【能動的な身体の使用がなければ思考は内面化されない】白石正久さんの「発達観」概説

本の紹介 「ひと」の発達 発達障害

白石正久さんの「発達観」

『障害の重い子どもの発達診断』

 

『発達相談室の窓から』

発達は、子どもの願いからはじまる

子どもたちは、それぞれの年齢で輝いているからこそ、「なにごとも不思議と思う心」をもち、その好奇心によって、たくさんのことを学んでいきます。そして、それぞれの年齢で新しいことに挑戦したい発達への願いをもち、それを実現することによって、一歩一歩新しい自分を築いていくのです。

つまり、発達は子どもの願いからはじまります。子どもが「○○ができるようになりたい」と願うからこそ、今は可能性でしかないその願いが、やがて現実のものになるのです。 この「発達は子どもの願いからはじまる」というなにげないことばには、浅くない意味が 込められています。それは、発達の原動力、エネルギーは、どこから生まれるのかという発達の原動力 問いへの答えでもあるからです。(『子どものねがい・子どものなやみ』p.9)

 

この時期(4ヶ月)になってもなかなか自分で哺乳ビンを持とうとしない子どもたちや、寝返りに 挑戦しない子どもたちのことで、保母さんから相談を受けることがあります。その原因は、確かではありません。しかし、快の世界を求める外界への意欲(願い)の高まりと、そこで生まれた矛盾を力強くのりこえることが、少し中途半端なまま通りすぎてきた可能性があります。いいかえれば「大好きなおかあさんや保母さんの顔が見たい、でも見られない」、 「ガラガラを取りたい、でも取れない」などという正面の世界への願いを強く育て、そこで生まれた矛盾をじっくりのりこえていくことは、新しい主人公に生まれかわるために、不可欠な道すじだと思えるのです。(『子どものねがい・子どものなやみ』p.25)

発達とは矛盾をのりこえること

発達の学習は、子どもの願いを理解することからはじまりますが、それで終わるのではありません。子どもは、「○○ができるようになりたい」と願っても、今の自分の力では「できない」現実に、ぶつかることでしょう。発達への願いのあるところに、必ず、発達への悩みが生まれるのです。

私たちもそうです。前を向いて、いい仕事がしたいと願えば願うほど、自分の現実を知 り、悲しくなったり、できない自分にイライラします。しかし、この「○○したい、でも いまの自分ではできない」という発達への願いと現実の自分とのへだたりを解決していくことなしに、新しい自分をつくりあげていくことはできないのです。

このような子どもの心のなかの世界に入ろうとすることこそ、保育や教育のしごとをするものの、いちばんたいせつな姿勢だと思います。たとえば、旧ソビエトの心理学者であったルビィンシュテインは、「教師が、子どもの行為や振る舞いの内面のなかに入り込むこと、子どもの前に立てられている課題にたいするその子どもの行為の動機のなか、彼の内面的態度のなかに入りこむことができないでいるなら、その教師の仕事ぶりは、根本的にみて、なにもみえていない。その教師は、自分がはたらきかけなければならない子どものことも、自分自身の教育的なはたらきかけがもたらす結果のことも、同じくわかっていないのである」と述べています。本当にその通りだと思います。

発達の願いと現実の自分とのへだたりは、子どもの心に生まれた矛盾と呼んでよいでしょう。その矛盾を子どもが認識したとき、それは子どもの悩み、葛藤となってあらわれるのです。子どもたちは、悩みつつもこの矛盾に立ち向かうことをやめないでしょう。その勇気はすばらしいと思います。矛盾をもち、前向きに葛藤している存在として子どもたちを見つめてみましょう。(『子どものねがい・子どものなやみ』p.11)

矛盾を乗り越えながら、「心のバネ」を強くする

心のなかの矛盾をのりこえることによって、「自分もまんざら捨てたものではない」と いう自分への信頼が子どもに生まれます。その信頼が、もっと新しいことにも挑戦してみ たい、という願いを育てることでしょう。そして、その信頼は、新しい矛盾をのりこえるエネルギーにもなっていくはずです。自分の力で矛盾をのりこえたことが、新しい自分を築くための「心のバネ」をつくることになるのです。

たとえば子どもたちは、這い這いができるようになるまえに、何度も腹這い姿勢のまま、 手足でからだを支え、屈伸運動をくりかえします。スプーンが使えるようになるまえに、 手に持ったスプーンを打ちつけ、うれしい顔を見せます。ことばが話せるようになるまえ に、あまり意味のない喃語をたくさん話してうれしそうです。それは新しい可能性をもち はじめている自分の力を、心地よく楽しんでいる姿です。きっと、矛盾をのりこえた喜びに満たされ、「心のバネ」がつくられているのでしょう。この「心のバネ」での跳躍を豊 かに広げることが、やがて這い這いやスプーンやことばという新しい力に挑戦するための「心のバネ」にもなるのです。この何度も同じことをくりかえして、いっけん変わりばえ のしないときが、実は次の飛躍を準備するたいせつなときなのです。(『子どものねがい・子どものなやみ』p.15)

 

 「できること」「できないこと」「したいこと」の「ズレ」

発達の道すじでは、ある力が先行し、他の力がそれに続くような「ずれ」があります。指導には、まず先行する力にはたらきかけることによって、後に続く力を導き出し、ふたつの力を結びつけていく工夫が必要です。これは誘導的なはたらきかけといっ てもいいでしょう。 後に続く力が追いついてきて、それが発達を先導する力になるように、しだいに指導の方法を切り替えていくのです。(『子どものねがい・子どものなやみ』p.23)

子どもが発達するには「間」が大事

発達の過程においてみられる価値ある事実は、すべて子どもの能動性をともなって展開をはじめる
(『障害の重い子どもの発達診断』p.43)

 

発達的に意味があるのは、ある時点で形態的に対称位を獲得していることではなく、視覚、聴覚の協応や視覚と手指操作(目と手)の協応、対人関係における感情の分化と情動の高まりが連関し対象への能動性、志向性を内包した自由度の高い対称位を獲得していく過程が存在することである。(『障害の重い子どもの発達診断』p.50)

 

矛盾を克服する過程としての「間」 機能障害の重い子どもほど、活動に取り組むまでに時間を必要とすることが ある。自閉症スペクトラムであり機能障害の重い子どもにおいては、常同行動 に没頭し、活動に背中を向けるように振る舞ったりする。本書で紹介した多く の事例がそうであったが、実は一歩を踏み出すまでに心のなかで「行きつ戻りつ」 のたたかいをしている。大人は、その時間がほんの数秒ならば許容できるだろ うが、数分に至ったり室外に出ていったりすると、しびれを切らして子どもを 急かしてしまう。その言葉かけが、子どもの心を別れさせる。本書でしばしば 使用した「間」には、このような矛盾を克服していく過程の子どもの心理が潜 んでいる。私たちの現代生活が、「間」を失ってしまっていることに思いを致さ なければならないのかもしれない。 (『障害の重い子どもの発達診断』p.227)

わざと反対のことを言い強がってみせる。おどける。

相手との出会いの葛藤をくぐった子どもたちからは、さっきのはにか みがうそのように、「なんでもできるで!聞いてみ!」と強がりのこと ばが溢れ出ます。自分の今の力では簡単すぎると思えるほどの課題では、わざと逆の答えを示して、おとなを攪乱しようとします。そして、おとなを見て、ニ ヤッと笑うのです。

葛藤の波動が心のなかを支配している子どもたちは、簡単に答えられ ることでも、一度はその波動をくぐらせようとします。だから、素直に答えを出してはくれません。葛藤の波動を隠すために、こんないたずら で主人公になろうとしているのでしょうか。反対に、むずかしくて力の 及ばない課題では、相手の指示に取り合おうとせず、まったく別の反応、 しかもかなり低次の反応をしてみせるのです。そして、妙に、強がって みせます。そんなおとなへのおどけた応答のなかに、相手を受け入れて、 これからがんばりだそうとするときの心の準備体操を感じるのです。(白石正久『発達の扉(上)』p.183)

子供の能動性・発達要求を満たすために能動的身体の使用が可能な時間

例えば、聴覚の優位の顕著な初期の段階では、子供が好きな心地よい音を選び耳元で鳴らしながらゆっくり待つと、そこに子供の眼球が動き対象を見つけるような反応が見られるようになります。この聴覚への働きかけから聴覚の反応を引き出す時間的な「間」は子供の能動性を呼び起こすために大切なものです。「見ようとする」反応は眼球や首などの運動を伴うゆえに、子供の能動性を必要としているのです。そして「見ようとする」運動を通して子どもの能動性は一層確かなだっていくでしょう。(『発達相談室の窓から』p.45)

発達検査では、「能動性」(オトノネでいう「命」の強さ)を見る

能動的身体の使用が可能でなければ思考は内面化しない

ところが、障害を持っている子供たちの場合、特に手指の巧緻性に弱さがあると、このような失敗し試行錯誤しつつ、そこから思考が内面化していく過程が、量的に弱いものになってしまいます。そして、たとえば「大きいー小さい」の対比ができるようになるような2、3歳の発達段階になっても、その思考が内面化しないようさを引きずっていることが見られます。対象との関係でじっくり考えて活動するような「間」の持ちにくさとともに、言語の獲得にも弱さが現れやすく、一期分が拡大しないことがあります。あるいは、「なに?」「どっち?「○○の上に」「○○の前に」などという関係の把握を前提としての言葉の理解が困難になることがあります。おそらく、対象を具体的に操作する中で獲得していく関係の認識と、それを表現する言葉が、十分獲得されていないからでしょう。(『発達相談室の窓から』p.52)

 

難治性てんかんを持っている子供たちに、このような傾向が顕著になることがあります。そんな時、例えば砂や粘土などの変化する素材に道具で働きかけながら、「〇〇ではない〇〇だ」というような思考が自然に量的に拡大していく工夫や、「それでいのかな」などと子供が自分の活動対象かして、じっくり考える「間」をとらせる言葉がけを大切にしてきました。発達検査の場で大にして見られるのは、子供の失敗を「違うでしょ」「反対よ」などと、すぐに修正したくなる周囲の姿勢です。このような「間」のもてない大人の姿勢は、失敗に出会いつつ、自分で考えて工夫しようとしている子供を、結果として混乱させてしまいます。(『発達相談室の窓から』p.562)

 

頑張りたくても頑張れない自分と向き合っている時に、脅したり騙したりするのではなく、あるいは、その葛藤を避けて通そうとするような、いわば「甘やかし」への道を開けるのではなく、「でも頑張ろう」と思っている子供の心に働きかけるような、じっくりと関わる姿勢を、私たちは大切にしてきました。てんかんを持っている子供たちの「不器用さ」は。おそらくより良い自分を選び撮るための葛藤を強いものにすることでしょう。しかし、その不器用さから目をそらすのではなくて。その不器用さの中にも、輝きある姿を発見させていくことこそ、指導の課題だと思います。(『発達相談室の窓から』p.58)

「人」としての子ども

また、おとうさんが仕事から帰ってきて、一日の疲れを子どもで癒そうと、精一杯あや してあげているのに、あやせばあやすほど、子どもは不機嫌になることがあります。けっ しておとうさんのことを嫌っているのではありません。子どもからも、おとうさんに語りかけ、笑いかけているのに、その微笑みや発声にお構いなく、おとうさんが一方的にあやそうとしているのでしょう。子どもは、もうちゃんとおとうさんに伝えたい心をもった、コミュニケーションの主人公になっているのです。

だから、おとなには、子どもの思いをたいせつに受けとめながら、働きかけていく構え。 おとなが客体化して、子どものコミュニケーション要求を受けとめる指導 期の前半の発達段階のように、すべての生活をおとなに依存し、何も自分ではできない時期であっても、子どもは心の世界、内面の世界をもち、何かを感じ、何かを伝えようとし ているのです。そこには、立派に主人公としての価値ある姿があるのではないでしょうか。 そんな、子どもの心の世界を尊重することが、子どもの能動性を育てることになるのです。 (白石正久『子どものねがい・子どものなやみ』p.33)

 

子どもの「力量」

自閉的な傾向のある子どもは、一対一対応の学習が容易に成立するので、写 真や絵カードや構成のモデルの提示によって、大人の意図した通りに活動する ことも多い。このような指導法は、一見功を奏したように見えるが、行動において大人の意図に適応しているのであって、発達そのものの変化ではない。学習の成立と発達的変化は区別されるべきことである。学習は、提示された条件 のもとで成立しても、他の条件のもとで同じように成立するとは限らない。そ のような異なった条件のもとであっても、試行錯誤を繰り返し自分を調整しな がら、新しい活動を生産していく基盤になるのが発達的力量である。子どもは、 自らの要求を実現するために、試行錯誤、他者との葛藤、他者の援助や指導を 必然的に経験し、そのなかで「自一他」関係を基盤として、外界と自己を変革 していく方法を獲得していく。この変化が発達的変化である。 (『障害の重い子どもの発達診断』p.75)

「失敗から立ち直る経験」

さらに教育に望みたいことは、「失敗から立ち直る経験」です。介助・ 介護される経験のなかではこのことは、圧倒的に少ないのです。失敗し そうになれば必ずといっていいほど、援助の手がさしのべられます。介 助する側が失敗することはあっても、本人が失敗することは少ないので す。しかし、「失敗からの立ち直り」は大きくなっていくときの必須条 件といってもいいすぎではないくらい大事です。失敗のなかで、悔しい 思いを噛みしめたり、失敗しても他のことで取り返せる経験をしたり、失敗することはたいしたことではないのだと思えたり、そこから立ち直 る経験をくぐることが、思春期の大事な仕事のひとつです。教育という 場は「失敗してもいい場なのだ」と子どもたちに伝えたいものです。(『発達相談室の窓から』p.93)

 

オトノネひろげるシェアぼたん
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