悩むコスト

悩んで、選び抜いて、選び抜くだけの時間と労力の対価があるのか。
僕にはわからない。
『自由からの逃走』という書物を書いた哲学者がいる。
「人間は自由の刑に処せられている」とのたまうこの思想家は、ずばり現代人が選択肢の多さに滅入って自由の名の下に抑圧されている様子を書いたのだった。

罰ゲームのように自由に振り回されずに、人生をよる自由に生きるには?
無限の選択肢の中から「わたし」にあったものを選んでいく。
次第に自分がわかってくれば、選択のために悩む必要はなくなる。
次の一歩を踏み出すだけで、風景は少しずつ変わっていくのだ。
今ここにとどまるより、「どれか」を選んで進み出すことの方が、人間的で、自由で、わくわくすることだと僕は思う。

離婚、中退、退社。
将来の不安(無限に広がる不安なまでの自由)が人を臆病にすることがある。
それもまた人のパーソナリティー。
それぞれの生き方にあった、生きる戦略をひとりひとりが身につけて、強く生きよう。

そしてあるとき、人生のとあるライフステージで、大きな選択をしなくなったとき、人の脳みそはしあわせを感じるのかもしれない。ひとりひとりのしあわせは違う。

一体誰が、曲がりくねった道で起きるひとつひとつの出会いを予測できるだろう?
一体誰が、出会った人たちから出てくる一生心にとどまる言葉を予測できるだろう?
一体誰が、ある日、ある夜にふと空を眺めてみつけた月に感動することを予測できるだろう?

悩みっぱなしでもいい。
悩み疲れたら、オトノネにあそびにおいで。

子どもをなんとかしたい一心で、常に悩み、選択しているお母さんは疲れていて、多分子どもの本当の姿が見えていないかもしれない。休むという選択も、とても自然で、大切なことだとおもう。毎日「いいこと」を意識的に繰り返すことで、それが自然になって、「しあわせ」がやってくるかもしれない。

心から、子どものためをおもって、子どものためにならないことをしていることがある。
子どもはそれでもたくましく成長するが。
こらえきれなくてまた富山県の長男(報道はされていないが長男でしょう)が一人、思春期を乗り越えられなかった。
たくましく、健康に育ってほしいとおもう。

思い出し、再現していく能力。
「あのとき、しあわせを感じたのは、なぜなんだろう。どうしたらそういう状況を作り出せるだろう」

面談の際、「この人の助けがあれば、この子は変われるかもしれない」という希望をもててもらえたら、うれしくおもいます。

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