富山県で家を買ってローンという借金をして得たものは何か【大人の宿題】も完全個別×子別

このブログを書いた後で、「ああ、僕は今、怒っているな」と感じました。
どうにもできない、自分への怒りです。

あまりにも大きな、一足飛びに解決できない歯がゆさ、無力な自分への怒りです。

そこのところを了解してもらった上で、読んでいただけたらいいかともいます。

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家を買って、、仕事をして借金を返して暮らす多くの富山県の人たち。

富山県で共働きが多い理由を考える。
【ある古老の語る仮説】富山県で共働きが多い理由。

そして、子どもが・・・家に、閉じこもる。(いやべつに、いいんだけどね)
ひきこもるとは。不登校の機能。

家を守っているんですか?
子どもを守っているんですか?

何を、買ったんですか?
あなたの買った家の、価値は、なんですか。

家のリッチネスを、使っていますか。
家が、牢獄になっていませんか。

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こんな質問をされたら、「うっ!」となるだろうか。

困っているけど声を出せないお母さんなう
言いたいことが言えない。

大人の宿題、大人の学びを、オトノネは大切にしています。
学ぶための、考えるための、いろいろな知識というものがあります。
考えるにせよ、学ぶにせよ、「知る」ことは大切です。

ただ、「知る」ということ一つも、「学び」の一部であって、ほとんどのお母さんたちがやりのこしている【大人の宿題】だということを、多くの人が知らないのが現実です。
↓下の記事は難しいと思うので簡単にいうと、「現実の世界をみようとしても、感じようとしても、心がブロックされていたら、学べない、見えない、感じられない」ということです。
【暗黙の次元って何?】安冨歩さんの『複雑さを生きる』『合理的な神秘主義』のメモ

「学び」が始まるには、、、「堕落」が一番だと、今はそうおもいます。
「堕落」しなければ、課題を真面目にやる無意味さに気がつかない?(坂口安吾の『堕落論』)

もしくは、「言い訳」をしている自分に気がついて、「飛び降りる」こと。

変わるというのは、そういうものなのだ。
だから、富山県は変わらない。
日本は変わらない。

変わるのは、人間しかない。

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富山ブラックにはいろいろなしかけがある。

家を買うことになっている。
「ローンを組むことになっている(この言い方は、経済界の作った呪いであり、正確に言うと「借金を背負うことになっている」)」。
共働きすることになっている。
「内申点」で学校から脅しを受けるようになっている。
お母さんが、不安になるように、作られている。

富山県の「どうしようもない」文化が、制度が、子どもを「どうしようもない」状況に追いやる。

たぶん、子どもは保育園で不当な扱いを受けているだろう。(残念ながら、僕の目から言わせれば、、、、社会福祉法人という組織自体が狂っている。そこで働いている人で、狂っていない人がいたら、奇跡的だ)
それでも、何が起きても、子供をお母さん自身が守ることができない、らしい。
なぜなら、借金を返すために、仕事をしなくちゃいけないから??????????????????

「どうしようもない」

「どうしようもない」

どうしようもない?

ということで、悪口を言ったり、愚痴を言ったり、息抜きに励むようになる。

「どうしようもない」

その無気力、無力感で富山県は、というか日本という場所は満ち溢れている。
学習性無力感・学習性無気力とは?
【富山ブラック】富山県という子育ての条件。幸福度と自殺者。高岡高校の生徒はなぜ自殺したのか。
富山のメンタルヘルスと「怪獣」
フィンランドの精神福祉(メンタルヘルス)の施策と日本の「定期テスト対策」の差が自殺率に現れる。
ブラックはラーメンだけでいい。学校はホワイトであってほしい。

そんななかで、独自の進化笑を遂げる人もいる。
ひとりひとり違う。

だが、富山という文化で育った心が「自然」と向かう先は、他者に付合することだ。(富山に限ったことではないが)
自立する、選択する、積極的自己責任を負う、といったメタスキルが弱いから、自然と生きる知恵として「決められたことをする」生き方になるしかない。
教育衰退国、富山で生きる知恵だ。(日本が全体、そうなっているが、富山はまたかなりヒドイ。そのデータ、根拠は随所で出しているので探されたし)
「育英」に入れる、というのも、知恵の一つだ。だって、判断する力が、行動する力が、弱いのだから、与えられた情報だけでやっていくしかない。

だがその「知恵」が、子どもの「命」を輝かせるかは、また別の話だ。

「宿題はやらなくちゃいけないものだ」という「知恵」が、多くの子どもたちの心をすり減らしている。
「家を買って借金を背負う」という「知恵」が、多くのお母さんの心をすり減らしている。

これは、事実だと、僕は思う。(そう見える人には、そう見えている)

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人は皆、誰もが、投資をしている。
借金をして家に投資したなら、家からいいものをたくさんもらったらいい。
もらえるだけの投資をしたらいい。
そうして「安心」のために塾に行かせるお母さんがやたら多いのだけれど。

家に投資をした。
それだけ大きな額を投じた。
であれば、投資をした分だけ、そこから得たらいい。

得られないとわかったなら、、、借金返済を長引かせて子育てが終わってから「宿題」として返していくのはどうだろう?

人は皆、投資家。
「自分」という資産の価値を理解した人間が、別の価値と出会い、自分の価値を上げていくプロセス。

たとえ、それが「お金」でなかったとしても。

「もの」に価値を感じる人がいる。
そういう人はブランドとか、見た目、にこだわる。

「もの」ではないものに価値を感じる人もいる。
そういう人は、旅行とか、食事とか(「もの」か?)、そういうものにこだわる。

あなたにとっての「家」の価値はなんでしょうか
投資した分だけ、その価値を享受しているでしょうか。
(僕だったらその家が子どもの心を豊かにするために、そして僕自身が研究するのに勝手がいいようにつかわれるだろう。「家」だって「組織」だって、生かすのも殺すのも人間次第)

もしかしたら、それだけ大きな投資をした「家」をきちんと使ってあげたら、うまくいくことがあるのかもしれない。

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一人では愚痴もいえない人がいる。
(そもそも愚痴は一人でいうものではないが。。。)

「なんか違うんだよなぁ」と思いながら、その感情を、情を、どうしたらいいかわからない人がいる。

答えはない。
答えは人からもらうものではない。
ただ、ひとりでは「自分の答え」がなかなか出せないのも事実。

そのプロセスが、ひとりひとり違う。(だからオトノネは完全個別×個別)

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ある人は、「いいもの」を感じることもできない。
ある人は「わるいもの」を感じることしかできない。

「いいもの」を感じる心が、潰されてしまっている大人がたくさんいる。
誰かから与えられた「いいもの」に合わせて心を潰している大人がたくさんいる。
(「学校の宿題はやらなきゃいけないもの」だとおもっている人がたくさんいる)

子どもはもちろん、その影響を受ける。
不登校やら、ひきこもりやら、ネット依存やら、なにやら、大人たちが「わるい」とおもっていることは、たいてい「いいもの」を潰されている子どもたちから出た、心をまもるしくみであって、まったく「わるい」ものではない。

僕は逆に、「いいもの」だとおもっている。
それをきっかけにして、大人がどう感じるのか。
感じ直すのか。

これが大人の宿題だ。

どんな生き方をしたいですか?
どんな声をあげたいですか?

日本国富山県ではこういう問いを発すること自体が「不自然」に感じられてしまう文化がある。

お母さん自身が、「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」「しかたがない」でいっぱいになっていて、「いいもの」を受け付けられない文化がある。

お子さんと一緒に最後に笑ったのはいつですか。
お子さんの表情をみて、はっとしたのはいつですか。
お子さんの成長を感じられたエピソードはなんですか。
お子さんの話を聞いて、感動したことはありますか。

これが大人の宿題の、基礎の部分だ。

カリキュラムつくろうかな笑

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大人の宿題は、なかなか大変だ。

家を買ってしまった。
借金をしてしまった。
借金を返さないといけない。
お母さんもあくせく働かないといけない。
子どもは・・

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お金でなんとかしてください。
仕事をしているんでしょう?
お金を稼いでいるんでしょう?
なんのために?
家を買うために?
じゃぁ、その家をつかって、ちゃんと満足して子育てをしてください。

こうやって、突き放すこともできる。
(相手が気づく速度、感じる速度を無視して、殴りつけること、暴力)

「家に価値がある」から買ったんでしょ?
それで子どもが困ってる?お母さんが困っている?
自業自得だ。

こうやって、頭で考えることもできる。(言葉で殴りつけることもできる)

「家」のせいにすることができる。
「学校」のせいにすることができる。
「富山」のせいにすることができる。
「日本」のせいにすることができる。

で、「自分」は?
今ここで、この記事を読んでいる「自分」は?

自分自身の大人の宿題を放り出しておいて、「自分」を棚に上げておいて、何かのせいにしたい気持ちもわかる。
それだけお母さんは、アウシュビッツ状態だ。
アウシュビッツは自由・平等・平和の象徴か。

だがしかし。

お金を払って買った、借金を作って買った家に、子どもを閉じ込めて、お母さん自身を閉じ込めてしまっていないか。

それも、現実かもしれないということを、感じられるだろうか。

現実だと認めて、ではどうするか。

これが大人の宿題です。

踏み出したお母さんを、オトノネは応援します。


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ぼくたちはたびたび、「外」に解決策を求める。

まぁ、一人で心は変わらないとおもうからしょうがないのだが。

だが「外」に原因を求め、「外」に解決策を求めているだけでは、足りない。
悪口ばかりいって、誰かのせいにする何かのせいにすることで何かにすがることで自己欺瞞を続ける人は成長しない。

いやまぁたしかに、「外」に向かうことで解決することはあるかもしれない。
けどそれは正確に行って、解決ではない。

「外」で心を大事にすることを学んで、再び「内」に行けるかどうか。

場所を変えたら、例えば日本を出たら、「沈黙の文化」を使わなくていい、とかそういうものはある。
子どもが沈黙する、日本の言語環境。空気読む(言葉が育たない)文化??
大人のやましい沈黙。子どもの計画的不登校。

僕自身が、日本では感じられないことを、日本の外でたくさん感じてきた。
それは、僕の場合。

学びのプロセスは、ひとりひとり違う。
だからオトノネは完全個別×子別です。

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学ぶか学ばないか。
自分ごとにするか、他人事にするか。

頼ってもいい。
けどそれが学びにならなければ、ただお互いに、人間性を、心をすり減らしていくだけだ。

それでは塾や学校と変わらない。
【ビジネスの原理】情を売る。

頼ってもいい。
ただその中で、学び取らなければ、ただただ、「命」を消耗するだけだ。

メタスキル という言葉は、「学びのための能力」と僕は簡単に説明している。
「学び」の回路を閉ざしている何かを、取り払うことで、この回路は動き出す。

だが富山の文化は「学び」の回路を閉ざすようにできている。
(「内申点」の異常な高さは、富山ブラックの象徴だと僕はおもっている)
富山県立高校入試の内申点の配点が異常に高いことを知っておくと後悔しないかも。

「責任」とか「義務」という言葉が呪いの言葉になっていることが、言葉の文化が、「学び」のプロセスをズタズタにしていることも否めない。
学校の責任と義務(責任について・・・いくつめ?)
「責任」という言葉について
責任
医療が発達して学校教育で排除される子どもが生まれる。教育はテクノロジーの責任を取っているか。

「命」がよろこぶ言葉、「命」が「生きる」言葉を使おう。
そして「命」がちゃんと輝けるように、「命」を守ろう。

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そのための、「学び」を始めるきっかけにオトノネがなれたらいいとはおもうのだが。

頭の中が借金でいっぱいのお母さんに、なんと声をかけたらいいのか、僕にはわからない。
僕は伝わらない言葉は使いたくないし、何を感じてくれたら伝わるのかを、一瞬一瞬、感じようとしている。
どんな声をかけたらいいのか、レッスンを通じて、僕自身が、感じていく、そしてそれを伝える。それがオトノネです。

頭の中が課題でいっぱいのお子さんに、なんと声をかけたらいいのか、僕にはわからない。

僕からしてみれば、子どもも大人も、同じ状況にいる。
それなのに、大人は高みの見物をして、子どもを「塾」や「学校」でどうにかしようとしていることが多いから、やるせない。

自分の宿題をしてほしい。

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子どもと暮らしていて、感動するエピソード、成長したと感じるエピソードを、心から話すことができるだろうか。
子どもの「いいもの」を「いいもの」としてみられない状況では、「命」の輝きを感じられない状態では、お母さんは、子育てをなんでしているのか、わからないのではないだろうか。

これが大人の宿題です。

子育てが「仕事」になっていませんか。
【子育てを仕事にしてしまったお母さんへ】大人が子どものときにやりのこした宿題『「自分の働き方」に気づく心理学』加藤 諦三

お母さんが家のローンを払う「暮らし」をする傍ら、子育てという「仕事」をしていたら、子どもは一体どこで、心を大事にしたらいいのか、僕にはわからない。


というわけで、少なくとも「学校の宿題はやらなくてもいい」というお母さんに問い合わせをしてほしいおとのねさんです。
「学校の宿題はやらなくてもいい」とおもっていないお母さんの「学び」のプロセスを動かせる自信は、オトノネにはありません。

愛を学ぶ、といってもいい。
「は?」
と思った人!
いますね笑
こちらをご覧ください。
愛とは何か?

借金地獄に子どもを巻き込んでいるなら、子どもは傍迷惑だ。
家を守る?
家に、子供を守ってもらう?
子どもを犠牲にして、家を守る??????
(いうても子どもは別にそんなこと感じちゃいないくらい生きているからまぁ大丈夫なんだろうけど。いくらでも人柱になりますよ。それがしあわせかはわかりませんが)


お金の使い方、時間の使い方、お母さん自身の「命」の燃やし方を、オトノネは、お母さんに問いかけます。

お母さんが「子どものために」買ったピアノが呪物になってしまうように、
お父さんがお母さんが買った家に縛り付けられてしまっているなら、やっぱり変だ、と感じるだろう。

心が大事。

【アタッチメント(愛着)の深い意味】幼児期に「お母さん」の心を豊かにすると、しあわせの種をまける。学童期のくもんとそろばんにお金をかけるまえに。
【お母さんもお父さんも必読】『ライフシフト-100年時代の人生戦略-』
【こどもの「遊び」は魔法の授業】8歳、9歳から思春期までの子どもの発達課題(=お母さんの宿題)。
意味不明な世界。不確実な世界で生きる「合格実績病」のお母さんに送る言葉。
「子どもの子ども」のためにお母さんにできる大切なこと
教育とは何か。なぜ、日本人は握手をするようになったのか。【お子さんに宿題を「やらせる」前にお父さんお母さんがやらなきゃいけない宿題】
子どもの魂を食らうお母さんの話と学校の課題の話。
好きなことをするお母さん!Hug*smile
お母さん、子どもを守るために、参政しよう。
子供の自立とお母さんのライフサイクル
勉強ができない理由はお母さんのしつけと習い事?
句読点が書けない?お母さん、心配しすぎ!
お父さん、お母さん、お子さんのビジネスに投資しませんか?
教育と福祉の架け橋がない。お母さんが学ぶべき子どもの発達のこと、現代の社会のこと、現代の育児本に書かれていないこと。
まだまだ小学生。思春期はいつ来るのかな?来るのかな?笑
成績が伸びない勉強しない簡単な理由。勉強より大切なこと。
保育士、お母さんたち必読の書。平井信義さんの「意欲」と「思いやり」の子育て。

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ところで、借家と、家を買うことの違いはいろあるけど、僕は「自分なりにカスタマイズしたい」なら家を買うのがいいとおもう。
それも、「自分の創造性を高めるために」という理由だ。
家の構造、家の雰囲気一つで心は変わってしまう。
自分が「創造的に」なるために家を立てるのはいいことだとおもう。

別の人は「見栄」のために立てるかもしれない。

家を買うといことは、その土地に自分を固定する、ということでもある。
それでいいのか。富山でいいのか。もっと、冒険してみたくないのか。考えてみてもいい。
誰かが言っていた。とあるお金持ちの人だ。「僕は家を買わない。子どもがいじめられたら、引っ越すことしか、僕にはしてやれないから」だそうだ。

お金の話をしたら、借りるのも買うのも、一世代だけが住むなら同じだと僕はおもっている。
手に入れた「家」が一代で終わるなら(子どもと富山にしばらないなら)、買う価値はない。

要するに家を買うという文化によって、富山人は富山で生まれた人を富山に縛り付け富山化させる。

これが、魔王の世界だ。

古い世代と新しい世代の関係性が、問題だ。
なぜこんなに新しい人たちは弱いのか?言いなりになるのか?
2つの文化【自己疎外・人間疎外】と境界を侵害するナルシシズム

オトノネひろげるシェアぼたん

富山のメンタルヘルスと「怪獣」

富山県のメンタルヘルスは数値化されていないもの、かなりやばいんじゃないかと思っている。
それはこういう理由で↓
本当に不思議な【富山ブラック】富山県という子育ての条件。幸福度と自殺者。
(個人のメンタルヘルスではなく集団、組織のメンタルヘルスという概念はヨーロッパの心理学の世界では研究がすでに始まっています)
データの出典をメモっておらずなんだが、路上犯罪検挙数(だったとおもう)は人口で割ると東京都と同じ富山県。
それがほとんど富山県の都市部で起こっているとしたら、東京よりも危険な場所だということになる。

そりゃぁ、お母さんも心配するのもわかる。

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で、今日、社会人の人とレッスンをしながら、話をしながらたまたま思い浮かんだこと。

「そういえば、富山県って、魚津の方とか朝日町いかないと、海が海らしくないよな」
海と人間が、繋がっていない。
海からチカラをもらえていない。

と仮定してみる。

そういう視点で考えてみると、メンタルヘルスと海の綺麗さ・汚さは関係しているんじゃないか?
とおもったり。

綺麗さ。汚さという表現はよくないかもしれない。
どれだけ海と人が関わっているか、である。

たとえば、、、、
新湊の大きな橋を作るために、もともとあった船便がなくなった(まだ運行してるっけ?仕方ないんだろうか・・)
港町、に行っても港町らしさが感じられない。なんでだろう。。(漁港から、人・海のチカラが街のほうまで伸びて行かない)
そもそも富山県なのに魚の値段が高い(おかしい。不漁が続いているのかしらん)。
海浜浴場といっても、目の前にテトラポッドが・・・

釣りをしている人は、釣りをして海のリッチネスをもらっているだろう。
けど僕は釣りをしない。
だから海が遠いのかもしれない。

別の海を僕は知っている。富山よりももっと貧しい(県民所得が低い)、それでいて、海を味わえる場所があった。
海を味わっている人と出会ったから、海のリッチネスをもらえたのかもしれない。

もしかしたら、富山での僕の生活が、海から遠くなってしまっただけなのかわからない。
街中で、のたうちまわっている魚か笑

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富山県は文句なしに、海の資源をもっている。
縄文の時代から、この内湾はすくなからずの「富」であった。
立山黒部からくるミネラル豊富な水が・・・とは説明されるが、果たして、現在、そのチカラをどれだけ使っているのか。
使えているのか。

これこそが、富山という場所の「個別化」である。
と僕は思う。
「世界一綺麗な○○」とか増やして定期テスト対策している場合ではない。
「商業施設作り直します」とか定期テスト対策している場合ではない。
休日にイオンとかファボーレ行っている場合ではない。

個別化だ!
個別化は別に、「その人だけ」とか「その場所だけ」を意味していない。
世界一である必要も、日本一である必要もない。
富山らしさ。
富山のもっているチカラを使えているかということだ。

子どもにも、ひとりひとりチカラがあるように。

と思っているのは僕だけか。
(ある人の話を思い出す。砺波の人だったか。。。夏は朝にお弁当をもって出発し海に向かう。楽しんで、1日かけて、また戻る。車がまだ普及してなかった時代の話だ)

なぜ、富山にきても魚は安くなく、また品数もすくないのか(おとのねさんはそれが特に不満です)。
(今の時期、こんなに少なかったっけ???)

富山という場所にいる「怪獣」も、だいぶお疲れのようだ。
だって、政(まつりごと)をする人たちがお金お金でドロドロだもん。
富山の「怪獣」さんはヘロヘロになっているだろう。
疲れている。
病んでいる。
だから人も病む。
人が死ぬ(自殺率が上位ランクイン)。
人が人を殺す。(去年、この時期に、発砲事件がありましたね。覚えていますか?)
【随時更新】富山でまた発砲事件 富山市内の小中学校が全て休校に

僕はそうおもっている。
誰も言わないの?命に関わることだよ?
みんな不思議に思わないの?

急勾配だという富山県の沿岸の地形。
その海底には何があるのか。

海王丸は、何を運んでいるのか。

富山のリッチネスは、なんだろう。
黒部立山を眺めるだけではないはずだ。
観光資源として「お金」にする以外のチカラをもっているはずだ。
人がしあわせになるチカラをもっているはずだ。

富山に暮らしながら、富山のリッチネスを探してみようかな。
一人一人が、富山のリッチネスを大切にしていたら、それだけでも何かが変わるはずだ。
と、おもったりする。

富山のリッチネス・・・・
(ある人は、「ゴールデンウィークでも人が来ないキャンプ場」といっていた。ゴールデンウィークも働かなくてはいけない僕には、そのリッチネスは堪能できないのが残念だ・・・だが別の場面で、富山の「おいしいところ」をいただいた。誰かが知っているリッチネスを別の誰かに伝えていく、一緒に味わう、結局はそういう人間らしい営みが大切なのかもしれない)

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ふと思いついた「メンタルヘルスと海」の関係。

人間とつながるだけでは、心を大事にすることは、どうやら、難しそうだ。
(沖縄はメンタルヘルスばっちりなんだろうか?ちゃんと調べたらおもしろそう)

人が、人しか見れない。
人が、人をお金にしか見れない世の中だとしたら。
悲しい。

富山で暮らす人の声を、もっと、大きくしていきたい。
それはきっと、人間らしいことだと、僕は信じているから。
オトノネは、そういう場所です。

オトノネに、耳をすませてみませんか。
あなたのオトノネに。
隣で眠っている人の、オトノネに。
この大地の、海の、オトノネに。

「怪獣」は、悪か。善か。子どもの「問題行動」とは?
富山のメンタルヘルスと怪獣。
フィンランドの精神福祉(メンタルヘルス)の施策と日本の「定期テスト対策」の差が自殺率に現れる。
本当に不思議な【富山ブラック】富山県という子育ての条件。幸福度と自殺者。

オトノネひろげるシェアぼたん

どんぐり山共同保育園

特定非営利活動法人どんぐり山共同保育園

とある夏の雨の日に。
富山県の呉羽山の麓フモトにあるどんぐり山共同保育園に行きました。
気になって気になっていた、一味違う、で有名な保育園。

森のようちえんと同じく、お母さんたちが自分たちの子育てをしていくために、チカラを合わせて始めた、という歴史がある。

行政からの補助なしでがんばってきたが、やっぱり厳しくなってきた(保護者の負担が増えた・・)、ので、こども園にした。
行政の介入を受けながら、なんとかがんばっている。

機能的でないさまざまな指示もある。
それでもバランスをとって運営していく、回していくために、制度を利用する選択をした。

いろんな発見があったので書き留めておきます。

椅子

3ウェイ!これはびっくり。

サーキット

子育ての方針としての体幹、体を育てる基本に忠実。
雨の日だからやるのかなーとおもったら、午前の時間はたいていやる、という。音楽に合わせていろいろな動物の動きをやったり、遊び、というか修行が入っているが、自然なしなやかさを外で遊びながら野山を駆け巡りながら獲得していた時代を保育園という狭い空間のなかで再現することは難しいだろう。。。

小麦粉の粘土でもあそべる。
掴んだり引っ張ったり伸ばしたり。
もちもちした感触、粘土の温度、うーん。たのしそう!

ジャンプ

年少か年中の子が、チャレンジをする。
子どもたちのチカラをきちんと把握して設定された距離。
あとは、心、気持ち。

坂を登る

サーキットの一部。
小さい子も踏ん張って登る。こりゃすごいわー。
園長先生が「体幹」という言葉をつかっていた。要するに勉強するにしても何をするにしても、姿勢が安定していなかったら何もうまくできない、というお話。

挑戦したり、自分で何度も繰り返しながら楽しむ。そういうことができる時間。遊び道具。

絵本

で、絵本は絵本でものすごい食いついて見る。聞く。
他の保育園の年中、年長さんと違っていると感じたのは、見知らぬ僕がみんなの遊びをみるために端っこにいると、、、

話しかけてくる。

その話しかけ方、目線、振る舞いに安定感がある。
話かけるけどふいっとどこかにいってしまうのではなくて、ちゃんとリアクションを待っている。
僕の反応をしっかり見ているかんじ。

とある学童にいくと自分から「誰?」と聞いておきながら返事を聞かずにどこかに行ってしまう子もいる。

ごはん

おいしい。
そしてもりもり食べる。
おかわりは自分で。

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組織をみていると、見学に行くと、園全体の雰囲気というものがある。
園内にいい先生はたくさんいるかもしれない。けど上司が、理事が、園長がしっかりしていないと、どこか違和感を感じる。

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こちらは

富山市の個別×子別指導学習塾オトノネ堀川教室

の宣伝です!クリックするとHPがでてきます( ˶˙ᵕ˙˶ )

富山市の個別指導塾オトノネ堀川教室

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オトノネひろげるシェアぼたん

富山市にできる《放課後の学校》オトノネの適正価格を考える。

超、長文です。
ゆっくりと、ご覧いただければとおもいます。

内容、濃いです笑

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お金でいつも困っているオトノネさん。
なぜ困っているかって・・・結局、どこかで困るのはお金(まだオトノネさんは悟りを開けていません)。

僕一人なら生きられるが、誰かと一緒に生きるとしたら、お金が必要になる。
雇う、ということを考えると、自立、ということを考えると、
「いかに雇用者に搾取されずに、小さく、のびやかに、心を尽くして仕事をするか」を考えると、暮らしのことを考えると、お金が大切になってくる。(学童で雇われる人の給料をご存知ですか?37歳「学童指導員」、年収300万円生活の現実)日本は、子どもにやさしくないのです。現実です。


なので僕は、オトノネの価格設定で、オトノネの価値を世の中に問いたいとおもいます。

では、考察開始!!!!

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放課後児童クラブといえば、補助金をもらって誰かがスタッフを雇って運営する。
富山県の補助金額は、一人当たり、月額1万7千円。これに利用者からのお金が上限金額1万4千円で合わせて3万1千円。

わちゃわちゃの学校にしたくないオトノネは10人を定員としたいとおもっている(スタッフの数を増やせば別だが)。
そうすると、補助金を使った場合、事業所(オトノネ)には30万円しかはいらない。
人を雇えない笑
搾取してまで人を雇いたいとは思えない。(アルバイトでもいい、という人がいたらうれしいが)


20人にすると、倍になるから60万。これなら人が雇える。

けど20人は多すぎる、とおもう。活動のスペースも確保できない。(実際やってみて、様子をみたい)
「よゆう」がない空間に、人口(マウス)密度の高い場所で暮らすマウスがストレスで病気になったりする話は有名。
場所が広ければいい、というのでもない。子どもが落ち着ける環境にこだわりたい。
だからやっぱり10人定員にしたい。(実際やってみて、様子をみたい)

ーーーーーー

子どもたちが安全に放課後を過ごせなくなった世の中。
学童という存在自体が、何か、おかしい、ような気もする。
あそぶ場所が、子供があつまる場所が、ないのだろうか。

《放課後の学校》の近くに、いい公園がある。
時間を決めて、曜日を決めて、遊びに行ってもいい。
ただただ、大人が見守って放課後をのびのびと過ごす価値を、おとのねはつくりたい。
ただそれだけのために(いやいや、英語もするけど)、お金を出さなければいけない世の中になった。
なんか変だな。

大人が自由にならないと、
こどもも自由になれない。

オトノネでハートワークをはじめませんか?
実はそれが、オトノネの目指す「放課後の学校」です。
大人が「子ども」のために心を尽くす仕事を、オトノネは作りたいのです。
オトノネさんがいなくなっても、別の地域でも誰かが真似してやってくれるといいな。

という気持ちがあります。

ーーーーーー

そもそも!
現状でスタッフがオトノネさんしかいない。
だから補助金が使えない、、、、

ハードワークでなくハートワークをしたい人、お問い合わせください。

そもそも!
学童の登録は年に一度だけ。

補助金をもらうにはいろんな制約があるのです。

オトノネで仕事をしてくれる人がでてきたら、補助金を使って利用者の負担を軽くすることもできる。
まずは初めて、いろんな人との出会いを待とうと思っています。
歩きながら、考えていこうとおもいます。

お母さん、オトノネで働いてみませんか?
審査は、厳しいですよ笑

ーーーー

というわけで!
とりあえず定員を10人にして、15時30分から18時30分までの3時間(延長は応相談)、一人当たりの月額で6万1千円。
ひとりひとりの空間の保証、時間の保証、ちょっとこだわりすぎでしょうか。

高い!とおもうでしょう。
高いでしょう。(こだわってすみません)

(ちなみに、10人という数は、学校の正規職員全員が現場に出た場合の、教員一人あたりの人数になります)
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと3(富山・石川は教育県ではない)

ーーーーーーー

けど、

おとのねには付加価値がたくさんついています。

学校でのストレス発散する、またはストレスに耐える学童ではなく、落ち着いて、子どもたちが心を深めていけることを願うおとのねさんがいます。人数が少ない分、お父さんお母さんの話も聞けるでしょう。家庭教育が大切だとおもっているオトノネさん。学校で困っていること、何かと心配になっているお父さんお母さんのサポートをしていくつもりです。日本を脱出(笑)するためのツール、英語もあそびながら学んでいけるようなしくみをつくっていきます。(オトノネさんがあそびを研究するための時間をください)

そうですね、何よりも気になるのは「英語」だとおもいます。

インターネットで調べると、英会話教室、1時間、週一回で8000円ですね。
オトノネさんは発音、ネイティブに褒められるのでネイティブとして考えていいでしょう。(いいですか?)
バイリンガルとは、英語を学ぶあそび環境のこと。

それが毎日、、、、これは、格安?笑

(気の合う仲間と出会う可能性は減りますが、どうしたものでしょう・・・人数を増やすには・・・・大人が、人のチカラが必要です。そうすると、お金が必要です)

ーーーーーー

僕自身もいろいろと実験しているところです。
そんなオトノネのオトノネに共感してくれる人と出会いたいとおもっています。


結論、月額で6万円。です。(面倒なので千円引きます)

英語はオプションではなく、この値段に含まれています。(《放課後の学校》ですから)
(補助金がとれるようになったら1万7千円引き)

週一回だけ希望、という方、割り算をしてください。
20日でわると、1日あたり、3千円です。
週一回3時間で、月額1万2千円です。

これが、オトノネさんが、子どもに心をつくす値段です。

高いですか?
公文とかプールとかそろばんとかは全て「一斉」だから安いのです。
一人当たりが安い分、人数を増やして、利益をあげます。(人数が多いのに高いところもあります)
オトノネとは考え方が違います。

公文について深くかんがえている人がいました↓
公文の月謝は高いのか?7つの教材を徹底比較(小学生の部)

放課後、がっつり勉強ができる場所が富山市にあるのをみつけました(学童保育という名の学習塾)。
学校でも勉強、放課後も勉強・・・・そういう子どもを育てたいお父さんお母さんは、コチラを選んだらいいとおもいます。
まなびねっと
(ここの「夏休み」の過ごし方はおもしろいですね。オトノネもサマースクールで真似するかもしれません笑ホントです)

オトノネさんは「させる」ことに違和感を感じているので、このような「やらせる」ことはしない方針です。
「英語」すら、あそびであって、気分が乗らないならやらなくていい、くらいにおもっています。
(特にこれから新しい時代を生きる)年長、小学生にとって大切なのは、対話する時間、自分の興味をつきつめる時間だとおもっているからです。

大切なことは、子ども自身が「選ぶ」習慣をつけることだとおもいます。
「導く」「任せる」「誘い」。ご招待。
「選ぶ」ために、会話をしたり、話し合ったりするわけです。
「あれ(遊び道具)、ないの?」「え、ないよ?どうする?」から初めてもいいのです。
これが「学びのメタスキル」です。

そんな、レアなオトノネを応援してくれるレアな方と出会えるでしょうか。


「正解のある問題を解く習慣」よりも「正解のない問題に創造的に取り組む習慣」を育てたいなら、オトノネでしょう。

オトノネは、「創造的になるための隙間」をたくさん準備しています笑

こう表現してもいいでしょう。
「タブレット、問題用紙に向き合う時間」よりも「他者、自分自身、そして創造的に関われるモノに向き合う時間」を大事にしたい、
頭よりも心を大事にしたい、という方に、オトノネを選んでほしいとおもっています。

「長時間」「みんな一緒」「やらされる」組織からの自立と、組織の選択。

これからの時代を生きていく子どもたちのために。

例えば、オトノネの校舎を貸してくれる「心ある」大家さんとの話。
オトノネさん「最近僕、ドジョウ飼い始めたんです」
大家さん「うち、今、メダカが大繁殖してますよ」
「いいですね!是非、此処でも飼いたいです!」
「いいですよ!」
「ネットで販売しますか?このご時世、売れるみたいですよ」
「本当ですか?」
「子どもたちに、ビジネス体験してもらいますか笑」
とか。
そこから、算数の計算をしてもらって、「売上を計算」してみてもいい笑
メダカを売るためのHPを作ってみてもいい笑

その時々、生きた人間の会話の中から生まれてくる「プロセス」を大事にする。対話、自由さ、隙間。
これが、「創造的な思考」「創造的な対話」の例です。

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内言については要検討ですが、小学三年生になったら、立派に思考ができるようになっているという意味です。
この時期に「対話」「創造的思考」を育てられないと、発達課題の「先延ばし」になるとおとのねさんは考えています。
自立心と感情のコントロールと思春期と8才からの内言
内言を支えるための「心」を小学3年生までに強くしておくこと(つまり誰かと対話する、ともに学ぶ経験をしていないと)が、自立して、創造的に「思考」するために大切なことだということです。

この「発達課題未遂」の現象の端はここに発していると、思えます。
8050問題の解釈と学歴、マスコミ、景気の関係

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話が逸れましたが。
高い!と思われる方、いますね。。。

まずは実験期間、ということで、12月までは半額でやりたいと思います。
年長さんから、入れます。どうぞどうぞ^^
試しに、入ってみたい。。。という方、どうぞどうぞ^^安いうちに笑

結論、月額で3万。
週一回なら、6000円です。

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8月12日から30日までのサマースクールは8時から18時30分までの長時間。平日だけ。
本当に《学校》ですね笑
サマースクールの期間は「学校基本調査」の結果を参考にして、4万円にします。(富山県は全国的にみて、教育にお金をかけない県です)
1日だけの利用なら、15日で割って。。。割り切れなかったので、3千円にします。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない)

最終的には「ちゃんと学べる」学校をつくりたいとおもっているオトノネです。
人と対話する、対話しながら、学び合う、学びあいながら、協力して(自立して)生きるチカラをつける学校です。
佐藤学の《学びの共同体》をオトノネに導入しよう。「学校」つくったら!

オトノネはそれを「学びのメタスキル」と呼んでいます。

自分一人のテストの点数、自分一人の能力を上げるための学校、評価され品定めされるだけの学校ではなく、本当に人間らしく、言葉を使って人格を高められるようなチカラを、これからの時代をつくる子どもたちにはつけていってほしいとおもっています。

やらされることをやる癖がついた子どもは、もう立派な「労働者」。
オトノネは、創造的な仕事で世の中を面白くしてくれるような心を、子どもに育てていってほしいとおもっています。
「稽古」と「習い事」の違いと「労働」

おとのねさんってどんな人か気になった人は、ぜひぜひ訪ねにきてください^^

一緒に《新しい時代を生きる》子どもの環境をつくっていきたいお母さん、お父さんと出会えることを楽しみにしています。

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やっぱりどこかで、人数を増やす、ことは大切になってくるとおもう。
いろんな人がいて、いろんなことがおきるから。
一人の力では、おもしろいこともおもしろくならない。
できることもできない。

「しくみ」を作りながら、おとのねを少しづつでも、社会化していきたいとおもう。

そんなおとのねさんです。

この記事書くのに、3時間!

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さて、これから消費税が10%に上がるとかなんとか。
教育は無償化とかなんとかいいながら、学校では「宿題と課題」を出し、結局古い時代の焼きまし。
対話ができない政治家。令和時代の戦争とピクニック。
《新しい時代》を生きる子どもたちのための時間は、学校の外にあります。

《放課後の学校》otonone-オトノネ-への入学をご検討ください^^

オトノネひろげるシェアぼたん

学校教育の政治的背景(県立高校生は富山県の政治と教育ビジネスに巻き込まれている?)

富山県の異常さは本当に、よくわからない。
(石川県も異常らしいが、高校生の顔をみると、富山県の方が、異常に、病的な子どもたちが多い気がする。みんな疲れている)

僕たちの知っている学校ではない。
強制収容所で働いている労働者みたいだ。
(ちゃんとお昼休みと部活動というレクイエーションが与えられている!)

けどそれがなんとなくわかった気がしたので報告。

ことの発端はコレ。
公立学校(小中高)の一人の生徒に使われる人件費・教員数を計算して気が付いたこと2(富山・石川は教育県ではない)

石川、富山の平均所得は他の「大都市」と同じレベルに高いという不思議が、教育に使われる予算も「大都市」と同じくらいに低い不思議と結びついたデータでした。

なぜ富山県の平均所得は、日本海側にあって、閉ざされた地域にあって(地理的には発展しにくいはずが)、高いのか。
これが不思議だった。

路上における犯罪者検挙数の割合も東京並み。

所得格差も大きい。

けど人口は減っている…

人口は減っているのに、新築住宅がバシバシ建っている。

よくわからない富山県。

そしてお金にがめついという曰くつきの、富山県(高岡市は高岡商人でさらに有名)。
歴史的に、奈良の都以前に、歴史に葬られ都があるのではないかと僕はおもっている富山県(というか能登)。

富山には富山の歴史がある。
その歴史とどう関わるか。
それは今生きている人たちが、歴史を相対化して、離れて見て、決めることではないだろうか。

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ある日、誰かが僕に教えてくれた。
「富山の県長(だか市長)は東大学閥なんだよ」

ああそうか。

富山中部、富山高校、高岡高校が東大にこだわる理由があるとしたら(東大でなければ、いけないらしい)、政治的な影響力を強めるために、子どもを育てていると考えたら、つじつまがあう!(合わせているだけで、本当かどうかは、誰もわかりません)

自分の味方になる議員数を増やす、ということ。
次の世代でも、自分の社会的な地位をまもれるということ。

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「自称進学高校」に通う子どもたちの声です。

=====

封建的な考え方だが、まぁ確かにつじつまがあう。

だから、富山中部、富山高校、高岡高校(最近は全然進学校でもなんでもない高校までもが生徒を課題漬けにしているようで意味がわからない)は、子どもに「意図的に」ストレスを与えて、政治家になった後の恐ろしい「政治家世界」を生きるためのストレス対応能力を鍛えているのだと。選抜を行なっていると。課題、テストは、計画された「潜在的カリキュラム」である。と、僕は「妄想」に近いほどの「推測」をしてしまう。

学校は変わらないだろう。
政治が変わらないならば。

政治は変わらないだろう。
人間が変わらないならば。

人間は変わらないだろう。
もし、ひとりひとりがもっている「天の才」を守り育てられないならば。
子どもの心に種を蒔く。蒔かれた種を守り、育てながら、僕らも子どもと一緒に育つ。

いい先生でも、組織の中に入ると埋もれるのはなぜか。

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この政治的な策略に、子どもをどう関わらせるか、どう守るか。
お父さん、お母さんの知恵が試されるところかもしれない。

学校をやめなくてもいい。
学校をラクラクとサバイバルできるように、小さい時から関わるだけでもいい。
サバイバルしながら、多くの子どもたちが、「才」を失ってしまっているように僕はおもう。
だれかをしあわせにする、大切な「才」だ。

小学校に入る前に塾に通わせたり英語をやらせたりするよりも、大切なことだ。と、僕はおもう。
「子どものしあわせ」ではなく「子どもが関わる多くの人のしあわせ」を考えなくては、その子は犯罪に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。
「その子のしあわせ」が、習い事をしたら手に入るのか。英語塾にいかせたら手に入るのか。某有名大手学習塾に入れたら手に入るのか。

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有名な話、大手の予備校と行政は繋がっている。繋がる土壌・文化が、日本にはある。
塾・予備校業界との癒着…下村文科相がむさぼる「教育利権」
教育委員会が塾の下部組織なのか、その逆かはわからない(お金をたくさん握っているのは塾だろう。とすれば、教育委員会の方が弱いのかもしれない…)

どちらにしても、「うちを信じろ!」と、競い合っている。
が、どちらも「経営重視のシステム授業」、「受験対策」、「古い時代の勉強法」は変わりばえしない。
レッドオーシャンだ。

こうした組織の価値観しか知らないお父さんお母さんが、「あっちでもこっちでも、似たようなもの?他の選択肢はないの?」とおもってくれたら、おとのねを選んでくれてもいい。こちらはブルーです。

参考:
「学校の課題だけで合格できます」は本当か。塾の合格実績を全て調査して検証。

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靴を履く文化がない地域で、靴を売ろうとした人がいる。
「うーん、ここは文化がないから、売れないなぁ」
「どこにも競合がいない、チャンスだ!」
どちらで考えるか。

ビジネスは、需要を作ること。
需要がなくても、作り出すこと。
靴を履くように「させる」こと。

そうすると、何が起こるか。

戦争はビジネスだ。
争いのタネをつくることから始める。
そして武器商人は、儲ける。

塾はビジネスだ。
争いのタネ(古い時代の価値観)をまく。
そして、経営者は、儲ける。

必要もないことを、「それは、やらねば!」とおもわせる。
モデルに靴を履かせて歩かせるとか。
靴の効用を宣伝するとか(布教活動だ)
合格実績や合格ストーリーを乗せるとか。

そして、それがいつの間にか、スタンダードになり、文化になる。(それそれは、ただただ自然な現象として)

こういうことが、起きる。

教育はビジネスだ。
プログラミングを必須化して、英語を必須化して、教育業界は動いた。
需要を作り出した。
それがただのビジネスに留まるか、それとも、社会を調整する、時代に「適応する」子を育てることになるか。
学校の成績のために習い事を増やすだけの結果に終わったなら、日本の教育はただのビジネスでしかないだろう。

もう、戦争も、経済成長も、終わりましたよ?

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富山県の高校はギリギリの偏差値で選ぶと危ない件

富山県の高校はギリギリの偏差値で選ぶと危ない件

現在、高岡高校でサバイバル中の子。

この間、性格診断をして、「楽天家・芸術家」タイプと出た。

「全然、高岡高校じゃないですね!」と二人で爆笑した。

数値で何が表されているのか。

会社を選ぶ基準に「社会福祉がしっかりしている」というものがあるらしい。組織にはいろんなステータスがある。高校だったら大学進学実績とか、会社だったら、売り上げとか、社員数とか、名声、だとか。

=====

「自称進学高校」に通う子どもたちの声です。

=====

で。自分が育てたい自分がそこで育つかどうか、を考えて、自分の育つ場所を自分で決めるというのが、自然なのではないかとおもう。偏差値で決めるのではない。(といっても、もう高岡南高校も福岡高校も進学高校を目指して大量の課題を出しているという事実がある。もう逃げられない。いつでも逃げれるけど)

高岡高校の話を聞くと、いわゆるガリ勉の人(朝起きて勉強してご飯を食べて勉強して学校に行って勉強をしているらしい)のためのテスト、テスト、テスト、課題、課題、課題、課題!であって、ガリ勉でないその他の8割の生徒のためにはなっていない。(もちろん、いい先生は、いる、というお話です。もちろん!)

富山高校に入った子も、自分で言っていた。「大学はきちんと自分で選びたい」と。

思春期は遅くとも中学生のときにやってくる。高校を選ぶというのは、そのグラグラの、移り変わりやすい、敏感に成長しようとしている状態の心を育てる場所だ。高校で参って再起不能になってしまう人もいれば、高校で壊れた後に、回復しながら、強くなる人もいる。(残酷な世の中でしあわせをみつけるチカラ、しあわせを守るチカラは大切だ)どの高校を選んでも、結局は、心のあり方次第であり、心を助けてくれる人との出会いであり、成長しようとする命のチカラを大切にすることで、高校という試練を学びの糧にできるのだとおもう。


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こちらは

富山市の個別×子別指導学習塾オトノネ堀川教室

の宣伝です!クリックするとHPがでてきます( ˶˙ᵕ˙˶ )

富山市の個別指導塾オトノネ堀川教室

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最新の情報では、富山高校のこのあいだの始業式の日(?)、課題をやって来なかった生徒が、人クラス40人中35人。廊下に立たされて(並ばされて)「指導」を受けたという。40人中35人。8割を超えている子が、課題を拒否している(先生に置いてきぼりにされたまま放置されている)。進学高校、御三家というタテマエを貫かなくてはいけない学校の先生も大変だ。

絶賛、サバイバル中!君はすてきな人なんだよ。笑って生きているんだもの。

追伸:ある組織をみれば、2割は上位で6割は中間で2割は下位、だという法則があるという。そんな法則を知らなくとも、わかりきっている。ギリギリその学校に入れるか!?で入った子は、下位になる(勉強についていけなくなる)とおもったらいい。課題に心がやられはしないか心配だ。進学高校は、上位の生徒を伸ばすためのプログラムを採用しているからだ。論理的に導かれた合格基準(上位に入れる基準)は下のリンクからどうぞ。この基準を満たせていない子は、入学前から「課題(学校の支配・管理・干渉、学校用語でいえば教科指導・生活指導)とどう付き合うか?」を考えておいたほうがいいかもしれない。それでも進学校にいきたいの?それも、経験のうち。

オトノネを応援していただき、ありがとうございます。

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石川県立高校合格ラインを論理的に計算!泉丘高校は?二水は?金大附属は?小松は??私は桜丘をおしますが
富山県立高校入試合格点・ボーダーの目安を論理的に計算。
富山中部高校の情報
富山高校がサバイバルな件
高岡高校がサバイバルな件

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