という自分が知らない範囲、難しい範囲に踏み出す実践をすることを厭わない遺伝子を、私は「挑戦する」遺伝子と呼びました。

 

よりチャンクが複雑になって、意味が複雑に、意味が豊かになってくるようです。

複雑さを生きるとは、豊かに生きるということなのでしょうか。

輝かしい遺伝子に対してcompetitiveであるためには、perseveranceが大事だということです。

日本語だと忍耐と呼ばれています。しかし、忍耐、努力するのも遺伝子の影響が大きいようです。どうしたものでしょうか。

Tipsテスト中に混乱したら、呼吸法を使って、脳を鎮めてあげましょう。時間を少しだけかけて、お世話をすること。意図的に、リラックスさせてあげましょう。focus modeになるために!

「工夫する」遺伝子を使おう。

「いわゆる頭の回転の速さ、モルタルが乾く時間が短いこと」が「頭の回転が速い」遺伝子

「自分が理解できていないものに自覚的になり、理解しようと頭を捻る能力」が「工夫する」遺伝子。

 

「工夫する」遺伝子とは?

Einstellung effectというものがある。これは、focus modeで既存の考え方、prior knowledgeが邪魔をして、新しい情報の「理解」を阻んでしまうという現象だ。beliefと言ってもいいかもしれない。Einstellung effectは、理解を阻んでいるものに気づきにくい、集中力がないと自らに言わしめる現象を説明してくれる。

 

例えば「テスト勉強のために一夜漬けする」「ずるをしてでも点数を取る」という考え、勉強に対する態度は、他に考えられる勉強への工夫を考える余地をなくしてしまう。

もっと端的にいえば、小学校で習う分数を間違って理解していたら、中学校で文字式での係数にかかっている分数を計算するのは無理、という話だ。(ん?少し違うかな?)

 

 

モルタルの乾く速さは変えられないかもしれないが、工夫によって構造化、理解を助ける方法は、チャンク以外にもある。

視覚付きで、慣れ親しんだものとつなげる。 metaphor, analogy and visualization

確か、視覚情報が脳の働きのかなりのウェイトを占めていると聞いたことがある。これを利用して脳に記憶してもらう工夫ができる。

 

チャンクに関して記憶のテクニックがあるそうです。

この講座では実際に「自分が慣れ親しんでいる場所に、概念を配置していく」という方法をとっています。
ここのサイトの説明では、https://fs.blog/the-memory-palace/
少し違う言い方です。
The memory palace technique is about changing your memories into imagesplaced in a familiar mental location. The idea is that you can mentally walk through your Palace looking at your memories to recall them.
これは、、、、なんだか・・使えるのか????これは本当にANKIの世界、無意味な繋がり作るんじゃない?人の名前とか、数字の列とかならいいのだろうけれど。
https://www.youtube.com/watch?v=578JJeLN9Kw
一般的に言えば、慣れ親しんでいない概念を、自分が慣れ親しんでいる概念につなげる工夫です。
このテクニックは言って仕舞えば、語呂合わせとか、身近なイメージとつなげることで、不慣れな概念を呼び出しやすくすることでしょうか。
例えば、zombie modeという身近な言葉とそのイメージで、何度となく現れる不死身で好ましくないhabit や 、その習慣が無意識で行われていることを表すことができる。「類似性」「比喩」「近接性」を使うこと。例えばとある人をして「ヒモ」と呼ぶことある。ブラブラとぶら下がって、経済的に援助してもらう生き方のことだ。何かそれらしいイメージを身近なモノ、慣れ親しんだものとつなげる言語生活を豊かにするということだろう。

To begin tapping into your visual memory system, try making a very memorable visual image representing one key item you want to remember.

効率の話で言えば、「何を記憶するか」「どれをチャンクのコアにするか」と言った判断も重要でしょう。「ゾンビ」という言葉が「習慣」という言葉をうまく表していれば、それだけ多くのチャンクをリアルにすることができます。
ちなみに、習慣、癖自体は「効率化」をしたい脳の仕組みです。歩くときにどちらの足を出そうと思ってないですね。
ゾンビの絵に、前頭葉が書かれていない、皮質がないのは、たまたまではないようですね。

大局を見つめるTop down learning

情報のインプットの仕方には、トップダウンとボトムアップがあるという。

チャンキングはボトムアップ。小さな部分をつなげて大きくして、意味を読み取る。繋げて、理解する。

トップダウンは、まず大きな意味をなんとなく捉えること。語学の言葉で言えば、スキミングすること。「こういうこと言いたいのかな」と推測inferenceすること。これはメッセージ、構造をあらかじめ予測しておいて、そこに実際に出てきた言葉を構造化していくようなもの。

「なんとなく」英語が読めてしまう人、「なんとなく」現代文がわかってしまう人が得意な能力かもしれない。

推測した上で、推測しながら情報を構造化する方が効率的なのは明らかだ。

また、一つの項目をoverlearningするのではなく、広い範囲の情報を繋げることで意味が造られることがある。一個つのレンガの上に他のレンガを積み上げても高くならないように、複数のレンガを積み重ねることで構造が生まれる。

「できない」としたら、理解しようとしている範囲が狭すぎて、「できない」のかもしれない。もっと広い範囲に手を伸ばして、チャンクを作るのもいいだろう。

家を建てるためには、ハンマーを使う以外の技術が必要だ、と、例えられます。

テストを受ける前にも、このbig pictureを使うことが奨励されています。

別の糸を織り込むInterleaving

まだあった。

学問領域で言えばinterdisciplinaryと言われているもの。他の領域、遠くの、一見して繋がらないと思われるものと繋がることだ。「思いもよらぬ発見」のようなものかもしれない。

数学だったら「そんな解法あるのかよ!!!」というアレでしょうか。

READ  『中動態の世界』より:スピノザのコナトゥスと「必然的な自由」と権力

私自身、初見で「解法を見つけた」経験が2回あります。覚えている範囲で。

その時、脳はdiffused modeになっていた(ポンと解答が見えた)のが1回、focus modeだった(こねくり回していたらそれっぽいのが出てきた)のが一回です。どちらとも、「繋がるかな?」からは始まって最後には「あ、これ、繋がる!」で終わりました。

こうした発見も、今までに得られたprior knowledgeがなければ生まれてこなかったでしょう。

例えば物理法則。重力場と電磁場の力って同じじゃね?

もはや発見されていて「教わる」ことになっているものを教わったら「なるほど、類似性があるのね」で終わるかもしれない。その意味付け方を、物理以外の分野に使ってもいい。

意味の世界は、メタファーの世界だし、アナロジーの世界だし、相似の世界だし、詩的な世界だと、年寄りは思っている。

 

他者と対話する、discussion

例えば落合さんの「質量への憧憬」って何なのでしょうか。

質量と憧憬という2つの言葉の繋がり方が、初めてこの言葉を聞いた人には理解しにくいかもしれません。質量に憧れる???その文脈を知ることで、この遠く離れているように思える二つの言葉がつながります。

 

おもしろくないですか?

自分の知らないチャンク、繋がりを持った人と話すことが、世界に別用の意味を持たせることがあるというのは、重要な事実です。思考を共有する経験とその価値を、学校で学びたいものです。

ノートの取り方で話したように、自分にとって必要な資源resourceに出会うという「工夫」が、支えになるでしょう。

interleaveには、「すでに慣れ親しんだ問題を続けるだけでなく、不慣れな問題もpracticeする」という意味も込められていそうです。

Interleave your learning by alternating your practice with different types of problems–don’t waste study time by simply repeating the same technique over and over again.

チームで考えることは、diffuse modeを組織することにもなります。

注意散漫procrastinationとモチベーション

もしかしたら、「そのことに時間をかけてよかった」と思えるような経験ができるように仕組むことが、一番最初に工夫したらいいことなのではないかと思った。それほど、動機付けは大事だ。何を自分が「心地よい」と思えるかだ。

外的な理由もありうる。例えば勉強を手伝ってくれる大人や友達が好きで、関係性を保つために勉強しているとき。親と子の間でもありうる。それでは多分、勉強それ自体は「心地よくない」だろう。

年寄りが言いたいのは、例えば、ある外国語を勉強するなら、「勉強した甲斐があった!」と思えるネタをあらかじめ準備しておくということだ。検定試験かもしれないし、海外留学というご褒美かもしれない。勉強し始めたときはやる気に満ち溢れていたけれど、時間と共に「心地よさ」がなくなっていくのは自然なことだ。自然に逆らわなくとも良いと思うけれど。

 

遺伝的に「集中しにくい」「モチベわかない」形質を持った人もいる。

「しょうがない」から、「じゃぁどうしよう」か。この脳の機能をうまく使えないものだろうか。弱いなら弱いなりに。逆に強すぎると、よろしくない。アセチルコリンだらけだと、diffuse modeに入れないし、ドーパミンが多すぎたら麻薬と同じだし。多かれ少なかれ、自分の体質に対して適した戦略、生き方、世界の意味付けをするしかないのだろう。

Neuromodulatorsは神経伝達物質で、分泌されると脳の状態が決まる。

acetylcholineは脳をfocus modeにする。長期記憶を促す。

dopamineは長期的および短期的モチベーション・意思決定に関係する。いわゆる報酬回路の神経伝達物質。麻薬はドーパミンを大量に出し、報酬系をパンパンにして、前頭葉が抗えない状態にしてしまう。

serotonin. 抗うつ剤のプレザックはセロトニンの分泌を促す。セロトニンは、動物実験によれば、社会的地位の低い個体ほど、分泌量が少ないという。ストレス耐性に関わる。

 

それからamygdala扁桃体。

 

 

自分の興味がある分野については恐ろしい理解力を発揮する人がいます。ゲームの世界を見れば「いやいやどうしてそんなことまで覚えているんだよ」ということがよくあります。好きならばこそ。

勉強を好きでやっている人は少ない。勉強が好きなのは点数が取れるからだという人は多い気がする(そしてそういう人が医者になり、患者を苦しめたりする世の中らしい)。

 

学校の勉強は面白くないのが世の中の常らしい。

それをどうやって面白くするかを考えるのが良いのだろう。と、年寄りは思った。

 

習慣を見つめる。注意散漫になるcueを発見する。pomodoroメソッドの真意

一度獲得した習慣が続いてしまうことについては別の記事でも書いたけれど、あえてここでも説明している。合理化をしてしまうことだ。そもそも習慣は、考えるという莫大なコストを避けるための脳のシステム。記憶された習慣を繰り返すことで、別の脳内活動にコストをかけられる(かけている?)

落ち着かない時に髪を触るとか、儀式的な行動をするといった習慣はどうだろう。合理化だろうか。無意識のうちに脳が自分を落ち着けるために、「行動しよう!考えるな!」というメッセージのようだ。というわけで、習慣は習慣でも色々な習慣・癖があることに注意。

何かと何かが結びつけられている。これもチャンクだ。

トリガーが引かれて、脳がとある行動と結びつけ、引き出す。

 

cueのない環境を作る

だから、キューを自覚して、それからキューに対する反応を変えるというやり方が提案されている。キュー自体を無くすという方法もあるだろう(例えばスマホを封印する。それだけしか考えられないような部屋を作るなど)。

図書館に行ってみる、カフェで勉強する、などなど。

productは放っておいて、processに集中する。再びpomadoro

「終わらせなきゃ!」という気持ちでいっぱいだと、効率が下がる。気が散る。productに目がいくとprocessが大事にできなくなる。

「ああもうほんとおわんないわぁ」とか「もうやだなぁ」と思っている時、productに囚われて、効率が落ちている状態であるという。

自発性が問われるのはこのためだろう。

つまり「やりなさい」と言われたら、processに集中できなくなる。「終わらせなきゃ」という義務感でやったら、processはどうでも良くなる。そしてproductだけを見てしまうと、嫌な気持ちになる。「こんだけやらなきゃいけないのか・・・」もちろん、最初はそう思うかもしれないけれど。

散漫になる時のキューが「ああ、やらなきゃダメなんだ」という思考・感情だったら、「いやいや、まぁそれはそうかもしれないけど、今は目の前のタスクに集中しよう」と思えるだろうか。
pomadoroを使って、短い時間でも「正しく時間を使った」自分を褒めてあげてもいい。使えるものは全て使おう。「よし、15分の間は、夢中になってやるぞ!」
課題をしないと学校の先生に怒られる。
恥をかいてしまう。
こういった感情はrewardに繋がる。
productに目がいってしまう習慣を強化する仕組みだ。

 

Rewardに関して。とある本にはこんなことが書いてあった。

「喫煙の習慣を止めるために、喫煙をするたびに、灰皿の匂いをめいいっぱい嗅いで、不快な感情を自分に感じさせるようにした」

負のrewardによって、ニコチン不足というcueに抵抗するactionを動機づけたと言えるだろう。

その本には確かこんなことが書いてあった。

「禁煙します。2度とタバコは吸いません」みたいなことを紙に書いて、知り合いに配っておく。これは、もし破ったら、信用を失う、一貫性のないやつだと思われるというリスクを負わせるためだという。こういった方法が有効な人もいる。

キューに対する別の態度はマインドフルネスと言われる。

どれくらい自分がその習慣を欲しているのか、渇望がどのように体の症状となって現れているのか。どんな気持ちが頭の中でピーチク騒いでいるのかを観察している間に、渇きが止まっている、という寸法だ。感情はそこまで持続しないという前提だ。

 

pomadoro、時間を区切る技術は、キューが「疲れ」であり、リアクションが「休み」であると言える。「疲れ」た時に、非効率的に「いやでももうちょっと頑張ろう」という習慣をなくすために、「休む」というリアクションをすることを促す装置がpomadoroであると言えそうだ。

 

習慣を変えるために知っておくべき4つの要素のうち、一番大事なのはbeliefだという。「習慣は変えられる」「別の方法も試してみよう」といった気持ちが大事だと。

またこんなことも言及されていた。

To avoid procrastination you want to avoid focusing on a product, because thinking about completing a product is frequently what triggers the pain that causes you to procrastinate.

あれ?効率落ちたな。脳が疲れたな。と思ったら。別のタスクをする。

キューが来たら、注意が散漫になったら、別のタスクをするという戦略もある。工夫次第だ。

同様にして、アイデアに詰まったり、「煮詰まった感」があったら、悩まずに新しい別の分野に手をつけたり、今まで学んだことをprior knowledgeを振り返るとか。
煮詰まっても何も出てこない。
2、3分考えて無理だったら、別の場所にいこう。
という思い切りも大事。
人生でも同じく。どうしようもないことがある。
その時は、その問題をちょっと解いておいて、また取り組んでみるという戦略だ。
歳を取ってくると、悩んで解決することはほとんどない、ふとしたことに気がついたり、ポンと出てくることはあっても、悩んだ末に回答を出すことは、ほとんど、いや全く?ないということ。
疑問を持ち続けることは大事だが、疑問に悩まされている時間とエネルギーは、別のものを学ぶことに回した方がいい。
別の言葉にした方がわかりやすいかもしれない。
意図的に、手放す!!!!!
生きる知恵。
逆に、手放さなくても誰かに聞けばはっきりするなら、聞いたらいい。
聞いたらわかるような問題は、解決したらいい。
聞くことが怖い、という気持ちは・・・・

その目標はリアルでわくわくできるものか。

長期的にモチベが「上がる」ような目標、イメージを持っているか。

異性にモテるため!でもいいだろう。

いい会社に入るため!でもいいだろう。

そのイメージの強さ、リアリティーがどれほどかはわからないけれど。

「何それ、面白そう!」というプロジェクトを作ったり、探すのでもいい。

期間を決めて「限られた時間でここまでいけるのか、試してみよう!」と、3ヶ月間に限定して、現地に行った時のことを趣味レーションして集中して語学学習してみるのもいい。

学びを計画するところからワクワクできるなら、最高ではないかと思う。

 

Basically just this idea of he would pick these three month missions for learning languages because that was usually how long he could secure a tourist visa to this place to try to learn as much as possible in three months. But it really struck me how different that was from the regular approach, the regular approach of going and I’m going to just learn this and I don’t really have any concrete goals and I don’t really have any specific motivation, and of course it tapers off and you don’t achieve that much. What I found really helpful is making very concrete projects that are exciting to me.

 

ちなみに、年寄りが通っていた塾の「極めてスマートな先生」は、高校時代、授業中に「先生の間違いを探して指摘する」遊びをしていたらしい。授業というつまらない時間を、ワクワクする時間に変える工夫をした例でしょう。

注意力のない状態、散漫な状態は、dissused modeであると言えるし、focus modeを使いたい時には、うっとおしく感じるかもしれない。4つのスロットの1つがいつも「ライン」のチェックに使われていたら、もったいないと思うだろう。強いイメージを作って、そこに引っ張られる力が「ライン」よりも強くなるように工夫したらどうだろう。

 

年寄りなどは、思いもよらぬチャンクが作られることが面白いと感じていた部類だった。人によって何にワーキングメモリーを割くか、ポリシーが異なるに違いない。

 

ホモサピエンスがpracticeする情熱は、モチベーションは、どこからくるのだろう。

Optional Interview with “Benny the Irish Polyglot” about Learning Languages

言語を学ぶには、情熱がなかったら・・・という話。情熱がなくても言語を覚えてしまう遺伝子に恵まれているかどうかしらん。世界樹の小さな若者たちはお勉強しないでも英語が喋れるようになる。失敗しながら。コミュニケーションしたいからだ。そんな情熱。お勉強に情熱がかけられる人は強い。たとえそれがプライドであったとしても。

ちなみに、目と耳を疑ったが、暗記という言葉はついに英語になったらしい。

ほんとかよ・・・え?日本語の暗記だよね?そうとしか捉えられないコンテクストでした。

調べたら・・・

アジアの言葉がそのまま英語になるというのも面白い現象ですね。

はいもう一つ見つけました。論文のタイトルです。

そのプロジェクトはワクワクするか。同じものを学んでも、学び方が違うとは。

couseraの宿題。コースで学んだことをまとめなさいという宿題。

人によって、色々な振り返り方がある。取り入れるとき、教わるときは一緒かもしれないが、それをrecallしたり、interleaveしたり、practiceしたり、chunkする方法は人によって違う。同じレンガをもらっても、構造化されて出てくる形が異なる。そうすると、世界は面白くなる。

Here are some examples of projects that we’ve found to be exceptional, and which give some great ideas of what can be done (with grateful thanks to LHTL Course Archivist, Cristian Artoni):

VIDEO (CARTOON)

VIDEO (SONG)

VIDEO (personal diary)

PRESENTATION (PREZI)

PRESENTATION

INFOCHART

AUDIO

BLOGS AND WEBSITES

POEM

能力を下げてしまう信念Imposter Syndrome

Imposter Syndromeとは、日本語でインポスター症候群と訳されている。そのまんまかい。imposeとは、日本語で「課す」と訳されている。無理矢理、というニュアンスがある。

自分はできない、だめだ。という自己効力感、肯定感の低さを表す言葉で、日本語のサイトを見ると「実際は能力がある人」つまり「デキる人」が主になると書かれています。けれど、みていくと、「誰でも」なってしまう状態だとわかります。自分の成功は長く続かないだろう、たまたまだった、という結果に対する不安を恒常的に持ってしまう状態を、Imposter Syndromeと呼んでいるようです。不適格者であるような、負い目を感じた状態になり、自分を卑下してしまうようです。

この感情が出てくる経路はどこにあるんだろう。

どこかキーワードは自己肯定感と呼ばれているものにあるような気がする。詳しく調べていないのでわからないけれど。他人の目を気にして生きてきたり、自分の心から選択してこなかった、自分を褒めてこなかった、といった、自己との関わりがネガティブな現象になって出てくるのだろう。

言ってしまえば、強迫観念のようなもので、頭の中に出てくるネガティブな感情の一つだ。その中でも、根拠がない、ただ、「自己と自分の不一致」のメッセージとして出てくる感情を、インポスターと呼んでいる。

そんな気がした。

だからインポスターが来たら、他のネガティブな感情が出てきた時と同じ対処をすればいい。

まずそれが感情(繰り返し流れてくるラジオ)であること、習慣的に出てくるものであることを認める。

それから、「実際、自分と自己が一致していないように感じていることは認めよう。わかったよ」と言って、呼吸と一緒に流してしまう。サパーっと。また出てくるし。流して良い。

が、

インポスター症候群も、サブリミナルなメッセージ。

大切な意味を持った、シグナルであることには間違いない。

 

「学び」に息を吹き込むのは、interest, curiosity

学校で習うことはどうも「自分とは関係ないこと」のように思えるかもしれない。

どれも自分から切り離されて、テストに出るか出ないかが重要であるように思えてしまう。

けれどもそれではプロセスが死んでしまう。

「学び」は自分の世界観を作ることだ、と思って見るのはどうだろう。

学校の「学び」とは別の、自分にとって意味のある、興味が湧く「学び」を大事にする。

何を「学ぶ」のかを選びとっていく。

 

 

有限な時間、心のエネルギー、お金といった資源をどこに使うのか。

学校では「全部」に使うことになっているが、そうでなくても構わない。

まず、自分の興味ある分野、興味ある出来事を、大事にしてみてほしい。

好きな音楽ジャンルがあるように、自分が好きなものから、初めてみたらいい。

 

もし好きなゲームがあるなら、、、

どこの会社が作っているのか、音楽は、ゲームデザインは誰がしているのか。資本はどこから投入されているのか、などなど。その背景を探るでもいいし。

自分の中に「動き」が生じたことに気がついたら、その動きを強めていってみよう。

 

ゲームは、ホモサピエンスの動物的な部分を刺激するから、プレイに夢中になってしまうことはあるのだろうけれど。プレイもいいけど、アクトしてみよう。

テストを受ける前に、しておくべきことリストtest checklist

ちなみに、テストの受け方として、「難しいと思う問題を先に見て、無理だと思ったら素早く簡単な問題に移る」という戦略が良いらしい。hard start, jump to easyと言われていた。
不可解なものを頭の中に残しておいて、ふとした時に「ああ!もしかして!」ということが起きるかもしれない、ということだ。Get stuckしたら、手を引こう。
Get stuckというのは、1分か2分、ということだった。
いかに効率的に、インプットをするか、と考えたら、悩んでいる時間は「インプット」に回した方が良い、のだろう。
これは紙ペラのテストでなくとも言えること。
これはdiffusued modeでないとダメだ。と思ったら、飛ばす。いくらfocusしてもダメだと諦める切り替えが大事。人によっては、目の前の問題に固執してしまう。が、そこがテストの受け方のポイントだという。そして他の問題を解いている間に「あーもしかしてー」みたいな作業を脳がしてくれる、という戦術。
いかにフルにポテンシャルを発揮できるか。
テストは、知識だけでなく、テストを受ける、問題に出会った時にどのようなメタすきるを使っているかも問うている。現実にもありがちなパターンだ。
テストの受け方の別のTipは、後ろから解く、後ろから見直す、というもの。これはbig picture perspective, diffused modeを喚起するのに役立つのだという。
それから、緊張。pre-test stress
呼吸法を身につけておくこと。

test checklist これをしていないなら、結果は望むべくもない!?

  1. If your answer is no, 
READ  いじめの文化とネットの匿名性と主語のない日本の無責任社会

 

まとめ:集中力を高めるためには、自己分析する。実験する。

distraction, 気の迷い、気が散る、散漫さというのは、うまく言えば「常に多方面に気を配っている」動物的に優れた状態とも言えるし、ある意味では「無視すればいいことを無視できない」ホモサピエンスの弱さを表しているようだ。

 

結局、集中するにも色々あって、欲望に満ち溢れた世界で、自分に優しくするための工夫として、「自分を集中させる」実験をするしかない。その実験を誰にも言われることなくやってしまう遺伝子もきっとあるのだろう。集中しにくい遺伝子もあるのだろう(刺激に弱い脳の作りをしていたら、そうなる)。

大事なのは、遺伝子の影響も含め、自分がデフォルトで集中できる分野や範囲をまず認めること。

そして、遺伝的に恵まれている人を羨むのではなくて、生涯をかけて、自分の戦略を作っていくこと。

 

prior knowledgeを持っていても、解釈の世界、意味の世界、構造の作り方、読み取り方は、人によって方向性も深さも広さも違う。「どうしてそれに繋がるの?」けど言われてみれば繋がることもある。

 

学校は、学びの場とは、そういった、自分では得られない繋がりを得る場所ではないかと、年寄りは思った。

 

 

 

BrainFacts

 

multipotentialitesという言葉もあります。他人を妬むことはありません。

 

 

遊び場のあるラットと遊べないラット(七分くらいから)

Interview with Dr. Terrence Sejnowski - What is Learning? | Coursera
Video created by Deep Teaching Solutions for the course "Learning How to Learn: Powerful mental tools to help you master tough subjects". Although living brains...

 

Procrastination 怠慢

How Can I Stop Procrastinating?: Overcoming the Habit of Delaying Important Tasks
Procrastination can damage your potential, your career, and your mood. Use these strategies to overcome it and take back control of your day!

 

目標達成に向かって集中力を上げるために知っておきたい科学『あなたの脳は変えられる』

あなたの脳は変えられる 「やめられない! 」の神経ループから抜け出す方法

似たような

「興味」や「関心」があるから「集中」できる。

本当の集中には「興味」や「探求心」が欠かせない

パーリ語仏典の初期の経典の中に、呼吸のマインドフルネスについて書かれた『アーナパ ーナサティ・スッタ(入出息念経)』がある。この経典は、呼吸への気づきへの指導から始まる。

「つねにマインドフルに(意識しながら)息を吸い、マインドフルに(意識しながら)息を吐 く」

次に「長く息を吸いながら、『私は長く息を吸っている』と知り、あるいは長く息を吐きな がら、『私は長く息を吐いている』と知る」と続く。これが、全身や、喜びや、心など、さま ざまなものについて意識しながらの呼吸へと進んでいく。

多くの指導者は、呼吸のところで指導をやめてしまうように思える。たしかに私自身が教 えられたことも呼吸だったし、呼吸と共にとどまる努力に何年も専念した。

しかし『アーナパーナサティ・スッタ』には、これに続いて「悟りに至るための7つの要素」が書かれている。マインドフルネス(パーリ語でsati)、興味/探究 (dhamma vicaya)、勇 敢な活力(viriya)、歓喜 (piti)、落ち着き/緩和(passaddhi)、集中 (samadhi)、平静 (upekkha) である。

これは重要なリストだが、おそらく、その順番も大切である。ブッダは、再び因果のモデ ルを持ち出す。そして、苦を離れ現在の体験にマインドフルになろうと努力するとき、因果 を理解するための興味が自然に生じてくると論じた。ストレスを軽減し、終わらせるには、た だ、注意を自分の体験に向ければいい。そうすれば結果として、その瞬間に自分がストレス をためているのか減らしているのかを知ろうとする興味が自然に湧いてくる。そこに目を向 けること以外、何もする必要はない。

このプロセスは、良い本を読むのに似ている。読みたければ読みはじめる。良い本なら、読 み進める気になる。マインドフルネスの実践も同じだ。必要なのは苦しみを止めたいと心か ら望むことだけである。それを望んでいなければ、実際にそこから何を得ているかを理解す るまで慎重に自分の行為を見つめたりはしないだろう。本に没入しはじめれば、読み進める 力は自然に湧いてくる。

マインドフルネスの実践もやはり同じで、自分がしていることをもっとよく探ろうと思え ばますます興味が深まり、こう自問できる。 「このことから何を得ているのか。これは苦しみに近づいているのか遠ざかっているのか」

本当に良い本であれば、夢中になって読み続け、気がつけば夜中の3時になっている。い ったん夢中になれば、黙って何時間でも読み続けられるものなのだ。 ここまでくれば、本当に集中しはじめる。これまでの要素を押さえれば、集中は自然に起こってくる。無理に集中する必要はなく、空想や気を散らすものから何かへと集中を戻す必 要もない。これは、かつて私が学んだ集中のしかたとは違うものだった。

注意を払う。心がさまよいだしたら、もとに戻す。それを繰り返す。これについて経典は、 因果を用いることをとくに強調する。Xの条件を作り出せば、Xは自然に生じてくるという わけだ。 「マインドフルネス」と「興味」という2つの木切れを擦り合わせれば火が付き、そこから 7つの要素を5つ進めば自然に「集中」が生まれる。集中を無理強いするのは、誰もが知っ ているように非常に難しい。それは、試験勉強のときでも、フェイスブックのフィードより も面白いと思えない連れ合いの話に耳を傾けようとするときでも同じである。

落ち着けないときに集中するのがどれほど難しいか、私たちはみな知りすぎるほど知って いる。だが、ひとたび集中する方法を学べば、平静な心を生む条件は自然に整う。平静な心 を持っていれば、地下鉄の中で良書を読むことに何の問題もない。どれほど騒音があろうと も動じることはないのだ。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.234)

集中状態を起こす一つの方法ー好奇心

興奮から喜びへの切り替えを始めるには、引き金(ストレス)に注意を向け、行動をして (オープンな好奇心を抱く気づきの状態になる)、報酬(喜び、落ち着き、平静さ)に注意を向ける ことだ。そして、私たち自身が持っている報酬学習のプロセスを使えば、ステップを進める ごとに、より深く集中し、より幸せ(興奮ではないあり方の)になるパターンを習慣づけやす くなっていく。実際、自分の邪魔をするのをやめるなど、適切な条件さえ整えれば、この、 「ある」(状態)というモードにいつでも入れるのがわかってくるだろう。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.237)

興味深いのは、別の熟練者に「呼吸に集中し、とくにマインドフルな呼吸に伴う興味や驚 きや喜びの気持ちに注意を向けてください」と指示したときのことだ。

この被験者のPCCの相対的活動は非常に大きく低下した。そしてその低下は、体験した 「興味や喜びの気持ち」に対応していたのである。たとえ「手足に感じる空気の流れに興味を 抱いた」ときでさえ、それはグラフに表れた(同図のC)。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.239)

「努力」や「意思力」でやめようとするのは間違い 

ここで「努力」などという概念を持ち出したのには理由がある。認知行動療法などの治療法では、行動をコントロールするために認知を用いる。しかし残念なことに、脳の中で意識 的に行動を規制する能力が最も高い前頭前皮質は、ストレスがかかると真っ先に機能を停止 する。前頭前皮質の機能が止まると、私たちは馴染みの習慣的行動に逆戻りする。だからこ そ、私の患者たちが経験したように「呪縛から解かれる」ことが重要なのだ。習慣的行動か ら本当のところ何を得ているのか――それに目を向けることで、私たちはその何かを深いレ ベルで理解し、体得できる。それができれば、タバコに手を伸ばさないよう自分をコントロ ールしたり、無理に努力をしたりする必要はない。

この気づきの状態こそ、マインドフルネスの中心だ。行動にとらわれているとき、何が起 こっているかを明確に見る。すると腹の底から呪縛が解けてくる。そうしているうちに、行 動の結果がより明確に見えるようになり、古い習慣を捨て、新しい習慣を形成できる。

しかし、ここには逆説的な面がある。この変化の中でマインドフルネスが関係するのは、単 に自分の身体や心に起きていることに興味を向け、近づき、関わり合う側面だけにすぎない。 マインドフルネスとは、実は、自分の体験に向き合おうとするこの意思なのである。決して 自分の不快な渇望をできるかぎり早く捨て去ろうと努力する意思のことではない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.76)

昔ながらの「自制心」には個人差があるー頑張れ、では無理

子どものサッカーの練習を見ているときにスマホを取り出してメールをチェックしたいと いう衝動に駆られたとしよう。そのとき頭の中では、例の敬虔な天使の声が響く。 「おわかりでしょう?お子さんを見ていなければいけませんよ」

運転中に着信音が鳴って、誰からのメッセージか気になってしかたがないとき、その声は 「ラジオで聞いた話を覚えていますか。運転中のスマホ操作は飲酒運転より危険だと言ってま したよね」と語りかけてくる。私たちは良い天使に、子どもと仲良くしていられることに、あ るいは高速道路で事故を起こさずにすんだことに感謝する。

天使の言葉に耳を傾けているとき私たちが何をしているか、おわかりだろう。昔ながらの セルフコントロールである。科学者はこれを「認知的制御」と呼ぶ。認知を使って行動を制 御しているわけだ。認知行動療法などの治療法は、この種の制御をうつや依存症などさまざ まな疾患に適用する。

私の親友のエミリーのように、認知的制御のお手本のような人間もいる。エミリーは最初 の子どもの出産後、妊娠前より4キロも太ったという。そこで、5カ月で元の体重に戻すた めには1日の摂取量を何カロリーにしなければならないかを計算し、毎日ただ単純に(エク ササイズ分を調整して)その日に食べる量を限度内に収めていった。するとどうだろう。予定 どおりに元の体重に戻したのだ。2人目の子どものときも同じようにして、今度は2カ月で 7キロ戻した。 「そんなの不公平!」 「私もやったけどダメだった」 こんな叫び声が聞こえてきそうだ。そんな私たちから見れば、エミリーは(ほかの数々の美 点以外にも)セルフコントロールという面で『スタートレック』のミスター・スポックのような心を持っている。つまり、極めて論理的な精神を持ち、物事をきちんと考え抜き、「そんなの無理、できっこない」といった私たちの心にしばしばあふれる感情的な声に惑わされず に実行するのだ。 

ミスター・スポックはカーク船長が何かで感情的になったときに落ち着かせる役割で知られている。カーク船長がエンタープライズ号の舵を危険と思われる方向に切ろうとすると、ミスター・スポックは冷静な表情で船長を見つめ、こう言うのだ。 「船長、それは極めて非論理的です」 エミリーもまた、「でも、お腹が空いてるんだもん」という心の叫びをあっさりと落ち着かせ、次の割当量が許される翌日まで待てるのだろう。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.159)

困難は小分けするー適切な目標を立てる

修養会がはじまって2日もすると、私は消耗しきってどうにもならなくなっていた。モーガンの肩にすがって泣きながら、「とてもできない」「難しすぎる」と言葉を絞りだした。こ うしたことに慣れているグナラタナ師は私と個人面談をして、「まずは呼吸を7まで数えると ころから始めなさい」と教えてくれた。そうすれば心の平静を保つ助けになるからと。(『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.223)

マインドフルネスな集中状態『マインドフルネスストレス低減法』

忍耐は知恵

マインドフルネスストレス低減法

忍耐というのは知恵の一つです。私たちは、自然の時の経過を理解し、受け入れなければならない場合もあります。よく子供は、早く蝶になるようにと思って、さなぎをこじ開けようとします。しかし、無理にこじ開けても、早く蝶になるわけではありません。大人は、蝶が必要な一定の時間を経たときに、初めてさなぎから出てくることを知っています。そのプロセスは、人の手ではやめることはできないのです。

これと同じように、注意集中力を養う場合も、自分の心や体に対する忍耐力が必要なのです。心 の中でいつも評価をくだしている自分に気づいたからといって、あるいは自分が緊張したり、動揺5 したり、恐れをいだいているからといって、あせらないようにしてください。ひたすらトレーニン グを続けているのになんの効果も現れないからといって、やきもきしてはいけません。そういうときは、自分に、そういう体験をする余裕を与えてあげてください。 

それはなんのためでしょう? それは、いくらあせったところで、そういう思いは避けて通れな いからです。緊張しているという思いがわきあがってきたら、それも現実なのです。そういう思い も、その瞬間に存在しているあなたの一部なのです。ですから、蝶のさなぎを扱うのと同じように、自分を扱ってください。すこしはましになっているかもしれないと思って、次の瞬間、その次の瞬間とあせったところで、どの瞬間もあなたの人生であることに変わりはないのです。 

今の自分に意識を向けてみると、自分の心がいつのまにか勝手に動き回っていることに気がつく はずです。1章でもふれたように、私たちの心は過去や未来をあれこれと思いめぐらすのが好きなのです。

忍耐は、とりわけ心が揺れ動いているときに威力を発揮します。忍耐は、心とは勝手にさ迷い歩くものということを受け入れる必要はあるものの、その動きにいちいちつきあう必要はない、と いうことを教えてくれます。忍耐を養うトレーニングは、何か行動したり、考えたりしても、瞬間がより豊かなものになるわけではない”ということを教えてくれます。それどころか、まったく 逆だということがわかります。

忍耐づよいということは、一つひとつの瞬間に対して完全に開かれている。ということです。 それは、さなぎから出てくる蝶と同じように、ものごとにはそれなりの時間の経過が必要だという ことをよく理解し、すべてを受け入れる、ということなのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.58)

自分を信じる。自分の感じ方を大事にする。

自分自身や自分の感じ方を信じるという姿勢は、瞑想にとって、とても大切なことです。ことごとく自分以外のものに指針を求めたりするより、自分の直感や判断を信じるほうがはるかにましです。何かに対して正しくないと感じたときは、その自分の感じを尊重してください。専門家やほか の人たちの意見とは違うからといって、自分のほうがまちがっていると決めつけることはありません。瞑想では、あらゆる点で自分の基本的な判断を信じる姿勢が大切になってきます。ヨーガを行う場合は特にそれが必要です。ヨーガのある種のストレッチをしていると、体が「ここでやめたほうがいい」とか、「もう一度戻したほうがいい」などと教えてくれます。この感じを尊重するのです。もし、これを無視すると、体に無理がかかって、体を壊すことになってしまいます。 

瞑想にとり組む人の中には、先生の考え方を頭から信じこみ、自分の直感や感じを無視する人がいます。彼らは、先生を自分よりずっと経験を積んだ人間だと信じ、先生を最高のモデルとして尊敬しているため、先生のやり方をまねて、逆らわずに言われたとおりにやろうとします。こういう態度は、実は、瞑想の心構えとはまったく相反しているものなのです。瞑想を行ううえでは、あなたがほかの誰でもない、あなた自身であること、そして、それがどういう意味をもっているのかを理解する、ということが必要なのです。まねをしている限り、誰を師としてもまちがった方向に進んでしまうことになります。 

あなたは、誰かのようになることはできません。人は、より自分らしくなる、ことしかできないのです。そして、瞑想というのは、より自分に近づくために行うものなのです。先生や本は、道 案内や道しるべの役目しかはたせません。自分以外のものから学びとろうとする姿勢は大事ですが、最終的に、あなたの人生の瞬間瞬間を生きるのは、あなた自身なのです。注意集中力を養うトレーニングをとおして、自分自身であることに責任をもち、自分の中の声に耳を傾け、自分という存在を信じる、ということを学んでいかなければなりません。そして、自分が信じられるようになればなるほど、ほかの人への信頼感も生まれ、ほかの人の良さも見えてくるようになるのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.60)

むやみに努力しないこと:焦らない。

こういう努力しようとする態度は、注意集中力を養ううえでは妨げになります。「マインドフル ネス瞑想法」というのは、何が起きていようと、起きていることすべてに注意を集中するというこ とです。緊張しているのなら、緊張していることに注意を向け、痛みがあるのなら、痛みと共に存 在しようとすることです。自分をああだこうだと評価しているとしたら、評価している心の動きを 観察してください。ただ、観察するのです。瞬間瞬間の体験は、それがどんなものであっても、受 け入れようとしなければなりません。どんな内容のものであっても、感じたり考えたりした以上、 その考えは、そのときすでにそこに存在しているからです。

主治医の判断でこのストレス・クリニックに送られてくる患者たちは、必ずなんらかの問題をか かえています。私たちは、まず彼らに、このプログラムを行うことで達成したいと思っているゴ ルを三つあげるように言います。そして次に、これから八週間のあいだに各自があげた三つのゴー ルを達成しようと努力しないように、と言い聞かせます。そう言うと、びっくりする人もたくさん います。そこで、私たちは特に、血圧を下げるとか、痛みや不安をとり除くというゴールをあげた 人には、血圧を下げようとか、痛みをなくそうとはせずに、瞑想法の指示に従い、ひたすら今の状 態を受け入れるように、と指導するのです。

やってみればおわかりになることですが、瞑想の場合、ゴールに到達するための一番良い方法 は、結果を急いでむやみに努力しようとしたりしないで、瞬間瞬間の事柄に注意を集中し、受けいれる、ということなのです。忍耐づよく規則正しくとり組んでさえいれば、ゴールはおのずと近づ いてきます。そして、おのずと近づいていく力は、あなたの中から生まれてくるのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.62)

成果を期待しないと、成長する。

瞑想でなんらかの成果をあげたいと思うなら、何かを得ようと期待 するのではなく、瞑想すること自体を目的として励むのが最良の方法なのです。ストレス・クリ ニックの患者たちは、みんな、なんらかの助けを必要とするような深刻な問題をかかえています。 しかし、私たちは、彼らに「瞑想に何かの成果を期待するなら、期待感や目標やここへきた理由などは忘れて、毎日、ただひたすら、練習に没頭することです」と言い聞かせています。 

ここで、瞑想の効果とはどのようなものなのかを逆説的に考えてみましょう。

患者たちは、何か良いことが起こるのではないかと期待してやって来ます。ところが、ここでは 「何かに到達したいというような目的意識は捨てて、トレーニングを行うように」と言われます。 その代わりに、「自分が今いる瞬間を受け入れ、精いっぱい生きるように」と励まされます。また、 自分がやっていることについて、八週間のプログラムのあいだは評価をくださないように」、そして、「終了したときに評価をくだすのに意味があると思うならかまわない」と、アドバイスを受けます。

そこで、それぞれの目標や期待をもってやって来た患者たちは、~強制しない、~ありのままの自分を受け入れる」というトレーニングを始めることになります。そして、ひたすらそうすることで成功とか失敗といった世俗的な基準や、こう感じるはずだという期待感などを捨てることになります。そして、ゼロから出発することで、新しい見方や感じ方を開拓することができるようになるのです。瞑想の場合は、何かの目標をめざして励んでも、”今”という瞬間の現実を十分に意識し理解しようとしない限り、変化や成長や治癒力の育成は望めないのです。 

「今とは違う何かが欲しい」という気持ちは、ただの希望でしかありません。希望だけでは本当の意味での変化をもたらすことはできません。そのあげく、自分の望む何かが手に入らなかったときや、「こんなはずではなかった」と思ったときには、「失敗だった」という思いが浮かんでくるのです。そして、すっかり落ちこみ、なんの希望もなくなって、原因を自分以外のせいにして、あきらめてしまうことになります。つまり、本当の変化は決してやってこないということになるのです。

瞑想とはこういうものではありません。どんなに痛みがあっても、どんなにこわくても、どんなにつらい状況でも、ひたすらその現実を受け入れることによって、変化や成長や癒しがもたらされるのです。第川部でお話するように、新しい可能性というものは、現在という瞬間の現実の中に含まれているのです。新しい可能性を引きだすためには、現在を精いっぱい生きるしかないのです。 (『マインドフルネスストレス低減法』J.カバトッジン p.135)

「集中」している状態としてのフロー(新しいスキルを身につけるのではない)『あなたの脳は変えられる』

フローには、いくつかの要素が挙げられる。

・現在の瞬間に焦点化し、現在の瞬間に基礎付けられた集中

・活動と意識の融合

・内省的な自意識(自己評価など)の消失

・「練習」が身体化された知識となっているため、その状況で何が起ころうとも対処できる という感覚

・時間の主観的体験が変容し、「現在」が次々と展開していく

活動が本質的に報酬的なものとして経験される。

(『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.267)

「集中できる課題」でなければ、「集中」できない

フローの状態に入り、それを維持するために必要な条件が何かについては、何十年も前か ら研究者の間で議論が続いている。しかし、統制された環境下で確実にこの状態を再現する

方法について、一致した見解は得られていない。脳のどの領域の活性化(あるいは非活性化) が関わっているか、どの神経伝達物質が関係しているかについても意見は分かれたままであ る。研究室の実験で、命を危険にさらすような条件を作るわけにもいかない。

では、フローを導く(あまり危険ではない)条件について、手がかりはないのだろうか。チ クセントミハイは、課題の難しさと人間のスキルとのバランスが必要だと強調している。い ったいどういう意味だろう。マウンテンバイクで走るようになってからこのバランスの問題 を考えたとき、彼が言っていたことがわかりはじめた。 「平原を楽々と走っているとき、心はおしゃべりをはじめやすい。翻って自分の技量を上回 るコースに挑んでいるときは、ころんだり、頻繁に立ち止まったりする(そして自分にいら立 つ)。しかし、退屈しない程度に難しく、それでいて難しすぎない原野を走っているときは申 し分のない条件が整い、フローに入り込みやすい

脳の観点から見ると、バランスというこの考え方は自己関連づけネットワークについての 私たちの知見と合致する。DMNは課題に集中しているときには鎮まり、退屈しそうな状況 では活動する。また、自己評価など、自分に関わることを考えるときもやはり活性化する。言 うまでもなく、瞑想中のDMNの動きはとても穏やかである。DMNの沈静化はチクセント ミハイが言うところの「内省的自意識の消失」に対応していると思われる。

これに関連して言うと、フローのほかの多くの要素も、瞑想の諸側面と驚くほど似ている。 現在の瞬間に焦点化し、そこに基礎付いていること、「現在」が次々と展開していく主観的体験、本質的に報酬的であることなどである。

本書を通じて探究してきたように、これらの説明は瞑想にも当てはまる。正式な瞑想でも、 単に日々の生活をマインドフルに過ごすことでも同じである。自分の邪魔をするのをやめ、暮 らしの中で一時的にフローに入るのは、とても気持ちのいいものだ。チクセントミハイがフ ローに入る訓練の1つとして瞑想に言及しているのも驚くにあたらない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.)

フローは、全身全霊で味わう体験(その課題は味わえるものか・おいしいか)

パーリ語仏典では、瞑想中の集中に必要な条件として喜びを挙げている。第7章で紹介し たように、悟りに至るための要素の4番目が歓喜だった。それが集中を導く条件であり、最終的に平静に至る。

好奇心と同様、喜びも縮こまった性質のものではなく、開放的なものである。第8章で触 れた例の「怒り」の修養会で、私は一点に集中する条件を整えようと練習していた。この種 の瞑想の「レシピ」として私が学んだものの中に5つの「原材料」があった。そのレシピで は、次の材料を混ぜ合わせると集中力が高まるとされる。

・心を対象に向ける(喚起、適用)

・心をその対象にとどめる(維持、延伸)

・その対象に面白みを見出し、感じる(喜び)

・その対象に満足する(幸福)

・心と対象を一体化する(固定)

私は修養会の間にこれらの条件を繰り返し混ぜ合わせ、一点への集中を続ける時間を延ば していった。すると集中力は高まっていった。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.273)

「集中しよう」と思っても、集中できない理由(「自分語り」の回路が働く)

チクセントミハイは著書『フロー体験入門』(邦訳 大森弘訳、世界思想社刊)の中で「原理 的に、人が自力でマスターできるスキルや訓練は何であれ(フローの)役に立つ。心からそ の気になれば、瞑想や祈りでもいい」と書いている。しかし、フローの条件を整える部分に ついては、その活動への意欲や姿勢を強調する。 「しかし、重要なのはその訓練に向かう態度である。神聖な気持ちになるために祈ったり、胸 筋をつけるためにエクササイズをしたり、知識を得るために学んだりした場合、恩恵の大部 分は失われてしまう。大切なのは、活動そのものを楽しむことだ。結果は問題ではなく、自 分の注意に対するコントロールを身につけることが肝心だとわきまえておくことが重要である。

チクセントミハイはこのように、活動への態度に目を向けた。これがどういうことかを解釈する1つの方法として、態度がフローの要素にどう影響するかを見てみよう。

たとえば、何か素晴らしい状態になるために、あるいは「神聖な気持ちになる」ために瞑想をするとしよう。この場合、暗黙のうちに「自己関連づけ」(自己へのとらわれ)が目的に 入っている。自己が力んで縮こまり、経験にしがみついているとき、「私」は「私の経験」か ら離れている。その時点で両者は一体化しない。つまり、「私」が「私の自転車」に乗ってい る状態になってしまうのだ。

現在の中で展開していくある種の自己超越的体験は、自己がそこに存在しないがゆえに、説 明ができない。別の言い方をするなら、フローに至るべく努力すればするほど、興奮の力み が私たちをフローから引き戻し、私たちの中の「私」が邪魔をするのである。

活動への態度と、それがフローにどう影響するかを確認するには、心配や自信のなさに目 を向けてみるのも1つの方法である。マウンテンバイクで山下りをしているとき、転倒の心 配をするとよけい転倒しやすい。 『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の中で、ヨーダがルークにジェダイの訓練を施す場面で は、まさにこの点が指摘されている。ルークのXウイングが墜落し、沼に沈んでいる。ルー クは訓練の一環として、この機体を「フォース」で持ち上げようとする。彼は懸命にがんば るが、なかなかうまくいかない。そこでルークがヨーダにできないと訴えると、ヨーダはし ゃにむにがんばるのとは違うやり方を示唆するのだ。

ヨーダ「学んだことを忘れるんじゃ」

ルーク「わかった。やってみるよ」

ヨーダ「違う! やってみる、ではいかん! やるか、やらんかじゃ。試しなどない」

ヨーダは、心配や疑いといった自滅的な態度が邪魔をすると指摘している。そうした態度 は結局のところ、やはり「自己へのとらわれ」にほかならない。自分のスキルでできる範囲 にある課題ならば、できるかできないかを疑ったり心配したりしなければ、できるのである。 自意識はおまけにすぎない。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.275)

フローは熟達したスキルを楽しんで使っている時にやってくる

ワシントン大学の医学部へと進んでも、私はチクセントミハイが言う「楽しめる行為をしているときの名状しがたい体験」の喜びを手放す気にならず、セミプロのカルテットで演奏 を続けた。「フォルツァ・カルテット」(フォルツァはイタリア語で「がんばれ」)と名付けたそ のグループのメンバーは全員、音楽に頼って生計を立てていたわけではなかった。私たちは ただ、音楽の練習と演奏それ自体を愛していた。 

フローを生じさせるためには、スキルを身につけること、この例で言えば、音楽の演奏に 熟達することが欠かせない。さらに楽曲をマスターしなければならず、その際、どう練習す るかが決定的に重要になる。たとえば、バイオリンで音階だけをだらだらと、ときに音をい くつか外しながら練習するようなら、まったく練習しないほうがましだ。なぜなら、それは音を外すように練習していることになるからだ。 

瞑想でもケーキ作りでも、正しい材料を混ぜ合わせなければいけない。それと同じで、音 楽も練習の質が演奏時にフローに入れるかどうかに大きく影響する。上質な練習をすれば、良い結果が得られる可能性はぐっと高まる。 (『あなたの脳は変えられる』ジェドソン・ブルワー p.280)

 

朝の時間を大事にする(睡眠時間はもちろん、必要ですよ)

残酷すぎる成功法則

朝の時間が重要なことには、もう一つ理由がある。朝は、あなたが最 も生産的な時間帯だからだ。本書に何度か登場しているダン・アリエ リーと話したとき、彼は次のように語ってくれた。

「大半の人は、午前中最初の二時間が生産的だと調査でわかった。起きた直後ではなく、あなたが七時に起きたとすると、だいたい八時から一 〇時半ごろまでが最も生産的な時間になる」

疲れていたり、不機嫌に過ごしたりして、この黄金の時間帯を台なし にしないように。

また、こうも考えられる。睡眠不足な状態での三時間と、活力がみな ぎり、楽観的で、没頭できる一時間なら、仕事がはかどるのはどっちだ ろう? 疲れ切っていて、不機嫌で、注意散漫な状態での一〇時間は、〝完全に集中してノッている状態〟での三時間より、生産性がはるかに 劣るかもしれない。というわけで、仕事の時間数より、あなたがベストな状態で取り組めることに重点をおくのはどうだろう?

(『残酷すぎる成功法則』エリック・パーカー)

昼寝もよい

地球では一日に一度、太陽が上る。それと同じ二四時間に、宇宙飛行士は日の出を一二回も経験する。そこで、NASAは睡眠に関して、膨大な実験をしなければならなかった。もし彼らが疲れて職務を正しく遂行できないと、命にかかわるからだ。NASAは、「疲労対策プログラム」を開発した。それは、莫大な予算規模の政府機関が「昼寝」と呼ぶものだった。

NASAの研究により、昼寝が飛行士の活力をよみがえらせることがわかったのだ。

「研究結果は、フライト中に計画的に設けられた四〇分の仮眠が、長期任務における宇宙飛行士たちの仕事ぶりと生理的覚醒を顕著に改善することを証明した」 

睡眠不足の状態では、不機嫌になりやすいことはすでに述べた。とこ ろがありがたいことに、九〇分の仮眠を取ると、その状態をリセットできる。昼寝は、脳の嫌なことに対する過剰反応を鎮めるだけでなく、善いことに対する反応を高めてくれる。

メタスキルとは?|大学受験、高校受験、勉強法で困っている人へ

メタスキルは「自分自身に問う」チカラ。

かつて書いた記事です。ここに移動した方がいいかと思って移動しました。

 

メタスキルの一つとして、「つなげる」ということがある。

 

今日ふと「口八丁」という言葉が頭をよぎった。

 

『八丁って何だ』?

 

という疑問をもつことが、このメタスキルのはじまりだ。

 

丁って、豆腐のことかな。。

 

丁って、一丁目とか三丁目のことかな・・・

 

そうやって考えいったものは、本当に使える知識として、残されます。

 

『八百屋っていうだろ?八は数えられない、無限の意味があるんだよ』

 

とさらに広げてくれる先生もいるでしょう。

 

メタスキルを学べる先生は、メタスキルをもって学んでいます。

 

それを「雑談」「余談」として、余興として喋るか、メタスキルを学ぶ機会として生徒に話すかで、生徒の学びが変わります。

 

自分自身に問いかけられるようになる、というのは、実は大切な学びのエネルギーなのです。

メタスキルは脳細胞が喜ぶ。だから身につく。

 

脳の細胞の数は生まれてから変わらない、シナプスが繋がって繋がっていって、その分だけ重量が増える。

 

そうして言葉と言葉が広がって、ネットワークができる。

 

そうすると、次に出てきた新しい言葉は、そのどこかのネットワークとつながる。

 

それが本当に使える知識であり、記述でもマークでも、どんな聞かれ方をしても答えられるチカラになる。

 

これは国語でも、社会でも、理科でも、数学でも、英語でも同じだ。

 

英単語、古文単語なんてまさにこれだ。

 

世界史や日本史、地理も、たくさん用語を暗記する人がいるが、成績につながらない、身につかないのは、暗記型の勉強をしているからだ。メタスキルが伸びていないから、すぐにわすれる。

 

ちゃんと繋げるまで、細胞と細胞がつながるまで、時間をかけなくてはいけない。

 

このメタスキルが身につけば、爆発的に、成長する。

 

脳細胞も、木の根っこも、繋がることで、成長します。

デキる人とできない人の違い

子どもの神経系が爆発的に成長するのはいつか知っていますか。

 

小学校のころまでに爆発的に増え、それ以降はあまり成長しません。それくらい、小学校の時に、成長するのです。

 

同じ課題をしていても成績が伸びる人はメタスキルをもっているといいました。

 

小学校から学んでいるこのチカラを、受験勉強に応用しているのです。

 

このメタスキルをもっているのに、使えない人もいます。

 

課題がいやでいやで、仕方がなくて使えない人も、いるとおもいます。

 

だから

課題に追われていたら、このメタスキルは伸びない?

大切なことは、疑問に持ったことを考える時間、疑問自体をもつ余裕がなければ、メタスキルは育たないということだ。

 

「ああ、早くこの課題終わらせないと!」

 

といっている人が、疑問を持ったり、疑問に思ったことを持ち続けて、ある時ふとそれがつなげることができるだろうか。

 

学ぶということは、それだけ本人の気持ち、心次第だということです。

 

誰かにやらされる課題をこなしていては、メタスキルは伸びません。

 

期限までに終わらせる目標をつくるとしたら、本人が十分に時間をかけられる量にしましょう。

 

その課題の「やり方」はもちろん、メタスキルを伸ばすやり方でないと、ダメですが。。。

 

予習をしてもメタスキル伸びませんよ(元々持っている人だけに意味がある勉強法です)

メタスキルを学ぶには?

メタスキルは学ぶことができます。

学び方は2つあります。

  • 行為を続けながら、自分で気がつくまで待つ。
  • メタスキルを持った人から学ぶ。

学校や大手の予備校が期待するのは前者です。

修行僧と同じやり方、素振りを繰り返しながら、自分で気付け!です。

「みんなでいっしょに」やりますから、ひとりひとりへの言葉はありません。

もちろん、誰にも言われずに気が付ける人もいます。

センスをもった人です。

 

個別指導などで先生がひとりひとりに教えてくれるタイプは後者です。

ですが多くの先生は「術」に長けていても「道」を知りません。

多くの先生も暗記という「術」を学んできたからです。

だからメタスキルを誰かから学びたいのであれば、「イイ先生」と出会うしかありません。

あなたをちゃんとみて、言葉をくれる人があなたの先生です。

いろんな塾にいって、いろんな先生と会ってみてください。

もしかしたら、お父さんやお母さん、友達からメタスキルを学べている人も、いるかもしれません。

その人が、あなたにとっての、先生です。塾に行かなくてもイイのです。

ただそのメタスキルが、勉強に使えるかどうかは、わかりません。。。

まずはあなたの心をちゃんとあなたが、感じてあげることが、大切だとおもいます。

メタスキルをもう少し抽象的に説明してみます。

メタスキルとは「道」をゆくチカラのこと

武士道という言葉があります。

武士道では勤勉さとか誠実さといった価値が決められています。

武士道とは「武士として、こうすることが、よいことだ」という行いをするための道です。

この道をたどるためのエネルギーも、心です。

 

実は「武士道」という言葉は最近できた言葉です。

最近と言っても、江戸時代から明治にかけてですが。(時代によっても武士道の意味は変わってきます)

誠実であり、勤勉であることが、最近使っている「武士道」の意味です。

明治に入ってから武士の振る舞いを規定するために作られた言葉だと思ってください。

つまり「武士道」は道徳規範、倫理規範です。

 

けど、「武道」を進めたからといって、「武術」に長けることができるとは限りません。

もちろん武道を進む人は毎日稽古をします。

けれどもそれで実際の戦場で戦うチカラになるとは限りません。

実践的なチカラを教えてくれるのは「兵法」であり、「術」です。

だから戦国時代の「武士道」は「手段を選ばず命を惜しまず」でした。

 

人によって、時代によって、言葉の意味は変わります。

受験勉強はあなたにとって「道」ですか?

 

さて、ここでアリストテレスのような分類オタクになってみましょう。

言葉を整理してみる、ということです。

ソクラテスに倣って、あなたに問いかけます。あなたが、考えてみてください。

 

  • 学校の課題をすることは私にとってどんな「道」なんだろう。
  • 学校の課題をすることは私にとって「術」を鍛えていることになるんだろうか。
  • 塾や予備校でやっていることが「術」だとして、今私はどんな「道」を進んでいるんだろう

あなたの「受験道」が何なのか、それが心のある場所と繋がっているのであれば、あなたはその道をすすんでいってよいのです。

「道」と「術」が一致することで、結果がでます。そこが難関大合格でなくても、いいのです。

そのように、otonone-オトノネ-は考えています。

 

受験道って、修験道みたいですね。

グンデルを使って、基礎、メタスキルが何か説明していますが、言葉だけでは(動画を見て説明を聴いても)理解できないでしょう。グンデルを練習する目的、どうしてグンデルが弾きたいのか、目標に合わせて練習内容が決まるという話です。気になる人は見てみてください。勉強も音楽も、全て同じです。心がないと、ただの作業になります。

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