不健康な社会という「自然」の中で健康を保つには。「自然」でいちゃだめ??

「子どもに選ばせています」というお母さんがいる。

なるほど、聞こえはいいかもしれない。
とても「自然」に聞こえる。

しかしこういうこともある。

このような「全体」をみれば、「不自然」に聞こえるだろう。

「選ばせている」といいながら、一部ではしっかり管理していたり。
まぁ人間はそういうものなのだが。。。

どこまで責任を負わせるか。
中学生ならどこまで?
そういった見極めをするのが、大人であるかもしれない。
いやいや、「これは無理」とか「こういう助けが欲しい」という言葉が子供からでてくるように、小さい頃から関わりあうのがいいのかもしれない。

きっとそうだろう。
子どもを賢く育てるとは、そういうことなのだろう。

例えば変質者が「向こうのお友達もあとでくるってよ」といって誘拐しようとするとしよう。
変だな、とおもえたらいい。

「友達がくるんだったら、いかないとな」という心で溢れてしまっていては「いや、やっぱり変だ」と思えないだろう。
心の隙間を、魔王は狙ってくる。(世の中に溢れている商品などは、全部消費者の心の闇をターゲットにしている。塾がそうだね)

心のあり方を育てなければ、子どもを檻に閉じ込めておくしかない。
檻の中で学ぶことはない。

ひきこもるのではなく、閉じ込められている子どもが大変多い。

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本当に自分で選べていない人生を、多くの子どもは送っている。

人生を、お母さんに決めてもらう。
選択をお母さんにしてもおらう。
その習慣がつく。

「こうしたい」気持ちを認めてもらえない子は、喋るのをやめる。
主張するのをやめる。心を閉ざす。

受け身。
目の前に誰がいるのかわからない?
「あなたの心はどこにあるの?」

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社会的参照、という言葉がある。
『マシュマロテスト』ウォルター・ ミシェル.1歳児の【社会的参照】は大人でも有効な件。情動調整のためのリラックス。励まし。
「いいの?わるいの?あぶないの?大丈夫なの?」「どうしたらいいの?」ということをお母さんに聞くことだ。

子どもが何かしようとしていることを、励ますことだ。

したくもないことをやれやれということではない。
したくもない勉強をさせに塾に通わせることではない。

それができるのが、1歳だか1歳半だか、はいはいを始めたり動き出して、お母さんのそばを自分から離れるようになってから。それは身体的な「離れ」であり、同時に心理的な「離れ」でもあった。

それが大きくなるごとに、成長するごとに、どんどん「離れ」でいくのが、自然なはずだ。
それを、親が離さなかったらどうなるか。

心の成長が止まる。

自分で決定できない。
自分の身を自分で守れない。
誰かのいうことを聞くしかない。
自分に自信がない。
代わりにエンタメでやりすごす。

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子どもが巻き込まれる「自然」には、モノというものもある。
スマホが最たるものおだろう。
スマホに親が求めるものは?なぜ使わせる?どうつかったらいい?
結局、スマホもスキル。メタスキル 次第で、使い方は変わる。

子どものためにピアノを買う、というのは、どういう「自然」なのだろうか。
ピアノが上手くなるように?
けどそれは本当にその子が望んだこと?
その子にとって、家にあるピアノは、「練習しなくちゃいけない」ただの呪物かもしれない。

ピアノという、目の前にある「自然」は、子どもの心をどう作り上げているのか。

情報も「自然」の一部だ。

お父さんお母さんの口にする言葉。
テレビから流れてくるニュース。
ドラマ。

それを処理して行く心ができているだろうか。

「勉強」「宿題」という言葉を、子どもたちはどう受け取っているんだろうか。
「寝る時間」を内在化できないで「眠らされる時間」という規則としてしか受容できない。

自己管理ができない人間になるのだ。

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「自然」とはなんだろうか。
これは僕の高校生の時の問いだ。

自然という言葉に僕は憧れを抱いていた。
なにか素晴らしい原理を含んでいるように思えていた。

自然を守ろう!

だが、人間という「自然」な生き物をこの歳までよくよく見ていると、自然がとても不自然に思えてくる。

自然を守ろう!

という言葉のオトノネは何か。

僕は「自分の自分らしい姿を守ろう」ということなのだと今は思っている。
だから、その子のその子らしい姿は何か。この問いを、オトノネにくるお母さんお父さんに投げかけたい。

オトノネは、お父さんお母さんと一緒に、その子のその子らしさを守る自然を育てたいとおもっています。

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「自然」とはなんだろうか。

「魔王」がいたるところにいるこの世界(学校は特に密度が濃い)で、「魔王」に支配されることが、「自然」なのだろうか。
むしろ、「魔王」に対する免疫力、抵抗力、心の強さを作り出すこと、つまるところ「魔王に心を支配されない」「魔王に利用されない」ことなのだとおもう。「自然」に負けない、これが「自然」なのだ。「自然」を知らずに、「自然」を語れない。

で、「自然」って何なの????

まず、お母さんお父さんが、宿題を始めよう。
【こどもの「遊び」は魔法の授業】8歳、9歳から思春期までの子どもの発達課題(=お母さんの宿題)。
教育とは何か。なぜ、日本人は握手をするようになったのか。【お子さんに宿題を「やらせる」前にお父さんお母さんがやらなきゃいけない宿題】
コドモとして未成熟なオトナ
いつまでたっても、小学生。
「学校」という「自然」、「校舎」という場所。【嫉妬学】和田 秀樹


親の安心のために利用されている子どもたちは、僕にとって「不自然」だ。

わかりにくければ、こう表現しようか。

「いつまでその手を握っているつもりですか?」

生きているのに、死んでいる、心中社会の真っ只中で、オトノネは声を上げています。

オトノネひろげるシェアぼたん
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