【思春期】の課題は【幼少期】とは違うというお話。

何を学ぶか。

お母さんの役割と先生の役割をわけるなら、こういうことだろう。

「ふつうはチェスの問題といったら本を読むの。楽しいし、知的なおもしろさもあるから。でもそれはスキルに直結しない。ほんとうにうまくなりたいなら、自分の試合をみてどこが悪いのか考えなければ」心理療法と少し似ている、とスピーゲルはいう。自分がした間違い、しつづけているまちがい、を見直し、その根本にある理由を探る。そして最良のセラピストのように、スピーゲルも生徒がせまく困難な道をなんとか通り抜けるのを助けようとする。まちがいに対する責任を自覚させ、気に病んだり打ちのめされたりすることなくまちがいから学べるように仕向ける。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.179)

これは、いわゆる「最貧困地域」の学校の生徒たちを「最富裕層」の学校の生徒たちを打ち負かすほどのチャスのプレーヤーに育てたアメリカの先生、スピーゲルさんの言葉。

メンターであり、具体的に牙を鍛える方法を教えてくれる人であり、一緒にやってくれる人である。
もう一人の自分として、向き合ってくれる人。

オトノネが求めているのは、「自己対話」の経験を、子供との対話に応用できる先生だ。

そしてそのレベルが、辺縁系レベルではなく、認知が深く関わる前頭葉、新皮質の働きとつながっている先生だ。
(新皮質だけの先生もいる。辺縁系だけの先生もいる。両方備えている先生が子供にはありがたい)

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思春期までで大切なことと、思春期以降で、中学生以降で大切なことは少し違ってくる。

思春期に到達するこのころの子どもたちに有効な動機付けは毛づくろいに似たスタイルのケアではなく、全く別の気遣いである。おそらくミドル・スクールの年頃の生徒をスピーゲルのチェスチームの選手と同じくらい熱狂的に集中させ、練習させるには、誰かが意外なほど自分のことを真剣に受け止めてくれるというー自分の能力を信じてくれて、もっと改善できるからして見なさいと持ちかけてくれるというー体験が必要なのだ。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.186)

部活の先生が、この役割を担えるか。
担任の先生が、この役割を担えるか。

人的資源に困っているなら、オトノネにきてくれてもいい。

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「できないんだね、大丈夫!」というのが、お母さんで、
「できないんだね、どこが悪かった?」と聞くのがお父さんとすっぱり分けてしまったら不都合だが。

使っている脳のバランスはとても大事。
それを二人で分担してもいい。

教えることに真剣に取り組み、生徒たちを心から気遣っているのは明らかだが、例えば生徒が試合に負けて落ち込んでいても、そばに寄っていって慰めたりはしない。それはジョン・カルヴィンの役割だ。がる便はIS318の副校長で、やはり監督としてよくトーナメントに同行するのだが、スピーゲルにいわせると彼のほうが「心の知能指数」が高いから、そういうことに向いているらしい。「暖かい関係を築いた子供だってたくさんいるんだから」。あるトーナメントのとき、スピーゲルは私に言った。「だけど教師としてのわたしの仕事は、鏡になることだと思う。盤上での行動について話し合い、考える手助けをすること。子どもにとっては大事なことなの。大変な力を注いで何かをしようとするとき、大人が上からでなく、一緒になって真剣に見つめる。そういう機会は決して多くないけれど、私の経験からすうrと、子供たちはほんとうにそれを必要としている。でもそれは愛しているとか、母親のように育てるのとは違う。わたしはそういうタイプの人間ではないから」(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.185)

お母さんにはお母さんの、オトノネにはオトノネの役割がある。

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思春期以降、中学生、高校生がプロと出会うことは大切だとおもう。
その道の、進んでいく道の、プロのことだ。

「こんな先生になりたい」「こんな大人になりたい」「この人はすごい」と思える大人と出会うことが思春期には大切なようにおもえる。

「イヤ、俺が一番すごいぜ!」という人もいるだろうけど笑

子どもたちは、モデルを探している。
(実のところ、彼ら自身が自分の人生で実験するしかないのだが)
自分の可能性を極限まで高めてくれる人を求めている。

言葉ひとつひとつにチカラがやどっている「大人」が必要だ。

対数関数がわかるよりも大きな感動を生み出す言葉を生み出せるような。
そんな「大人」がどこにいるだろう?

奴隷のように働く大人が、子どもに何を教えられるだろうか?
学ぶべき人がいない、学ぶべき人に出会うことが難しくなった世の中。
スーパーサラリーマンが、たくさんいてくれていい。

夢や希望、ヴィジョンが見られるような仕組みが、教育の中にない、と僕は感じる。
対話、伝え合い、本音の付き合いが、子どもと大人の間で、どれだけ交わされているだろうか。


語り合いのない一方的な言語環境で育つ子どもの心が心配だ。

「テストの点数」に動機付けされた子どもと、
「自分がこれから関わる、つくっていく、社会のイメージ」に動機付けされた子どもがいたら、
どっちの子がより魅力的に、輝いて見えるだろう。

今目の前で、高岡高校の生徒がタピオカを飲みながらインスタをいじりながら、青春している。
笑顔が一番、高岡高校!
ストレスマネージメントに明け暮れる毎日なんだろうか(ただ青春しているだけだろうけど)。

何を学ぶか。

今、何に投資をするべきか。

人は皆、投資家であり、株主であり、資本家だ。

学歴のために投資する?
それも、人生。

心さえあれば、大丈夫。

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仕事の種類が増えた。
選択肢がたくさんある。
自分の心に従って、いろんな大人に出会ってみてほしい。

大人と出会って、その時に動いた自分の心を感じてほしい。ちゃんと。

心を大事に。

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この不安な暗い世の中を進むための、ともし火を分けてあげられるようなオトナを、オトノネは求めています。

心をもった大人をオトノネは求めています。

ハードワーク「させられている」大人はではなく
ハートワーク「している」大人を求めています。

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この記事長いなーと思った人、すみません。もう少し書きます。
思春期には思春期(つまり抽象概念の理解、メタ認知「自己対話」が十分にできるようになった時期)の課題があって、それ以前に幼少期の課題を終わらせていくのが大切だということ。

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アメリカでチェスの「チャンピョン」になったジェームズという中学生が「じゃぁ、その非認知能力をつかってお勉強したら、お勉強の成績もよくなるんじゃない?」ということで、半年後のテストに向けて猛勉強を始めた話。

やり抜く力はある。だって、富裕層の「お勉強超できる」子どもを抜いてチャンピョンになるくらいだから。
「半年もあるんだから、彼がのめりこんで勉強するならなんだって教えられる、でしょ?」と、スピーゲルは言った。が

地図上でアフリカはアジアがどこにあるかわからない。ヨーロッパの国名をひとつも挙げることができない。読解のドリルをやっていると、「幼児」や「公共の」や「有益な」といった単語を見たこともないという。九月になることには放課後や週末を使って一度に何時間も勉強したが、スピーゲルは望みを失いかけていた。しかし自分の気持ちは沈む一方でも、ジェームズのやる気が削がないように努めた。ジェームズが落胆して掃除や三角法は自分には無理だというと、それだってチェスみたいなものよ、とスピーゲルは明るく答えた。(略)SHSATは、詰め込みの勉強では対処できないように作られている。SATとおなじように、受験者が何年もかけて積み重ねてきた知識やスキルが反映される。そのうちの多くは子ども時代を通じて家族や周囲の文化から気づかぬうちに吸収されたものだ。だが、もしジェームズが7年生ではなく3年生のころから試験勉強を始めていたらどうだっただろう?数学や読解や一般的な知識を取得するのに、チェスに費やしてきたのと同じだけのエネルギーを注ぎ、おなじだけの助けを得られていたら?全ての強化を、スピーゲルやプリレルテンスキーとおなじくらい創意と熱意にあふれる教師に教わっていたら?ジェームズはまちがいなくSHSATを制しただろう。全国中学選手権を制したのと同じように。もちろん、ジェームズについて過去形で語るのは間違っている。だいたい、彼はまだたったの12歳なのだ。結局、スタイヴェサント高校には入らなかったが、これから4年間の高校生活が待っている。6ヶ月でスピーゲルが望んだような優等生に変わるのは無理だったかもしれない。だが、4年あればどうだろう?ジェームズのように並外れた才能のある生徒ならなんだってできるのではないかー学業での成功を、盤上での成功とおなじくらい魅力あるものに見せてくれる教師さえいれば。(『成功する子・失敗する子-何が「その後の人生」を決めるのか』p.224)

富裕層の中でも乳児期、幼少期の課題(例えば自己コントロール)を抑圧や依存によってとりあえず保留した人もいる。
どのように進化していくか。ひとりひとり違うから、おもしろい。

塾選びは先生選び。
学校選びは、環境選び。

お互いにないものを補うために、社会がある。
オトノネはみなさんの一部になれるでしょうか?

オトノネひろげるシェアぼたん

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