子どものひとりひとりの「天の才」

小さい時はまだよくわからないかもしれない。

いつそれを感じられるかはわからないけれど。

その子を助けてくれる、その子のチカラになる、その子の生き方になる。
そういうチカラを子どもは育てている。守護霊、といってもいい。

「私は目標があればがっつりうごける」
「私はものごとを不思議におもうチカラがある」
「私には、超暗記能力がある(何かを不思議に感じるチカラはないが…)」とか。

それがいつわかるかわからない。
ただ受験受験、習い事習い事、勉強勉強、試験試験、課題課題でわからなくなることは多々ある。

だれかが「君にはこんなチカラがあるね」と言われなければわからないこともある。
自分で気がつくこともある。

高校生たちは社会に出ないと「自分の姿」がわかるようなきっかけがなかなかないのではないか。
学校の中で受ける先生たちの目線、お父さんお母さんの目線だけではみえないものもあるだろう。
慌ただしく暮らしていたら、自分の中にある芽に、気がつかないこともあるだろう。

お父さんお母さんが、そのチカラ(天の才)がでてきたときに、守ってあげるような環境をつくってあげてもいい。
それだけで、「自然に」伸びて行く。

youtubeをみて英語のチカラを勝手に伸ばすインドネシアの女の子。
「させる」以前に、開いた芽。
芽が開くように塾に「行かせる」、習い事を「させる」ことで、実際に開く芽もあるかもしれない。
それでストレスを受けて、開かれない世界の扉の前に呆然と立ちつくしている子どもがいるかもしれない。

不思議だ。

多くの人にとって、「大学」というものは「本当に自分と向き合えるような仲間と出会える」場所のようにおもう。
子供らしく、あそべる場所。本気で将来を考えられるばしょだとおもう。
ちゃんと遊べる仲間と出会える。
ちゃんと教えてくれる大人たちと出会える。
自分の種を大切にできる場所だとおもう。(もちろん、働いてもいい。働きながら、いろんな人と出会える)

そんな場所にいくまでの3年間、3年という時間を、どうか、心を守りながら、悠々と過ごしてほしいと僕はおもっている。

子どもの心に種を蒔く。蒔かれた種を守り、育てながら、僕らも子どもと一緒に育つ。

オトノネひろげるシェアぼたん

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